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先輩留学生の体験談を読む活動における学び

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先輩留学生の体験談を読む活動における学び

キャリア形成支援をめざした教材作成と授業実践から

中井陽子・菅長理恵・渋谷博子

【キーワード】・ キャリア形成支援教育、体験談、読解教材、問題発見・解決能力、

人間関係構築

1.はじめに

 留学生教育においては、留学生自身の留学経験を活かし、日本や自国、他国の 理解の上に立って、グローバル人材として活躍できるように、キャリア形成を支 援していくことが求められる。ここで言うキャリアとは、「生涯を通して担う多 様な役割の連なりと、自身にとっての働くことの価値づけ」であり、キャリア形 成とは「社会との相互関係を持ちつつ、自己実現を図っていく過程」である(田崎 他 2011:3)。つまり、職業に限らず、留学をはじめとした人生の様々な場面の 連なりを指す。そして、キャリア形成支援教育とは、そのようなキャリアの連な りを築いていく道しるべを見つけやすくするための教育であると考える。

 筆者らはこれまで、留学生のキャリア形成に資するため、元国費留学生(1998

~ 2012 来日)への追跡インタビュー調査をのべ 40 件実施した。そして、そこで 語られた体験談から、グローバル人材として活躍するための鍵や克服すべき諸点 とその克服方法などについて分析し、それらを活かした教材作成を目指してき た(菅長・中井 2015a、2015b、2016、2017;渋谷他 2017)。さらに、これらの研 究結果を踏まえて、筆者らが担当する学部進学前の予備教育プログラムにおける 日本語中級レベルの読解教材を作成し、実際の授業で試用した。教材は、インタ ビュー調査に協力してくれた元国費留学生を「先輩留学生」と呼び、先輩留学生 の体験談をもとに作成したものである。そして、この読解および関連テーマに関 するディスカッションを通して、自身のキャリア形成をイメージする第一歩とす ることを教材の目的とした。

 本研究では、先輩留学生の体験談を読む活動において、予備教育段階の学習者 がキャリア形成についてどのようなイメージをどのように持てたかを分析した上 で、教材の有効性と改善点を検討する。これを踏まえて、今後、留学生に対する

東京外国語大学

留学生日本語教育センター論集 45:37~56,2019

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キャリア形成支援教育を考える際、教材設計において必要とされる点について述 べる。

2.キャリア形成支援教育に関する先行研究

 まず、キャリア形成支援の必要性を示唆する研究を概観し(2.1)、次に、留学 生へのキャリア形成支援を行った実践報告を概観する(2.2)。その上で、筆者ら によるキャリア形成支援のための基礎調査、および、教材に必要とされる要素の 提案を行った先行研究の結果をまとめる(2.3)。

2.1 キャリア形成支援の必要性に関する研究

 大学におけるキャリア形成支援に関する研究には、初年次からキャリア意識を 持たせる必要性を指摘するもの、および、留学生が人間関係構築をするための支 援の必要性を指摘するものがある。

 まず、初年次からキャリア意識を持たせる必要性を指摘するものとしては、次 の研究がある。保田・溝上(2014)は、日本人学生を対象とした調査から、大学 1、

2 年時に将来の見通しを持ち、それを実行することが主体的な大学生活や組織社 会化1に影響を及ぼすことを明らかにしている。そして、初年次から学生にキャ リア意識を持たせ、実行をともなわせることの重要性を指摘している。また、徐・

阿部(2012)は、中国に帰国した元日本留学生にインタビューを行い、元留学生 が大学入学時点からのキャリア教育と就職支援を希望していたことを指摘してい る。さらに、徳間・田川(2015)は、インタビュー調査の結果から、キャリア教 育の視点を取り入れた留学生に特化した初年次教育の必要性を主張している。

 次に、留学生の人間関係構築支援の必要性を示唆するものとしては、次の研究 がある。藤井(2014)は、アンケート結果から、留学生の最大の困難は「日本語で のコミュニケーション」であり、日本での就職活動の機会が増えたことを要因と して挙げている。さらに、大学内での日本人学生との交流提供が不十分だという 留学生の意見も紹介している。同様に、友納(2015)は、中国人留学生対象の調 査から、特に日本人学生との交流に支援が必要であることを明らかにしている。

ここからは、留学生が日本人との人間関係構築に苦労している様子がうかがえる。

1・ 保田・溝上(2014)における組織社会化とは、高橋(1993)の「組織への参入者が組織の一 員になるために、組織の規範・価値・行動様式を受け入れ、職務遂行に必要な技能を習 得し、組織に適応していく過程」(p.2)という定義にしたがったものである。

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人間関係構築力は、社会人基礎力2の「チームで働く力」にも繋がる能力であり、

菅長・中井(2015b)では、グローバル人材の基盤となる能力であると述べている。

 以上から、留学生に対しても、早い段階からのキャリア形成支援が必要である 点が示唆される。さらに、言語や文化面で異なる背景を持つ留学生が日本で良好 な人間関係構築を行うためには、留学生に特化した支援が必要だと考えられる。

2.2 留学生へのキャリア形成支援を行った実践報告

 大学 1、2 年生を主な対象とした長期的なキャリア形成支援を意識した実践に は、栁田(2010)、西谷(2011)がある。栁田(2010)は自身の専門分野を大きな視 点から捉えること、西谷(2011)は日本の企業文化への理解を深めることを目的 とした授業実践を行い、早い段階からキャリア形成を考える契機としている。

 鈴木(2016)は、多様な背景を有している留学生特有のニーズを考慮したキャ リア支援が重要である点を指摘し、授業を実践している。また、トンプソン(2017)

は、自身のキャリア形成の展望を見出す思考力を身に付けることを目標に授業を 行い、その結果、留学生が自身に引き付けて生きる展望を具体的に見出したと述 べている。

 これらの実践から、留学生に対して早い段階からのキャリア形成支援教育を行 う重要性が教育現場でも認識されていること、および、授業は留学生に特化した 内容や、留学生自身に引き付けた内容で思考力を磨くことが求められていると言 える。ただし、これらの実践では、具体的にどのような教材を用いてキャリア形 成支援を行ったのか明示されていない。今後、留学生を抱える様々な現場でキャ リア形成支援が行えるように教員間で教材を共有していく必要があると考えられ る。

2.3 キャリア形成支援教材の基礎調査

 渋谷他(2017)は、留学生へのよりよいキャリア形成支援を探ることを目的と して、主に教材に関する基礎調査を行っている。調査の結果、高等教育機関向け のキャリア形成支援教材は、大きく「初年次教育教材」と「就業教育教材」に分け られるが、留学生対象の教材は後者に限定されていたという。そして、これらの

2 「社会人基礎力」は、「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」から成り、具体的 には、実行力、課題発見力、計画力、発信力、柔軟性など 12 のキーワードを含む(経済 産業省 HP「社会人基礎力」)。

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教材の目的を分析した結果、日本人を対象とした「初年次教育教材」は社会で求 められる人材の養成が目的であること、および、留学生を対象とした「就業教育 教材(ビジネス日本語)」は言語表現の習得から問題発見・解決能力などの養成へ と目的が変化していることを明らかにしている。これらの調査、および、2.1、2.2 で述べた先行研究をもとに、渋谷他(2017)は、今後求められる留学生対象のキャ リア形成支援教材として、以下の 6 点を盛り込むべき要素として提案している。

 (1)学部入学の早い段階からのキャリア形成意識の養成  (2)問題発見解決能力の養成

 (3)人間関係構築力の養成

 (4)日本社会や企業文化に関する基礎知識の提供  (5)多様な働き方の選択肢の提示

 (6)留学生の日本語レベルに応じた理解しやすい表現での記述

 そこで、筆者らは、上記の 6 つの要素を取り込んだ教材の開発に取り組んだ。

次章で教材設計の概要を述べる。

3.キャリア形成支援教材の設計の概要

 まず、筆者らが開発したキャリア形成支援のための教材の目的・作成時の留意 点について述べ(3.1)、次に、教材の構成(3.2)、教材の内容(3.3)についてまとめる。

3.1 教材の目的・作成時の留意点

 留学生へのキャリア形成支援の第一歩として、先輩留学生の体験談を扱った日 本語中級後半レベルの読解教材を作成した。先輩留学生の体験談を教材化するこ とで、日本に留学・就職する上で皆が体験する可能性のある事例に触れ、留学生 が自身の大学生活や社会人生活をより自分のこととしてイメージしやすくなるこ とをねらった。そして、この読解教材をもとに、授業でディスカッションするこ とにより、今後自身が直面するであろう問題を発見し、その解決策を考えられる ようにすることを目的とした。

 教材作成の際には、留学生がキャリア形成を行う際の手がかりとなるように、

2.3 で述べた留学生対象のキャリア形成支援教材に必要な・(1)~(6)の 6 要素(渋 谷他 2017)を参考に、次のような点に留意して教材を作成することとした。まず、

(1)早い段階からのキャリア形成意識の養成のために、日本語中級後半レベルか ら使える教材にし、学部進学前の予備教育段階において使用することとした。ま

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た、(6)体験談の読み物は語彙・文型を調整し、ふりがなや語彙リストを付ける こととした。さらに、読み物の内容は、(3)人間関係構築に関わること、(4)日本 社会や企業文化に関する基礎知識(例:大学の授業・ゼミ・試験・部活、会社で の働き方など)、(5)多様な働き方の選択肢(例:インターンシップ、就職、転職 などの多様性)などを盛り込むこととした。そして、(2)問題発見・解決能力3を 養うために、体験談を読む前と読んだ後に、読み物の関連事項の設問についてディ スカッションする課題、および、未来の自分へのアドバイスを書く課題などを設 けることとした。

3.2 教材の構成

 教材は、「考えてみよう!」、「先輩 のプロフィール」、「先輩の体験談の 読み物」、「語彙リスト」、「内容確認」、

「あなただったら?」、「未来の自分 へのアドバイス」から成る(図 1)。

まず、「考えてみよう!」では、体験 談のテーマの関連事項についてディ

スカッションし、テーマについて意識化する。次に、「先輩の体験談の読み物」を 読む。読み物には、理解を促進させるために、「先輩のプロフィール」、「語彙リス ト」、「内容確認」を付している。読み物を読んだ後、「あなただったら?」の設問に ついて考え、クラスでディスカッションをすることで、読んだ体験談を自分に置 き換え、自分ならどのように対処するかを考える。最後に、これらの活動の総括・

発展として、「未来の自分へのアドバイス」を 3 行程度書く作業を行う。

3.3 教材の内容

 体験談の教材は、2000 ~ 2012 年に来日した留学生への追跡インタビュー調査 で得られた語りをもとに作成した。教材の内容としては、インタビュー調査の語 りの中から、留学生が日本の大学生活で直面することの多い困難点やその克服方 法など、留学生にとって身近な問題として興味が持てると判断したものを選んだ。

決能力3を養うために、体験談を読む前と読んだ後に、読み物の関連事項の設問について ディスカッションする課題、および、未来の自分へのアドバイスを書く課題などを設け ることとした。

3.2 教材の構成

教材は、「考えてみよう!」、「先輩のプロ フィール」、「先輩の体験談の読み物」、「語 彙リスト」、「内容確認」、「あなただった ら?」、「未来の自分へのアドバイス」から 成る(図 1)。まず、「考えてみよう!」で は、体験談のテーマの関連事項についてデ

ィスカッションし、テーマについて意識化する。次に、「先輩の体験談の読み物」を読む。

読み物には、理解を促進させるために、「先輩のプロフィール」、「語彙リスト」、「内容確 認」を付している。読み物を読んだ後、「あなただったら?」の設問について考え、クラ スでディスカッションをすることで、読んだ体験談を自分に置き換え、自分ならどのよ うに対処するかを考える。最後に、これらの活動の総括・発展として、「未来の自分への アドバイス」を 3 行程度書く作業を行う。

3.3 教材の内容

体験談の教材は、2000~2012 年に来日した留学生への追跡インタビュー調査で得られ た語りをもとに作成した。教材の内容としては、インタビュー調査の語りの中から、留学 生が日本の大学生活で直面することの多い困難点やその克服方法など、留学生にとって 身近な問題として興味が持てると判断したものを選んだ。そして、「①日本語の壁を越え る」、「②部活のカルチャーショック」、「③相談相手を見つける」という 3 つの体験談の 形で教材化して授業で扱った。これらは、大学入学時の授業や部活での日本語使用、人間 関係構築、問題発見・解決、および、社会人になってからの問題発見・解決などについて、

先輩留学生が早めに知っておいた方がよいと勧める事例として厳選したものである。3 つ の読解教材の内容の詳細は、表 1 の通りである。いずれの体験談の教材も、インタビュ ー調査を行った先輩留学生本人に、内容を確認してもらい、理解しやすいように補足説

3渋谷他(2017)では、「問題発見解決能力」となっているが、「問題発見」と「問題解決」は別々の異なる 能力だと考えられるため、本研究では、2つの能力の総称として「問題発見・解決能力」と「・」を入れ た用語を用いることとする。

3・ 渋谷他(2017)では、「問題発見解決能力」となっているが、「問題発見」と「問題解決」は別々 の異なる能力だと考えられるため、本研究では、2 つの能力の総称として「問題発見・解 決能力」と「・」を入れた用語を用いることとする。

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そして、「①日本語の壁を越える」、「②部活のカルチャーショック」、「③相談相手 を見つける」という 3 つの体験談の形で教材化して授業で扱った。これらは、大 学入学時の授業や部活での日本語使用、人間関係構築、問題発見・解決、および、

社会人になってからの問題発見・解決などについて、先輩留学生が早めに知って おいた方がよいと勧める事例として厳選したものである。3 つの読解教材の内容 の詳細は、表 1 の通りである。いずれの体験談の教材も、インタビュー調査を行っ た先輩留学生本人に、内容を確認してもらい、理解しやすいように補足説明を加 筆してもらった。また、後輩留学生に強く伝えたいメッセージなどを加筆しても らうなどし、その後、内容や表現などについて筆者らで推敲を重ねた。

表 1 先輩留学生の体験談を扱った読解教材の内容と設問

(教材中の先輩留学生の名前は仮名)

教材 「先輩の体験談の読み物」の内容

①日本語の壁  を越える

完璧主義のユリ(文系女性、ブルガリア人)は、大学 1、2 年生 の時、授業の日本語が難しくて苦労していた。また、日本語の 間違いを恐れ、日本人とあまり話さなかった。だが、3 年生に なり、ゼミで日本人と話す機会が増えることで友人関係を築け たと同時に、日本語が上達し、日本語での勉強も楽になった。

②部活の  カルチャー  ショック

プレム(理系男性、インド人)は、1 年生の時に日本の部活の厳 しさを知らずに、水泳部に入った。そして、親しみを表すため に先輩の名前を呼び捨てにし敬語も使わなかった。また、試験 の前に無断で欠席し、自分が出場しない試合には応援に行かな かった。その結果、先輩に呼び出されて注意され、水泳部を辞 めた。そして、2 年生になってから、バドミントン部に入り、

水泳部での失敗から学んだことを活かして部員ともうまくやる ことができた。

③相談相手を  見つける

バナ(文系男性、インドネシア人)は、入学後、授業中の教員の 方言や話すスピードについていけず、日本人学生にノートを借 りるなど助けてもらった。3年生の時は、会社でインターンをし、

残業などの体験をした。大学院進学時はゼミの教員によく相談 にのってもらった。大学院修了後、就職・転職を繰り返し、欧 米式と日本式の働き方の違いを経験した。その後、転職エージェ ントに相談し、最終的に希望の職に就けた。

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- 43 - 4.授業概要

 東京外国語大学留学生日本語教育センターで 2017 年 10 月に行った学部進学予 備教育プログラムにおける日本語中級読解クラス 3 回分を分析対象とする。この 読解クラスは秋学期(9 月~ 12 月)に全 12 回設定されていたが、そのうちの 3 回 で上記教材を扱った授業を行った。本教材作成に当たった筆者ら教師 X と Y が それぞれ X クラス(学習者 8 名)と Y クラス(学習者 10 名)を担当した。学習者は、

アジア、ヨーロッパ、南米、アフリカ等からの留学生で、年齢は 17 ~ 22 歳であっ た(表 2)。

表 2 学習者情報

X クラス Y クラス

学習者 国籍 性別 文理別 学習者 国籍 性別 文理別 A タイ 男性 理科系 I タイ 男性 理科系 B タイ 男性 理科系 J タイ 女性 理科系 C タイ 男性 理科系 K カンボジア 男性 理科系 D インドネシア 男性 理科系 L スリランカ 女性 理科系 E タジキスタン 男性 理科系 M モンゴル 男性 文科系 F セルビア 女性 文科系 N ロシア 男性 理科系 G エルサルバドル 男性 理科系 O スウェーデン 男性 理科系 H ブラジル 男性 理科系 P ギリシャ 男性 理科系 Q ブラジル 女性 理科系 R ブラジル 男性 理科系

 なお、学習者の許可を得て、本教材に関わる授業中のやり取りを全て録音し、

文字化を行った。また、使用した教材のうち、学習者が記述している事項もデー タとして全て文字化・整理した。さらに、3 回目の教材使用後に、本教材の感想、

および、他に読んでみたい体験談のテーマについて聞く「授業アンケート」を実 施した。そして、これらのデータを研究に使用することに対する承諾を学習者か ら得た。

 

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5.キャリア形成についての学習者の学びの分析

 本実践で学習者達がキャリア形成についてどのようなイメージをどのように持 てたかを明らかにするために、学習者の「未来の自分へのアドバイス」と授業ア ンケートの記述、および、授業の録音データの文字化資料から学習者の学びに関 する部分を抽出して、学習者が自身の学びをどのように言語化しているか、質的 に分析を行った。その結果、体験談を扱った教材は、学習者が自身のキャリア形 成を考える契機になっていた点で有効であったことが明らかになった。さらに、

教材内容を踏まえたディスカッションをクラスで行う中で、内容を自身のことと して捉えつつ、批判的に議論する姿勢が見られた。一方、授業アンケートの記述 から教材の改善点についての示唆も得られた。以下、教材内容の有効性(5.1)、ディ スカッションの効果(5.2)、教材の改善点(5.3)について詳細を述べる。

 

5.1 教材内容の有効性

 学習者による「未来の自分へのアドバイス」の記述、授業アンケートの記述から、

キャリア形成に関する学びに関するものを抽出し、内容が近い記述ごとにまとめ て分類し、その内容を表すカテゴリー名を付けた。表中の太字は、カテゴリー名 を表す。表 3、4、5 は、3 つの教材それぞれにおける各カテゴリーの代表的な記 述を原文のまま抜粋したものである。

 まず、表 3 のように、「①日本語の壁を越える」の「未来の自分へのアドバイス」

には、「日本人の友人を作って会話をする」、「間違いを恐れない」、「日本語の環境 を作る」、「完璧主義はよくない」などの記述があった。さらに、授業アンケート には、授業の日本語が難しくてついていけないといった大学生活で直面する困難 点に対する「心の準備の大切さ」、および、そうした「困難点の克服方法と人間関 係構築の大切さ」や、「間違いを恐れないことの大切さ」を学んだなどの記述があっ た。特に、「経験を読んだのは本当に役に立ったと思う」(学習者 M)という記述か らも、先輩留学生の実際の体験談を読むことは、学習者にとってより具体的に大 学生活をイメージすることに役立つのだと言える。ここから、体験談を読むこと を通して、学習者が大学での日本語の壁の乗り越え方、人間関係構築のあり方、

問題発見・解決の方法を考える契機としていたことが分かる。

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表 3 「①日本語の壁を越える」における学習者の学び(学習者の記述抜粋)

未来の自分のへのアドバイス 感想(授業アンケート)

日本人の友人を作って会話をする

・・ 日本語、特に会話をたくさん勉強し て、よく日本人と日本語で話をかけま す。間違えるのを気にしないようにし ます。逆に、間違える恐れがあること

(日本語や日本の習慣)、留学生だから、

すぐに日本人の友達に聞きます。それ も会話のトピックになりますから、一 石二鳥です。(学習者 D)

間違いを恐れない

・・ 外国人だから、言葉の間違いが怖いこ とはない。日本人にとっては、最初に

「外」と思ってしまうかもしれないが、

そのあと、だんだん友達になって、「中」

になるのはできないわけではない。(学 習者 A)

日本語の環境を作る

・・ まず、日本語を積極的に勉強して、間 違っても、日本人とできるだけ話しま す。更に、日本語に囲まれているかん きょうをたくさん作った方がいいと思 います。(学習者 K)

完璧主義はよくない

・・ 私もユリさんと同様に完璧主義だった が、ストレスがたまりやすくなって、

健康に良くなかったと思います。(学 習者 Q)

心の準備の大切さ

・・ 私が思ったとおり授業が分かるのはむ ずかしい。だから来年にこわくなった。

心の準備は大切だと思う。(学習者 F)

・・ 大学での勉強はどのようにいくか。私 がいつかどのようなことを大学の授業 の時経験するかのうせいがあるか。そ のとき何をしたほうがいいか分かりま した。(学習者 L)

・・ これは大学の生活についてからとてもい いと思います。内容からのアドバイスは 大学に入った時大切です。(学習者 J)

困難点の克服方法と人間関係構築の大切さ

・・ 日本語の壁があっても様々な方法で越 えることができる。そして、先輩たち はどんな方法を使ったかよく分かった。

経験を読んだのは本当に役に立った。

(学習者 M)

・・ 日本語の力は大学の授業だけでなく、

日本人と友達を作るのも大事だと分 かった。問題があったら、となりの人 または先生に聞けば良いことが分かっ た。(学習者 K)

間違いを恐れないことの大切さ

・・ 一番大切なのは「間違ってもいい」とい うことが伝えたと思います。(学習者 O)

 次に、表 4 のように、「②部活のカルチャーショック」の「未来の自分へのアドバ イス」には、「部活などの文化や習慣を学ぶ」、「適切な態度・言葉を使う」、「失敗か ら学ぶ」などの記述があった。さらに、授業アンケートには、「日本の部活の厳しさ」

が分かった、「諦めないことの大切さ」を学んだなどの記述があった。特に、「これ を読んだ時だけ、明らかに分かった」(学習者Q)、「本当の人の経験を初めて聞いた」

(学習者D)という記述からも、学習者達にとって、自分達の先輩留学生の体験談は、

自分達に直接語りかけてくる強いメッセージを持つものとして受け止められてい ると考えられる。ここから、体験談を読むことを通して、学習者が大学での人間 関係構築や問題発見・解決の方法を考える契機としていたことが分かる。

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表 4 「②部活のカルチャーショック」における学習者の学び(学習者の記述抜粋)

未来の自分のへのアドバイス 感想(授業アンケート)

部活などの文化や習慣を学ぶ

・・ 部活は厳しいので、入りたい気持ちがあったら、十分 な精神的な準備が必要だ。(学習者 D)

・・ サークルに入ったほうがいい。もし、どうしても部活 に入りたかったら部員が大切に守っていることをはっ きり分かって入ったほうがいい。(学習者 L)

・・ 部活は集団の動作だから、規則を従うべきだよ。その 上で、日本文化を破らないように適当な態度を持ちな さい。(学習者 R)

・・ どんなことをしても、人々の文化や習慣を前もって 知った方がいい。それに、大学に入ると、いろいろな ことをして経験をいろいろ積んだ方がいい。(学習者 I)

適切な態度・言葉を使う

・・ 知らなかったのは失敗わけではない。よく周りを見て 学んで、適当な態度をとろう。(学習者 A)

・・ 目上の好きな人に敬語を使わないことがよくあるので 気を付けなさい。こんなことをやめておいた方がいい。

(学習者 P)

失敗から学ぶ

・・ 失敗をしたら心配しないでください。こんなことはふ つう。しかし、よいのはもう一回やってみることで、

新しいことをする。失敗だけと思うのはぜんぜん良く ない。(学習者 G)

・・ 何か失敗したら、もう一回やってみて、やめることは いけない。失敗したことをよく学んで、なおしてくだ さい。(学習者 C)

日本の部活の厳しさ

・・ 日本の部活はすごく軍 隊みたい、こわい!で も自分でやった部活は そうではなかった。(学 習者 H)

・・ 部活はその前大変だと 聞いたのに、これを読 んだ時だけ、明らかに 分かった。(学習者 Q)

・・ よく聞いたが、本当の 人の経験を初めて聞い た。サークルに入って、

楽しい生活を送る。(学 習者 D)

諦めないことの大切さ

・・ 失敗があっても、「Give・

Up」をしなかった勇気 さえあれば難しいこと ができる。(学習者 G)

 最後に、表 5 のように、「③相談相手を見つける」の「未来の自分へのアドバイ ス」には、「やりたい仕事を事前に調べる」、「努力し続ける」、「他の人に相談する」、

「一つの会社にこだわらない」などの記述があった。さらに、授業アンケートには、

友人や家族といった「人間関係の大切さ」、「自分に合った仕事探しの大切さ」、「諦 めないことの大切さ」、「日本で遭遇する困難を知っておくことの大切さ」を学ん だなどの記述があった。特に、欧米出身の学習者 N は、「日本の生活は欧米のと だいぶ違うので、その困難を知っているべきだと思う」と記述している。このこ とからも、自国の文化との違いから日本の生活で困難を感じた先輩留学生の体験

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談が自分にも起こりうるという点で参考になったと感じていたと言える。体験談 を読むことを通して、学習者が日本社会や企業文化を知り、そこから自身はどの ように振る舞うべきかという問題発見・解決の方法を考える契機としていたこと が分かる。

表 5 「③相談相手を見つける」における学習者の学び(学習者の記述抜粋)

未来の自分のへのアドバイス 感想(授業アンケート)

やりたい仕事を事前に調べる

・・ 会社に入る前にどんな地位で働くかよく調べる。やりた い仕事の文化をよく調査する。大学の生活の時を上手に 使う。(学習者 E)

努力し続ける

・・ たぶん、これから、大学の生活とか会社に入ることとか 希望の仕事を受けることなどだけど、絶望にならない。

がんばれれば、何でもできる。落ち着いて。(学習者 H)

・・ 自分のスタイルと合って、自分がやりたい仕事をさがす のは時間がかかるので、その時までいろいろな経験を積 んでがんばりましょう。(学習者 I)

他の人に相談する

・・ 自分が万事のことを工夫できるのではない。他の人と相談 したら、いい方法を見つけるかもしれません。(学習者 A)

・・ 困まった時だれかと相談する。ひとみしりしないで自分 がほしいこと、自分がしたいことを相手に伝える。(学習 者 L)

・・ 大学に入ったら、だいたい困難がありそうので、日本人 との友達になるほうがいい。それに、先生と相談するこ とも必要である。いい経験があるためである。(学習者N)

・・ 卒業してから、死ぬまでの働きを選ばなきゃ。だから、

他の人と相談した方がいい。自分では自分の立場だけ見 えるから、他の意見も大事だ。(学習者 R)

一つの会社にこだわらない

・・ どんなに頑張っても、自分の制限があるので、ずっと同 じ場所で働かなくてもいいから、頭が柔らかい人になろ う。努めたいいい会社がなかったら、そのいい会社を無 理に探さないで、自分で作りましょう!(学習者 D)

・・ 転職できるから、色々な仕事をしてみてもいいです。(学 習者 O)

人間関係の大切さ

・・ 友達や家族がとても 大切だ。時々彼のお かげで問題はかるく なる。(学習者 G)

自分に合った仕事探し の大切さ

・・ で き る だ け 自 分 の 合った仕事を見つけ るべきだということ を学んだ(学習者 K)

諦めないことの大切さ

・・ あきらめずに、誰か に 相 談 し て み れ ば、

最後に良くなるとい うことが伝えて、希 望が流れて良かった と思います。(学習者 O)

日本で遭遇する困難を 知っておくことの大切さ

・・ それは一番必要な作 文と思う。日本の生 活は欧米のとだいぶ 違うので、その困難 を知っているべきだ と思う。(学習者 N)

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 このように、学習者は、先輩の遭遇した困難やその克服方法など、生の体験談 に触れることで、そこから教訓を読み取り、自身のキャリア形成の中で生じ得る ことを具体的にイメージし、自分なりの解決策を見出そうとしていたと言える。

特に、今回対象とした学習者は、日本の大学に進学する予備教育の留学生達であっ たため、日本の大学で学位を取得し、ある者は日本で就職するといった日本滞在 の動機付けが高い者達であった。本教材は、同じ予備教育プログラムを出発点と した先輩留学生へのインタビュー調査で聞き取った実例をもとに作成したため、

学習者たちが自分に引き付けて将来像をイメージしやすかったと考えられる。

5.2 ディスカッションの効果

 教材には、先輩の体験談を読む前後に、「考えてみよう!」と「あなただったら?」

のセクションがある(3.2 図 1 参照)。ここには、体験談に関連するテーマについ て 2 ~ 5 つの問いが設けてある。この問いをもとに、教師が進行役になって学習 者達がディスカッションを行った。その際、学習者達が自身の意見を述べ、体験 談の先輩留学生の立場を理解しようとする様子や、その行動を批判的に議論する 様子が見られた。以下、授業の録音データの文字化資料から抜粋した会話例を詳 しく見る。なお、会話例の文字化表記方法は、「付記」に記してある。

 会話例(1)は、「②部活のカルチャーショック」の中で、先輩留学生のプレムが 水泳部のルールが分からず、日本人部員達に態度が悪いと思われてしまった点 について、X クラスの学習者達が意見交換をしている場面である。ここでは、学 習者 E「初めて部活に入ったから、たぶん大丈夫」、「初めてでルールがあまり分 からなかった」、学習者 D「当たり前のこと」、学習者 H「日本の人間関係につい てよく分からなかったから許されると思う」と、3 人で意見を少しずつ出し合い、

自身の持つ外国人の視点からプレムの立場を共に理解しようとする姿勢がうかが える。これに対し、学習者 A も「うん、同じ意見です」と同意を示している。こ うした学習者達の先輩留学生の立場に寄り添おうとする姿勢に対し、教師は笑っ て驚きを表し、「優しいね、みんな」と感想を述べている。ここから、体験談をも とに学習者達が自身の意見を言語化し、また、クラスメートの意見に刺激を受け て、自身の意見を意識化したり深めたりすることで、先輩留学生の立場を自身に 置き換えて理解しようとしていることが分かる。・

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会話例(1):X クラス「②部活のカルチャーショック」読後ディスカッション 教師:・はい、じゃあね、最後の 4 ページ目で、「あなただったら?」っていうのがあります

ね。えー、1 番。水泳部でのプレムさんの態度について皆さんはどう思いますか。

E:・ は、初めて、部活に入ったから、

教師:・うん。

E:・ たぶん、だい、大丈夫と 教師:・大丈夫? //・しか、うん

E:・     ・・ 初めてなんか、ルールがあまり・・・

教師:・分からないから、外国人だからね。

A・E:・// うん。

D:・  ・当たり前のこと。

教師:・当たり前。しかたがない。

H:・ 日本の人間関係について、よく分からなかったから、

教師:・そうね。

H:・ それは、許されると //・思います。

教師:・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 許されると。{笑い}//・優しいね、みんな。//・うん、そうねー。

A:・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ うん、同じ・ 同じ意見です。

 さらに、クラスでディスカッションを行うことにより、体験談を語った先輩留 学生がなぜそのような行動を行ったのか、どのような状況でどのような心情だっ たのかを批判的に考え、深く議論している様子もうかがえた。

 例えば、会話例(2)は、「②部活のカルチャーショック」を読んだ後の「あなた だったら?」の問い(水泳部でのプレムの態度についてどう思うか)をもとに、Y クラスの学習者達がディスカッションしている場面である。学習者達は、先輩留 学生プレムが 1 年生の時に水泳部の厳しさについていけず、日本人の先輩に叱ら れた後、退部したが、2 年生になってバドミントン部に入りなおして、厳しい練 習に耐えて部員ともうまく行ったという点について議論している。ここでは、学 習者 N から「失敗してよい経験になった」といった意見が出た。さらに、学習者 P からは「なぜ叱られた後に頑張って水泳部を続けなかったのか、問題から逃げ ている」、学習者 Q からは「きちんと謝ってから水泳部を辞めた方がいい」という 問題提起が出された。それに対し、教師が「厳しい意見が出ましたね。皆さんだっ たらどうしますか」と自分に置き換えて考えるように促している。そして、学習 者 P は、「自分なら最初から厳しい水泳部に入らなかっただろう」と述べる。一方、

学習者 R からは、「謝っても全て許してもらえないなら、逃げた方がいい」という 意見が出される。そして、教師が「水泳部を辞めてバドミントン部に入ったのは よかったと思いますか」とさらに論点を進めて問いかけると、学習者 Q が「他の

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クラブに入るのは悪いと思う」と述べる。一方、学習者 O は、「もう一度他の部に 入るのには勇気が必要だが、その気持ちを持つことはいいことだ」とプレムに寄 り添う意見を出す。こうしたクラスのディスカッションを通して、失敗の後にど のように立ち向かうかについて、多角的な視点からそれぞれの意見を述べ合い、

人間関係など、プレムの置かれた状況や心情への理解を深めようとしていると言 える。

会話例(2):Y クラス「②部活のカルチャーショック」読後ディスカッション 教師:・じゃ次、3 番ね。プレムさんが、水泳部を辞めた後、バドミントン部に入部した

ことについて、どう思いますか?どうでしょう。水泳部ではね、ちょっとね、失 敗しました。でも、今度はバドミントン部に入りました。

N:・ その失敗で、えーと、考え方変わりましたから、えーと、プレ、プレムさんはえっ となんか、もっとーあー、規則とか、あー、義務とかを守ることになります。だから、

よいキゲン、んー、なっ、なっていました。

教師:・ん?よい、何?経験?よい経験だった、と。うんうん、いいですね。はい、P さん?

P:・ あー、なんか、どうして、また水泳部に戻らなかったんですか?

教師:・{ 笑い } あ、なるほどね。面白い質問ですね。うん、プレムさんはなんて書いてま した?プレムさんがどう思ったかちょっと見てみましょうか。ねー、えーと、「そ して、これ以上自分には水泳部を続けることはできない!と分かりました」って 書いてありますね。「続けることはできない」どうしてそう思ったんでしょうね。

Q:・ たぶん恥ずかしかったです。

P:・ なんか、失礼になる、ました。だから、あー、今もう戻れない。でも、ちゃんと謝っ て、えとー、自分のーミスをー、あー、はい、直して、たぶんまだ戻れる、でしょう。

教師:・あー、なるほどね。ちゃんと謝って、許してもらって、水泳部を続ければよかっ たのにって、そういうことですね。あーなるほど、なるほど。お、同じ意見の人?

うん、2 人。Q さんと P さん、あ、3 人。ほうほうほう。他の人はどうですか?え と、じゃあ、もう水泳はもう無理だから辞めて、他の、

Q:・ えっとたぶん実は、え、えっと、水泳部に、あー戻らなくてもいいんですが、たぶん、

謝った方がいいと思います。

教師:・あ、なるほどね。あー、辞めるか、辞めないかは別にして、まずは謝った方がいい。

P:・ なんかえと、すいません、えっとー、バ、バドミントンのー、バドミントン部に、

入ることは、なんか、水泳から、逃げるためのー //・とかー、

Q:・          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 問題から逃げています。

P:・ まあ問題から逃げるためー、かもしれない。

教師:・なるほどねー、あー。

P:・・ あー、今、水泳の先輩全然見たくない毎日バドミントンの方が面白いです。

教師:・なるほどね、なるほど。水泳部の問題から逃げたんじゃないか。あ、厳しいねー、

厳しい意見が出ましたね。皆さんだったらどうしますか。ちゃんと謝って、許し てもらって、続けますか。

(15)

- 51 -

P:・ まあ、最初から水泳部に入らな、// 入らなかった。

みな:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・{ 笑い }

教師:・もう入っちゃった場合、プレムさんの場合は、ね、知らずに入ってしまって、失 敗しました。失敗した後どうするかね。ちゃんと謝って、そこでもう一回やり直 したらいいという意見も出ました。もう一つは、これ辞めてもいいけど、謝って から、{ 笑い } 辞めればよかった。ここに書いてありませんけどね、謝ったかどう かはね。

R:・ でも、謝るのは、こう、全部直せますか。そうじゃないんですよね。例えば、逃 げた方がいいかもしれません。

みな:・{ 笑い }

Q:・ さすがブラジル人です。

教師:・そうねー、ちょっとうまくいかないときにね、完全に元に戻らないから、逃げた 方がいいかもしれない。そうですよね。人間関係ってなかなかね、謝ったらちゃ んとリセットできるかっていうとそうじゃないことも多いですよね。まあでも、

プレムさんの場合、水泳部辞めてバドミントン部に入ったのよかったと思います か。どう?

Q:・ あー、理由はちょっと不思議ですね。なんか他のクラブに入ってもいいですけど、

それは急に水泳部を出て他のクラブに入って、それはちょっと、んー、悪いと思 います。

教師:・おー、逃げ出してよそに行くのは失礼だと思う。なるほどね。他の人どうですか?・

O:・ えっと、んー、まず失敗したのに、他の部、部に入るのにー、えと、勇気が必要です。

まあ、もう一度、あー入ってみたいの気持ちは、いいだと思います。

教師:・なるほどね。もう一回失敗したから、もうクラブに入るの辞めよーってなるかも しれないですもんね。でも、もう一回やってみよう。ちょっと別のところで、っ ていうね。そういう勇気があったんじゃないか。なるほど。

 上記の会話例(1)(2)からもうかがえるように、学習者は、クラスのディスカッ ションを通して、先輩留学生の置かれた状況を自分に引き付けて考え、人間関係 構築などのあり方について考えを深めていったと言える。ここから、「あなただっ たら」の問いについてディスカッションする活動が有効に機能したと考えられる。

5.3 教材の改善点

 学習者の授業アンケートの記述のうち、教材の改善点への示唆となるものを挙 げる。まず、先輩留学生の事例を過剰に受け止め不安を感じる者もいたことであ る。具体的には、「②部活のカルチャーショック」について、「このトピックを読ん だあとで、大学の生活はとてもこわいだと思います。ちょっと日本の大学に入り たくなくなりました。いい経験についてのトピックを選んだ方がいいかもしれな い。」(学習者 J)という感想が 1 名から見られた。これは、先輩の体験談が学習者

(16)

にとって非常に現実的なものとして受け止められた証左となるだろう。ただし、

教師が想定した以上に過剰に受け止めないように、事例の提供の仕方、読後のディ スカッションの問いや進め方には配慮が必要であるとも言えよう。

 また、体験談の読み物中の職業に関する専門用語やその関連知識の提供にも配 慮が必要であることが分かった。例えば、「③相談相手を見つける」については、

「そんなに専門の言葉を使わない方がいい。」(学習者 Q)、「難しいです。仕事につ いてだからちょっと分かりにくいです。」(学習者 J)という感想が見られた。やや 遠い将来であるため職業に関するテーマに興味を持ちにくい点への配慮、および、

教材に用いる語彙レベルへの配慮が必要だと言えよう。

 さらに、表 6 のように、教材内容として、理科系の学生の大学生活や、アルバ イトなどの放課後の活動、友人や恋人との人間関係構築、地方の習慣への適応な どの体験談をもっと読みたいという声があった。また、前述のように、仕事につ いてのテーマは興味を持ちにくい学習者もいたようだが、授業アンケートでは、

日本と自国での仕事についての体験談を読みたいという声もあり、学習者によっ て仕事への関心の高さには差があることもうかがえた。その他、先輩の困った経 験や驚くような体験をもっと読みたいという声もあった。

表 6 他にも読みたい体験談(学習者の授業アンケート全記述より)

大学生活 ・・ 大学の生活のこと(学習者 H)

・・ 理系の学生達の勉強や研究と仕事の経験などを読みたい(学習者 E)

・・ 理系の学生の授業のことや生活などを読みたい(学習者 K)

放課後の活動・・ 授業の後は何をするか(学習者 C)

・・ アルバイトの経験(学習者 F)

人間関係構築

・・ 日本で彼女か彼氏を作るとか(学習者 F)

・・ 日本人との友情(学習者 Q)

・・ 日本人の友達について読みたい(学習者 I)

・・ 友達を作る(学習者 R)

地方の習慣 ・・ 地方によって違う日本人の習慣とどうやって適応するか(学習者 D)

日本と自国

での仕事 ・・ 日本で働き vs. 自国で働き(学習者 B)

・・ 日本での社会人の生活(学習者 Q)

その他

・・ どんな体験でも良いかもしれません(学習者 O)

・・ 先輩の困った経験についてもっと読みたい(学習者 M)

・・ 大学や日本について面白いこと、読んだらびっくりさせること(学 習者 J)

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 これらの声を踏まえた上で、学習者が将来直面するであろう問題に対して過剰 に不安にさせないように工夫しつつも、多様な体験談をバランスよく提供する必 要があることが明らかになった。特に、教材のねらいである、多様な働き方の選 択肢の提示を意識しつつも、日本語レベルに応じた理解しやすい表現での記述に も配慮し、学習者の興味に応じた、日本社会や企業文化に関する基礎知識の提供 を心掛けるようにするべきである。

 

6. まとめ 

 以上の分析から、先輩留学生の体験談を読む活動において、学習者が大学生活 や社会人生活で直面するであろう困難点を自分なりに読み取り、そこから克服方 法を考えて、未来の自分へのアドバイスとすることで(表 3、4、5)、キャリア形 成において遭遇しうるいくつかの場面について具体的にイメージできたことが分 かった。また、先輩留学生の体験談をもとにクラスでディスカッションを行うこ とを通して、先輩留学生の立場や心情について多角的に考察しつつ、理解しよう とする様子が見られた(会話例⑴⑵)。また、先輩の体験談を教材としたことで、

学習者は、大学や職場で将来直面するであろう困難点や対処方法について自身に 引き付けて捉え、自身のキャリア形成を考える契機とすることができたと見られ る。すなわち、本教材は、3.1 で述べたキャリア形成支援教材作成時の 6 つの留 意点のうち、(1)留学の早い段階からのキャリア形成意識の養成、(2)問題発見・

解決能力の養成、(3)人間関係構築力の養成、(4)日本社会や企業文化に関する基 礎知識の提供といった点で、有効であったことが確認された。

 ただし、大学生活で出会う可能性のある困難を過剰に受け止めて不安を感じる、

あるいは、やや遠い将来であるため職業に関するトピックに興味を持ちにくい、

職業に関する専門用語が難しい等の反応も見られた。こうした点を考慮に入れ、

学習者が不安を感じすぎないように、事例の提供の仕方、および、ディスカッショ ンの進め方を工夫する必要があると言える。さらに、多様な場面における困難点 についてさらに読みたいという学習者の要望もあった。したがって、(5)多様な 働き方の選択肢の提示を意識しつつ、(6)日本語レベルに応じた理解しやすい表 現での記述にも配慮して教材作成を行うことも改善点として挙げられる。

 こうした体験談に基づく教材の有効性と改善点を踏まえ、今後のキャリア形成 支援教育における教材設計について必要な点をまとめる。まず、教材の内容面に 関しては、多様性とバランスへの配慮が必要であり、同時に、職業・職場等に関

(18)

する記述を詳細にしすぎない工夫なども求められる。特に、学習者の興味、関心 がそれぞれ異なるため、特定の分野の専門的な用語を多用せずに記述する工夫が 必須である。これらの教材自体の内容に関する改善に加え、教材をより有効に活 用して学習者がより深い学びの機会を得られるような授業運営面の方策も検討す る必要がある。例えば、学習者によるディスカッションをより活発にさせ、問題 発見・解決能力を向上させていくための課題の設定が挙げられる。または、先輩 留学生を教室に呼んで実際にインタビューを行うなどの活動の実施が考えられ・

4

 今後は、キャリア形成支援教育のために、更なる実践とその研究を重ね、教材 および授業活動等を充実させることで、留学生が留学の意義について自覚的にな り、問題発見・解決能力、および、人間関係構築力を向上させていく機会を提供 していきたいと考える。

付記 文字化表記方法(抜粋版)

// // の後の発話が次の番号の発話と同時に発せられたことを示す。

{・・} {・・} の中の行動は非言語的な行動の「笑い」等を示す。

参考文献

(1)・経済産業省 HP「社会人基礎力」http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.

html(2018 年 9 月 1 日閲覧)

(2)・渋谷博子・菅長理恵・中井陽子(2017)「キャリア形成支援に関する基礎調査―留 学生のための教材開発に向けて―」『東京外国語大学論集』94 号,87-102.・

(3)・渋谷博子・菅長理恵・中井陽子(2018)「中上級日本語クラス「キャリアプランを 考えよう!」における学習者の学び―先輩留学生の体験談を生かした教材の開発 と実践―」『東京外国語大学論集』97 号,262-284.・

(4)・徐亜文・阿部康久(2012)「日本留学経験が就職活動とキャリア形成に与える効果 に関する研究-中国人帰国留学生を事例として―」『九州大学留学生センター紀 要』20 号,67-83.・

4・ 筆者らは、その後の授業実践において、実際に先輩留学生を教室に呼んでインタビュー を行うための教材作成と実践を行い、学習者から学びが大きかったという感想を得てい る。詳細は、渋谷他(2018)に譲る。

(19)

- 55 -

(5)・菅長理恵・中井陽子(2015a)「理科系ベトナム人国費留学生のキャリア形成―グ ローバル人材に必要な資質―」『東京外国語大学留学生日本語教育センター論集』

41 号,29-45.

(6)・菅長理恵・中井陽子(2015b)「日本における高度人材の働き方の鍵としての多文 化性―文系の元国費学部留学生の事例から―」『留学生教育』20 号,57-66.

(7)・菅長理恵・中井陽子(2016)「学生時代に培われたアカデミック・ジャパニーズと 職場での活動のつながり―理系・文系の元国費学部留学生の事例から―」『アカ デミック・ジャパニーズ・ジャーナル』8 号,55-64.

(8)・菅長理恵・中井陽子(2017)「エピソードから探る学部留学生の困難点と克服方法

―予備教育の果たすべき役割―」『東京外国語大学留学生日本語教育センター論 集』43 号,65-79.

(9)・鈴木華子(2016)「日本語授業を活用した留学生のキャリア支援:文化的統合型キャ リア支援プログラムの開発と実践」『筑波大学グローバルコミュニケーション教 育センター日本語教育論集』31 号,147-158.

(10)・高橋弘司(1993)「組織社会化研究をめぐる諸問題―研究レビュー―」『経営行動科 学』8 巻 1 号,1-22.

(11)・田崎敦子・齋藤ひろみ・見世千賀子(2011)「キャリア形成と異文化間教育」『異文 化間教育』33 号,1-14.

(12)・徳間晴美・田川恭識(2015)「日本語学習者のアカデミックスキルについての意識 とその変容についての事例研究」『国際経営論集』51 号,129-137.

(13)・友納艶花(2015)「中国人留学生の日常生活スキルの検討及びキャリア発達支援に 関する研究」『九州女子大学紀要』51 巻 2 号,pp.1-11.

(14)・トンプソン美恵子(2017)「長期的なキャリア形成を視野に入れた日本語教育―自 己・他者・社会を学ぶ日本語学習の一考察―」『早稲田日本語教育実践研究』5 号,

131-140.

(15)・西谷まり(2011)「留学生のキャリア支援:全学共通教育科目『日本事情Ⅰ』におけ る取組」『一橋大学国際教育センター紀要』2 号,133-140.

(16)・藤井桂子(2014)「留学生は何に困難を感じているか―2003年と2012年のアンケー ト調査結果から―」『ときわの杜論叢』1 号,145-171.

(17)・保田江美・溝上慎一(2014)「初期キャリア以降の探究:『大学時代のキャリア見 通し』と『企業におけるキャリアとパフォーマンス』を中心に」中原淳・溝上慎一(編 著)『活躍する組織人の探求 大学から企業へのトランジション』東京大学出版会,

pp.139-173.・

(18)・栁田直美(2010)「キャリアデザインの視点を取り入れた授業活動―『日本語演習

Ⅱ』の実践報告―」『筑波大学留学生センター日本語教育論集』25 号,155-166.

(20)

International Students’ Learning during Activities Involving Reading Materials Focusing on the Experiences of Former

International Students:

Development of Teaching Materials and Classroom Activities with the Goal of Supporting International Students’ Career Development

NAKAI Yoko, SUGANAGA Rie and SHIBUYA Hiroko

The authors introduced reading materials to intermediate-level Japanese language students that described the experiences of former international students, with the goal of giving them the opportunity to consider their own career development. These materials included former students’ descriptions of difficult episodes they had dealt with both while at university and while at work. The students thus had the opportunity to think about problems that they themselves will face in considering their future careers. Moreover, the students made an effort to consider former students’ positions and feelings critically during the class discussions. These reading and discussion activities could raise students’

competence in problem-finding/solving. However, one student was frightened by the episodes about former students; several wished that the readings had addressed a more diverse field of majors and careers. It was clear that diversifying the experiences presented was necessary.

表 4 「②部活のカルチャーショック」における学習者の学び(学習者の記述抜粋) 未来の自分のへのアドバイス 感想(授業アンケート) 部活などの文化や習慣を学ぶ ・・ 部活は厳しいので、入りたい気持ちがあったら、十分 な精神的な準備が必要だ。 (学習者 D) ・・ サークルに入ったほうがいい。もし、どうしても部活 に入りたかったら部員が大切に守っていることをはっ きり分かって入ったほうがいい。 (学習者 L) ・・ 部活は集団の動作だから、規則を従うべきだよ。その 上で、日本文化を破らないように適当な態度を持

参照

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