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留学体験 「私の日本留学体験 : From Fish Bowl to Open Seas」

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Academic year: 2021

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私の日本留学体験

From Fish Bowl to Open Seas

SIEW WOAN YNG

(経済学部4回生)

留学体験

 高校時代、留学で行きたかった国はイギリスでした。でも、 なぜ最終的に日本に来たのかというと、1999年に日本でホーム ステイを体験したのがきっかけだと思います。その時は、初め て日本に来て、日本語が全然分からなかったです。ホームステ イの期間中に通訳してくれる人がいて助かりましたが、時々、 感情そのものを自分自身の言葉で伝えないと、なかなかその真 の気持ちが人に伝わらないと感じました。5週間のホームステ イはあっという間に過ぎ、異国の季節、文化、現地の人との交 流など、かつて経験したことのない体験ができて、とても印象 的で楽しかったです。  母国に帰って、留学先のことを改めて考えさせられました。日本語を習得したいという思いが、時が経 つにつれて強くなってきました。それで、2002年、日本に留学する決心をしました。  最初の一年間、東京にある日本語学校で過ごしました。毎日、大学の入学試験に向けて、日本語以外に も、数学、社会、歴史、地理などの科目も勉強しなければならなかったので、大変忙しい日々でした。学 校の寮では色々な国からきた留学生と一緒に住んでいて、生活上、お互い交流し合い、民族や国を越えて 友情を培うことができました。ご存知の通り、日本は物価が高い国なので、留学生たちはあまり外食せず、 ほとんど自炊していました。夕食を作ると同時に、翌日学校へ持っていく弁当も用意する習慣がありました。  初来日して、カルチャーショックを受けた友達がたくさんいました。一番驚かされたのは、ラッシュア ワーの満員電車でした。しかし、私が住んでいた寮は学校まで電車を利用せず、歩いていける距離なので、 ラッキーでした。私にとって一番感心したのはゴミ分別の運動です。母国のマレーシアでも、そういう運 動に取り組んでいますが、日本ほど厳しくないです。さすが日本人はキレイ好きな民族ですね。  2003年4月、日本語学校の勉強を修了した後、滋賀大学に入学しました。滋賀大学の経済学部は、国内 では最大規模であるといわれ、そのキャンパスは彦根城や琵琶湖に囲まれ、とても落ち着いて勉強生活に 最適な環境だと考え、志望しました。しかしながら、先輩や友達が一人もいなくて、最初の頃、ちょっと 寂しかったです。しばらくして、同じ授業をとっていた地元の学生や留学生達と友達になって、だんだん 彦根の生活に慣れてきました。  母国にいる親のお金の負担を減らすため、アルバイトをしながら学校に通いました。周りの友達が皆ま じめで、コツコツ頑張る姿を見て、自分も頑張らなければいけないと思いました。アルバイトはただお金 を稼ぐだけではなく、身に着けた日本語をさらに磨くことができるし、日本の社会勉強にもなりました。  留学生活において、大学2回生の時が一番辛い年でした。いつも自国で私の帰りを待っていたはずの母 が急に亡くなり、とてもショックでした。まだ気持ちが立ち直っていないうちに、おばあちゃんが癌に倒 れ、その3 ヶ月後他界しました。この時、「人生無常」としみじみと感じさせられました。こういう連続 のお別れを見送りした後、日本に戻ってきて、勉強を続けました。  それから、3回生の時、幸いながら、ロータリー米山記念奨学会の奨学生として採用され、「お父さん」 と呼べるカウンセラーに出会いました。物知りで、とても親切な方です。彼の奥さんも私の母と似ていて、 いつも私のことを心配して、行き届いた気配りをしてくれました。こうして、悲しみに打ち沈んだ私は、 だんだん立ち直って、将来の目標を定めて、夢を叶えるように頑張ろうと決めました。  先日、卒業論文を出しました。間もなく留学生活も終わろうとしています。日本で就職が決まり、卒業 後社会人になります。現実の社会では、もっときびしい問題や困難など現れるだろうと思いますが、人生 は一度だけなので、いろいろチャレンジしていきたいです。最後に、いつも愛してくれた人、期待してく れた人、また応援してくれた人たちに、深くお礼を申し上げます。 しがだい25号.indb 25 2007/02/23 16:25:40

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