九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
マイクロカロリーメータを用いたプルトニウム同位 体の高エネルギー分解能LX線スペクトル計測に関す る研究
前田, 亮
https://doi.org/10.15017/1441221
出版情報:Kyushu University, 2013, 博士(工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:Fulltext available.
マイクロカロリーメータを用いた
プルトニウム同位体の高エネルギー分解能 L X 線スペクトル計測に関する研究
九州大学大学院工学府 エネルギー量子工学専攻
前田 亮
平成 26 年 1 月
i
目次1
序論 ... 1プルトニウム管理の必要性 ... 1
Pu
同位体の分析 ... 2L X
線計測による同位体分析 ... 3X
線検出器とスペクトル計測技術 ... 5本研究の目的 ... 7
本論文の構成 ... 7
2 Pu
同位体のLX
線放射とTES
型マイクロカロリーメータ ... 9Pu
同位体の生成 ... 9同位体の性質 ... 11
超ウラン元素の
LX
線放射率 ... 13SQUID
増幅器... 16dc-SQUID
の動作原理 ... 17磁束固定ループ ... 20
Serial SQUID Array
増幅器 ... 21TES
型マイクロカロリーメータの動作原理 ... 22マイクロカロリーメータの概要 ... 22
TES
の応答 ... 26熱力学的雑音 ... 37
最適フィルタとエネルギー分解能 ... 44
過剰雑音 ... 48
大きい信号 ... 50
3 TES
型マイクロカロリーメータL X
線スペクトル計測装置 ... 52無冷媒希釈冷凍機 ... 52
希釈冷凍機の動作原理 ... 52
無冷媒希釈冷凍機の概要 ... 53
温度制御システム ... 58
L X
線検出用TES
型マイクロカロリーメータ ... 58実験セットアップ ... 60
電気抵抗温度依存性 ... 61
測定法 ... 61
測定結果 ... 62
温度計感度温度依存性 ... 63
SQUID
増幅器出力とバイアス電流の関係 ... 64ii
測定法 ... 64
測定結果 ... 65
4 TES
型マイクロカロリーメータを用いたL X
線スペクトル計測 ... 67L X
線の検出信号 ... 67L X
線信号波形 ... 67信号対雑音比から導出されるエネルギー分解能 ... 68
L X
線スペクトル作成 ... 69立ち上がり時間と減衰時定数による信号の選別 ... 69
L X
線エネルギースペクトル ... 71エネルギー領域別の最適フィルタ ... 72
温度揺らぎに対する補正 ... 73
スペクトル解析 ... 75
フォークト分布 ... 75
放射率評価 ... 78
Pu
同位体線源から放射されるL X
線スペクトル計測 ... 81Pu
同位体線源 ... 84L X
線スペクトル ... 855 4
ピクセル配置全面吸収体TES
型マイクロカロリーメータによるスペクトル計測 ... 954
ピクセル配置全面吸収体TES
型マイクロカロリーメータ ... 95電気抵抗温度依存性 ... 96
SQUID
増幅器出力とバイアス電流の関係 ... 98241 Am
線源から放射されるL X
線スペクトル計測 ... 98L X
線スペクトル計測によるAm
とPu
の元素同定 ... 1036
結論 ... 109L X
線検出用TES
型マイクロカロリーメータによるスペクトル計測 ... 1094
ピクセル配置全面吸収体TES
型マイクロカロリーメータによるスペクトル計測110
今後の課題と展望 ... 111謝辞 ... 112
参考文献 ... 113
1
1 序論
プルトニウム管理の必要性
現在,世界中で地球温暖化防止のため,温室効果ガスである二酸化炭素の排出量削減 の機運が高まっている。しかし世界のエネルギー需要は年々増加しており,二酸化炭素 を排出しない,クリーンなエネルギーの開発が望まれている。電気は主に火力・原子力・
水力などの発電方法にて作り出されているが,その中でも原子力発電は二酸化炭素の排 出量が少なく基幹エネルギーに位置付けられている。
プルトニウム
(Pu: Plutonium)
同位体の環境中濃度を調べることは,ウラン(U: Uranium)
を燃料とする原子力発電における核燃料サイクルに係わる放射線防護上重要である。Pu
同位体の中でも239 Pu
と240 Pu
はその存在量が多く特に注目されている。原子炉を運転す ると,燃料中の238 U
の中性子捕獲反応に伴うβ
崩壊により239 Pu
が生成する。この239 Pu
が核燃料サイクルにおいて重要であるとともに,核兵器への転用の危険性を有する核分 裂性同位体である。さらに運転を続けると239 Pu
は中性子捕獲により核分裂性のない240 Pu
に変換する。表1.1
に核兵器級と炉型別の原子炉級Pu
の同位体重量比を示す[1,2]
。 一般に原子炉級Pu
では239 Pu
の比率が低く238 Pu
や240 Pu
の比率が高い。核燃料のリサイ クルを行うと239 Pu
の存在比は減少する。現在,環境中に存在する
Pu
同位体の中で濃度が高いのは239 Pu
と240 Pu
であり,原子 力施設のモニタリング等で対象とされている。環境中の239 Pu
と240 Pu
のほとんどは1960
年代に盛んに行われた大気圏核実験により大気中に放出されたフォールアウトPu
が地 表に沈着したものである。世界60
地点の表層土壌試料中の240 Pu/ 239 Pu
同位体比を調査 した結果,その平均値は0.176
であると報告されている[3]
。多くの地域でこれに近い 同位体比が得られているが,異なる値が報告されている地域がある。長崎県の西山地区 では,土壌中の240 Pu/ 239 Pu
同位体比として0.03
と小さな値が報告されており,これは長 崎に投下されたPu
爆弾の同位体比組成を反映しているものと考えられている[4]
。また,イギリスのセラフィールド再処理施設周辺のアイリッシュ海の堆積物や魚を分析して 得られた
240 Pu/ 239 Pu
同位体比は約0.21
という大きな値が報告されており,これは再処理 施設で処理された使用済核燃料の240 Pu/ 239 Pu
同位体比を反映しているものと考えられて いる[5]
。旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の周辺土壌では,240 Pu/ 239 Pu
同位体比が 約0.4
と大きな値が報告されている[6]
。これは,この発電所の原子炉は黒鉛炉であり,核燃料中の
240 Pu/ 239 Pu
同位体比が軽水炉と異なるためである[1]
。この様に240 Pu/ 239 Pu
同 位体比を調べることでその起源が推定できる。また,テロ組織への核兵器の流出の懸念など,核不拡散の観点から
Pu
同位体の分析 は重要である。2009
年の米国オバマ大統領によるプラハ演説では,核セキュリティの2
強化について強い決意が示された。我が国は原子力を平和利用に限定しているため核燃 料取扱施設では,
Pu
等の核物質が核兵器に転用されていないことを示す必要があり,厳密な核物質の定量管理が欠かせない。国外では,秘密裏に行われている核兵器開発を 探知するため,環境試料が分析され,核兵器級の
Pu
等の有無が 国際原子力機関(IAEA)
により検証されている。このように国土安全保障からもPu
同位体の分析は重要である。Pu
同位体の分析Pu
には多くの同位体があり,このうち放射線防護上で問題となる同位体は 質量数236
,238
,239
,240
,241
,242
のPu
で,そのほとんどがα
放射体であり,4.9~5.8MeV
のα
線を放射してU
に壊変する。241 Pu
だけはβ
放射体であり,20 keV
のβ
線を放射す る。β
崩壊した241 Pu
は241 Am
となる。241 Am
もまたα
放射体であり,5.5 MeV
のα
線,60 keV
のγ
線を放射する[7]
。Pu
同位体の分析では,まず,水試料,土試料などの測定試料の形態に応じた前処理・濃縮を行った後,イオン交換法または溶媒抽出法による化学分離が行われる。その後,
Pu
は分離精製され,ステンレス鋼版上に電着して計測試料となる。計測試料について,シリコン半導体検出器による
α
線スペクトル測定を行うことによりPu
同位体が定量さ れる。この方法では試料の形態にもよるが,計測試料の作製にイオン交換法で30
~40
時間,溶媒抽出法で40
~50
時間を要する。さらに,α
線スペクトル測定では24
時間を 要し,Pu
同位体の分析には,合計で約3
~4
日程度の日数が必要となる。α
線スペクト ル測定時に判断出来るのだが,化学分離の際に不純物等が混入した場合は更に長時間を 要する[8]
。239 Pu
と240 Pu
から放射される最大強度のα
線エネルギーは,それぞれ5.147 MeV
と5.159 MeV
であり,シリコン半導体検出器によるα
線スペクトル測定では239 Pu
と240 Pu
は弁別できないので,両核種の合計量として定量される。239 Pu
と240 Pu
を 弁別するためには誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)
等を用いた分析が必要である[9]
。表
1.1
核兵器級と炉型別の原子炉級Pu
の同位体重量比[1,2]同位体 核兵器級 沸騰水型炉 加圧水型炉 黒鉛炉 高速炉
238 Pu 0.07 1.7 2 0.05 0.03
239 Pu 93 52 63 81 74
240 Pu 7 28 19 16 23
241 Pu 0,7 12 12 3 3
242 Pu - 6 4 0.3 0.5
3 L X
線計測による同位体分析241 Pu
以外のPu
同位体はα
崩壊し,それに伴いγ
線,X
線を放射する。また,241 Pu
のβ
崩壊後の241 Am
はα
崩壊し,それに伴いγ
線,X
線を放射する。Pu
同位体のγ
線,K X
線のα
崩壊当たりの放射率はどれも0.05%
程度と低くスペクトル計測による同位体分析 には適さない。しかし,L X
線の放射率は5
~10%
程度とγ
線,K X
線と比較すると高 い値を持つ[10]
。241 Am
のγ
線放射率は36%
,L X
線放射率は38%
である。Komura
ら及び
Arnold
らはα
線スペクトル計測とL X
線スペクトル計測を組み合わせて分析することで,
Pu
同位体分析が可能であることを示した[11
,12
,13]
。この方法では,239 Pu
と240 Pu
のα
崩壊に伴うL X
線放射率が2
倍程度違うことを利用しているため,正確なL X
線放射率の数値が必要となる。しかし,Pu
同位体,241 Am
のα
崩壊に伴うL X
線放射率 は実験値と理論値の間に差異がある[14
,15]
。この他に
L X
線計測による同位体分析の例として肺モニタがある[16]
。肺モニタとは,吸入事故により,
Pu
同位体が体内に侵入した際に吸入量を推定する方法である。α
線は 飛程が非常に短く,体内に沈着したものを体外から測定することができないため,L X
線,γ
線の体外計測が行われる。図1.1
に示すように,ベッド上に被検者を仰臥位で寝 かせ,肺モニタの検出器を胸郭上部に設置し,肺から胸部軟組織を透過して放射されるL X
線を測定して,肺沈着量を算定する[17]
。なお,宇宙線などの自然放射線を低減さ せるために肺モニタの測定は鉄室内で行われる。この鉄室は遮蔽性能に優れたものが必 要で,一般に20 cm
厚の鉄板に,薄い鉛,銅,プラスチック板などを内張したものが用 いられている。既知量のPu
線源を分布させた肺ファントムを肺モニタで測定して得た 標準計数効率値(
校正定数)
を用いて,肺モニタで得られた測定値から肺に沈着したPu
量を求める。図1.2
に水ファントムのX
線透過率とX
線エネルギーの相関を示す[18]
。 図より,L X
線の平均エネルギー17 keV
では,肺から体外に透過してくるL X
線強度は 弱く,また,個人の体格,体形および筋肉と脂肪の割合など,個人差に依存して大きく 変化し,各個人ごとに実効的な吸収減弱量の正確な補正が必要となる。しかしながら,Pu
同位体のL X
線放射率が低いこと,測定対象であるL X
線が組織中で著しく吸収さ れること,さらには,241 Am
から放射されるL X
線が妨害することなどにより,計測の 感度と精度が低いことが肺モニタの問題となっている。一方,
L X
線スペクトル計測を用いてPu
の同位体分析が可能である。試料に含まれ ている各Pu
同位体の放射能強度をA i ( 238 Pu
,239 Pu
,など)
,計測されたスペクトルの各L X
線強度をI j ( L α1
,L β2
,L γ5
,など)
,各Pu
同位体の各L X
線の放射率をP ij
とすると
i ij i
j A P
I (1-1)
と表される。各
L X
線ピークについて式を連立させA i
について解くことで各プルトニ ウム同位体の放射能強度が得られる。この式を解くためには,試料に含まれているPu
4
同位体の数より多くの
L X
線ピークを弁別する必要があり優れたエネルギー分解能を 有する検出器が要求される。また,この方法でPu
同位体分析を行うためには,Pu
同位 体の正確なL X
線放射率が必要である。図
1.3
は,本研究でテルル化カドミウム(CdTe)
半導体検出器を用いて測定した,241 Am
線源と238 Pu
線源から放射されるL X
線のエネルギースペクトルの一例である。青い線 は測定値,赤い線は理論値[14
,19]
を示している。この図からわかるように,241 Am
と 各Pu
同位体が混在する時には,半導体検出器で測定されたL X
線エネルギースペクト ルからPu
吸入量を定量することは困難である。このスペクトルにおいて,半値幅で表 されるエネルギー分解能ΔE FWHM
は,それぞれ,241 Am
が17.75 keV
のピークでΔE FWHM =560 eV
,239 Pu
が17.22 keV
のピークでΔE FWHM =598 eV
である。しかし,ΔE FWHM =50 eV
程度の優れたエネルギー分解能を有する検出器を用いて各ピークを分離することが出来れば
L X
線の放射率の違いから各同位体の存在比を推定することが可 能である。図
1.1
肺モニタ検出器[17]図
1.2
厚さ2cm,密度 1g/cm 3
の水ファントムのX
線透過率[18]5
X
線検出器とスペクトル計測技術Pu
同位体と241 Am
から放射されるLX
線は,狭い範囲に多くの近接した成分を持つの で,スペクトル計測により成分を弁別するためにはΔE FWHM =50 eV
程度の優れたエネル ギー分解能が要求される。さらに図1.2
より体外へ放出される光子はそれほど多くない ので高い検出効率が求められる。通常,X
線のエネルギースペクトル計測には,波長分 散型スペクトル計測法とエネルギー分散型スペクトル計測法が用いられている。図
1.3 CdTe
半導体検出器を用いて測定した239 Pu (a)と 241 Am (b)の α
崩壊後に 放射されるL X
線エネルギースペクトル0 0.002 0.004 0.006 0.008 0.01 0.012 0.014 0.016 0.018
0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800
10 12 14 16 18 20 22 24
放射率
[Bq- 1s -1 ]
カウント
エネルギー[keV]
測定値 理論値
(a)
0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0.12
0 5000 10000 15000 20000 25000 30000
10 12 14 16 18 20 22 24
放射率
[Bq- 1s -1 ]
カウント
エネルギー[keV]
測定値 理論値
(b)
6
波長分散型スペクトル計測法では,分光結晶によりブラッグ反射した
X
線の回折角 度の違いによって波長別にX
線を分離し,特定波長のX
線のみ検出部へ導き比例係数 管などで計数する。図1.4
に波長分散型スペクトル計測装置の一例を示す[20]
。X
線管 球から発生したX
線を試料に照射して発生した蛍光X
線を,コリメータを通し分光結 晶に導きブラッグ反射して検出器に入射したX
線をカウントする。波長分散型スペク トル計測では5.9 keV
のX
線に対して 半値幅が10 eV
より優れたエネルギー分解能 に到達できるが,スリットを使うので発生した蛍光Ⅹ線の一部しか使えず,効率が数%
しかないという欠点がある。エネルギー分散型スペクトル計測法では,
X
線検出器自体がエネルギーに比例した信 号を生成し,多チャネル波高分析器を用いてそのエネルギーを選別する。このため,検 出効率がほぼ100%
と高い値を持つが,エネルギー分解能は使用するX
線検出器に依存 する。エネルギー分散型スペクトル計測法に使用される検出器の一つとして半導体検出 器が挙げられる。半導体検出器は,入射光子のエネルギーに比例する電子やイオンを信 号電荷として計測する。検出されたX
線信号は電荷由来であるため電荷の数に応じた 統計的な揺らぎが生じ,この揺らぎがエネルギー分解能の理論的限界値を決定してしま う。実際のエネルギー分解能ΔE
は,Fano
因子をF
,放射線のエネルギー損失をE 0
,信 号電荷生成の平均エネルギーをε
として,半値幅で,0 2 ln 2
2 FE
E FWHM
(1-2)
と表わされる
[21]
。現在,半導体検出器のエネルギー分解能は(1-2)
式で与えられる理論 限界値に到達しており,5.9 keV
のX
線に対して 半値幅120 eV
程度のエネルギー分 解能しか得られない。近年,波長分散型と同程度のエネルギー分解能を有するエネルギー分散型の検出器と して,極低温動作型放射線検出器が注目されている。その中で最も代表的な検出器がマ イクロカロリーメータである。マイクロカロリーメータは,
100 mK
領域の低温に保持図
1.4
波長分散型スペクトル計測装置[20]7
された熱容量が非常に小さい物質で,
X
線光子のエネルギーを吸収した際の温度上昇を 精度良く計測する検出器である。マイクロカロリーメータの中でも広く研究されている のが,超伝導状態と常伝導状態との間の急峻な電気抵抗温度依存性を利用した超伝導相 転移端温度計(TES: Transition Edge Sensor)
を有するTES
型マイクロカロリーメータであ る。これは入射X
線のエネルギーを吸収した際に起こるわずかな温度上昇により,超 伝導状態から常伝導状態への相転移領域に保持されている温度計の電気抵抗が急激に 変化することを利用している。実際に開発されたTES
型マイクロカロリーメータでは,5.9 keV
のX
線を半値幅1.56 eV
で計測したという報告がある[22]
。本研究の目的
本章では
Pu
同位体の管理の必要性を述べ,現行の化学分離を使用したPu
同位体分析 とL X
線分光分析を利用した同位体分析を示した。そして,従来のX
線検出器とスペ クトル計測技術について述べ,近年注目されているTES
型マイクロカロリーメータに ついて紹介した。本研究の目的は,
Pu
同位体の非破壊分析を可能とするLX
線エネルギースペクトル計 測法の確立である。本目的を達成するためには,241 Am
線源とPu
同位体試料から放射 されるL X
線の各ピークを明確に分離することが要求される。そのために,L X
線エネ ルギースペクトルに現れる個々のピークを半値幅50 eV
程度の優れたエネルギー分解 能で計測することを可能とするTES
型マイクロカロリーメータを使用した。本論文の構成
本研究では,
2
種類の形状のTES
型マイクロカロリーメータを用いて241 Am
線源,239 Pu
線源,238 Pu
線源から放射されるL X
線を測定し,各L X
線ピークの分離性能を示す。以下に本論文の構成を記す。
第
2
章では,Pu
同位体の基本的な性質とL X
線の放射特性について述べる。さらに,LX
線を検出するTES
型マイクロカロリーメータの動作原理と,検出信号の読み出しに 使用する超伝導量子干渉素子(SQUID : Superconducting Quantum Interference Device )
増 幅器について説明する。第
3
章では,本研究で使用するTES
型マイクロカロリーメータを用いたLX
線スペク トル計測装置について述べる。従来のTES
型マイクロカロリーメータはエネルギー数keV
程度のX
線を測定対象としており,厚さ0.5 μm
の金をX
線吸収体としていたため,Pu
同位体から放射される10
~22 keV
のL X
線に対する効率が低い。本研究では,L X
8
線検出用に開発した厚さ
5 μm
の金をX
線吸収体とするTES
型マイクロカロリーメータ を使用する。また,TES
型マイクロカロリーメータの冷却には液体ヘリウムを使用しな い無冷媒希釈冷凍機を使用している。TES
型マイクロカロリーメータを100 mK
領域の 動作温度に保持しTES
の特性を調べ,LX
線検出器として動作する最適なバイアス条件 を決定する。第
4
章では,TES
型マイクロカロリーメータを用いたPu
同位体及び241 Am
線源から 放射されるL X
線のスペクトル計測実験について述べる。まず,241 Am
線源から放射さ れるL X
線スペクトルを計測しTES
型マイクロカロリーメータのエネルギー分解能を 確認する。得られたエネルギースペクトルを解析しL X
線放射率を求める。その後,238 Pu
線源,239 Pu
線源から放射されるL X
線エネルギースペクトルを測定し,最後に3
つの 線源を用いた241 Am
,Pu
同位体L X
線同時測定を実施する。第
5
章では,有感領域を増加するために試作した4
個の配列配置L X
線検出用TES
型マイクロカロリーメータを用いて実施した,Pu
同位体及び241 Am
線源から放射され るL X
線スペクトル計測実験について述べる。第
6
章では,本論文のまとめと今後の課題,展望について記す。9
2 Pu 同位体の LX 線放射と TES 型マイクロカロリーメータ
Pu
同位体の生成Pu
は1940
年,カルフォルニア大学のシーボーグ博士の研究グループにより生成され た。彼らは,238 U
にサイクロトロンを用いて重陽子を照射しネプツニウム-238( 238 Np)
を 生成した。この238 Np
が半減期2
日でβ
崩壊し238 Pu
が生成された[23]
。次いで翌1941
年には放射性の239 Pu
が発見された。Pu
は原子番号94
の人工元素であるが,天然にはウラン鉱石の中に痕跡的に存在する ことがある。元素の周期表ではアクチノイド類に属する超ウラン元素に含まれる。234 Pu
から246 Pu
までの13
種類の同位体が存在するが,核燃料関連で問題になるのは,236 Pu
,238 Pu
,239 Pu
,240 Pu
,241 Pu
及び,242 Pu
の6
種である。核兵器及び,核燃料として代表的 な同位体は239 Pu
である。Pu
同位体と超ウラン元素の生成過程を図2.1[24]
に示す。図の ように各同位体の生成経路,機構は単一ではない。核反応で生成したPu
同位体及び超 ウラン元素はそれぞれ核崩壊によって様々な核種を生成する。239 Pu
は基本的に原子炉 中で非核分裂性の238 U
の中性子捕獲による核反応によって生成する。239 Pu
以上の質量 数のPu
同位体は239 Pu
から順次,中性子捕獲の積み重ねで生成する。238 Pu
以下の質量 数のPu
同位体は235 U
の中性子捕獲後,核反応の積み重ねで生成する。10
図
2.1 Pu
同位体,超ウラン元素の生成過程[24]11
同位体の性質Pu
同位体と241 Am
の基本的性質を表2.1[24]
に示す。代表的な
Pu
同位体と241 Am
の特徴は以下の通りである。236 Pu
:236 Pu
は237 Np
の(n,2n)
反応によって作られる。この同位体は2.85
年の半減期でα
崩壊して232 U
となり,それがさらに崩壊して228 Th
ができる。228 Th
は天然トリウムの4n
崩壊系列に含まれる核種の一つである。この核種には,228 Th
の子孫核種の崩壊に伴 う高エネルギーγ
線を放射する。238 Pu
:この同位体は,237 Np
による中性子捕獲と,それに続く238 Np
のβ
崩壊により 表2.1 各核種の基本的性質[24]
核種 質量
(amu)
放射性崩壊
半減期 種類※ 実効エネルギー
(MeV)
全崩壊数 に対する 崩壊の割
合
236
Pu 236.046070 2.85
年α 5.868
SF 8×10
-10238
Pu 238.049511 86
年α 5.592
SF 1.7×10
-9239
Pu 239.052146 24,400
年α 5.243
SF 4.4×10
-12240
Pu 240.053882 6,580
年α 5.255
SF 4.7×10
-8241
Pu 241.056737 13.2
年α 0.007 2.3×10
-5β
242
Pu 242.058725 3.79×10
5 年α 4.98
SF 5×10
-6243
Pu 243.061972 4.98
時間β 0.239
244
Pu 244.064100 8×10
7 年α 4.66
SF 3×10
-3241
Am 241.056740 458
年α 5.64
SF 2.2×10
-12※SFは自発核分裂
12
生成する。
238 Pu
は86
年の半減期でα
崩壊して234 U
となる。これは238 U
の4n+2
崩壊系 列中の子孫核種である。ほぼ1 ppm
の236 Pu
を含む本質的に純粋な238 Pu
は原子炉の照射 済燃料から回収された237 Np
を中性子照射することによって作られる。同位体純度がよ り一層高い238 Pu
は分離された241 Am
を中性子照射して242 Am
と242 Cm
を作った後,そ の崩壊の子孫核種である238 Pu
を化学的方法で回収することで作ることができる。239 Pu
:239 Pu
は238 U
の中性子捕獲とそれに続く二つのβ
崩壊により生成する。この同 位体は,低濃縮ウランの中性子照射によって作られるプルトニウムの主要な同位体成分 であり,また熱中性子炉及び高速中性子炉で用いられるプルトニウム燃料の主な核分裂 性成分である。239 Pu
は24,400
年の半減期でα
崩壊して235 U
となるが,この核種は4n+3
崩壊系列の親核種である。比較的純粋な239 Pu
は天然ウランを短期間低いレベルで照射 することにより作ることができる。239 Pu
の含有率が99%
以上のプルトニウムはウランを燃焼度
0.7 MWd/kg
以下で照射することにより得られる。原子炉で生成したプルトニウムは,放射能と年摂取限度の比で定義される放射性毒性が強いため,取り扱いに十分 な注意を要する。
240 Pu
:この同位体は239 Pu
の中性子捕獲によって作られ,熱中性子による核分裂は起 こさないが,他のすべてのプルトニウム同位体と同様に,高速中性子による核分裂を起 こす。240 Pu
は中性子捕獲により核分裂性核種に転換される。それ故,232 Th
や238 U
と同 様,240 Pu
も親核種である。240 Pu
は6580
年の半減期でα
崩壊して236 U
となり,それが またα
崩壊して232 Th
となる。232 Th
は4n
崩壊系列の親各種である。偶数の質量数を持 つ他の同位体と同様,240 Pu
は自発核分裂により中性子を発生する。また240 Pu
は原子炉 で生成するプルトニウム中で,偶数の質量数を持つ他の如何なるプルトニウム同位体よ りも高い濃度で存在する。241 Pu
:この同位体は240 Pu
の中性子捕獲により生成し,熱中性子によって核分裂を起 こすので,高燃焼度のウラン燃料やリサイクルされるプルトニウム中でのエネルギー発 生に対する寄与が大きい。241 Pu
は13.2
年の半減期でβ
崩壊して241 Am
となり,さらに それがα
崩壊して237 Np
となる。237 Np
は4n+1
崩壊系列に含まれる核種である。241 Pu
の 崩壊では低エネルギーの電子と10~115 keV
の弱いX
線しか発生せず,α
粒子の発生は 全崩壊の2.3×10 -3 %
に過ぎない。しかしながら,241 Pu
のβ
崩壊の子孫核種である241 Am
はα
崩壊に伴いγ
線を放射するので,原子炉で生成し分離されたプルトニウムを取り扱 うときは遮蔽を必要とする。242 Pu
:この同位体は241 Pu
の中性子捕獲により生成する。その半減期は3.79×10 5
年で あり,原子炉で生成するプルトニウム中に有意な量で存在するすべてのプルトニウム同 位体のうちで最も寿命が長い。242 Pu
はα
崩壊を起こし,4n+2
崩壊系列に含まれる238 U
となる。242 Pu
は239 Pu
,240 Pu
,及び241 Pu
に比較して中性子吸収断面積が小さく,またそ の中性子捕獲により生成する243 Pu
の寿命が比較的短いので,同位体純度の高い242 Pu
は 原子炉で生成し分離されたプルトニウムを長時間照射することによって得られる。例え13
ば,
1.6×10 22 n/cm 2
の熱中性子照射により,原子炉から生成分離されたはじめのプルトニウム
1 kg
当り約60 g
の同位体純度約99%
の242 Pu
が作られる。その半減期は長く,し たがってその放射性毒性も低いので,242 Pu
は実験室規模での化学的研究にとって有用 である。241 Am
:この同位体は241 Pu
の崩壊によって生成され,そして458
年の半減期でα
崩壊 して237 Np
となる。同位体組成が純粋な241 Am
は長期間貯留された原子炉級プルトニウ ムから抽出によって得られる。分離された241 Am
の中性子照射はグラム量の242 Cm
を作 る技術の基本であり,また超キュリウム元素を作る一つの方法でもある。しかしながら 中性子捕獲の最初の生成物は242 Am
および242m Am
であり,これらはかなり大きい核分 裂断面積をもつので,242 Pu
を多く含むプルトニウムの照射から超キュリウム同位体を 作るのに比べるとかなりの熱の発生を伴う。241 Am
は原子炉燃料の加工のためにリサイクルされるプルトニウム中で時間と共に蓄 積されてゆく。241 Am
の崩壊に伴うγ
線は外部被曝の原因となり,従業員の放射線防護 が必要となる。241 Am
は実験用および原子炉起動用の中性子源におけるα
粒子発生源で あり,ベリリウムとの合金AmBe 13
の形で用いられ,(α,n)
反応によりエネルギーの高い 中性子を発生する。超ウラン元素の
LX
線放射率Pu
同位体や241 Am
等の超ウラン元素はα
崩壊の後,内部転換に伴いL X
線を放射す る。このため,同じエネルギー準位間の遷移によって放射されるL X
線であっても,そ の放射率は核種によって異なる。内部転換では,崩壊後の励起状態にある原子核が
γ
線を放射して低エネルギー準位ま たは基底準位に遷移する代わりに原子核と軌道電子との相互作用により,そのエネルギ ーを軌道電子に与えて電子を放出する。内部転換はγ
線放射との競合過程である。内部 転換電子はエネルギーK γ e E
E (2-1)
の線スペクトルを与える。ここで,
E γ
は2
つの準位間の遷移で生ずるγ
線のエネルギー で,ε K
は電子の束縛エネルギーである。内部転換の確率は以下の式で表される内部転換 係数α
を用いて定量化される。γ e
P
P
(2-2)
ここで,
P γ
,P e
はそれぞれγ
線,内部転換電子のγ
崩壊当たりの放出割合である。一般14
的に内部転換係数は原子番号
Z
が大きくなると増加し,遷移のエネルギーが大きくなる と急激に低下する。このため,Z
の大きい核での低エネルギーのγ
崩壊では支配的な過 程である。γ
線が角運動量λ
を運んで遷移が起こる時,多重極度(multipolarity) λ
の遷移と呼び,この時の放射を
2λ
重極放射という。多重極放射にはパリティの違いから電気型Eλ
遷移 と磁気型Mλ
遷移があり,λ
の変化が1
でパリティが反転する遷移をE1
遷移(
電気双極 子遷移)
,λ
の変化が1
でパリティが変わらない遷移をM1
遷移(
磁気双極子遷移)
と呼ぶ。内部転換電子がどの軌道
(K,L 1
・・・)
から放出されるかはこのγ
崩壊の形式に依存する。Pu
同位体や241 Am
線源では,内部転換電子がL
殻から放射されるので,L X
線が放射 される次に
LX
線放射率の理論的な計算過程を示す。L X
線は最終的な準位(L 1
,L 2
,L 3 )
に応じて3
つのグループに分けられる。L X
線の 強度の計算では,まず,全L X
線強度を求め,そして個々の準位に対応するL X
線強度 を計算する。全L X
線放射率は各γ
崩壊L X
線放射率I XL
を足し合わせることで得られ る。ここでL L γ
XL I
I (2-3)
と表され,
I γ
はγ
崩壊の確率でα L
はL
殻の内部転換係数ω L
はL
殻の平均蛍光収率であ る。主要なγ
遷移に限定すると241 Am
ではE2
,M1
,E1
の遷移があり3
つの内部転換係 数(α L (E1)
,α L (E2)
,α L (M1))
を考慮する必要がある。原子の各小軌道(subshell) Li
のX
線 の相対強度は,外殻電子のL
軌道の空孔当たりの各小軌道i
への遷移率に依存する。こ れは軌道の空孔分布V Li
と蛍光収率ω Li
の積で得られる。L
軌道の各小軌道i
のX
線放射 率はL3 L3 L2 L2 L1 L1
L L
L
V V
V
R i V i i
(2-4)
となる。
V Li
はコースター・クローニッヒ遷移[25]
確率f Lij
と最初の空孔率N Li
に依存する。L1
L1 N
V (2-5)
L1 L12 L2
L2 N f N
V (2-6)
L13 L12 L23 L1
L2 L23 L3
L3 N f N f f f N
V (2-7)
N Li
は小軌道Li
の内部転換係数α
の関数である。小軌道Tj
の電子により,小軌道Li
の 空孔が埋まった時に出るX
線の放射率をΓ TjLi
とする。L TjLi X (L α1
,L β2
,L γ5
,など)
線 の強度を全LX
線との比で表すとi i j i
j R
Y T L T L L (2-8)
そして,各
L TjLi X
線の放射率は15
i
Y j
I
I XLq XL T L (2-9)
となる。異なる遷移過程
(E1
,M1
等)
がある場合には各遷移過程の相対強度を考慮する 必要がある。上記の計算で導出された放射率の精度は,内部転換係数や蛍光収率等の物 理データの精度に依存する。中でも,内部転換係数は精度の良いデータが得られておら ず,計算結果の誤差に大きく寄与している。M.C.Lépy
らによって報告された241 Am
及 び,239 Pu
と240 Pu
のL X
線放射率の理論値と実験値を,それぞれ,表2.2[19]
及び表2.3[14]
に示す。
表 2.2
241 Am
のL X
線放射率[19]X-ray Energy (keV)
Emission Probabilities (%)
Experimental Theory
L l 11.87 0.837 (9) 1.04 L t 12.24 0.0260 (5) 0.013 L α2 13.76 1.398 (15) 1.7 L α1 13.95 11.60 (12) 14.9
L η 15.86 0.404 (5) 0.238 L β6 16.11 0.248 (3) 0.267 L β15 16.79 0.339 (4) 0.34
L β2 16.84 2.451 (26) 3.14 L β4 17.06 1.736 (18) 1.46 L β7 17.27 0.594 (6) 0.10
L β5 17.50 0.65
L β1 17.75 11.83 (12) 8.37 L β3 17.99 1.310 (13) 1.23 L β10 18.58 0.054 (1) 0.07
L β9 18.76 0.047 (1) 0.103 L γ5 20.10 0.087 (1) 0.065 L γ1 20.78 2.94 (3) 1.92 L γ2 21.10 0.467 (5) 0.40 L γ8 21.26 0.520 (6) 0.017
L γ3 21.34 0.39
L γ6 21.49 0.567 (6) 0.38
L γ4 22.22 0.173 (2) 0.193
L γ13 22.38 0.069 (1) 0.033
16
SQUID
増幅器温度測定に超伝導を利用する
TES
は,その抵抗の低さから(< 1 Ω)
インピーダンス整 合がその使用における障害となっていた。しかし,近年この問題はSQUID
増幅器を使 うことによって解決された。SQUID
は容易に抵抗の低いTES
とインピーダンス整合で表 2.3
239 Pu, 240 Pu
のL X
線放射率[14]X-ray Energy (keV)
239 Pu Emission Probabilities (%) 240 Pu Emission Probabilities (%)
Experimental Theory Experimental Theory
L l 11.62 0.1016 (17) 0.1163 0.240 (4) 0.23
L t 11.90 0.015 0.009 (6) 0.0029
L t 13.44 0.150 (18) 0.192 0.348 (23) 0.376 L α1 13.62 1.498 (31) 1.685 3.39 (4) 3.303 L η 15.40 0.0544 (9) 0.0393 0.120 (3) 0.116 L β6 15.73 0.0282 (10) 0.0297 0.064 (5) 0.058
L β15 16.39 0.0386 0.098 (8) 0.076
L β2 16.43 0.350 (9) 0.354 0.665 (17) 0.693 L β4 16.58 0.061 (4) 0.115 0.059 (20) 0.0191 L β7 16.84 0.0232 (60) 0.0108 0.030 (9) 0.021 L β5 17.07 0.0507 (35) 0.0741 0.080 (11) 0.145
L β1 17.22 1.72 (4) 1.395 3.95 (6) 4.11
L β3 17.45 0.0412 (36) 0.0998 0.046 (2) 0.0166 L β10 18.03 0.00312 (13) 0.0053 0.0096 (5) 0.0009 L β9 18.21 0.00433 (14) 0.0079 0.0034 (3) 0.00132 L γ5 19.51 0.0205 (5) 0.0107 0.0373 (20) 0.0314 L γ1 20.17 0.428 (14) 0.316 0.95 (2) 0.93
L γ2 20.49 0.0173 (8) 0.0310 0.0052
L γ8 20.62 0.0027 0.019 (5) 0.0080
L γ3 20.72 0.0179 (5) 0.0309 0.0051
L γ6 20.84 0.089 (13) 0.0612 0.252 (5) 0.180
L γ4 21.53 0.0053 (9) 0.0151 0.00045 (5) 0.0025
L γ13 21.73 0.0015 (2) 0.0026 0.00027 (10) 0.0004
17
きる[25]
。SQUID
とはその名が示す通り超伝導の量子性を利用した装置である。SQUID
には大きく分けて
dc-SQUID
とrf-SQUID
とに分類される。rf-SQUID
はジョセフソン接合を1
ヶ所持つ超伝導リングを利用しており,そのリングには通常rf
帯(20
~30 MHz)
の循 環交流電流を流して動作させる。これに対しdc-SQUID
は2
つのジョセフソン接合を直 流電流でバイアスして用い,接合を揃えるのは難しいが感度が高いという特徴を持つ。TES
型マイクロカロリーメータの信号読み出しには,優れたエネルギー分解能を達成す るためにより低雑音であるdc-SQUID
を用いる。dc-SQUID
の動作原理dc-SQUID
とは,前節で述べたようにジョセフソン効果を利用した素子で図2-2
のように2つのジョセフソン接合を並列に持つリングである。
簡単のため,2つの接合とループの左右部分は同一であるとする。
SQUID
を通る全電 流をI
とすると,I c >0
として
sin 2 cos 2
2
sin sin
2 1 2
1 C
2 1
2 1
I
I I
I I
I C C
(2-10)
と与えられる。
ここで,超伝導体のクーパー対の巨視的波動関数の位相を
θ
とし,∇θ
を図に示した 積分路C
に沿って周回積分すると,2πn (n
:整数)
になる。すなわち,) (
) (
) (
) (
2
s b a c b d c a d
C
d n (2-11)
図 2.2 dc-SQUID素子の模式図
18
第
1
,3
項は接合を横切っての位相差であるから,ゲージ不変位相差の式
2
0 1 2
1 2 A (r, t) d s
(2-12)
を用いて,
b
0 a 1 a
b
2 A d s
(2-13)
d
0 c 2 c d
2 A d s
(2-14)
となる。
一方,第
2
,4
項は超伝導体内部の位相差である。磁界は熱力学的臨界磁界H C
より十 分小さく,秩序パラメータ
の空間的変化が無視できるとして,
r
exp i
θ (2-15)
のように,空間的に一様な
と空間的に変化する位相
θ(r)を用いた記述が可能である。
この場合,電流密度
J
sは,
f n
S( n S
:電子対密度)を用いると, e A
m f e
J n
2
**
* s S
)
(
(2-16)
ここで
Λ=m*/n S |f| 2 e* 2
,Φ 0 =h/2e=2.07×10 -15 (Wb)
とすると
c
0 b c
0 b c
b b c
2
2 J d s A d s
s
d
θ Λ (2-17)
a
0 d a
0 d a
d d a
2
2 J d s A d s
s
d
θ Λ (2-18)
となり,式
(2-13)
,(2-14)
,(2-17)
,(2-18)
を式(2-11)
に代入すると
cb 0 a
d 0 C
0 1
2
2 2
π 2
2 n A d s J d s J d s Λ
Λ
(2-19)
超伝導線の太さが磁束侵入深さ
λ
よりはるかに大きいとすると,J S =0
ととってよい。また,
A
の積分は積分路C
内の磁束Φ
に等しい。したがって,0 1
2
π 2
2
n (2-20)
となり,式
(2-11)
に代入すると19 π ) sin(
π ) cos(
2
0 1 0
C
I
I (2-21)
また,図の超伝導ループのインダクタンスを
L
とする。全磁束は,外部から加えられ た磁束Φ ext
と,ループを流れる電流によって作られた磁束の和で与えられる。ここで,電流
I 1
,I 2
を次のように表わす。cir
1
I I
I (2-22)
cir
2
I I
I (2-23)
ここで,
I
は平均電流とし,I cir
は循環電流とする。平均電流は磁束を生じないが循環電 流は磁束を生じるため,これをLI cir
とする。したがって,全磁束
Φ
は2 ) cos(
2 ) sin(
) sin 2 (sin
2 1 2
1 C
ext
2 1
C ext
cir ext
LI LI LI
(2-24)
となる。ここで,式
(2-20)
を用いるとπ ) cos(
π ) sin(
0 1 0
C
ext
LI (2-25)
となる。よって,式
(2-21)
,(2-25)
を解くことによりSQUID
の振る舞いを求めることが できる。本研究では循環電流が無視できるとして,与えられた
Φ ext
に対して式(2-21)
をφ 1
につ いて極大をとることにより,I max
を数値的に求めることができる。
0 ext C
max
cos π 2 I
I (2-26)
これより
I max
は周期Φ 0
で変化することがわかる。この素子にバイアス電流
I B
を流すとI B > I max
で電圧が出始める。つまり有限の磁束に 対しては臨界電流が減少し,ジョセフソン接合に電位差が生じることから,磁束の変化 を電圧の信号として読み出すことができる。常伝導トンネルの抵抗値をR
とすると,2 max 2
B
I
I R
V (2-27)
式
(2-26)
を代入し,I B ≈2 I C
とすると
0 ext C
sin
2
RI
V (2-28)
20
と表わせる。したがって,
I B >2I C
で電圧が磁束と共に周期的に変化することがわかる。式
(2-27)
,(2-28)
を見てわかる様にSQUID
は出力電圧V
が入力電流I
に比例するので はなく,電流の差に比例していることが分かる。ここが他の電流計とは異なる特徴であ り,それゆえ大きな定電流に変動する小さな信号電流を定電流とは無関係の信号電流の み測定できる利点があるが,電流の絶対値を知るには異なる操作が必要となってくる。磁束固定ループ
SQUID
は外部磁束に対して周期的な応答をするため,動作点が少しずれただけでも増幅率が大きく変動してしまい,応答は非線形である。さらに,大きな入力に対しては 出力の折り返しが出来てしまう。そのため,一般的にはフィードバックをかけて動作さ せる。これは,
SQUID
を貫く磁束が一定に保たれるようにフィードバックをかけるこ とから,磁束固定ループ(FFL
:Flux Locked Loop)
と呼ばれる。フィードバック回路を簡単に図
2.3
のように示す。増幅器の応答関数A(ω)
を
i A A
) 1
( (2-29)
とする。ただし
1/2πτ
は遮断周波数で,A
は直流成分増幅率である。また,入力された 磁束をΦ in
,SQUID
素子から読み出された電圧を増幅器のゲイン倍された出力をV out
と する。この時磁束Φ in
と電圧V out
には次の関係がある。 ( )
)
( in out
out A bV
V (2-30)
これと式
(2-30)
を用いると
i Ab b bA
V A
1
) ( ) 1
) ( ( 1
)
( in
in
out (2-31)
となる。ただし
bA
≫1
と近似した。したがってbA
が1
より十分に大きいならばシステ ム感度はフィードバック量b
で決定され,A
の変化はほとんど影響がなくなる。又実質 入力量は次のようになる。) ) (
( )
( ) ) (
( out in in
out
in
A bA
bV V (2-32)
これよりフィードバックをかけることで
bA
倍広い入力範囲を得る事が出来る。またフィードバック抵抗を
R fb
,フィードバックコイルとSQUID
の相互インダクタン スをM fb
,フィードバック磁束をΦ fb
とするとout fb
fb
fb
V
R
M
(2-33)
21
ここで式(2-32)
よりbA
≫1
とするとout fb bV
(2-34)
とかけるので,フィードバック量
b
は次のようになる。fb
1
fbM R
b (2-35)
実際の回路では図
2.3
のようにフィードバック抵抗とフィードバックコイルが組み込 まれている。Serial SQUID Array
増幅器SQUID
素子自体の利用可能な周波数帯域はdc
~GHz
と非常に広いが,FLL
回路な どでインピーダンス整合をとるためにロックイン増幅などの複雑な回路系によって,周 波数帯域が制限されてしまう。そこで近年実現されてきたのがSQUID
増幅器である。SQUID
増幅器は図2.4
のように,信号を複数のコイルを用いて数十~数百の直列に並べた
SQUID
へと入力し,それらの出力電圧の和をとることで信号を増幅する。多数のSQUID
が直列に並んでいるため,単体のSQUID
に比べてインピーダンスが数十~数百倍に大きくなっており,インピーダンス整合がとり易くなっている。このため
SQUID
増幅器の周波数帯域は単体SQUID
よりも遥かに向上する。さらに低温環境で信号を増 幅できるので,室温に置かれた増幅器による雑音の影響が小さくなる。以下に本研究で使用した
Serial SQUID Array
増幅器について説明する。図2-3
のよう に入力電流を複数のインプットコイルを用いて,SQUID
アレイに入力し,直列に並んだ
SQUID
の出力電圧を足し合わせる構造をしている。2
段式SQUID
アンプのように初段・後段の
2
段階の増幅ではなく,知りたい情報(
信号)
の最も近いところで,磁束電 圧変換と増幅を行うので雑音の寄与が小さくなる。ただし,信号の増幅としてはSQUID
アレイの電圧の足し合わせになるので,増幅度は2
段式SQUID
アンプよりも小さくな図 2.3 フィードバック回路
-b
A(ω)
Φ
in(ω) V
out(ω)
22
る。増幅度を大きくしようと
SQUID
アレイの数を多くすると,その分SQUID
の特性が 揃い難くなり,接合の弱い部分があったりするとそこの周りで磁束のトラップが起こる などの問題もある。TES
型マイクロカロリーメータの動作原理マイクロカロリーメータの概要
マイクロカロリーメータは図
2.5
に示すようにX
線吸収体,温度計,冷熱浴及び温度 計と冷熱浴との間の熱リンクから構成される。X
線吸収体が検出器の有感部であり,入 射X
線のエネルギーを吸収し熱に変換する。温度計は吸収体と結合されておりその温 度上昇を正確に測定する。熱リンクは冷熱浴と温度計との間を弱く結合しており信号が 無いときに吸収体の温度をある一定の値に保つ。入射X
線のエネルギーをE
,X
線吸収 体の熱容量をC
とすると,X
線入射前の温度T 0
からの温度上昇ΔT
はC T E
(2-36)
となる。この温度上昇は,熱伝導度
G
を持つ冷熱浴との熱リンクを介して緩和され,カロリーメータの温度は再び
T 0
に戻り,X
線測定ができるようになる。この温度変化 を微分方程式で表わすと図 2.4 Serial SQUID Arrayアンプの回路図
23
T t G
C T d
d (2-37)
これより,
T t
T 0 exp (2-38)
となる。ここで
ΔT 0
はX
線がX
線吸収体に入射した時刻t=0
のときの温度上昇の値で,減衰時定数
τ
は,G
C
(2-39)
となり,信号の減衰はカロリーメータの熱容量と熱リンクの熱伝導度によって決まる。
マイクロカロリーメータのエネルギー分解能は原理的には検出器の熱力学的な内部エ ネルギーの揺らぎによって制限されている。正準分布の分配関数を
i
T k E
i Be
Z / (2-40)
とすると内部エネルギー
U
は
i
T k E i e
i BZ E
U 1 /
(2-41)
で表される。ここでk B
はボルツマン定数(=1.38×10 -23 (J/K))
である。内部エネルギーU
を温度T
で微分したものは熱容量C
を表すので両辺をT
で微分すると 2 2
2 / 2 /
1 1
E E
e Z E e
Z E C
i
T k E i i
T k E
i
i B i B
(2-42)
となる。また,ここで
E E 2 2 E 2 2 E E E 2 E 2 E 2 (2-43)
であるので,式
(2-42)
右辺は分散を表しており,その平方根である標準偏差を内部エネ ルギーの揺らぎΔU
とするとC T k T k N
U B B 2
(2-44)
となる。これより極低温マイクロカロリーメータの原理的なエネルギー分解能は半値幅 で次のように表わせる。
C T k E FWHM 2 2 ln 2 B 2
Δ (2-45)
ここで