無冷媒希釈冷凍機
TES型マイクロカロリーメータの動作のためには,100 mK程度の極低温環境を安定 に保持する冷凍機が必要である。通常,この極低温環境を保持するために,3He-4He 混 合液の希釈冷凍現象を利用した希釈冷凍機や断熱消磁冷凍機が使用される。希釈冷凍機 は最低到達温度が約1 mKと非常に優れた冷凍機であるが,3He-4He混合ガスを凝縮す るために1 K程度の温度に予冷する必要である。一般的な希釈冷凍機では,3He-4He混 合ガスの予冷に液体ヘリウムを利用するので,TES型マイクロカロリーメータの動作温 度を長時間にわたり安定に保持するためには,液体ヘリウムの充填や補充に伴う労力と コストがかかるという欠点がある。Pu 同位体の管理が必要な核燃料取扱施設や超ウラ ン元素を取り扱う施設などでは,液体ヘリウム容器の搬入や蒸発ガスの回収など液体ヘ リウムの取り扱いに必要な設備が不十分である。
そこで,本研究では,液体ヘリウムを使用せず,簡便な操作で長期間動作温度が保持 できる無冷媒希釈冷凍機 (大陽日酸株式会社製) を使用した。
希釈冷凍機の動作原理
希釈冷凍機では,3He-4He混合液体が持つ特性を利用している。3He-4He混合液の相図
を図 3-1[40]に示す。図中の λ 線は超流動状態への転移の境界を示している。この超流
動転移温度は,3He濃度が増加するにしたがって低下していく。
0.87 K以下の温度では,溶液は二つの相に分離する。一つの相は3He濃度が低い相で
あり超流動を示す。この相は希薄相(d相)と呼ばれ,その3He濃度xdは図3-1の左側の 共存線で表される。もう一つの相は 3He 濃度が高い相で濃厚相(c 相)とよばれ,超流動 を示さない。その3He濃度xcは図3-1の右側の共存線によって表される。濃厚相の密度 は希薄相のそれより小さいため,液体の上部に浮かび明瞭な相境界を形成する。低温で は,3Heの4Heに対する溶解度に限界があり,3He濃度約6.4%までしか溶解しない。こ の濃度は絶対零度まで同じである。
そのため,絶対零度では下の相で 3He 濃度が 6.4%であり,上の相はほとんど純粋な
3Heである。上の相は低いエントロピーS3(xc,T)=25 TJ/mol/Kをもつ強相関の常流動フ ェルミ液体である。下の相は3Heが4Heに溶け込んだ希薄溶液である。これは,超流動 の4Heをバックグラウンドとする力学的真空中に置かれた3He準粒子として記述できる。
この状態にある1モルあたりの3HeガスのエントロピーはS3(xd,T)=107 TJ/mol/Kと計算
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される[41]。この値は,純粋な3Heのエントロピーよりかなり大きい。したがって,3He が上の相から下の相へ移るときには,この二つの相の間の大きなエントロピー差に基づ く熱の吸収が生じることになる。
この移動による熱の吸収は,通常エンタルピーを用いて説明できる。1モルの3Heに 対して計算される溶液のエンタルピーはH3(x,T)=H(x,T)/xであり,3He濃度の減少ととも に増加する。したがって,希釈後と前のエンタルピーの差 H3(xd,T)-H(xc,T)は正となる。
すなわち,等温状態で,3Heが濃厚相から希薄相へ移動するときに熱が吸収される。3He の循環速度をn3 (mol/s)とすると,この吸収される熱量は次の式で表される。
)]
( ) ( [ )]
( ) (
[
3 d 3 c 3 3 d 3 c3
H x H x n T S x S x
n
Q
(3-1)ここで,S3(xd)とS3(xc)はそれぞれd相とc相における3Heの1モルあたりのエントロピ ーである。Qは冷凍機の冷却能力を表わす。
無冷媒希釈冷凍機の概要
希釈冷凍機では,3He-4He混合液を相分離するために,3He-4He混合ガスを1K程度の 温度まで予冷する必要がある。近年,ギフォード-マクマホン(GM)クーラーを利用する
図3.1 3He-4He相図
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ことで,液体ヘリウムを不要とする無冷媒希釈冷凍機が開発されている[42]。
GMクーラーはピストン・ディスプレーサー・蓄冷機・圧縮機から構成される小型冷 凍機であり,ヘリウムガス(4He)を用いて断熱膨張・圧縮を繰り返すことで4 Kの極低温 まで冷却する。図3.2に示すように,G-M冷凍サイクルでは圧縮機と作動ガスの切り替 え弁に同期した膨張機を不可逆的に組み合わせる。図3.2(A)は高圧ガスが室温部と低温 部に入り込む様子である。次第にディスプレーサーが上がっていき,室 温 の ヘ リ ウ ム ガ ス は 蓄 冷 器 で 冷 却 さ れ な が ら 低 温 部 に 充 填 さ れ る 。こ の 状 態 が 図 3.2(B)で あ る 。そ の 後 ,低 温 部 の 体 積 が 最 大 に な り ,デ ィ ス プ レ ー サ ー が 室温部のガスの入 り口を塞ぐと,同時に高圧部が閉じ低圧部が開き,図3.2(C)の状態となる。そして,低 温部の高圧ガスが蓄冷機を通して放出される。このときにガスの温度が低下するので,
蓄冷機が冷却される。低温部の圧力が最低になるのでディスプレーサーが下がり,元の 状態に戻る。これの状態が図3.2(D)である。
図3.2 GM冷凍サイクル
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希釈冷凍機の運転中には GM クーラーのディスプレーサーの繰り返し上下運動によ る機械的振動が測定における大きな雑音を誘起する。そこで,本研究では,GMクーラ ーと希釈冷凍機とが分離した構造を有する無冷媒希釈冷凍機を使用した。図3.3は本研 究で使用したGMクーラー分離型無冷媒希釈冷凍機の写真である。図3.3に示されるよ うに,希釈冷凍機とGM クーラーは,それぞれ,希釈冷凍機ユニットとGM クーラー ユニットの断熱真空槽に収納される。GMクーラーで5Kの温度に冷却されたヘリウム ガスは,フレキシブル断熱配管を通して移送され3He-4He混合ガスを予冷する。GMク ーラー分離型無冷媒希釈冷凍機の模式図を図3.4に示す。図3.4中に示された希釈冷凍 機の重要な構成要素を表3.1にまとめた。
図3.3 GMクーラー分離型無冷媒希釈冷凍機の写真
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図3.4 GMクーラー分離型無冷媒希釈冷凍機の模式図
表3.1 希釈冷凍機の構成要素 混合器
MC:Mixing Chamber
無冷媒希釈冷凍機の中で最も低温になる部分である。こ こに,相分離した溶液があり,3Heが濃厚相から希薄相へ 移動する。混合器の入り口から入ってきたほとんど純粋 な 3He は濃厚相から希薄相へ移動した後で出口から取り 除かれる。
熱交換器
HX:Heat Exchanger
混合器へ入っていく濃厚相溶液と混合器から出てくる希 薄相溶液との間で熱交換を行い,混合器へ入る濃厚相溶 液を冷却する。
分溜器 Still
ポンピングによって希薄溶液から 3He が取り除かれる。
分溜器の中に熱交換器があり,混合器へ戻る濃厚溶液を 冷却する。
ジュール・トムソン インピーダンス JT impedance
ジュール・トムソン効果を用いて混合器から戻ってくる
3Heを液化 (凝縮) する。インピーダンス直前の3Heの圧 力が, He 蒸気圧よりも大きくなるようにしなければな らない。
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図3.4の模式図に示されるGMクーラー分離型無冷媒希釈冷凍機では,長さ約1.5 m,
直径約630 mmのフレキシブル真空配管で希釈冷凍機ユニットの真空槽とGM冷凍機ユ
ニットの真空槽とが接続されている。フレキシブル真空配管の中には直径約6 mmのフ レキシブルチューブが通っている。各チューブの外側には熱輻射と高温部との熱接触を 減らすためにスーパーインシュレータのシートが巻かれている。4Heの循環ガスは,チ ューブインチューブ型熱交換器とGM冷凍機のコールドステージで冷却され,フレキシ ブルチューブを通り希釈冷凍機ユニットに移送される。室温の4Heガスは,一段目のチ ューブインチューブ型熱交換器HE1と一段目のGM冷凍機で30 Kまで冷却される。30 K に冷却された4Heガスは,フレキシブルチューブS1を通り希釈冷凍機ユニットの一段 目の熱交換器に移送される。希釈冷凍機ユニットの一段目で50 Kまで冷却された後,
4Heガスは,細いフレキシブルチューブを覆っている熱輻射シールドを冷却しながらフ レキシブルチューブ R1 を通り,GM冷凍機ユニットに戻る。R1 の中の 4He ガスは,
GM 冷凍機の一段目でまた冷却され,二段目のチューブインチューブ型熱交換器 HE2 に入る。R1 の中の 4He ガスは,希釈冷凍機の二段目の熱交換器 HX2 から帰ってきた R2の中の冷たい4Heガスと熱交換する。
希釈冷凍機ユニットの中では,分溜器と混合器は外側の直径約 24 mm,長さ約
1000 mmのインサート内に設置されている。インサートは,真空槽のフランジに付けら
れた筒状のケースの中に入っている。3He-4He 混合ガスは,スクロールポンプ(Edwards XDS 35i)とダイアフラムコンプレッサー(KNFPM20373-143.13)で構成されたオイルフリ ーのポンプシステムで循環される。3He-4He 混合の循環ガスは,GM 冷凍機ユニットで 冷却された冷たい4He循環ガスによって HX1と HX2 で予冷される。そして,3He-4He 混合ガスは熱交換器HX3を通り十分に予冷された後,JT impedanceを通り等エンタル ピー下で膨張されることで液化され,3He 濃厚相に流れこむ。3He 濃厚相は,熱交換器 HX4を通り熱交換器HX5に入る。HX5の中では,3He濃厚相はプランジャーに巻きつ けられた毛細管に流れこむ。毛細管は,ケースの内壁面と巻きつけられた毛細管の外壁 面の間を流れる 3He 希薄相によって冷却されている。HX5 での冷却の後に 3He 濃厚相 は直列に結合された混合器の一段目のMC1に入る。一部の3He濃厚相は,MC1で希釈 冷凍を行い,インピーダンスZを通ってHX5内の希薄層の流れに戻る。他の3He濃厚 相は,HX5 と同様な構造を持つ熱交換器HX6 を通り,混合器 MC2 の温度まで予冷さ れる。MC2に入る3He濃厚相は,最終の希釈冷凍を行い,HX6,HX5を通り分溜器に 戻る。3He濃厚相のガスは,ポンプで分溜器の外へ送られ,各熱交換器を通り循環ポン プに流れる。実験試料は,MC2 に接続されたプレートに付けられたホルダプレートに 設置される。
本研究では線源を冷凍機内部に設置する事による発熱を防ぐため,X線入射窓がある 断熱真空槽を用いた。窓には厚さ1 mmのベリリウムが用いられており,この窓のX線 の透過率は241Amの11~22 keVのLX線では90~96%である。図3.5に1 mmのベリリ