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フランスにおける事後的違憲審査制の導入について : 比較の観点から

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フランスにおける事後的違憲審査制の導入について : 比較の観点から

著者 プフェルスマン オットー, 池田 晴奈

雑誌名 同志社法學

巻 63

号 2

ページ 1375‑1402

発行年 2011‑07‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2018.0000000086

(2)

同志社法学 六三巻二号五〇七(      フランスは、多くの共通の法的発展の外側に留まっているとしばしば言われる。このことは、特に形式的な法律の違憲審査に当てはまる。違憲審査制度は、比較的遅く、一九五八年に導入された。それは、抽象的で事前にしか行われず、従って、たいていの他のヨーロッパ諸国における制度とは、かなり異なる方法である。二〇〇八年に、フランスは、大規模な憲法改正を行い、憲法上の﹁権利および自由﹂に関して、形式的な議会制定法の事後的な違憲審査をついに導入した。この新たな手続がヨーロッパの標準にフランスの法秩序を接近させるだろうとする論者もいる一方で、他の国々や国際的な仕組みと実際に対応する点を有さず、この手続もまた特殊 なものであると主張する者もいるだろう。実際には、フランスのこの制度は、立ち入った比較によく適するものである。しかしながら、いくつかの特殊な要素は、把握が容易ではなく、特別の分析を要するだろう。 それ以外の要素は、一見したところ、むしろ容易に記述可能である。一方では、一般意思の表明としての﹁法律﹂に対するフランスの伝統的なイデオロギーは、長年にわたり、議会制定法の司法審査に対する留保をもたらしてきた

)1

。しかしながら、他方で、安定した政府を維持し、整合性の取れた法律を規定する議会の能力に対する不信は、ド・ゴールに違憲審査の導入を促した

)2

。この違憲審査制度は、権利・自由の保

フランスにおける事後的違憲審査制の導入について

比較の観点から

オットー・プフェルスマ

池    田    晴    (訳)

一三七五

(3)

(    同志社法学 六三巻二号五〇八

護や中央と分権化した組織の間の権限分配の保護のために導入されたのではない。それよりも、議会が限定された権限(憲法三四条)を越えることを防ぐために、法律に対する純粋に予防的な統制として構想されたのである。それは、審署された法律を、いかなる司法上の異議申立ての範囲の外にも置いた。申立ては、規範の名宛人ではなく、最高次の政治的機関(大統領、首相、両院議長)のみが行うことができた。ごくわずかな例外はあるが

)3

、憲法は権利を規定しなかった。従って、憲法上参照される用語として、権利を援用することができなかったのである 4

。 周知の通り、一九七一年の一種の革命を通して、参照の規範として憲法前文を用いることにより、形式的な憲法に諸権利を導入したのは、憲法院である。︹﹁導入した﹂という︺こうした言明はすでに論争的なものであることを指摘しておかなければならない 5

。というのは、憲法院は当初からすでに存在したものを﹁聖別﹂したに過ぎないとするのが多数説であるからである

)6

。一九七四年に、議会議員は、六〇名の国民議会議員または六〇名の元老院議員によって憲法院に法律を付託する権利を獲得した。このことは、一九五八=六二年憲法の均衡の在り方を、予期しないような、また実際に非常に独特な形で動かしたのであった。 事前審査を行うとき、憲法院は、両院による採択後一个月以内に、法律案全体を審査する。ヨーロッパの標準と反対に、 フランスの憲法裁判所の判決は、違憲として無効にされたり、いわゆる﹁合憲解釈﹂を受けたりした諸規定を除いて、法律全体に及び、合憲であるというお墨付きを与えるのである 7

。 一九七五年以来、フランスの違憲審査制度は、もう一つの形式的な法律の審査制度のおかげで、思いがけないほど豊かなものとなった。フランス憲法は五五条で次のように規定する。

 正式に批准もしくは承認された条約または協定は、相手国による当該協定もしくは条約の適用を条件に、公布と同時に法律に優位する効力をもつ。

 憲法院によると、この規定は、憲法院自身が条約を制定法に優位させる管轄権を有することを意味するのではない。すなわち、事情が変わるかもしれず、従って、︹ある条約の︺優位は変化の余地がある。他方、憲法院による法律の合憲性審査は最終的なものである

)8

。こうして、制定法の規定に対する条約適合性審査は、通常裁判所の手に落ちたのであって、通常裁判所は、少なくとも一九八九年以降、法律が条約の後に制定されたものであったとしても、国際条約を形式的法律に優位させている 9

。こうした前提のもとに、通常裁判所は、特にヨーロッパ人権条約を参照して権利基底的な判例を発展させた。こうして、フランス法は、憲法との関係において 0000000000一三七六

(4)

同志社法学 六三巻二号五〇九(     署された法律の司法審査についてはそのいかなる形態にも厳格に反対したものの、一九七一年の憲法革命によってなされた保障にほぼ匹敵する、国際条約との関係において審署され 0000000000000000

た法律の審査 000000の制度を発展させたのである。 事後の違憲審査を導入する試みは、一九九〇年になってようやくなされ、そして、一九九三年に再度行われただけである。その提案は極めて限定的な方法で立案されたが、元老院は国民議会が採択した案に反対した。二〇〇七年には、就任間もない︹サルコジ︺大統領が大規模な憲法改正を発案したが、それは主として、法的枠組みをアメリカ型大統領制モデルに近づけようという意図を持っていた。その主旨は、首相を大統領に従属させること、一定の主要な公職の候補者の公聴会の導入、および大統領の両院での演説権の導入にある ₁₀

。大統領は、この改正を準備するために、﹁諸制度の現代化﹂について報告する委員会︹いわゆるバラデュール委員会︺を組織した ₁₁

。その報告で ₁₂

、委員会は一九七五年判決の帰結を修正し、﹁階層的優位性を憲法にまで遡らせる﹂ために事後審査を導入する必要性を表明した。このことは、元の大統領案にはなかったが、最終的にすべての政治アクターによって受け入れられ、憲法典に追加された ₁₃

。新たに設けられた六一条の一は、次のように規定している。

 裁判所に係争中の訴訟において、法律の規定が憲法の 保障する権利および自由を侵害していると主張される場合には、当該問題は、コンセイユ・デタもしくは破毀院の移送により憲法院に付託することができ、憲法院は定められた期間内に判断を行わなければならない。 組織法律は本条の適用の要件を定める。

 この規定は新たに改正された六二条二項によって補完されているが、同条項は次のように規定している。

 六一条の一に基づいて違憲と判断された規定は、憲法院判決の公表以後、あるいは、この判決の定める期日以降に、廃止される。憲法院は、当該規定により生じた効力を再検討するための要件と範囲を決定する。

 しかしながら、これらの規定は、﹁組織法律﹂が施行されるまでは効力を持たないものとされた ₁₄

。この組織法律は、二〇〇九年一一月に議会によって採択されたが、全ての組織法律と同様に、憲法院による義務的な審査を受け、判決は二〇〇九年一二月三日に行われた ₁₅

。組織法律の規定により、この改正は二〇一〇年三月一日に施行された。 新たな手続を理解するためには、まず各種の具体的審査の説明、次にフランスの手続の特殊性の説明が必要である。第三に、私は、この新たな制度のうち、現在までほとんど着目

一三七七

(5)

(    同志社法学 六三巻二号五一〇 されていないが、﹁フランスの判例憲法(

constitutional common law

)のシステム﹂とでも呼ぶべきものを定式化する要素に立ち戻るつもりである。結論として、この改正がもたらし得る結果について、いくつかの総合的な所見をしめしたい。

比較の条件  具体的審査における当事者

 具体的審査とは、具体的な訴訟において法律の規定の合憲性を司法裁判所が審査することである。この種の手続の特徴は次の通りである。①ある法的問題に関する裁判所での争訟であること、②法律が当該訴訟に関連し、それについて裁判所が憲法典への適合性に関して疑いを持っていること、③判決は、場合によっては他の問題とともに、違憲の疑いのある規定が適用されるべきか否かについて判断すること。 憲法問題を提起するのは、元の争訟を裁定する裁判所(

ju de x a quo

)であることもあり、一方または両当事者であることもある。しかしながら、ほとんどのヨーロッパの制度では、第一審裁判所自身が憲法問題を提起し、かつ 00、当該問題が別の専門―憲法―裁判所に付託されるべきか否かを判断する。従って、元の争訟の当事者ではなく、第一審裁判所が、分離された訴訟手続では当事者となる。しかしながら、新たなフランスの訴訟手続では、元の当事者は分離された憲法訴訟手続においても当事者である。にもかかわらず、いわゆる ﹁合憲性の優先問題﹂(

qu es tio n p rio rit ai re d e c on sti tu tio n n ali or Q P C

₁₆

が憲法院に移送されるべきか否かを判断するのは、第一審裁判所である。こうして、具体的審査に関する二つの伝統的な条件を区別することができ、それは直接的な具体的審査(

immediate concrete review

)と先決的な判断(当事者としての裁判所)(

p re lim in ar y r u lin g : c ou rts a s p ar tie s

)と呼ばれる。これらに、具体的審査の新たな型を加えることができるが、それは間接的な合憲性の訴え(

indirect constitutional complaint

)であり、新しいフランスの手続はその一種である。

直接的な具体的審査 私は、具体的な訴訟における当事者(の一方)が、当事者としての資格で、違憲性だと主張される関連制定法規定の審査を請求することができる訴訟手続を直接的な具体的審査 000000000と呼んでいる。︹そこでは︺必然的でないにせよ、ほとんどの場合、基本権に照らしてのチェックが要求されるだろう。この種の審査においては、憲法問題は問題となった訴訟から切り離されることはなく、当該事件の解決の中で結論づけられなければならず、合憲性の問題を解決することは、判決の他の諸要素の前提となる。憲法問題は、手続的にではなく、法的に憲法規範が影響を与える諸問題に先行するのである。ひとたび憲法問題を提起する可能性が訴訟当事者に開かれ、裁 一三七八

(6)

同志社法学 六三巻二号五一一(     判所が違憲審査の権限を持つや、特別な訴訟手続(もちろん、これは理論上排除されていないのだが)は必要でない。つまり、直接的な具体的審査は、憲法上の要請に直接注意を払いつつ、訴訟を解決するものである。一般的に直接的な具体的審査が抱える問題は、手続に関するものではなく、故に、当事者の地位については問題を提起しない。周知の通り、争点は違うところにあるのであって、具体的審査のみならず、より一般的に、違憲の宣言に関する法的地位、したがって違憲とされた規範の法的な運命にも関わるのである。裁判官は当該訴訟の問題を最終的に解決するが、違憲の規範について法的帰結を最終的に決定するわけではないのである ₁₇

。 直接的な具体的審査においては、手続は一つしか存在しないので、憲法訴訟における当事者の地位の問題は生じない。これが他の種類の具体的審査と異なる。

客観的な具体的審査  当事者としての裁判所 ヨーロッパ型の憲法裁判 ₁₈

における違憲審査の、少なくともその初期における際立った特徴は、違憲の規定の法的帰結が別個の手続で最終的に解決されるということである ₁₉

。この場合においては、憲法問題は、︹違憲の規範の︺効力の消滅に関する問題について別個の判決を必要とするために、同じ一つの判決に統合することができない。理論的には、この権限は通常裁判所に委ねることもできたが、ヨーロッパ型の特徴 に関する第二の要素は、通常裁判所と、専門的かつ独占的な憲法問題に関する管轄権を持つ一つの憲法裁判所の間で、権限配分があることである。このことは、別個の憲法訴訟手続において誰が当事者となるのかという問題を提起する。 具体的違憲審査は、憲法訴訟手続が自らの憲法上の地位

―一般的には基本権―が侵害されたと考える原告によって進められる場合、主観的 000である。申立が特定個人の個別的な利益に関係するものでなければ、それは客観的 000である。 ほとんどの制度において、具体的審査は客観的である。︹すなわち、まず︺通常裁判所(

a quo

)が、具体的審査の結論に影響のある、違憲の可能性のある規定を認識する。憲法全体が、審査のための参照規範となりうる。︹通常︺裁判所は、別個の新たな訴訟手続における憲法裁判所にその︹憲法︺問題もしくは要請を、当事者として移送する権限あるいは義務を持つ。通常裁判所は、受理可能性の要件を審査し、その主張を確認する。憲法裁判所は、再度受理可能性を審査し、当事者として第一審裁判所によって主張された要請に対して判決することになる。この場合、元の訴訟当事者は、二次的な 0000

当事者 000

secondary parties

)としての諸権利を付与されるだろう。彼らは、主張書面を提出し、憲法裁判所が公開審理であれば審理に出席することができる。 諸国の制度のなかには、客観的な具体的審査が逆説的な特徴を示すに至るものもある。例えば、オーストリア ₂₀

では、憲

一三七九

(7)

(    同志社法学 六三巻二号五一二 法裁判所で係争中の訴訟において適用すべき制定法の規定について、同裁判所がおそらく違憲であると考える場合、憲法裁判所は、第一審裁判所 000000として、憲法裁判所としての自分自身に対して﹁職権(

ex officio

)﹂で審査を請求することができる(オーストリア憲法一四〇条一項)。ここで、職権 00とは、憲法裁判所がまず係属中の訴訟を停止し、関係する制定法の規定の合憲性に関わる疑いを明確にしなければならないことを意味する。次に、憲法裁判所は、新たな手続において当事者として振る舞うのであるが、そこでは、同じ憲法裁判所が、しかし今度は別の立場において、﹁元の訴訟手続を中断するための判決﹂が受理可能性に関する諸要件に合致しているか否かを審査するのである。こうして、起点の 000

a quo

)裁判官としての憲法裁判所の主張は、終点の 000

ad quem

)裁判官としての憲法裁判所が、固有の憲法裁判所として判断し、憲法問題の実体的判断を行うのである。 場合によっては、訴訟当事者は裁判所に憲法裁判所に要求を提出するよう求めることができる。このことはイタリアやスペイン ₂₁

に該当する。これらの国では、諸規定は憲法の全体に照らして審査されうる。しかし、合憲性の問題を提起する権能は、訴訟当事者および元の訴訟を解決すべき裁判所の双方に属するものの、憲法裁判所に憲法問題を付託することができるのは後者だけである。それ故、これらの国もまた、ドイツやオーストリア ₂₂

同様、訴訟当事者は二次的当事者として 派生的な権利を持つのであるが、客観的な具体的審査手続 00000000000を有するということになる。

主観的な具体的審査  間接的な合憲性の訴え フランスの手続は、確かにヨーロッパ型の具体的違憲審査の一種である。元の訴訟は、憲法院における訴訟から切り離され、憲法院は異議を述べられた規定の合憲性について独占的に判決をする。その手続は(行政、民事、または刑事の)通常裁判所で始まるのであるが、一定の場合には、その裁判所は、自らが属する系統の最高裁判所にその問題を移送 00できる。行政の最高裁判所であるコンセイユ・デタ、または民刑事の最高裁判所である破毀院は、場合により、受理可能性の要件が満たされる場合に憲法院にその事件を移送する。しかし、裁判所が憲法裁判官にその︹憲法︺問題を付託するのではあるが、これは、客観的な審査の事例とは言えない。 フランスの手続は、憲法典により通常裁判所において訴訟当事者に憲法問題を提起する権利が明文で与えられているスペインやさらにはイタリアにおける同様の手続とは、重要な点で異なる ₂₃

。スペインやイタリアでは、︹憲法︺問題を提起する権限は通常裁判所と元の訴訟当事者で共有 00されるのに対し、フランスでは、この権利は、当事者の排他的な権限とされている。裁判所は、特別な要件の下でその問題を移送 00することが認められている(かつ 00義務付けられている)にとどま 一三八〇

(8)

同志社法学 六三巻二号五一三(     る。要するに、元の当事者は、(︹憲法︺問題の)申立てを移送する権限を持たないものの、憲法訴訟の一次的な当事者でもある。ここでは、憲法問題の提起 0000000と移送 00とは完全に分割された権限なのである。 私が﹁間接的な合憲性の訴え﹂という名称を提案しているこうした制度は、特定のイデオロギー的な理由に導かれたものである。フランスの憲法論議においては、客観的な具体的違憲審査が現実的なの争点となったことはなかった。政治学も憲法学も、憲法院に対して憲法問題を提起する権限を通常裁判所に与えることには関心を持たなかった。通常裁判所は憲法裁判の促進を目指す機関であるとは考えられなかったのである。これはおそらく、﹁裁判官﹂というものに関する矛盾した理解の故であり、そしてそれは、憲法的な法の支配 00000000₂₄

関する矛盾した考え方を反映するものである。 ︹すなわち、︺一方で、裁判所は、モンテスキューの非常に有名な﹁法の言葉を語る口﹂という格言に沿って、単なる法の﹁適用者﹂、すなわち、法を固守するだけの弱く受動的なアクターであると考えられている。他方で、裁判所は常にその権限の範囲を超えて政治の領域に立ち入ろうとする反逆者としても理解されている ₂₅

。従って、﹁裁判官﹂についての一般的な受け取り方は、信頼というものではない。憲法も、司法府を、議論されているような﹁司法権(

ju dic ia l p ow er

)﹂ではなく﹁司法機関(

ju dic ia l a ut ho rit y

)﹂と称することに よって、この不信を強調しているように思われる ₂₆

。もちろん、これは、フランスの司法府が法的権力すなわち権限 00を有しているのである以上、用語の問題に過ぎない。それにもかかわらず、このことは、他国の違憲審査制度では裁判所に与えられている一定の権限がフランスの通常裁判所に付与されていない理由について、ヒントを与えるかもしれない。 フランスの議論における第二のイデオロギー的要素は、市民が権利に関わる問題について直接、﹁最高裁判所(

Su pr em e C ou rt

)﹂に申立てるというモデルの魅力がはっきりしないことである ₂₇

。一九八九年と一九九三年に提案された︹憲法︺改正は、基本的に今回の改正と異ならないが、﹁違憲の抗弁﹂や、憲法院への﹁直接提訴(

dir ec t a cc es s

)﹂の導入として議論された ₂₈

。このような言説は、まさに事実そのものに反するものである。なぜなら、︹フランスにおいては︺これまで、アメリカ流の最高裁判所を創設したり、あるいは、ハンガリーの民衆訴訟(

actio popularis

₂₉

はもちろん、ドイツの憲法異議(

V erfassungsbeschwer de

)、スペインのアンパーロ訴訟(

amparo

)、もしくはオーストリアの個人申立て(

Individualantrag

)といったものに類似する︹直接的な合憲性の訴えに属する︺なんらかの制度を導入しようとするいかなる具体的なイニシアティブもなかったからである。改正案を提示するこの方法はおそらく、通常裁判所に当該提訴が実際に認められるべきか否かについて判断することを委ねる

一三八一

(9)

(    同志社法学 六三巻二号五一四 けれども、憲法院に対する何らかの提訴を個人に与える要請のためである。今でも、個人は憲法院に提訴権を持つと理解できる ₃₀

。 直接的な合憲性の訴え 0000000000

direct constitutional complaints

)は、個人によって憲法裁判所に申立てられる請求であり、憲法裁判所は受理可能性と、場合によっては実体について当該請求を審査する。これらの訴えの対象やそれが従うべき手続には、様々なものがありうる。訴えが個人によって申立てられるという事実は、訴えの法的な対象と混同されるべきではない ₃₁

。オーストリアの異議(

Beschwer de

)やスペインのアンパーロ訴訟のように、訴えが憲法上保障される諸権利に関して(オーストリアでは)個別の行政行為、(スペインではさらに)裁判所の判決に対して提起されるの対して、ドイツの憲法異議、 ₃₂

ベルギーの直接訴訟(

recours direct

)、およびオーストリアの個人申立ては一次的立法を対象とする。一次的立法が対象とされる場合には、受理可能性の要件はより厳格になるのが通常である。まして、制定法の規定を違憲無効とする判決がなされることは稀である。 法律の規定を直接対象とする直接的な合憲性の訴えは、制定法の諸規定がそれ自体として 0000000、すなわち、個別な訴訟で適用されることなしに、原告の法的地位に影響を与え、彼または彼女の憲法上の権利を侵害することが受理可能性の要件とされているという意味で、抽象的である。オーストリアの異 議は個別の法的行為を前提とするのに対して、オーストリアの個人申立てはいかなる事前の具体的事件もないこと 0000を前提とする。フランスの手続は、個別の行為に向けても、一般的および抽象的規範に向けても、決して直接的な 0000訴えを導入しているわけではない。すなわち、フランスの手続は、違憲の疑いのある法律が実体的または手続的に事件に適用されることを必要としている(後述参照)。しかし、この手続は、通常裁判所に対して憲法問題を提起する役割を委ねるわけでもない。この役割は、訴訟における当事者の排他的な権限に帰する。さらに、基本権および自由を侵害する規定に対してのみ異議を申立てることができる。 このように、具体的審査の諸類型の範囲は、間接的な合憲 000000

性の訴え 0000によって拡大されたといわなければならない。もし、まず当事者が具体的事件の中で基本権を侵害する制定法の規定に異議を申立てることができ、次に請求(フランスの用語では﹁問題(

qu es tio n

)﹂)が当事者の一人によって申立てられるのではなく、関係する要件の充足の審査の後に通常裁判所によって憲法裁判官に移送 00されるのであれば、その手続はこの新たなカテゴリーに当たる。それは、裁判所が問題(たとえそれが裁判所自身の問題ではなくても)を申立てるという(伝統的な)具体的審査と、憲法上の権利を侵害するとされる制定法規範が適用される者が、間接的にせよ、憲法裁判官に対して異議を申立てるという憲法異議の手続とを結合す 一三八二

(10)

同志社法学 六三巻二号五一五(     るものである。訴訟手続は分離しているが、審査は主観的 000であり、従って限定的である。元の訴訟において誰が 00当事者と考えられるかに関する問題もまた、新たなフランス型における主観的な具体的審査の特徴を形作るだろう。

権利擁護のための主観的な具体的審査 さらに別の仮説を検討することもできる。違憲性の問題を提起する権利は、通常裁判所裁判官でも、基本権の侵害によって直接影響を受けた元の訴訟当事者でもなく、ある機関に認められることがありうる。この機関の役割は、直接影響を受けた人に代わって 000000行為することである。この権限は排他的である場合もあるし、共有される場合もある。スペインにおいては、護民官(

Defensor del pueblo

)と検察官(

Ministerio fiscal

)(スペイン憲法一二四条)がアンパーロ訴訟の当事者(同法一六二条二項)としてこの役割を担う。 フランスでは、法律の付託権を有する機関が基本権に関わる問題を提起することができ、実際にもしばしばそうしている点で、権利擁護機能は既に抽象的審査において存在しているといえる。この新たな具体的審査の手続もまた権利擁護の要素があり、検察官は元の訴訟当事者であれば憲法問題を提起する権利を与えられる。検察官は国家の抽象的な利益を追求する機関であって、主観的な権利を持たないのは明らかであるから、基本権に関わる問題における原告としての機能は 権利擁護的といえるのである。このことは、問題を引き起こすかもしれない。というのは、検察官は同時に、刑事手続の過程で基本権を制約するために行為するものであるからである。これについては後に触れる。

フランスの改革  司法の審理後における個人の請求に対する予備的判決

 フランス型の間接的な合憲性の訴えにおいては、次の三つの段階が区別される。ⓐ︹憲法︺問題 00の訴訟当事者による提起、ⓑ通常裁判所による一重または、場合により二重の移送 00

判決、ⓒ憲法院による合憲性の問題についての判決 00、である。これにより、フランス憲法は新たな二次的な(

se co nd -o rd er

)基本権、および権限を有する通常裁判所による独特な二段階の審査を導入したのである。憲法院が憲法問題を担当することになることで、憲法はさらに憲法院に大きな権限を与えることになる。

弱い二次的な基本権  限定的な領域と広範な参加 一次的な基本権 0000000は、次の四つの要素を含む構造を持つ。すなわち、行為の憲法上の承認、この要請と矛盾する下位の規範に対する欠陥ありとの性質決定、この欠陥ある構造を破棄する権限を持つ司法機関、そして、この裁判所に問題を提起する権限を与えられた少なくとも一つの機関である ₃₃

。この基

一三八三

(11)

(    同志社法学 六三巻二号五一六 本権の概念は最小限のものであり、ある権利が基本権であるというのは、主観的に重要であるという意味においてではなく、権利が所与の制度の中で最も基本的な法的構造、すなわち形式的な憲法によって認められるからであるという事実に着目している。この概念はまた、これらの権利が、それを侵害する法律を破棄するための法的な理由となるのでなければ、法的関連性がないことをも意味する。 しかしながら、この概念は、誰が(憲法)裁判所にこのような侵害を提起する具体的な権利を与えられているのかという問題を残している。それは権利を侵害された本人かもしれないが、他の誰かかもしれない。確かに、基本権侵害の問題を提起する権能は、権利自体から区別されなければならない。このことは、用語上の問題ではなく、概念上の問題である。つまり、望むならば、他の用語を使うことができる。しかしながら、例えば、ドイツやオーストリアの制度において、憲法上の権利と、諸種の憲法上の訴えで援用しうる権利とを用語的にも機能的にも同一視されているのであるが、これらの問題は、区別される必要がある。しかし、権利について確固たる概念を持つドイツの制度でさえ、常にこうした特別な性質(

pr op er ty

)を備えていたわけではない。というのは、憲法異議の制度が基本法に導入されたのは、﹁基本権﹂のカタログを備えた当の基本法が施行されてから二〇年後の一九六九年のことにすぎず、それまでこのカタログはこうした特別 な保護を欠いていたのである。イタリアやフランスには共に、様々な理由で、憲法上認められた一連の権利が存在するが、その享有主体は憲法裁判所に訴える権利を有していなかったのであり、イタリアではおそらく、このことは近い将来も変わらないだろう。 一次的な基本権の侵害に対する異議を想定した基本権は、二次的な基本権 0000000である。かなり異なる理由で、フランスとイタリアでは、二次的な基本権を欠いた基本権が存在してきた。すなわち、憲法裁判官に憲法問題を提起する権利を有する機関は、フランスでは﹁政治的機関﹂であり、イタリアでは通常裁判所であった。しかしながら、先述の通り、イタリアでは、訴訟当事者は既に弱い二次的な権利を持っていた。すなわち、訴訟当事者は、自らの憲法上の権利に関連しない場合であっても憲法問題を通常裁判所において提起できたし、現在もできるのであるが、憲法裁判所に事件をもちこむことはできないのである ₃₄

。 フランスの改革においては、少しばかり強化されたが、まだ弱い二次的な基本権が確立された。一方で、具体的訴訟における当事者が、そして当事者のみが憲法問題を提起できる。他方で、審査の領域は必然的に限定的 000であり、当事者は一次的な基本権に反する諸規定に異議を唱えることができるだけである。従って、これは、客観的な具体的審査の一種ではなく、具体的訴訟との関連性を前提とした主観的な基本権の主 一三八四

(12)

同志社法学 六三巻二号五一七(     張に関係するものである。原告のイニシアティブは、フランスの事後的な違憲審査においては、十分条件ではないが、必要条件である。この意味において、それは―相対的に―弱い権利である。しかし、このような弱さは、一見強く見える他の基本権体系においても見出される。ドイツの憲法異議を申立てる権利は、問題の実体的審理を受ける権利では決してない。すなわち、訴訟との関連性は、三名の裁判官からなる部会(

co m m iss io n

)で審査され、全員一致の議決により、理由を述べることなく 0000000000事件の受理を拒否されることがある ₃₅

。毎年、申立ての九八~九九%が実際に拒否されている。これらの前提の下で、フランスの新たな手続は、︹当事者に対し、︺自らの訴訟の移送の可能性の審査を受ける独占的な権利を与えるのである。 しかしながら、こうした厳格な二次的な基本権の捉え方を上回る要素がある。先述の通り、﹁検察官﹂もまた、刑事訴訟において検察官として国を代表する事件や、民事手続において国の利害を代表する事件において、当事者としての資格で、憲法問題を提起することができる(検察官が当事者でない場合、検察官が所見を表明できるように通知をしなければならない) ₃₆

。検察官が当事者として、おそらく主に刑事訴訟手続において、権利および自由に関する憲法問題を提起する場合、国の代表者たる検察官は基本権や基本的自由を有しているわけではないため、これらは検察官自身の問題ではない。 従って、刑事手続訴訟において、検察官は、被告人に有罪を証明するという公の秩序の観点からの利益を確保する義務を負うだけではなく、被告人の権利 000000が適用される法律によって侵害されているときには、憲法問題を提起するという困難な裁量的な任務をも有するのである。このように見ると、裁判所が法の支配のために合憲性の問題を提起する任務を行うという具体的審査のより伝統的な構造と合致する点がある。このことは、競合する利益を調整するためには二つの方法があることを示している。すなわち、通常裁判所は常に、元の訴訟において公平であり続けなければならない。しかし、伝統的な、つまり客観的な具体的審査においては、裁判所は公平ではなくなり、憲法訴訟における当事者 000となる。主観的な具体的審査、つまり間接的な訴えでは、裁判所は憲法訴訟の当事者ではない。むしろ、移送要件の判断を行う 00000のみである。憲法問題を提起する権利を拡張して検察官にも認めることは、この後者の構造を権利擁護的な主観的審査と結びつけるものである。 このことは、問題があると考えられるだろう。というのは、検察官が自ら起訴する者の権利を侵害する法律の規定の違憲性のために主張を行わなければならない当事者となることになることから、誰かに基本権の享受を奪わせる任務を負う機関と同一の機関が、基本権の擁護のために行為することになるからである。これらの相反する職務は公平性の問題という

一三八五

(13)

(    同志社法学 六三巻二号五一八

よりは、首尾一貫して構成された偏頗性の問題を提起するのである。

二重の選択的移送 ヨーロッパにおけるあらゆる種類の具体的審査のうちでも、フランスのケースは、確かに最も限定的なものである。それは、手続が間接的な合憲性の訴えとしての構築されたことの結果であるように思われる。 憲法問題が初めて提起されるのが控訴においてか、破毀申立て又はいずれにしても直接的に当該系統の最上級審においてかによって、︹憲法違反の︺主張が次の三つの要件に合致しているか否かについて一回または二回の審査があるだろう(組織法律二三条の二および二三条の四)。すなわち、①異議を申立てられた規定は、当該事件に対して実体的もしくは手続的に適用されるものであること、または刑事訴追の根拠となっていること、②当該規定が、以前に憲法院の判決理由および主文において合憲であると宣言されていないこと、③問題が重大性を欠いていないこと、である。 合憲性の訴えが下級の通常裁判所で提起された場合、その裁判所は、実際には明確に限定されていないが、﹁最短期間で﹂訴訟の性質に応じてコンセイユ・デタまたは破毀院に移送するか否かについて決定しなければならない。次いで、関係する最高裁判所は、憲法院への当該問題の移送について三月以 内に判断しなければならない。当該最高裁判所は、先述の前二者の要件が備えられ、さらに③問題が新規であり、または重大な性質を欠いていない場合には、移送の決定をしなければならない。先述の通り、間接的な合憲性の訴えはまた、最高裁判所で初めて提起することもできる。この場合、最高裁判所は、同じ要件の下で、三个月以内に判断しなければならない。 他国の具体的審査の制度と比較すると、第一の要件はより寛大である。規範は、厳密に言えば当該事件について判断の前提とならない場合であっても、事件または訴訟手続に適用できるといいうるからである。この規定は、議会の修正案に由来するものである。政府案は、実体の判断のために﹁先決問題となる﹂という、具体的審査の伝統的な考え方により近いものであり、それにより、適用される訴訟手続に関わる︹憲法︺問題を除外されると考えられることが多かったのである。 第二の要件は、少なくとも私見によれば、フランスの考え方におけるもっとも特徴的な点である。それは、同じ審理(

bis in idem

)、すなわち、既に解決された事件(

res judicata

)に対する異議申立てを排除する狙いがある。後に再度触れるような理由により、解決済みの事件の範囲の判断には困難がある。組織法律によれば、ある事件が解決済みであるといえるのは、ある法律の規定が、以前の憲法院判決のうちの効力を有する部分(﹁主文﹂)および 000正当化(﹁理由﹂)において、 一三八六

(14)

同志社法学 六三巻二号五一九(     憲法に適合すると判断されていた場合である。この︹組織法律の︺規定の合憲性を審査した憲法院は、特に理由を述べることもなく、この規定は規範力に対する異議申立てを禁止するものであって合憲であるとした。こうして、組織法律は、憲法判断の正当化 000の部分に規範的性格を付与したといえる。 この要件には、二つ目の興味深い要素がある。﹁状況の変化﹂があるときには、たとえ既判力 000

res judicata

)の及ぶ問題であっても、提起できるということである。このことは、表面上は、法的、すなわち憲法的な環境の変化に関連しているように見える。しかし、それはまた、事実の 000変化に関わるとする論者もいる ₃₇

。こうした変化とは何であるかということは全く明確ではなく、広範な裁量の余地が残る。 第三の要件は、移送裁判所に広範な裁量を認めるものである。何が﹁重大﹂と考えられるかという問題は、大きく相矛盾する評価の余地を生むことは明らかである。最高裁判所の場合の要件として定められている通り、ある事項が﹁新規または重大﹂であると考えられるということは、︹新規性という︺裁量の範囲を拡大する一つの選択肢を含んでいるために、より一層不明確である。主に最高裁判所による実務の発展により、この裁量が、別の実務の在り方の下であれば正当とされるかもしれない異議の憲法院への移送を妨げる障害として用いられるか否かが示されるだろう。 さらに、もう一つの側面について、簡潔に言及しておかな ければならない。具体的審査に関わるすべての規律は、元の事件が継続する裁判所が審理を継続するか、それを停止するかに関する問題を解決しなければならない。フランスの制度においては、区別が行われ、複雑である。通常、裁判所は当該訴訟を停止しなければならないが、組織法律は、次の三つの例外を導入している。第一に、(緊急の)判決に明確な期限がある場合、その期限を遵守しなければならない。第二に、訴訟手続に関わる人が自由を奪われている場合、自由の問題は合憲性の問題に対する判決を待つことなく判断することができ、また判断しなければならない。第三に、通常裁判所は、判決の延期によって回復の困難な損害が生じうる問題について判決を下すことができる。従って、憲法問題が最終的に解決する前に 00、元の事件が最終的に解決されることは、考えられないわけではない。組織法律に対する判決において、憲法院は、こうした状況の場合、関係人は、通常裁判所で新たな訴訟手続を開始して憲法判断を考慮に入れさせる権利を有するという留保を行った。こうして、憲法院は組織法律に新たな規定を付け加えた 00000のである。

確定判決 憲法の新たな規定によれば、違憲と宣言された法律の規定は﹁廃止される﹂。

一三八七

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(    同志社法学 六三巻二号五二〇

 第六一条の一に基づいて違憲と判断された規定は、憲法院判決の公表以後、あるいは、この判決の定める期日以降、廃止される。憲法院は、当該規定により生じた効力を再検討するための要件と範囲を決定する。

 組織法律は、この一般的な規定にいかなる新しい、より具体的な要素も付け加えていない。それは廃止の効果発生時に関して憲法院に広範な裁量を与えている。違憲の規定が法的効果を失う時点の延期についての上限さえも存在しない。違憲の規定の削除の具体的な帰結について決定するのもまた憲法院である。特にオーストリア ₃₈

をはじめとする他の国々で発展した精緻に造りこまれた仕組みは、全く考慮されてこなかった。上記規定は、例えば違憲とされた規定を取り替えるのに十分な時間を立法府に与えるなどの違憲性の宣言の具体的な帰結の決定を憲法院に委ねているだけである。このことは﹁積極的な立法者﹂としての憲法院の役割をさらに高めることになる。

フランスの判例憲法

 憲法院のある重要判決によると、﹁既判力は効力の発生する部分(﹃判決主文(

dis po sit if

)﹄)だけでなく、その必要な基礎を構成する理由に対しても付与されている﹂とされている ₃₉

。おそらくこれほどはっきりと述べられていないが、同様 の見解は、多くの他の裁判所の判決や学者の著述の中にも見られる。今や、憲法六一条の一を具体化する組織法律が、二三条の二で次のように明言している。

 裁判所は、コンセイユ・デタまたは破毀院への合憲性の優先問題の移送について、理由を付した判決によって、遅滞なく判断する。裁判所が当該移送を行うのは、次の要件を満たす場合とする。(⋮) 二 異議を申立てられた規定が、事情の変更があるときを除いて、以前に憲法院判決の理由および主文にお 000000000

いて 00合憲であると宣言されていないこと。(⋮)(強調は筆者による)

 先述の通り、憲法院は二〇〇九年一二月三日の判決で、いかなる理由も述べることなく、当該規定は、﹁状況が変化した﹂場合を除いて、憲法院によって既に判断された問題の新たな審査を妨げることを意味し、従って﹁憲法に反しない﹂(第一五パラグラフ)と述べた。 フランスでは当時まで、判決の理由と主文を同列に置くことは、判例上の事実や学説上の見解に過ぎなかった ₄₀

。組織法律は、それに一般的な規範的基礎を与えるだけなく、理由中の合憲判断を憲法問題の移送のための障害と捉えている。憲法院が、このことは違憲であるとすることは可能であったが、 一三八八

(16)

同志社法学 六三巻二号五二一(     そうはしなかった。法的な理由づけまでの規範性の拡張は、今や実定の組織法律の一部をなしているのである。 このことは、非常に困惑させられる問題を提起している。それは、まさに性質によって区別される二つの事柄を混同している。従って、それは、一方(規範性)を促進する結果、他方(記述)を毀損している。このことは技術的にいえば、フランスの法体系を判例 00法の特殊型に転換する(あるいは、こうした転換を促進する)ものであり、それは、法の支配を強化すると称されるが、︹実際には︺それを弱めるのである。

規範と理由 判決とその主たる理由は一体であるという同一性の言明はしばしば、学理上の証拠として受け取られる。しかし、両者は一体といえるだろうか。ほとんどの発展した法体系においては、なんらかの形態の違憲審査が存在し、理由を示して正当化された判決が要求される。違憲審査は、最高次の立法により設定された規範的基準に従って、法制度を再構築するための強力な道具である。こうした事項についてなされた判決の理由づけは、それが特定の判断に対する説得力のある正当化でないとしても、少なくとも憲法上の要請から特定の結論への筋道を示すものとしての理由を提供するのであるから、特に重要である。しかしながら、判決と判決理由の間の関係は明確ではない。そしてこの問題は、現代の法体系の進化に おいてさらに重要となっているかもしれない。私が示そうとしているのは、判決と理由とを一体化させることが、法秩序の不確定さの大幅な拡大を含意し、それに伴って憲法典の規範性を弱めるおそれがあるということである。 憲法裁判所の判断は、通常は︹理由を付して︺正当化されるが、いかなる理由をも付さず解決される事件もある。このことは、例えば、ドイツの連邦憲法裁判所が、必要な受理可能性の要件が満たされないこと、あるいは、憲法問題には十分な関連性があるとは考えられないことを理由にして、個人による憲法異議の審理を拒否する場合に生じる。これらの場合には、連邦憲法裁判所の三名の裁判官は、原告に対して全員一致でいかなる理由も付さず判断をすることができる。しかし、理由を付さない判決は、一時的な立法が無効にされるときには認められない。このような判決については、憲法裁判のあらゆる制度において、﹁論証づけられ﹂、﹁正当化され﹂または﹁理由づけられ﹂ることが要請されるのである。 判決を正当化する義務は、裁判所が従うことも従わないこともできるような単なる﹁慣例﹂なのではない ₄₁

。それは法的かつしばしば区別化される義務である。もちろん、関連するルールにある程度、不確定が存在するかもしれない。制定法が単に、判決は﹁正当化﹂されなければならないとするとき、裁判所が正当化を行う際にどのようにすべきなのかについてこの規定が述べるところは多くない。﹁証拠﹂の作成の水準

一三八九

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(    同志社法学 六三巻二号五二二

に関して規範的基準があるかどうかという困難な問題を別にすれば、正当化の形式は完全に闇に置かれるかもしれない。例えば、フランスの裁判所が、現在分詞(﹁⋮を考慮して﹂、﹁他方で、⋮を考慮して﹂)によって結びつけられた極めて複雑な副文に分解される単一の文の代わりに、法学文献や他の判例を明示的に引用しつつ連続的な一連の複数の文の形式で起案することは法的に認められると考えられるだろうか。別の例をとると、オーストリア憲法裁判所がフランス型またはアメリカ型の﹁正当化﹂に切り替えることは認められるだろうか。個別の型は、単なる慣習または慣例にすぎないかもしれない。しかし、ある前提からある結論まで至った理由を述べるという一般的かつ基本的な要請は残されている。 規範的内容と正当化のための言説の分節に注目すると、問題が明らかになる。両者を厳格に区別する強力な理論上の理由が存在し、また、気付かないうちに生じる両者の混同を整理する方法は数多く存在する。判決を正当化から区別するのは、概念的、論理的、そして法的な理由からである。

―司法の判決には、当然、規範的要素 00000(効力を発する部分 00000000)がある。これは概念に関わる言明である。﹁判決(

de cis io n

)﹂、﹁

äç ìè ä

﹂または﹁判決(

U rte il

)﹂と呼ばれるものが、いかなる規範的内容をも持たない場合には、少なくともこの︹判決の︺文脈で、かつ慣行の問題として、﹁判決﹂と考えることはできないだろう。このことは、それが﹁司法裁判所﹂と称 されるものによって極めて厳かに宣告された場合であっても同様である。判決は、一般的に様々な競合している選択肢が関わっている規範的問題を解決する。判決はいくつかの異なる段階に分解され得るのであり、その中には、直ちには規範的な内容を持たないが先決的な問題を解決するものがあり、同一または他の裁判所はそれを前提として判決を行うのである。ここで関連性を有するのは、このような司法機関や法的行為のみである。 しかしながら、規範的要素は、それがいかに弱いものであっても、少なくとも許可、禁止または義務を含む。この規範的要素は、ある法秩序の中において、既に有効な規範により設定された要件によって定められたのであれば、存在することになる。さもなければ、それは当該法体系の中で規範的価値を持たない ₄₂

。判決に関する主な法的問題は次の二つである。すなわち、その相対的な有効性 000(または相対的な規範性)とその適合性 000である ₄₃

。ある法的行為は、その発生のための必要十分条件を遵守する場合に相対的に有効 00となる。つまり、それは当該法制度において 0000有効となる。次に、有効な規範は、この規範に対して実体的に拘束力のある他の法的基準に適合 00

するかもしれないし、しないかもしれない。法体系は命令的な行為の法的な 000有効性を定めることから、適合性が欠けた場合の帰結をも定めるのである。 何らかの行為が行われるべきである(または許可を与えら 一三九〇

(18)

同志社法学 六三巻二号五二三(     れる、あるいは禁止される)と述べる規範は真でも偽でもない。それは、物事が現実世界にどのように存在するのかについて何も述べておらず、また、それはいかなる現実に照らしても審査することができない。もちろん、ある規範がある法体系の中に存在するという言明の真偽を問うことは可能であるが、これは別問題である。実際、規範が存在するか否か、あるいは、その存在の証明をどのようにすべきか、すなわちそれが有効か無効かは、もっとも基礎的な法学研究の根本問題である。しかし、有効性に関する(真または偽の)議論はその対象たる規範―これは真でも偽でもない―と区別されなければならない。

―正当化は一連の論拠であり、ある一つの帰結が既存の法の中に根拠を有することを示そうというものである。先述の通り、ほとんどの裁判所は、特に憲法問題では、判決に理由をつけるか、または正当化しなければならない。このことは規範的な要請であり、そのようなものとして、実際に遵守されるかもしれないし、されないかもしれない。正当化は、欠陥がある場合もありうるし、判決の規範的内容に示されていることとは別のものを証明してしまうような場合もありうる。正当化が、規範的部分自体は理由づけ部分で展開された論拠に関連性を持たないような事件における判決を正しく理由づける場合もあるかもしれない。実際のところ、法源、訴訟事実、論拠の選択に関して、正当化の正確さ(不正確さ) の程度は様々でありうる。

―関連する法源の意味が正しく識別される場合もあるし、そうでない場合もありうる。このことは、法解釈理論の主要な主題である ₄₄

。法は、成文法であっても不文法であっても、意味を有しているのであり、正当化はまず、この意味を識別しなければならない。もちろん、﹁意味﹂というのは、ある規範的命題がただ一つの行為を取るべきことを意味する、ということではない。 法的規範を表す一連の規範的表象の下でどのような結論が生じうるかという問題は、開かれた問題である。いくつかの伝統的な学説や、それらを再定式化した近年の学説は、法とは結論によって決定されるものであり、裁判官の職務とは、正しい答えを証明するために関連する法文を﹁構築﹂することにあると考えている ₄₅

。この見解は、異なる問題を混同しており、意味の問題に関して、それは明らかに誤っている。 この見解が誤っているというのは、自然言語における規範の定式化の不確定性や曖昧さの程度というのは、議論の余地のある問題であって、つまり、それは意味論的な学問的研究の問題であるからである。事件によっては、規範の定式化が極めて明確であって、その意味が想定する正しい適用は一つしかないかもしれない。しかし一般的には、規範の定式化は、多少とも広範囲の不確定性や曖昧さを想定してなされている。このような状況においても、規範の定式化にはなお単一

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