白百合女子大学 博士論文審査報告書
氏 名 鈴木 宏枝 学 位 の 種 類 博士(文学)
学 位 記 番 号 乙第
17号
学位授与年月日 平成
28年
11月
3日
学位授与の要件 学位規則第
4条第
2項該当者
学 位 論 文 名 主 題 アフリカン・アメリカン児童文学におけるエンパワメント 副 題 可視化、受容、連接
論 文 審 査 委 員 委員長 教授 鈴木 忠 主 査 教授 白井 澄子 副 査
副 査 副 査
教授 井辻 朱美 教授 石井 直人
青山学院大学名誉教授 神宮 輝夫
論文内容の要旨
本論文は、アフリカン・アメリカン児童文学を「アフリカン・アメリカンの子どもを内包され た読者とする文学」として定義し、従来の、人種差別への抵抗や白人‐黒人の二項対立の文脈か らの議論から進み、アフリカン・アメリカン文化と連接した特質を探ることで研究に新たな面に 光を当てることを目的とする。
「はじめに」では、アフリカン・アメリカン児童文学が固定観念への反駁を軸に展開してきた 経緯を概観し、大人向けの文学とは異なる視点が必要とされることを確認する。その上で、本論 で援用する
Solomonの用語「エンパワメント」について、アフリカン・アメリカンの子どもから 自己決定力や主体性を引き出す力と定義づける。 「エンパワメント」は、従前の
Heldig & Perkinsや
Bishopの言説を踏まえているが、アフリカン・アメリカン文化の諸相に依拠していると見な
す点に新規性があり、その内的特質として、アフリカン・アメリカンの存在感や社会における声 を示す「可視化」、奴隷制にさかのぼるアイデンティティを肯定的に再獲得させる「受容」、アフ リカン・アメリカンの言語や音楽、特有の経験を通じて複数の人々を結びつける「連接」の
3点 を挙げる。
「Ⅰ エンパワメントの土台‐
The Brownies’ Book」では、1920 年代のハーレム・ルネッサン ス期に全米黒人地位向上協会から発行された子ども向けの月刊誌
The Brownies’ Book(1920-21)
が読者としてのアフリカン・アメリカンの子どもを「可視化」し、アフリカや西インド諸島の文 化を紹介してルーツの「受容」を促し、モダニズムの影響を受けた挿絵や表紙絵により、アフリ カやヨーロッパとの「連接」を明示して、エンパワメントを包含し、編集長で黒人知識人の
W. E.B. Du Bois
の個人的知性に大きく依拠しながらアフリカン・アメリカン児童文学の方向性を決定
づけたことを指摘する。
続くⅡ~Ⅳでは、20 世紀後半以降のアフリカン・アメリカン児童文学が「可視化」 「受容」 「連 接」の諸要素を併流・混淆させながらいかに豊穣化していったかを述べる。「Ⅱ 可視化の展開」
の「1. アフリカン・アメリカンの存在感」では、アフリカン・アメリカンの偉人を可視化する伝 記、アメリカの民衆文化に奥行きを与えるアフリカン・アメリカン民話、フォーク・ヒーローの
John Henry
を語るトール・テール(ほら話)がアメリカ人の多様性を示すテクストであると論
じる。「2. 抑圧への異議申し立て」では、Mildred Taylor の
Logan Sagaから、人種差別の不条
理を少女
Cassieの目から見る
Roll of Thunder, Hear My Cry(1976)、白人少年
Jeremyの目か
ら人種差別の悲劇を見る
Mississippi Bridge(1990)、開拓時代に白人農園主の父親と元奴隷の
母親の間に生まれた混血の青年
Paul-Edwardが困難を経て自分の土地を得、アメリカの開拓者
としての像を示す
The Land(2001)を挙げ、アフリカン・アメリカンの可視化への意思を明ら
かにする。作品は同じ
Logan一家を扱うシリーズで、
Paul-Edwardは
Cassieの祖父である。ア フリカン・アメリカンの存在感を表出し、アメリカ人としての自画像を多様に描くことで、エン パワメントが構築されている。
「Ⅲ 受容の展開」では、 「1.『中間航路』の再受容」で、民族集団におけるアフリカの受容を 考える。「ⅰ. ハイチに見る夢」では、最初のアフリカン・アメリカン児童文学作品といわれる
Popo and Fifina(Hughes & Bontemps, 1932)に西インド諸島への志向を見出し、 「ⅱ. アフリ カへの憧憬」では、逃亡奴隷のアレゴリーである民話“All the God’s Chillun Had Wings”につい て、子ども向けに再話されるときにアフリカへの憧憬という点が焦点化され、飛び去る者にも語 り継ぐ者にも同じ敬意が払われていることを指摘する。
「2. 家族史の受容」では、 「ⅰ. 正の受容」で
M. C. Higgins, the Great(Hamilton, 1974)を 分析し、自己中心的な価値観で生きていた少年
M.C.が今の場所で生きていこうと心を決めるときに、逃亡奴隷だった先祖の過去がその決心を象徴的に援助することを指摘する。「ⅱ. 負の受容」
では、
Sweet Whispers, Brother Rush(Hamilton, 1982)の少女
Treeが幽霊の叔父と一緒に過 去にさかのぼり、民族集団特有の病気に苦しむ一族の歴史や母親の虐待の苦い過去を知った上で 次の段階に踏み出していくことを考える。
「3. アフリカン・アメリカン史の受容」の「ⅰ. 神話創造の試み」では、アフリカの神の子ど もがアフリカン・アメリカンになるという神話的ファンタジー
The Magical Adventures of Pretty Pearl(Hamilton, 1984)を取り上げ、プロットそのものにルーツの肯定があり、主人公
の
Pearlが新しい神話の語り部になることの大きな意味を明らかにする。 「ⅱ. 南部への回帰」で
は、
Toning the Sweep(Johnson, 1993)で人種差別が激しく忌避されがちな深南部が、ある家 族にとって絆の原点として受容されるべきトポスであることを示していることを考察する。歴史 や過去を受容し、新たなに語り直して示すことで、子ども読者のアイデンティティ構築を援助で きる点で、エンパワメントとなっている。
「Ⅳ 連接の展開」では、アフリカン・アメリカンの文化や歴史に由来するネットワークがエ ンパワメントに結びつく例を考える。 「ⅰ. 『地下鉄道』というネットワーク」では、 「地下鉄道」
(奴隷の逃亡を幇助する人種を越えた秘密組織)に関与した実在の逃亡奴隷
Harriet Tubmanの
2つの評伝を比較し、現代のアフリカン・アメリカン作家の語りにおいては、個人的な偉人性よ りも彼女を活かすネットワークが重視されることを指摘する。 「ⅱ. 『地下鉄道』がつなぐ過去と 現在」では、 「地下鉄道」を語る会で少女が過去と現在の連接に気づく
Time Pieces(Hamilton,
2000)を分析する。