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(1)

JALSA JALSA

しまね しまね 第18号

(ジャルサ)

日本ALS協会島根県支部

< 連絡先 > 

〒690-0885

島根県松江市米子町 8-17 景山 方

「 J A L S A 」 は 英 語 で 日 本 「 A L S 」 協 会 の 略 称 で す 。

「ALS」は、筋萎縮性側索硬化症(病名)の略称です。

筋萎縮性側索硬化症の患者家族支援のための

日本ALS協会島根県支部

出会い・ふれ合い・思いやり

(2)

発行者 ﹃ジャルサしまね﹄編集委員会

発 行 平成二十七年二月

発行所 日本ALS協会島根県支部    〒6900885     島根県松江市米子町817        ☎0852214770

編集委員 諸 岡 了 介      長 岡   望

編集責任者 景 山 敬 二

構 成   ㈱長岡塗装店        頒 価   二〇〇円

「ALS」は英語の略称で、日本語名は「筋萎縮性側索硬化症」。

 一般に 40〜60 歳代に及び、運動神経の障害や筋肉の萎縮が起こる病気で手足の不自由、話すこと、

食べること、呼吸も困難などとなります。

 アメリカの元大リーグ野球選手ルー・ゲーリック、イギリスの宇宙物理学者ホーキングさんもこ の病気です。

残念ながら、まだ「原因は不明、治療薬なし、治療法なし」ですが、幸いに頭脳、自律神経は侵さ れませんので、“サポート” があれば『社会参加、貢献』ができます。

 30 年来闘病のホーキングさんは、まだ大学で講義中です。

 日本 ALS 協会は、1986 年に結成され、島根県支部は全国で 22 番目(H11)に誕生しました(現 在 40 支部)。重症難病でありながら、国会でも(吸引・選挙権問題など)会の活動は認められてき ました。

 「難病が難病でなくなる日」のくる事を願って、多くの人の支援を頂きながら、がんばっています。

ALSとは

(3)

 島根県は『ご縁の国 しまね』をキャッチフレーズに観光 キャンペーンを行っています。平成 25 年の出雲大社の本殿 遷座祭をきっかけに、女性を中心に観光客が増えています。

 『ご縁』といっても、病気との縁はありがたくありませんが、

ALS になっていなければ知り合うこともなかったであろう人 達との縁には、かけがえないものを感じさせられます。

 昨年はテニスの錦織圭選手の活躍、出雲大社の権宮司 千 家国麿さんと高円宮家の次女 典子さんの結婚で、島根は注 目を集めました。

 注 目 を 集 め た と い え ば、昨 夏 の「ア イ ス・バ ケ ツ・チ ャ レ ンジ」。協会本部へは一ヶ月あまりで例年の何倍もの寄付が寄 せられました。ありがとうございます。氷水をかぶらなくて も、関心を寄せていただくだけで私達は十分嬉しいです。

 一過性のブームに終わらず、細く長いご支援をよろしくお 願い申し上げます。

平成 27 年 2 月  日本ALS協会島根県支部  支部長  景山敬二

巻頭に寄せて

(4)

ジャルサしまね 18 号 目次

表 紙 「SL やまぐち号」 (津和野町)

  巻頭に寄せて

1.平成 26 年度(第 16 回)支部総会の報告   1) 支部長挨拶

  2) 一般社団法人日本ALS協会 長尾義明会長メッセージ   3) ご来賓・顧問紹介

  4) 役員名簿

  5) 平成25年度事業・会計報告   6) 平成26度事業計画・予算 2.  患者・家族・支援者交流会報告

3.  平成26度日本ALS協会中国ブロック会議の報告 4.  会員さんの ALS 的日常

  その 1 永島 修一さん・繁子さん   その 2 河瀬 誠さん

5.  ホームページより

  1) 平成 25 年度難病医療連絡協議会の報告   2) 重度訪問介護加算について

6.  寄付金ありがとうございました

P. 1 P. 2 P. 3 P. 3 P. 4 P. 5 P. 6 P. 7 P.13

P.15 P.21

P.23 P.28 P.31

〒690-0885 松江市米子町 8-17 景山方  TEL 0852-21-4770

[email protected]

記 号:15330

番 号:14547371

名 前:日本ALS協会島根県支部     ニホンエーエルエスキョウカイ     シマネケンシブ

郵便局の電信振替用口座番号

銀 行 名:ゆうちょ銀行

支 店 名:五三八(ゴサンハチ)

店 番 号:538 預金種別:普通預金

口座番号:1454737

口座名義:日本ALS協会島根県支部      ニホンエーエルエスキョウカイ      シマネケンシブ

銀行振込用の口座番号

事 務 局 連 絡 先 変 更 の お 知 ら せ

口 座 の お 知 ら せ

平成 25 年 7 月の豪雨災害により各所で寸断していた JR 山口線 は、昨年 8 月 23 日に全線復旧し、『貴婦人』の愛称を持つ

『C57-1 号機』が牽引する SL やまぐち号も津和野駅への乗り入 れを果たした。

事務局の連絡先が下記に変更になりました。

(5)

日程 平成 26 年 6 月 29 日 ( 日 ) 13 時〜16 時(開場 12 時 30 分)

場所 松江市総合福祉センター

●総会次第   開会挨拶

  1.支部長挨拶  景山敬二

  2.一般社団法人日本ALS協会 長尾義明会長メッセージ

  3.来賓代表挨拶  島根県健康福祉部 健康推進課課長 知念希和様   4.来賓・顧問紹介

  5.議案審議    *議長選任

    イ )  第1号議案 25 年度事業報告

    ロ )  第2号議案 25 年度会計報告および監査報告     ハ )  第3号議案 26 年度事業計画 ( 案 )

    ニ )  第4号議案 26 年度予算 ( 案 )     ホ )  第5号議案 役員選任について     ヘ )  社員総会代議員交代の報告    *議長解任

  閉会挨拶

●患者・家族・支援者交流会

 1.挨拶  松江保健所所長 竹内俊介様  2.フリートーク

 3.記念撮影

 5 組の患者家族(患者 1 名・家族 4 名・遺族 1 名)を含む 40 数名の参加者。黒田研治さ んの司会により、この一年間に亡くなられた ALS 患者さんを悼む黙祷から総会が始まった。

 支部長挨拶は島根県立大学看護学部一年 若葉志保さんに代読いただき、会長メッセージ は松浦運営委員が代読を行った。ご来賓を代表して 島根県健康福祉部健康推進課長  知 念希和様にご挨拶をいただいた。当日はご欠席だったが、島根県議会議員 園山繁様・大屋 俊弘様よりメッセージをいただき、披露させていただいた。

 澤副支部長を議長に選任しての議案審議では、いずれの議案も執行部提案が承認された。

役員選任では、支部の連絡先が支部長宅に変更になったことが報告された。代議員交代につ いては、4 月 19 日の運営委員会において景山支部長から谷田副支部長への交代が決定した こと、併せて、社員総会への出席、佐賀県支部の設立が報告された。

第 1 6 回 ( 平 成 2 6 年 度 ) 支 部 総 会 第 1 6 回 ( 平 成 2 6 年 度 ) 支 部 総 会

支部長挨拶

 本日は多数のご出席、ありがとうございます。ご来賓、顧問の皆様、お忙しい中ご臨席賜り、

御礼申し上げます。

 患者、並びにそのご家族の皆様、日々健やかにお過ごしでしょうか。ご支援いただく皆様、

ありがとうございます。

 皆様もご存知の通り、5 月の通常国会で『難病の患者に対する医療等に関する法律(略して 難病法)』が可決・成立し、5 月 30 日に公布されました。来年 1 月から国の難病対策が大きく 変わります。主な改正点として、医療費の自己負担があります。これまでは、特定疾患医療受 給者証の重症認定者は自己負担ゼロでしたが、来年から人工呼吸器装着者もひと月 1,000 円支 払わねばなりません。昨年 10 月に厚労省が提示した当初案では、ひと月の自己負担額は最大 で 30,000 円を超えるものでした。協会事務局はこれを受け容れられないとし、在宅で人工呼 吸器を装着しての療養にひと月いくら位支払っているのかを調べました。介護費用・診療への 交通費・衛生資材費などが挙がり、その結果を他の難病団体と共に厚労省や国会議員などに訴 え、1,000 円となった経緯があります。このことからも、当事者が声を挙げることがいかに大 切なのかがわかります。

 また、難病対策が法制化されたことで、その事業や研究に対する予算の安定が期待されます。

現在、東北大学 青木正志教授のもとで進められている『ALS 治療のための HGF 臨床試験』。

先日、青木教授から協会事務局へ第 1 相試験の進捗状況が報告されたのでご紹介します。

「予定した最後の患者さんへの投与が開始され、もうすぐ終了の予定。これまでに大きな問題 はなし。第 1 相試験のデータを解析して、次の第 2 相試験の準備を急ぐ」

途中経過報告等の公表は薬事法の制約によりこれぐらいしかできないとのことです。iPS 細胞 を利用した創薬の研究も進められています。我々が目指すのはあくまでも完治することです。

それも夢ではなくなる日を信じて、今を生きていきましょう。

 生きた竹はどんな大風にも折れることはありません。たわまぬ節があるから全体をしならせ て耐えられるのです。我々も「きっと治る」という節を持ち、病気に立ち向かっていきましょう。

 最後に、本日の運営をお手伝いいただきました松江保健所・島根県立大学出雲キャンパス・

島根大学・しまね難病相談支援センターの皆様に厚く御礼申し上げます。

日本ALS協会島根県支部 支部長 景山 敬二

代読 島根県立大学看護学部 若葉 志保

(6)

―来賓挨拶の要約―

平成 25 年度の県の ALS 患者数は 91 人(内重症 61 人)です。島根県では、在宅患者・家族の 療養支援として、国に先んじて平成 21 年度から『在宅重症難病患者一時入院支援事業』(レス パイト入院)を実施しております。レスパイト入院の利用は増加傾向にあり、今後とも患者・

家族の利便性を向上させるため、受け入れ病院の確保に努めて行く予定です。

昭和 47 年から研究事業でスタートした医療費助成制度も、今国会において『難病の患者に対 する医療等に関する法律』が 5 月 23 日に成立しました。この法律により、難病に係る公平か つ安定的な委員会を設定し、①対象疾患の選定(56 疾病を約 300 疾病へ拡大)や②重度分類等 の策定が行われる予定です。現時点では、具体的な対象疾患や重症度分類は明らかになってい ないが、決まり次第、早期に周知致します。今後も法制度を踏まえ地域における医療提供体制 の整備や、療養生活の質の向上を図る取り組みを進めて行きます。

引き続き、県として皆さんのご要望に応えしながら、皆さんと共に様々な取り組みをして参り ますのでよろしくお願いいたします。

ご来賓

 島根県健康福祉部 健康推進課 課長  知念 希和 様  松江保健所 所長 竹内 俊介 様

 島根県議会議員  白石 恵子 様  島根県議会議員  福田 正明 様  松江市議会議員  川島 光雅 様  松江市議会議員  新井 昌禎 様  出雲市議会議員  板倉 一郎 様

 しまね難病相談支援センター センター長 大場 篤 様 顧問

 島根県看護協会訪問看護ステーションやすらぎ 所長  加藤 典子 様  島根県立大学看護学部 教授  加納 尚之 様

ご来賓・顧問紹介

役員名簿

役 職 名 支 部 長 副 支 部 長 運 営 委 員

事 務 局 長

書 記

会 計

会 計 監 査

氏  名 景山 敬二(患者)

澤  弘親(家族)

奥井  学(患者)

土江 正司(一般)

谷田 人司(患者)

諸岡 了介 ( 一般 ) 景山 玲子(家族)

松浦 和敏(遺族)

氏  名

谷田 人司(患者)

松浦 和敏(遺族)

長岡   望(一般)

伊藤すなほ(一般)

氏  名

谷田佳和子(家族)

日本ALS協会 長尾義明会長メッセージ

日本ALS協会 島根県支部 支部長 景山 敬二 様

日本ALS協会  島根県支部 平成 26 年度 年次総会を祝す

梅雨空に紫陽花が映える季節となりました。皆様方はご健勝のことと思います。先般の韓国の 船の事故や不謹慎なテロの事件等、人間何処にいても何が起こるかわからない時代になりまし た。技術が進歩するほど事件や事故も複雑化してきましたね。

今、難病新法に変わりつつありますが、法を患者の為の法律にするのは私たち患者の団結です。

一人でも多くの会員を誘い、力強い協会にしましょう。一人では戸惑うことも十人寄れば解決 しますし百人寄れば前進します。多種多様な状況への対応を可能にするために協会が結束し国 や自治体に ALS の実態を訴えるべきです。ALS 患者には皆無だった治療方法も iPS 細胞や最近 話題の ALS 症状改善タンパク質の発見など先生方の研究により患者にとっては待望のニュース となっております。人間生まれてきた以上、人に必要とされる人間になりたいものです。たと え障害があっても自分の体験や、苦しかった経験を後世に伝える義務があります。

今後も患者を取り巻く環境は厳しさを増すと予想されますが、こういう時こそ私たちの協会と しての訴えが、今後の行政の対応にものをいうことになります。法人化を受け、より一層の団 結のもと、皆さんと一緒に協会運営を盛り上げていけたらと思っております。

皆様のご健勝をお祈りし、末筆ながら私の挨拶に代えさせて頂きます。

平成 26 年 6 月 29 日

一般社団法人日本 ALS 協会会長 長尾 義明

知念健康推進課長 ご来賓の皆様

(7)

1.総会(学習会・相談会)の開催 2.患者・家族の交流、親睦会の開催   (ピアサポートを含む)

3.行政や地域への提言

  (各種協議会や公聴会への参加)    

4.地域社会へ病気と療養環境改善の啓発

  (各種研修会等へのメッセージ、報道対応、講演など)

5.各種難病団体との交流 6.情報の発信

  (会誌「JALSAしまね」の発行、ホームページの更新)

7.運営委員会の開催 8.その他

平成 26 年度事業計画

収入の部

支出の部 項 目 繰 越 金 助 成 金 広 告 費 書 籍 販 売 雑 収 入 寄 付 金

合 計

本年度 146,745  138,000  30,000  2,000  50  50,000  366,795

前年度 152,491  153,000  50,000  2,000  50  60,000  417,541

比 較

▲ 5,746

▲ 15,000

▲ 20,000 0 0

▲ 10,000

▲ 50,746

項 目

総 会

会 議 費 事 務 費 印 刷 費 交 通 費 通 信 費

雑 費

予 備 費

合 計

本年度 30,000 

5,000  30,000  100,000  100,000  30,000  5,000  66,795  366,795

前年度 30,000 

5,000  30,000  100,000  100,000  30,000  5,000  117,541  417,541

比 較 0 0 0 0 0 0 0

▲ 50,746

▲ 50,746

議案審議の様子 平成 25 年度決算報告

収入の部

支出の部

(円)

項 目 繰 越 金 助 成 金 広 告 費 書 籍 販 売 雑 収 入 寄 付 金

予 算 額 152,491  153,000  50,000  2,000  50 60,000 417,541 

決 算 額 152,491  153,000  23,000  200  64  12,210  340,965 

▲ 27,000

▲ 1,800 14

▲ 47,790

▲ 76,576

備 考 日本 ALS 協会

預金利子

会 議 費 事 務 費 印 刷 費 交 通 費 通 信 費

予 備 費

予 算 額 30,000 

5,000  30,000  100,000  100,000  30,000  5,000  117,541  417,541 

決 算 額 926 

10,076  98,280  60,000  24,938  0 194,220

▲ 29,074

▲ 5,000

▲ 19,924

▲ 1,720

▲ 40,000

▲ 5,062

▲ 5,000

▲ 117,541

▲ 223,321

備 考

用紙・封筒ホームページ管理費 ジャルサ 17 号

郵送費・電報料 項 目

収 入 総 額 支 出 総 額 次年度繰越

金 額 340,965  194,220  146,745 

備 考

監査報告をする松浦委員    4 月 14 日

   4 月 27 日    5 月 18 日    5 月 25 日    5 月 30 日    6 月 22 日    7 月 14 日    7 月 30 日  10 月  5 日  10 月 19 日  12 月 18 日 H25

   3 月  8 日    3 月 20 日

運営委員会 景山宅 運営委員会 谷田宅

協会総会  東京 出席・谷田 ( 人 )( 佳 ) 運営委員会 谷田宅

H25 年度第 1 回全県的患者・家族会交流会 しまね難病相談支援センター 出席・松浦 運営委員会 谷田宅

H25 年度(第 15 回)総会 講演会 患者・家族交流会 出雲保健所 圏域別地域公聴会(松江圏域)  県民会館大会議室 出席・谷田 ( 人 )

鳥取県支部設立総会 鳥取市  県立福祉人材研修センター 出席・谷田 ( 人 ) ( 佳 ) H25 年度(第 2 回)日本 ALS 協会中国ブロック会議

岡山市 岡山県総合福祉・ボランティア・NPO 会館 出席・谷田 ( 佳 )

H25 年度第 2 回全県的患者・家族会交流会 しまね難病相談支援センター 出席・松浦 H25 年度島根県難病医療連絡協議会 松江市 くにびきメッセ 出席・景山 ( 敬 )( 玲 ) JALSA しまね 17 号発行

平成 25 年度事業・会計報告

(8)

司会  土江正司(運営委員・島根県臨床心理士会会長)

 総会終了で帰られた方もいたが、多くの出席者が残って参加。開始前にヨガインストラク ターでもある司会者のリードで手軽なヨガで身体と心をリラックス。島根県臨床心理士会か ら「難病患者家族の心のケア電話相談」のパンフレットが

配られた。

 松江保健所長 竹内様のご挨拶の後、介護体制の崩壊・

癒し・コミュニケーションの方法・公共施設のバリア・介 護職の吸引等の地域格差など多岐にわたる話題で意見交換 され、患者家族だけでなく行政・議会関係者、専門職、看 護学生などたくさんの方から発言があった。

―挨拶の要約―

このような会に参加しているといつも思うのですが、日常生活の中で “生きる” と言うこと を真剣に感じさせられます。保健所は色々な病気の方々を対象としています。生活習慣病を はじめとして、精神疾患、感染症、食中毒、色々な病気と関わりを持っているのです。その ような病気は原因も分かっていて対応も確立している事が多いのです。しかし、難病の方々 は原因が分からない。その中で iPS 細胞などの研究で光が当たってきたのも事実です。

 松江圏域には在宅でがんばっておられる ALS の方が 17 人、内 5 名が人工呼吸器を使用し ています。レスパイトを受け入れていない病院はよくよく聞いて見ると、ALS 患者さんを看 た経験がないのが本音のようでした。と言うことは、一例でも二例でもそういった患者さん を受けていただいて、患者さんに接することで患者さんから学んで欲しいです。レスパイト 入院というのは、家族の方を休めるというメリットもありますが、医療者への啓発にもつな がると考えております。保健所も頑張りますので、どうぞ、これを利用していただいたらと 思います。

―発言集―

司会】今日の総会の附属資料には、県内の ALS 患者数の状況があり、性別では男性が多く、

年齢では 60 代、70 代が多く、地域はやはり松江・出雲が多い。レスパイト入院の利用状況は、

これも松江・出雲が多くなっている。

運営委員】ある在宅患者さんが、介護を巡る環境の悪化で参加できなくなった。皆様に ALS をめぐる社会の環境を理解していただきたいので、許可を得たのでその方の話をしたい。

基本的には在宅で生活をされていたが、昨年から介護事業所が撤退する状況になり、この 4 月からは夜勤のヘルパーがいなくなった。5 月には日中のヘルパーもいなくなり介護の 体制を組めなくなった。奥さんは仕事を続けながら介護を続けていたが、昼も夜も介護を しながら仕事をしていたため、体調を崩された。在宅をあきらめ、施設(ナーシングホー ム)に入所されることになった。ALS 患者の受け入れの実績もあると言うことで入所を一 旦したのだが、経験があるという ALS 患者は人工呼吸器を付けられていないケースで、施 設側はそれで大丈夫だろうと判断していたらしい。しかし、実は人工呼吸器を付けている 方のケースは未知で、入所したとたんに難しいと言うことになり、現在は自宅で奥さんが 6 ヶ月の介護休暇をとって介護をし、病院への入院を待っているという事態だ。在宅生活 を継続出来なかった理由というのが病状の変化ではなくて、痰の吸引やコミュニケーショ ンの出来るヘルパーさんが不足している。あるいは、そのようなヘルパーさんを派遣する 事業所が不足している。また、そのような技術を取得できる機会も不足している。それから、

重度訪問介護の介護報酬が大変安く、普通の介護の三分の一程度という話で、事業所も関 わりにくい状況である。こうした社会環境が理由で、今まで出来ていた在宅生活が出来な くなってきている。

この問題は、この方だけの話ではなくて ALS 患者や家族全 体の問題であると思われるので皆様で考えていただけたら と思う。

行政 1】実際、現場はマネジメントに奮闘をしている。患 者は体が動かなくコミュニケーションがとれない、しかし ケア提供者は経験がない。患者の要望に応えたいけど応え られないと言うのも聞いている。

司会】難病ケアの象徴的な状況だなと思う。

大学教員】色々な問題があると思う。研究者(工学)の視点で話をするが、ALS の患者さ んが脳波で意思を伝える事の研究をしている。研究を進め、実用化を急ぎたい。

家族 1】妻は瞬きで「あかさたな」しか出来ないが、早い。1~10 の番号で会話をしている。

妻は日赤で手術をしたが、意思の疎通が出来ない妻のために(通訳のため)私が手術室に入った。

運営委員】先の方から伝言で、情報に関する事もあった。ナーシングホームについて事前に得 られた情報にはなかったことに、たんの吸入や眠剤の注入の度にかかる課金があった。入所す るまではこうした課金を知らなかったので、月 10 万くらいかと思っていたが、実際は月 30 〜 40 万かかるという話であった。保健所の方もこのことも知らなかった。入所する前によく確 認をしておくことが重要であった、そのことをみなさんにも知ってほしいと話されていた。

行政 1】介護給付で出せるものと出せないものなど色々あって複雑だ。だからケアマネも我々 も知識が必要になってくる。

家族 1】数年に一回制度が変わるが、患者は生活環境に合わせるのに 3 ヶ月はかかる。子ど もも孫も妻が病気になってから頭から離れることはなく、妻は生活の軸になっている。しか し、制度が変わる度に足し算にならず引き算ばかり。妻が「寝ていても舟木一夫が観たい」

と言うので、県民会館に「車椅子でも観賞が出来るか?」と電話をかけて確認をした。確認 の段階では大丈夫との話だったが、実際は妻の車椅子は大きくスペースをとるので大変だっ た。けれども良い思い出となった。観賞すると精神的に全然違う。また、送迎する車もあれ ば嬉しい。車椅子用のタクシーは台数も少ないし、料金も高い。介護施設とかにある使用し ていない車を使えて、運転手さんも借りられるようになると良いと思う。

県議 1】県民会館は車椅子では 3 階までは上がれないが、今後、耐震性の問題から改修が行 われ、3 階まで上がれるようになる。介護施設での移動用の車に関しては、運送事業の法律 があり難しい。

家族 1】毎回出かける時には、いつも「そこで死んでも良い ?」と確認をしている。それく らいの覚悟で出かけている。日赤のエレベーターは狭い。広いものは遠い。公共施設は、大 きな車椅子のことも考えて作っていただきたい。

県議 2】私は福祉の世界にいるが、母の介護が始まった時には全く情報がなかった。サービ ス付き高齢者住宅であったりナーシングホームであったり、そういう情報を一元的に教えて くれるところは少ない。介護度が高くなると「出ていってください」と言われるところもある。

県のほうも「必要だから地域包括に情報を集めます」と言われたが、必要な情報を得られや すくしていただきたい。

行政 1】公的な介入のない施設の情報は知らないことが多い。例えば、サービスの情報、サー ビスを使いたい人の情報、サービスの提供の程度など、把握しづらい。

行政 2】情報の点だが、保健所も福祉部門が市町村になったことで把握しきれなくなって

患者・家族・支援者交流会の報告

手軽なヨガでリラックス

身体と心をほぐしました

(9)

いる。地域の立場でどのようなネットワークを作るのかがこれからの課題。

行政 3】 HP での公開はされているが、それが必要な人に届いているかは確かに分からない。

体制としては、新しい政策の中で構築していくことが重要と考える。このような(意見交換の)

場があると県としても検討していきやすい。

遺族】「病気は治せないけど癒やしは出来る」私は家内が亡くなるまで幸せだった。妻が病 気になったときには「働いてなんていられない」と思った。妻には自分の代わりはいない。

仕事をやめて家族ぐるみで話し合った。私が救われたのは、家内の立ち直りが早かった事。

家内がそのような演技をしてくれていたのだろう。ワープロや瞬きで意思表示をするように なって、島根大学の学生さんも沢山来てくれて、そのお陰で長く生きたと思っている。病気 は不幸せだけど得たものは大きい。若い人に病気のことを理解して欲しい。いつ自分の身に 起こるか分からないので、機会がある度に話している。健康がいかに素晴らしいことか。お 母さんにありがとうと言ってあげなさいと話す。

司会】何年くらいでそのような考えになったのか?

遺族】闘病 24 年、その後半だろうか。瞬き一つを見逃すことができない日々、本人のほう も恐怖の連続で悟りを開いたのだろうか。私の所には妻の闘病の記録が自由日記で 20 数冊 ある。まとめようとは思うが・・・。

家族 2】昨年の春に主人の母が ALS と診断された。

司会】何か苦労していることは?

家族 2】のどの方から症状が進行し、話せなくなった。今は筆談で会話している。

家族 3】妻の話だが、“癒やし” と言うと、病院に入って丸三年になるが、私にできる事は何 もないけど、病気は治せないけど、週 3 回病院に訪問している。明日、病院に行く予定だっ たが今日この後に病院に行こうと思う。コミュニケーションは、瞬きでしていたが直ぐに出 来なくなった。まぶたが閉じてしまった。とにかくすごく進行の早いタイプで。今、“癒やし”

という言葉を聞いて、私の妻への “癒やし” は寄り添うことだと思った。訪問することかと。

病院では、ボランティアでコンサートなどがある。皆さんに感謝の気持ちで一杯だ。

遺族】何で “癒やし” は生まれるのか?方法 は色々あるが、これが “癒やし” というのは ないと思う。

司会】私の仕事のひとつに話を聞くと言う のがある。話せない人に対してどのように する事が良いのか?

家族 1】私の妻は話せないが、カラオケの 1~60 までの数字がどの曲かというのを、す べて覚えている。暗記力は素晴らしい。

遺族】声はかけた方が良い。

家族 1】良く、妻に大きな声で話をされる人

がいるが、「大きな声で話さなくても良いのに・・・」と思う。

行政 4 保健師】雲南圏域には 9 名の ALS 患者さんがいる。今日は家族の生の声を聞くことの 重要性を改めて感じた。

患者】(妻が代読)ALS は患者だけでなく家族の未来をも奪う。医療や福祉機器の発達により、

生きること、伝えることが可能になった。身体の機能を失っても、一部でも動けば伝達できる。

どこも動かなくなっても、脳波や皮膚表面の電位でのスイッチが商品化されつつある。しか し、他人の手を借りねば何も出来ない。生活が成り立たない。吸引が必要な在宅患者は隠岐 と益田を除く県内の全圏域にいるが、喀痰吸引等認定ヘルパーは松江と出雲圏域だけ。これ

は雲南・県央・浜田圏域の在宅患者は家族のみが吸引等を担っていることを表している。吸 引はいつ必要になるかわからないので、常に誰かが患者のそばにいいといけない。介護を一 人でしている場合は、看護師が訪問したとき以外は外出もままならない。家に他人が入るの を嫌がる人が居るのも事実だが、家族が疲弊しないよう、粘り強いアタックをお願いしたい。

ヘルパーの医療行為が法制化されてから二年が経った。県のほうからも、すべての地域の介 護事業所に向け、ヘルパーの医療行為登録の研修を受けるよう、強く勧めてくださるようお 願いし、また、患者だけでなくその家族のサポートも宜しくお願いしたい。

不安と葛藤を乗り越え、「もっと生きたい。もっと頑張りたい。」と一大決心してつけた人工 呼吸器。どうかその決心が後悔に変わらぬよう、多方面のご支援を宜しくお願いしたい。

行政 5 難病専門員】レスパイトや研修会などもして、告知された後のサポートをする事で不 安の緩和に努め、支援をする立場の人である訪問看護や保健師の方々と共に考えて支援をし ている。自分は色々患者さんのことで関わらせていただいているが、コミュニケーションの 支援がままならなくて、日々困っている。事例検討を通し学習をするなど医療センターの作 業療法士さんに手伝っていただいているが、コミュニケーションのボランティアの育成は進 まない。県立大学のボランティアサークルの学生さんに患者さん宅へ訪問していただいてい る。

司会】コミュニケーションの担い手の育成、ボランティアの育成。

作業療法士】自分は、5 〜 6 年前から ALS 総会に参加している。“癒やし” とはその人の主観 もあるかもしれないが、まずは関わりを絶やさない様にしている。“話をする事” は、人との 関わり方の基本であり、会話以外の方法でもなにかないかと、難病専門員さんと今のコミュ ニケーションがベストと思わずに、常に模索している。レスパイトに行った施設ではうまく いかないことが多く、難しさを感じる。実際に ALS の方と接しないとだめだと思う。コミュ ケーションスキル向上を支援する制度は必要と思う。

司会】制度と言うと?

作業療法士】コミュニケーション支援。在宅の人であれば、瞬きができなくなったら次どう するか? 関われる人がかぎられる中で、現在自分は休日を使っている。文字盤が使えるか、

イエス・ノーが合図できるか、パソコンのスイッチを設置する人も必要。

司会】実際にやってみることが大切?

遺族】ALS では脳は障がいされないことが多い。その人に合う一番良いやり方を見つけられ るのも勉強。

介護士】ALS 患者さんのヘルパーを始めて 8 年くらいになる。8 年前から関わっているので、

在宅であれば目線などで何を言いたいのかわかる。しかし、新人を育てるのは大変。コミュ ニケーションをとるのが大変。何週間から何ヶ月も同行が必要で、同行分は全て事業所の持 ち出しになる。システムとして(同行分の事業所への)支援することが重要と思う。今まで の話を聞いていて思ったが、ヘルパーと患者さんの人間関係、信頼関係、コミュニケーショ ンは重要。ALS のケアでヘルパーの心理的な負担はとても大きい。自分は、患者さんの介護 に早い段階で入った。在宅で看ていくためにも会話ができる病気が軽い状態から訪問介護に 入ることが重要と思う。経営としての採算面では、一人の ALS 患者を一つの事業所で抱える ので精一杯と思う。

行政 6】コミュニケーションの研修の有効性は?

介護士】患者さん一人一人やり方が違うので、研修ができたからでなく、関係性ができてい て技術的な事があれば良いと思う。

家族 1】患者には同世代の人との会話を嫌う人もいる。人間だから相性もある。妻は 60 歳だ から子どものような年齢の 30 歳くらいは良いが、同年代の 60 歳は嫌がる。

意見交換が白熱した交流会

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看護学生】私は在宅ボランティアサークルで ALS 患者さんのご自宅に訪問している。始めは は不安だったが、ヘルパーの人や先輩と共に話している。話をしているだけだけど、自分 に出来る事は少ないけど、“癒やし” とか “場の提供” が出来たらと良いと思った。

司会】コミュニケーションの問題は大きいと思った。表現すると言うこと、“癒やし”、話 せないつらさ、話せない人をサポートすることを実感した。行政の方とのこの対話が何か を生み出すのを期待したい。

 総会・交流会共に運営を松江保健所・島根県立大学出雲キャンパス・島根大学医学部看 護学科・難病相談支援センターの皆様にご協力いただきました。また、一般からも江田紘 子様・黒田研治様・高橋良次様にお手伝いいただきました。この場をお借りして御礼申し 上げます。

 総会後、お手伝いいただいた看護学生さんから感想をいただきました。公開の了承を得 ましたので、ご紹介いたします。

島根大学の学生さん(医学部看護学科生 5 人)

 実際の患者さんの声や行政の状況が理解出来て嬉しかった。勉強になりました。

今回初めて参加させて頂いて、患者さんや家族がどんな事を考えているのか、行政はどん な取り組みをしているのか、そしてその課題について深く考えることが出来ました。

また、次回も参加してみたいと思うので、良ければまたお誘い頂けたらと思います。

今回は保健師志望の学生だけで参加したのですが、このような会にはそれ以外の学生も来 て関心を持ってもらうことが大事だなと強く思ったので、もっと多くの学生で来られれば と思いました。

島根県立大学看護学部の学生さん

 実際に訪問した ALS 患者さんと、総会に出席している患者さんやご家族の雰囲気の違い に驚きました。

様々な ALS の患者さんやご家族がいると感じました。

介護する人の心理的負担やコミュニケーションの重要性も感じました。

記録:県立大学出雲キャンパス教員 阿川啓子 写真撮影:高橋良次 編集責任:景山敬二

交流会前に配布された「難病患者家族の心のケア電話相談」のパンフレットの概要

難病患者および家族のための臨床心理士による心のケア電話相談

島根県臨床心理士会  心のケアの専門家である臨床心理士が電話による無料相談を以下の要領で承ります。病 気を抱えることによる患者さんご自身の苦悩や患者さんを介護するご家族の苦しみを聴か せていただき、可能ならご助言いたします。

1.ご利用は 1 ケースにつき月に 2 回程度、相談時間は 30 分程度とさせていただきます。

2.お名前、ご住所、お電話番号、ご病気の概要、家族構成等をお伺いします。

3.知り得た情報について秘密は守られます。

4.相談は心のケアに限らせていただきます。病気の専門的な知識は持ち合わせませんの でご了承ください。

5.相談が月 2 回を超える場合、また訪問等が必要な場合は料金が発生することがありま す。担当の相談員にお問い合わせください。

<相談員>

 松江地区 土江正司 0852-31-2746  出雲地区 美川 寛 0853-22-9169  益田地区 安部利一 0856-23-3326

竹内松江保健所長 身体と心の準備体操

交流会

集合写真

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今年度は広島支部にお世話になりました。当日の予定議題を掲載します。

・日 時:平成 26 年 8 月 31 日  15:00 〜 18:00

・会 場:広島市南区 ホテルグランヴィア広島

・出席者 本部−平岡久仁子理事

市川貴子ブロック担当理事(広島)

岡山−河原学支部長・小原真紀事務局長 鳥取−岡本充雄支部長・井本薫運営委員

島根−谷田人司副支部長・谷田佳和子運営委員 山口−澤江健治支部長(代理)・原田典子事務局長 広島−三保浩一郎支部長・岡田敦子運営委員 他、オブザーバーとしての参加多数

・予定議題

  (1)本部・支部の連携が必要な重点活動について

・平成 26 年度活動方針・事業計画の<重点活動>(JALSA92 号掲載)を取組 む

 1)難病新法による ALS 等神経難病患者への支援体制の構築

  ① 政省令への盛り込みたい要望の国会議員と自治体議員への働きかけ

・自己負担限度額の人工呼吸器装着者特例措置(月 1000 円)に「鼻マスク・

顔マスク」を追加する

・低所得者層の負担軽減

・医療費助成対象から ALS 軽症者を外さない

② 当事者団体として保健所を中心とした難病対策地域協議会設置に積極的 に関与し、地域支援体制を構築する

2)医療的ケア及びコミュニケーション支援の全国的な普及向上

①介護職員等による痰吸引等の実施拡充

・鹿児島、徳島、東京でのシンポジウム(日本財団助成)

・各都道府県での登録研修の拡充実施

・実際に在宅支援する実施事業所、ヘルパーの拡大、ネットワークづくり

②全国 ALS 等重度コミュニケーション障害者支援ネットワークの構築

・北海道、山梨県でそれぞれ支援者講習会と啓発シンポジウムを開催(日 本財団助成)

・スイッチ設定等の支援者の育成研修

・ボランティアを含む支援ネットワークの構築

③レスパイト入院、長期入院施設の整備

・入院時ヘルパーコミュニケーション支援事業の拡大

・ショートステイ施設、病院の拡充

・長期入院施設療養中の患者訪問と施設との QOL 向上連携

④必要な介護給付時間の保障取り組み

・各患者に必要な公的介護時間の相談・調査

・自治体との給付保障交渉(個人+支部の支援、及び障害者弁護士団との 相談連携)

3)会員拡大等による協会の組織強化

①ALS 患者の 50%入会を目標に各支部で計画をたてる

・今年度は最低 6%以上の拡大を追及する

②ブロック担当理事を軸に日常的にブロック活動と支部間連携・交流をはか る

③支部設立の支援(香川県、近畿ブロック内府県)、「みえ als の会」とは将 来的統合を視野に協力協同した活動を行なう

・難病医療、障害者福祉の実施主体が都道府県自治体のため、ALS 療養環 境整備に府県別支部が必要との認識から取り組む

4)その他報告

①ALS 治療研究の動向

②災害対策

③他のブロック会議で議論されたこと等

  (2) 支部活動トピックス等の報告

1)各支部活動でのトピックス、教訓の紹介 2)困難課題の紹介と検討

平 成 2 6 度   日 本 A L S 協 会 中 国 ブ ロ ッ ク 会 議 の 報 告

平 成 2 6 度   日 本 A L S 協 会 中 国 ブ ロ ッ ク 会 議 の 報 告

(12)

その1.永島修一さん・繁子さん

 平成二十六年九月、いまは松江市となった旧東出雲町にある、ALS協会島根県支部会員 の永島修一さん・繁子さんのお宅をお訪ねした。永島さん宅は中海のすぐそばにある。少 し歩いて土手にのぼると、中海の向こうに大山が浮かんで見える絶好の景色で、春の時分 には桜並木も美しいそうである。

 平成十年、六十歳のときにALSを発症した修一さんは、以来自宅と病院の両方を行き 来しながら療養生活を送ってきたが、昨年の冬に体調を崩してからは病院での生活が続い ている。この日は、一番身近で修一さんを支えてきている奥さまの繁子さんに、これまで の療養生活についてお話を伺った。突然のお願いにもかかわらず、ALSという情報の少な い病気について、少しでも続く患者・家族のためになればと、快く依頼に応えてくださっ たことに感謝を申し上げたい。(インタビューと構成 諸岡了介)

1.発症、あちこちでの検査回り

 会社員であった修一さんが最初に体調の変化に気づいたのは、平成十年の一月のことで あった。しかし、あちこちの病院で検査を受けるもののなかなか原因が判明せず、ALSで あることが分かるまで一年半以上がかかっている。

 ALSにもいろいろなタイプがあるが、修一さんの場合は声の出しにくさという症状が 最初に現れた。「ただいまって帰んなんのが、ちょっとおかしいですよね、呂律が」(繁子 さん談)。かかりつけ医との相談でもう少し様子をみようということになったが、次第に症 状が進んできたので、複数の病院の神経内科でCTやMRIといった検診をしたり、血液 の薬を出してもらったり、次には耳鼻咽喉科に行ってみたりしたが、やはり症状は良くな らず、原因も分からなかった。

 当時修一さんは仕事をしていたので、病院へ行くスケジュールの都合がつけにくく、ど うしても検査と検査のあいだに時間がかかってしまったという。また、患者の側にはよく 分からないままに次から次へと検査があって、 「私にはあんまり話さんですけど、検査には、

えらいときがあったみたいですわ」という繁子さんのお話であった。

 歩くことなどには問題がなかったが、話す言葉がさらに聞き取りにくくなり、昼食に弁 当を食べるのにもむせてしまって、仕事仲間からも心配されるようになってきた。そこで 平成十一年の春、覚悟を決めて仕事を休み、大学病院に一ヶ月の検査入院をすることにし た。

2.病気の告知

 一ヶ月の検査入院を終えた平成十一年六月、はじめは繁子さんに対して、修一さんの病 気がALSであるという医師からの告知があった。それまでまったく聞いたことのない病 気であり、次第に進行するとのこと、治療法がまだ見つかっていないとのことに驚いたが、

医師の説明のしかたが穏やかだったことについて、繁子さんは感謝をしているという。

「今でも印象深いんですけども、穏やかに聞くことができたってことが、私本当にね、あり がたい。私も分からんまんまにハイハイって聞いちょったけど、それはいろいろ思うこと もあるけど、びっくりして何も言われんで穏やかに聞いたのか、それはいまだに分かりま せんけども、先生の説明が穏やかだったから、それはありがたい」。

 修一さんに対しては、後に改めて医師からの説明があった。「たぶんそれはもう、ねえ、

想像できないほどショックだったとは思うんですけども、口に出しては言いません」。内心 のショックは大きかったにちがいないが、説明に納得した後は、修一さん・繁子さんともに、

「だからもう、それを避けるじゃなくって、それとなく向き合っていくしかしょうがない」

という気持ちだったという。

3.病気の進行

ALSの告知があったあと一年ほどの修一さんは、仕事を続けつつ、二週間に一度通院す るという生活であった。そのときはまだ、自分で車を運転して病院へ通うことができてい た。それでもやはり症状は進み、水などの飲みこみが難しくなってきたので、平成十二年 の七月に胃ろうを設置した。

 胃ろうにするのに入院した際には、修一さんが行方不明になり、みんながあわてた愉快 な「事件」もあった。あるとき、病室を出て散歩がてらに米子城に登った修一さんが、うっ かりそのまま昼寝をしてしまったというのがその真相である。その後、平気な顔をして降 りてきたというお話だが、米子城まではかなりの山道なので、そのときもずいぶん足腰が 丈夫だったことが伺える。

 しかし、退院から間もない九月、おりから風邪気味だったところに、突然修一さんが呼 吸困難になって救急車で運ばれる出来事が起きた。やはり麻痺が進んできたということで、

この出来事をきっかけに気管切開の手術を行うことになった。これは痰を取るためのもの で、人工呼吸器を着けるものではなかったが、声を出すことはできなくなってしまった。

修一さんの場合、ALSと判明してからの進行のペースはかなり早く、繁子さんも「私もあ の、その時機はいつかは来ると思っていたけど、案外早くきたもんで。えらい早く来たな と思うけども、それをせんことにはいけんですからね」というお話であった。

4.自宅での介護とその不安

 この段階になると、自宅で介護をする上で、越えるべきハードルが増えてきた。修一さ んが気管切開のために一ヶ月入院をしていたあいだ、そこで繁子さんも痰取りの練習をし ていたが、十一月にいよいよ自宅に戻るというときには繁子さんもとても心細く感じたと いう。

「一ヶ月経って、そろそろ永島さん、帰ってもいいんだけどもって言われて。でもこげな、

連れて帰って、いま寒うなってるし、風邪ひけばいけんし、不安でしたからね。寒けりゃ

着りゃええとか先生は言われるけど、不安ですが。今では慣れて何ともないですけど、ほ

んと怖かったですけえね。先生どうかもうちょっとみてもらうところをって言ったら、気

さくな先生でね、いやどこでも紹介してあげるけどね、永島さんそげすると一生家に帰ら

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れないよって言われたんですよ。そこで、先生そげんなこといけません、そげだったらも うちょっと考えますって言って。ほならまあやってみようかってね」。

こんな不安な気持ちの中で、最初は試しとして、昼間一日だけ修一さんを自宅へ迎えると ころからはじめた。「そのときはまだ軽いですわね。でも当時はたいへんですよ」。慣れな い介護への心配に加えて、自宅での療養生活をはじめる上でたいへんだったのは手続きの ことで、会社側の社会保険や介護保険、気管切開で新たに認定された身障者手帳、特定疾 患医療交付証など、病院や施設の人に情報を教えてもらいながら準備を進めた。

訪問看護やヘルパー派遣などのサービスも同じように手配を進めた。ALSは珍しい病気だ けに、たんに情報が少ないだけでなく、訪問看護ステーションなどのケアサービスを提供 する側でも経験がなく、試行錯誤の連続になる。もちろんそれは苦労の多いことであるが、

永島さんの場合、入浴サービスの業者が総動員で一生懸命対応してくれるなど、ありがた く感じる場面も多かったという。

5.人工呼吸器をめぐる決断

 気管切開をしたときに医師から、島根県外に住んでいる息子さんたちが帰ってくるお正 月に、将来人工呼吸器をつけるかどうか、修一さんと家族で話しあっておいてほしいとい う話があった。人工呼吸器を装着するかどうかは、ALS患者と家族にとって重い決断の場 面である。

 こうして平成十三年のお正月に家族会議が開かれたが、そこで示した修一さんの希望は、

装着する必要が一〜二年以内に来てしまったら人工呼吸器を着ける、それ以上経ったあと ならば着けないというものだった。

「手で自分の思いを書きなったですよ。一、二年で呼吸困難になったら、着ける。それ以上 経てば、やめる。そういう自分の思いを、ほんと曲がりくねった字だけども。あとで先生に、

主人とこういう相談になったんですって言ったら、これは永島さんの字だねって言って先 生が見てござんされて。だけん(後で必要な場面になったときに)スムーズに人工呼吸器 は着けられました」。

こうした修一さんの希望に対して、「お父さんがそういう考えなら、そげだね」と家族一同 で納得した。繁子さんは、修一さんが絶対に人工呼吸器を着けないと言いだすのではない かと、心配だったという。それだけに「そのときは感謝でした。そういう判断してくださっ て。私感謝しましたよ。もっと生きてもらいたかったからね。どういう判断しなあだあかっ て、反面、心配もありました。そういう判断しなって、嬉しかったです」という思いであっ たそうだ。

6.人工呼吸器と自宅での生活

 家族会議では今後一〜二年以内であれば、という想定であったが、そのときは予想より もずっと早く訪れた。家族会議のあったお正月から一ヶ月ほど経った頃、気管切開後の生 活にも慣れてきたところで、修一さんは再び呼吸困難に陥った。そこで、先の希望にし

たがって、三月に人工呼吸器を装着することになったのである。

 人工呼吸器に慣れるまでしばらく入院を続けた後、七月に退院してからは四ヶ月は自宅、

二ヶ月はレスパイト入院というサイクルの生活に入った。とくに繁子さんが自宅での介護 に慣れるまでの期間は、修一さん自身も不安が強く、近所に住んでいる修一さんのご兄妹 が手伝いに入ってくれた。

 療養生活のなかで症状が進み、今までできていたことができなくなったときには、とて もつらい。しかし、修一さんは元来前向きなタイプだとのことで、症状が進んだ時ごとに 落ち込むことはあっても、いつも「病気になってしまった以上はやる」という積極的な姿 勢で臨んできたそうである。十月には病院から紹介してもらった車イスが届き、散歩をす ることもできた。

また、デイサービスに通うたびに練習して、伝の心という重度障害者用のパソコン・シス テムを三ヶ月でマスターし、日記を書いたりメールを送ることもできるようになった。動 かなくなった親指がなぜか突然動くようになるという、嬉しい出来事もあった。

 修一さん・繁子さんとも、ご近所づきあいに助けられることも多かったという。「節目節 目にはいろんな落ち込むこともあるんだけども、落ち込んだときには皆さんが来て、また、

落ち込む間もないほど寄ってくださる。(入院時期が終わって)自宅へ帰るともう、近所の 人がみんな来てくださる。ここを通る人が寄ってくださるとか」。

 もちろん、介護生活のなかでは二人の間で、口とパソコンを使った「言い合い」になる こともある。しかし、それは夫婦だからこそできる言い合いで、言いすぎることもあった としても、お互いの発散として大事なことだという。

 逆に、修一さんの方から返事がないときには心配になる。パソコンといってもそう早く は打てないし、患者にとって文字を打つのはエネルギーを使う一仕事である。「めんどうく さいと思うときもあると、打たんようになるですが。打たんと、こっちは何、だいじょうぶっ て心配になる。なに考えちょうって揺さぶったりしたりしてね」。

 自宅で過ごしているときには、修一さんが家で留守番をし、繁子さんが自宅の畑で花や 野菜の手入れをすることもできる。「やっぱり主人ですけね、この家の主ですけんね。おら ないけんもの」。

7.病院と自宅の間で

 だんだん症状が進行してくる中で、どうしても修一さんが自宅で過ごせる時間は減って きている。三年間ほどは二週間ずつ自宅と病院で過ごすというやり方を続けてきたが、激 しく血痰が出たことがあってからは、月に一週間自宅に戻るパターンに変えた。

また、当初は正月とお盆は必ず自宅に戻って過ごすようにしていたが、そういうときに体 調を崩すと急患に対応してくれる病院や医師が少ないため、それも止めることにした。山 陰各地で停電が起きた平成二十二年の大晦日からの大雪のときは、繁子さんもそうして良 かったと思ったという。また三〜四年前からは、肺炎が怖いので冬は病院で過ごすように した。

修一さんのコミュニケーション手段については、最後は眉間でパソコンを操作して文章を

打っていたが、二〜三年くらい前からいよいよ動かなくなってしまった。昨年の平成二十

五年十一月に肺の調子がおかしくなって以来、なかなか良くならず、現在は入院を続けて

いる状態である。巨人ファンで、調子のいいときはテレビで野球観戦をするなどして過ご

(14)

8.修一さんの思い

 修一さんは、病気の進行をそれとして受けとめながらも、もう一度自分の足で歩きたい という希望を持ち続けてきたという。きっとそれはALS患者に共通の願いだろう。

 また修一さんは、パソコンを操作できていた平成二十一年十二月まで、毎日日記を書い ていた。その日記には毎日決まって「無事終わる」と記していた。最初は気にとめていなかっ た繁子さんであるが、次第に、そこには深い意味があると感じるようになったという。

「毎日の日記を見ると、無事終わる、今日も無事終わる。毎日それの繰り返し。いろんな意 味がありますよ、取り方ひとつで。そのときは毎日同じことばっかだねって言いよったけ ど、いつ頃だったからか、あるときからそげ思うようになったです。やっぱり無事終わるっ てことには、深い意味がある、そう思うようになってね。本人はどげな意味で書いたかは 分かりませんけども」。

 不自由なからだで一文字一文字、毎日「無事終わる」と打ちつける行為に、いったいど んな気持ちを刻み込んでいたのか。そしてコミュニケーションが難しくなった現在、修一 さんは日々どんなことを思っているのか。繁子さんは今もそうした思いの重みを受けとめ ている。

9.繁子さんの感謝

 ALSという病気にあっては、できることとできないことがあり、できないことはでき ないという。そうした条件のもとで一生懸命やってきた結果、自宅での療養生活を持つこ とができたのは恵まれたこと、「運が良かった」ことだと繁子さんは感じている。

「ここの主ですけんね。主人。もうどうしようもなければ、どうしようもないけど、できる かぎりは家におってもらいたいって気持ちがあったけんね。みなさんそう思われる。でも、

できることとできないことがあってね、それは。だけん私は、恵まれてここまでできた。

ほんとにありがたいなと思っちょる。なかなかここまでみたくてもみられない方はたくさ んおられる」。

 時期としては、子育てが終わって、しかもまだ体力があるときだったからこそ、自宅で の介護に没頭することができたという。また、平成十三年に山陰道が開通したことも大き く、この道のおかげで入退院のたびに病院と自宅を往復することが可能になった。冗談で

「お父さんのためにできた道だ」と話していたという。また、繁子さんは運転をしないため、

病院まで通う手段に困ることがたびたびあったが、幸い入院受け入れ先の病院に困ったこ とはない。

 現在、修一さんは自宅に戻ってこられない状態であるが、それでも繁子さんが落ち着い て病院通いを続けているようにみえるのは、長い間、その時々にできることを精一杯やっ てきたからであろう。

「(自宅で)みるのは今しかないが。で、どうせ最後までみれえてことはできない。最後はもう、

状況はいつまでもこのままじゃない。今うちの主人がこうなったときになって、いつかはこ うなることは分かっちょったんだけども。でも、私は私なりにみっちりみられたけん、悔い はない」。

 この病気では、症状が一歩進行するたびに新たな出来事や状態に直面することもあって、

その時々のことが大変だという。「忘れたことも半分以上ありますけど、でも、その山は一生 懸命越えました。それこそ、その山を越えると、また次にという感じで」。いつもその時その 時の「今」を大事にしてきた積みかさねこそが、「私なりにみっちりみられた」という繁子さ んの実感に繋がっているのだろう。

10.ほかの患者さん・家族さんに対して

 繁子さんは、いろいろな条件に恵まれて、修一さんを支えることができたと考えている。

だから、家族構成や年齢など、それぞれ条件のちがうALS患者・家族の人に、同じ判断を 押しつけることはできないと言う。

 しかし一方で、繁子さんが場面場面で自分の心を決めるときには、条件がちがう人であっ ても、実際にALSという体験をした人の話が貴重な助けとなってきたという。とくに、修 一さんの病名が告げられ、雲をつかむような状態の時に、気管切開をしないと決めた患者を 数年間介護した人の話を聞いたことはそうだった。「ただその話を聞いただけでも私の判断は 軽くなりましたよ。あの人はせだって(しなかったって)言われたけど、ほんならうちはや るわって。それを聞いたから、病気や介護のイメージができて、その判断ができた」。

 大切なのは、他の患者・家族の話を聞いて、その上で最後は自分たちで判断をすることだ という。 「自分が思うようにまっすぐには来やせんせ。なんにも分からないけん、ほんに。あっ ちへふらふら、こっちへふらふら、いろんな話を聞きながら、最後にはやっぱし自分が判断 せにゃいけんだけんね」。

 ALSという病気が分かった最初は、情報がないととにかく不安で、出雲市の医大をはじ めあちこちに出かけていった。ALS協会島根県支部の存在を知ったのはすごいタイミング で、平成十一年六月修一さんの病名告知があったその月、山陰中央新報の紙面の片隅に載っ ていた、島根県支部が今度新たに設立されるとの記事が、繁子さんの目に入ったのだという。

 病気は突然、思わぬところにやってくる。「本読んだり、世間を知っている方はよう分かあ けど、そういう方って珍しいですが。病気は現にどこにでもやってくるだけえね。なんだい 分からんところに病気がやってくると、ほんに泣き寝入りするしかないですけども。やっぱ り少しでも声かけてもらうと、また元気でますけえねえ。戸惑うことがいっぱいあってね」。

 自分たちのこれまでを思い返しながら、続く患者・家族の方々を慮って、「ここまで来れば いいですけどね。ここまで来るのがなかなかたいへん」と語る繁子さんの言葉はやさしい。

【追記】

繁子さんにこのインタビューをさせていただいた翌月、平成二十六年十月に永島修一さんが

他界されました。十七年間の療養生活を続けられてきた修一さんと繁子さんに心より敬意を

表するとともに、修一さんのご冥福をお祈り申し上げます。

参照

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