博士学位論文審査報告書
申請者氏名ふ り が な 金 栄(じん ろん)
学位の種類 博士(環境科学)
論 文 題 目 中国の集合住宅における緑地についての研究 学 籍 番 号 1257002
学 歴 平成16年 9月 1日 内モンゴル農業大学大学院城市林業専門科学科 森林栽培科学専攻修士課程入学
平成19年 7月 15日 同上修了
平成24年 4月 1日 滋賀県立大学大学院環境科学研究科 環境計画学専攻博士後期課程入学
論文審査委員会 委員長 滋賀県立大学大学院環境科学研究科 教 授 村上 修一 印 委 員 滋賀県立大学大学院環境科学研究科 教 授 芦澤 竜一 印 委 員 滋賀県立大学大学院環境科学研究科 准教授 轟 慎一 印
学位論文の概要
中国の諸都市では,1998年の住宅商品化以来,大量の集合住宅が建設されている。一方,環境問題が 顕在化する状況のもと,都市における緑地に対する市民の関心が高まっている。集合住宅の敷地内には 一定量の緑地が確保されるため,その建設にともなう緑地の増加が期待される。ただし,その期待に応 えられる緑地の設計計画や維持管理に関する知見は十分に得られていない。そこで本研究は,1998~
2012年に建設された北京市望京区の45団地(以降,対象地1と記述)と,呼和浩特市新城区の24団地
(以降,対象地2と記述)を対象に,現地における緑地の状況調査,居住者に対するアンケート調査,
不動産業者に対するヒアリング調査,中古物件の価格調査を行い,緑地の設計計画や維持管理に関する 知見を得ることを目的とする。なお,中国の集合住宅に関する規範では,住棟に付帯する緑地,団地内 の居住者で共用される緑地,コミュニティ施設に付帯する緑地,団地内の道路に付帯する緑地の4種類 に区分されており,本研究でもこの区分を用いる(以降,住棟緑地,公共緑地,施設緑地,道路緑地と 略称)。
第1章では,敷地内の住棟,コミュニティ施設,道路および緑地の配置を,集合住宅ごとに図面化し,
緑地配置の傾向を把握した。その結果,住棟緑地と公共緑地については8割を超える集合住宅に有る一 方,施設緑地と道路緑地については過半数の集合住宅に無いことがわかった。また,緑地に接する住棟 壁面の割合を調べたところ,対象地1の550住棟のうち41.7%,対象地2の488住棟のうち27.5%に過 ぎないことが判明した。さらに,その割合の高い事例と低い事例とを比較し,コミュニティ施設,駐車 場,道路の配置が,緑地に対する住棟の隣接性を左右する要因となる可能性を指摘した。一方,全住棟 についてエントランスから公共緑地に至る歩行ルートの最短距離を求めたところ,団地ごとの平均値で 最小8mから最大201mまで相当の差が認められた。その平均値や標準偏差の小さい事例と大きい事例と を比較し,コミュニティ施設,駐車場,道路の配置に加えて,公共緑地の形状,数,位置も,公共緑地 に対する住棟の近接性を左右する要因となる可能性を指摘した。
第2章では,敷地内における調査(ただし対象地1では立入許可の得られた24団地のみ)により,
植栽樹木の種類および本数を把握した。中国では鑑賞部位によって鑑花樹種,鑑葉樹種,鑑実樹種,鑑
形状樹種,鑑芽樹種,鑑茎樹種の6種に分類することが通例であり,6種の出現頻度を団地ごとに求め た。高木については,対象地1で鑑葉樹種と鑑花樹種,対象地2で鑑花樹種と鑑実樹種の頻度が相対的 に高いことが判明した。一方,低木については,両対象地で鑑花樹種の頻度が相対的に高いことがわか った。さらに,住棟緑地における樹木の配置を具体例で検証し,樹木の配置や樹高によっては,住棟の 居室から緑地に対する視界の確保が不十分となる可能性を指摘した。
第3章では,2014年4~6月期に販売された中古物件(対象地1の33団地88戸,対象地2の19団地 45戸)を対象として,住宅価格に対する緑地の影響を検証した。統計分析の結果,緑地率(敷地面積に 対する緑地面積の割合)と緑地の管理状況が,対象物件の価格に対して正の影響をおよぼすことがわか った。緑地の種類別では,住棟緑地率(緑地面積に対する住棟緑地面積の割合)と公共緑地率(緑地面 積に対する公共緑地面積の割合)の影響が対象地1のみ認められ,施設緑地率(緑地面積に対する施設 緑地面積の割合)と道路緑地率(緑地面積に対する道路緑地面積の割合)の影響は両対象地で認められ なかった。一方,両対象地の不動産業者30名に対して,販売価格の設定の際に考慮することを聞き取 りしたところ,緑地の管理状況が良いほど価格を上げるとの回答を全員より得た。また,施設緑地や道 路緑地が多いほど価格を上げるとの回答は皆無であった。緑地,住棟緑地,公共緑地について挙げた回 答者は半数程度であった。
第4章では,両対象地の各800世帯に用紙を配付し後日回収するという形で,緑地に関するアンケー ト調査を行った(全団地より有効回答を回収。回収率は,対象地1が54.3%,対象地2が44.5%)。その 結果,両対象地において,敷地内の緑地に満足している回答者は半数程度に過ぎないことが判明した。
さらに,各団地の緑地に関する特性値と回答者の評価との相関性を検証した。両対象地に共通して高い 相関性が認められたのは,高木の植栽密度および常緑種の本数と高木に対する満足度,鑑花樹種の本数 と低木に対する満足度,住棟エントランスから公共緑地までの歩行距離の標準偏差と公共緑地に対する 満足度,緑地の管理状況と緑地管理に対する満足度であった。また,緑地に対する意見としては,樹種 および本数の加増や管理状況の改善を要求するものが顕著であった。
第5章では,調査分析の結果にもとづき,緑地の設計計画や維持管理に関する知見を以下のようにま とめた。
(1)緑地の量:緑地の増量が,住宅価格の上昇や居住者の満足度の向上に寄与するとは限らない。
(2)緑地の配置:緑地に対する住棟の隣接性を高めることが,居住者の満足度の向上に寄与するとは限 らない。また,住棟に隣接する樹木の配置によっては,居室から緑地に対する視界が限られる可能性 がある。一方,公共緑地に対する全住棟の近接性を高めることは,その団地の居住者の満足度の向上 に寄与する可能性が高い。公共緑地の形状,数,位置,コミュニティ施設,駐車場および道路の配置 を工夫することで近接性を高めることができる。両対象地の具体例で配置計画の改善案を試行したと ころ,住棟エントランスから公共緑地までの歩行距離の標準偏差が1/3に減少した。
(3)樹種:常緑の高木と鑑花樹種の低木の増量が,居住者の満足度の向上に寄与する可能性が高い。
(4)維持管理:緑地の良好な管理は,住宅価格の上昇や居住者の満足度の向上に寄与する可能性が高い。
住宅価格に対する効果が居住者へ浸透することで,緑地の管理に対する居住者の意識の向上が期待さ れる。一方,良好な状況を維持しやすい緑地に向けた設計計画として,両対象地の乾燥で厳寒の気候 条件に適応可能な樹種の選定が挙げられる。
論文の審査結果
論文審査委員会は,金栄が提出した学位論文について博士(環境科学)を授与するに値すると判定し た。審査過程と審査結果の概要は以下のとおりである。
平成27年度第12回環境科学研究科会議において,申請者が提出した学位申請を受け,環境意匠研究 部門の村上修一教授,芦澤竜一教授,轟慎一准教授を委員とする論文審査委員会の設置が承認された。
同委員会において,学位申請論文の査読を行うとともに委員会会議を開催し論文内容を審査した。さら に,学位論文審査報告会において最終試験を実施し,試験終了後,委員会による学位審査を行った。
本論文は,北京市と呼和浩特市の集合住宅を対象に,現地における緑地の状況調査,居住者に対する アンケート調査,不動産業者に対するヒアリング調査,中古物件の価格調査を行い,緑地の設計計画や 維持管理に関する知見を得るものである。中国における集合住宅の緑地に関する先行研究では,住宅価 格や居住者の満足度に対する緑地の効果に踏み込んだ例はほとんど見られない。
第1章では,4種類の緑地のうち,施設緑地や道路緑地に比べて,住棟緑地と公共緑地の出現頻度が 高いという傾向を把握した。また,緑地に対する住棟の隣接性が必ずしも高くない状況とその要因を指 摘した。さらに,公共緑地に対する住棟の近接性が団地間で異なることとその要因を特定した。
第2章では,鑑賞部位による分類法で植栽樹種の傾向を把握した。高木については,対象地1で鑑葉 樹種と鑑花樹種,対象地2で鑑花樹種と鑑実樹種の頻度が相対的に高いこと,低木については,両対象 地で鑑花樹種の頻度が相対的に高いことを把握した。また,住棟の居室から緑地に対する視界の確保が 不十分となる植栽配置の可能性を指摘した。
第3章では,住宅価格に対する緑地の影響を検証した。統計上,緑地率と緑地の管理状況が価格に対 して正の影響をおよぼすこと,住棟緑地率と公共緑地率の影響が対象地1のみ認められること,施設緑 地率と道路緑地率の影響は認められないことを明らかにした。一方,不動産業者の証言にもとづき,緑 地の管理状況は価格の上昇に結びつくものの,緑地,住棟緑地,公共緑地については確証が得られず,
施設緑地や道路緑地は価格に反映されないとした。
第4章では,緑地に対する居住者の満足度を調査した。敷地内の緑地に満足している居住者は半数程 度に過ぎない状況を明らかにした。さらに,緑地に関する特性値のうち,高木の植栽密度,常緑の高木 および鑑花樹種の低木の本数,住棟エントランスから公共緑地までの歩行距離の標準偏差,緑地の管理 レベルと,居住者の満足度との間に高い相関性を見出した。
第5章では,以上の調査分析の結果にもとづき,中国の集合住宅における緑地の設計計画や維持管理 に関する知見が,緑地の量,緑地の配置,樹種,維持管理の4項目としてまとめられた。
これらの研究成果の一部は,下記の学術論文(査読付)1編および学会発表2件により,公表されて いる。
(学術論文)
金栄,村上修一(2015)北京市の集合住宅における緑地がその住宅価格におよぼす影響に関する研究,
ランドスケープ研究,78(5),539-544
(学会発表)
金栄,村上修一(2015)維持管理費から見た北京市の集合住宅における緑地の経済的価値評価,日本造 園学会関西支部大会,大阪府立大学 中百舌鳥キャンパス,2015年10月18日 金栄,村上修一(2013)北京市における集合住宅の住棟周囲の植栽に関する調査,日本造園学会関西支
部大会,大阪府立大学 I-site なんば,2013年10月27日
本論文は,中国の集合住宅における緑地について,住宅価格の上昇や居住者の満足度の向上に資する 設計計画や維持管理のあり方に一定の知見を得たものである。これらの成果は,中国における集合住宅 の緑地環境の改善に向けた研究と実践の進展に重要な貢献をするものと考える。
よって,論文審査委員会は,本論文について,博士(環境科学)の学位を授与するに値するものと認 めた。
また,論文審査委員会は,平成28年3月21日の学位論文審査報告会において口頭試問による最終試 験を実施した。試験の結果,金栄は,最終試験に合格と判定した。
論文審査および最終試験の結果,論文審査委員会は,学位申請者の金栄が,博士(環境科学)の学位 を得る資格があると認める。