博 士 ( 工 学 ) 菊 地 光 一
学 位 論 文 題 名
木 材 を 媒 体 と す る 漏 れ 電 流 に よ る 電 気 的 発 火 現 象 とそ の 抑 制
学位 論文内 容の要 旨
日本の 経済 成長は めざま しく, 技術 革新,情報化社会の進展と国民生活水準の向上に支えられ、
電気の 利用分 野は 拡大, 多様化 し,一 般家庭 にお いても ,電カ の需要 が伸 び,屋 内電気配線も複 雑 多 岐 と な り , さ ら に 使 用 環 境 の 苛 酷 化 に 伴 い , 漏 電 の 発 生 す る 機 会 が 増 加 し て い る。
日本の 一般 住宅撒 木造建 築が多 く, その屋 内電気 工事用 絶縁電 線と して, 経済的で工事の施工 が簡 便 な た め ,Fケ ー ブ ル(600Vビ ニル 平 形 外 装 ケー ブ ル ) が 多用 さ れ て いる が,工 事施 工時 のサド ル打込 作業 の欠陥 や絶縁 電線お よび配 線器 具の劣 化等に より, 木材 を媒体 として漏れ電流 が流れ ,木材 を炭 化し, 火災に まで発 展した 例は 既に報 告され ている 。ま た近年 超高圧送電線の 実用化 に伴い ,高 電界下 におい て枯死 立木に 流れ る誘導 電流に より, ある 条件の もとでは発火に 至る可 能性の ある ことが 報告さ れ,山 林火災 への 危険性 が示唆 されて いる 。しか し,木材を媒体 として 漏れ電 流が 流れた 場合の 炭化の 芽の発 生機 構,そ の成長 ,発火 に至 る過程 ,発火条件およ び発火 抑制に っい て研究 資料は 乏しい のが現 状で ある。
本研究 は, 漏れ電 流が木 材を媒 体と して,その表面および内部を貫通して流れる場合にっいて,
乾燥帯 の発生 ,微 小放電 発生, 炭化の 芽の発 生, 炭化の 進展, 発火条 件, 発火機 構等にっいて実 験的に 追求し ,新 しい知 見を得 ること を目的 とし た。
ま たFケーブ ルが 発火源 となり ,ケー ブル火 災や 建物火 災に発 展する 場合 もある ので, 特定の 条件 の も とにお いて ,Fケ ーブ ルに漏 れ電流 が流れ た場 合の発 火のパ ターン ,劣化 の過 程,劣 化 物の性 質等に っい ても実 験的に 追求し ,新し い知 見を得 ること を目的 とし た。さ らに木材に漏れ 電流が 流れ, トラ ッキン グ(ト ラッキ ングと は放 電によ って, 材料の 一部 が熱分 解し,構成成分 として の炭素 が表 面に遊 離して ,炭化 導電路 を形 成する 現象) 劣化, 発火 に至る 場合のトラッキ ン グ 抑 制 方 法 に っ い て 実 験 的 に 検 討 し , 得 ら れ た 新 し い 知 見 に っ い て も 言 及 す る 。 本論文fま ,全7章か ら成っ てい る。
第1章 は緒諭 であ って, まず本 研究の 目的を 示し ,本研 究の工 学的, 社会 的意義 を述べ 次に漏 電に よ る 電気火 災の 現状に っいて 概観し た。 また, 漏れ電 流が木 材また はFケーブ ルに 流れた 場
合 の発火 現象 にっい て,内 外の研 究の 背景を 概観し た。
本実験 の木材 試料と しては ,秋 田県産 杉材の 心材部 を主 に用い ,耐ト ラッキング性試験法国際 的 に 規 格 化 さ れ て い る 。IEC 112に 準 ず る 方 法 に よ る な ど の こ と を 述 べ て い る 。 第2章では 杉材に っい て,そ の電気 的基礎 物性 として ,電気 抵抗, 電気的 絶縁 破壊電 圧等に つ い て実験 的に 検討し ,含水 率によ る電気抵抗の変化,乾燥した杉材は優れた絶縁特性を示すこと,
絶 縁破壊 時の 放電孔 は交流 と直流 では 相違す ること を示し た。
第3章では ,交流 課電 下にお いて, 杉材の 貫通 漏れ電 流を対 象とし ,木ロ (幹 や枝の 軸に直 角 の 断面に 現れ る紋様 )面に 電極を 対向 して, 実験的 に検討 した。
すなわ ち炭化 の芽の 発生条 件, 炭化部 の成長 過程, 発火 に至る モード ,炭化部の結晶構造,電 流 ・電 圧破形 の観 測結果 等にっ いて示 した。 発火 に至る 場合, 漏れ電 流対 時間特 性はV特性 を示 す こと, また 炭化導 電路が 完成し ,発 火する 直前・ 直後の 炭化部 より 削り取った供試料の電子顕 微 鏡写 真およ びX線回折 の結 果を検 討し, 炭化部 の炭素 は, 黒鉛化 には至 らない にも かかわ らず 漏 れ電流 によ り,発 火危険 性のあ るこ とを示 した。
木材に 漏れ電 流が流 れた場 合の 発火機 構に関 して, 金原 氏等は ,木材 が漏れ電流により黒鉛化 し ,電導 状態 となり ,発火 にっな がる という 仮説を 提起し ,所謂 金原 現象は木材を媒介とする電 気 火災鑑 識の 重要な 参考と されて いた 。
本研究 では上 記金原 仮説と 異な る視点 により ,木材 に漏 れ電流 が流れ た場合の木材の発火現象 を 追求し ,課 電圧, 木材の 含水率 等によって,発火する場合,発火しない場合のあることを示し,
そ の過程 を詳 細に述 べてい る。
なお電 圧・電 流波形 の観測 によ り,炭 化部の 成長過 程が ある程 度理解 出来ること,又合水率30
% 前後( 繊維 飽和点 におけ る含水 率)で,発火発生率が他の含水率の場合より高いことを示した。
第4章では 湿潤汚 損を 受けた 杉材に ,直流 電圧 を課電 した場 合にっ いて, トラ ッキン グによ る 発 火現象 を追 求した 。
試験液 は三種 類で, 主にト ラッ キング による 炭化の 過程 ,発火 過程, 発火限界等にっいて検討 を 行った 。陽 極付近 に発生 した炭 化部 の先端 に微小 放電が発生し,炭化部tま陰極に向かって成長 し ,炭化 導電 路完成 間近に なると 陰極 付近に 微小放 電が発 生して ,炭 化導電路が完成する場合が 多 いこと を示 した。 なおそ れぞれ の試 験電圧 ,電極 間隔と 最初の 発火 に至る場合および短絡完成 に 至るば あい の試験 液と滴 下数と の関 係にっ いて述 ベ、あ る条件 下で は試験液が水道水のばあい で も発火 危険 性のあ ること を示し た。
第5章で は 杉 材 の 交 流ト ラ ッ キ ン グに よ る 発 火現象 にっい て述ベ ,く5・1〉で は杉材 が直接
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発 火 源 にな る 場 合 に っい て 追 求 し た。 <5.1・1>で は,試 験液 三種類 にっい て,炭 化の芽 の 発生 ,その 成長 過程に っいて 詳細に 検討 し,板 目面に おいて 電極を 木理 方向に対向した場合は直 角方 向に対 向し た場合 よりも 発火危 険性 が大で あるこ とを示 し,な お電 圧および電極間隔をパラ メ ー タ と し て 杉 材 の 発 火 領 域 を 示 し た 。 ま た 〈5.1・2〉 で は, 試 験 液NaClと 耐 トラ ッ キ ン グIEC 112試 験 法 の 規 格 試 験 液NHエClと の 比 較 を 中 心 に 実 験的 に 検 討 し ,試 験 液NaClは NHよClに 比 し て, ト ラ ッ キン グ破壊 が起こ り易く ,最初 の発 火に至 る傾向 が強く ,耐 トラッ キ ング 試験の 試験 液とし て有効 性があ るこ とを示 した。
次 に<5・2>では , 木 材 に 隣接 す るFケ ーブ ル が 発 火 源 とな る 場 合 を 想定 し 特 定 の 条件 の 下 で ,Fケー ブルに 漏れ 電流が 流れた 場合の 発火 パター ン,被 覆の劣 化状態 の変 化,地 絡電流 と発 火 開始 まで の時間 ,劣化 部(炭 化物 を含む )のX線回 析の結 果およ び,そ の性 質等に っいて 追求 し , あ る環 境 条 件 の もと で は,Fケー ブルの 許容電 流( 周囲温 度30℃以 下の 場合,Fケ ーブル の 軟銅 心線直 径1. 6mmの 許容電 流は ,27Aで,30℃をこえる場合は電流減少係数を乗ずる。)以下で も発 火危険 性の あるこ と,お よび劣 化生 成物は 大気中 で水分 を吸収 し, 電気抵抗が低下すること を示 した。
第6章で は,発 火に密 接に関 係のあ る木 材の漏 れ電流 による トラ ッキン グ抑制 にっい て,主 に 交流 課電の もと で,実 験した 結果に っい て述べ ,シリ コーン ・コン パウ ンドは塗布厚さを大にす るこ とによ って ,トラ ッキン グ抑制 効果 を期待 できる こと, またエ ポキ シ樹脂を主成分とした無 溶剤 性コイ ル含 浸用ワ ニスは その塗 布に よルト ラッキ ング抑 制効果 が顕 著であること,および漆 を塗 布した 試料 は発水 性は高 いにも かか わらず ,微小 放電に よって 可燃 性ガスを発生し,数秒後 に ト ラ ッ キ ン グ 完 成 , 発 火 に 進 展 し , ト ラ ッ キ ン グ 抑 制 効 果 の な い こ と を 示 し た 。 第7章 で は 本 研 究 で 得 ら れ た 主 要 な 成 果 と 工 学 的 意 義 に っ い て 要 約 し て い る 。
学位論文審査の要旨 主 査 教 授 田 頭 博 昭 副査 教授 長谷川 淳 副査 教授 長谷川英機 副 査 教 授 林 治 助
わ が 国 の 電 力 需 要 の 増 大 と と も に , 漏 電に よる 火災 発 生の 機会 が増 加 して いる 。 本論文は,漏電火災の主因をなすと考えられる,漏れ電流が木材を流れる場合の発火の条件,
発火の機構等にっいて実験的に解明するとともに,屋内電気工事用絶縁電線として多用されるF ケーブル(600Vビニル平形外装ケーブル)に漏れ電流が流れた場合の発火にっいても実験的に 研 究 を 行 っ た も の で , 主 要 な 成 果 を 次 の よ う に 要 約 す る こ と が で き る 。 第1章は緒論で,本研究の目的および工学的,社会的意義にっいて述べ,漏電による電気火災 の現状を概観し,漏れ電流が木材またはFケーブルを流れた場合の発火現象に関する研究にっい て,内外の文献をもとに概観している。なおっ本研究では,秋田県産杉材の心材部を主に用いて いること,耐トラッキング性試験法は国際規格であるIEC 112に準ずる方法をとっていることを 述べている。
第2章は杉材の電気的基礎物性である電気抵抗,電気的絶縁破壊電圧等にっいて実験的に検討 し,含水率による電気抵抗の変化,交流と直流における絶縁破壊時の放電孔の相違等を明らかに している。
第3章は交流課電下の杉材に漏れ電流が流れる場合にっいて,木□面に電極に対向配置して実 験を行い,炭化の芽の発生条件,炭化部の成長過程,炭化部の結晶構造,電流電圧波形等の観測 結果を示すとともに,発火に至る場合,漏れ電流対時間特性はV特性を示すこと,炭化部の炭素 が黒鉛化に至らないにも拘らず漏れ電流により発火危険性のあることを明らかにしている。とり わけ後者の知見は,従来の電気火災鑑識の重要な参考とされたいわゆる金原現象,すなわち木材 が漏れ電流により黒鉛化し発火にっながるとする仮説,に疑問を投ずるものであり,きわめて重 要である。さらに,炭化部の成長過程が電圧電流波形からある程度理解可能であること,繊維飽 和 点に相当する含水率30%にお いて発火率が最大となるこ と等の貴重な知見を得ている。
第4章では湿潤汚染を受けた杉材に直流電圧を印加した場合にっいてトラッキングによる炭化 の過程,発火過程,発火限界等を3種類の試験液で実験した。典型的ナょ炭化導電路の形成は,ま
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ず 陽極 付近に 炭化部 が発生 し, その先 端に微 小放電 が生じ ,炭 化部は 陰極に向かって成長し,完 成 間近 にナょ ると陰 極付近 に微 小放電 路が発 生して っいに 炭化 導電路 が完成にいたることを示し た 。ま た条件 によっ ては試 験液 が水道 水であ っても 発火に 至る ことが あることを明らかにしてい る 。
第5章では 交流電 圧印加 下にお ける 卜ラッ キング による 発火 現象に っいて 述べて いる。 杉材に っ いて は,板 目面に おいて 電極 を木理 方向に 対向し た場合 は直 角方向 に対向した場合よりも発火 の 危険 性が大 である こと, 電圧 および 電極間 隔をパ ラメー タと して発 火領域を特定しうることを 明 らか にする ととも に,Fケー ブルに っい ては, 許容電 流以下 でも発 火の 危険性 を持つ 条件が 存 在 する こと, 漏れ電 流によ る劣 化生成 物は大 気中で 水分を 吸収 し電気 抵抗を低下させることを明 ら かに してい る。
第6章では 木材の 漏れ電 流によ るト ラッキ ングの 抑制法 に関 する実 験的研 究を行 い,シ リコー ン コン パウン ドは塗 布厚を 大に する事 によっ て効果 が期待 でき ること ,工ポキシ樹脂を主成分と す る無 溶剤性 コイル 含侵用 ワニス塗布は効果が著しいこ と,また漆を塗布した試料は発水性は高 い にも 拘らず ,微小 放電に よる 可燃性 ガス発 生によ り抑制 効果 のない こと等の重要な知見を得て い る。 第7章 は結 論であ って, 本研究 で得 られた 主要な 成果と 工学的 意義 にっい て述べ ている 。 これを 要する に、本 論文 は電気 火災の 主要な 原因 である 木材等 を流れ る漏れ電流にもとづく発 火 の条 件,発 火の機 構、そ の抑 制法等 にっい て実験 的に解 明を 行い有 用な知見を得たものであっ て ,電 気設備 工学, 火災学 に貢 献する ところ 大なる ものが ある 。よっ て著者は,博士(工学)の 学 位を 授与さ れる資 格ある もの と認め る。