博 士 ( 教 育 学 ) 亘 理 陽 一
学 位 論 文 題 名
外国語としての英語の教育における文法的知識を 形成する領域の教育内容構成に関する研究
一語用論的原理に基づく比較表現の指導一
学位論文内容の要旨
本 研 究 の 目 的 は ,学 校 教育 の一 環と して の外 国語 とし ての 英語 の教 育に つい て ,言 語学 的研 究 の 成 果 に 基 づ ぃ て, 状 況に 応じ た適 切な 使い 分け の理 解が 得ら れる よう な比 較 表現 の教 育内 容 と そ の 順 序 構 造 を明 ら かに し, 外国 語と して の英 語教 育に おけ る文 法的 知識 を 形成 する 領域 の教育内容構成に有効なアプロ ーチを示すことである。
ま ず , 学 校 教 育 の 一 環 と し て の 外 国 語 と し て の 英 語 の 教 育(Teaching English asaForeign Language, 以 下TEFLと 略 記 ) の 目 的 を , 英 語 で の 言 語 的 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョン 能 カの 形成 と設 定 し ,SLA研 究 に お け る 「 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 能 力 」(Communicative Competence,CC)論 に 基 づ くTEFLの カ リ キ ュ ラ ム の 基 本 的 問 題 を 指 摘 し た 上 で , 本 論 に お け る 文法 指 導の カリ キュ ラ ム 上 の 位 置 づ け を 明 確 に し た 。 具 体 的 に は , こ れ ま で の 代 表 的 なCC論 の批 判 的検 討を 通じ て , 第 二 言 語 と し て の 英 語(English asaSecond Language,ESL)環 境 を 中 心 と す る Communicative Approachの 教 授 法 に 強 い 影 響 を 与 え る こ れ ら の 枠 組 み の 背景 に 「技 能」 重視 の 能 力 観 が あ る こ と, そ のた めに そこ での カリ キュ ラム が全 体と して 「行 為に 基 づぃ て」 構成 され て いる こと を指 摘し た。 本論 では ,Lyons(1996)に よる competence と performance の 理 論 的 再 考 に 基 づ ぃ て ,TEFLに は , 使 用 行 為 を 重 視 し た 領 域 と は 別 に ,言 語 体系 の知 識の 明 示 的 形 成 を 中 心 と し た カ リ キ ュ ラ ム 編 成 が 必 要 で あ る こ と ,CC論 か ら の知 見 とし てそ の両 者 の 問 に 方 略 的 知 識を 置 くべ きこ とを 論じ た。 加え て, 言語 体系 の知 識の 明示 的 形成 につ いて は文 法 的知 識と 語用 論的 知識 の形 成を それ ぞれ 異な る領 域が 担うカリキュラムを肯定しつっも,
文 法 的 知 識 を 形 成 する 領 域の 教育 内容 は, その 規則 の語 用論 的動 機づ けに 踏み 込 んで 使い 分け を 明 示 的 に 学 習 す る よ う な も の と し て 具 体 化 さ れ な け れ ば な ら な い こ と を 論 じ た 。 次 に , 語 用 論 的 側面 を 考慮 した 教育 内容 構成 の基 盤と なる 枠組 みに つい て考 察 した 。ま ず,
既 存 の 枠 組 み で は 言 語 使 用 の 諸 側 面 を 十 分 か っ 原 理 的 に 説 明 で き な ぃ こ と を 指 摘 し ,Grice
(1967[1989])の発話の意味の モデルにおける「一般的会話の含意」(Generalized Conversational ―152−
Implicatures)が,ある表現の意味や使い分けを理解する際に有効な概念であることを論じた。
次にneo‑GriceanのHorn (1984,1989)とLevinson (2000),そして関連性理論によるGrice (1967[1989l)の一般原理の最定式化を教育内容構成の観点から検討し,より単純で包括的な説 明が可能であることが見込まれるHorn(1984,1989)のニ原理を本論における教育内容構成の 基盤的原理として採用した。
以上の考察を踏まえ,教育文法の概念に基づぃて文法(指導)研究において考察が必要な先行 研究のレベルを区別した上で,主にHuddleston and Pullum (eds.) (2002)およびHuddleston and Pullum (2005)に基づぃて英語の比較表現の構造上・意味上の特性を整理し,教育内容構 成を具体的に論じた。本論では比較表現を,話題となっている事物のある特性を取り上げて,
言語的・非言語的に話し手と聞き手に共有されている(と話し手がみなす)事物・集合を基準 に,その関係を明示的に示す手段であると定義し,従来の比較表現指導の問題点として,各比 較表現相互の関係および類似表現の使い分けが明らかではなかったことと,比較節の構成・省 略法についての説明が不十分であったことを指摘した。次いで,上で採用した語用論的原理に 基づぃて,仮説的に比較表現の教育内容の順序について全体構造を構想し,その内,従来の指 導上の問題点の特に前者を解決するために,従来の指導では使い分けを考える機会が乏しく,
不 正 確な 訳 語 が 与 え ら れ て い る 場 合 さ え 見 ら れ る尺 度的 項比 較の 順序 構造 を論じ た。
この順序構造に基づぃて,命題的意味の同一・類似性を基本的な足がかりとして,より一般 な表現の使い分けを問うものから,特殊な表現の使い分けを問うものへと問題を配置した授業 プラン「比較表現の比較・検討」を作成し,2007年1月に大学において実験授業を行った。
ここでの一般・特殊という判断は,「同じ意味領域を覆う2つの表現があるとき,より簡潔で
/か語彙化されている表現は無標の,ステレオタイプ的な意味・用法・状況と結び付けられ,
より複雑ないしは冗長な表現は有標の意味に結ぴ付けられる傾向がある」という語用論的原理 に基づくものである(Horn 1989: 197; 2004: 16;加藤2005:167)。具体的には,授業プランを 次のように構成した。
i. 〔問題1〕形容詞の相対的用法と絶対的用法
ii.〔問題2〕 ‑er than の「差の明示」と as…as の意味 111.〔問題3〕 ‑er than と not as…as の使い分け Vl.〔練習問題1〕
1V. 〔問題4〕 not ‑er than と not as…as の使い分け
v. 〔 問 題 5] no ‑er than の 意 味 と as…as と の 使 い 分 け Vl〔問題6〕 less…than の意味と他の表現との使い分け
Vll.〔練習問題2〕
実験授業の分析からは,「語彙によって示される尺度上の相対的な関係」という中心的な比較 表現の特徴の理解を学習者が十分には持っていないこと, as…as の命題的意味とそれを用 ―153―
いる語用論的動機づけを分析・総合する扱いが必要であること,それが not as…as の意味・
用法について体系的な理解を与えるためにも必要であることが明らかになった。そこから,必 要な〔練習問題〕を配置し,〔問題〕として相対的用法と絶対的用法をより分析的に問い, as
…asとの十分な対比候補とするために not ‑er/ more than との対比で no ‑ermorethan の意味を明確にするという改訂案を提示した。
授業全体として学習者の支持を受け,教育内容の順序構造も大筋で妥当なものだと判断でき る一方で,授業展開からは少なくなぃ課題も見出された。しかし,「文法」と「コミュニケーシ ヨン」を安易に対立させるか,妥協的折衷案を論じるにとどまる議論が少なくない中で,具体 的な状況・文脈での使い分けの明示的な学習を通じて文法概念を形成することを意図した本論 の 授 業 プ ラ ン は , そ の 克 服 の 試 み と し て ー 定 の 有 効 性 を 示 せ た と 考 え る 。
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学位論文審査の要旨
主 査 准 教 授 大 竹 政 美 副 査 教 授 須田 勝 彦
副 査 教 授 上田 雅 信 ( メ デ イ ア ・ コ ミュ ニケ ー シ ョ ン 研 究院 )
副 査 教 授 町 田 佳 世 子 ( 北 海 道 東 海 大 学 国 際 文 化 学 部 )
学 位 論 文 題 名
外国語としての英語の教育における文法的知識を 形成する領域の教育内容構成に関する研究
一語用論的原理に基づく比較表現の指導一
本 論 文は 、 学 校教育 の一環 としての 外国語 としての 英語の教 育にお ける文法 的知識 を形成 する 領 域 の教 育 内容 構成に 有効なア プ口ーチ を示す ことを目 的とし ている。 教育内 容の具体 例と し て は、 中 学・ 高校で 学ぷ内容 として大 きな位 置を占め るもの でありな がら、 これまで 形容 詞 ・ 副詞 の 形式 的側面 に集中し 、語用論 的側面 への配慮 を欠く ことに起 因する 指導上の 問題 が 多 く見 ら れる 文法概 念である 比較表現 を取り 上げてい る。言 語学的研 究の成 果に基づ いて 、 状 況に 応 じた 適切な 使い分け の理解が 得られ るような 教育内 容を構成 し、そ の教育内 容 を 担 っ た 授 業 プ ラ ン を 作 成 し 、 実 験 授 業 に よ る 評 価 を 試 み て い る 。 本論文の 成果は 次の六点 にまと められる 。
第 一 に、 「 コ ミュニ ケーシ ョン能力 」に関 する諸理 論の批判 的考察 を行なっ たうえ で、大 竹政 美 と 町田 佳 世子 の英語 教育の教 科カリキ ュラム 論を修正 ・発展 させてい る。言 語的コミ ユニ ケ ー ショ ン 能カ の形成 を目的と する英語 教育の カリキュ ラムを 、文法的 知識を 形成する 領域 ・ 語 用論 的 知識 を形成 する領域 から成る 言語的 諸能カの 積み上 げと、言 語的諸 能力(の 総 体 ) の 運 用 と の 往 復 運 動 を 方 略 的 知 識 が 橋 渡 し す る も の と し て 提 出 し て い る 。 第 二 に、 語 用 論的側 面を考 慮した文 法指導 を無限定 な要請と するの ではなく 、「一 般的会 話の含意 」を説 明する語 用論的原 理を基 盤とした 教育内 容構成のアプ口ーチを考察している。
新グライ ス学派 のHom. とLevinson、お よびSperber and Wilsonに始まる 関連性 理論が提案し て い る 原 理 の 有 効 性 を 検 討 し た 結 果 、HomのQ原 理 とR原 理 を 採 用 し てい る 。 質の 格 率 を 前提 と し て、 前 者は 情報内 容の十分 さという 「下限 」を聞き 手の側 に保証し 、上限 規定の含
意をもたらし、後者は必要最小限の形式を「上限」として要求し、下限規定の含意を引き出 すために用いられる。この二原理が、比較表現だけでなく、否定表現や数量詞を含む文法諸 概 念 の 教 育 内 容 構 成 に お い て も 有 効 性 を 発 揮 す る こ と を 示 し て い る 。 第三に、言語学と教育実践の仲介役を担うものとして提起された「教育文法」の概念を導 入することによって、高村泰雄の「認識過程としての教授過程の基本構造」を修正・発展さ せている。高村の理論では、科学教育空間に位置づけられている教育内容の構造は、現代科 学空間に位置づけられている現代科学の構造を「すべての子どもに理解可能な順序」という 原理で再構成したものとされる一方、教育内容の構造は現代科学の構造の正確な射影でなけ ればならないとされる。教育文法は、さまざまな科学的記述をふるいにかけ、それらを文法 的デー タが用い られる実 践的状況 に関係づ けるのに 役立つ「濾過器」または「境界面」
(Stem)であっ て、教育 を目的と して独自 の体系を 有するも のであることが強調されてい る。っまり、教育文法を、科学教育空間に位置し、教育内容の前段階を成すものとして、現 代 科 学 の 構 造 か ら の 組 み 換 え の 結 果 も た ら さ れ る も の だ と し て い る 。 第四に、文法指導の教育内容の構成原理を、比較表現に即してではあるが、一般的な原理 として抽出している。それは、「各表現の構造を特徴づける有標性の諸性質(統語論的・意 味論的・語用論的)を区別し、無標のものから先に扱う」という原理と、「ある対立を扱う 時には他の対立を固定しておく」という原理である。
第五に、比較表現を意味論的カテゴリーと捉えたうえで、比較表現、特に尺度的項比較(甜…
as,‑er thanなど)の教育内容の順序構造を、反意形容詞や否定、lessを介した相互関係に配 慮しながら提示している。このように、英語の比較表現が、整合的に定式化できる体系性を 持ったものであることが学習者に理解可能であるように教育内容を構成したことは、きわめ て独創的である。
第六に、教育内容の順序を問題、解説(比較表現の図式を活用している)、練習問題のレ ベルに具体化した授業プランを作成し、その授業プランを大学一校で実験授業にかけて、授 業過程および授業後の感想・定期試験の解答の分析によって評価し、授業プランの改訂点を 具体的に示したうえで、改訂授業プランを作成している。具体的な状況・文脈での比較表現 の使い分けの明示的な学習を可能とする授業プランを作成したことの教育上の意義t£kきい。
以上のように、本論文は、英語の比較表現の指導過程を実験的に解明し、すぐれた授業を 実施可能とする授業プランとして提示しており、外国語としての英語の教科教育研究および 教育方法学的研究として高く評価することができる。
よって著者は、北海道大学博士(教育学)の学位を授与される資格があるものと認められ る。