482 ーークコ,一
環境破壊問題への第一次的接近*
掘 江 義
江戸の荻生狙殊の門下に,服部南都という人は「大方今の学者ほ紙上の空談 に.て,山川をありきたることも無く,属の情合をも知らずして人を治めんと恩 ふは,にがにがしきこ.と也。」と言ったという。環境破壊問題という,すぐれて 現実的な生々しい問題を取り上げるに当って,我々ほ,すぐさますぐれた処方 箋を出すぺく効をあせってほならない、,と同時に.単に・これを経済学の≒題材≒
として:topicalな研究の課題とするやり方もまた排斥したい。
(1) 環境破壊もしくは公害という概念でとらえられる現象ほ,必ずしも今日に始
じまるものでほないが,しかしすぐれて今日的な課題を与えていることも疑い
ない。
これを,伝統的な経済理論に.従うならば外部性(externality)の問題として
(2)
考えることができる。私企業の自由な生産活動をたてまえ.とする資本主義社会 に.あっては,各々の企業は利潤追求動機によって生産を行い,鋭得勘定をな す。この企業に.とって,彼が自己の内部に於て生産規模の拡大や技術進歩など により費用を引ざ下げる場合は内部経済(internaleconomies)の利益であり,
−・方彼自身は何等貢献していないにもかかわらず外部からの経済の恩恵に浴す る場合は外部経済(externaleconomies)の利益を得ている。とこ・ろで企業
*小論は私の,京都大学経済研究所における建元正弘教授のもとでの研究課題の一つであ り,次の論文を基としている。T小Horie, A Preliminary Study Onthe Problemof
EnvironmentalDisruption,,Discussion Papar No.039,KyotoInstitute of Economic Res占aI・Ch(1970,Oct,)
(1)これはIntemationalSymposium On EnviIOnmentalDisIuptionIn the ModeIn WoI1d(1970,M卑ⅠCb.Tokyo)において一橋大学の都留蛮人教授の使われた
environmentaldisruptionに対応させた日本語であり,私も以下この言葉を用いる。
r2)「外部性」の適切な説明については,菱山泉「外部節約の箱」(『経済論叢』第83巻,第 5・6弓),鎌倉昇「外部節約について−」(『経済論設』第83巻,携3宅)などを参贈された い。
環境破壊問題への第一次的接近
483 一一 ヱ3 一
とって外部から受ける影響がプラスであるとは限らず,かえって−損害をこうむ る場合もあり,とれが外部不経済(externaldiseconomies)と呼ばれる。企業 であると消費者であるとを問わず,社会一般に好ましからぬ影響を及ばす公害 は,かくて外部不経済の問題と見倣される。
外部性の発生源として企業を見るならば,各々の企業は,これから生じる外 部経済は内部化するこ
り減らすこ‥とはあり得ず,それゆえはき出されて顧りみられない「不経済.」
は被害者に於ける費用の増大として現れる?
このように私企業が外部不経済を内部化するincentiveを持たず,それが環 境破壊の原因になっているとすれば,環境破壊防止のために.どのような対策が 望ましいか。そのためにほ前もって,何をもって虹会にとって最適となすかの 基準が要請される。
ここ紅用いられる基準は従来のPaI・etO最適の概念そのものであり,このこ
($)
とは私が考察の範囲を,村上泰亮氏(〔5〕)の分類紅従えば,第一・水準に.限定 したことを意味する。さらにこの物差の対象たる公害についてごは,これを結合 生産物として取扱う。こうすること把よって,環境破壊問題へ・の接近の第一・歩
として,ここでのねらいは.,まず現象の本質規定を試みることであり,次いで そこから取られるべき対魔の方向を導きだすこ.とである。その場合,環境破壊 の具体的形態としては.,形式的に・次の四つ紅分けられる。
〔発生源〕 〔被害者〕
(1) 生産者 消費者
(2) 生産者 生産者
(3) 消費者 消費者
姓) 消費者 生産者
(3)公賓の問題を取り上げるに.当って村上泰亮氏ほ,議論を三つの水準に分けておられ る。すなわち,第⊥・の水準:資源配分の問題,第二:所得分配あるいほ資産分配の問題,
第三:新しい社会の選択という問題。このような分類が可能かどうかの問題もまた存在 する。
飴43巻 第5−弓 484
−− 24 一
これらのうら,私の関心は全ら(1)のケースにあり,それゆえ以下の考察償・お いては(1)が状況として想定されている。
1
環境破壊は,私的企業による利潤追求を目的とする生産活動の副産物である0
何らの使用価値をも香しない励が商品となるはずはなく,また初めから非商 品(discommodity)の生産を目的とする企業はない。従って−,非商品は必ず 商品との結合生産物として生じると考えるととができる。そこで今,私的財Ⅹを 生産しているある産業が公害の源であるとすれば,この産業はⅩと同時に負の 効用を持つ公共財Yを生産していると見徹しうる。この産業はM個の企業から 成り立ち,各々の限界贋用曲線をC£=げ(・彩り:(が=企業−.グの生産乱写・が=・わ
7
とすれば,この産業の限界費用ほ次のように・して得られる0
∬メ=/./■▼1(c諾)
早見′=与ノ./■ ̄1(cぷ)
1 7
右辺ほ巌の関係であるからノー ̄1(cだ)とおけは ガ=./し1(c)
ゆえに,求める限界費用C鍔は
C影=…代方) (1.1)
yを生産するために附加的歯用ほ要しないから,(1・1)ほ結合生産物(ズ,y)を
しl〕
生産するためのこの産業に於ける限界費肝でもある0
(4)結合生産物(ズ,y)の費用をC=C(・方,γ),。γ=タズ(γ=定数)と表わすならば,
dC= 年q・れ
∂∬ ・d・γ
=C∬♂.方+C.γd.γ
= C.方d方【卜γqγd.方
従って芸.賢一=C・頼タrC・γ
嚢墟破壊尚超への籍一・次的接近 −2ぷ − 485
一一・カ■,この生産物(Ⅹ,y)に対する社会の総需要に.ついて考えよう。消費財 を私的財と公共財とに.分けることにより,消費者一之■の効用関数は
〟乞=αi(…∬名,‥,…・.γi,‥う
−−一一 ▲\/一‥/ \【 、、「−
(ユ.2)
私的財 公財
去=1…エ(エ:消費者数)
ここに.方£,.γiほ消費者一紙よってj肖費される・方,。γのそれぞれの鼠である。私的財
Ⅹに.ついては.,与えられた所得水準の下での効用極大化の手続きを経ることに より,容易に需要関数を導くことがで
ク走=か拓(∬)又ほ.㌃=か影 ̄1(如)(1.3)
しかし・−・方,公共財yに.ついてほ手続きはやや異る。効用極大イヒの結果,消
(5) 費者一彦ほ彼の需蟄γ乞=.γを次のように表現する0
γ乞=豆.γ(あi)
あるいはこの逆関数をとって
孟=が1(〝り=が1(.γ)
この関数をよ=1から∠〒エまで加えることにより
写少£y=享がi(グ)
も も
右辺ほ.仇(一γ)とおける。左辺ほy財の価格あ濫等しい。従っモ
A′=Dさ′(),) (1.4)
(5)公共財をこのように定義したのはP.A巾Samuelson(〔−7〕)であるが,これは確かに
OnepOlar caseである。eXClusio王1principleの観点から,より−・般的な財の分類を行え ば,
γ=し」一γよ
g
yl/\y)=0ならば.yはpuIe private goods,.yi/y)=.ytニ.yjならば.yほpure public goods となる。
第43巻 弟5号
−26 − 486
し6、
これが公共財yに激する総需要関数である。(通常の需要関数はグ=∂y−1(あ)の 形で表現される。)
(7) かくて結合生産物(ズ,y)=(Ⅹ,γズ)に.対する絵需要関数は
♪=ク∬+㌢あ=∂缶(∬)+デかy(グ)
.γ=γ.方
(1.5)
さて,我々ほ.次のような重要な命題をすでに.知っている。即ち,すべての競 争均衡はパレ−ト最適であり,またすべてのパレート最適は競争均衡である。
この命題を結合生産物の存する経済に.適用することにより,次の新しい結論に たどりつく′。
2
9
環境破壊は過剰生産のもたらす」−・帰結である。
この虚業の供給曲線は(1.1)で与えられる。・一方需要曲線ほ.(1.5)で与え られているので,こ.の両者の交点の産出量が最適水準(ガ*,.γ*)を示す0 しか し,こと.で我々は.公共財yに.対する需要曲線かy(グ)の特異性に注目したい○公 共財yほ,市場の価格メカニズムに・よってほ処琴され得ないかつ負の効用を持 つ非商品である。それ奴企業は,社会的には考慮すべきであるはずの需要かγ
(.γ)ノを無視するので,現実に生産される水準はGとか∬(∬)との交点の産出量
(・宕,腎)となる?ここで単純化のためγ=1 れない),ズ*及び勃はそれぞれ次式を満たす○
∂∬(∬*)+仇(∬*)−G(∬*)=0
βα(.宕) −C拓(虎)=0
(6)こかはP.A.Samuelsonのいわゆる疑似需要関数(pseudo−demandcurve)である。
誰か一人でもfalsesignalを送るかぎり,この関数の患的推定が不可能にさかてしまう 種のものである。
(7)J.M.HendersonandR.E.Quandt,小宮隆太郎訳「現代経済学」pp・95−96・
− 27−
環境破壊問題への弟一次的接近
487
それゆえがく元が成立するこ.とを示せほよい0
カ1(.方)=β黒(.方)−C慮(わ, 〝1(∬)<0 ゐ2(.∬)=∂y(.方) ゐ′2(・方)<0
毎(.ガ)=ゐ1(Ⅹ)+ゐ2(・方)
とおけは
ゐ1(.嘉)=0
な3(が)=0 机(・方)<O
yほ負の効用をもつから
ゐ2(.方)く0, for any・方 従って ゐ3(.宕)=ゐ1(.愛)十ゐ2(・嘉)=ゐ2(一嘉)く0
(2.2)及び(2.4)によりがく・愛。かくて現実の生産水準は必ず最適水準を超 過する。ここで用いられた過剰生産とほ.このような意味に於でである0
3
発生者負担原則:完全補償は∴a卯βわー故適である0
第43巻 寮5弓 488
− 2∂ −
競争均衡即ちPa工・etO最適性という命題ほ→ 公共財,なかんずく負の効用を 持つ公共財,の存在に.対しては重大な譲歩をせまられる。このような財の存在 ほ,むしろ何等かのコントロール機構があって初めてPar・eto最適が達成され ることを示す。Government−AssistedInvisible Handといわれる所以であ
(8)
る。
今ここに何等かの管理機構を想定し,これが−・方で財yに対する社会的需要 を正確にとらえ,他方でそれにちょうど見合うだけの補償額を企業から租税の 形で徴収するものと塀定しよう0完全補償額は−・βy(・軍)・方であるからそれをす べて租税から捻出するには
−−かy(∬).方=才.方 才=−かy(.ガ)
よ−.β.
(9)
が成立しなければならない。ここに才は税率を表わす。この税率に対応して,
産業の新しい限界費用曲線は−かy(.方)+Cα(∬)となり,これがか諾(.方)と交差す る所で現実の産出遠慮が決まるから,
βぉ(.嘉)=−βy(.宕)十G(.嘉)
従って か。(.嘉)−G(.嘉)+かy(.嘉)=0 即ち ゐ1(.斎)十ゐ2(カ=0 ゆえに ゐ3(.宕)=0
これほ(2.2)式そのものに.他ならない。かくて.熟=.方*が証明された。このこ とほ,政策が実現可能かどうかの問題と一応切り離して,発生源の負担に於て 環境破壊の被害者に完全紅補償をなすならば,そこでほ.paI・etO最適が実現す るという原則を明らかにするものである。
企業に対する課税はもうl−・つのincentiveを生ぜしめる。社会にとっての被
(81see〔4一〕.
191必ずしも税率オが産出鼻.れ忙応じて可変的であることを要しない。タ=「恥(∬*)に固 定すればよい。
環境破壊問題への第」・次的接近 ーごご)■・・・・
489
害が大きけれほ大きいほど企業の租税負担が大きくなる,というこの原則ほ,
企業が租税を支払うよ.りもy財の生産を防止する方佐賀用を向けさせるかも知 れない。このような企業行動は社会的に.どのような意味をもつであろうか。
4
発生源に於ける完全防止ほPareto最適である。
これほむしろ自明の命題である。なんとなれば,y財の生産を完全把.防止す ることほ鹿合生産から単一巷産に変ることを意味し,その瞬間から厚生痙済学 の基本命題がよみがえるからである。その時Ⅹ財への影響ほどう、なるかについ て簡単に触れておこう。完全防止鱒よって産業の限界費用曲線ほ上方にシフト して,それはgの価格を上昇させる。従って産業の負担に於ける防止費用ほⅩ 財の価格上昇を通じてⅩ財の需要者に転嫁されている。もしそ・れに・よってⅩ 財の需要盈が大幅把減少したとしても,それほ社会がズ朗をそれほど欲してい 酎、という社会の速好の状態を示しているのであって,Par・eto、最適性そのも のに.は何等影響を与えるものではない。しかし同じく完全防止を実現させたと してこも,もしこ・れを被害者の負担に・よって行ったとすれほやはり社会的に最適 であることを主張しうるであろうか。こ.の場合ほ所得の再分配が行なわれてい るのであるから,PaI・eto最適の前提条件そのものが崩される。従って,この ケ−スに於ける最適性を吟味するために」は,我々は新しい基準を必要とする○
5
ここに私ほ.,疑似需要関数を用いるこ.とにより,環境破壊現象について若干 の基本的性格を示した。これらの結論は現在行われつつある,あるいは将来具 体化されんとしている,諸政策の方向と必ずしも丁・致しない。
防止対策の費用負担を誰がすべきか,という問題は必然的に所得再分配の問 題にかかわり,これほ村上泰亮氏のいわれる第二水準の議論である。
・・J′′ 第43巻 第5▼弓 490
社会的費用という概念ほ,上の疑似需要関数に含まれうる。疑似需要関数に は物理的被害と精神的被害との両方が含まれているが,社会的費用ほこの曳ち の物理的被害紅対応づけられよう。
さらに,環境基準の経済学的意味に.ついて触れたい。疑似需要関数が物的並 びに心理的負担を反映するものである以上,環境基準が科学的根拠に.基づいて 設定される限りに・おいて,それほ関数βy(プ)の形状に.影響を与え.る。基準が プ=.γ0を水準として規定したとすれば,かy(.γ)は.γ干γ0で屈折するだろう。この
ことは上の我々の分析に.本質的な修正を加えない。
最後紅注釈として追加したいことほ,環境破壊問題はきわめて今日的な問題 であるにもかかわらず,ここでほ競争市場が仮定されていることである。それ ゆえ上の結論を直ちに現実に適用することはさしひかえられねほならない。
参 考 文 献
1・Arrow,Ⅹ.J.and Scitovsky,T.ReadingsinlVel.fdYeEconomics 2・青木昌彦「公共経済学の課題」,建元年弘・渡部経彦編『現代の経済学2』日永
経済新聞社。
3・Besson,J・F・ Centralisation etDecentralisationl−LepIOblem des biens CO11ectifs− ,Revue Economique.No.4,1966.
4.Davis,0.A.and Whinston,A.B. On Externalities,Informationandthe GovernmentAssistedInvisible Hand,,,Economi ca)August1966
5.EnvironmentalPollution「週刊東洋経済」1970,10月14日 6.黒岩洋昌「厚生経済理論」創文社
7JSamuelson,P.A. The Pure Theoryof Public Expenditure,〃
0.f EcollOl)1ics Glld StatLstics,November1964
8・+ , ContrastBetweenWelfareConditionsForJointSupplyand FQr Public Goods,けThe Review ofEconomits and Statisiics,February196g 9.Turvey,R. OnDiや■ergenCeS between SocialCost and Private Cost,け
EcoJlO177i(0、August1963
10・字沢弘文「環境破壊とインフレ−ション」,『中央公論』1970年8月号。