金 沢大 学 十全 医学 会 雑 誌 第1 0 5巻 第2 号 3 0 9 ‑3 3 2 (1 9 96)
体 外肺切 除術の安全 性の確立に関 する実験 的研 究
金 沢 大 学 医 学 部 医学 科 外 科 学 第一講 座 ( 主 任:渡 辺 洋 字数 授)
松 本 勲
3 0 9
体 外 肺 切 除術 (e xtr a c o rpo r e al lu ng r e s e ctio n, E C L R) は術 後 合併 症 も 少なくなく 未だ確立 さ れ た手 技に は 至 っていな い. 本 研 究で は肺 癌に対 する E C L R の安 全 性の確立 を 目的と し て, 実 験1 では イヌ で自家 肺 同 所移 植モデル( 対 照群) と リン パ節 郭清を施 行し た部分 肺 移 植モ デル(R l 群, 肺 門リン パ節のみ郭 清; R 2 猟 肺 門, 縦 隔リン パ 節を郭 清) を作 成し,
E C L R の手 技上の問 題点と リン パ節 郭 清の影 響を検 討し た. 実 験2 で ほ イヌで左 肺の2時 間 温阻血モデルを作 成し, 再 准流 障 害に対して の冷 却 保 存, 肺血管 床 前 濯 軋 末梢 循 環不全 改善 薬の効 果を検 討し た・ 実 験1 では対 照 群ほ5頭 中4頭が長 期 生存 し, 術後 合 併 症 もほ と んど認め な か った. R l 群は 7 頭 中4頭が長 期 生 存した が, R 2 群で は 7 頭 中3頭に気 管 支 縫合不全を認 め, 2頭のみ が長 期 生 存した. R l 群と R 2 群の各1 頭で肺 静 脈 吻合 部の血栓によ る閉 塞を認め た・ 胸 部Ⅹ線 所 見におい て R 2 群では対 照 群お よ び R l 群に比べ肺水腫が強 く ∴遷延 する傾 向にあった・ 気 管支 吻合 部の気管 支 鏡所 見におい ても 対照 群お よ び R l 群に対し て, R 2 群では吻 合 部の強い浮腫を認め, 粘 膜上皮の再 生も 遅 延 傾 向にあっ た・ 気 管 支 吻合 部の健 常 部に対す る組 織血流 比は, 対 照 群で は術 後3 日 目 で6 2.6% と低 下し た が 7 日目にほ8 0.5% と 回復した・ R l 群でも 同 様に術 後3 日 目 で6 9.5% と低 下した が 7 日目にほ8 2.7% と 回復し た.
一 方, R 2 群で は術 後3 日 目で3 1.6% ま で低 下し, 7 日,1 4 日でも4 4・6% ,
7 1.0% と対 照群や R l 群に比べ血流の低 下が強か っ た. 実 験2 では温 阻血対 照 群は非 阻血対 照 群に対し て動 脈血酸 素 分 圧 (a rte rial o xy ge n pr e s s u r e,PaO2) の有 意な低 下(p <0.01). 肺血管 外 水 分量 (e xtr a v a s c ula rthe r malv olu m e,E T V) お よ び平 均 肺 動 脈圧 (m e a n pulm o n a ry a rte rialpr e s s u r e, mP A P) の有 意な 上昇 (p< 0・01) を認め た・ 温 阻血対 照 群で は病理組 織 学 的に肺 胞 中隔お よ び肺 胞 内へ著しく 好 中球が浸 潤し, 肺 胞 内水 腫 ・ 出 血 お よ び線 維 素 性 胸膜 炎を認め た■ 末 梢 循 環不全 改 善 薬投 与 群 お よ び冷 却 群では温 阻血対 照 群に対して再濯 流 後の PaO2 は有 意に高 く(p< 0・0 5),E T V の上昇 も抑 制さ れ(p< 0・01), 移植 肺 細 胞 内の A T P の減 少を抑 制 する傾 向を認め た. mP A P には有 意 差を認め な か った. 病理組 織 学 的にも 末 梢 循環不全 改 善 薬 群お よ び冷 却群で は, 好 中球の浸 潤や肺胞 内 水腰 t 出血 が抑制さ れて いた. 一 九 前 濯 流 群で は温 阻血対 照 群に対して E T V の上 昇は有 意に抑 制さ れ た(p< 0.0 5) が, P aO2 と m P A P におい ては 両群 間で有 意 差は み ら れ な か った・ 以上の結 果よ り, E C L R におい て は, 肺 静 脈 吻 合部の狭 窄お よ び 血栓 形 成をきた さ ないよう 留 意 する と ともに , 縦 隔リン パ節 郭 清によ る気 管 支 吻 合 部
の血流の低 下に対して, 気 管 支 吻 合 部の被 覆な ど吻 合 部血流を充 分 維 持 する 工夫が必 要である と考え る. ま た, 体 外での保 存 中の肺 機能 障 害や虚血後 再港 流 障 害の抑 制に対し て ほ末 梢循 環不全 改善 薬 投 与お よ び冷 却保 存は有 効である と考え ら れ た・ こ れ らの手 技, 保 存, 再 准 流 障害の問題を解 決 することによ り E C L R は臨 床上安 全に施 行できる術 式と な るものと考え る・
K ey w o rds e xtr ac o rpor e a1 1u ng r e se ction , r epe rfu sio n inJury, urin a ry try psln inhibito r・ tOplC al
c o oling, pulm onary flu shing
近 年l 肺癌 症 例は増 加 傾 向にあり, 非 小 袖 胸 痛に対しては現 在のところ外科 的 切 除が根 治性の期 待できる唯一 の治 療 法であ る, 呼吸器 外科 領 域の手 術 手技の進 歩や 周術 期 管理の発 達に伴
い
, 手術 適 応は低 肺 磯 能 患 者や高 齢 者にも 拡 大さ れて いる. し か し, 低 肺 機能 患 者に対し肺全摘 術を施 行して術後に呼 吸不 全 をきた した り, 肺機 能お よ び手技 的な問題か ら 全摘 術は 不可 能 と さ れ て外 科 的 切除 以外の治 療法が選 択さ れ る場 合もある. こ れらの症例の中には, い った ん肺を体 外に取り出し, 病 巣の存 在する肺葉を取り除いて残 存 肺 葉を再 移植 する手 技, いわゆる 体外肺 切 除術 (e xtr a c o rpo r e al lu ng r e s e ctio n,E C L R) によって 肺摘除 術を避 けることのできる症 例が存 在 する.
腎 臓領 域では腎腫 瘍に対し て体 外 切 除 術は行わ れてお り, 根 治 性の向上 と安 全性が得ら れて いるl ). ま た! 肝 臓 領 域で も そ
の臨 床 例が報 告さ れ ている2) 3 ). し か し, E C L R に関し て は国 外
で数 例の報 告を み るのみ であり, 吻 合 部 縫合不全を中心 とする 合 併 症 も 少な く なく, 未だ確立 さ れ た手 技には 至っ ていな
い4 ).
E C L R では, 出血量が少ない, 良い視 野のもとで手 術が行え る, 肺 動 脈の再 建が容易である, 病 巣を含む肺葉の切 除が容 易 であり, 術 中の癌の浸潤 範 囲や病 巣の状 態を 正確に把 捜 するこ と が できること か ら, 病巣の完 全 切除が 可能である な どの利点 がある. 反 面, 問題 点と し て は部 分肺 移 植であり肺動 静 脈, 気
平 成7 年1 2月15 日受 付, 平 成8 年2月15 日受 理
A b bre viatio n s : C I, C a rdia c inde x; E C, e n e rg y Cha rge; E C L R, e XtraCOrpO r e a1 1u ng r e s e ctio n; E T V ,
e xtra v a s c ular the r m al v olu m e; F I O 2, fr a ctio n of in spir atory o xy ge n; mP A P, m e ap pulm o nary a rterial pr e s s u r e; P aO2, a rte rial o xy ge n pr e s sur e; P W P, pulm o n a ry wedge pr e s s u r e; S O D・ S upe r O Xide dis m utase ;
U T I, urin a ry try psin inhibito r
3 1 0 松
管 支の再 吻合に際し て口径 差があり, 距 離が充 分にと れ ないな ど手 技 的に難しい こと がある. ま た, 肺 癌に対 する E C L R では リン パ節 郭清によ り吻合 部の十 分な 血行が期 待できない. さ ら に肺 容 積の減 少によ り死腔が存 在し術後 膿 胸, 空 気 漏れの遷 延 な どの合 併症の増 加が予想さ れ る. 特に肺 移 植 時のリン パ節 郭 清に関 する影響は現 在までほ と ん ど検 討さ れてお らず, 重 要な 検 討 課 題である.
一 方, E C L R で は同種 肺 移 植と異な り免 疫 的な拒 絶 反 応は な いが, 片 肺をいっ た ん体 外に取り だ し て再 吻合 する ま での間,
摘 出肺は虚血状 態に曝される. E C L R でほ 2 時 間程 度の保 存 時 間が予 想さ れ る が, 元来 機 能の悪い肺を再移 植 するので, 体 外
で の保 存 中の肺 障 害お よ び再 彊 流 障 害を抑 制 する必 要がある. そこで著 者ほI E C L R を肺 癌に対して の安 全な術 式と し て確 立すること を目 的と し て, 第 一 にイヌ で自 家肺 同所 移 植モデル とリン パ節 郭 清を施 行し た部 分 肺 移 植モデルを作 成し, その比 較 検 討か ら E C L R の手 技上の問題 点と リン パ節郭 清の影 響を 検 討した. 第二 に, イヌ で左 肺の2 時 間 温 阻血モデルを作 成 し, 冷 却 保 存, 肺血管 床 前湾 流, 末 梢 循 環不全 改 善 薬投 与に よ る肺の体 外での保 存の問 題お よ び再 濯 流 障 害の抑制 効 果を検討
し た.
対 象 および方 法
Ⅰ. 実 験 1 1 . 実 験 動 物
体 重8.5〜1 6 kg( 平均1 2,8 kg) の雑 種の成 熟イヌ1 9頭を使 用し た. 塩 酸ケ タ ミ ソ(三共, 東 京)1 0m g/kg お よ び硫 酸アトロ ピ
ン(田辺, 大 阪)0.0 2m g/kg の筋 肉 内在 射によ る麻 酔 導入後, 肘 静脈に点 滴 路を確 保した. 気管 内挿 管 下に臭 化パ ン クロ ニウム (三共) 0.1mg/kg を静 脈 内 注 射し非 動 化し た後, 人工呼吸 器 (Ha r v a rd ap pa r atu s6 1 3,M a s s a chu s et ts,U S A ) を用いて調 節 呼 吸を行った. 換 気回数を 20〜2 5/分, 1 回換気 量を 2 5ml/kg( 片 肺 換 気 時は 1 5ml/kg) に設 定し た. 術 中は吸入気 酸 素 濃 度 (fr a ctio n of in spir ato ry o xy ge n,FI O2) を 5 0 % (F I O2 =0.5) と し た. 維 持 麻 酔と して ベ ン トパ ル ビ タ ー ルナト リ ウム ( ダ イナ
ポッ ト, 大 阪)3 0m g/kg と臭 化パ ン クロ ニ ウムを適 宜 静 脈 内注 射し非 動 化状 態で実 験を施 行し た, 術後は自 発 呼 吸が再 開 する ま で人工呼 吸 管理 を行い, 呼 吸 状 態に問題が ないと判 断し た時 点で抜 管し た. 術 中, 術 後にはセフ ェ ム系 抗 生 剤を点 滴 静 脈 内 注 射し た.
2 . 自 家肺 移 植モデル の作 成 1) 対 照群
対 照 群と して5 頭に左 肺 同 所 移 植を施 行した. イヌ は右 側 臥 位に し, 左 側 胸部に皮膚切 開を行い, 僧帽 筋, 広 背 筋, 前 鋸 筋 を電 気メ スで切離して第5 肋 間で開 胸し, 胸 腔 内に到 達し た.
ヘ パ リンナ ト リウム (清 水, 静 岡) を1 0 0単 位/kg 静 脈 内注 射 後, 左主脈 動 脈, 肺静 脈の中枢 側を銀 子で遮 断し切 離した後に 主 気 管 支を切 断し左肺を摘 出した. 左 肺は 2 0c m H20 の圧を加 え膨 張さ せ た状腰で摘 出し, ヘパリンナト リ ウム2 0 0 0単 位を添 加した 4 ℃の Eu r o・Collin s 液 (ミド リ十字, 大 阪)5 0 0 血 で肺 動 脈か ら港 流 後, 1 時 間体 外で保 存し た後に左 肺を肺 静 脈上 気 管 支, 肺 動 脈の順に同所 性に端々吻 合し た. リンパ節郭 滑は行わ
なか った( 図1乱写)・
2) 部 分 肺 移植 群
対 照 群と同 様に左 肺を摘 出し,
ヘパリンナト リ ウム2 0 0 0単 位
を添 加した 4 ℃の Eu r o‑Co11in s 液で潅 流した敵 前 葉を後 柔か ら分離した (図1 C)・ 上肺 静 脈 後 区枝お よ び下 肺静 脈 切 断 端ほ 6 ‑ 0 ポ リ プロ ピレ ン糸(ニチ コ ン, 東 京) に て縫 合 閉鎖した.
1 時間 体 外で保 存し た後に後 菓を肺静 軋 気 管 支, 肺 動脈の偶 に吻合した( 図1 D). 下 肺 静 脈は 6 ‑ 0 ポ リ プロ ピ レ ン糸にて 上肺静 脈 前 区 枝と端々吻 合し, 後 葉気 管 支は 4 ‑ 0 ポリグ リコ ネ ー トモ ノフ ィ ラ メン ト糸 (レダ リ ー , 東 京) にて 主気 管 支と 端々吻 合した・ 気 管 支の 口径 差が大 きい場 合ほテ レス コ ープ吻 合を行った. 肺 動 脈 後 菓 枝ほ 主肺 動脈と 6 ‑ 0 ポ リ プロ ビ レン
糸 (ェチ コ ン) に て端々吻 合し た. つい で, 移 植 肺の換 気を開始 し, 肺 動 静 脈の血流を再 開さ せ た. 胸腔 内に 1 6 Fr の胸 腔ドレ ナ ー ジチ ュ
ー ブ を留 置し閉 胸し た. 気 胸のない こと を確 認し,
肺を十 分に膨 張さ せ た状 態で胸 腔ドレナ ー ジチ ュ
ー ブ を抜去し
た.
摘 出肺の休 外 保 存 中に肺 門リン パ節 郭清のみ を行ったものを R l 群 (7頭), 大 動 脈 脱 転を伴う系 統 的 縦 隔リン パ節 郭 清を
行っ たものを R 2 群 (7 頭) と し た.
3 . 胸部Ⅹ線 所 見
各 群ともに術 後3 臥 7 日, 1 4 日, 21 臥 6 0 日に胸 部Ⅹ線写 真 撮 影を施 行し, 肺 水 腫, 無 気 肺, 胸 水, 肺 炎の有 無, お よ び その程 度の所 見を確 認した.
4 . 吻合 部の気 管 支 鏡 所 見, お よ び気 管 支 粘膜 魁 織血流測定 各 群ともに術 後3 日, 7 臥 1 4 日, 2 1 日, 6 0 日に気 管 支鏡 2 T‑1 0(オ リン パス , 東 京) に て気管 支吻 合 部を観 察し, 経気管 支 鏡 的に気 管 支 粘膜の紅 織血流の測 定を行った. 測定にはレー ザ ー 組織血流 計 (アドバン ス , 東 京) を 用い , 得ら れ た測 定値 (皿1/min/1 0 0g) か ら健 常 部 気 管 支 粘膜の組 織血流 量に対 する吻
合 部 気 管 支 粘膜の鮭織血流 量の比 率 (%) を算 出し た. 5 . 肺 動 脈 造 影 所見
イヌの犠 牲 屠 殺 時に心肺を 一塊と して摘 出し た. 肺動 脈幹よ り造 影 剤イオベル ソ ー ル( 山之 内, 東 京) を注入 し, Ⅹ線 撮影 を 行い, 肺 動 静 脈 吻 合部の狭 窄の有 無を検 討し た.
6 . 病理組 織 学 的検 討
各 群ともに犠 牲 屠殺 時に肺動 静 脈, お よ び気 管 支の吻 合部を 含めて移 植 肺を摘 出し た. 1 0% 中 性 緩 衝ホル マ リン液で固定 後, 肺 動 脈, 肺 静 脈, 気管 支の吻合 部, お よ び末 梢 肺組 織のパ
ラフ ィ ン切 片を作 製し, H E 染色, エラスチ カ ・ ワ ン ・ ギー ソ
ン (E la stic a v a n G ie s o n,E V G ) 染 色を施行し た.
Ⅱ. 実 験 2 1 . 実 験 動 物
体 重8.5 〜1 9 kg(平 均1 2.4 kg) の雑 種の成 熟イヌ3 4頭を使用し た. 実 験1 と同 様に麻 酔 導入, ノ点 滴 路 確 保, 気 管 内 挿 管を行
い , 人 工呼 吸器 を用い て調 節 呼 吸を行 った . 換 気 条 件ほ FI O2 =0.5, 換 気回数2 0〜25/分, 1 回換 気 量2 5ml/kg(片肺換気 時ほ 2 0ml/kg) に設定した. 維 持 麻 酔と して ベ ントパ ル ビター ル ナト リ ウム 3 0m g/kg, お よ び臭化パ ンクロ ニウムを適 宜静 脈 内注 射し非 動 化し た. イヌを仰 臥 位と して, カッ トダ ウン法
にて左 腋 下 静 脈を虜 出し, 小 児用 5 フ レンチ , ス ワン ・ ガンズ サ ー モダ イ リュ
ー シ ョン カ テ ー テ ル(バ クス タ ー 一束 京)を挿入
し, 先 端を肺 動 脈 幹に留 置し た. ま た, カッ ト ダ ウン法に て右 大腿 動 脈を露 出し, サ ー ミス タお よ び電 極 付 きカ テ ー テル(ラ
ング ウォ ー タ ー 用カテ ー テ ル, L V‑5 0 4, 日本 光電, 東 京) を挿 入 し, 先 端を腹 部 大 動 脈に留 置し た. 次いで イヌを右 側臥位に
し, 実 験1 と 同様に左 側 胸 部 閏 胸に よ り胸 腔 内に到 達した. 左