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[紹介] ボウルディング『経済政策原理』

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(1)

[紹介] ボウルディング『経済政策原理』

その他のタイトル [Book‑Review] Kenneth E. Boulding ; Principles of Economic Policy, 1958.

著者 守谷 基明

雑誌名 關西大學經済論集

巻 9

号 5

ページ 515‑533

発行年 1960‑02‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/15575

(2)

IS  I IS 

Ke nn et h  E .   Bo ul di ng

̀ 

 

P r i n c i p l e s   o f  E co no mi c  P o l i c y ︑ ( P r e n t i c

e   , H a

l l ,   Ne w  Y o r k . )  

pp

. 

v i i

i  

44 0.  

ボウルディングは現代アメリカの著名な経済学者である︒彼

は一 九一

0年にイギリスのリバプールで生まれ︑一九二八ー三

二年︑オックスフォードのニュー・カレッヂのスカラー︑その

間の一九三一年にオックスフォードでバチェラー・オプ・アー

ツを得︑一九三ニー三四年にはシカゴ大学のカマンウエルス・

ト︑一九三七ー四一年にはコルゲイト大学のインストラクター

ポウルディッグ﹃経済政策原理﹄︵守谷︶ 二年︑国際連盟のエコノミック・アンド・フィナンシャル・セ 九四一年エリーゼ・ビオルンーハンセンと結婚︒一九四一ー四 を勤め︑そして一九三九年にマスクー・オプ・アーツを得︑ フ

ェロ ー︑

一九三四ー三七年にはエヂンバラ大学のアシスタン ま

え が き

ボ ウ ル デ ィ ン グ

八七 つぎに彼の著書︵単行本に限る︶を年代順に掲げれば︑左記 サーを勤めている︒ て ︑

19 58 .  クションの経済学者として奉仕︑

一九四三ー四六年︑アイオ

ワ州立大学のアソシエイト・プロフェッサー︑一九四六ー四七

年︑マックギール大学の経済学のアングス・プロフェッサー︑

一九四七ー四九年︑

のごとくである︒

,-•-·

アイオワ州立大学のプロフェッサ—を経

一九四九年より今日迄ミシガン大学の経済学のプロフェッ

EC

0o

mi

c Analy.~is,

19 41 ,  se co nd   ed i t io n ,   19 48 ,  th ir d  e di t i on , 1  95 5.   Th e  E co no mi cs   of   Pe ac e, 1  94 5.  

l s  S pi r i t  (T he   Na yl or   So nn et s) ,  19 45 . 

﹃ 経 済 政 策 原 理

(3)

I

済政策の本質を論じ︑それに続く諸章で経済政策の基本目標で労佑政策

42

42

I・

Ja me s

P .  

Be

ls

ha

w

のそれがでている︒しかる

に筆者には︑本書にみられる彼の政策方法論および政策原理が

いまだ充分︑検討しつくされていないように思われるし︑くわ

えてこれはおそらく筆者自身の未熟さのゆえであろうが︑教養

書としては難解な個所が若干みうけられるのである︒

さて本書の構成であるが︑ポウルディングはまず第一章で経

第一四章

0

第一︱章

第︱二章

第一三章 財政政策貨幣・金融政策所得維持政策商業政策と国際経済学政府と私企業

農業政策

経済政策とは何か

経済的進歩

経済的安定

R ec o n st r u ct i o n  o f  E co

 

mi

cs

19

5.

0 mh eo

g a

n iz a t i, s s‑ Re gl ut io n. L9 53 .  Th e  Image, 

19 56 .  P ri n c ip l

e s 

of c  E

on

om

ic

  Po l i cy   " 

19 58 .  Th e  S k il l s   o

f  t

h e  Eco,  s 

m is t ,  1 95 8.

 1) 

さて問題のボウルディングの

P ri n c ip l e s o f  E

co

no

mi

c  P o li c y  

は著者の言によれば︑本書はT

Ec

on

om

ic

s of   Pe

ac

e

版として着手されたのが︑やがて完全なる新著へと発展したの

( Pr i n ci p

l es

of c  E

on

om

ic

  Po

`  s )

19 58

̀ 

 

p .  

v i . )  

すでに本書の書評としては筆者の知るところ︑我国では熊谷

尚夫氏︵日本経済政策学会年報

v n

氏︵香川大学経済論叢三一巻四号八三ー八八頁︶のものが︑

また外国では

mh eE Co no mi CR ec or

d

De

ce

mb

er

19 58 ,  p p 

ある経済的進歩︑経済的安定︑経済的正義︑経済的自由と︑さ

らにこれら諸目標間に生ずる衝突の問題を論ずる︒それから彼

は政策決定者論ー政策主体論のうらづけをなす政府行動論を論

各章の標題はつぎのとおりである︒

経済的正義

経済的自由

手段・目的︑および諸目標間の衝突

政府への行為の諸原理の適用 そして最後に彼の共産主義論とュートビア論でむすんでいる︒ じ︑つぎにこれらの諸目標を一般的政策の見地から検討する︒

(4)

.5 17 

(I bi

d •.

p. I7

.︶ともいえる︒しかしいずれにせよ︑

八九 なるべき必要条件は彼にあっては︑第一に観察可能な規則性 えに立つて考察すれば ﹁社会科学者の研究を手段の領域に限定 ボウルディングによれば︑

﹁政策という語は一般にあたえら ︑ ︑

一︑経済政策とは何か

しかるにこのうち﹁目的についての研究は社会科学の領域を 第一七章ユートピアヘーーそしてその彼方 第一五章第一六章 戦争と平和の経済学世界の前途'│共産主義と開発

これらの諸章のうち︑もつとも興味深くかつ剌戟的な叙述は

第一章より第六章までにみられる彼の政策方法論ないしは原理

論︑第七章での行為原理の適用としての政府行動論︑および第

一六章での彼の政策観の発現形態としての共産主義論である︒

それで以上の諸章をできる限り正確にかつ簡潔に紹介し︑そ

れぞれの問題点を指摘することとする︒

(1

) Wh o' s  Wh o  i n   A me ri ca ,  v 

0 l

me 30 ,  19 58

5 9 

o

ye ar s, S i   x ti e t h  A

nn iv er sa ry d i  E t io n ,  M ar qu is

Wh o' s  Wh o, I n   c .  p 2.   96 . 

れた諸目的にたいしむけられる行為を支配する諸原理を指し︑﹂

( 1 )  

(I bi d. J)

I .︶また生態学的展望

e co l o gi c a l , Pe r s pe c t iv e

﹁政策とは政策決定者の目的にかなう

ように生態学的体系

ec os ys te m

を故意に歪めることである﹂

研究はつぎの三つのことに関与せねばならない︒われわれは何

そしてわれわれとはだれを指すのか︑すなわち当該組織ないし

( Ib i

d .

P. I.

︶﹁政策はだれの利

( Ib i d ., p .  19 .)

越えて倫理学の分野となる﹂ので︑﹁社会科学はあたえられた

政策が正しいかどうかの問題に最終的な答をあたええない﹂

﹁人々が目的であるとかんがえているものが実はいつそう

高次の目的にたいする手段であるということ﹂や︑﹁人間活動が

一目的しか有していないことはまれで大抵は多くの諸目的があ

るものであるということは指摘しうる︒﹂

(I bi d. JP .2

.

「政策はあきらかに•

Wh at

"

を常に含まねばならない︒たと

ぇ•

Wh at

"

がゴールでなく方向にすぎないとしても︑われわ

れは可能な変化のうちいかなる方向が望まれるかないしは望ま

れうるかについて知らねばならない︒﹂

(I bi d. JP .1 8.

︶こうい

う意味において彼は︑

(I bi

•. d p. 2.

︶ 

さてあたえられたる政策目的達成のための最良の政策手段と

(5)

領域が主として、この問題ー~政策の妥当な撰択領域がよりいつそう︑厳密に狭められるかどうかの問題ーーに貢献する︐﹂(Ibid.J)

8 .︶という︒彼はパレートーヒックスの理論からはい

P

ar et ia n  Op ti mu m"

 

﹁厚生経済学として知られる経済分析の

の概念をさきの ︑ ︑

そこで、この解決を彼はまず厚生•welfare"

po ss ib le

に求めようと ﹁最良の政策がなにであるかについて

の問題はいまだ解決されない︒

かに政策の数多くの可能な結合様式が現存するからである﹂

(I bi d. J P. 71 8. ) と ︒

pr ob ab le

な範囲のな

ob se rv ab le  r e g ul a r it i

e sないしは基本的経験関係

ba si c em pi

r  , 

( 2 )  

i ca l  r el at io ns hi ps

第二は基本的恒等関係

ba si ci d e nt i t ie s

満足するものでなければならない︒しかして︑前者の規則性

pr ob ab le

im pr ob ab le

im pr ob ab le

( 3 )  

を除くことにより︑経済的ユニパースを

pr ob ab il it y

定め︑後者の恒等関係も同様に苫

s si b l e im po

i b

l e を区別

im po i bl e

の領域を除くことにより︑経済的ユニバー

Po

i bi l i ty

( Ib i d ., pp . 

17.︶だから経

済的ユニバースを弓

s si b l e

pr ob ab le

な部分に限界づける

ことが必要条件となるのである︒

pr ob ab le

な領域に採り入れて︑いつそうの厳密化を計り︑他

方ベルグソンーサムエルソンの一般的厚生函数論からは︑かな

り同質的とみられる社会において一般的合意のごときものが政

治的経済的論議から生じてくる点を重視する︒そして結局︑政

策は厚生にたいする統制を意味することになるという︒

( Ib i d .9 . p. 9.

︶ 

つぎに彼は政治過程

p ol i t ic a pl ro ce

器と政策との関聯性を重

視する︒すなわち彼によれば︑経済分析

ec on om ic an al ys is

政策を経済的に望ましいと判断しうるような明確な基準をしめ

さないし︑くわえて経済的ユニバースのなかの特定の最良点を

指摘しえない︒経済分析のなしうることはただ前述の

po ss i bl e

pr ob ab le

な領域をわずかだけ狭めうるだけである︒

それゆえに理想的政策の定義そのものには︑或る種の政治過程

が含まれねばならないとかんがえるのである︒

( Ib i d .,

p .  

13 .)  

さて最後に︑われわれとはだれを指すのか︑ということが問

題になってくる︒彼によれば︑重商主義の権力国家において

は︑それは国家の支配階級であるが︑現代の民主主義時代の一

般的厚生国家においては︑その一般的厚生の概念はあきらかで

﹁だれの厚生かという問題はすぺての人のためにという

ことでそらされている︒しかしいかなる政策も所得の分配に或

(6)

519 

p. E2

.︶であり︑他は政治過程

( I b i

d .

p .

13 .)

によってであ

るという︒つづいて彼は︑われわれがどの程度まで拡張される

ペきであるかの問題を提起する︒﹁経済政策は或る特定国の

居住民の厚生にたいしてのみむけられるべきであるか︑あるい

はすべての人類の厚生にたいしてむけられるべきであるか︑﹂

(I Ud  •.

p. 14

.

なお、彼は本章の終りで、撰択"choice•

経済学者の学問的領域の考察にふたたび立ちもどろうとする︒

い︒しかるにこれらの選択がいかになされるぺきかということ

は︑おそらく経済学者の仕事ではない︒しかしながら経済学者

は︑いかなる選択がなされるべきか︑そして真に自由になしう

る選択は何であるかということについて或る光明を投げかけう

( I b i

d . ,

p .  

19 .)

と ︒

かかる立場よりして彼は主要な政策目標として︑経済的進歩

e8  no mi

c  p︑経済的安定rogress

ec

on

om

ic

s ta b i li t

y︑経済的

ec

on

om

ic

j us t

i ce

︑そして経済的自由

ec

on

om

ic

fr

ee

do

﹁いかなる場合にも社会的選択がなされねばならな 行われてきた解決法は︑︱つはインフレ・デフレ政策

( I b i

d . 9

る程度の影響を及ぽさずには︑ほとんど遂行するをえない︒﹂

(D id

 •. H

P. u0 1N I.

この分配問題に関して

わば方程式のごときものであり︑かかる意味で現実的攪乱的特 の四つをあげ︑その意義と︑その偏成をめざす政策的考察をおのおの第二章より第五章にかけて論じている︒

さて第一章は彼の政策方法論の骨子となるものであるが︑そ

可能な規則性ないしは経験関係と恒等関係の二大支柱を持つて

きているが︑方法論的には︑ごく並列的にかんがえているよう

この二つの相関関係'│ーすなわち︑恒等関

係よりして

p os s i bl e

な領域のなかから︑経験関係よりして

pr

ob

ab

le

な領域に政策手段を限定する行き方か︑逆の行き方か、また同次元的に考えているのか!~があきらかでない。

筆者はつぎのようにかんがえてみたい︒後者の恒等関係より

でてくる

p os s i bl e

な領域は恒等式のしめすごとく︑理論的に

矛盾しないだけの仮定を設けたうえでの︑いわば自明の理であ

り︑かかる意味で理論的調和的一般性を有するものである︒ま

た前者の規則性ないしは経験関係よりでてくる

pr

ob

ab

le

域は現実のファクターが入り込むことによって狭められる︑い

殊性を有するものである︒それで︑前者の関係は後者の関係を まず︑彼は最良の政策手段となるべき必要条件として︑観察 る ︒ れだけに難解な個所も多く︑したがつて問題点も多いようであ

(7)

歪める傾向にある︒しかして︑

︑︑

︑︑

その傾向が単なる傾向にとど

まるときは︑あたえられた政策目標にたいして政策手段が一っ

というのはごくまれで︑数多くの諸手段から成るのが普通であ

るので︑それらの間の優劣は客践的価値基準がないので判じが

たい︒しかし︑その傾向が成熟し社会的に一般化せる本質的動

向となるにおよんで︑それは歴史的相対的客観性を有するの で︑それを価値基準として政策手段の最良のものを判定しう

る︒そして促進的ないしは阻止的ないしは禁止的政策を行った

結果︑それらの波紋はやがて量的︑質的にいづれかないしは双

方ともに値の大きい方向へと恒等関係を引きあげる傾向を有す

るにいたる︒かかる視点に立つことが許されれば︑方法論的に

は両者の関係は同次元的相互作用性を有するものといえるので

はなかろうか︒

ここにおいて︑政策手段決定の際における厚生経済学の占め

る地位は彼が評価するほどに高くはないとかんがえられる︒け

だし︑厚生基準としての生産の効率性と分配の平等性は共に不

可欠であるにもかかわらず︑後者の基準は倫理的価値判断の介

︑ ︑ 入を避けるをえないからである︒ここに厚生そのものの限界

が存する︒くわえて︑彼の政治過程の過大評価の傾向は決して

理想的政策に直接むすびつくものではなく︑ただ経験科学とし ボウルデイング﹃経済政策原理﹄︵守谷︶

上述の論旨よりしてあきらかなごとく結局︑ボウルディング

︑︑︑︑︑︑︑︑︑

の政策論では価値判断排除と実践性という︑いわば宿命的︑脊

反的要求に応えることは不可能ではなかろうか︒

( 1 )

彼は﹁生態学的接近方法の価値を︑それが人間社会

の相互関係の複雑さを指摘し︑或る政策がまった<予

想しなかった結果をもたらす可能性を警告するという

ことのうちにみいだしている︒﹂

(I bi

•. d p. IO o.

︶ 

(2

)

﹁そ れは 1 11

の記号でしめされ︑当該変数のすべての

値に妥当する関係である︒﹂

( Ib i

d .p

.4 .f n.

︶ 

(3

)

﹁経済的ユニパースとはあらゆる価格︑賃銀︑利子

率︑所得︑財産権︑租税︑支出︑および消費され︑生

産され︑蓄租されたあらゆる財貨ないしは証券等を包

含するものである︒﹂

(I bi d. 9p .6

.

( 4 )

著者は平和

pe ac e

ないしは統合

in te gr at io n

を第

五の目楔にくわえるぺきでないか︑どうかをかんがえ

る︒しかし︑これは正義とまったく同じものではない

にせよ︑非常に密接な関聯を有しているとして︑この

﹃原理﹄で採りあげていない︒

( Ib i

d .

P. 20

.︶この四つ

の基本目標は

E

n 8

om ic   Analysis

では︑そのうちの

正義

j us t i ce

が平等

eq ua li ty

! d .   かわ り︑

Th eE Co g, mi es

  of

e  P ac e

においては進歩

pr og re ss

と正義

ju

s ての客観性喪失化の傾向に直接むすびつくものといえよう︒

(8)

52J 

さて

完全に充たしうるからである﹂

(I bi d. JP .2 4.

﹁この経済的進歩の測定は欲求満足を測ることが困難

なためにむずかしい問題であるが︑わりあい短期間においては

とえいかに非効率に諸資源が使用されても︑われわれの欲求を らの使用効率は重要でなくなるだろう︒けだし︑われわれはた われわれが無制限の手段を随意に持つていたとするなら︑それ pp

.2 21 25 .

︶ 

るために︑従来よりすぐれた手段ないしは方法の発見とその使 ボウルディングによれば︑経済的進歩とは目的

en

dを達成す

用の効率改善を計ることであり︑新方法による旧方法の駆逐お

よび労佑時間の支出の効率化が行われたときに生ずる

( Ib i d .P

ここで注意すべきは︑彼の説く﹁経済

的進歩がもっぱら手段に関するものであって︑目的に関するも

のではなく︑それで経済的進歩によって以前より容易にわれわ

れが欲求するものを得ることはできても︑そのものの是非は不

( Ib i d ., p.  2 3. )

ということである︒かくて︑﹁経済

的進歩が重要なのは手段が制限されるという事実であり︑もし

t i c e

︑ ︑ それは資本

労伯時間当り商品産出高指数でかなり公正な測定がえられる︒

しかしながら︑比較が長期にわたつてなされねばならない場合

には産出高の物質的形態が事実かわるので︑経済的進歩の量的

尺度を得ることはほとんど不可能である﹂

( Ib i d ., p.   25 .)

﹁ある商品の生産技術の改善はその商品がよ

( 1 )  

り重要的であればあるほど︑またより必需的であればあるほど

経済的進歩にいつそう寄与するものといいうる﹂

(I bi d. JP . 27

.

経済的進歩の質的測定の可能性を説いている︒

もちろん彼は﹁かような経済的進歩の諸測定は粗野たるをまぬ

がれないとかんがえるが︑それらは社会を大まかに分けうると

いう点において十分存在価値がある﹂

(I bi

•. d p. 2O o.

つぎに経済的進歩の条件はなにかというに︑

c ap i t al

と熟練

s ki l l の蓄積であり︑これらの両輪を共にス

ムースにまわらしめる共通の車軸が投資であり︑かくて蓄積

のありえないところに進歩はありえないとかんがえている︒

(I bi d. ,  pp .  2 8

 

29 .)

そこで投資を促進せしめる誘因として彼

は︑一︑財産の保障

( Ib i d ., pp

.  31

33 .)

二︑節約

( Ib i d .J

p

. 3 3   34 .)

三︑競争

(I bi d. , pp

.  3

4   37 .)

四︑企業家精神

( Ib i d .9 p.  3 8. )

を︑また社会的要素としては︑一︑改変的宗教

( Ib i d .

(9)

( 1 )

﹁ついでながら重要度とは全資源のうちその商品に 合可能なかつ採算のあう生産資源があり︑生産にみあうだけの p

.  39 .)

二︑社会の諸階級間の流動性

( Ib i d .̀ p.  3 9. ) 

続的政治革命

(D id

•.

p.4].)を挙げ︑他方︑経済的進歩によ

る改善が浪費される場合として︑一︑奢移品

(I bi

•. d p. 43

.︶ 

二︑戦争

( Ib i d .

,

P. 43

4

4.

︶三︑人口の増加

(I bi d. J) p4 41 50 .)

この章での問題点を指摘しよう︒

まず彼は経済的進歩がもっぱら手段に関するものであって目

的に関するものではないといつていながら︑これを目標として

掲げているが●彼にあっては目標と目的とは同一のものなりや

否や筆者にはわかりかねるのである︒また目標を最良の手段

を選定する尺度とかんがえているのであろうか︒もしそうであ

るなら︑それは彼のいうごとく客観的価値基準ではないであ

彼は経済的進歩と技術的進歩を混同してはいない

か︒彼は経済的進歩が技術的進歩を待って生ずるとかんがえて

いるようである︒しかし従来の技術水準のもとにおいても︑結

喜需要が創造可能であれば︑経済的進歩は生ずるはずではな

三︑持投ぜられた割合をいうのである︒﹂﹁必需度とは所得

が増加するに従って消費者の予算に商品が入り込んで

くる順位をもつて並べられる︒﹂﹁とりわけ必需品の生

産における改善はそれ以外のもののために資源を解放

︑して︑よりいつそうの経済発展を計ることになる︒﹂

(I

i. JP .2 7.

ボウルディングによれば︑経済的安定は同じ経済水準にとど

まつていることを意味しない︒現実の経済的安定とは実に恒常

的進歩

st ea dy pr og re ss

に他ならない

(I bi d. 9p .5 2.

畳変動を吟味する︒そして﹁これらの変動を減少させることが

なにゆえに経済政策の正しき目的とみなされうるのか﹂

( Ib i d ., p. 55

.︶という問題にたいする答えとして︑けだしこの場合に

おける主要な反対は︑

無意味な︑かつ所得と富の分配において本質的に不公正な変化

を生じさせるからであり︑﹂

(I bi d.

P .5 5.

︶後者の変動は︑そ

( 1 )  

れが恒常的完全雇用実現を妨げるからであるとかんがえる︒

(I bi d. 9p .6 I.

︶  ﹁前者の変動は行きあたりばったりの︑ そして︑恒常的進歩を妨げる変動として︑特に価格変動と産出

九四

(10)

!523 

﹁第一に︑どれだけ適限内で産出量と

価格の安定化を計りうるか︒﹂﹁第二に︑得られるものが棄てら

れるものより価値がより少ないと感じるのはいつか︒﹂

(I bi

•. d

p .  

79 .)

この章で問題となるのはーまず彼が経済的安定それ自体を手

段に関するものとかんがえているのか︑目的に関するものとか

んがえているのか判然としない点である︒けだし︑経済的安定

を恒常的進歩とみる見方からはそれは前者の見解にかんがえざ

るをえないし︑価格および産出量の変動の減少こそが経済政策

の正しき目的とみなす見方からはそれは後者の見解にかんがえ

ざるをえないからである︒

いうが︑産出量の恒常的増大は恒常的完全雇用の実現に直接に

はむすびつかないのではなかろうか︒却つてそれは︑資本家た

ちをして恒常的生産余力を生じさせるためにはたえず彼等から つぎに彼は産出量の変動が恒常的完全雇用の実現を妨げると

p. 78 .

その解決は結局つぎの二つに帰するものと のは安定化問題の二重性ーー産出量と価格が共に安定しうる

﹁経済政策の最大のジレンマを生じさせるも

か︑それが不可能ならいずれを放棄するか︑あるいはそれらの

あいだにわれわれの努力をいかに分けるか│ーである﹂

(I bi

•. d

九五

いだされるか発見することはほとんど不可能であり﹂︑それで ﹁所得成長の極大点の一方におい

ては労佑所得へいく部分が所得成長率を高め︑反対側では労佑

所得へいく部分が所得成長率を低める﹂

(I bi d. Ji IO 4.

う︑いわゆる所得成長の厚生経済学的極大概念を採り入れる︒

﹁しかしながら︑現実の社会においてはこの極大点がどこにみ を同時に充たすものとして︑ 傾向を持たせしめるであろう︒もし私見が正しければ︑彼のいう経済政策の正しき目的もあやしくなってくる︒

(1 )

もっともポウルディングは恒常的完全雇用が実現

しうる理想であるということを否定するように思われる産出量変動の二見解として•

pe ak  load•

th eo ry

hangover•

sc ho ol

( Ib i

d .

pp .

61 

16 4.

︶ 

ボウルディングは︑経済的正義を分配の正義の意味に限定し

( 1 )  

使

(I bi

•. d p. 84

︶ここでは彼の分配動学の問題がと.

りわけ興味をひくかと思われるので︑これを紹介しよう︒

著者は︑理想的分配

1 1j us ti ce

と経済的進歩の目標

=p ro gr es s

みて適度の不完全雇用︵社会保障のない︶の実現を強行させる

(11)

/S.2

さてここで問題となるのはボウルディングの唱える独占商品 炊用ないしは厚生の個人間の比較および集計

︑ ︑ ︑ ︑

の問題のジレンマの解消を責任ある意志決定者

"

de ci si

on

ma

ke

r"

の制御に委ねる︒そして代表民主制および自由市場経

︑ ︑

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︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

済の案出の功績として︑政治家および企業家たちにたいして彼

等の決定によって影響されるものからの︑より急速なかつ正

( 2 )  

確なフィードバックを高く評価する︒かくて責任ある意志決定

者の心のうちに理想的分配と現実的分配との間に差異が感じら

れるときには︑その行為はそれを除く方向へとむけられ︑くわ

えて諸理想の或る衝突は︑おのおのの理想のそれ以上の現実化

が或る他の理想の犠牲に値すると判断されないような点でたも

たれるという意味での︑妥協によって通常解消されるとかんが

(B id

•.

pp .I 05 1U OO o.

︶  にあっては︑もとより︑かかる結論はでてこないものとかんが

(1

)

﹁社会の種々の諸個人および諸集団の間での変動せ

る総所得の最上の分配についての論譲である︒﹂

( Ib i d .9 p. IO I)  

(2

)

Ibid.

P.I8].本紹介では

P. ]5 1]

を参照のこと︺6 独占を資本の運動法則の発現形態としてとらえようとしない彼 長を遂げさせうる必要条件となるのではなかろうか︒しかし︑ 大が生ずる︒この三つの国民経済的矛盾こそ独占体に自律的成 の残存化ないしは進展化とそれにともなう構造的賃銀格差の増 にインフレーションの諧在的進展化と産業構造の不均質的傾向 発展を剌戟︑助長し︑またかえつて独占商品を廉価にさせる結

(I bi

•. d p. u0 5.

︶ 

れであるからである︒それで︑たとえ絶対的には独占商品の廉

価傾向を招いても︑技術革新による生産性の上昇にたいして相

対的には独占商品の価格水準は低落しない︒その結果︑必然的 サイダーの拍頭を防ごうとする独占体の短期人為的方策の現わ 独占は不確実を減少させることによって価格安定を計り︑経済革新そのものと︑不安定期において拍車される優秀なるアウト 彼は続いて独占の動態的考察を行わんとする︒彼によれぱ︑も︑むしろ極大利潤獲得という目的のための手段としての技術 す錯綜せる諸勢力全体によって決定される﹂

(I bi

•. d p. uo 4.

︶ 

というにとどめている︒のいうこの傾向は独占が不確実を減少させることによるより ﹁分配制度および経済成長率がそれら自体︑社会に影響を及ぽ

の廉価傾向についてであるが︑これはあくまで︑独占それ自体

の内在的性向ではないと筆者にはかんがえられる︒けだし︑彼 九六

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