修 士 学 位 論 文
題 名
有 機 超 伝 導 体 β - ( B D A-T T P )
2I
3に お け る 電 気 伝 導 性 の 一 軸 圧 印 加 方 向 依 存 性
指 導 教 員 菊 地 耕 一 教 授
2 02 0 年 1月 9日 提 出
首都大学東京大学院 理 学 研 究 科 化 学 専 攻 学修番号 18845411 氏 名 川 端 朔 弥
学位論文要旨(修士(理学) )
論文著者名 川端 朔弥 論文題名:有機超伝導体β-(BDA-TTP)2I3における電気伝導性の一軸圧印加方向依存性
無機物質に比べ柔らかな有機伝導体は、比較的小さな圧力にて容易に構造が変わり、物性が変 化する。等方的な圧力印加方法である静水圧法が圧力印加方法としては一般的であるが、異方的 な圧力を印加することのできる一軸圧法は結晶構造と電子構造の相関を調べるのに有効である。
β-(BDA-TTP)2I3(以下、I3塩)はa軸およびc軸方向にBDA-TTP分子が並びac平面に伝導 面を形成している(Fig.1 左)。バンド構造は上部バンドと下部バンドからなり(Fig.2)、これら は重なりWOを持つが、常圧下の物性測定より明らかとなった基底状態は1/2-filledのMott絶縁 状態であった。またこの物質は静水圧10 kbar下、約10 Kにて超伝導を起こす。圧力下ではWO
が大きくなるため、系は1/4-filledへと変化して超伝導を起こしていると考えられた。
当研究室の磯野はac伝導面内方向への一軸圧下の電気物性を調べ、10 kbar付近の圧力にて出 現する超伝導はWOが大きくなるc軸を中心とする方向への一軸圧下では観測されるがWOが小 さくなるa軸方向への一軸圧下では観測されないことなどから、これが1/4-filled系にて出現する 超伝導であることを明らかにした1。Md. Nuruzzamanらはa軸およびb軸方向へ20 kbarもの 一軸圧を印加することで超伝導が発現することを報告した。これらの方向への一軸圧では WOは 増大しないため、この超伝導は1/2-filled系にて出現したと考えられた。ただし、この研究では一 軸圧印加方向を目視により決定していた2。また当研究室の吉本はc軸を中心にac伝導面から外 れた方向への一軸圧下の電気物性を調べた。ac 面と圧力印加方向のなす角をθとすると(Fig.1 右)、理想的にはac面内にはcosθを乗じた力が加わるためこの力に応じて物性が変化すると考え られたが、実験結果はこの予想からずれていた3。
本研究ではX線回折により決定したa軸およびb軸方向への一軸圧下では高圧超伝導が出現す るか、一軸圧印加方向がac伝導面から大きく外れた場合のバンド構造がいかに変化するかを調べ るため、a軸およびb軸近傍さらに各軸間方向に一軸圧の印加を行い伝導挙動の変化を調べた。
一軸圧印加方向Zに対しFig.1右に示すようにそれぞれ c軸とac平面を基準に矢印の方向を正としてφ、θを定義 した。Fig.3 に先行研究と本研究における伝導挙動の一軸 圧印加方向依存性をまとめた。それぞれの圧力印加方向で、
●(○)は超伝導と思しき転移、▲(△)金属状態への転 移が確認された。◆(◇)は半導体挙動のみで転移は確認 されなかった。
a 軸近傍の①の方向(φ=-70°, θ=-17°)への 11 kbar
および18 kbarの一軸圧下(Fig.4左)、また②の方向(φ
=10°, θ=-45°)への10 kbarの一軸圧下(Fig.4右)にて 電気抵抗の急落を観測した。これらの電気抵抗の急落が超 伝導転移であるとすると、先行研究との比較より、これら の方向への10 kbar程度の一軸圧では1/4-filledの状態をと っていると考えられる。伝導面から大きく外れた方向への
一軸圧では圧力印加方向に収縮するだけでなく分子が長軸や短軸方向へスリップすることも考え られる。そのため、①だけでなくのac面から大きく外れた方向への一軸圧においても1/4-filled の状態が実現したと考えた。①では18 kbarにおいても超伝導と思われる挙動が確認されたが、
Md. Nuruzzamanらの実験を考慮すると①の方向への一軸圧では10 kbar程度よりさらに高圧を
印加すると1/4-filledから1/2-filledへと変化すると考えられ、これにより再び超伝導が出現した と考えている。b軸近傍方向(φ=47°, θ=-78°)への一軸圧下では金属への転移を確認したもの
のMd. Nuruzzamanらの報告した超伝導は観測できなかった。またθ>0°では6つの方向で一軸
圧下の電気物性を調べたがいずれも超伝導を確認することができなかった。ac伝導面に程近いφ
=61°, θ=8°の方向では22 kbarまで半導体挙動のみであったという結果は非常に興味深い。
Fig. 4 (左)①の方向,(右)②の方向への一軸圧下における伝導挙動.
1. Koichi. Kikuchi, Takayuki. Isono, et al.,J. Am. Chem. Soc. 133. 19590-19593(2011) 2. Md. Nuruzzaman, et al., J. Phys. Soc. Jpn. 81. 124703(2012)
3. 吉本治男, 首都大学東京大学院, 修士論文(2013) 4. 磯野貴之, 首都大学東京大学院, 修士論文(2007)
Fig.3 伝導性の一軸圧印加方向
-依存性.(本研究:●▲◆,
-先行研究3,4:○△◇)
目次
1. 序論
1-1. 有機物質およびその他の強相関電子系における超伝導 1
1-2. 有機伝導体における電気物性の制御 2
1-3. 静水圧法による有機伝導体の研究 5
1-4. 一軸圧法による有機伝導体の研究 7
1-5. 常圧下におけるβ-(BDA-TTP)2I3の結晶構造および物性測定 - 9
1-6. 静水圧下におけるβ-(BDA-TTP)2I3の物性 -- 14
1-7. 当研究室における一軸圧法によるβ-(BDA-TTP)2I3の研究 15
1-8. 当研究室外における一軸圧法によるβ-(BDA-TTP)2I3の研究 20
1-9. 本研究の目的 22
2. 実験手法
2-1. BDA-TTPの合成 232-2. β-(BDA-TTP)2I3の合成 --- 24
2-3. 一軸圧印加方向の定義および決定法 26
2-4. 電気伝導度測定のサンプル調製 27
2-5. 電気伝導度測定 28
3. 測定結果
294. 考察
4-1. 各結晶軸間方向への一軸圧下の電気物性 39
4-2. a軸近傍方向への一軸圧下の電気物性 43
4-3. b軸近傍方向への一軸圧下の電気物性 45
5. 結論
476. 付録
6-1. BDA-TTPの合成の詳細 486-2. 磯野および吉本の先行研究の結果 56
7. 参考文献
581. 序論
1-1. 有機物質およびその他の強相関電子系における超伝導
1911年にHgにて初めて超伝導現象が発見され、それから現在までの約100年間に様々 な物質をターゲットに超伝導体の探索が行われてきた。
初期の超伝導体探索はHgに倣った単体金属や、あるいは合金を対象として行われた。こ れらの物質における超伝導の機構はBardeen、Cooper、Schriefferの3名によって提唱さ れたBCS理論によってよく説明された[1]。応用的価値の高さから室温における超伝導の達 成に大きな期待がもたれたが、この BCS 理論の枠組みによる予測では超伝導転移温度 Tc
の上限は30-40 K程度であるとされた。
超伝導の発見から70年近く経った頃、重い電子系や銅酸化物、有機伝導体にて次々と新 奇な超伝導体が発見された[2]-[4]。BCS 理論の枠組みにおいて磁気的作用は超伝導発現の妨 げになるものと考えられていたのに対し、これら超伝導体は数多くの物質で超伝導相が磁 性相に隣接していたことなど、これらの物質における超伝導の挙動は従来の超伝導を説明 するBCS理論に従わない非従来型超伝導体であった。これらの物質にて見られる磁気的性 質は強い電子相関に起因している。強い電子間反発のために電子の局在性が強くなり、遍 歴的であった時には隠れていたスピンの性質、すなわち磁性が生じるようになる。種々の 非従来型超伝導の機構に関してそれぞれ多くの議論がなされているが、今のところいずれ も結論付けられるには至っていない。現状、いくつかの非従来型超伝導機構の有力な候補 とされているのは磁気秩序や電荷秩序のゆらぎを媒介とした機構である。この磁気秩序・
電荷秩序はその物質の電子状態に起因するため、非従来型超伝導機構の解明に電子状態の 理解は非常に重要である。
1-2. 有機伝導体における電気物性の制御
有機伝導体においてドナー分子Dと一価のアニオンX-からなるD2Xの組成のラジカル 塩は非常に数多く存在する。このとき電気伝導パスを担うドナー分子は平均して+1/2 の電 荷を有するため、HOMOバンドは正孔が1/4-filledとなる。一般にドナー分子がα型、β’’
型、θ型の積層をした塩ではこのような1/4-filledのバンド構造となることが知られている。
一方で、β型、β’型、κ型のようなドナー分子に二量化がみられる塩では、HOMOバンド にギャップが開き、実効的なバンド充填が1/2-filledとなることが知られている[5]。(Figure 1-1)
Figure 1-1.(左)θ型, および(右)κ型の一般的なバンド構造.[5]
これらの部分占有されたバンド構造からは金属的な電気伝導が期待されるが、実際には バンド構造計算では考慮されなかった電子相関の効果によりしばしば半導体的な挙動が観 測される。
有機伝導体の伝導はドナー分子の分子軌道をサイトとして電子がホッピングしながら伝 導するというモデルで理解される。1/2-filledの系について、サイト内クーロン反発Uが大 きな場合、電子は同一サイトに二つ存在することを避けMott絶縁状態となる。尚、このと き交換相互作用のために反強磁性的な磁気秩序が観測される。また1/4-filledの系について、
サイト間クーロン反発V が大きな場合、電子同士は隣接サイトに存在することを避けるた めに秩序を持って配列した絶縁状態、すなわち電荷整列絶縁状態となる。(Figure 1-2)
Figure 1-2. (a)Mott絶縁状態におけるUの, a
(b)電荷整列絶縁状態におけるVの寄与の模式図.
□はサイトを○は正孔を表す. a ア
ここで TMTSFおよびTMTTF、BEDT-TTFの三つのドナー分子を紹介する。これらは
有機伝導体を構成するドナー分子として非常によく研究されており、それぞれのラジカル 塩について Jérome らおよび鹿野田らによる統一的な相図が提案されている[6][7]。(Figure 1-3, 1-4)
Figure 1-3. (左)TMTSF(X=Se)およびTMTTF(X=S), (右)BEDT-TTFの分子構造.
Figure 1-4. (左)Jéromeの提案したTMTSFおよびTMTTFのラジカル塩の統一相図[5], -- (右)鹿野田の提案したBEDT-TTFのラジカル塩の統一相図[5].
この二つの図に表されているように、これらのラジカル塩は電気的・磁気的に様々な物 性を示す。有機伝導体における物性の制御のパラメータとして、しばしばU/Wが用いられ る。サイト内クーロン反発Uは主にドナー分子のπ共役系の大きさに依存する量である。
対して、トランスファーt およびバンド幅 W は化学的あるいは物理的な圧力により分子軌 道の重なりを変化させることで制御することができる。ここで、化学的な圧力とはアニオ ンX-等の化学種を変化させることにより誘起されるドナー分子間の距離の変化による圧力 効果を、また物理的な圧力は一般に述べられている物質を収縮させるようなひずみを意味 する。次項にて述べるように、ドナー分子並びにアニオンの化学種の多様性に加え、物理 的圧力に対する高い応答性は有機伝導体の研究における大きな利点である。
1-3. 静水圧法による有機伝導体の研究
広く一般に「(物理的)圧力」として表現されるのは静水圧である。静水圧とは試料に対 し等方的に印加される圧力である。温度や磁場の掃引と同様に、圧力は連続的に変化させ ることのできる物性研究における重要なパラメータである。
有機伝導体の分野における静水圧法としては、Daphneオイルのような液体を圧力媒体と して試料を埋め、これをクランプセルのようなピストンシリンダー型の圧力セルにて圧力 を印加する方法が一般的である。有機伝導体ではないが、近年実証された硫化水素におけ る超伝導状態のような超高圧実験では、試料を直接ダイアモンドアンビルセルに封入して 圧力印加が行われた[8][9]。ダイアモンドアンビルセルによる高圧力の印加では圧力方向にや や異方性が生じる。有機伝導体への圧力印加には、ダイアモンドアンビルセルよりも等方 性の高いキュービックアンビルセルを用いた高圧実験も行われている[10]。(Figure 1-5)
有機物質における初の超伝導は 0.9 GPa 静水圧下の(TMTSF)2PF6で確認された[4]。 (TMTSF)2PF6 を は じ め と し た Bechgaard 塩 と 呼 ば れ る 一 連 の(TMTSF)2X お よ び
(TMTTF)2X(X=PF6, ClO4, etc.)の組成を持つラジカル塩は伝導方向の異方性と波打った
フェルミ面を持つ擬一次元有機伝導体である。常圧下の(TMTSF)2PF6は常温近傍から低温 にかけて金属的な伝導挙動を示すが、12 K以下にてスピン密度波による金属‐半導体転移 が生じる。このスピン密度波はフェルミ面のネスティングに起因して生じる。そのため、
静水圧の印加にて次元性が向上することにより、フェルミ面のネスティングおよびスピン 密度波が抑制され低温まで金属が安定化する。そして 12 kbar の圧力下、0.9 K にて
(TMTSF)2PF6は超伝導転移を示す。前述の通り有機伝導体における超伝導相は磁性を持っ
た絶縁相と金属相の近傍にあることは、このようにBechgaard塩をはじめとする様々な有 機伝導体において、圧力印加という手法により確かめられてきた。有機伝導体の結晶構造 の柔軟性を活かした物理的圧力印加による有機超伝導体の探索は多数の物質で実証されて いる。(Figure 1-6, 1-7)
Figure 1-5. (上)ピストンシリンダー型圧力セル, (下)ダイアモンドアンビルセル.
Figure 1-6. (TMTSF)2PF6のバンド構造およびフェルミ面[11].
Figure 1-7. 常圧下のBechgaard塩における電気抵抗率の温度依存性[5].
1-4. 一軸圧法による有機伝導体の研究
静水圧法では試料に対し等方的な圧力が印加されるが、結晶構造に異方性の大きな有機 物質では圧縮はしばしば等方的でない。このとき、異方的な圧力印加方法である一軸圧法 であれば任意に結晶構造を変化させることができ、結晶構造の変化と電子状態の変化の相 関をより詳細に調べることができる。
有機伝導体への一軸圧法は、有機物質と同程度の弾性の圧力媒体であるエポキシ樹脂に 試料を埋め、ピストンシリンダー型の圧力セルにて圧力を印加する方法が前里らにより確 立されている[12]。このとき、一軸性の圧力を有効にするためには圧力方向と垂直な方向へ の膨張、つまりポアソン効果に注意する必要がある。これについて前里らが上記の条件下 での有機物質の格子定数を調べた結果、圧力媒体よりも十分に硬いシリンジを用いれば歪 みの一軸性が十分に高いことを実証した[13]。
一軸圧法を用いた有機伝導体の研究例として、以下に田嶋らによるα-(BEDT-TTF)2I3の 研究を挙げる[14]。田嶋らはα-(BEDT-TTF)2I3への一軸圧の印加方向に依存した顕著な輸送 特性の変化を報告した。常圧下のα-(BEDT-TTF)2I3は常温から135 Kまでほとんど平坦な 金属的伝導挙動を示し、135 K以下で電荷整列絶縁状態へと転移する。静水圧下ではこの金 属‐絶縁体転移の転移温度は徐々に低下していくものの同様の挙動を 20.0 kbar もの高い 圧力まで維持する。(Figure 1-8)ところが、ドナー積層方向であるa軸方向に一軸圧を印 加すると、1.5 kbarの圧力下135 K付近にて常圧下と同様に半導体への転移を見せるが抵 抗の上昇はそれほど大きくなく、5 Kにおいては超伝導転移を示す抵抗の急落が見られる。
2 kbarの圧力になると抵抗の急落の開始点は7.2 Kへと上昇し、10 kbarでこの急落は見ら
れなくなる。なお、この10 kbar 圧力下の伝導挙動は測定温度範囲でほとんど一定の値を とる。静水圧下においても同様の挙動が見られるが、これはゼロギャップ半導体状態に由 来する。(Figure 1-9(左))またカラム隣接方向であるb軸方向に一軸圧を印加すると3 kbar で電荷整列絶縁状態が抑制され、低温まで金属状態が安定化する。金属状態が安定化した ことにより、5 kbarまで圧縮してもa軸方向への圧力にて見られた超伝導体への転移は見 られず、またゼロギャップ半導体状態にもならなかった。(Figure 1-9(右))
Figure 1-8. 静水圧下のα-(BEDT-TTF)2I3における電気抵抗率の温度依存性[14].
Figure 1-9. (左)a軸方向, (右)b軸方向への一軸圧下のα-(BEDT-TTF)2I3における 電気抵抗率の温度依存性[14].
1-5. 常圧下におけるβ-(BDA-TTP)
2I
3の結晶構造および物性測定
多くの有機超伝導体を与えるTMTSF やBEDT-TTF などのπ共役系ドナー分子はTTF 系骨格を有する共通点があった。そこで非TTF 系骨格のドナー分子として TTP 骨格を有 する一連のドナー分子が考案された。BDA-TTP分子はその一つであり、この分子を用いた 有機超伝導体は現在9種報告されている[15]-[19]。これは TTP系ドナー分子の中では最多で ある。このうちβ-(BDA-TTP)2I3(以降I3塩)はこのBDA-TTPを用いた超伝導体の中で最 も高い超伝導転移温度Tcを有する[18]。(Figure 1-10, 1-11およびTable 1-1)
Figure 1-10. (左)TTF骨格, および(右)TTP骨格.
Figure 1-11. BDA-TTPの分子構造.
Table 1-1. BDA-TTPを用いた超伝導体[20].
アニオンの形状 アニオン 超伝導発現 超伝導転移温度Tc(K) 八面体型 SbF6 / AsF6 / PF6 常圧下 6.9-7.5 / 5.8-6.9 / 5.9 四面体型 FeCl4 / FeBr4 /
GaCl4 / GaBr4
圧力下 ~2 / 3.1 / 1.1 / 0.6
常圧下のI3塩の結晶構造は単結晶X線構造解析により明らかにされている[18][19]。単位格
子中にBDA-TTP分子は2分子存在するが、反転対称性のために結晶学的に独立な分子は1
分子である。単位格子中、ジチアン環の立体障害のためにドナー分子は僅かに二量化して いる。ドナー分子はa 軸方向にβ型で積層してカラムを形成する。このカラムが c 軸方向 に並ぶが、b軸方向にはカラム間にI3-アニオンによる絶縁層が存在するので、伝導層はac 平面となる。BDA-TTP分子は分子内に8つのS原子を有し、このS原子同士がカラム内・
カラム間に接触を持つ。結晶構造の対称性から軌道の重なりは 5 種類存在する。(Figure 1-12およびTable 1-2)
この結晶構造について強結合近似を用いた拡張Hückel法による重なり積分、バンド構造 およびフェルミ面の計算が行われた。積層方向の重なり積分の比p1/p2=2.70は結晶中のド ナー分子が二量化していることを示す。前述の通り、このように二量化している系はしば
しば1/2-filledのバンド構造となる。しかしながら計算されたバンド構造は間接的に上下の
バンドに小さな重なりを持った1/4-filled的な特徴を有している。(Table 1-3およびFigure 1-13)
Figure 1-12. β-(BDA-TTP)2I3の結晶構造.
(左)c軸投影図, (右)ドナーの配列と重なり積分の定義.
Table 1-2. 常圧下のβ-(BDA-TTP)2I3における結晶学的データ[19]. Chemical formula
Crystal system Space group
Z R wR
C24H24S16I3
triclinic 9.2439(14)
16.788(3) 6.4909(10)
95.250(2) 106.567(2)
95.821(3) 952.8(3)
1 0.0275 0.0675
Table 1-3. 常圧下のβ-(BDA-TTP)2I3における重なり積分の値[19]. Overlap integrals(×10-3)
p1 p2 q1 q2 c
13.91 5.16 0.13 -5.17 -6.65
Figure 1-13. 常圧下におけるβ-(BDA-TTP)2I3の(a)バンド構造, (b)フェルミ面[18].
常圧下の電気抵抗の温度依存性は活性化エネルギー54 meVの半導体的挙動を示す。また 磁化率の温度依存性はJ=-125 Kの一次元反強磁性Heisenberg型模型で良くフィッティン グされた[18]。これらの結果は常圧下のI3塩がMott絶縁体であることを示唆する。(Figure 1-14, 1-15)
また、反射率測定およびRamanスペクトル測定からは電荷の秩序状態を示すスペクトル は得られなかった [21]。このことから、常圧下における半導体的挙動は電荷整列絶縁状態で ないこと、また常圧下の電子状態が1/4-filled状態でないことが示唆される。
以上の結果より、I3塩のバンド構造は計算結果とは異なり1/2-filledであることが示唆さ れる。
Figure 1-14. 常圧下のβ-(BDA-TTP)2I3における電気抵抗の温度依存性[19].
Figure 1-15. β-(BDA-TTP)2I3の磁化率の温度依存性[18].
1-6. 静水圧下におけるβ-(BDA-TTP)
2I
3の物性
山田らは静水圧下のI3塩の超伝導転移温度Tcの圧力依存性を調査し、9.7 kbarの圧力下
でTc=9.5 K(onset)で超伝導転移することを報告した(磁気測定により決定したTcは10.5
Kであった)[18]。前述のとおりこれはBDA-TTPを用いた超伝導体の中では最高温度であ り、かつ有機超伝導体の中でも比較的高い温度である。(Figure 1-16, 1-17)
Figure 1-16. 静水圧下のβ-(BDA-TTP)2I3における超伝導転移温度Tcの圧力依存性[18].
Figure 1-17. 9.7 kbar静水圧下のβ-(BDA-TTP)2I3における電気抵抗率の温度依存性[18].
1-7. 当研究室における一軸圧法によるβ-(BDA-TTP)
2I
3の研究
当研究室の磯野、吉本らは一軸圧法を用いて I3塩の超伝導性と一軸圧印加方向の相関に ついて詳細な研究を試みた。
磯野はac伝導面内の各方向への一軸圧印加を行い、転移温度Tc、臨界圧力Pcの圧力印 加方向・圧力値依存性を調べた[19][20][22]。その結果、Figure 1-18(上)に示すようなPcの 特徴的なφ依存性が明らかとなった。(φはac平面内におけるc軸からの角度、定義はp.29 の「2-3. 一軸圧印加方向の定義および決定法」に記す。)
この結果について、磯野はac面内の各方向への一軸圧下での実効的なバンド幅Wの観点 から考察を行った。一般に有機伝導体における実効的な電子相関はU/W またはV/W によ り与えられるとされ、圧力印加によりこれらのパラメータを変化させることで半導体から 金属や超伝導体へと変化する。このとき、超伝導転移を示し始める圧力Pcがこれらの実効 的な電子相関U/WまたはV/Wにより決定されると考えると、Pcの値は1/Wに影響される はずである。Figure 1-13に示したバンド構造について、強結合近似を用いた拡張Hückel 法による永年方程式の解から、a軸圧下よりもc軸圧下で上下のバンドの重なりWoがより 大きくなることで1/4-filled的なバンド構造の特徴が強くなると考えられた。1/4-filledの電 子状態ではバンド幅は上下のバンド全体の幅 Wtotalで議論され、1/2-filled の電子状態では 上部バンド幅Wupperで議論される。ac平面の各方向からの圧力下におけるそれぞれのバン ド幅のシミュレーションを行ったところ、Pcのφ依存性はa軸近傍では1/Wupper、c軸近傍
では1/Wtotalのφ依存性の形に概ね一致することが分かった。このことより、一軸圧下のI3
塩のバンド構造について、a軸近傍の圧力下では1/2-filled的であることおよびc軸近傍の 圧力下では1/4-filled的であることが示唆された。(Figure 1-19)
またこの研究より、静水圧下10 kbar付近で見られた超伝導は圧力印加に伴うWoの増大 により達成された1/4-filledの電子状態にて生じると考えられた。
また、この研究ではa, b, c軸方向への一軸圧下の電気抵抗の温度依存性を調べた。c軸方 向については超伝導転移が観測されたが、a, b軸方向については12 kbarの圧力まで超伝導 転移が観測されなかったことを特筆しておく。(Figure 1-21)
Figure 1-18. β-(BDA-TTP)2I3の(上)Tc, (下)Pcのac平面内の加圧方向依存性[19][20].
11 10 9 8 7 6 5 P c / kbar
100 50
0 -50
φ/ °
a c (102)
1a
hydrostatic pressure
uniaxial strain
11 10 9 8 7 6 5 4 Tc / K
100 50
0 -50
φ/ °
a c (102)
1a
uniaxial strain
hydrostatic pressure
Figure 1-19. 磯野によるWtotal, Wupper, Woのシミュレーション[22].
Figure 1-20. 常圧下のI3塩のバンド構造におけるWupper, Wtotal, Wo.
Figure 1-21. (a)a軸, (b)b軸, (c)c軸方向への一軸圧下の β-(BDA-TTP)2I3における電気抵抗の温度依存性[19].
磯野の研究を受け、吉本はac伝導面から一軸圧印加方向をずらしていったときの臨界圧 力Pcの変化を調査した[23]。c軸近傍への一軸圧下の測定を行った結果、ac面外へ向かうほ どPcが上昇し、ac平面からのずれθが±10度を越えると15 kbarまでの圧力下では超伝 導は見られなくなった。また理想的な力の分解を考えれば、角度θでの臨界圧力 は
と考えられるが、観測された臨界圧力はこの曲線からずれていた。し
たがって、圧力印加方向に面外方向成分が多く含まれることで純粋な面内方向への圧力と は異なった影響が見られることが明らかとなった。(Figure 1-21)
Figure 1-22. β-(BDA-TTP)2I3のPcのac平面外の加圧方向依存性[23]. 点線は の曲線を表す.
16
14
12
10
8
P c / kba r
-20 -10 0 10 20
degree
1-8. 当研究室外における一軸圧法によるβ-(BDA-TTP)
2I
3の研究
当研究室の磯野、吉本らによって行われたI3塩の一軸圧実験はCuBe 製圧力セルの耐久 性のために15 kbar以下の圧力に限定して行われた。
大阪市立大学のMd. NuruzzamanらはCuBe/NiCrAl製二層式クランプ型の圧力セルを 用い、最大2.3 GPa(=23 kbar)の圧力下でI3塩の一軸圧実験を行った[24]。圧力下の磁場 中およびゼロ磁場中の電気抵抗の温度依存性から、c軸以外の方向についても 2 GPaに近 い高圧下であれば超伝導転移が観測されることが示唆された。特に、トランスファーの非 常に小さい b 軸と思しき方向への一軸圧下にて超伝導が観測されたことは非常に興味深い 結果である。これらの超伝導性について、Md. Nuruzzamanらはc軸方向への一軸圧では
1/4-filledの電荷整列絶縁状態に、a軸およびb軸方向(目視により決定、詳細は次段落に
て述べる)への一軸圧では1/2-filledのMott絶縁状態に起因した超伝導機構が働くと考え た。(Figure 1-22)
ただし、磯野・吉本はX線結晶構造解析により一軸圧印加方向を正確に決定していたのに 対し、Md. Nuruzzamanらは一軸圧印加方向を目視により決定した。そのため、この高圧 下における超伝導がどの方向への一軸圧の印加により観測されるのか明らかでなく、結晶 構造の変化と超伝導性の関係が明らかでない。
Figure 1-23. Md. Nuruzzamanらによるβ-(BDA-TTP)2I3の(上)目視a軸圧下,
(下)目視b軸圧下おける電気抵抗率の温度依存性[24].
1-9. 本研究の目的
磯野・吉本・Md. Nuruzzamanらにより、I3塩は一軸圧印加方向および圧力値によって
1/2-filled と 1/4-filled の両方の充填状態を制御することのできる稀有な性質を有すること
が示唆されている。また、それぞれの電子状態で別々の超伝導機構が存在している可能性 があり、この電子状態と超伝導性の関係性は有機超伝導の機構の理解の助力となりえる。
そこで本研究では、a軸近傍方向、b軸近傍方向、各軸間方向に高圧の一軸圧を印加して 電気物性を測定することで、I3塩の電子状態と超伝導性の関係性を調べることを目的とした。
2. 実験手法
2-1. BDA-TTP の合成
下記のスキームの通りにドナー分子BDA-TTPの合成を行った。詳細は「6-1. BDA-TTP の合成の詳細」に記す。
Figure 2-1. BDA-TTPの合成スキーム.
物質2および物質5は不安定な油状物質であるため秤量は行わなかった.
2-2. β-(BDA-TTP)
2I
3の合成
合成したBDA-TTPを用い、電解結晶化法にてβ-(BDA-TTP)2I3の合成を行った。
H型の電解結晶セルの片側にBDA-TTPの黄色粉末を移し、Tetrabuthylammonium
triiodide(=TBA I3)をセルの両側に加えた。これに活性Al2O3カラムにて脱水した
1,1,2-Trichloroethane(=TCE)を加えて溶解した。硫酸に浸けた後、純水で洗浄、火に当 て清浄にした白金電極を窒素置換したセルに浸した。これを暗所にて静置しつつ数日間定 電流を印加し、I3塩の黒色板状結晶を合成した。
合成条件をTable 2-2に示す。
Table 2-1. β-(BDA-TTP)2I3の電解結晶条件.
No. BDA-TTP (mg/mol)
TBA I3
(mg/mol)
TCE (ml)
Temperature (℃)
Current (A)
Time (days) 1
2
10.0/2.42 7.4/1.8
106.1/170.3 78.7/126
16 19
r.t.
r.t.
0.1-0.2 0.3-0.5
15 104
合成したI3塩は単結晶X線構造解析により同定した。Table 2-3に構造解析の結果を示す。
Table 1-2に示した格子定数とは順序や数値そのものが違っているが、格子変換により同一
の構造であることを確認した。
後述する電気伝導度測定の結果について、No.1, 4, 6, 7には兵庫県立大学の山田順一教授 から提供していただいたI3塩を、それ以外にはここで合成したI3塩を使用した。
Table 2-2. 同定したI3塩の結晶構造.
Chemical formula Crystal system
Space group
T(K) Z R wR
C24H24S16I3
triclinic 6.501(4) 9.679(5) 16.806(12)
80.85(3) 84.72(2) 66.48(3) 956.8(11)
293 1 0.0368 0.1150
2-3. 一軸圧印加方向の定義および決定法
本研究における一軸圧印加方向は磯野および吉本による先行研究と同じく、X線結晶構造 解析により決定した。
一軸圧印加方向をZ、ac平面へのZの射影をZ’として、Z’とc軸のなす角をφ(c軸から a軸へ向かう方向を正)、ZとZ’のなす角をθ(ac平面からb軸へ向かう方向を正)と定義 する。(Figure 2-8)
この定義は磯野および吉本の研究における定義と同じである。
Figure 2-2. 一軸圧印加方向の角度の定義.
X線測定には装置にXtaLab mini(Rigaku)、ソフトウェアにCrystal Clearを使用し、
測定ステップとしては格子定数のみの測定後の[Assign Unit Cell]までを行った。このとき、
いくつかの結晶格子が提案されるがFigure 2-8の左側のようなTable 1-2と同じ格子定数 の格子を選択した。[Assign Unit Cell]後のoutput file中のUB行列から逆格子ベクトル を得て、この逆格子ベクトルから格子ベクトル を計算し、格子ベクトルのx, y, z成分から上記の定義に従いφ, θを計算することで一軸圧印加方向を決定した。
2-4. 電気伝導度測定のサンプル調製
平均的なサイズが0.5×0.2×0.05 mm3のI3塩の黒色結晶に対し、カーボンペーストを介 して直径φ=10 mの金線4本を接着した。金線接着後、保護のために結晶にアクリル樹脂
X-22(TAMIYA)を塗付した。真鍮製の台座に固定し皮膜を剥がしたエナメル線4本と金
線4本をカーボンペーストにて接着し、結晶を台座上にマウントした。(Figure 2-9)
Figure 2-3. 台座にマウントしたI3塩の結晶.
アクリル樹脂乾燥後、XtaLab mini(Rigaku)を用いて結晶の方向を確認しつつ一軸圧 印加方向の調整を行った。結晶が目的の方向に向いたことを確認した後、エポキシ樹脂
stycast 1266にて結晶を固定した。2, 3日静置してエポキシ樹脂が硬化したことを確認し、
再度X線測定により一軸圧印加方向を確認した。測定試料をCuBe/NiCrAl製二層式クラン プ型圧力セルに入れた。(Figure 2-10)
試料を封入した圧力セルに常圧~25 kbarの範囲の圧力をゆっくりと印加し、クランプを しっかり締めて圧力を固定した。
2-5. 電気伝導度測定
標準的な直流四端子法による電気伝導度測定を行った。(Figure 2-11)
電源にはR6144(山脇電子工業)、電圧測定装置には3457Aマルチメータ(HEWLETT PACKARD)、温度調整にRDK-205D 4K Cryocoolorおよび325 Temperature Contoroller
(LakeShore)を使用した。
測定温度範囲4-290 Kについて、基本的には0.6 K/minで温度掃引しながら0.5 Kごと に±100 Aの電流を3回ずつ印加してその平均の電気抵抗をプロットした。測定状況によ っては温度掃引速度および電流を適宜調節した。
次章に示す電気抵抗の温度依存性のグラフには降温過程を示している。降温過程と昇温 過程の間で温度掃引速度に由来する僅かなヒステリシスが見られたが、定性的な挙動に差 異はなかった。
測定したデータにおける指数関数的な半導体的抵抗挙動 について
として活性化エネルギーEaを計算した。kBはボルツマン定数である。
Figure 2-5. 四端子法概略図.
3. 測定結果
■サンプルNo.1
Figure 3-1. サンプルNo.1における(左)電気抵抗の温度依存性,
(右)活性化エネルギーの圧力依存性.
φ/θ=-85.3/10.9に一軸圧の印加を行った。
3-12 kbarの圧力下において電気抵抗は測定した全ての温度で半導体的挙動を示したが、
15 kbarにおいて250 K付近でわずかに金属的挙動を示した。金属的挙動は22 kbarまで
見られたが、17-22 kbarでは150-200 Kの間で半導体的挙動へと転移した。この金属‐絶 縁体転移温度TM-Iは圧力印加により高温側へとシフトした。
全ての圧力で活性化エネルギーEaを計算することができた。圧力の増加に伴い、活性化 エネルギーは3-12 kbarでは線形的に減少し、金属状態への転移が見られ始める12-15 kbar 間で大きく値が跳び、15-22 kbarで非線形的にEa=5.6 meVまで減少する。
■サンプルNo.2
Figure 3-2. サンプルNo.2における(左)電気抵抗の温度依存性,
(右)活性化エネルギーの圧力依存性.
φ/θ=-75.3/14.9に一軸圧の印加を行った。
3-12 kbarの圧力下において電気抵抗は測定した全ての温度で半導体的挙動を示したが、
15 kbarにおいて室温から130 Kまで金属的挙動を示した。15 kbarでは130 Kで抵抗は
最小となり金属‐絶縁体転移を示し、30 Kで抵抗は最大となり再び金属‐絶縁体転移を示 す。16-21 kbarでは測定した全ての温度で金属的挙動を示すが、16 kbarでは50 K近傍、
17-21 kbarでは70 K近傍を境に金属的挙動の減少傾向が異なっていた。
半導体的挙動を示した3-15 kbarで活性化エネルギーEaを計算することができた。圧力 の増加に伴い活性化エネルギーは減少傾向を示したものの、その減少幅は小さく、15 kbar でEa=30 meV程度であった。
■サンプルNo.3
Figure 3-3. サンプルNo.3における(左)電気抵抗の温度依存性,
(右)活性化エネルギーの圧力依存性.
φ/θ=-69.8/-17.0に一軸圧の印加を行った。
3-9 kbarの圧力下において電気抵抗は測定した全ての温度で半導体的挙動を示した。11
kbarにおいて室温から200 K付近まで金属的挙動を示し200 K付近で抵抗は最小をとり、
およそ200 Kで金属‐絶縁体転移を示したのち、30 Kで抵抗は最大となり再び金属‐絶縁
体転移を示し、そして6.47 Kにて抵抗が急落した。12 kbarの挙動は11 kbarのものとお およそ似ていたが、低温では挙動に乱れがあった。13, 14 kbar においても200 K付近での 金属‐絶縁体転移が見られたが、14 kbarでは150 K付近で再び金属状態へと転移する。
16-19 kbarにおいてはこの金属‐絶縁体転移は示さず、常温から低温まで金属的挙動を維
持した。また、13 kbar以上の圧力下においては低温にて絶縁体への急激な転移が見られた。
この急激な金属‐絶縁体の転移温度TM-Iは13 kbarではTM-I=10 K、14 kbarではTM-I=10 K、16 kbarではTM-I=30 K、18 kbarではTM-I=40 K、19 kbarではTM-I=30 Kと大きく変 化した。また、18 kbarにおいては6.93 Kにて抵抗の急落を観測したが、19 kbarではこ の急落は観測されなかった。
半導体的挙動が指数関数的であった3-12 kbarについて活性化エネルギーEaを計算する ことができた。3-9 kbarでは活性化エネルギーは線形的に少しずつ減少したが、低温にて 抵抗の急落の見られた11 kbarでは活性化エネルギーもまた急落を示した。
■サンプルNo.4
Figure 3-4. サンプルNo.4における(左)電気抵抗の温度依存性,
(右)活性化エネルギーの圧力依存性.
φ/θ=3.1/77.0に一軸圧の印加を行った。
3-11 kbarの電気抵抗は測定した全ての温度で半導体的挙動のみを示した。13, 15 kbar
では常温から200 K付近まで金属的挙動を示し、最低値を取った後、半導体的挙動へと転
移した。18-22 kbarについて、200 K付近まで金属的挙動、170 K付近まで半導体的挙動、
18 kbarでは125 Kまで、20, 22 kbarでは80 K以下まで金属的挙動を取った後、最低温
まで半導体的挙動を取るといった、微妙な変化はあるが、測定した温度範囲で抵抗はほぼ 一定の値であった。
半導体的挙動が指数関数的であった3-18 kbarについて活性化エネルギーEaを計算する ことができた。全体を通して減少傾向を取るが、9 kbarから値は大きく減少し、18 kbar
ではEa=1.15 meVと非常に小さな値をとった。
■サンプルNo.5
Figure 3-5. サンプルNo.5における(左)電気抵抗の温度依存性,
(右)活性化エネルギーの圧力依存性.
左図の挿入図は(上)10 kbar,(下)11 kbarのそれぞれにおける0-40 Kの拡大図.
φ/θ=10.4/-45.4に一軸圧の印加を行った。
3, 6 kbarの電気抵抗は測定した全ての温度で半導体的挙動を示した。9 kbarでは40 K
以下で半導体的挙動が穏やかになり、7 Kにて金属状態へと転移した。10 kbarでは常温か ら25 K付近までは半導体的挙動を示すが、それ以下の温度で金属状態へと転移し、6.43 K にて抵抗に急落が見られた。11 kbarにおいてもこれとほとんど同様の挙動を示した。抵抗 の急落は見られなくなるが、12-22 kbarまでほとんど同様の挙動を示した。
半導体的挙動が指数関数的であった3-16 kbarについて活性化エネルギーEaを計算する ことができた。計算の行えた範囲で概ね線形的な減少傾向を示し、16 kbarではEa=2.76 meVであった。
■サンプルNo.6
Figure 3-6. サンプルNo.6における(左)電気抵抗の温度依存性,
(右)活性化エネルギーの圧力依存性.
14 kbarの250 K付近にデータの乱れが見られたが原因は不明.
φ/θ=23.1/31.8に一軸圧の印加を行った。
測定した3-18 kbarの全ての温度で半導体的挙動のみを示した。14 kbarの250 K付近に
てデータに乱れが見られたが、昇温過程では200 K付近で極僅かに類似したものが見られ たのみで以降の測定では異常はなかった。原因は不明であるが、測定の一時的な不良であ ると考えられる。
全ての圧力で活性化エネルギーEaを計算することができた。大まかな減少傾向は見られ るが減少幅は小さく、18 kbarにおいてもEa=18.8 meVであった。
■サンプルNo.7
Figure 3-7. サンプルNo.7における(左)電気抵抗の温度依存性,
(右)活性化エネルギーの圧力依存性.
φ/θ=46.8/-78.0に一軸圧の印加を行った。
3-12 kbarの電気抵抗は測定した全ての温度範囲で半導体的挙動のみを示した。ただし、
12 kbarのデータは降温過程の測定プログラムにミスがあったため代替として昇温過程の
データを示している。14 kbar以上の圧力では室温近傍にて金属的挙動を示した。14 kbar
では180 K付近、15-23 kbarでは100 K付近まで金属的挙動を示し、それ以下の温度で絶
縁体へと転移した。
半導体的挙動が指数関数的であった2-10 kbarについて活性化エネルギーEaを計算する ことができた。計算の行えた範囲で概ね線形的な減少傾向を示し、10 kbarではEa=7.35 meVであった。
■サンプルNo.8
Figure 3-8. サンプルNo.8における(左)電気抵抗の温度依存性,
(右)活性化エネルギーの圧力依存性.
φ/θ=61.4/8.3に一軸圧の印加を行った。
測定した3-22 kbarの全ての温度で半導体的挙動のみを示した。高圧になるに伴い室温で
の電気抵抗が低下していることから、圧力が印加されていることが確かめられる。
全ての圧力で活性化エネルギーEaを計算することができた。しかしながら、圧力を印加 したにもかかわらずほとんどまったく活性化エネルギーEaは減少しなかった。
■サンプルNo.9
Figure 3-9. サンプルNo.9における(左)電気抵抗の温度依存性,
(右)活性化エネルギーの圧力依存性.
φ/θ=63.1/31.4に一軸圧の印加を行った。
3-17 kbarの電気抵抗は測定した全ての温度範囲で半導体的挙動のみを示した。ただし、
12 kbarでは30 K付近、14-17 kbarでは50 K付近前後で半導体的挙動の傾向が異なって
いた。19, 20 kbarではおよそ20-35 Kで僅かに金属的挙動を示し、20 K以下で再び絶縁体
へと転移した。しかしながら22 kbarではこの金属的挙動は見られず、測定した全ての温 度で半導体的挙動のみを示した。
半導体的挙動が指数関数的であった3-14 kbarについて活性化エネルギーEaを計算する ことができた。計算の行えた範囲で概ね線形的な減少傾向を示したものの、減少幅は小さ く14 kbarで22. 4 meVであった。
以上の結果を以下のFigure 3-10およびTable 3-1にまとめた。
Figure 3-10. 本研究における測定方向および測定結果.
Table 3-1. 本研究における測定方向および測定結果, 軸の方向.
No. φ(degrees) θ(degrees) 金属的挙動 (kbar)
抵抗の急落の開始
(kbar/K) マーク
1 2 3 4 5 6 7 8 9
-85.3 -75.3 -69.8 3.1 10.4 23.1 46.8 61.4 63.1
10.9 14.9 -17.0 77.0 -45.4 31.8 -78.0 8.3 31.4
15 ~ 16 ~ 11 ~ 13 ~ 10 ~
- 14 ~
- 19, 20
- -
11/6.47、18/6.93 -
10/6.43 - - - -
▲
▲
●
▲
●
◆
▲
◆
▲ a軸
b軸 c軸
-73.4 55.2
0
0 -80.8
0
+ + +
4. 考察
4-1. 各結晶軸間方向への一軸圧下の電気物性
No.5の測定結果について、10 kbarにて超伝導と思しき挙動を観測した。本研究では磁 場下における伝導度の測定は行えていないため、この挙動が超伝導によるものか定かでは ない。以下では、仮にこの挙動が超伝導に由来するとした場合について議論を行う。
磯野および吉本による先行研究を参考にすると、I3塩において10 kbar程度の圧力におけ る超伝導は 1/4-filled の電子状態で発現していると考えられる。しかしながら、この
1/4-filledの電子状態はc軸近傍方向への一軸圧の印加により有効に上下のバンドの重なり
Woが増大するために生じているとされた。No.5はθ=-45.4とac伝導面から大きく外れた 方向への一軸圧であるため、この結果は圧縮による効果のみを考えると不可解である。
この1/4-filledの電子状態が達成されるための可能性の一つとして、以下の状況を考えた。
I3塩において、ジチアン環の立体障害のために BDA-TTP 分子は二量体を形成し、二分子 周期でおよそb軸に方向に「ズレ」て積層している。一軸圧印加方向がac面内方向から分 子長軸方向へ向かう場合には分子はこの「ズレ」を矯正するような「スリップ」をするの ではないかと考えた。この「スリップ」の効果を検討するため、次に示す条件でNo. 5の方 向への一軸圧におけるバンド構造の変化についてのシミュレーションを行った。(Figure 4-1)
ii) BDA-TTP分子の長軸方向にのみ「スリップ」を考える
ii)a軸方向の圧縮を無視し、積層するBDA-TTP分子間の距離は「ズレ」の矯正の前後でほ ぼ等しくなるように保つ
この条件を元に、常圧における結晶構造から Figure 4-1(右)に示すような仮想的な結晶 構造を用意し、強結合近似によりバンド構造の計算を行った。また、No.5をより正しく再
った。この時、c軸方向へ1%の圧縮を行った。これは5 kbarの静水圧下のc軸方向の圧縮 率に相当する。
シミュレーションの結果をTable 4-1に示す。p1/p2の値より、スリップにより二量化が 緩和されたことが分かる。ここで、Hückel法より永年方程式を解くと、Figure 1-12(p. 10)
に示した各トランスファーtを用いて
となる。 、 は と逆符号をとるため、二量化が緩和されtp1=tp2へ近付くほど、または、
c軸方向のトランスファーが増大するほどWoが大きくなる。スリップを考慮した場合には
p1-p2の値も増加しているが、それ以上にcの値が増加しているため、全体として常圧下
よりもWoの値は増加する。このスリップに c軸方向への1%の圧縮を加えた時、単純な c 軸方向への圧縮よりもWoは大きくなった。
θが負の方向への一軸圧の印加により BDA-TTP 分子がスリップする場合、二量化の緩 和とc軸方向のトランスファーtcが増大することでバンドの重なりWoが増大し、1/4-filled 状態へと近付くことがシミュレーションされた。ここでは一軸圧印加方向を考慮してスリ ップの可能性を検討したが、このスリップが実際に起こっているのか確認するため、また はバンド構造そのものを明らかにするために、今後の研究にて一軸圧下での構造解析が行 われることが強く望まれる。
Figure 4-1. (左)常圧下の実測の結晶構造, (右)スリップ後の仮想的な結晶構造.
Figure 4-2. (a)常圧下,(b)スリップ後,(c)1%c軸圧縮後,
(d)スリップ+1%c軸圧縮後のバンド構造.
Table 4-1. 重なり積分( )およびバンドの重なりの変化のシミュレーション.
常圧 スリップ 1%c軸圧縮 スリップ +1%c軸圧縮 p1
p2 q1 q2 c
14.02 5.83 0.15 -5.41 -6.86
19.14 9.46 -4.47 -0.48 -8.18
14.00 5.83 0.40 -5.45 -7.66
19.14 9.46 -4.50 -0.07 -9.08
p1/p2 2.40 2.02 2.40 2.02
p1-p2 8.19 9.68 8.17 9.68
No.6 および No.8 のφおよびθが正の方向への一軸圧では、半導体的挙動のみが観測さ れ、活性化エネルギーがほとんど減少しなかった。
また、No.9もまたこのφおよびθが正の方向への一軸圧であり、低温にてごく限られた 範囲で金属的挙動は観測されたものの22 kbar の圧力まで半導体的挙動は抑制されなかっ た。このとき、常圧からの活性化エネルギーの減少幅も小さかった。
このφおよびθが正の方向は分子短軸方向からFigure 1-12(右)のq1方向の間の方向 に相当する。そのため、この方向への一軸圧では先の例で検討したような分子長軸方向へ のズレの矯正は起こりがたいと考えられる。Table 4-2に示した先行研究における常圧下と 静水圧下での重なり積分の変化を参考にすると、圧力下においても重なり積分q1は小さい ままである。そのため、この方向への一軸圧下においてはバンド構造および電気物性に変 化はなく、基底状態であるMott絶縁状態を保ったものと考えられる。
Figure 1-12. β-(BDA-TTP)2I3の結晶構造, ドナーの配列と重なり積分の定義.(再掲載)
Table 4-2. 静水圧下におけるI3塩の重なり積分の変化( )[19].
1 bar 3.5 kbar 7.5 kbar
p1 p2 q1 q2 c
13.96 5.28 0.10 -5.16 -6.86
14.78 5.74 -0.20 -5.32 -6.92
15.69 7.36 0.28 -5.14 -7.90