2017年度 修士論文
B リーグ観戦者の経験価値に関する研究
早稲田大学 大学院スポーツ科学研究科
スポーツ科学専攻 スポーツビジネス研究領域
5016A024-3
鈴木 北斗
研究指導教員: 原田 宗彦 教授
目次
第1章 序論 ... 1 第1節 日本バスケットボール界の現状とこれまでの経緯 ... 1 第2節 B.LEAGUE の開幕 ... 4 第3節 B リーグの現状 ... 5 第4節 関係性マーケティングの重視 ... 7 第5節 経験価値マーケティングの重要性 ... 8 第6節 スポーツと経験価値 ... 10 第7節 研究の目的 ... 13 第2章 先行研究 ... 14 第1節 経験価値に関する研究 ... 14 第2節 経験価値とフローに関する研究 ... 17 第3節 経験価値とスポーツ観戦に関する研究 ... 18 第3章 研究方法 ... 23 第1節 研究の流れ ... 23 第2節 調査概要 ... 24 第3節 調査項目 ... 26 第4節 モデルの検討 ... 28 第4章 研究結果 ... 30第1節 サンプルの属性 ... 30 第2節 モデルの妥当性と信頼性の検証 ... 33 第3節 新規ファンと既存ファンによる経験価値の比較 ... 36 第4節 性別による経験価値の比較 ... 38 第5節 新規ファン×性別による経験価値の比較 ... 39 第6節 経験価値の観戦回数への影響 ... 40 第7節 経験価値とソーシャルメディア ... 41 第5章 考察 ... 46 第1節 スポーツ観戦における経験価値尺度の構造 ... 46 第2節 B リーグ観戦者の経験価値 ... 48 第3節 スポーツ観戦における経験価値と観戦回数 ... 50 第4節 スポーツ観戦における経験価値とソーシャルメディア ... 52 第6章 結論 ... 54 第1節 結果の総論 ... 54 第2節 研究の限界 ... 55 参考文献 ... 56 参考資料 ...
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第1章 序論
第1節 日本バスケットボール界の現状とこれまでの経緯 「世界で最も競技人口が多いスポーツは何か」と問われたら、多くの人はサッカーやテニスなどの 人気スポーツを想像するのではないだろうか。実際に全世界の男女総計競技者人口をみると、最も多 いのはバスケットボールであり、その数は約 4 億 5,000 万人と言われている(Japan Professional Basketball League, 2015)。サッカーは約 2 億 6,000 万人、テニスは約 1 億人であり、バスケットボ ールというスポーツの競技人口の多さが伺える。国際バスケットボール連盟(FédérationInternationale de Basketball、以下「FIBA」と略す)には、213 の国(協会)が加盟しており(FIBA
公 式 ホ ー ム ペ ー ジ , 2016 )、 こ れ は 国 際 サ ッ カ ー 連 盟 (Fédération Internationale
de Football Association、以下「FIFA」と略す)の 211(FIFA ランキング, 2017)を上回る。北米 4 大プロスポーツリーグ NBA(National Basketball Association、以下「NBA」と略す)を頂点に、50 以上の国や地域でプロリーグが運営されており、高い人気を誇っている。 日本においては、バスケットボールは小学校及び中学校の学習指導要領に明示されており、体育の 授業に取り入れられることが多く、中学校や高等学校の部活動としても盛んなことが挙げられる。体 育連盟への加盟生徒数(男女合計)を競技別で見ると、中学校、高等学校ともに 2 番目、3 番目と、 非常に競技人口の多いスポーツである。また、男女間で比較すると分かるように、性別による競技人 口の差が小さいことが特徴的である(表 1, 2)。中学・高校以外の実業団・クラブ・大学なども合わ せると、日本全体で約 63 万人の競技登録者がいる(笹川スポーツ財団, 2017)。
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1 サッカー 212,239 ソフトテニス 176,984 ソフトテニス 338,627 2 軟式野球 174,343 バレーボール 154,844 バスケットボール 297,941 3 バスケットボール 162,584 バスケットボール 135,357 卓球 252,649 4 ソフトテニス 161,643 卓球 97,645 陸上競技 223,437 5 卓球 155,004 陸上競技 95,972 サッカー 218,055 6 陸上競技 127,465 バドミントン 87,038 バレーボール 136,507 7 バレーボール 56,692 ソフトボール 39,623 軟式野球 177,029 8 剣道 52,634 剣道 33,210 バドミントン 136,507 9 バドミントン 49,469 水泳競技 17,104 剣道 85,844 10 水泳競技 32,210 ハンドボール 11,060 水泳競技 49,314 (出典:(財)日本中学校体育連盟HPより作成) 1 サッカー 165,977 バレーボール 60,333 サッカー 176,928 2 野球(硬式) 161,573 バスケットボール 58,778 野球(硬式) 161,573 3 バスケットボール 94,433 バドミントン 56,821 バスケットボール 153,211 4 陸上競技 68,681 陸上競技 39,605 バドミントン 117,998 5 テニス 64,905 テニス 36,955 陸上競技 108,286 6 バドミントン 61,177 ソフトテニス 35,539 バレーボール 107,045 7 卓球 51,764 弓道 31,754 テニス 101,860 8 ソフトテニス 49,115 卓球 21,648 ソフトテニス 84,654 9 バレーボール 46,712 ソフトボール 21,395 卓球 73,412 10 弓道 33,364 ハンドボール 16,512 弓道 65,118 (出典:(財)全国高等学校体育連盟HP, (財)日本高等学校野球連盟HPより作成) 順位 加盟生徒数 男子 女子 合計 順位 加盟生徒数 男子 女子 合計 表2 高等学校における体育連盟・野球連盟への加盟登録状況(平成29年度) 表1 中学校における体育連盟への加盟登録状況(平成29年度) このように、バスケットボールの競技人口は多く、人気なスポーツにも関わらず、日本のバスケッ トボール界はこれまでプロ化が進んでいなかった。日本のプロ野球やJリーグの組織形態とは異なり、 複数のトップリーグが存在していたからである。 組織として、日本のバスケットボールの統括団体が日本バスケットボール協会(Japan Basketball Association、以下「JBA」と略す)である。JBA は FIBA に加盟しており、傘下には 2013 年から 2016 年まで国内トップクラスの実業団チームが所属するナショナル・バスケットボール・リーグ(National Basketball League、以下「NBL」と略す)が存在していた。一方 JBA の統括外では、2005 年から 2016 年まで株式会社日本プロバスケットボールリーグが主催していた日本初のプロバスケットボールリー3
グである bj リーグが存在し、国内でそれぞれ独立した二つのトップリーグが運営されていた。 bj リーグ設立の背景として、工藤(2007)は 1990 年代のバブル経済崩壊以降の不況から、経緯を 述べている。バブル崩壊後の不況に伴い、会社再建の為のリストラや合理化の一環として、また福利 厚生機能の低下、広告宣伝媒体としての価値損失、社員と選手の一体感の希薄化などの理由で、多く の企業スポーツチームはその存在意義を問われ、結果的に休部・廃部を余儀なくされた。バスケット ボールチームも例外ではなく、日本リーグ男子では 1995 年のアンフィニ東京、新日本製鉄を皮切りに 約 10 年の間に 11 ものチームが休部に追い込まれ、こうした企業所有型のチームが減少する一方、企 業から切り離されたチームが任意団体として活動を継続したケース、法人格を取得してクラブ事業化 を試みるケースなど、非企業所有型チームが増加した(工藤, 2007)。 このような財政的な自立を目指すチームが増える一方で、リーグがそのような動きに対応していな い現状があると原田(2005)は指摘した。事実、男子バスケットボールにおいては、親会社の支援が 打ち切られたことを機に、地域密着型のクラブチームに方向転換しプロ化を目指していた「新潟アル ビレックス(現新潟アルビレックス BB)」や「さいたまブロンコス(現埼玉ブロンコス)」と、当時所属していた NBL の前身である日本バスケットボールリーグ(Japan Basketball League、以下「JBL」 と略す)との間で、ゲームの運営方式や試合興行権の扱い等で様々な軋轢が生じ、結果的に両チーム がリーグ脱退を宣言する事態となった。この背景には、JBA が 1993 年に「プロ化検討部会」を設置し たものの、一向にプロ化が進まない状況があったと工藤(2007)は述べている。チームの事業化に加 え、国際競技力の向上の必要性を背景に、脱退を宣言した上記 2 チームを中心に他 4 チームが加わり、 日本初のプロバスケットボールリーグである bj リーグが発足した。しかし、bj リーグ発足後も JBA・ JBL との対立状態は続き、2005 年から約 11 年間に渡り、国内に 2 つのトップリーグが存在した。
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第2節 B.LEAGUE の開幕 FIBA は日本の国内にトップリーグが 2 つ存在している事態を、普及および強化の弊害になるとして 問題視していた。FIBA が JBA に対し、必要であると指摘した問題点は「トップリーグの統一」、「協会 の体制および組織の改革」、「ユース世代を含めた代表強化体制」の 3 つであり、2008 年からリーグの 統合を促していたが、統合の動きは進まなかった。2014 年、FIBA は JBA の会員資格の無期限停止処分 を下し、日本は国際試合への出場資格を失うこととなった。これを受けて、FIBA は日本の 2 つのリー グの統合を含む諸問題を改革するため、JAPAN 2024 TASKFORCE(以下、「タスクフォース」と表記する) を発足させた。その後、タスクフォースの主導のもと、2 つのリーグの統合を検討した結果、2015 年4 月 1 日にジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(Japan Professional Basketball
League、JPBL)通称「B.LEAGUE」(以下、「B リーグ」と表記する)が設立された。そして、同年 6 月
にスイスの FIBA 本部で開催された執行役員会にて、タスクフォースが中間発表を行い、その後 8 月に
東京で開催された FIBA セントラルボードにて、タスクフォースのそれまでの活動が評価され、国際資
格停止処分の正式な解除が決定した。運営を開始した B リーグ初年度のシーズンは、B1・B2 各 18 ク
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第3節 B リーグの現状B.LEAGUE Monthly Marketing Report #6(2017)および B.LEAGUE 2016-17 SEASON REPORT(2017)
によれば、トップリーグである B1 入場者数は昨年と比べ 50%増加し、B2 入場者数も昨年に対し 33% 増加している(2015-16 シーズンの数字は B1, B2 所属各クラブの旧リーグのシーズン入場者数から算 出している)。リーグ全体の入場者数は 2,262,409 人を記録した。この結果は、昨シーズンの総入場者 数の 1,617,212 人と比較して 43%増加した(図 1)。 1,005,347 487,454 1,617,212 1,499,352 646,791 2,262,409 0 500,000 1,000,000 1,500,000 2,000,000 2,500,000 B1 リーグ B2 リーグ 全体 2015-16 シーズン 2016-17 シーズン
( 出典:B.LEAGUE 2016-17 SEASON REPORT より作成 )
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2016-17 シーズンの満員試合数は244 試合であり、B1 全試合の32.7%(182 試合)、B2 全試合の10.4%
(57 試合)、リーグ主管全試合の 55.6%(5 試合)が満員試合となった(満員試合:アリーナ収容キ
ャパシティの内 85%以上の入場者数の試合、リーグ主管:オールスターゲーム, 日韓戦, 開幕戦, 残
留プレーオフ 2 回戦, B リーグファイナル, 入れ替え戦, B2 決勝・3 位決定戦)。B リーグ SNS フォロ
ワー(対象 SNS:Facebook, Twitter, Instagram, LINE)も大きく増加しており、フォロワー数は 40
万人を突破し昨年比 315%以上の成長をしている。B.LEAGUE online survey(2017)によると、B リー
グ全国認知率は 2015 年と比べ 60%増加し、約 65%まで伸長した。これは、プロ野球(90%)・J リー
グ(87%)に次ぐプロスポーツとして認知されつつある。観戦意向率も 18.1%まで向上しており、特
に 10・20 代の若者世代の観戦意向が大きく向上している。
2 年目となった 2017-18 シーズンは 2017 年 9 月 29 日に開幕した。B1・B2 全体の入場者数(開幕か
ら 10 月末まで)は、B1 が昨年に対し 1%減少、B2 は昨年と比べ 21%増加しており、全体の平均で 4%
増加している(B.LEAGUE Monthly Marketing Report 2017-18 SEASON #1, 2017)。B リーグのチェア
マンである大河正明氏は、リーグ初年度は「どれだけお客さんに来ていただけるか」ということを最 も重視したと述べている(東洋経済, 2017)。2 年目はリーグが立てた「観客動員数を 10%以上増やす」 という目標を背景に、多くの娯楽や情報が溢れる現代において、いかにバスケットボールを観戦して もらえるかを考え抜けるフラットな視点とアイデアを持つ広報やマーケティングのプロフェッショナ ルの力が足りていないとし、マーケティングの重要性を述べている。また、株式会社電通のマーケテ ィング・マネージャーである渡邊典文氏は、日本のスポーツ市場の「観戦」という側面で共通する伸 びしろとして、①潜在ファンを「最初の観戦」に導く仕組みが確立されていない、②トライアルファ ンがリピーターとして定着していない、③既存ファンへのおもてなし・体験向上ができていない、と
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いう 3 つの点を指摘している(電通報, 2017)。①に関しては先述した通り、B リーグ初年度の最も重 視していた点であり、結果的にリーグ全体として大きく増加している。今後 B リーグが成長していく 為に、開幕後に飛躍的に増加したファン・開幕前から観戦に来ているファンに対し、どのようなマー ケティング活動を行うか考慮することが重要となるだろう。 第4節 関係性マーケティングの重視 武藤(2008)はスポーツファイナンスにおいて、チケット収入やスポンサー収入等の変動のある収 入が下振れした際に財務リスクが発生しやすいとし、また、原田(2008a)はプロクラブの安定経営に は、多数のコアファンによって構成される顧客ベースの存在が不可欠であると述べている。ファン離 れが進むと財務内容が悪化していく。ブランド力の強化と、それをチケット販売に直結させる関係性 マーケティングの実践が、チーム・クラブ運営に必須の課題である(原田, 2008a)。更に松岡(2004) は、簡単にはグループ化できない個性化したスポーツ消費者の個々のニーズに応えるために、顧客に 個別のワン・トゥ・ワンで対応し、個々の顧客と企業・組織との関係(リレーション)の構築と継続 をマネジメントする CRM(カスタマー・リレーション・マネジメント)の導入が重要であるとした。 B リーグは設立当初から、マーケティング戦略の中心を「顧客データの収集・活用」として、デジ タルマーケティングを推進している。B リーグの事務局長である葦原一正氏によれば、B リーグだから こそ、観戦者とファンクラブの情報を全て一括管理することができ、バスケットボール市場規模やポ テンシャルの見積もりの精度が高くなる。なぜなら、野球やサッカーは観戦者やファンクラブの情報 が個別のクラブに集約されており、また競技者の情報は協会側にあるため、情報の一括管理が成され ておらず、CRM の活用が出来ていないからである。1990 年代前半は、アメリカのメジャーリーグと日8
本のプロ野球の市場規模は同程度であった。しかし、現在メジャーリーグは 1 兆円規模に成長してお り日本のプロ野球と大きな差がある。アメリカはチームではなく、リーグがビジネス全体を統括して いるために大きく成長した(Insight for D, 2016)。 B リーグは顧客データ全体を統括し、来場者のデータを集約している統合データベース内の顧客に 対し、最適化(パーソナライズ)された情報やサービスの提供と、それらを通じて顧客のロイヤルテ ィの醸成やファンの定着・拡大に繋げていくことを目指している。更に、メインターゲットである 10 ~30 代の若年層が「スマートフォン世代」であることから、スマートフォンを中核のツールとして位 置づけている。B リーグのマーケティング部長である安田良平氏は、観戦チケットをスマートフォン 上で購入可能なアプリなどを通じて、来場者のデータを収集・把握し、後のパーソナライズ戦略に繋 げる起点となると述べている(Insight for D, 2016)ことから、B リーグ全体として個々の顧客との 関係を構築する関係性マーケティングを重視していることが予想される。 第5節 経験価値マーケティングの重要性 関係性マーケティングを論じる上で、しばしば顧客の「経験価値」という言葉が挙げられる。顧客 経験価値の源流は、1980 年代に登場した顧客とのインタラクションに着目した関係性マーケティング やワン・トゥ・ワン・マーケティング、2000 年を前に注目を集めた CRM にあり、1999 年にシュミット (2000)は経験価値マーケティングを提唱した。彼は「経験価値」を、過去に起きた経験を指してい る訳では無く、(例えば、購買の前後のマーケティング活動によってもたらされる)ある刺激に反応し て発生する個人的な出来事、と定義している。その上で、5 つの経験価値領域である SENSE(感覚的経9
経験価値)が存在するとした。この経験価値マーケティングは、多くの企業によって経験価値による 顧客との結びつき、つまり関係性を生み出すために用いられていると述べている。経験価値マーケテ ィングは、製品を出発点としていた伝統的なマーケティングとは異なり、顧客の消費経験に焦点を当 てる。また、同年 1999 年にパインとギルモア(2000)は「経験経済」という概念を提唱した。彼らは、 長期的な視点で経験価値の進化における 4 つの段階を明らかにした。コモディティ(commodities)、商品(goods)、サービス(services)、経験(experiences)である。今日の市場において、製品やサ
ービスのコモディティ化が急速に進行しており、企業にとって単に製品の機能で競合他社と差別化す ることが困難であるとし、それ故に機能を超えて顧客の経験価値の創造が重要になる、と述べられて いる。 シュミット(2004)は『経験価値マーケティング』の続編にあたる『経験価値マネジメント』の中 で、顧客経験価値を体系的に分析しマネジメントすることに挑戦した。彼はこれを CEM(Customer Experience Management)と呼んでいる。CEM とは、顧客と製品や企業との関係全体を戦略的にマネジ メントするプロセスであるとしている。そして従来のマーケティングの「3 つの間違ったアプローチ」 として「マーケティング・コンセプト」、「顧客満足」、「CRM」を挙げた。それぞれ、「顧客志向と言い ながら、製品中心の見方から脱していない」こと、「消費者の製品やサービスにまつわる全ての経験ま で考慮されていない」こと、「取引に焦点が当てられており、顧客との情緒的な関係が築けない」こと、 を誤りの理由としている。CEM にはフレームワークがあり、①顧客の経験価値世界を分析する、②経 験価値プラットフォームを構築する、③ブランド経験価値をデザインする、④顧客インターフェース を構築する、⑤継続的なイノベーションに取り組む、の 5 つの段階を経る必要があると述べられてい る。『経験価値マーケティング』や『経験価値マネジメント』の中で、先述した経験領域やフェーズを
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説明する際に、運輸・交通分野、技術製品分野、産業用品分野、ニュースとエンターテインメント分 野、コンサルティングや医療分野、金融商品分野など、様々な分野においてのケースが紹介されてい るが、スポーツビジネスに関連するケースは見られない。 しかし、長沢(2005, 2007)は「経験価値」の考え方を説明する上で、サッカーJ リーグのアルビ レックス新潟を取り上げている。まず、長沢(2005)は伝統的なマーケティングの枠組みである 4P 分析(Product, Price, Place, Promotion)を用いて、アルビレックス新潟の成功要因の説明を試みた
が、4P 分析では説明が出来ないとしている。そこで、シュミット(2000)の戦略的経験価値モジュー ル(SEM)の先述した 5 つの経験価値の分類に沿って、アルビレックス新潟を経験価値創造の視点から 分析した結果、5 つの分類のいずれもが高度な水準で具備されており、アルビレックス新潟は経験価 値の集合体であると述べている。「スポーツ不毛の地」とされていた新潟において、スポーツビジネス が成功し、これを核として地域活性化に繋がっているケースは極めて意外であるとされた。長沢(2005) は本事例を「経験価値」の観点から解明し、スポーツビジネスをはじめとするエンターテインメント 事業に有効な知見を提示した。 第6節 スポーツと経験価値 これまで述べたように、近年のマーケティングでは顧客の「経験価値」への関心が高まっている。 その背景として、マーケティング・マネジメント領域における今日的課題として、ブランド構築にお ける経験の場の重要性が認識されていることが挙げられる(岡本, 2005)。これまでの企業がブランド 価値を創出するとされた時代においては、企業側からブランド価値を測定するアプローチが主流であ ったが、昨今の厳しい経済環境と国際競争の中で、単に安価なものやヒット商品を生むだけでは企業
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の永続的な発展は望めないことから、顧客経験の重要性が唱えられる様になった(Grewal, Levy &
Kumar, 2009)。それゆえ、消費者からブランドがどの様に捉えられているのかを理解するアプローチ に関心が集まっている。現在は、消費者の価値観の多様化、IT 革命による製品やサービスに対する知 識の高さ、昨今の経済状況の悪化から、消費者による選別は厳しくなっているが、消費者は買い物を 辞めた訳ではなく、本当に必要な製品やサービスを選別する目が肥えて、慎重になっているだけであ ると Grewal et al.(2009)は述べている。岡本(2005)は、「ナイキ」について、ブランドの持つ魅 力を言葉で表現することは困難だが、「ナイキタウン」(旗艦店)という空間に身を置くと、「ナイキ」 というブランドの持つ世界を肌で実感することができ、この様な「場」を通じた経験としてブランド を理解していこうという新しいアプローチが「ブランド・エクスペリエンス」論として関心を集めて きていると指摘している。 近年はスポーツマーケティング・マネジメント領域においても、スポーツチームやスポーツイベン トのブランド価値に関する研究が見られる様になってきた。その背景には、ブランドマネジメントに よって、マネジメント側がコントロール出来ないチームの競技成績により人気が左右されるダメージ
を減らすことが期待されていることがある(Gladden & Funk, 2001)。また Gladden(2014)によると、
強いブランドはスポーツビジネスにおいて、成績が悪くなった際の収入の激減を防ぐことができる、 価格プレミアムが実現できる、スポンサーの関心を高める、ライセンス・関連商品の販売機会が増加 するというその他のベネフィットも挙げている。スポーツプロダクトは“一貫性がない、予測不可、 マーケターがコアプロダクトをコントロールできない”(Mullin et al., 2014)などの特性があるた め、ブランドマネジメントはプロスポーツ組織や個人にとって極めて重要であると考えられる。特に 90 年代から北米や英国において、ブランドマネジメントは早急に取り組むべき重要課題として取り上
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げられてきた。昨今では、有名チームは世界中にマーケットを拡大する戦略を取っていることから、
ブランドマネジメントは重要な課題となっている(Bauer, Stokburger, & Exler, 2008)。日本の J リ
ーグにおいても、ブランド力を高めれば、他のチームとの差別化を図れる上に、サッカー以外のレジ
ャーの選択肢との差別化も図ることが可能となる(Mullin, Hardy, & Sutton, 2007)。更にブランド
力を強化すれば、チームが財政的にも安定するひとつの要因となる(Bauer, Sauer, & Schmitt, 2005;
Robinson & Miller, 2003)ことから、スポーツにおけるブランド研究は今後増えていくと考えられる。
しかし、スポーツの観戦経験が観戦者にどのような価値を知覚させているかについて測定した研究 は限られていた。齋藤ら(2010)は、スポーツ観戦者の経験価値は、チームのブランド・エクイティ を総体で検討していく基礎的な資料となるとし、スタジアム観戦における観戦者の経験価値を測定す る尺度の開発を行なった。 齋藤ら(2010)は、スポーツ観戦はその観戦経験がコアプロダクトとなるが、勝敗がつきものであ るとし、ゲーム内容によっては毎回最高の経験を与えてくれるとは限らず、クラブが安定的な経営を 行うためにはゲームのみに頼ってはいけないと述べ、ゲーム以外のスタジアム環境やサービス、飲食、 マーチャンダイジング、イベント等の周辺プロダクトを強化し、スタジアム全体で最高の「経験価値」 を与えてくれる空間を創ることが、ファンの支持を獲得しクラブの持続的な発展に繋がるとしている。 よって本研究では、アリーナに観戦に来た B リーグの観戦者が、どのような経験価値を知覚している のかを調べることとした。
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第7節 研究の目的 本研究の目的は、齋藤ら(2010)が開発したスポーツ観戦における経験価値尺度(EVSSC)を援用し、 アリーナに観戦に来た B リーグ観戦者を対象とし、以下の 4 つを達成することとする。 ① B リーグ観戦者のスポーツ観戦における経験価値を測定し、尺度の妥当性と信頼性を検証すること ② 新規ファンと既存ファンによるスポーツ観戦における経験価値の差及び、性別による差を明らかに すること ③ 新規ファン、既存ファン、男性観戦者、女性観戦者、それぞれのスポーツ観戦における経験価値が 観戦回数に及ぼす影響を明らかにすること④ 3 つのソーシャルメディア(Instagram, Twitter, Facebook)のフォロワーと非フォロワーのスポ
ーツ観戦における経験価値を比較し、ソーシャルメディアの利用による違いを明らかにすること なお、本研究では、スポーツ観戦における経験価値を「試合会場において、試合やサービスや他の 観客とインタラクションすることにより、観戦者が知覚する付加価値のある経験」、B リーグの開幕し た 2016 年以降にバスケットボールの試合を会場で直接観戦するようになった観戦者を「新規ファン」、 2015 年以前からバスケットボールの試合を会場で直接観戦し、現在も直接観戦をしている観戦者を「既 存ファン」と定義した。
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第2章 先行研究
第1節 経験価値に関する研究
経験価値とは、内的価値(intrinsic value)と外的価値(extrinsic value)を与えてくれるもの
であり、それらは快楽的価値(hedonic value)と機能的価値(utilitarian value)と同義であると
されてきた(Balbin and Darden, 1995; Batra and Ahtola, 1991)。Holbrook(1994)は、そこに能
動的価値(active value)と受動的価値(reactive value)の概念を付加した。
Holbrook(1994)は、価値とは絶対的か相対的であるかという議論について、研究者によって立場 が異なる故に、品質や価値の定義も異なると指摘している。絶対的な価値として、財務会計学的な観 点からみた付加価値(value-added)の概念が挙げられる。また、金融・ファイナンス学的な観点で用 いられる現在価値(present value)の概念が存在する(中谷, 1993; マンキュー, 2006)。絶対的な 価値に対して、相対的な価値もある。マーケティング科学は製造業から始まったことから、原価計算 から算出される利益や、投資に対するリターンを予測するために、絶対的な価値を測る企業側からの 論理が伝統的に存在した。しかし、消費者の消費課程を通じて近くする価値については、相対的なも のであり客観的に測定することは困難である(齋藤, 2010)。それ故に、Holbrook(1994)は、消費者 からみた価値を「主体の客体との相互作用における経験に基づいた、比較による、個人的で、状況に より生じた相対的に好ましいこと」と定義した。価値(value)とは、個人的な選好(preference)が 伴い、主体と客体間の相互作用(interaction)を伴う。価値は「比較可能(comparative)」、「個々人 によって異なる(personal)」、「状況に応じて評価される(situational)」という 3 点において相対的 であると指摘した。
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これらを踏まえ、彼は消費者行動研究における顧客価値(customer value)の重要性を指摘し、そ
れを内的・外的(intrinsic / extrinsic)、自己志向型・他者志向型(self-oriented / other-oriented)、
能動的・受動的(active / reactive)という 3 つの項目を用いて分類した(図 2)。
図 2 消費経験価値の類型 Holbrook(1994)
Mathwick et al.(2001)は、Holbrook(1994)の消費経験から生じる顧客価値の枠組みの中から自
己志向(self-oriented)に関する要素を取り出し、経験価値として 4 つの象限に分けて類型化した(図
3)。そして各象限に「審美性」(aesthetics)、「遊び」(playfulness)、「サービスエクセレンス」(service
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(experimental value)とは、「顧客自身が消費経験を通じて、製品やサービスに対して知覚した好ま
しい事柄」と定義した。
図 3 経験価値の類型 Mathwick et al.(2001)
彼らはこの類型をもとに経験価値尺度(Experimental Value Scale、以下「EVS」と略す)を開発し、
小売・サービス部門の枠組みにおいて実証研究を行なった。インターネットショッピングとカタログ ショッピングの消費者の経験価値の比較を行い、小売業におけるショッピングサイトの有用性を示し た。EVS(図表4)は各概念を構成する下位因子が設定されている。「審美性(aesthetics)」は、「演 出(visual appeal)」と「エンタテイメント(entertainment)」で構成され、ショッピングサイト のデザインや色使いについての項目や、エンタテイメント性についての項目が設けられている。「遊 び(playfulness)」は、「逃避(escapism)」と「内なる楽しみ(intrinsic enjoyment)」で構成 され、サービスを利用することで得られる純粋な楽しさなど、利用者自身の快楽的な価値についての
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項目が設けられている。「サービスエクセレンス(service excellence)」については、下位因子が
設定されておらず、サービスの主体が顧客本位にとっての手段となって便益があるか、好感の度合い
についての項目が設けられている。「投資効果(customer return on investment)」は、「効率性
(efficiency)」と「経済的価値(economic value)」で構成され、時間や資金といった資源の投資
によって、顧客がどれほどの利益を得られたと感じたかについての項目が設けられている。
図 4 Mathwick et al.(2001)による経験価値尺度
第2節 経験価値とフローに関する研究
更に経験価値と遊びやフローとの関係性に着目した研究も増加している。Deighton and Grayson
(1995)は、遊びには顧客との関係や態度を変える、思い出に残る経験を創造する力があると述べ、
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トミハイ(1996, 2008)は、「一つの行動に深く没入し、ほかの何ものも問題とならなくなる状態で、 その経験自体が楽しいので、純粋にそれをするということのために多くの時間と労力を費やすような 状態」であり、スポーツは「フロー状態が特に起こりやすい環境を与える」と述べている。実際に、 ジャクソン・チクセントミハイ(2005)は、『スポーツを楽しむ フロー理論からのアプローチ』の中 で、スポーツはフローを体験する機会に富んでいるということを、実例やスポーツ選手へのインタビ ュー結果などを通して説明している。また、スポーツは遊びであり、楽しみ、興奮、社交、誇りなど の経験価値を便益として提供することから、その行動の理解には、ホイジンガのホモ・ルーデンスと いう人間観がフィットし、このことがスポーツマーケティングの独自性を際立たせる特徴のひとつで ある(原田, 2008a)と指摘されるように、スポーツに関連する独自の経験価値として、フローが密接 に関係することが推察される。19
第3節 経験価値とスポーツ観戦に関する研究齋藤ら(2010)は Mathwick et al.(2001)が開発した EVS のモデルをもとに、スポーツ特有の因
子を追加することによって、スポーツ観戦における経験価値尺度(Experimental Value Scale for Sport
Consumption、以下「EVSSC」と略す)を開発した(図 5)。以下、構成概念を説明する。
20
スポーツにおける「審美性(aesthetics)」とは、「観客が目の前で繰り広げられる演出や、試合
中の選手のプレー、観客が作り出す雰囲気など、消費者の五感に訴えかけることで美的な喜びを促す
こと」と定義され、「演出(visual appeal)」、「選手(player)」、「雰囲気(atmosphere)」の
3 つの下位因子で構成されている。EVS では、「演出(visual appeal)」と「エンタテイメント
(entertainment)」の 2 つの下位因子で構成されていたが、スポーツ観戦が本質的に「エンタテイメ
ント(entertainment)」であるとし、「演出(visual appeal)」の概念に含めている。
EVS では「逃避(escapism)」と「内なる楽しみ(intrinsic enjoyment)」の 2 つの因子から構成さ
れる「遊び(playfulness)」の概念を、EVSSC を検討するにあたり、「フロー(flow)」の概念に置き
換えた。チクセントミハイ(1996)は、フローとは、自分の行為に完全に没入しているときの意識状 態であり、さらに体験した人に何か特別なことが起こったと感じさせる、心と身体が自然に作用し合 う調和のとれた経験である。さらに、スポーツ観戦については選手も観客もひと目を引くユニフォー ムを身につけ、世俗の世界から彼らを一時的に切り離すために作られた特殊な文化の領域に入る。そ して、試合中選手や観客は常識に従う行為をやめ、試合独自の現実に注意を集中することから、フロ ーを経験しやすいと指摘している。また、最適経験であるフローが生じると気分が高揚するとし、ま たフローが生じた結果、自己を超えた他者との結合が生じるとした(チクセントミハイ, 2008)。これ を踏まえ、齋藤ら(2010)は「覚醒(arousal)」と「共感(empathy)」の 2 つの因子を追加した。更 に、彼らは「スタジアム観戦におけるフロー」とは、「観戦者が、試合や応援を心から楽しむと同時に、 日常を忘れるほど没入して高揚し、選手及び周りの観客と自然に融合する感覚を伴うこと」と定義し
た。結果的に、「フロー(flow)」の概念は EVS の「遊び(playfulness)」の概念の下位因子である「逃
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「共感(empathy)」を追加した 4 つの下位因子で構成されている。
「サービスエクセレンス(service excellence)」は、「消費者がスタジアムで受けるサービスにつ
いて総合的に優れていると感じること」と定義し、会場全体のオペレーションや雰囲気に対して、観
戦者が感じた印象を評価する項目が設けられている。
「投資効果(customer return on investment)」は、「時間や資金的な投資によって、消費者が利
益を得ることができたと感じること」と定義され、「効率性(efficiency)」と「経済的価値(economic value)」の 2 つの下位因子で構成されている。 齋藤ら(2010)は、EVSSCを用いてJリーグ観戦者を対象に質問紙調査を実施し、尺度の妥当性と信 頼性を検証することで4つの構成概念と10因子で構成されるスポーツ観戦における経験価値測定尺度 を開発した。従来の消費者行動分析に用いられていた年齢や性別、所得や地域といったデータでは測 りきれない経験価値の視点による消費行動特性を明らかにした。また、経験価値を理解することは観 戦者ニーズの把握のみに留まらず、チームのブランド価値を高めるための基礎的な資料となることを 示唆した。本研究では、EVSSCを援用しBリーグ観戦者の経験価値の測定を試みた。 なお、スポーツ以外では、西口(2015)が行った経験価値に着目したライブ・コンサートへの参加 意図に関する研究がある。西口(2015)は、ライブ・コンサート市場の継続的な成長を望むためには、 消費に値する「場」として、ライブ・コンサート自体の価値を高めていく必要があるとした。そして、 ライブ・コンサートの参加者が、ライブ・コンサートの枠組みにおいて好ましいと知覚する経験価値 の測定を可能にすることは、ライブ・コンサートへの参加意図を理解する上で有効な手段であると考 えた。これまでの先行研究を踏まえ、ライブ・コンサートとスポーツ観戦は、会場でのサービス経験 を顧客とサービス提供者が共有することや、再現することの出来ないエンタテイメントを提供してい
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ることから、類似性が高いサービスであるとしている。チームの勝敗やゲーム性など、ライブ・コン サートとスポーツには違いは存在するが、EVSSC を援用して項目の追加・削除・置換などを行い、ラ イブ・コンサートの特性を考慮した経験価値尺度を開発した。さらに、経験価値によるライブ・コン サート参加者の分類を行い、経験価値の視点によるセグメンテーションの有用性を示した。 西口(2015)はモデルの開発において、探索的因子分析を行い、因子構造を検討した後、EVSSC の 「選手」の因子を「アーティスト」に変えた。また「審美性」の下位因子であった「雰囲気」が削除 され、「投資効果」の下位因子であった「効率性」と「経済的価値」は結果的に同一の因子に含まれた。 以下にライブ・コンサートにおける経験価値尺度(図 6)を示しておく。 図 6 ライブ・コンサートにおける経験価値尺度23
第3章 研究方法
第1節 研究の流れ 研究の流れとしては、援用した EVSSC のモデルの検討をした後、測定項目を決定し、質問紙調査を 行った。まず、得られた回答から B リーグの観戦者の属性を調べ、その後、モデルの妥当性と信頼性 を確認するために、確認的因子分析を行った。モデルの妥当性と信頼性があると判断したため、次の 分析へ進んだ。 分析では、まず新規ファンと既存ファンの経験価値の差、男女の経験価値の差、新規ファンにおけ る男女の経験価値の差を明らかにするために t 検定を行った。その後、経験価値が観戦回数に及ぼす 影響があるかを調べるために、新規ファン、既存ファン、男性観戦者、女性観戦者を対象に重回帰分 析を行った。そして最後に、経験価値とソーシャルメディアの関係を明らかにするため、3 つのソー シャルメディアそれぞれにおいて、フォロワーと非フォロワーによる t 検定とχ2検定を行った。24
第2節 調査概要 調査対象は、B1 リーグのアリーナでの観戦者とした。齋藤ら(2010)が用いた質問項目をもとに、 スポーツマネジメントの研究者1 名、スポーツマネジメントを専攻する大学院生3 名と検討した上で、 質問紙を作成した。データ収集では、質問紙調査を試合前に試合会場で行った。アリーナに着席して いる観戦者に対し質問紙を配布し、回収した。調査期間は 2017-2018 シーズンが開幕し、2 週間が経 過した 2017 年 10 月 8 日(日)~21 日(土)の内 6 日間とし、計 6 チームを対象に行った。313 名か ら回答を得て、有効回答数は 311、有効回答率は 99.4%であった。調査概要を表 3 に示した。分析にあたり IBM SPSS Statistics ver. 24 および Amos 24 を分析用ソフトとして使用した。
本研究では、観戦者が知覚するスポーツ観戦における経験価値に注目した。スポーツ観戦に伴う経
験価値は、チケットを購入したときから、試合中はもちろん、試合終了後も継続する観戦にまつわる
一連の経験に伴う価値と考えられるが、本研究においてはアリーナでの観戦のみを対象とし、試合前
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表 3 調査概要 調査 1 日目 調査 2 日目 調査 3 日目 チーム名 千葉ジェッツふなばし アルバルク東京 栃木ブレックス 日時 2017 年 10 月 8 日 2017 年 10 月 10 日 2017 年 10 月 14 日 対戦相手 京都ハンナリーズ 新潟アルビレックス 千葉ジェッツふなばし 場所 船橋アリーナ 駒沢オリンピック公園 ブレックスアリーナ宇都宮 観客数 5,163 1,789 3,910 試合開始時間 15:05 19:10 15:05 調査員数 2 2 2 有効回答数 35 59 52 調査 4 日目 調査 5 日目 調査 6 日目 チーム名 サンロッカーズ渋谷 川崎ブレイブサンダース 横浜ビー・コルセアーズ 日時 2017 年 10 月 15 日 2017 年 10 月 20 日 2017 年 10 月 21 日 対戦相手 名古屋ダイヤモンドドルフィンズ サンロッカーズ渋谷 シーホース三河 場所 青山学院記念館 とどろきアリーナ 横浜国際プール 観客数 1,919 2,239 3,506 試合開始時間 14:05 19:05 18:05 調査員数 2 4 3 有効回答数 42 66 5726
第3節 調査項目 経験価値に関する質問項目は齋藤ら(2010)が EVSSC の開発に用いたものを援用し、J リーグ観戦 者を対象とした質問項目を、B リーグ観戦者の枠組みに当てはまるように言い換え、項目を作成した (表 4)。項目は 7「非常にそう思う」から 1「全くそう思わない」の 7 段階尺度を用いた。 その他の質問項目としては、性別、年齢、自宅の最寄り駅、1 ヶ月の自由裁量所得、ファンである かどうか、ホームゲーム観戦回数、試合会場でのバスケットボール観戦歴、バスケットボール競技歴、 「NBA」(北米プロバスケットボールリーグ)を観戦するか、「3X3」(3 人制バスケ)を観戦するか、 バスケットボール以外のスポーツを観戦するか、B リーグ会員の登録状況、ファンクラブの登録状況、 B リーグアプリの使用状況、公式 SNS のフォロー状況、自由記述で運営に関する意見であった。27
構成概念 因子名 全体の演出方法はおしゃれである アリーナ全体は見た目がかっこいい 全体の演出が好きである エンタテイメント性が高い 熱狂的で心うたれる 選手の美しいプレーや個人技にほれぼれする 選手の素晴らしいパフォーマンスを観るのが好きだ スキルの高いフォーメーション・組織プレーを観るのが好きだ アリーナ全体の雰囲気・空気が好きである 観客全員でつくりあげる雰囲気・空気が好きである 試合の流れによって変化するアリーナ全体の雰囲気・空気が好きである 日常から遠ざかって、非日常な気分を味わうことができる まるで別世界にいるような気にさせてくれる いつも(試合に)没頭してしまい、他の一切のことを忘れることができる 純粋にバスケットボールを観戦するのが好きだ 試合を観戦するのは、純粋に楽しいからである アリーナに来ると、わくわくする 試合を観戦すると、気持ちが高揚する 選手が頑張っている気持ちがわかる瞬間、選手と一体感を感じることがある 試合中の選手のミスが、自分のミスであるかのように感じられることがある チームや選手のプレーに私は強く心を動かされたり、深く入り込んでしまうことがある 会場全体のオペレーション・運営が優れている (チーム名)が優れているのは会場全体の雰囲気である 試合がある日だったら、(チーム名)を見に行こうと思う ホームゲームは気軽に訪れることができる ホームゲームは私の都合に合わせやすい ホームゲームはお得感がある 私は全体的にチケットの値段に満足している (アリーナ名)で行われる試合は割安であると思う 項目 表4 調査項目 共感 効率性 経済的価値 審美性 フロー サービスエクセレンス 投資効果 演出 選手 雰囲気 逃避 内なる楽しみ 覚醒28
第4節 モデルの検討 EVSSC を援用するにあたり、J リーグ観戦者を対象とした調査項目を B リーグ観戦者の枠組みに合う ように変換し、また、スポーツマネジメントの研究者 2 名、スポーツマネジメントを専攻する大学院 生 3 名とモデルの検討を行なった。 齋藤ら(2010)は「サービスエクセレンス(service excellence)」の役割を検討すべきとし、また EVSSC のモデルの内、唯一下位因子を持たないため、本研究では「サービスエクセレンス」に着目し た。質問項目は「会場全体のオペレーション・運営が優れている」、「(チーム名)が優れているのは会 場全体の雰囲気である」の 2 つであり、齋藤ら(2010)は EVSSC の開発において、「雰囲気」と「サー ビスエクセレンス」の相関が高くなった(.71)理由として、どちらも雰囲気を扱っていると捉えられ ると指摘している。そこで、「(チーム名)が優れているのは会場全体の雰囲気である」という質問項 目を「雰囲気(atmosphere)」に含むこととした。また、齋藤(2010)は「演出」と「サービスエクセ レンス」の相関について(.75)、どちらも会場全体のことを聞いているとも捉えられるとしている。 パインとギルモア(2005)は『[新訳]経験経済』の中で、経済価値の進展を説明する上で「サービス」 は「経験」へと変容したと述べている。また、「サービス」はそれまで「提供」するものであったが、 「経験」というものは「演出」するものであるとし、彼らはビジネスを演劇に例え、「製品」や「サー ビス」そのものを「演出」する重要性を繰り返し述べている。これらを踏まえ、「会場全体のオペレー ション・運営が優れている」という「サービス」は、経験価値における「演出」の一部分であると判 断し、「演出(visual appeal)」に含むこととした。 最終的に、先行研究の中で「サービスエクセレンス」は「消費者がスタジアムで受けるサービスに ついて総合的に優れていると感じること」と定義されているが、EVSSC の「演出」や「雰囲気」に含29
まれるものと判断した。上位構成概念の「審美性」、「フロー」、「投資効果」と 9 つの下位因子を含む
以下のモデル(図 7)で、確認的因子分析を行った。
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第4章 研究結果
第1節 サンプルの属性 調査の結果、311 の有効回答を得られた。サンプルの属性を表 5 に示した。男性と女性の割合に大 きな差は無く、サンプルの平均年齢は 32.6 歳であった。自由裁量所得に関しては、1 ヶ月の平均自由 裁量所得は\50,951 であった。バスケットボール競技歴がないと答えた観戦者は 45.3%であり、競技 歴のある観戦者(54.7%)と大きな差は見られなかった。バスケットボール競技歴に関しては、競技 歴のない観戦者が 45.3%、競技歴のある観戦者が 54.7%であり、全体の平均競技年数は 4.8 年、競技 歴のある観戦者間のみでは平均競技年数は 8.8 年であった。 試合会場でのバスケットボール観戦歴は、B リーグ開幕以前からの観戦者が 45.1%、B リーグ開幕 以降からの観戦者が(初観戦者も含め)54.9%であった。昨シーズンのホームゲームの観戦者は 65% であり、観戦回数は 1~5 回が 31.8%で最も多く、次いで 6~10 回が 16.4%であった。「NBA」観戦を する観戦者は 43.9%であり、「3X3」観戦をする観戦者の 26.4%を上回った。 B リーグ会員の登録状況は全体の 60.7%であり、ファンクラブ会員の登録状況の 44.1%より高く、 B リーグアプリの利用状況に関しては、「B.スマチケ」の利用状況が全体の 40.0%と「B.応援」アプ リの 17.9%を上回った。チームの公式 SNS のフォロー状況に関しては、対象とした 3 つの SNS(Instagram, Twitter, Facebook)のうち、Twitter をフォローしている観戦者が 38.9%と最も多く、
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n % <性別> 男性 156 54.5 女性 130 45.5 合計 286 100.0 <年齢> 20歳未満 22 8.8 20代 92 36.8 30代 65 26.0 40代 48 19.2 50代 21 8.4 60歳以上 2 0.8 合計 250 100.0 平均:32.6歳 <自由裁量所得> ~\9,999 15 7.3 \10,000~19,999 16 7.8 \20,000~29,999 24 11.7 \30,000~39,999 41 20.0 \40,000~49,999 8 3.9 \50,000~59,999 56 27.3 \60,000~69,999 6 2.9 \70,000~79,999 2 1.0 \80,000~89,999 2 1.0 \90,000~99,999 0 0 \100,000~ 35 17.1 合計 205 100.0 平均:\50,951 <ファンであるかどうか> はい 206 74.6 いいえ その他のクラブのファン 19 6.9 応援しているクラブは特にない 51 18.5 合計 276 100.0 <バスケットボール競技歴> なし 129 45.3 1~5年 54 18.9 6~10年 54 18.9 11~15年 28 9.8 16~20年 12 4.2 20年以上 8 2.8 合計 285 100.0 平均:4.8年 次ページへ続く 表5 Bリーグ観戦者の属性32
前ページから続く n % <試合会場でのバスケットボール観戦歴> 今日から(初観戦) 29 10.2 2017年から 33 11.6 2016年から 94 33.1 2015年以前から 128 45.1 合計 284 100.0 <昨シーズンのホームゲーム観戦回数> なし 100 35.0 1~5回 91 31.8 6~10回 47 16.4 11~15回 16 5.6 16~20回 16 5.6 21~25回 2 0.7 26~30回 8 2.8 31回以上 6 2.1 合計 286 100.0 平均:5.9回 <「NBA」を観戦するか> はい 125 43.9 いいえ 160 56.1 合計 285 100.0 <「3X3」を観戦するか> はい 75 26.4 いいえ 209 73.6 合計 284 100.0 <バスケットボール以外のスポーツを観戦するか> はい 199 69.6 いいえ 87 30.4 合計 286 100.0 (注)バスケットボール以外のスポーツ観戦については、多かったものから順に、サッカー(n=103)、 野球(n=101)、バレーボール(n=27)、テニス(n=13)、フットサル(n=8)、アメフト(n=8)、 陸上(n=7)、フィギュアスケート(n=6)、プロレス(n=4)、相撲(n=4)、水泳(n=3)、ゴルフ(n=3)、 スノーボード(n=3)、バドミントン(n=2)、体操(n=2)、自転車(n=2)、卓球(n=2)、シンクロ (n=1)、F1(n=1)、水球(n=1)、格闘技(n=1)、剣道(n=1)、車椅子バスケ(n=1)であった。33
n % <Bリーグ会員登録状況> はい 173 60.7 いいえ 112 39.3 合計 285 100.0 <ファンクラブ会員登録状況> はい 126 44.1 いいえ 160 55.9 合計 286 100.0 <「B.スマチケ」アプリ利用状況> はい 114 40.0 いいえ 171 60.0 合計 285 100.0 <「B.応援」アプリ利用状況> はい 51 17.9 いいえ 234 82.1 合計 285 100.0 <Instagram> はい 81 28.4 いいえ 204 71.6 合計 285 100.0 <Twitter> はい 111 38.9 いいえ 174 61.1 合計 285 100.0 <Facebook> はい 70 24.6 いいえ 215 75.4 合計 285 100.0 表6 Bリーグに関する各種サービス登録・利用状況 第2節 モデルの妥当性と信頼性の検証 モデルの妥当性を検証するために、確認的因子分析を行った。調査において回収された質問紙の中 から、バスケットボールの試合が初観戦であった標本、初観戦であった可能性のある標本および、EVSSC に関する項目に欠損値がある標本を除外して、有効回答数 253 を用いた。確認的因子分析の結果は表 7 に示している。34
α AVE 演出 全体の演出方法はおしゃれである アリーナ全体は見た目がかっこいい 全体の演出が好きである エンタテイメント性が高い 熱狂的で心うたれる 会場全体のオペレーション・運営が優れている 選手 選手の美しいプレーや個人技にほれぼれする 選手の素晴らしいパフォーマンスを観るのが好きだ スキルの高いフォーメーション・組織プレーを観るのが好きだ 雰囲気 アリーナ全体の雰囲気・空気が好きである 観客全員でつくりあげる雰囲気・空気が好きである 試合の流れによって変化するアリーナ全体の雰囲気・空気が好きである (チーム名)が優れているのは会場全体の雰囲気である 逃避 日常から遠ざかって、非日常な気分を味わうことができる まるで別世界にいるような気にさせてくれる いつも(試合に)没頭してしまい、他の一切のことを忘れることができる 内なる楽しみ 純粋にバスケットボールを観戦するのが好きだ 試合を観戦するのは、純粋に楽しいからである 覚醒 アリーナに来ると、わくわくする 試合を観戦すると、気持ちが高揚する 共感 選手が頑張っている気持ちがわかる瞬間、選手と一体感を感じることがある 試合中の選手のミスが、自分のミスであるかのように感じられることがある チームや選手のプレーに私は強く心を動かされたり、深く入り込んでしまうことがある 効率性 試合がある日だったら、(チーム名)を見に行こうと思う ホームゲームは気軽に訪れることができる ホームゲームは私の都合に合わせやすい 経済的価値 ホームゲームはお得感がある 私は全体的にチケットの値段に満足している (アリーナ名)で行われる試合は割安であると思う Note: χ2 =1010.90; df=365; GFI=.78; TLI=.85; CFI=.86; RMSEA=.084因子と項目 因子負荷量 表7 確認的因子分析 .95 審美性 .83 .65 .89 .82 .71 .64 .67 フロー .84 .84 .75 .83 .93 .86 投資効果 .65 .94 .80 .58 .80 .59 .89 .69 .71 .85 .88 .89 .78 .78 .54 .80 .65 .88 .87 .80 .77 .84 .66 .87 .78 .81 .82 .85 .67 .51 .65 .67 .72 まず、因子負荷量の検討であるが、すべての測定項目において Hair et al(2006)の推奨する基準 (.50)を十分に上回る結果となった。しかし、上位構成概念である「審美性」から「選手」に対する 因子負荷量(.44)のみが基準を下回った。潜在変数の適合度だけに注目して、観測変数を減らすと、 内容的妥当性に問題が生じることが多いこと(南風原, 2002)、「選手」の因子が含む 3 つすべての測 定項目の因子負荷量が Hair et al(2006)の基準(.50)を十分上回っていたことから、構成概念の
35
関係性を考慮し、基準値に満たない項目であっても構成概念上、「選手」の因子が必要な項目と判断し、
以後の分析にも用いることとした。
最終の結果、測定項目の因子負荷量は.54~.95 であり、モデルの適合性はχ2 = 1010.90; df = 365;
GFI= .78; TLI= .85; CFI= .86; RMSEA= .084 となった。.90 以上を許容範囲(acceptable fit)とし
た Hair et al.(2014)の指摘からは、当てはまりがいいとはいえない結果となった。また RMSEA(.084)
においても、サンプル数が 250 以上の場合、.07 以下が許容範囲であるとした Hair et al.(2014)の
指摘を満たすことは出来なかった。
次に、各変数の AVE(average variance extracted)を算出し、.50 以上を基準に収束的妥当性の検
討を行った結果、すべての変数において基準を上回る結果となった。従って、構成概念の収束的妥当 性が確認された。また、弁別的妥当性を検証するために、因子間相関の二乗と AVE を比較した(表を 参照)。「演出」と「雰囲気」の相関の二乗(.62)以外のすべてが AVE より小さい数字であった。「演 出」と「雰囲気」は共に試合会場の全体の印象を測っているとも捉えられ、ゲームの雰囲気と試合中 の高揚感はどちらも感情的な反応であり、差別化が難しく相関が高いことが考えられる(齋藤ら, 2010)。それ以外の因子がすべて弁別的妥当性を確認されたため、このまま分析を進めると判断した。 さらに、信頼性を確認するために、Cronbach α係数を算出した結果、.72~.89 であった。すべて の変数において、Hair et al.(2014)の指摘している許容範囲(.70 以上)を上回る結果となったこ とから、信頼性を有していることが示された。 以上より、本研究で用いるモデルの信頼性と妥当性の検証の結果、妥当性においては検討の余地が あるとなったものの、信頼性を確認することが出来た。