は じ め に
犯罪心理学研究者らと大規模災害直後の犯罪について共同研究1)を行った 際,東日本大震災の被災者に対して発災直後に遭った犯罪被害等についてイン タビューを試みたが2),回答者のほぼ全員が共通して被害に遭った犯罪等とし て上位に挙げたのが便乗値上げである。便乗値上げは,それがすべて犯罪を構 成するわけではない(にもかかわらず被災者にとって重大な法益侵害行為と意 識されている)ほか,被害に遭ったとの意識が被災者において顕著であるのと 対照的に,警察その他の公的機関において便乗値上げに注目した痕跡がほとん ど認められないという点で特徴的である3)。たしかに,発災直後,被災地とそ れ以外の地域との交通は不便となり,物資の流通が滞りがちになることから,大規模災害と便乗値上げ
山
本
雅
昭
1)科学研究費助成事業に基づき助成を受けた研究課題「大規模災害後の犯罪対策に関する実証的研 究―犯罪発生の予防と犯罪不安の低減のために」(基盤研究B)。 2)聞取り調査の前段階として行ったアンケート調査とその結果について,岡本英生ほか「東日本大 震災による被害が被災地の犯罪発生に与えた影響」犯罪社会学研究39号(2014年)84頁以下参照。 3)警察に対する聞取り調査の結果に徴すると,警察は発災直後,被災地において本来の所管を超え て活動せざるを得なかった事情がうかがわれるが,それにもかかわらず,警察が便乗値上げの事実 を把握していたようには見受けられない。『災害と防災・防犯 統計データ集2014』(2013年・三冬 社)にもこの観点からの記述がみられない。なお,警察に対する聞取り調査は,福島県警察本部 (警務部県民サービス課被害者支援室,生活安全部生活安全企画課,地域部地域企画課,刑事部刑事 総務課,交通部交通企画課及び交通規制課),岩手県警察宮古警察署(県外からの派遣警察官を含 む。),宮城県警察本部生活安全部生活安全企画課の諸官の協力の下に実現した。もって共同研究推 進の基礎となる認識を形成し得たことにつき,この場を借りて深謝する次第である。被災地の物価上昇が予想されるが,正当な値上げと便乗値上げとを区別するこ とは容易でない(投機的取引が常に否定されるわけではないから,便乗値上げ とは,許されない投機的取引と意識されているのであろうが,被災地において は,平時であれば許される投機的取引も許されなくなる,むしろ,非常時ゆえ 私利追求すら制約されるという雰囲気が醸成され,平時では正当な値上げにほ かならないものも便乗値上げとして非難されているのではないかとの印象さえ 受ける。)。しかし,震災に便乗した刑法犯の発生が報告されるなか4),東日本 大震災発災直後,事実として著しい価格上昇は起こったであろうし,そこに便 乗値上げに当たるものが含まれていたことを全く否定し去ることはできないよ うに思われる5)。 前記共同研究は,大規模災害直後の犯罪被害の実態からその特徴を把握し, その知見に基づき犯罪不安を払拭する方途を模索することを趣旨としたもので あるが,その当時,便乗値上げについては直ちに犯罪を構成するわけではない という程度の認識しか持ち合わせず,正しく認識していれば面接調査もいっそ う充実したものになったのではないかと悔やまれるところであり,共同研究に 参加した一員として,以下,便乗値上げについて総括し,もって共同研究を補 完することとしたい。
経済取引に直接,介入する法制度
需給調整を市場メカニズムに委ねるのを基調とするわが国にあって,市場に 4)警察庁「東日本大震災に伴う警察措置」(平成24年1月)22頁参照。 5)当時の内閣府特命担当大臣(防災)による曖昧な国会答弁(平成24年3月23日第180回国会参議 院災害対策特別委員会)だけではきわめて不十分である。いずれにせよ,東日本大震災に際し,災 害対策基本法の災害緊急事態(後掲注7)参照)は,これを布告することによってとることのでき る緊急措置が物価統制等に限定されているとの理由で布告されなかった(内閣府(防災担当)「災 害対策法制の見直しに関する論点」平成23年12月7日防災対策推進検討会議第3回配布資料4頁)。おける価格ないし取引量決定に介入する法制度としてはまず,独占禁止法はじ め市場メカニズムが正常に機能するための条件整備に関与しようとするものが まず想起されるが,大規模災害,戦争など市場メカニズムが正常に機能しない 非常事態を契機に,経済取引に直接,介入する法制度も設けられてきた6)。こ のうち,その実効性を刑罰によって担保する法令には,物価統制令(昭和21年 勅令第118号),地代家賃統制令(昭和21年勅令第443号),災害対策基本法(昭 和36年法律第223号),いわゆる国民生活二法,すなわち,生活関連物資等の買 占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律(昭和48年法律第48号)及び 国民生活安定緊急措置法(昭和48年法律第121号)などがある。これら法令の 規制態様を大別すると,価格統制等に反する取引を処罰する場合(価格統制違 反類型)と暴利等を得ようとする行為を処罰する場合(暴利類型)とに分けら れる。物価統制令が統制額(4条及び7条参照)を超えた価格等の契約,支払 い及び受領を禁止し(3条1項),禁止違反を処罰することとしている(33条 1号)のは前者の一例であるが7),統制価格等の設定が先行し,その限りで価 格統制等違反罪の構成要件該当性判断に著しい困難はない。 これに対して,価格統制を前提としない暴利類型の罰則は,その構成要件に 6)農水省が年末の需要期に向け,バターの流通に対して監視を強化し売惜しみを探知しようとする のも,価格の釣上げを阻止するためである(日本経済新聞平成28年10月24日3頁参照)。 7)このほか,地代家賃統制令は,借地又は借家の貸主が借地又は借家について停止統制額(4条1 項)又は認可統制額(6条2項)を超えて地代又は家賃の額を契約し又は受領することを禁止し (3条),禁止違反を処罰することとしている(18条1項1号)。災害対策基本法は,災害緊急事態 において本来的法律事項に関する政令制定権を内閣に授権するが(105条以下),この政令の対象事 項には「災害応急対策若しくは災害復旧又は国民生活の安定のため必要な物の価格又は役務その他 の給付の対価の最高額の決定」が含まれ(109条1項2号),同法はこの政令違反に対する罰則の定 めを政令に委任している(同条2項)。国民生活二法は,いわゆる狂乱物価に際して制定されたが, このうち,国民生活安定緊急措置法は,標準価格制度(4条1項)と特定標準価格制度(9条1項) を創設し,特定標準価格を超えた価格による販売を行った者に対して,「当該販売価格と当該特定標 準価格との差額に当該販売をした物資の数量を乗じて得た額に相当する額の課徴金」納付命令を発 出するべきことを定めている(11条1項)。刑罰ではなく課徴金という行政上の不利益処分を定める が,この課徴金は,行為者が規制される取引によって得た利潤を標準として課するものではないと いう点で独占禁止法の課徴金とは異なる。
規範的要素を含み問題が少なくない。物価統制令は,不当高価取引(9条ノ 2),暴利販売(10条)をそれぞれ禁止し,禁止違反に対して10年以下の懲役 又は500万円以下の罰金を科することとしている(34条)。また,抱き合わせ販 売の禁止(12条),物々交換の禁止(13条)により不当高価取引や暴利販売の 脱法行為を規制するほか,不当高価取引等目的の所持(13条ノ2),不当利益 目的の買占め・売惜しみ(14条)をそれぞれ禁止し,これら禁止違反に対して 5年以下の懲役又は300万円以下の罰金を科することとしている(35条)8)。 便乗値上げには,価格統制違反類型,暴利類型のいずれに当たるものもあり 得るであろうが,価格統制違反類型の便乗値上げは価格統制と不可分であるか ら,以下では暴利類型の便乗値上げについて考えてみたい(東日本大震災発災 後,価格統制は実施されなかったから,問題となり得るのは暴利類型の便乗値 上げがあったかである。)。
暴利規制・処罰の変遷
暴利は,物価統制令以前から刑事規制の関心事であった。その嚆矢となるの が「暴利ヲ目的トスル売買ノ取締ニ関スル件」(大正6年農商務省令第20号) (以下,「暴利取締令」という。)である。暴利取締令は,「急激ナル市価ノ変動 ヲ誘起シ因テ暴利ヲ得ルノ手段トシテ左ニ掲クル物品ノ買占又ハ売惜ヲ為シ又 ハ為サムトスル者ト認ムルトキハ農商務大臣ハ期間ヲ定メテ其ノ行為ヲ為スヘ カラサル旨ヲ戒告シ且必要ト認ムルトキハ同一物品ノ売買ニ付条件ヲ附スルコ トヲ得他人ヲシテ其ノ行為ヲ為サシメ又ハ為サシメムトスル者ト認ムルトキ亦 8)直罰ではないものの,生活関連物資等の買占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律は文 字通り,物価統制令とともに買占め・売惜しみ規制を主目的とする法令である。同法はまず,買占 め又は売惜しみにより特定物資を多量に保有している事業者に対する売渡し指示権(4条1項)及 び売渡し命令権(同条2項)の発出権限を根拠づけたうえで,売渡し命令違反を処罰することとし ている(9条)。同シ」(1条)と定め,制定当初は米穀類以下7品目について,買占め・売惜 しみに対し戒告を発出する権限を根拠づけるとともに,戒告違反に対して3月 以下の懲役又は100円以下の罰金を科することとした(2条)。 暴利取締令はその後,準戦時体制下において数次の改正を経る。まず,「暴利 ヲ得ルノ目的ヲ以テ左ニ掲グル物品ノ買占若ハ売惜ヲ為シ若ハ為サムトシ又ハ 暴利ヲ得テ左ニ掲グル物品ヲ販売シ若ハ販売セントスル者ト認ムルトキハ商工 大臣又ハ地方長官ハ期間ヲ定メテ其ノ行為ヲ為スベカラザル旨ヲ戒告シ且必要 ト認ムルトキハ同一物品ノ売買ニ付条件ヲ附スルコトヲ得」(1条)と改めた うえ(同時に,対象は26品目に増やされた。),戒告違反の暴利目的をもってす る買占め・売惜しみと暴利販売に対して3月以下の懲役又は100円以下の罰金 を科することとした(4条)(昭和12年商工省令第10号による改正)。その後, さらに全面改正を経て「暴利行為等取締規則」となった(昭和14年商工農林省 令第1号)。すなわち,「何人ト雖モ暴利ヲ得テ物品ノ販売ヲ為スコトヲ得ズ 何人ト雖モ暴利ヲ得ルノ目的ヲ以テ物品ノ買占若ハ売惜ヲ為シ又ハ不当ノ報酬 ヲ得テ物品ノ販売ヲ媒介スルコトヲ得ズ」(1条)として,主務大臣の戒告を前 提とすることなく暴利販売,暴利目的の買占め・売惜しみ,さらに不当な報酬 を得てする物品売買の媒介を禁止し9),禁止違反に対して3月以下の懲役又は 100円以下の罰金を科することとした(6条)。 関東大震災に際して制定された「生活必需品ニ関スル暴利取締ノ件」(大正 12年勅令第405号,大正15年法律第4号により廃止)もまた,暴利類型の罰則 を設けたが,「震災ニ際シ暴利ヲ得ルノ目的ヲ以テ生活必需品ノ買占若ハ売惜 ヲ為シ又ハ不当ノ価格ニテ其ノ販売ヲ為シタル者ハ3年以下ノ懲役又ハ3千円 以下ノ罰金ニ処ス」として,暴利取締令以前に戒告を前提としない暴利規制を 9)ブローカー処罰は,依頼者が売手であるか買手であるか,業者であるか否かを問わなかったので (中央物価統制協力会議『改正暴利行為等取締規則解説』(昭和15年)5頁以下),一般人がブロー カーの共犯として処罰されるかが問題となり得たであろう。
定める法令であった。関東大震災発災10日後,一缶当たりの仕入原価3円85銭 の石油缶を,その市価が約4円62銭のところ,5 円15銭で売り渡したという事 案について,大審院は,「生活必需品タル或物資ニ付特ニ一定ノ売買価格ヲ公定 シ之ヲ表示セサル限リハ其ノ物資ヲ幾何ノ価格以上ニテ販売スルコトヲ以テ勅 令ニ所謂不当ノ価格ニテ販売スル行為ニ該当シ暴利ヲ得ルモノト謂フヘキヤハ 一ニ繋リテ取引当時ニ於ケル総般的関係ノ観察ニ存シ而シテ之ヲ一般ノ社会観 念ニ訴ヘテ其ノ価格ノ妥当性ヲ認メ得ルニ於テハ其ノ価格ハ相当ニシテ敢テ暴 利ヲ以テ目スヘキニ非ス今本件事実ヲ按スルニ判示取引ハ寔ニ曠古ノ大震災後 十日ニ在リ諸般ノ物資ハ供給欠乏シ而シテ其ノ需要過多ナル場合ナルヲ以テ多 少仕入原価以上ニ於テ相当ノ利益ヲ加算シタル額ヲ超過シテ販売スルコトハ事 情止ムヲ得スト雖モ変災ニ際シ他人カ生活必需品ヲ買受ルニ付価格ノ多少ヲ論 スルニ遑マアラサル究迫ノ境遇ニ在ルニ乗シ平常ノ一般取引価格以上ナルコト ハ勿論天災ノ場合ニ於ケル一般ノ取引価格ニ比シテ仍ホ高価ナル判示価格ニテ 販売スル如キハ其ノ価格ニ総般的関係ニ照ラシ社会通念ニ訴ヘテ妥当ナル価格 ヲ超過シタルモノト認ムヘク之ヲ暴利ニ非スト謂フヘカラス」と判示して同令 違反の不当価格販売罪成立を認めたが10),発災後,供給が激減する状況のなか, 生活必需品の需要者が価格如何を問題とする余裕のないのに便乗し,平時の一 般取引価格より高くなっているはずの大規模災害時の一般取引価格よりさらに 高値で販売するという不当価格販売の態様は,便乗値上げを余すところなく活 写するものであり,大規模災害との関連において不当価格概念を明らかにした 司法判断として興味深い11)。 10)大判大正13年8月5日刑集3巻611頁。 11)関東大震災に先立ちすでに,曄道文芸『日本民法要論 第一巻総論』(大正9年)325頁に法律行 為が公序良俗違反に当たる場合として,「相手方ノ困窮,無経験又ハ浅慮ナルニ乗ジ給付ニ付キ過分 ノ対価ヲ約セシメタルトキ」が挙げられているが,典拠を伴わないものの,明らかにドイツ民法の 暴利規定(138条2項)の影響がうかがわれる。一方,ドイツ刑法の暴利罪(当時の302条a以下) 構成要件がドイツ民法の暴利概念と密接な関係にあることも明らかである(後掲注45)参照)。本 判決にはこうしたドイツ法の影響が濃厚に看取される。
戦時体制が深化するに伴い12),暴利規制は刑法典にも導入された。すなわ ち,昭和16年法律第61号による改正で刑法典に「第7章ノ2 安寧秩序ニ対ス ル罪」が新設され,このなかで,暴利目的の国民経済運行阻害行為が処罰され ることとなった(105条ノ4)13)。国民の社会的経済生活の安定(国民経済の 運行の円滑)が保護法益と解される14)本罪にあって,国民経済運行阻害行為 とは,直接又は間接に物品の利用を目的とする活動の円滑を阻害するおそれの ある行為であって,これには,物資の買占めや売惜しみ(貯蔵高を秘し又はこ れを密かに暴利価格で売却しようとすること)が含まれると解された15)。ここ で暴利とは,戦時,天災その他の事変に乗じ甚だしく不当な利得をすること16), 戦時,天災その他の事変の機会を利用してその時とその地方の実情に照らして 著しく不当な高利益を得ること17)などと解されたが,本罪の成立にはとくに戦 時,天災その他の事変という状況を要するから,法定刑が暴利行為等取締規則 の暴利販売罪等のそれに比して著しく重い理由も(暴利行為等取締規則との立 法形式の違いに加えて)この点に存するのであって,暴利行為等取締規則以前 におけるそれと別異に解されていたわけではないと思われる。 12)現行物価統制令の前身に当たる価格等統制令も準戦時体制下で制定された(昭和14年勅令第703 号。物価統制令の制定に伴い廃止)。価格等統制令自体に罰則は置かれなかったが,同令は国家総 動員法(昭和13年法律第55号)19条の授権を受けて制定されたもので,同令違反は国家総動員法に より10年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処せられた(31条ノ2)。なお,同令違反の取引当事者 は売手,買手ともに処罰されたが(物価局編『価格等統制令解説』(昭和15年)12頁以下),一般消 費者による売買は処罰対象から除かれた(13条)。 13)「戦時,天災其他ノ事変ニ際シ暴利ヲ得ルコトヲ目的トシテ金融界ノ攪乱,重要物資ノ生産又ハ 配給ノ阻害其他ノ方法ニ依リ国民経済ノ運行ヲ著シク阻害スル虞アル行為ヲ為シタル者ハ無期又ハ 1年以上ノ懲役ニ処ス 2 前項ノ罪ヲ犯シタル者ハ情状ニ因リ10万円以下ノ罰金ヲ併科スルコト ヲ得」。刑法改正仮案246条(「戦時,天災其他ノ事変ニ際シ暴利ヲ得ルコトヲ目的トシテ一般生活必 需品ノ公正ナル価格ヲ急変セシムベキ行為又ハ其ノ円滑ナル供給ヲ阻害スベキ行為ヲ為シタル者ハ 5年以下ノ懲役又ハ1萬円以下ノ罰金ニ処ス」)を立法化したものである。 14)梅沢富三九『最新日本刑法通義』(昭和16年)589頁。 15)沼義雄『改訂刑法大要 総論・各論』(昭和17年)293ノ7頁。 16)尾山万次郎『新刑法正解』(昭和16年)212頁以下。 17)梅沢・前掲590頁,泉二新熊『刑法大要』(昭和18年)420頁。
戦時刑事特別法(昭和17年法律第64号)に設けられた戦時不正利益目的買占 め・売惜しみ罪(15条)もまた,暴利規制をさらに強化するものであった18)。 ここで不正の利益とは,経済的にみて不相当な利益及び不法手段による利益を 含み,暴利よりも広い概念である19)。戦時という行為状況を要するとともに, 客体が生活必需品に限定される点で暴利行為等取締規則の暴利目的買占め・売 惜しみ罪より重く処罰される一方,不正利益目的で足りる点で刑法典の国民経 済運行阻害罪より軽く処罰されるべきこととなったのであろう20)。なお,本罪 の買占め,売惜しみはそれぞれ,ある業者がその経営の規模,従来の取引状態 に比較し,著しく多量の物を買い集めること21),将来の値上がりを見越し又は 公定価格に違反し,その他不相当に高く売るために普通の顧客又は公定価格で 買いに来た表向きの客には売らないこと22)を意味すると確認されているが,暴 利取締令以来の買占め・売惜しみ概念を踏襲するものにほかならない。 終戦を迎えて戦時刑事特別法が廃止され(昭和20年法律第47号),また,日 本国憲法の施行に伴い刑法典から「安寧秩序に対する罪」が削除された(昭和 22年法律第124号)。しかし,戦後の経済混乱は猖獗を極め,暴利規制が喫緊の 課題である状況に変わりはなかったので,暴利行為等取締規則と価格等統制令 を統合するかたちで物価統制令が制定された。そこで設けられたのが現行の, 18)「戦時ニ際シ業務上不正ノ利益ヲ得ル目的ヲ以テ生活必需品ノ買占又ハ売惜ヲ為シタル者ハ5年 以下ノ懲役又ハ1万円以下ノ罰金ニ処ス 2 前項ノ罪ヲ犯シタル者ニハ情状ニ因リ懲役及罰金ヲ 併科スルコトヲ得」。 19)大竹武七郎『戦時刑事特別法解説』(昭和17年)130頁。 20)買占め・売惜しみは終戦直前の時点で,暴利行為等取締規則において暴利目的をもってする場合 が買占め・売惜しみ罪として3月以下の懲役又は100円以下の罰金を科され,刑法典において重要 物資に限定し国民経済運行阻害罪として無期又は1年以上の懲役を科され,また,戦時刑事特別法 において生活必需品につきまた業務上不正の利益を得る目的をもってする場合が戦時買占め・売惜 しみ罪として5年以下の懲役又は1万円以下の罰金を科されるというように,多重に規制されるこ ととなった。これら3罪の関係は必ずしも明らかではないけれども,国民経済運行阻害罪,戦時買 占め・売惜しみ罪,暴利目的買占め・売惜しみ罪の順に補充関係にあると解されていた(大竹・前 掲154頁以下)。 21)大竹・前掲136頁以下。 22)大竹・前掲137頁以下。
不当高価取引罪,暴利目的販売罪(及びこれら2罪の脱法行為を処罰する罪) 並びに不当高価取引等目的所持罪並びに不当利益目的買占め・売惜しみ罪であ る。
暴利規制の構造とその問題点
制定当初の暴利取締令においてまず規制対象とされたのは,暴利目的の買占 め・売惜しみであった(しかも,戒告の対象にとどまり,処罰されたのは戒告 違反の買占め・売惜しみである。)。暴利販売が戒告の対象に加えられたのは, 昭和12年の暴利取締令改正によってである。次いで,同令が暴利行為等取締規 則へと全面改正されるに及び,これら3態様の行為は直罰の対象となったのみ ならず,暴利販売が暴利目的の買占め・売惜しみより先に規定されるよう になった。買占め・売惜しみは,暴利販売の準備行為に当たるにもかかわら ず,買占め・売惜しみがまず規制対象とされ,その後,暴利実現行為である暴 利販売へと広げられた。こうした経過を辿った暴利規制の狙いはどこにあった のであろうか。 暴利行為等取締規則の下,鮮魚仲買人である被告人が同業者において平均販 売利潤率が1割内外のところ,生鮮食料品に価格統制がなされていないのに乗 じて鮮魚を原価の約2割2分ないし9割7分(平均約5割2分)の利潤率で販 売したことにつき暴利販売罪の成否が問題となった事案において,大審院は, 「或物資ノ販売利益カ取引当時ニ於ケル一般ノ社会通念ニ照シ通常ノ生産費又 ハ仕入原価ニ比シ著シク不当ナリト認メラルル場合ニ於テハ其ノ利益ハ妥当性 ヲ欠如シ暴利ヲ以テ目スルヲ相当トス従テ従来ノ平均利潤ニ比シ著シク多額ノ 利潤ヲ得タル場合ノ如キモ亦敢テ暴利ヲ得タルモノト解スルニ妨ケナキモノ」 としたうえで,低物価政策に協力すべき当時の国情と当該物品の売買価格が順 次騰貴する趨勢にあって業者は暴利獲得を戒心するよう求められていた事情を踏まえ,本件売買による利潤を暴利でないとはいえないと判示した23)。暴利か を,利潤が通常の生産費・仕入原価を基礎とし取引当時の社会通念に照らして 著しく妥当性を欠くかによって判断することとし,したがって,従来の平均利 潤と比較して著しく多い場合は暴利に当たるというのであるから,暴利販売罪 の趣旨を「利益ヲ取得スルコトニ因リ適正ナル一般物価ヲ昂騰セシメ又ハ昂騰 セシムル虞アラシムルコトヲ抑圧」しようとするものと解する24)のと一貫して いるようにみえる。 暴利規制の狙いが,取引当事者による暴利獲得の抑制それ自体にではなく, 制定当初の暴利取締令が「急激ナル市価ノ変動ヲ誘起シ因テ暴利ヲ得ルノ手段 トシテ」の買占め・売惜しみを規制していたのとともに,一般物価の安定にあ るとみるならば,暴利目的の買占め・売惜しみ規制から始まった暴利規制の発 展過程は,その狙いと整合性あるものといえなくはない。買占め・売惜しみだ けではまだ利益を実現していない場合がほとんどであろうが,その一方で,暴 利目的の買占め・売惜しみはそれ自体で,暴利販売を待つまでもなく,それど ころか,買占め・売惜しみが大量の物品を取り扱うことになるだけに(そうで なければ買占め・売惜しみに価格釣上げの効果を望めない。),一般物価を騰貴 させる危険性が高いからである。その限りで,買い占められ売惜しみされた物 品の販売は,不可罰的事後行為・共罰的事後行為とみられていたのかもしれな い。もっとも,一般物価の騰貴は,買占め・売惜しみによってだけではなく, その結果として騰貴した価格で取引されることによっても起こる(買占め・売 惜しみによる一般物価の騰貴と販売によるそれとは別物である)ほか,買占め・ 売惜しみが先行しない販売であっても一般物価を騰貴させる危険を惹起し得る ことから,暴利販売を放任するわけにはいかない。昭和12年の暴利取締令改正 23)大判昭和16年9月22日刑集20巻527頁。 24)大判昭和16年10月25日刑集20巻609頁。栗本一夫「暴利行為等取締規則一条に所謂暴利の意義」 刑事判例評釈集第4巻昭和16年度213頁以下参照。さらに,八木胖『経済刑法の基本問題』(昭和19 年)186頁以下参照。
において暴利販売が規制対象に追加されなければならなかった所以と思われ る25)。これが,刑法典の国民経済運行阻害罪や戦時刑事特別法の戦時買占め・ 売惜しみ罪を除く,戦前の暴利規制の到達点である。 しかし,ここに至っても暴利概念の不明瞭さが解消されたわけではない。暴 利行為等取締規則の暴利販売罪に関する前掲大審院判決は,弁護人が被告人の 暴利販売をしたとされる期間内には損失取引もあり,利潤を得た取引だけを取 り上げて暴利販売と断罪するのは不当との主張を斥け,暴利販売かは各取引に ついて判断するとの見解を示した26)。取引の都度,利潤を得なくとも,一定期 間の取引全体から利潤を得れば足りるというのが事業活動の常態であるなら ば,損失取引がある一方で,これを補填するに足りる高利潤の取引もあり得る ので,大審院の見解では事業活動の実態を無視することにもなりかねない。と はいえ,一般物価の安定という観点からは,高利潤を得るため高価格で取引を 行った場合,それが一般物価を騰貴させる危険を有することに変わりはないか ら,取引ごとに高利潤かを判断して規制することにも合理性が認められないわ けではない。それにしても,いかに高率の利潤を得たとしても,低く抑えられ た生産費・仕入原価に利潤を上乗せした取引価格が一般取引価格相当の水準の ものである限り,暴利販売罪の成立は否定されざるを得ないであろう。ところ が,前記大審院判決27)に従い,従来の平均利潤と比較して暴利かを判断するの であれば,一般物価を騰貴させる危険を惹起しない販売が暴利販売に当たる可 能性があり,その場合,高利潤の獲得それ自体が処罰されることとなる。もっ とも,この暴利販売罪の罪質に関する問題は,暴利行為等取締規則では顕在化 しなかった。ただ,生活必需品ニ関スル暴利取締ノ件(暴利目的の買占め・売 25)暴利行為等取締規則において暴利販売と暴利目的買占め・売惜しみの規定順序がそれ以前と比べ て逆転し,それでいながら,これら3態様の行為に対する法定刑が等しく,それ以前の買占め・売 惜しみに対するのと同じ水準に定められたが,その含意は詳らかでない。 26)前掲大判昭和16年9月22日。 27)前注。
惜しみと(暴利販売ではなく)不当価格販売を処罰することとしていた)の不 当価格販売罪に関して大審院は,「不当ノ価格ニテ販売スル行為ニ該当シ暴利 ヲ得ルモノ」と述べ,不当価格販売を暴利実現行為と同視するかのような口吻 を示していた28)。一般物価を騰貴させる危険を惹起する行為を規制するという 点で同勅令も暴利行為等取締規則と趣旨を同じくするものであろうから,この 大審院判決からは,暴利すなわち一般物価を騰貴させる危険のある不当価格販 売と解されていたことになりそうである。 暴利概念の不明瞭さが露呈するのは,戦後の物価統制令においてである。物 価統制令は,戦前の暴利行為等取締規則等を継承するかたちで立法化されたの で,物価統制令違反罪の罪質理解もまた,暴利行為等取締規則におけるのと変 わりないとみてよいであろう。この点,最高裁が不当高価取引罪における不当 高価の意味に関連して,「物価統制令は物価の安定を確保し以て社会経済秩序 を維持し国民生活の安定を図ることを目的とするものであること同令第1条の 明定するところであるから,同令9条の2にいわゆる不当に高価なる額なりや 否やは所論のごとき原価計算に依るべきではなく,取引当時若しくはその前後 における同種又は類似の物資に対する法令,告示等による統制価格又は公正な 普通一般の取引界における市場価格等を参酌した社会経済秩序維持の適正価格 を標準とすべきものと解するを相当とする」と述べていることに照らして明ら かである29)。ところが,物価統制令においては,暴利類型の規制が従前に比し 28)前掲大判大正13年8月5日。 29)最判昭和25年10月26日刑集4巻10号2189頁。福岡高判昭和25年6月29日判特136頁は,不当高価 取引等目的所持罪に関するものであるが,同罪が暴利行為の前段階規制であることに触れたうえ, 「暴利行為を目的とする物品の所持を禁止する所以は,かような目的で物品を所持するものはやが てこれを暴利行為に供し,ひいて一般物価の騰貴を馴致する危険があるから」と述べ,物価統制令 違反罪が財産犯とは異なる性質を有することを確認している。なお,取引価格が不当に高価かを判 断するに当たって,正式な統制品ではないが統制品とほとんど同一視されるべき物品について「統 制品の卸売業者販売価格の統制額と対比」した東京高判昭和27年1月29日判特29号13頁,類似の繊 維品について定められた統制額を基準とした最判昭和26年2月9日裁判所ウェブサイト参照。ま た,武安将光「物価統制令にいわゆる不当高価額であるか否かの標準―その適用範囲」刑事判例評 釈集第11巻昭和24年度380頁参照。
さらに厳しくなった。すなわち,暴利実現行為として暴利販売のほか不当高価 取引(9条ノ2)が処罰対象に加えられた。また,これら暴利実現行為の脱法 行為規制として抱き合わせその他の負担付行為罪(35条,12条),物々交換罪 (35条,13条)及び不当高価取引等目的所持罪(35条,13条ノ2)が新設され た。その結果,不当高価取引及び暴利販売が不当利益目的の買占め・売惜しみ (35条,14条)30)より重く処罰されることとなった。
物価統制令の不当高価取引罪
暴利行為等取締規則においてもすでに,不当報酬を得てする物品売買の媒介 を処罰することとしていたところ(1条),物価統制令は端的に,買手をも不 当高価取引罪の主体とした(昭和22年勅令第133号による9条ノ2の新設,制定 当初の旧11条2項(「何人ト雖モ不当ニ高価ナル価格等ヲ得ベキ契約ヲ為シ又 ハ不当ニ高価ナル価格等ヲ受領スルコトヲ得ズ」)の削除)。戦後の経済混乱期 に買手の不当高価購入を厳しく取り締まるための措置であろうが31),一般物価 を騰貴させる危険の惹起に因果性を有するのは売手の行為に限ったことではな いから,対向者である買手の行動をも規制対象に加えるのは遅きに失した感が あるくらいである。不当高価購入の処罰をも取り込み32),不当高価取引罪には 不当高価取引等目的買占め・売惜しみ罪の処罰では尽くせない固有の規制領域 30)暴利行為等取締規則において暴利目的の買占め・売惜しみが処罰されたのに対し,業務上不当利 益を得る目的でする買占め・売惜しみが処罰されることとなったが,前者の暴利と後者の不当利益 との関係は詳らかでない。なお,戦時刑事特別法の戦時買占め・売惜しみ罪の「不正ノ利益」には, 経済的にみて不相当な利益及び不法手段による利益が含まれ,暴利の程度に達しなくとも経済上不 相当な利益も含まれると解された(大竹・前掲130頁)。 31)前掲最判昭和25年10月26日も,インゲン豆一俵正味60キログラム入りのもの38俵を,当時の物価庁 告示所定の販売価格の統制額である一俵当たり540円10銭を超えて,一俵当たり3,500円,代金合計13 万3,000円(超過額11万2,476円20銭)で買い受けたという不当高価購入事案に関するものであった。 32)不当高価取引罪として処罰されるのは,一般消費者を含む買手の物品購入一般ではなく,営利目 的をもってする場合と買手が業務者である場合だけである(13条の2第2項による11条の準用)。のあることがいっそう明瞭になった。不当高価取引等目的買占め・売惜しみ罪 より法定刑が重い根拠もここに求められよう。不当高価取引罪が一般取引価格 の安定を保護法益とする点でも一貫性のあることは,不当高価概念を検討する ことによって明らかとなる。 不当な高価とは,一般社会通念に照らして不当と認められる程度に高価な額 であって,単に高価というだけでは足りない33)。いかに高価による取引であろ うとも,取引当事者に帰責されない需給逼迫の結果,自ずと上昇した価格で取 引が行われる場合や一般物価の変動に対して何らの影響力もないほど取引量が 少ない場合には,不当な高価とはいえないはずである34)。窓口売出価格が一枚 170円の劇場入場券を,不特定人に対し一枚200円ないし300円で売り渡す目的 で所持したことが不当高価取引目的所持罪に問われたダフ屋の事案において, 被告人の売渡し予定価格が不当な高価に当たるかが問題となったが,最高裁は 括弧書きにおいて,「価格等が物価統制令第9条ノ2にいわゆる不当に高価な 額であるか否かは,取引当時若しくはその前後における同種又は類似の物資に 対する法令告示等による統制価格或は公正な普通一般の取引界における市場価 格等を参酌した社会経済維持の適正価格を標準として決定すべきであること は,当裁判所の判例[前掲最判昭和25年10月26日]とする所である。……而し て多衆を相手とする劇場その他の興業場の入場券の適正価格は,入場券の正常 な取引のなされるそれ等の窓口売出価格であると解すべきである。本件につい てこれを見るに,被告人がいわゆる『ダフ屋』であり,仲間と共に営利の目的 で販売するため,予め原判示劇場入場券を或る数買占めたのであり,このこと 33)長戸寛美『経済取締法令の解説』(昭和23年)150頁。 34)統制価格の設定されていない物品についても,本罪が成立することもちろんである(最判昭和24 年11月15日刑集3巻11号1765頁。なお,同判決につき,武安・前掲375頁以下参照)。むしろ,統制 価格の設定されていない物品の物価コントロールが立法趣旨である(長戸・前掲150頁)。それでも, 営利目的で契約をする場合(営利目的でなくとも自己の業務として契約をする場合を含む。)にの み成立するのは,営利目的でなくその取引が自己の業務に属さない者による場合には成立しないの は行為の態様等に照らし一般物価に与える影響が比較的少ないためである(長戸・前掲145頁)。
が自ら,その窓口における入場券の売切れを促進する結果を招き,それがため 窓口において入場券を求め得ない入場希望者と被告人との間に窓口売出価格 170円の右入場券が200円乃至300円で売買せられることとなつたのであつて, 被告人の原判示所為は,劇場入場券の正常な取引を阻害して,多衆を相手とす る劇場入場券の価格を,正常な取引における価格に比し不当に高価ならしめる ものというべきである。かかる所為を以つて,一般物価の安定に影響なく,物 価統制令制定の趣旨に背かないものとはいえない。」と判示した35)。 35)ダフ屋につき不当な高価と認めた事案としてさらに,東京高判昭和32年7月11日東高刑時報8巻 7号201頁(正規の販売価格が一枚200円で一日1,212枚売出しの後楽園競輪場指定席券を400円で販 売した事案),東京高判昭和32年3月11日高刑集10巻2号148頁(正規の販売価格が一枚200円の後楽 園野球場内野席観覧券24枚を一枚250円ないし300円くらいで販売しようとして所持した事案)参 照。後者は,原審の無罪判決を破棄したものであるが,原審は,不当な高価というにはその価額に おける取引行為が放任されることによって物価の安定が阻害され経済秩序に混乱を来たすおそれが あることを要するとしたうえで,本件取引が実現したとしても「もともと野球観覧の為の費用の如 き娯楽費は本来余剰所得を以て充てらるべき間接的生計費に属し,今日におけるわが国の社会状 態,経済情勢からみて物価の安定乃至は経済秩序の維持に格別の影響を及ぼす虞あるものとは到底 考えられない」として不当な高価に当たらないと判断していた。この点,東京高判昭和32年3月11 日は「今日娯楽の利用は,国民日常の文化生活における実際として無視さるべきでないものがあ り,その機会は,すべての者に均等でなければならない社会的必要の下に在るものと言わなければ ならない。すなわち,給与の尠い一介の勤労者と雖も金銭収支の計画に基き僅かな支出を覚悟して 適切と思料する時刻に娯楽場の窓口に立つときは安易に入場券が買えて野球競技等の見物を満喫す るの機会を万人と共に等しく持つということは,そうした人達のまことに多い而してまたそうした 快的な娯楽利用の機会があつて然るべき今日の社会において欠くべからざる重要な生活秩序たるこ とを失わず,従つてまた,給与の尠い者の喜びが安易にそして快的に獲得されるがためには,右窓 口における入場券本来の価格こそは斯うした娯楽利用に伴う社会生活全般の問題として維持されな ければならない一連の経済秩序における適正にして而も不当ないしは没義道な手段により,より以 上にたやすく釣り上げられてはならない価格であると言わなければならない」と判示した。前掲最 決昭和36年2月21日の原審東京高判昭和32年3月28日高刑集4巻8号188頁もまたこの見解に従う が,国民生活の水準が向上するにつれて物価統制令の適用対象が拡大することになろう。 不当高価取引罪は高利貸しについても成立する。すなわち,正規の金融機関でない被告人が前後 約115回にわたり29名に対し,合計金791万6,000円を短期融資するに当たり,日歩1円ないし4円32 銭(月利3割ないし13割弱)の割合の金利を約して,合計金125万3,530円を受領した事案について, 第一審大阪地判昭和24年7月27日は,金利の意味や金利に対する法規制に触れたうえ,「本件金利が 不当高価なりと認定するがためにはその前提として相当,不当の限界を論断しなければならず,か かる複雑な価値概念の決定は頗る困難な事柄であるが,前叙利息制限法の最高利率,臨時金利調整 法に基く大蔵大臣の告示した金融機関に適用ある最高利率,質屋取締法,公益質屋法所定の最高利 率,大阪市内質屋組合が協定し取締官憲が黙認する利率が1割5分であり後現在の1割に下げら
給付が元来,対価を得て行われる性質のものではない場合でも不当高価取引 罪は成立し得る。一般物価を騰貴させる危険を惹起することに変わりないから である。大阪発東京行急行列車には京都駅で空車1両が増結されるので,同駅 において乗車の際の混雑を防止するため,乗客を改札口前に整列させ,一定の 時刻に先着順に乗車券と急行券の呈示を求めて,定員88名に対し整理券を1枚 宛て交付し,その整理券を所持している者は必ず座席を占められるよう取り計 らわれていたところ,被告人は,前記急行列車に乗車する意思はなく,発車時 刻数時間前から改札口前に整列している乗客の列の中に先順位の位地を占めそ の場所を確保しておき,後から来た乗客で前記整理券を到底,獲得できない者 を勧誘してその場所の占有権を有償で譲渡し,その対価を得ることを業として いるものであったが,京都駅構内において買手を勧誘し同人に対し前記急行列 車の改札順番を代金300円で売り渡したという事実について,京都地裁は,前記 最判昭和25年6月29日に従いつつ,「その売買の対価は右整列中先順位を占め る為め数時間を費した労力に対する社会経済的評価,その日の整列者数の多 寡,他の上り急行列車の乗客者数の多寡,乗客の行先までの運賃,急行料金の 額等を基準として,自ら設定されるべきもので決してその場所の占有権が経済 れ,さらに1割3分までに上げられようとしていること……質屋と本件の如き無担保貸付の危険率 の差異等を勘案し,法規と現実との妥協点を見出だすならば,本件取引当時における当,不当利率 の限界点は月2割ないし2割5分なりと断定すべきものと考える。貸倒れを補填するためにはこれ 以上の金利を必要とするとの現実は,かかる高利貸付に内在する自己矛盾であり両者が弁証法的に 発展して結局共倒れの運命を辿るは必至で決して法規の期待するところではないのであり,法はか かる取引を否定し,かかる商売の絶滅を所期するのである。……被告人の本件違反行為は貸金台帳 によつて認められる如く,それ以下の金利による貸付を除外し3割以上の取引を摘出し,しかも不 当高価取引として事件を立てているが,事件の本筋としてはむしろ暴利行為として立件すべきであ つたと思う。しかし本件の如く高利で借受けて高利で貸付ける行為はたとえその間に暴利を得る結 果とならなくても法の禁止するところであるから,当裁判所としても不当高価取引のみとして認定 し」たと判示して不当高価取引罪の成立を認め(刑事裁判資料40号77頁),控訴審大阪高判昭和25 年2月16日もまた,第一審判決を支持した(刑事裁判資料93号44頁)(なお,昭和27年6月11日, 最高裁大法廷において免訴が言い渡されたが,昭和27年政令117号大赦令が適用されたためと思わ れる。)。なお,第一審判決は,暴利販売罪の成立も認められる場合,不当高価取引罪とは観念的競 合になるとも判示しているが,暴利販売罪を一般物価の騰貴と異なる法益侵害(の危険)を惹起す るものとみているのであろうか。
的に無価値でありその対価が零であるべき理由はない。……本件占有権の譲渡 価格はおおむね金300円であつて時には右金額を上下することある……ところ であり,一方国鉄当局が一時実施していた発駅着席券が三等金50円二等金100 円であること(この価格には先着順位を獲得する為めに費した労力に対する報 酬は全然包括されていないことを留意すべきである)京都東京間普通急行料金 が金300円,特別急行料金が金600円であること当裁判所に公知の事実であると ころ,知人の労務者等に依頼して先順位の場所を確保してもらつた場合に支払 わるるであろう報酬の額を彼是対照考案すると金100円乃至300円が適正な価格 であり,更に本件取引の時期が旅客季節であることに鑑み金300円は決して不 当に高価な価格とはいうことは出来ない。」と判示して,不当高価取引罪の成立 を否定した36)。 不当高価取引罪の成否という点で結論は割れたが,両判決とも不当な高価か 否かを,当該取引の価格水準とともにその価格で行われる取引の態様等に基づ いて判断している37)。結論が割れた原因は当該取引の価格水準が適正価格のそ れより数値上,高いか否かの判断を異にした点に求められるが,その一方で, 両判決の事案ともに,釣り上げた価格で行われる取引が,行為者は自らはその 本来の目的に使用する意思がないにもかかわらず,あらかじめ一定数量を買い 集めて置いて,品切れないし品切れ予想による需要者の困窮に乗じて,価格を 釣り上げ,釣り上げた価格で高く売りつけるといういわゆるダフ屋の行為であ ることを指摘し,取引実現に至る過程で一般取引価格を騰貴させる具体的危険 を惹起したかを確認している。 36)京都地判昭和31年4月13日判時80号27頁。 37)田中永司『最高裁判所判例解説刑事篇昭和三十六年度』35頁。これに対し,下関忠義「ダフ屋の 行為と物価統制令一三条ノ二違反罪の成立」判タ80号30頁は,不当な高価を高価となることが正当 の理由に基づかない場合と解し,ダフ屋の所為であることを重視する。
暴利販売罪の二面性
不当高価取引罪の罪質に関するこうした検討は,買手が処罰されない暴利販 売罪についてそのまま妥当するものではないが,同罪も物価の安定を確保しよ うとする物価統制令違反罪の一である限り,一般物価を騰貴させる危険を惹起 するところにまず,その処罰根拠が求められるべきである。ただ,暴利販売が 一般物価を騰貴させるのは,生産費・仕入原価に著しく高い利潤を上乗せした 販売価格が一般物価を騰貴させるという経路を辿ってのことであるから,一般 物価を騰貴させるおそれがあるというためには,そうした作用が現実化する危 険のある態様で販売が行われなければならない。しかし,暴利販売がこのよう に把握されているかは一つの問題である。 暴利行為等取締規則の暴利販売罪について,「取引当時ニ於ケル一般ノ社会 通念ニ照シ通常ノ生産費又ハ仕入原価ニ比シ著シク不当ナリト認メラルル場 合」とされ38),一方,物価統制令の暴利販売罪において「暴利ト為ルベキ価格 等」に当たるかは,その商品の生産原価又は仕入価格等に諸種の費用及び適正 な利潤を加えたものを基準とし,一般社会通念に照らして判断されるといわ れ39),いずれにせよ暴利となる利潤率を数値で示すのは難しい40)。それどころ か,暴利行為等取締規則の暴利販売罪においては,通常の生産費・仕入原価が 38)前掲大判昭和16年9月22日。被告人の取引価格を一般取引価格と大差ないものと認めつつも,暴 利販売罪の成立を肯定した。前掲昭和16年10月25日は,暴利販売罪の成立を認めた原判決を審理不 尽等を理由に破棄したが,取引価格を問題としたわけではない。 39)長戸・前掲152頁。 40)前掲福岡高判昭和25年6月29日において,被告人が薬品を対馬で販売する目的で認可価格の半値 で仕入れ,対馬において仕入れ値の4倍くらいに売れることを期待していたという事実は,暴利販 売目的所持罪の成立を認める方向にはたらく事実とみられるが,同判決は,被告人が対馬において 密輸出業者に朝鮮向密輸出物資として販売する意図の下に本件薬品を所持していたことから,対馬 においてそうした密輸出物資としてどれだけの価格で販売しどれだけの利益を挙げることができる かを審理すべきであったとして原判決を破棄した。基礎とされていたことから,同罪はむしろ,取引価格規制の機能を果たしてい たとみるべきであろう。これに対して,たしかに物価統制令の暴利販売罪にお いては,現実の生産費・仕入原価が基礎とされ,したがって,利潤の多寡が暴 利かの決め手となっている41)。その結果,暴利販売罪にとって不当高価取引罪 に還元されない固有の規制領域が確保されたかにみえる。しかし,取引価格で はなく利潤の多寡のみ問題とすることに,一般物価安定化との関係でどのよう な意味があるのであろうか。統制額の定められている物品を公定価格以下で販 売したことにつき暴利販売罪の成否が問題となった事案において,「[物価統制 令]の法体系としては,統制額の定めのあるものについては右不当高価や暴利 の取締の対象にはならぬものと解するを相当とする。何となれば,統制額の設 定はそれが最高額という形式ではあるけれども,おそらく同時に最低限に近い ものであるべき経済事情の実体をみたものであり,その統制額の範囲内におい て,なお不当高価とか暴利とかいうもののあり得べきことはほとんど想像をも 許さない一般経済の基盤に立つものと解せられるからである。あるいは統制額 の範囲内においても相当利益を挙げるものがありとすれば,それは必ずや何ら かきわめて特殊な事情によるまれな例外に過ぎないであろう。本件においても 被告人が暴利を得たとすれば,それは進駐軍施設にのみ許された無税品をその 許された場所以外にいわゆる闇横流しをした不正行為に基ずくに外ならない」 として暴利販売罪の成立を認めた原判決が破棄されたが42),統制額の定めある 物品についても生産費・仕入原価次第では適正な利潤と比べて著しく高い利潤 を観念できるにもかかわらず,それがまず暴利に当たり得ないというのは,結 局,公定価格以下で取り引されるのであれば一般物価を騰貴させる危険のない ことが実質的理由となっているからではなかろうか43)。 41)長戸・前掲152頁。 42)大阪高判昭和25年5月30日判特13号41頁。札幌高判昭和27年5月30日判特18号89頁も同旨。 43)美濃部達吉「暴利行為取締規則に所謂暴利の意義」国家学会雑誌56巻4号129頁は,「一般に謂つ て単に仕入価格と販売価格との比較に依つては,暴利を得たものであるや否やを判断するに適しな
ところが,暴利販売罪の成否が問題となった事案のうち,利潤と一般物価との 関係を問題とするものはむしろ少数にとどまり,利潤の多寡を決め手とするの が多数の如くである44)。しかし,利潤の多寡は一般物価の水準と直ちに結びつ くものではない。せいぜい高利潤が取引価格を釣り上げることとなる場合が少 なくないというだけのことである。そうすると,不当高価取引罪において買手 の不当高価購入が処罰されるのに対し,暴利販売罪では買手が処罰されないこ とについて,その根拠を後者において買手が被害者であることに求めるほかな くなってくる45)。財産的損害(の危険)を惹起したかは買手ごとに判断される いと信ぜられる。生産者が自ら其の生産した物資を販売する場合に至つては,全然仕入価格は存在 しないことに依つても,その事が断定し得られると信ずる。社会通念に於いて『暴利』に該当する や否やを判断するには寧ろ一般市価を其の標準と為すべきもの」として,前掲大判大正13年8月5 日を引用したうえ,「社会的に相当の販売価格として認めらるる所言ひ換ふれば其の時の一般市場 価格よりも著しく高値に売付けたのでない限りは,暴利を得て販売したものには該当しないと信ず る」と前掲大判昭和16年9月22日を理由不十分と非難しているが,販売価格を一般市場価格と比較 してはじめて暴利か否かを判断できるというのであれば,暴利販売罪は不当高価取引罪に対して固 有の規制領域を喪失する。なお,経済刑法研究会編『経済刑法研究第一巻』(昭和19年)281頁は, 前掲大判昭和16年9月22日及び大判昭和16年10月25日にいう社会通念を「現在の戦時統制経済下に 於ける政府の低物価政策の具現として与へられた物価統制の法規範体系」とみたうえで,暴利を「右 の如き法規範体系を根拠として技術的に考究せられ標準化された適正利潤を超過すること」の意味 に解している。 44)暴利販売罪の成立が認められたのは,一貫当たり5円50銭で買い受けた珪酸石灰13貫入り552俵 及び10貫入り250俵を一貫当たり10円で売り渡した事案(長野地判昭和23年8月2日税務訴訟資料 84号1頁),4,600円で譲り受けたメタノール約8斗6升7合のうち,2斗9升7合につき一升当た り250円,1斗につき一升当たり300円,2斗につき一升当たり350円でそれぞれ売り渡した事案(最 判昭和24年4月30日刑集3巻5号672頁の原審福岡高裁判決(年月日不詳)),原価10貫当たり58円75 銭,154円51銭の甘藷生切干をそれぞれ250円,325円で売り渡した事案(最判昭和26年2月2日刑 集5巻3号385頁の上告趣意引用の原審大阪高判昭和23年11月12日が認定した事実。なお,第一審 京都地裁判決(年月日不詳)は「原価の5割の利益を許容するとしても之に依り形成せらるべき単 価は一貫当32円70銭となり,それ以上の対価を得ることは明かに暴利となるものと認められる」と 述べたようである。)である。 45)日沖憲郎「暴利行為等取締規則に所謂暴利判定の基準」刑事判例評釈集第4巻昭和16年度259頁 以下参照。そこでは,暴利行為等取締規則の暴利販売罪がドイツ刑法典の暴利罪(現行法291条) に引き付けて解釈されている。ドイツには社会的法益を保護法益とする社会的暴利規制のほかに, 財 産 を 保 護 法 益 と す る 個 人 的 暴 利 規 制 が 設 け ら れ て お り,歴 史 は 後 者 の 方 が 古 い(Vgl., Maurach/Schroeder/Maiwald, Strafrecht BT Teilband 1, 9Aufl.,§43ⅠRdn.3 ff.)。
料釣上げ(5条)である。秩序違反として過料を科せられるにとどまる。取引の両当事者ともその 主体となり得るところに,社会的暴利規制の特徴が表れている。価格釣上げ,賃貸借料釣上げとも に価格規制である。不当高価について明文の定めはないが,市場で成立するはずの価格を30パーセ ント超上回らなければならないと解されている(Mu¨ ller-Gugenberger/Bieneck-Nack, Wirtschaf- tsstrafrecht: Handbuch des Wirtschafts- und Ordnungswidrigkeitenrechts, 2006,§61, Rdn.88)。 また,価格釣上げは,競争制限によって又は経済的支配力若しくは供給不足を利用して実現するこ とを要するが,1957年競争制限禁止法 GWB の制定された今日,本条による規制はその意義の大半 を失ったといえよう。一方,賃貸借料釣上げが処罰されるのは,供給不足を利用してした場合に限 られるが,ここで供給不足が国民的規模のものと解されるのも社会的暴利規制ゆえである(Mu¨ ller-Gugenberger/Bieneck-Nack, a.a.O.,§61, Rdn.75)。通常の賃貸借料(近隣にある同等の住居の賃 貸借料)を20パーセント超上回る場合,原則として不当高価となることが条文上,明らかであるが (5条2項1文),賃貸人の日常的な支出を満たすのに必要な対価である場合には直ちに不当高価と ならない(同2文)。対価が賃貸人の給付と著しく均衡を失するものとして許されないのは,通常の 賃貸者料を50パーセント超上回る場合などである(Hans W. To¨ bbens, Wirstchaftsstrafrecht, 2006, S.104)。価格釣上げには2万5千ユーロ以下の過料,賃貸借料釣上げには5万ユーロ以下の 過料がそれぞれ科せられるが,いずれの場合も,釣り上げた価格と許される価格との差額をラント に支払わなければならない(8条1項)。なお,これを被害者に還付させる途も拓かれている(9 条1項)。わが国においても参照されるべきユニークな反作用であるが,釣り上げた価格と許され る価格との差額は利潤を上回るであろうから,違反者の財産的利得を剥奪するというよりも,一般 物価の騰貴を抑制しようとする社会的暴利規制のための措置であることがこの点においても貫かれ ている(Hellmann/Beckemper, Wirtschaftsstrafrecht, 2004, Rdn.931)。 経済刑法の価格等釣上げに対し,刑法典の暴利罪は,個人の全体財産を保護法益とする個人的暴 利 規 制 で あ り(Maurach/Schroeder/Maiwald a.a.O.,§43ⅠRdn.8),危 険 犯 で あ る(Thomas Fischer, Strafgesetzbuch mit Nebengesetzen, 62.Aufl., 2015,§291 Rdn.3)。ここで暴利かは,行 為者の給付の価値と被害者の反対給付の価値とを行為者の立場から比較して判断され,行為者の給 付の価値と被害者が取引から得る利益とを比較することによってではない(To¨ bbins, a.a.O., S.100)。したがって,外国人労働者が就労先国で不相当な低賃金を受け取ったが,それを就労先国 と比べて貨幣価値の低い本国に持ち帰れば大金になるとしても,そうした事情は給付と反対給付の 不均衡にとって重要でない(BGHSt 43, 53, 59f.)。そのうえで暴利となるのは,行為者の給付の価 値と反対給付の価値が著しく均衡を失する場合であるが,賃貸借料がその地域における通常の同等 のそれを50パーセント超上回る場合(BGHSt 30, 280, 281)などがそれに当たり,高利潤を得るこ とが暴利ではない。結局,経済刑法の社会的暴利規制とともに取引価格規制であり,この点,暴利 かの判断は容易になるが,一般物価を騰貴させる危険の惹起を規制する趣旨の罪でなければ(した がって,暴利行為の影響が広範囲に及べば,本罪のほか経済刑法の社会的暴利規制違反にもなる (BGHSt 11, 182, 183)。),被害者との間にその財産を保護する特別な関係を有しない者も本罪の主 体となり得る非身分犯であることとあいまって,本罪の処罰根拠は何に求められるのであろうか。 なお,暴利罪の成立には,強制状態,経験の未熟さ,判断力の不足又は著しい意思の弱さといった 被害者の個人的弱みに付け込んで利得する必要があり,被害者側のリスクが原因で反対給付の価値 が給付の価値を上回る場合,暴利罪は成立しない(Maurach/Schroeder/Maiwald a.a.O.,§43Ⅰ Rdn.16)。これも,暴利罪の適用を難しくする一因である。
べきであるから,暴利かを販売ごとに判断する46)のはむしろ,暴利販売罪の財 産犯的側面と親和的でさえあるように思われる。生産費・仕入原価を低く抑え たわけではないのに著しく高い利潤を上乗せした価格で販売した場合のよう に,一般物価を騰貴させる危険とともに買手に財産的損害を惹起する場合,不 当高価取引罪の成立を認めても買手を処罰するのは妥当でないから,暴利販売 罪の成立のみ認められるべきであろう。すなわち,暴利販売罪には,一般物価 を騰貴させる危険を惹起して利得するという社会的暴利を規制する側面と買手 に財産的損害を与えて利得するという個人的暴利を規制する側面が並存すると みられ,不当高価取引罪のみ成立するのは,社会的暴利にしか当たらない販売 に限られるのではなかろうか。
お わ り に
物価統制令は,制定の契機はともかく,その後の運用をみる限り(もっとも, 公刊物によるとその適用事例は絶えて久しいが),各種禁止違反罪の成立には 終戦後の事態という行為状況の存在を必要としない,一般物価安定のための恒 久法といってよく47),現下の大規模災害に際して被災地などにみられる物価上 昇にも適用の考慮され得る法令である。しかも,同令違反罪の成立にとって一 46)前掲大判昭和16年9月22日。 47)物価統制令は,昭和27年法律第88号により同年4月27日以降,法律としての効力を有するに至っ た。この点,前掲東京高判昭和32年3月11日は,「新たなる観点から,同令は,その各所管事項の 本質に照らし,国の社会経済秩序の維持ひいては国民生活の安定保持の上から,なお将来その有効 な適用の必要を認めたから」としている。東京高判昭和50年10月23日判時809号104頁は,「昭和48年 5月まで,終戦後の物資不足という特殊の事態が持続していたとは到底認められないが,同令一条 のうち,『終戦後の事態に対処し』という部分は,同令制定の動機を示しているにすぎないもので あり,同令を廃止する立法措置をまつことなしに,同令が失効すべき時期についての定めとは解せ られないうえ,同令一条にいう『物価の安定を確保し,もって社会経済秩序を維持し国民生活の安 定をはかる』という同令制定の目的が完全に達せられ,同令存置の必要性が消失したとは,到底認 められない」と判示した。般物価を騰貴させる抽象的危険を惹起すれば足りると解されてきたわけではな いこと,不当高価取引罪の判例・裁判例に徴して明らかである48)。同じく暴利 類型の暴利販売罪も,少なくとも社会的暴利規制の側面においては具体的危険 犯と解されるべきであろう。もっとも,大規模災害時にあっても利潤追求が直 ちに否定されるべきではないから,不当高価取引罪や暴利販売罪の成立の認め られる場合が必ずしも多いとは思われない。しかし,その一方で,暴利販売罪 には社会的暴利規制のほかに個人的暴利規制の側面があり,同罪の成立には個 人的暴利が不可欠であること,しかも,暴利の意味内容の確定は結局,社会通 念に依存せざるを得ないところ,大規模災害時の社会通念は,平時におけるそ れとは異なる内容のものとして形成され,そこでは利潤追求を嫌忌する見方が 強まると予想されることから,一般物価を騰貴させる危険を惹起せず,しかも, 平時であれば個人的暴利に当たらない販売行為であっても,東日本大震災発災 当時,暴利販売罪となり得る事象のあったのを否定し去ることはできないよう に思われる。 なお,東日本大震災発災後の便乗値上げについては,共同研究者らと行った 日本犯罪心理学会第53回大会のミニシンポジウム「東日本大震災における犯罪 実態と治安意識」(平成27年9月26日)において報告したほか,東日本大震災 発災直前の平成23年2月22日,大地震に襲われたニュージーランド・クライス トチャーチ所在のカンタベリー大学法学部教員と共催した研究会(平成27年11 月30日)においても報告を行っている49)。後者に際して,便乗値上げをさしあ 48)栗本一夫「暴利行為等取締規則一条に所謂暴利の意義」刑事判例評釈集第4巻昭和16年度214頁 は,前掲大判昭和16年9月22日に関してであるが,暴利行為等取締規則の暴利販売罪を抽象的危険 犯と解するようである。これに対して,長戸・前掲158頁以下は,物価統制令の業務上不当利益目 的買占め・売惜しみ罪において買占め・売惜しみに当たるかは,行為者の業態,従来の購入数量又 は販売数量,平均在庫数量等を考慮して一般社会通念に照らして判断しなければならず,買占めは その買占めの結果,少なくともある地区の経済状態をみだすおそれのある場合をいうとして必ずし も抽象的危険犯と解してはいない。
49)Fear of Crime from the Residents’ Perspective, in Workshop: Criminal Aspects Following a Natural Disaster.
たり「Price-Gauging」と翻訳したが,ドイツの社会的暴利概念にならい,い まではより適切な表現に改めるべきであったと反省される。そうした研究会か らほぼ1年が経ちかけたころ,クライストチャーチ付近が再び,大地震に襲わ れたとの報道に接した。一昨年,現地を訪れた際,未だ復興途上であることを 現認しているだけに,前の震災より僅か6年で再び災禍に見舞われた被災地住 民の辛苦は察するに余りある。本稿の懸念する事態が発生するに至らないこと を祈るばかりである。