三木露凪は、 いくつかのま とまった詩論集を残しているが、 そ .の中でも詩の韻律について述 べていることが非常に多い。特に露 風の韻律 論が、 単に詩の外面的なリズムを指しているのではない のには注目できる。韻律つまりリズムとは一般的な定義からいう と、 時間的に等拍な音の紐り返しということになる。 しかし露風 は、 韻律と時間的なものだけではなく空間的なものとして捉えて いた。 それは、 韻律が音楽だけではなく、 絵面 ゃ彫刻にもあると している所からも窟える。 そこで、 露風の作品に 見ら れる彫塑的 な面についてみて いき たい と思う。 なお露風の作品の引用は雑誌 以外すぺて 「三木露風全集 j に従った。 ・ 露 風の詩は、 第二詩集「廃園」が永井荷風 によ って最もよく .ヴェルレーヌの而影を伝えていると肝されたように音楽的なもの .であった。 もちろん露風の詩には音数律にかなったものも多くあ るが、 ここでいう音楽性は、 抒情的流動的なもので、 ヴェルレー
三木露風の詩と韻律
ーーその彫塑的な面について—|
いみ かげ ft-ヌ の「詩法」の中で「 「色彩」にはあらずただ陰臀をのみ。」と歌 われるようなかすかなもので惜関象徴であったと日え る。 それが、 大正二年発行の「白き手の猟人」所収の詩飴「芭蕪」の中で「僕 はただ音楽の暗示といふだけでは、 そこにはまだ憔らないものが ある。」とし、「深い物を涙はす力」が必要であると述ぺている。 露風は、 この 辺りから、 詩に対 して音楽的に滑らかに流れる美し さとは述った もっと重みのあ るものを求めだした と言える。 それ をはっきり と定義した のが、 大正一四年発行の詩論集『詩歌の 道である。 その中 の「待の目的」 の中で露凪は次のように述ペ ている。 かやうに詩は、 音楽に移ることによって、 一部の目的を達す ブ 9 ス+,' るやうになるが、 又一面には、 特が 彫塑的 にな るに随つて、 99シ.,
威紋を加へるものであって、 古典の立派な美は、 つねにそこ にある。古代に其例を求め るまでもなく近代の詩 に就て見ても 、 本年我邦に於ても百年記念祭を行はうとしてゐるポオドレエル ブ 9 スト,' の詩 はこの彫塑的 な詩の傾向を表はす、 最も深酷な、 また擾西
J 11
紀
子
も美しい、 代表的なものである。 ポオドレエルの詩はエルレエヌの如く音楽的 でない。ちゃう ど彼は煉瓦工のやうに、 一っ―つの言葉を積み上げる。さうし てそのたったーつの言葉にも瓜い彼の心笠が注がれて ゐる。ポ め人 オドレエルの特には、 彫刻のやうな 面とかたまりとがある。明 暗と均斉とがある。乱がある。 観照洞察の鋭い詩人は、 其感情を幽韻綿祀たる声としてうた っと ふよりも、 感情の姿を、 さながら描き出して表現せんことをカ める。(中蛯)プラウニングも亦感情の姿 を、 さながら自らの 脹に見ることが出来るゃうにすることをよろこんだ詩人である。 詩致も立 体にし、 力あるものにしようとする詩人である。(後 略) 「彫製的」という言菜が表現しているように露風は詩に透明な 塊のような形あるものを求めたと言える。音楽的に流れるリズム ではなくてプラスチックのように結品するリズムといったもので あった。「彫塑的 J に立体として初彿し てくるようなそ んな 音律 を目指したのであろう。では「彫塑的」な詩とはどのようなもの であ ったのか、 まず露凪の詩論を手掛かりとしながら見ていきた 、 。 露風が眼律を時間的なものだけではなく空間的に捉えていたこ とはすでに述べた。 このような、 時問的空間的な述いを、 露風は 表記の上でも示している。 大正七年一月一日発行の雑誌「国民文 学」の中で露風は、 平仮名を柔軟で流れ一方に面白みがあるもの、 淡字を形一方で造工性があるものとし、 前者を時冊的、 後者を空 問的と述ぺている。このよう な表記に関する迎いについては「詩 歌の追 j 所収の「甘業と律との精神」の中でも述ぺており、 仮名 を竪への美、 淡字を横への美があるものとし、 特に漢字が「ある 姓めしさと立体的な深みを加へる」もので「造形的な建築的な特 徴」を持っているものと述べてい る。 これらは「詩の目的」で見 た「彫塑的」「威設」と いう言菜に通じるものがあり、 露風が耳 に訴える言葉ばかりではなく、 視党に訴える言葉の美を大切にし ていたことがわかる。この視従に訴える言葉も韻律と深く関わり があると言える。岡井陸氏は 日共詩型文学論」の中で「画数の多 い、 画線の大きいーー'つまり密度の大きい漢字が、 視線の流れを 停滞させる」ことがき っかけで生じる「目のリズム」があるとさ れ、「表意(淡字)から表音(仮名)へ表音から表意 へと、 次々 にめまぐるしく移っていく、 そのリズムがおのずから照文のリズ ムを形成する。」と述ぺられている。つまり漢語は罪風の言うよ うに流れを切断する横への美があり、 そのことによってある歎し さと 立体的な深みを加えることになる。 つまり露風のいう領律か らすれば、 時間的流動的なものから立体的彫剪的なものへ移り変 わっていったと言える。では、 淡字の使用が詩を彫塑的なものに するかと言うと、 や はりそれだけでは不完全なものである。漢字 の使用は一要因にすぎず、 やはり内容的に彫塑的になる必要があ
-245-る。「詩歌の道』所収の「詩に就て」の中の「立体心」の中で露 凪は、「概括的説明的ではなく物をあ らはすことに於て美は生ず る。立体心は即ち さういふ詩致を生む。」と述ぺている。これは .詩人の観照服や凝集力とも深く 関わりあっている。感情の趣くま まを述ぺるので はなく沈潜しきった感惜の中心点を捉えることが 必要で、それが時代、空間を越えた古典美としての 価伯を生ずる のだと思われる。この立体心が生む詩致を霧凪は一方で「律感」 と呼んでいる。「律惑」つまり律の感じ とは露凪が 述ぺるところ では、「詩に陰形を与へ、平面で はなく立体にし、意を遼からし :め、詩句に瞑味をつぐる」ものであり、「心の汲も梢妙な観察に よって、視、触れ、捉へるこ とによ って生ず る」(坪上巳畑$仰 忍 」)ものである。つまり感じるだけではなく、それと同時に見 るものでなければなら ない。ここにも露風の韻律論の深みを感じ させられる。 .. 露風の詩論を中心に しながら、表記と内容という二つの点につ いて見てきたが、実際に"風がどの ような過程を経て、彫塑的な .詩を目指したのか、作品を見ながら考察していく。 まず第一に表記の面から見ていく と、 時間を経るにつけ、 いく ・つかの変化した点を見出す ことがで きる。『溌図」に所収された 作品を見ると、 か なりの割合で淡府を使用していることがわかる。 それら の中にいくつかの特 徴的な漢語が ある 。例えば「月光と慌 憬」の中に「消歓」 と表 記し「よろこぴ」 、「硲愁」と表記し「う れひ」と読ませているものがある。これらは正藉な餃み方ではな く、独特な読み方である。このような読み方は多く見られるが、 特徴的なものを挙げてみると、 「黄なる」「美し」(「雨ふ る日」)「想」(「冑色の役」)「情寂」 (「夜となる前のひと 、き」)「 白8」 「寺院」「蜜蜂」(「五月ひ る す ぎ」)「熟睡」「消眸」(「市方 の 五 月」)「追憶」「悲愁 J ありか (「古径」)「在所」(「月夜の悲しみ」) などが ある。これらは和梧を淡語で表したもので、詩を鑑貸する 時に耳で聞く「音」と目で見る「意味」の両方を味ゎうことにな る。和語に淡語を当てることで意味を明確にし、限定したものに していく。特に「よろこぴ J では「歓楽」「歓喜」 「菩悦」、「しゞ ま」では「沈黙」「無首」 、「みてら 」では「堕党」「会堂」など、 露風の作品を通してみると、他の数種類の淡語を当てたものもあ り、それぞれ微妙に述った意味を持たせている。これらの甜は、 意味を区別するために使用されてい るわけで「音」の方はもっば ら和語の読みに頼っ ている 。それ は例えば「南方の五月 J の 91ム 2● 2み う1ゐ 「熟睡」や「消眸」 といった師が、「熟睡に円き」「消眸をや見け む 、」といった具合に迎なっていくことから、音読した場合には、 栢のつながりによる滑らかなリズムを損なうことになるのである。 つまり初期の漢語使用の特徴は、ほとんどが漢語の持つ意味に砥
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点を霞き、音のリズムは和語の読みをとり、滑らかなリズムを生 ・ じさせていたと言える。また、使用する淡語も感情を表す語が多 く、叙情的な漢語を使用している。感情の微妙なニュアンスを漢 語によって際立たせ、あまりイメージに含みを持たせないように していたのである。このことは、後に確実なものを志向していく 様子を窺わせる。 和語を漢語で表すという初期から見られた特徴は、露風の作品 を通じて見 られるが、それらの語は少しずつ少なくなっていき、 抽象的・観念的な語が多 く見られるようになっていく。それが最 も顕著に表されるようになったのが、大正四年発行の「良心 j で ある。「良心」は露風が同年七月に、北海道トラピスト修道院を 初めて訪れて、三週間滞在した時の詩 作をまとめたもので 、修道 院長に献じたものである。露風の宗教体験が全而にでた作品であ り、宗教詩集といっても過言ではない。その冒頭に骰かれた作品 に「修道士達に 」 があ る。この作品にもかなり多くの淡器が使用 されているが 、初期の抒情的な 作品に見られたもの とは違って 「瑯距」「初即 」「 平liu 」 「叫配‘聟翫‘恋釈 」 「加要‘翫翫‘釈 J など、漢語を租み 上げるかの ようにかなり抽象的観念的な語を使 用している。その 多くが音読され、韻律の上からも弾力性が増し、 竪に滑らかに流れるものではなく、横に向かって切断されていく ような饗きが生ずる。それが視従の印象と相まってかなりの堅さ を増した作品となる。しかし、あまりに抽象的な漢語を使用した 序詩 自画像 のでは、詩の美しさを損なうものとなる。詩が彫塑的になるため には、 漢語の使用も 大切な要因と考えられるが、逆に漢語が多く なりすぎると、彫塑 的でなくなると言える 。つまり、漢栢をパラ ン スよく使用すること が大切で、そのパランスがとれ ている時が 彫塑的になりうる時と考えられる。 図心」より四か月前に発行された「幻の田面」には「善根」 「不断」「虚無」「燕際限」等、観念的な語が増えて はいるものの 「良心 j ほど甚だしく はなく、観念的な語を多く使用するのは、 キリスト教の教義を伝えようとしたり、また思想的な作品を作ろ うとした時に 、簡索に掛ける淡語が力を発揮するため であったと 思われる。形の上からも堅さ、骰めしさが備わった淡語は、滑ら かに流れる音とは述い、思想的なことを述ぺるのには適している。 よって淡話のもつ特徴と内容とがうまく均 衡がと れること、つま り内容と形式が一致したときに、彫塑的な威敲を加えた作品とな るのではないだろうか。 それを具体 的に自党したのが、 大正七年発行の「直間の幻影 j 所収「序詩自画像 」 である。「序詩自西像 」 は姐の示す通り、序 の代わりに詩集の冒頭に置かれた作品である。 247-われは諸物に「我」 を 混ず る 困竿細 *もか If われ願ふ、わが面影を ょろづ 万の上に観んことを、 この故にわれは己れの像を
^,
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・言葉の裡に刻ざむ。 し* われは造る、主ににせて わが心よりしたたるものを 具体の歌を わが死の墓に知かんため われ描き、 つくる。 .われは贋造の詩人 主ににせてつくる、 さゅし e われは競銀者 神聖の垣根に拠る。 また忍苦の大胆の勇気や ぃ C ら よ ろ― ;U また生命の歓喜やを 9 じ 諸物の中に冗なふ。 から しほ絨き人の苦みや、はげしきい き どほりの心や われは技巧の中の技巧 髄の髄、 酋葉の言葉、 煕如 の 紺 fJ ひ せし め とれざる仮面をつけしめ 不動の中にこれを置く。 われは哲葉の鈍金士 黄金を、粗鉱をまぜてつくるてふ玄義に開かん そは言業も煮沸すれば し^て●上っしつ 心的物質なればなり。 われは首薬の大工 幻想を建築す、 鉗綜し、渾融 し 、厚 き 、瓜 き;""
浮彫こそ我が詩の王。 悲哀の紋章を極印す。 万物を鋳改し 神型の火をたくはへて わ れは古代の廊断工 248-おお、 我が詩よ 形式と心霊とは同一 そは闇黒に鏡を架けて おのれが俊を観るなり。 われは悩める心の旗手 われは苦痛の福音の宜伝者 われは主の迎命の模倣者 われは我が運命をつくる者。 ああわが詩、 わが碑 つか わが束ねたる花よ ムしど われはその中に死の臥床を用意すぺし か 11 その花もて面を覆ひ、 埋もれて。 自画像とは明らかに絵画を指す語である。 それを露凪は言禁で もって浮彫にしようとした。第一述には、 露風がボードレールの ように酋葉に心霊を注ぎ、 彫塑的な詩を作りたいという願望が表 されている。第二巡では具体的に表現したい事柄が挙げら れ、 第 三連からは「われは ...... 」といった具合に自己と対面し、 詩人と くム9 --あらゆる工夫を凝らす者の祝藉者。 しての役割、 立場を浮彫りにしていく。特に「具体の歌」を「造 る」としているのは、 いかにも彫刻を造るかのようである。.第四 連からは 「 われ」は「贋造の詩人」であり、「被金師」「錬金士」 「鍛冶エ」「大工」と、 物を作り上げる者 に仕立てて、 詩を作り 上げる様子を描き出している。 心よりしたたるものを奥深くしま いこみ、 表面を飾ったり、 言菜を純枠に浄化し、 幻想の世界を建 築していくのである。 しかしそれは露風の願望でもあるので「祝 社者」ともなり、 また 身分不相応な神のなせる技をうかがい狙う さゆしゃ 「猥銀者」ともなりうるのであ る。 この顧望が第十述で感情の高 まりを見せ、「形式と心霊は同こという境地に達したと酋える。 「序詩自画像」にはr良心」の流れをくむ宗教的要素も含まれて いるが、 それよりも天地創造の神と詩人とを同一化しようとして いるようで、 それほど詩を神聖なものへ窃めようとしている。 形式の面から見ると、 適度に堅さを惑じさせる程度に仮名と淡 語のバランスがとられており、 露風の決意の堅さを思わせる。使 用されている漢語も独特なものが多く、 奇抜さを与えており、 エ 夫の跡を感じさせる。 また 「 われは: .... 」の繰り返し が、 露風自 身の内部へと奥深く掘りさげていく様子を暗示さ せ、 詩に犀味を 与えている。 その際、 行の末尾の多くを体言止めにす ることに よって流れるようなリズムを遮り、 一っ―つをかみしめながら読 み進んでいかせる。 このような形式上の工夫は、 詩の内容とうま くマッチしていると思われる。 -
249-四
「序詩自画像」では、 霧風の言業に対するこだわりが所々に表 されているが、 それ はやはり詩 が言菜の芸術である ことから考え る と 、 当然のことである。 言葉その ものを純枠とし、 心よりした たるものをはっきりと歌い 上げるこ とに詩の本質を 見出していた と言える。 ただ言葉に対するこだわりは、 もっ と以前から述ぺら れていた。 そして心の奥底から何 か しらの浮上してくる様子を歌 い上げた作品も見られ る。 つまり 、 R 薩間の幻影」へと至る過程 が、 ただ 突如として現れたのでは なく、 徐々に明ら かにされて いった と言 える。「序詩自画像」で の「形式と心盆は同ことい う境地に至るまでの過程を、 次に見ていきたいと思う 。 E 幻の田園」の自序 には「詩は 心の表象である。」 と述べられ ている。 つまり露風は具体的に心が、 詩を創作するこ とで浮かぴ 上がってくること を求めたのである。「幻 の 田 園」 は岡崎義恵氏 によって、 汎神論的 自然観によって幻と化した束京の 西郊の 田園 h二 の写生で、 写生にして もはや象徴である と 指摘されたものである。 「幻の田園 j には時間的広がりよりもむしろ空間的広がりを感じ させる詩が多く、 また激しい感惜の起伏を歌ったものもなく、 安 定感のあ る詩が多いと言える。 心の奥底から何やら浮かぴ上がっ てくる様子を歌 ったものに「廃園 j の「か たち」、「白き手の猟 人」の「寺」「反影」等を先がけ としてみることが でき る。特に こ•み く2 か か たら は“ • 「かたち」の第二辿「さ ま よへる心の隈に/彼の象、 花は織り いづ.;:」と歌われる 花に は、 マラルメが詩論 「詩の危機」の中 ttl-― で述ぺている イデ アとして の花 を 思わせる もの がある 。 また 「寺」 も岡崎義恵氏に よって指摘されているように、 ポードレー ルの「交感」に似ている。 自然のあらゆるもの が、 融合し、 無言 の中 から醸し出される 寺は ま さしく「交感」 の中 で歌われる神の "W^ 宮としての自然と言える。「反影」にもあらゆるものが混沌とし て結合していく様子が描 かれ、 やはり「交感」での万物照応の影 弊を思わ せる。 このように心の奥底から祐彿してくる もの を 表象としてさらに 具体化したのが 「幻の田園 j であった。「小窟」に現れてくる 「野良にむ かひ て閲ける門」(第一辿)や「深深と開きし門。」 (第四述)といった形象には威圧感があり、「門」という語の意 味と響きにも不動の安定感があ る。「近」には 「序詩自画俊」の 「そ は冊黒に鏡を 架けて/おの れが像を観る なり。」(第十連)と 歌われるような観照の深さによって初めて姿を現す「はるかなる きしペ 岸辺」が 浮かぴ上が ってきている。「晩」とは露凪の凝集力の大 きさ を表す言業でもあり、 ありとあらゆるものを透視するかのよ うに迫ってくる。「森 J という 作品には現実 世界と 幻想世界とを どうわ 2ピ つ な ぐ場であるような、 かなた に開く「童話の窓」が描かれ、 外界と内界とが統一していく様子が窺え る。 このように「序歌 自 画像」に至るまでの内面的沈潜化 が、 徐々に行われ、 流動的抒情露風が自党して立体的表現を求めた作 品として、 先に挙げた 「序詩自画像」の他に「解笞」と「生ける宮」を挙げることがで きる。 解雷 硲間は、 胸上げてかくは云ふ (洪水の水 かピかど 角角しき雪 見よ硲間の春の来るところ その胸廓はとどろけり その心臓は 射 肋骨を圧し上げつつ、 叫ぴたり 火の征矢のカ 一時にきたる)
五
的なものから脱皮していったと言える。 そして空間に立体的に浮 がぴ上がる流れない不動の律感を求めていったのであ る。 それは ちょうど情悶象徴から観念象徴へ と移り変わってい ったと言うこ とができる。 「解野」は、 詩人と自然との会話のような形式で構成されてい 盆合1んかな、 我は 5 か L よ 栄ある者の過ぎる時 酔 はんかな我は くるしみの感謝をもつて) かく硲間はさけぶ。 硲間が箸けし雛菊の その上にしも瑠璃紺の空かかる いかにうるはしき消澄の 頭巾の母の限をもつて。 されど鉛間はどよめけり 腕と、 頭と、 心臓と (酔へ、 酔へ 、 酔 へ、 はこぺ、 はこべ、 はこぺ)。 すひかつらと まづ神前に拶げなせ)。,
母のまなこはかく言へり (ひな菊と、 鈴関と 251-る。 露風はこの頃プラウニングの「サウル」 にか なり傾倒してお り、 ボードレールと並んで、 彫刻的な詩を作る詩人に数えている。 「詩歌の道」所 収の「「サウル」 を読む」の中 で、「サ ウル」を ・「古典的体大」であるとし、 詳しく特を分析しその一節を「立体 甘い●人 の厚味と瓜さとを持った渡惨な句」としている。 この表現を試み た作品として「逗間の幻彩」の三作品を挙 げている。表現の上か らもこの三作品は「サウル」の影閣を受けているが 、 特 に「解 省」では 言薬のみではなく形式、 内容に影符が見られる。「解ぢ」 の会話体は「サウル」のダピデによる劇的独白に倣っ たと思われ .る。「サウル」は宗教詩であって神の愛は永遠の生命を与えると いう真理を啓示する ものである 。「解省」の第一、 二述の冬が過 ぎ、 春へと移り 変わる様子は「サウル」の次の部分の形柳を受け ている。 春の女神の矢のやうに疾き l と 召喚の声その目的に当りて ., 彼女に あ らがふ最後のものなる―つの山 (谷は自由と花との間に笑めども、 山のみは) 宏大なる石を胸として その上に胸あてにもと積みなせる と" 一年の白笞をよろひ居たるに 柱六 その鎧をぬぎ菜つる時を見しことありや この部分は露風 が「サウル」の中で、 「最も英なる(最も真な ると言っても{且い)」表現と述ぺている箇所である。 ちょうどサ ウ ルが党醒する場面であるが、 露風はそ れを冬から春へと季節が 生まれ変わる特にしている。 しかし「解雷」 にも自然を写生した だけではない人間との共通点が見られ る。 それは谷冊を擬人化し ているということではなく、 生命という―つの真理につ ながる普 遥的なものだとおもわれる。「解笞」にもど っしりとした安定感 があるが、 それ以上に巨大なもの が動き出す壮大なリズムが感じ られる。 形式の上からも胚と語のつながりによる沿らかさはなく、 むしろ一
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を確実にふまえさせていく。 それは、「:・・り」で 終わる行の末尾や、 一行の長さ、 句読点等の工夫のためであると 思われる。内容的には、 前述したように「サウ ル」の影閤をかな り受けており・甜凪の独創とは言い難い。 しかしそのことが逆に 露凪がどれ程立体的 な詩を求めていたかを裏.つけることになる。 統いて「生ける宮」を見ていきたいと思う。 鋒嵩き岩角と岩角との間より 孤状なす、 そが胸を横へぬ、 いとも厳しく煎く、 ふくらかに 生ける宮 今しも天は滴ち沿ちてああ天、 この日に折たたむ屎 須央、 ここに憩はんと 望み見て翔りきたれる如くなり。 折昼む片側は光にあふれ輝き u
・
又他の一方面は杏かの陰に向けて へし曲り突き入りぬ。 いU かど 蜂に黒める岩角は 0暴 した 天の真下に駄駄罷ふむ (ああ雄々しきプロメシュース) 紺められて括られて しかと突き張る、 その胸 を。 蜂に馬める岩角を 天は優しく眺めけり じんつう 神通の光を以て温めて か← 力と、 天の香りとを以て守らせて。 かくて見よ、 山山は 生ける殿堂と寄くなり 善き、 大いなる硲隈は 陣痛の唸きを以て ああ急げ、 創れ、 プロメシュース 9 》 思き悲は迅らん 夕日の光、 早も今 ぅらこ っばさ 鱗なす天の猥に流れたり ヽ》 凪は蜂をぱ吹き布けり。 この作品にも「サウル」の影碑が色浚く見られる。特に第一述 は、 霧風が「サウル」の中で「立体的厄味と重さとを持った凄惨 な句」と評した部分を受けている。 日はゆるやかに丘に春き 丘々は欣かに寂然として決意し 互に力を合せて更に強くなるため 麓に詑をかさねからむ、 しかこそサウルは腕を紐みて fE 七 鼓動止みたる胸の上に霞きぬ 一読しただけでもわかるようにかなり類似したものである。第 三連に出てくるプロメシュースとは「先見 J を意味する神であり、 ゼウスによって岩山に紺られ、 鷲にその肝臓を文ぺられるが、 肝 ●よ 111ら 型き其洞を造るなり。-253-臓は夜毎に元通りになり、 永い間の苦しみの末、 ついに解放され • た という 神である 。 この神の物託が第三連で生 かされている。 「生ける宮」は「解雪」以上に堅さの感じられる作品で、 滑らか なリズムはあまり感じられない。特に第五連の「生ける殿堂」は EA せい 「交惑」での「自然は神の宮にして、 生ある柱」に通じるものが あり、 荘朕さがある。ギリシャの古代建築をも思わせるこの「生 ける殿堂」は自然の作り出す神の宮でもあり、 主題そのものと言 える。「殿堂」という語はすで に「修道士達に」の中で「苦良な る精神の殿堂 J と歌われており、 自然の原理を理解する精神でも あったと思われる。「陣痛」という語は「サウル」の中で使用さ れている語であるが、 人間が誕生するのに伴う苦しみと自然との 統一が見られ、 崇裔な英を惑じさせる。 このように露風が自ら立体的表現を試みたとする三作品につい て見てきたが、 これらの詩を通して共通していることは、 初期の 作品に見られた内面 のリズムがあふれでる流動性がなくなり、 内 面的に沈潜した様子が窺える こと、 表現が淡字のもつ堅さを表す ために音読され、 実際に読んでみた時に語と語のつながりによる ‘ 滑 らかさをあまり感じさせないものであること、 そして何よりも 作品を鑑貨していく上で「生ける宮」に代表されるような表象と してある物の浮かぴ上がってくる様子が描かれていることである。 このように露風は、 音楽的な韻律から、 絵画的、 彫刻的なリズム を求めていったと言える。 それはちょうど抒情的なものから内省 注一「世界文学大系43マラルメ・ヴェルレーヌ・ランポー」(筑限由房) 参照 注二「日本詩歌の象徴精神現代暦」(宝文館)参照 注三「私が「花jと召う時、 私の戸は、 はっきりした袷郭を何もあとに のこさず、 すぐに忘れられてしまう。 が、 同時にわれわれの知ってい る花とはちがった、 現実のどんな花束にもない、 におやかな、 花の観 念そのものが酋菜のもつ音楽の拗きに立ちのぼるのである。」(「世界 文学大系43マラルメ・ヴェルレーヌ・ランボー」)とある。 注四 注二に同じ 注五「世界文学大系33ポードレール・ポー j 参照 注六 斉藤iTJ訳、 最近のものとしては大底干玲訳のものを見ることができ る 。 注七 同右 注八 注五同じ 注 (兵郎県立姫路別所窃校) 的なものへの移りかわりであり、 惰網象徴から観念象徴への移り かわりであった。 ただ露風本来の持ち味からすると、 やはり前期 の作品の方が本領であり彫塑的な詩は露風が自分にないものを求 めたものであったと思われる。 254