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Vol.68 , No.1(2019)072白 景皓「『法華経』に見る菩薩成仏論――「法師品」〈高原鑿水喩〉を中心として――」

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Academic year: 2021

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印度學佛敎學硏究第68巻第1号 令和元年12月 (122) ― 427 ―

『法華経』に見る菩 成仏論

―「法師品」〈高原鑿水喩〉を中心として―

白   景 皓

1

.問題の所在

『法華経』流通分の冒頭に位置する「法師品(第十)」〈高原鑿水喩〉(SP 233.1–6) は,喉が渇いて水を求める人が荒地において,井戸を掘らせるうちに,乾土と泥 土を順次に掘り出し,水から遠くにいるか近くにいるかが分かることを述べてい る.当譬喩が何を伝えているかについて,先行研究では十分に答えられていな い.本稿の目的は,当譬喩の構造と創作意図を明示し,当譬喩に説かれる「速疾 成 仏」(速やかに成仏し得ること)という菩 成仏論を明らかにすることである. 2

.〈高原鑿水喩〉の解釈

当譬喩は,水を望む→荒れ果てた高地で人々に井戸を掘らせる→乾土が運び出 されるのを見る→泥土が運び出されるのを見る→井戸掘りの人々の手足が泥土に 汚れているのを見る→水を獲得する,というように,水を望む人が水に到達する 過程を述べている1) 2.1. 「水」 当譬喩の導入部分2)における「無上正等覚に近づく」という表現は,譬喩中の 「ここで水は実に近い」という部分と関連している.したがって,「水」という譬 喩基準は,「無上正等覚」すなわち仏智という譬喩対象と対応していると考えられ る.世親注『法華経論』もそのような譬喩関係を肯定する3) 2.2. 「水を望む人」 譬喩中の「水を望む人」は,無上正等覚を望む人であり,大乗の修行者である 「菩 」と対応していると考えられる.その理由は,「譬喩品(第三)」にある.大 乗の菩 は仏智を最高目的として,一切衆生を利益するために,自利・利他を実 践する修行者である4).したがって,「水を望む人」という譬喩基準は,仏智を 望む菩 ,すなわち,当譬喩の導入部分に説かれる「菩 の修行を行う在家者達

(2)

(123) ― 426 ― 『法華経』に見る菩 成仏論(白) 及び出家者達」と対応していると理解できる. 2.3. 「泥土」 譬喩中の「水と混ざった泥土であるものが水滴をしたたらせながら,運び出さ れているのを見るであろう」は,当譬喩の導入部分における「この法門 (『法華経』) を聴聞する」の譬喩表現と考えられる.「泥土」は水を含む土である.これは, 仏智を含む法門すなわち一乗の教えを説く『法華経』に対応していると言える. 『法華経』を聴聞してそれを心にもたらすことは「泥土を運び出す」に譬えられ ると理解できる. 2.4. 「乾土」 譬喩中の乾土を見る→泥土を見る→水を獲得するという時間的な前後の順によ れば,「乾土」が「泥土」の先行要素であることが分かる.「泥土」は『法華経』 という法門の譬えである.それに対して,「乾土」は『法華経』の前に成立した 他の大乗経典(例えば,般若経典類,『維摩経』など)の譬えであると推定することが できる. 2.5. 「荒れ果てた高地」 『法華経』より後代に成立した,ラトナーカラシャーンティ (ca. 1000) 作『サー ラタマー』 (Sāratamā) の解釈によれば,ujjaṅgalaが荒れ果てた高地であることが分 かる5).表層から深層まで,乾土→泥土→水を含む荒れ果てた高地は,般若経典 類など→『法華経』→仏智を含むあらゆる大乗経典と対応していると考えられる. 2.6. 「井戸を掘る人々」 譬喩中の「水を望む人は,人々に井戸を掘らせる」という表現に注目すべきで ある.数多くの先行研究はkhānayet「掘らせる」が動詞khanの使役形であるこ とを無視して,「掘る」と訳している6).しかし,そのような場合,「水を望む人」 と「井戸を掘る人々」(井戸を実際に掘る人々)との対応関係が不明瞭となる.菩 にとって,仏智の獲得は自利の実践であり,一切衆生に般涅槃に入らせることは 利他の実践である.ここで,菩 は「水を望む人」に譬えられており,その菩 の教化対象である弟子達は「井戸を掘る人々」に譬えられていると考えられる. 2.7. 「井戸を掘らせる」 以上のような構造を考えれば,①乾土が運び出されること,②泥土が運び出さ れること,③井戸掘りの人々の手足が泥土に汚れていることはそれぞれ,当譬喩 の導入部分における菩 に教化される弟子達が①『法華経』成立前の大乗経典を 聴聞すること,②『法華経』を聴聞すること,③『法華経』を聴聞した後にそれ

(3)

(124) ― 425 ― 『法華経』に見る菩 成仏論(白) に傾倒し,趣入し,理解し,自分のものにすることの譬喩表現であると言える. 水を望む人は,井戸を掘る人々による乾土と泥土の掘り出しを見た上で,水から 遠くにいるか近くにいるかが分かる.同様に,菩 は弟子達に『法華経』成立前 の大乗経典を聴聞させる段階では,未だ仏智から遠いが,『法華経』の流通7) 実践し始めると,仏智に近づくということが意図されていると考えられる. 3.

 〈高原鑿水喩〉に見る菩 成仏論

本節では,『法華経』における「速疾成仏」の意味を提示した上で,当譬喩に 反映される菩 の「速疾成仏」という思想の内実を解明する. 3.1. 「速疾成仏」の意味 当譬喩に説かれる「菩 は『法華経』を流通させて初めて仏智に近づく」とい うことは,「速疾成仏」の思想を反映するものである.〈三車火宅喩〉8)において, 鹿車・羊車・牛車はそれぞれ声聞乗・独覚乗・菩 乗という三乗と対応してお り,「風のような迅速さを完備した牛車」は一乗と対応している.片山(2012, 158–159)は,方便としての三乗と比較した時,『法華経』の一仏乗は迅速さを有 すると指摘する.また,「化城喩品(第七)」は,三乗に属する修行者達は迅速さ を有する一乗を受け入れた後,速やかに成仏し得ると明言する8) 3.2. 法師菩 と菩 弟子 「法師品」において,『法華経』を正しく説き明かす菩 は『法華経』の受持者 かつ教示者 (法師) であり,その菩 のもとに集まる四衆の菩 達は『法華経』の 聴聞者であるという二種の菩 が説明されている9).教化者である菩 (法師菩 )及び菩 の教化対象である弟子達(菩 弟子)はそれぞれ,譬喩中の「水を望 む人」と「井戸を掘る人々」に対応している. 3.3. 菩 の速疾成仏に不可欠なもの 「法師品」と「如来神力品(第二十)」によれば,『法華経』の受持10)『法華経』 の聴聞11)は菩 (法師菩 と菩 弟子)の速疾成仏を達成するために不可欠なもの である. 3.4. 『法華経』説示・聴聞の前提条件 泥土に至る前には,まず乾土が運び出されることが必要である.同様に,法師 菩 ・菩 弟子それぞれにとって,『法華経』説示・聴聞に至るには前提条件が あると考えられる.まず,「化城喩品」において,菩 弟子の「空」の聴聞・通達→ 『法華経』の聴聞という修行の段階が見られる12).菩 弟子は『法華経』を聴聞す

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(125) ― 424 ― 『法華経』に見る菩 成仏論(白) る前に,空性思想を聴聞し,それに通達することが必要なのである.次に,「法師 品」において,法師菩 は『法華経』を聴聞させる(説示する)前に,空性思想に 悟入せねばならない13)と説かれている.ここに,法師菩 の空性思想への悟入→ 空性思想の説示→『法華経』の説示という修行段階が想定されている.菩 (法師 菩 と菩 弟子)は『法華経』の聴聞・受持・説示といった『法華経』の流通に資 するものを通じて,速やかに成仏し得るが,その前の段階において,『法華経』成 立前の般若経典類に基づく空性思想の学修が必要なのである14) 4

.結論

〈高原鑿水喩〉は,『法華経』成立前の大乗経典が説く空性思想とともに『法華 経』の一乗の教えが菩 に成仏 (水への獲得) の功徳利益をもたらすという構造 を,速疾成仏の思想を背景として説明したものである. 1) SP 233.1–6.   2) SP 232.6–10.   3) T26.10a26–27.   4) SP 80.11–81.5.   5) ST on AP 212.6–11.   6)例えば,岩本(1964, 157),苅谷(2009, 266)など.  7)白(2019, 66)は,『法華経』を聴聞させ,最終的に自身のものにさせることは『法華経』の流通に資 することであると指摘する.  8) SP 183.7–10.   9) SP 227.5–6; SP 235.1.   10) SP 393.9–10.   11) SP 228.1–2.   12) SP 186.8–187.1.   13) SP 234.7–8.   14)本稿 は『法華経』における空性思想の位置付けについて詳細に分析せず,それを今後の課題と したい. 〈略号表〉

AP: Aṣṭasāhasrikāprajñāpāramitā. P.L. Vaidya ed., The Aṣṭasāhasrikā-Prajñāpāramitā. Vol. 1.

Mithila: The Mithila Institute, 1960.

SP: Saddharmapuṇḍarīkasūtra, eds. Hendrik Kern and Bunyiu Nanjio, Bibliotheca Buddhica 10. St.

Pètersbourg, 1908–1912. Reprint, Osnabrück: Biblio Verlag, 1977.

ST: Sāratamā: Padmanabh. S. Jaini, ed. Sāratamā: A Pañjikā on the Aṣṭasāhasrikā Prajñāpāramitā Sūtra. Tibetan Sanskrit Works Series 18. Patna: Kashi Prasad Jayaswal Research Institute, 1979.

〈参考文献〉 岩本裕・坂本幸男1976『法華経(中)』岩波文庫.  片山由美2012「『法華経』 方便品 と 譬喩品 ―大白牛車の解釈を巡って ―」『印度学仏教学研究』61(1): 158–162.    苅谷定彦2009『法華経一仏乗の思想: インド初期大乗仏教研究』東方出版.  白景皓 2019「現『法華経』流通分の思想背景― 供養 思想を中心として―」『哲学』71: 55– 70. 〈キーワード〉 菩 ,成仏,法師品,高原鑿水喩,流通 (広島大学大学院)

参照

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