NII-Electronic Library Service 『最後潅頂常行 心 要法』につ い て 『
最
後
潅
頂
常
行
心
要
法
』に
つ
い
て
苫
米
地
誠
一 [ 論 文 要 旨 ] 小 野 僧 都 成 尊 ( 一 〇 一 二 〜 一 〇 七 四 ∀ ま た は、 醍 醐 三 宝 院 勝 覚 ( 一 〇 五 七 〜=
二 九 ) の 製 作 と さ れ る 『 最 後 潅 頂 常 行 心 要 法 』 と い う 書 物 が 写 本 に 依 っ て 伝 え ら れ る 。 本 書 は 、 目 録 等 に 於 て も、 殆 ど そ の 存 在 が 知 ら れ て お ら ず 、 成 尊 や 勝 覚 の 製 作 と す る に は 疑 問 が あ り、 恐 ら く 鎌 倉 期 の 成 立 で あ ろ う が 、 こ の 時 代 の 真 言 宗 の 成 仏 思 想 の 展 開 や 往 生 信 仰 ( 密 教 浄 土 教 ) の 姿 を 示 す 貴 重 な 資 料 の 一 つ と 思 わ れ る の で、 こ こ に 紹 介 し 、 本 文 を 翻 刻 す る 。 、は
じ
め
に
此所
で 紹介
す る 『 最後
潅
頂
常行
心 要法
』 は 、 現在
ま で 写本
の み に よ っ て伝
え ら れ 、 活字
化 さ れ て は い な い が 、 又鈔
本
に よ っ て は 『 最後
灌 頂常
住 心 要抄
』 『 謂 色 即實
鈔
』 と い う 題名
の も の も あり
、 ま た 『 無名
抄
』 と も 称 さ れ る 。 『無
名
抄
』 と 称す
る 書 に は他
にも
事
相
の 口決
な ど や 仏 書 以 外 の も の を 含 め て 数種
が あ り、 本 来 は 題名
の な い 論 書 で あ っ た も の と 思 わ れ る 。本
書
は 、小
野
曼 荼 羅寺
第 二 世 で あ る小
野 僧都
成尊
( ↓ ( 一 〇 一 二 〜 一 〇 七 四 ) の 製 作 とす
る 説 と 、 醍 醐 寺 座 主 三 宝院
権
僧
正 勝覚
( 2 ) ( 一 〇 五 七 〜 一 一 二 九 ) の 製作
と す る説
と の 二 説 が伝
え ら れ て い る が 、後
に 述 べ る よ う に 、 お そ らく
鎌
倉
中 〜末
期 頃 に 成 立 し て 、 成 尊 ・勝
覚
に化
託 さ れ た 、 秘義
の 口伝
書 の 類 で あ ろ う と 思 わ れ る 。 而 し 本書
は ま た真
言
宗
(東
密
) の 祖師
であ
る弘
法大
師 空 海 ( 七 七 四 〜 八 三 五 ) 以降
の 、本
書
の 作 ら れ た 時 代 の 、真
言 宗 の 成 仏論
を 一143
一 N工工一Electronlc Llbrary『最後 潅頂 常行 心 要法』につ いて
示
す 論 書 と し て注
目 さ れ る 論書
で あ り 、 ま た こ こ に は往
生 浄 土 の 思 想 ( 密教
浄 土 教 ) ( 3 ) が説
か れ て お り 、 そ の点
か ら も注
目 さ れ る資
料
で あ る 。 二 、写
本
に
つ いて
次
に こ こ で 取り
上 げ る 諸 写本
の 書 誌的
概 要 に つ い て 、 簡 単 に見
て お き た い 。 (1
) 『無
名
抄
』真
言
宗 智 山派
総
本 山 智積
院 所蔵
本 (隆
瑜 所持
・ 常 盤蔵
旧 蔵 本 ) 『 鐃 鉢 秘伝
』 ・ 『無
名
抄
』 ・ 『 金 日鈔
』 三本
合 写 の 中 。文
化 一 一 年 ( 一 八 一 四 )宥
盛
書
写
本 ( 『鐃
鉢 秘伝
』 ・ 『 金 日鈔
』 は 文化
十年
書 写 ) 。袋
綴 装 。 一 冊 。 縦 二 四 ・ 九 糎 。横
一 八 ・ ○糎
。墨
付
四 五 紙 ( 表 紙 共 四 六 紙 、 中 『無
名
抄 』 中表
紙
共 二 一紙
) 。半
丁 一 〇行
。 一行
一 九 〜 二 一 字 。 (貼
外
題 ) 鐃鉢
秘伝
隆
尊
注 / 無 名抄
成
尊 / 金 日鈔
/ 合 全(
表
紙右
下 )隆
召
( 『 鐃鉢
秘 伝 』第
一紙
右 下 )単
廓 方 印 「智
山 / 常盤
藏
」 。単
廓 方印
「隆
瑜藏
」 ( 中表
紙 外 題 ) 無名
抄
成
尊作
(内
題 ・ 尾 題 ) 無 し (奥
書
) 本 云 延 慶 三年
六月
廿 日書
寫
一 交 之 定1
此書
者
小 野 僧都
成尊
制作
無 名 抄 云 々 最 祕極
書 也 云 々 一144
一NII-Electronic Library Service
交
本
内 題 云 最 後灌
頂
常行
心法
(割
注 ) 亦 ゜ 。 “ 儲 獄 苛交
本
既 有 二 名無
名
抄事
天文
十 六 年 九 月 九 日 書 之 藤福
寺
常
住 准 識維
文
化
十 次 在 癸酉
季
夏 十 日 以水
府
城 東 六 段 田 六 地藏
寺
寶 庫 本書
焉
畢
爲 令法
久
住
耳後
日 一 交 了金 剛 佛 子
興
全 宥 祥文
化
十 一 歳 四 月書
寫
了求
法
宥 盛
N工工一Electronlc Llbrary Servlce
『最後 潅頂常 行心 要法』につ い て (
2
) 『上
最
後
灌
頂
常
行
心
要
法
』東
寺
真
言
宗 総 本山
教
王 護 国寺
所
蔵
本 (観
智 院 金 剛 蔵 所 蔵 本 ・ 又 別 九箱
第
八 号 ) 書写
年
次
不 明 ( 江 戸期
) 。 禅 我 書 写 。巻
子 装 小 型本
。 一 巻 。楮
紙 。 二 二紙
。 縦 一 六 ・ 七糎
。横
約 一 〇 五 九 ・ ○ 糎 。 一行
一 二 〜 = 二 字 。 墨 点 ( 仮名
・ 返 点 ) 。 原表
紙
。 (外
題 ) 上 最後
灌
頂
常行
心 要法
(
外
題 下 )菩
提禅
我 ( 内 題 ) 最後
灌
頂
常
行 心要
法
( 尾 題 ) 無 し (奥
書
) 三寶
院權
僧 正 勝覺
御
記 云 々或
畢
本
揩
小 野 成尊
僧
都
御 製作
無
名
抄評
雖
然我
々 一145
一『最 後潅頂常行心要法』につ い て
勝
覺 ノ 御記
習 ヒ 來 也 菩 提法
印 禪 我 (3
) 『最
後
灌
頂
常
住
心
要
抄
』 高 野 山 金 剛 三昧
院 所 蔵 本 (高
野 山大
学
図 書 館寄
託 ( 特25
ム 金2
ご 天文
一 六 年 ( → 五 四 七 )写
。 書 写者
不 明 。 粘 葉 装 。 一帖
。楮
紙 ( 高 野 紙 ) 。 縦 二 五 ・ 九糎
。 横 一 五 ・ 八 糎 。 押 界 (界
高 二 一 ・ 三糎
、界
幅 一 ・ 八 〜 一 ・ 九 糎 ) 。 半 丁 七 行 。 墨付
二 六紙
(表
紙 共 二 八 紙 ) 。 墨 点 ( 仮 名 ・ 返点
( 天 文 一 六年
) ) 。 原表
紙
。 ( 外 題 ) 無 明記
(
表
紙右
肩 (外
題 と 別筆
) ) 小 野 成 尊 制(
表
紙 右 下 ( 又 別筆
) ) 快 英(
外
題右
下 ( 又 別筆
) ) 有疑
書 也 ( 内 題 ) 最 後 灌 頂 常 住 心 要 抄 ( 尾 題 )無
し (奥
書 ) 此 書 者 小 野 成 尊 僧都
之 製作
無 明 抄 ー 云 云 最 祕 最 祕 自 交 】 交 了 天 文 十 六年
丁 未 菊月
十 一 日 於高
野 山 書 之御
本 云 大 阿 闍 梨 法印
大 和 尚 位 空音
( 花 押 ) 求法
快 英律
師 一146
一NII-Electronic Library Service 『最後潅頂常行心要法』につ いて (
4
) 『謂
色
印
實
鈔
』高
野 山 金 剛 三昧
院
所
蔵
本 ( 高 野 山 大 学 図書
館寄
託 (特
25
イ 金4
) )書 写 年 次 不 明 (
江
戸 初 期書
写
) 。書
写者
不 明 。袋
綴 装 。 一 冊 。鳥
の 子紙
。 縦 一 三 ・ 九 糎 。 横 一 九 ・ 五 糎 。 無 界 。半
丁 十 一 行 。 墨 付 二 五紙
( 表 紙 共 二 八 紙 ) 。 原表
紙
。 (外
題 ) 謂 色 即實
鈔
(
表
紙右
肩 ( 別筆
) ) 常 行 心要
成尊
作 / 或本
云無
名
抄 云 々(
表
紙
右 下 )儀
(表
紙 見 返 し ( 又別
筆
) ) 常 行 心 要 抄 成 尊 作/
或
本 云 無 名抄
云 々 (内
題 ) 謂 色 師實
鈔
(尾
題 ) 無 し (奥
書 )一
交
了正
和
四 年 乙卯
三 月 十 二 日 書 寫了
金
剛
佛
子
空 地此
書
者
成尊
僧
都
御
作
教
相
分事
相
分
有
兩分
何
モ宗
義
ノ 肝 心 也空 地
者
(5
) 『最
後
灌
頂
常
行
心
要
法
』高
野 山真
別 所 所蔵
本
(高
野 山大
学
図 書館
寄
託 (1
−64
サ真
44
) )書
写年
次
不
明 (江
戸 中 期書
写
) 。書
写者
不 明 。巻
子
装 。 一巻
。鳥
の子
紙 。縦
一 六 ・ 六 糎 。横
全 長 約 一 〇 八 亠 ハ ・ ○ 粳一 。 一147
一 N工工一Electronlc Llbrary『最後 潅頂常行 心要法』につ い て 無 界 。
本
文
二 → 紙 。 一 行 = 二 〜 一 四 字 。 墨 点 ( 仮 名 ) ・ 朱 点 (仮
名 ・ 返 点 ・音
訓 符 ) 。 原表
紙 ( 秋 草 に 銀箔
散 し ) 。 (外
題 ) 最後
灌
頂常
行 心 要法
(
外
題 右 下 ) 妙瑞
( 内 題 ) 最後
灌 頂 常 行 心 要法
(
内
題 前 に 押 紙 ) イ 本 / 無名
抄 成尊
御
記 ( 尾 題 ) 無 し (奥
書
) 三寶
院 權 僧 正勝
i
( 覺 )御
記
此抄
者
祕 宗 之肝
心眞
言 之 骨 目 也 最 祕 最 祕 穴賢
穴 賢若
有 深 信 上 智 之機
可授
自 覺本
初 之 法 要 故 若 許淺
智
下 根 之 輩 者 必 可 爲 邪 見所
起 之 因 縁 也 可愼
可 愼 矣 ( 同 本押
紙 ) イ 本 此書
者
小 野 成尊
僧都
製作
無
名 抄 ト 云 云 最 祕 極 書 也 云 云私 云 隆
鎭
一148
一 小 野 ノ嫡
資 佛 化 子妙
瑞 評 シ テ 日 此 ノ 記 二 所 . 明 ス 胎 内 . 五 位 ノ 成 佛 迂 猟 ナ リ 也 。 不 足信
ス ル. 一 必 定 シ テ 合 シ 不 ル 佛 駄 . 説 二 。 後 人 假 テ名
ヲ於
勝 覺 二 謬 テ耻
ヵ シ ム 于 先 匠 ヲ 。 設 シ如
ナ. . ハ 此 ノ 記 ノNII-Electronic Library Service 『最後潅頂常行 心要法』につ い て ( 行
間
朱
書 「 此 記 所 . 述 無 相 修 行 ノ 之 理 リ 及 臨終
用 心 等 太 殊 妙 也 。 者 利 鈍 ノ ニ機
共 二 有 り害
。誰
レ ヵ 所益
ス ル 耶 。 鈍 頑 ノ 人 信 セ ハ 此 ノ説
ヲ 忽 二行
シ テ非
梵
ヲ 自. 、 一 . 貢 擧 セ ン 焉 。如
キ 利 人 ノ信
セ ハ 此 ノ 記 ヲ 進 退疑
兜
. テ忽
二 壞 七 ン 正 智 , 。 何 ソ狐
疑 ス ル ヤ 耶 。 謂 ク曾
テ聞
ク 自性
漫 荼 ノ 教 ハ 法 界 悉 ク遮
那
ノ 色心
ニ シ テ物
我
皆 ナ如
シ ト何
ン ス レ . 爲其
レ 唯 シ胎
内
ノ 五 位 ノ ミ 成 佛 ノ 極 位 ナ ル ヤ乎
頗 シ強
テ爾
ン ト 云 ハ 者 劫 初 ノ衆
生 ト 及 諸 天 ト化
生 ー . 有 情 ハ 容 シ不
ル 即身
成佛
ノ族
. 二 。 何 , 以 ノ 故 二 無 キ ヵ 胎 内 ノ 五位
故 二 。若
シ 此 レ等
ハ 無 シ ト 云 ハ 五 相 ノ次
第
者 卸身
成
佛
何 ソ 應 不 ル 遍 セ有
情 二咎
過
滋 ク夥
シ 不 忍 ヒ 縷 述 二 然 レ ト モ述
ス ル 教 相 ヲ 中文
質
卓乎
ト シ テ如
シ安
明 ノ 出 ル ガ 浩 海 二 是故
二寫
。得
テ爲
ま
. 資 ト 云 . 爾享
保 十 一 丙 午 二月
廿
有
六夜
子
上刻
書
寶
性 院輪
下 勝 道桑
門
某
可行
者 手 唯 胎 内 五位
成 佛 此 凡夫
之説
也 」 )或
古
説
此 説 僞 書 也 云 云享
保 廿年
二 月 再 見 之 此應
勝
覺 ノ 記 醍 醐 流 ノ 人 ハ多
ク論
胎
内 五 位 之 説 也 。得
ル意
者
ノ ハ 正 説 也 。 失 ス レ ハ旨
邪
流 ト ナ ル 也 。 責 ル モ善
亦 不 ル モ 咎 メ 吉 ナ リ 也 。 宜 シ斟
酌 ス 也 。 一149
一 N工工一Electronlc Llbrary『最後 潅頂 常行 心 要法』につ い て
先
づ (1
) の 智 積院
所 蔵 本 『 無名
抄 』 は 、 智 山第
三 十 三 世隆
瑜 ( 4 ) ( 一 七 七 三 〜 一 八 五 〇 ) の 収集
し た 写 本 の 一 つ と 思 わ れ 、表
紙
に 隆瑜
の名
が見
え 、 本文
一 丁 目 の 初 め に 「 智 山 / 常 盤 蔵 」 「 隆 瑜蔵
」 の 二 つ の印
が 押 し て あ る 。 『 鐃 鉢 秘伝
』 ・ 『 無 名抄
』 ・ 『 金 日鈔
』 の 三 本 を 一 冊 に 書 写合
綴 し た も の で 、 『 無名
抄 』 は 文化
十 一 ( 一 八 一 四 )年
四 月 に 宥 盛 の書
写 し た本
で あ り 、 『 鐃 鉢 秘伝
』 ・ 『 金 日 鈔 』 は文
化 十年
宥 盛書
写
で 、 『 金 日 鈔 』 は 文 化 十 一年
六 月 に校
合
し て い る か ら 、 お そ ら く 此 の後
に 一 冊 に し た も の で あ ろう
。 文化
十
年 に 興 全 宥祥
が水
戸
の 六 地 蔵寺
本 を 書 写 し た本
を 再 写 し たも
の で あ る 。 返点
・ 仮名
点 が ま ば ら に 見 ら れ る が 、必
ず し も こ れ で 本 文 の全
て が 読 め る よ う な 訓 点 で は な い 。 ま た 本文
も 、 誤字
・ 誤 脱 等 が多
く 見 ら れ 、 或 い は 原 本 が そ れ程
良 質 で は な か っ た も の を 判 読 で き ず に 形 だ け を写
し た か、筆
記 者 で あ る 宥 盛 の 癖字
の せ い か 、 お か し な字
体 の 文字
が 所 々 に 目 に 付く
。 (2
) 東寺
観
智院
所
蔵
本 『 上 最後
灌 頂常
行 心 要 法 』 は 、 江 戸期
に 書 写 さ れ た 巻 子本
で あ る が 、 書 写 者 の 禅 我法
印 に つ い て は 不 明 で あ る 。 比 較 的 詳 細 な 訓点
( 返 点 ・ 仮名
点 ) が付
け
ら れ て お り 、読
み やす
い 写 本 と言
え よう
が 、 他 本 と校
合 す る と 、 や は り 多く
の 誤 字 ・ 誤 脱 が 見 出 せ 、 ま た そ の 訓読
も 、 必 ず し も首
肯 で き る も の ば か り と は 言 い 難 い 。他
本 の 場 合 と 同様
に 江 戸 期 の写
本
で あ り 、 そ の 訓読
も江
戸 期 の 語 法 (筆
者 は 詳 し く な い が 〉 の よう
で あ り 、 何 時 ま で 遡 れ る か 不 明 で あ る 。 ま た 高 野 山 に は (3
) ・ (4
) ・ (5
) の 三 本 の写
本 が伝
来 し て い る 。 (3
) の高
野 山金
剛
三昧
院 所蔵
の 『 最後
灌 頂常
住
心 要 抄 』 は 天文
十 六 ( 一 五 四 七 )年
写 、 書 写 者 不明
の 粘 葉 装 の 写本
で あ り 、 や はり
誤
字
、 欠 字 が 見 ら れ る 。 こ れ ま で に 確 認 し得
た最
も 古 い 写本
で あ る が、 虫損
の 害 も蒙
っ て お り 、 必ず
し も 状態
の良
い 写 本 と は 言 え な い 。 (4
) の 『謂
色 即實
鈔
』 も 、 同 じ高
野 山 金 剛 三 昧 院 所蔵
本
で 、 江 戸初
期
写 、書
写 者 不 明、袋
綴
装 の 写本
で あ る が 、他
本 に 比 し て誤
字
、脱
字 も多
く 、 か な り 長文
の脱
落 が 有 り 、 ま た 虫損
の害
も蒙
っ て お り、 本文
の 程度
は 最 も 悪 い 。但
し、 そ の 本文
は 、 同 じ 金 剛 三昧
院 に伝
来 す る も の で あ る だ け に 、 (3
) の 『 最後
灌 頂常
住
心 要 抄 』 と 最 も 近 い よう
で 一150
一NII-Electronic Library Service 『最後潅頂常行 心要法』につ い て あ る 。
但
し 、 独自
の 本文
も 見 ら れ 、 (3
) の 転 写 本 で は な く 、別
の系
統
の 写本
と 思 わ れ る 。 ま た (5
) 高 野 山真
別 所所
蔵 本 の 『 最 後 灌 頂 常行
心 要 法 』 は江
戸中
期 頃 写 、書
写
者 不 明 の巻
子
装 の 写本
で あ る 。奥
書 の所
に押
紙 が在
り 、 高 野 山 真 別所
第 八 世 と な っ た学
僧 で あ る妙
瑞
〔 , 〕 ( 元 禄 九 (エ
ハ 九 六 ) 〜 明 和 元 ( 】 七 六 四 ) ) の 批評
が記
さ れ る 。真
別 所伝
来
の 写 本 に妙
瑞
が 批記
の 押 紙 を加
え た も の か 、或
い は妙
瑞
が 入手
し た こ と に よ り 真 別所
に伝
来 す る よ う に な っ た も の か は 不 明 で あ る が 、 そ の 本文
は か な り (2
) の 東寺
観
智
院所
蔵
本 に 近 い 姿 を 示 し て い る 。 こ の 他 に も 、 川 崎 大 師 教学
研
究 所 に は 、 や は り 江 戸期
享
保 二 ( 一 七 一 七 ) 年 の 写 本 が 一 冊 あ り 、 こ れ は か っ て 筆 者 が 同 研 究 所 に在
籍
し た お り に 、 古 書 展 に 出 品 さ れ て い た も の を 見 出 し 、 同 研 究 所 の所
有
に帰
し た も の で あ る が 、 筆 者 が 同 研 究 所 を退
い て後
、現
在 は そ の 蔵 書 の 公 開 を し て い な い と い う こ と で 、今
回 は ま だ 利 用 で き な い 状 況 で あ る が 、但
し 、 そ の奥
書 に は 「本
に 云 く / 初 め 円 明寺
本 を 以 て書
写 し 畢 り 、 交 し 了 ん ぬ 。 / 後 宀 一山
( 室 生 山 ) の 御 本 を 以 て 一 交 し 了 ん ぬ 。 / 本 に 云 く 時 に 建 武 四年
二 月 十 四 日 書 写 し畢
ん ぬ 。 / 金 剛 仏子
覚 真 」 と い う 識 語 が記
さ れ 、 南 北朝
期
に は各
地 に伝
本
の 所在
し た こ と が考
え ら れ る 。写
本
に よ り そ の 状 態 に は か な り の 差 が在
る が、本
文 の 程 度 は ど れ も余
り 良質
と は 言 い 難 く 、単
独 で は 全文
の 解読
をす
る こ と は 難 し い 。 そ の 殆 ど が 江 戸 期 の 写本
で あ り 、 伝 写 の 過 程 に於
て 変 化 を 蒙 っ た も の で あ ろう
。 ま た (3
) の 金剛
三 昧 院所
蔵本
の 表 紙 に 「有
疑 書 也 」 と あ っ た り 、 ま た (5
) の 真 別 所 所蔵
本 の 妙 瑞 の批
記 の 押 紙 に見
ら れ る よ う に 、 本書
を 僞書
と し て疑
う 見 解 が あ り 、 醍醐
の 法 流 に伝
え ら れ る と いう
「 胎 内 五 位 の 説 」 や 常 行 用 心法
な ど が説
か れ て い て 、 「 若 し浅
智
下 根 の輩
に 許 さ ば 、 必 らず
邪見
所
起 の 因 縁 と 為 る 可 き 也 」 「 旨 を 失 す れ ば邪
流 と な る 也 」 な ど と い わ れ る よう
な 秘 義 を 説く
文 献 で あ っ て 、 秘 匿 さ れ た も の で あ ろう
か ら 、余
り
広 範 囲 に 流布
し た も の で は な い の で あ ろ う し 、 秘 匿 、 秘蔵
さ れ た 分 、 そ れ ほ ど 正確
な伝
写
が さ れ て こ な か っ た も の か と も考
え ら れ る 。 一151
一 N工工一Electronlc Llbrary『最後潅頂常行心要法』につ い て
三
、本
書
の
成
立
本 書 の作
者 に つ い て 、 此等
の 写 本 の 奥 書 に よ れ ば 、 小 野 僧 都 成尊
の 製 作 とす
る 説 と 、 三 宝 院権
僧 正 勝覚
の製
作
と す る 説 と の 二 説 が伝
え ら れ て お り 、 ま た こ れ を 後 人 が 成 尊 ・ 勝覚
に 化 託 し た 偽 撰 と す る 説 が 存 在 す る 。実
際 に 『 密 教 諸師
製作
目 録 』 『 諸宗
章疏
録 』 な ど の各
種
の 目録
類 ( 6 ) を 見 て も、 成 尊 ・ 勝覚
の 著 作 と し て 、或
い は そ の 他 の諸
師 の 著作
と し て も 、 「 最 後 潅 頂常
行 心 要 法 」 (或
い は こ れ に 類 す る 名 前 ) を見
る こ と は で き な い 。 本 書 成 立 の 下 限 は 、 (1
) の 智 積院
所
蔵 本 の奥
書
に 「 延 慶 三 ( = 二 一 〇 ) 年 六 月 廿 日 」 の 日付
が 見 ら れ 、 (3
) の 『 最 後 灌頂
常住
心
要
抄 』 の奥
書 に は 「 天文
十 亠 ハ ( 一 五 四 七 )年
丁 未菊
月 十 一 日 、 高 野山
に 於 て 之 れ を書
す 」 と あ り 、 (4V
の 『 謂色
即實
鈔
』 に は 「 正 和 四 ( 一 三 一 五 ) 年 乙卯
三 月 十 二 日 、書
写 し了
ん ぬ 。 」 と 見 ら れ る 所 か ら 、 少 な く と も鎌
倉期
の 末 に当
た る花
園 天 皇 の延
慶 三年
(;
二 〇 ) 以 前 に 既 に 成 立 し て い た こ と は確
実
で あ る 。但
し 、 こ れ だ け で は 、 そ の 成 立 が 何 処 ま で 遡 れ る か は 不 明 で あ る 。 こ れ に 対 し て 、 (5
) の 高 野山
真
別所
所蔵
本
の奥
に付
さ れ る 押 紙 に は 江 戸 中 期 の 学 僧 で あ る 妙瑞
の 批 評 が あ り 、 そ こ で は 此 の 書 を 偽撰
と し て い る 。妙
瑞 の論
拠 は、最
後 潅頂
の義
の 内 容 で あ る胎
内 五位
の 成 仏 説 が 「 迂 狒 な 説 」 で あ り 、 後 人 の 妄 説 であ
る と い う こ と で あ る 。 こ の 胎内
五 位 の 説 に つ い て は 後 に触
れ る が 、妙
瑞 の 理 解 に は 本書
の 主旨
を 誤解
し て い る 所 があ
り 、後
に 述 べ る よ う に 、 興 教 大師
正 覚 房覚
鑁 ( ] 〇 九 五 〜=
四 三 ) に 既 に 類 似 の 説 が 見 ら れ る の で 、 此 の 説 そ の も の は 勝覚
の 時 代 ま で 遡 ら せ て も お か し く は な い で あ ろう
。 ま た 第 三章
「 常行
法
」 三 「修
生 門 の 修 行 」1
「 有 相 の 三 昧 門 」 の中
に は 原 ( み れ ) ば 夫 れ 、 思念
を 恒沙
万 数 の 法 門 に分
た ん自
り は 、如
か じ、 只 、 一 印 明 尊 の 巨益
を仰
が ん に は 。 久 労 を長
時 歴劫
の 悠 々 た る に 積 む 従 り は、 如 か じ 、 但 し 、 須 臾 刹 那 の 迅 迅 を勤
め ん に は 。 一152
一NII-Electronic Library Service 『最後潅 頂常行 心 要法』につ いて
爰
に於
て 、 則 ち 已 に 易 行 に し て 、 功 は難
行 に 勝 れ た り 。 何 を 以 て か 之 れ を 棄 て て 勝易
の 法 を 伺 は ん 。 則 ち 此 の 勝修
に依
っ て 得 る所
の 功徳
は 無 比広
大
な り 。 此 の 功 を 廻 向 す れ ば 、 設 ひ 仏 果 を 成 じ 、直
ち に浄
土 に往
く も 、 意 の 楽 ふ所
に 随 て 無 礙自
在
な り 。 此等
の徳
用 は 皆 是 れ 大 悲方
便
の 利 生 化 区 の 方 便 門 な り 。 と あ っ て 、 恵 心 院 僧都
源
信 ( 九 四 二 〜 一 〇 一 七 ) か ら法
然 房 源 空 ( → = 二 一 二 〜 一 二 一 二 ) に つ な が る、顕
教 阿 弥 陀 浄 土 教 の難
行
・ 易 行 の 教 判論
(真
言密
教 を自
力
聖 道 門 に 加 え 、 こ れ を難
行 と し 、顕
教 阿 弥 陀 浄 土 教 を他
力
易行
門 と す る ) が考
慮
さ れ て お り 、 こ れ を特
に 強調
し た の が 源 空 の 教 学 で あ っ た こ と を考
慮
す る と 、 そ れ 以 降 の 成 立 の よ う に も 見 ら れ る か も し れ な い 。 而 し こ の よう
な 難行
・ 易行
教 判 は 、 既 に 源 信 の 『往
生 要集
』 の 「序
」 ( ヱ に も 見 ら れ る考
え であ
り
、 こ れ の み に よ っ て は 、成
尊 や勝
覚
の製
作 を 否定
す る こ と は で き な い 。 而 し 、本
書 の 中 に は 、 本書
を 成 尊 や 勝覚
の製
作 で は な い で あ ろう
と推
測 で き る 根 拠 が 別 に存
在
す る 。 そ れ は 第 三 章 「常
行
法
」 の 一 「 顕 教 の修
行 」 の 中 で 、 禅 宗 に つ い て 述 べ る も の で 、 是 の故
に 、 禅 宗等
の 意 も 、 念 念相
続 す る を 名 づ け て 縛 と 為 す 。 念 念住
せざ
る を 名 づ け て 正 と 為 す 。 或 ひ は 心 意 識 を殺
断
し 、 無 の 一字
を 提 撕 す と 云 々 。 と い う 一 文 で あ る 。 日 本 へ の 禅宗
の 伝来
は 、 既 に 天 平宝
字
年 間 ( 七 五 七 〜 七 六 四 ) に唐
の道
落
律 師 ( 8 ) ( 七Q
二 〜 七 六 〇 、 一 説 に は 七 五 七 とも
いう
) が も た ら し 、 ま た伝
教 大 師 最 澄 ( 七 六 七 〜 八 二 二 ) は こ の 道踏
の 禅 を得
度
の師
であ
る 行表
か ら受
法
し 、 入唐
し て 天台
山 禅 林 寺 の 脩然
か ら も受
け 、 そ の付
法
を 『 内 証 仏法
相 承 血 脈 譜 』 ( 9 ) に 記 録 し て い る 。 そ し て 五 大院
安
然
( 八 四 一 〜 八 八 九 〜 ) は 『 教時
諍
論 』 〔 10V な ど に お い て 禅 門 の 相承
に つ い て 述 べ て い る 。 而 し 此 等 の 資 料 の 中 で は 「 禅法
」 「 禅 門 」 と い っ た表
現 は 見 ら れ る が 、 「 禅宗
」 の語
は 見 ら れ な い 。 此 の 語 の 日 本 に 於 け る使
用 が い つ ま で遡
れ る か は 不 明 で あ る が 、 ど ち ら に し ろ 平安
中 期 頃 ま で に伝
え ら れ た 禅宗
は 、 最 澄 や 安 然 の 示す
も のを
含
一153
一 N工工一Electronlc Llbrary『最 後潅頂常 行心 要法』につ い て め て 、 あ ま り 広 く 流
布
し た と は 言 い 難 い 。 こ れ に 対 し て 禅 宗 の 興 隆 を 図 っ た の が 叡 山 の葉
上 房栄
西 ( 11V (=
四 一 〜 一 二 一 五 ) で あ る 。栄
西 以 前 に は 、 ほ ぼ 同 時期
に大
旦
房 能 忍 が存
在す
る が 、彼
は 日 本 達 磨宗
を 称 し て お り 、 ま た真
言 宗 僧 と の交
流 も 、筆
者 は 確 認 し て い な い 。 栄 西 は 二 度 の 入 宋 に 於 て 黄竜
派
の 禅 を伝
え 、 京都
に 建 仁寺
を建
立 し、 『 興 禅 護 国 論 』 を著
し た 日 本 臨済
宗 の 祖 と さ れ る が 、 台 密 葉 上 流 の祖
で も あ り 、 生 涯 を 通 じ て 台 密 僧 ・ 天 台 僧 で あ っ て 、 彼 の禅
法 興隆
は 、 祖 師 最 澄 の 仏 教 の復
興 で あ っ た と 思 わ れ る 。 そ の 栄 西 は帰
朝 後 、叡
山 衆 徒 の 排斥
を う け る が 、 真 言 宗 僧 と の交
流
が見
ら れ 、 特 に 俊 乗房
重 源 ( 〜 一 一 九 三 ) の 後 を 受 け て 東大
寺
大 勧 進 職 に 補 任 さ れ た こ と は有
名 で あ り 、 醍 醐 寺 、或
い は 東大
寺
東
南院
僧 と の 関 係 が推
測
さ れ る 。 ま た 栄 西 の 禅宗
の 弟 子 で あ り 、 建 仁 寺 の第
二 世 で あ る 荘厳
房 退耕
行
勇 ( 長寛
元 ( 一 一 六 三 )年
〜仁
治 二 ( 一 二 四 こ 年 ) は 、 初 め真
言
宗
僧 で あ っ て鎌
倉 鶴 岡 八 幡宮
供 僧 で あ っ た が 、鎌
倉
に 下 向 し た 栄 西 よ り 禅法
を 受 け て そ の法
嗣 と な り 、 建 仁 寺 を継
ぎ、 ま た東
大寺
大
勧
進 職 も継
承 す る 。 後 、 健 保 二 ( 一 一 = 四 )年
に 北 条 政 子 が 高 野山
に 金 剛 三昧
院 を 開 く に当
り
、 開 山第
一 世 と な り 、 後 延 応 元 ( 一 二 三 九 )年
に 鎌倉
寿
福 寺 に 還 り 、仁
治 二年
七 月 十 五 日 に 示 寂 し て い る 。 ま た行
勇
は 高 野 山 に於
て 正 智 院 道 範 (=
七 八 〜 一 二 五 二 ) に潅
頂 受法
し た と さ れ 、 禅 宗 を兼
学
し た真
言宗
僧 と し て捉
え る こ と が で き よ う 。 ま た こ の 金剛
三 昧 院 に 於 け る 禅 法 の相
承 と い う こ と も考
え ら れ る 。 本書
の 二 部 の 写 本 (余
り程
度 の 良 い物
と は い え な い が ) が こ の 金 剛 三 昧 院 に伝
来 し て い る こ と も 注 目 さ れ る 点 であ
る 。 ま た東
福
寺
の 開山
で あ る 聖 一 国 師 円 爾弁
円
( 建 仁 二 ( 一 二 〇 二 ) 〜弘
安 三 ( 一 二 八 〇 ) ) は 、 初 め 三 井 園 城 寺 に 出 家 し 、 上 野国
の 世良
多
長
楽寺
栄
朝 に 学 び 、 潅 頂 を受
法
。 後 に 入宋
し て改
め て径
山 に禅
宗
を 嗣法
し て い る が 、 元 の師
で あ る 栄朝
は 栄 西 の 付 法 の弟
子
で 、台
密
葉
上 流 と 臨済
禅 黄 竜派
を 伝 え て お り 、 弁 円 も 日 本 天台
宗
僧
と し て こ れ を兼
修
し て い る 。 現在
の記
録 は殆
ど が 禅 宗 か ら の も の許
り で あ り 、弁
円 の 天台
宗
僧 ・ 台 密僧
と し て の 側 面 は 隠 れ が ち で 一154
一NII-Electronic Library Service 『最 後潅 頂常行 心要法』につ い て あ る が 、
晩
年 ま で弟
子
達 に潅
頂
を 授 け て おり
(9
、 ま た 弁 円 に帰
依
し て そ の弟
子 と な っ た藤
原 道 家 ( 沙 弥 行 恵 ) の 家領
処
分
状 案 に は 、 東福
寺
に つ い て 、僧
を 定置
し て戒
定 慧 の 三学
を 学 ば せ 、 「 大 小 顕 密 戒 律 を 以 て 総 体 と し 、 真言
・ 止観
の宗
門 を 以 て専
宗 と為
す
。 是 れ伝
教大
師 の素
願 な り 。 ( 中 略 )伝
教
大
師 所 承 の 血脈
内 証 仏法
に 乃 ち 三 譜有
り 。 一 に達
磨
の 付 法 、 二 に 天 台 の相
承
、 三 に墓
言 の 血 脈 な り 。 云 々 」 ( 13 ) と あ る が 、 こ れ は師
の弁
円 の 立 場 と 同 じ と見
て よ い で あ ろう
。即
ち
、弁
円も
栄
西 と 同様
に 、 宋 代 の 禅宗
を 嗣法
・ 將 来 し た禅
宗
僧 で は あ る が 、 そ れ は 天 台 宗 僧 と し て の禅
法
の兼
学 で あ り 、 終 生 を 天台
宗
僧 と し て 終 わ っ た と い う べ き で あ ろ う 。 そ し て そ の よう
な 弁 円 の 下 に は 、 栄 西 に 学 ん だ 行 勇 の よう
に 、 ま た多
く の 真 言宗
僧 が 禅法
を 学 ん で い る 。木
幡
山観
音
院 中観
上 人 迴 心 房真
空 〔 14 ) ( 一 二 〇 四 〜 一 二 ⊥ ハ 八 ) は 、 も と 醍 醐 寺 理 性 院 行賢
の弟
子 で 、 東 大寺
東南
院貞
禅 に 三論
を 、 大 悲 菩薩
唐
招
提 寺 覚 盛 ( 建久
五 (=
九 四 ) 〜建
長
元 ( 一 二 四 九 ) ) に 律 を 学 ん で い る が 、 円爾
弁
円 に 禅法
を受
け 、 建 長 七 ( 一 二 五 五 ) 年 に は 金 剛 三 昧 院 の 栄 信 に招
か れ て 金 剛 三 昧 院 を領
し て い る 。 ま た 大 通寺
の 開 山 と な り 、 文永
四 ( 一 二 六 七 〉年
に 鎌倉
無
量
寿 院 に 住 し 、 翌 五 年 に示
寂 し て い る 。 そ し て こ の真
空
に 学 ん だ根
来
中
性 院 俊 立 旦 房頼
瑜 ( 一 二 二 六 〜 = 二 〇 四 ) は 、 『真
俗 雑 記 問答
鈔
』 ( 15 ) に 於 て 「木
幡 の義
」 と し て禅
宗
と 真 言宗
の浅
深
を論
じ て い る 。 即 ち十
九 、 禅法
と真
言 と浅
深 の事
。 問 ふ 。 二宗
の 浅 深 、如
何
ん 。 答 ふ 。 禅 宗 は 浅 く 、 真言
は深
し 。問
ふ 。 禅宗
は 顕密
諸 宗 を皆
教 内 と 云 い 、禅
法
を 教外
別伝
と 云 う 。 真 言 は 猶 し教
門 に 滞 る が故
に 浅 なり
。 ( 中 略 )定
で 知 ん ぬ 、 禅法
は真
言 に 勝 れ た る と 云 う事
を 。 尓 ら ば 如 何 ん 。答
ふ 。 木幡
の 義 に 云 く 、 教外
別 伝 と 云 ふ と も 、 一 心 無 相 の極
理 を 出 で ず 。何
ぞ 一 心 の 処 に 本 よ り 六大
・ 四曼
の 徳 用 有 る に 勝 れ た り と 云 ふ や 。 又 、 付法
を 云 へ ば 、 顕 教 の 教 主 の 釈 迦 よ り 迦 葉 ・ 阿 難等
に伝
ふ 。 仏 は 則 ち 応 化 仏 、伝
持 の 人 は 又 迦 葉等
の 小乗
の 人 な り 。 応 化 仏 の言
妄慮
絶
は 三 乗 の 極 理 を 云 一155
一 N工工一Electronlc Llbrary『最後潅頂常 行心 要法』につ い て ふ 。
報
仏 の 言断
心 滅 す る 顕 乗 の 雑 言 、猶
及 ば ず 。 豈 に 真 言 教 は 法 身 大 日 の教
を 、 金 剛 手等
の 大 士 の 伝 持 す 。 何 ぞ 、 同 日 の論
を 致 す べ け ん や 。 と いう
。 こ れ は 弁 円 に 禅 法 を学
ん だ真
空 が 、 禅 宗 と真
言 宗 と の 優 劣 を ど の よう
に考
え て い た か を 示 す も の であ
り
、 そ の 禅 宗 理解
の 内 容 も 、 『 最 後 潅 頂 常 行 心 要 法 』 の禅
宗 理 解 に 通ず
る も の と い え よ う 。 ま た 東 大寺
戒 壇 院 実 相房
円 照 ( 一 二 二 〇 〜 一 二 七 七 ) も 唐 招 提寺
覚
盛 の弟
子
で 、東
大
寺真
言院
中道
房 聖守
( 一 二 一 九 〜 一 二 九 一 ) の 肉 弟 で 、 法 相 ・ 三論
・禅
・ 密 ・ 天 台 等 を学
ん だ と さ れ 、 や はり
弁
円 に 禅宗
を嗣
法
し て い る 。 弟 子 の東
大 寺 凝然
大 徳 ( 一 二 四 〇 〜 一 三 二 一 ) の 著 し た 円 照 の 伝 記 で あ る 『東
大
寺 円 照 上 人行
状 』 上 巻 ( 16 > に は、 円 照 が東
福 寺 円爾
禅師
の 門 室 に 入 り 、 禅 学修
証
し て 血脈
を受
け た こ と を 記 し 、更
に 円 照 の 所学
に つ い て諸
宗
を 学 ぶ と 雖 も 、 司存
無 き に非
ず 。 諸 宗 の 中 に 義 理 深奥
に し て 、証
悟 速疾
な る は 、真
言
に 過 ぎ た る は 無 し 。 弘 法大
師
の 所 判 、炳
焉
な り 。信
心 淳 重 な り 。 帰 投貳
無
し 。 禅宗
高
く
誇 る も 、 旨 尓 る べ か ら ず 。譬
ば 世 人 の 数 子 有 る が如
き 、 嫡 子 有 り 、 二 男有
り 、 三 男有
り 。真
言 は 是 れ 嫡 子 な り 。 禅法
は ロ バ 三 男 な り 、 二男
に 及 ば ず 。 況 ん や 立 て て 嫡 と為
さ ん や 。真
言
は 諸 根 具 足 し 、 万 徳 円 満 せり
。禅
法 は無
相無
念 、 目鼻
有
る こ と 無 し と 云 々 。 然 り と 雖 も 機 に 隨 ひ て 人 を導
く に 、彼
此 を簡
は ず 。 遇 ふ に隨
っ て 即 ち 訓 ふ 。 空有
を論
ず
る こ と 無き
者
な り 。啻
是 れ 自 己 の 内 証 、 専 ら 三 密 を 以 てす
る 而 已 。身
を律
家
に 居 し 、 宗 は 三論
に在
り 、 証 は真
言
を 味 わ ひ 、報
は安
養
に 遊 ぶ 。 照 公 の 仏法
、事
は ロ ハ是
れ な り 。 と の べ て い る 。 即 ち 円 照 は 、 禅 宗 を学
び な が ら も 、真
言 宗 を第
一 と し、華
厳
天 台 の 一 乗教
を 次 と し 、 禅 宗 を そ の 下 に 位 置付
け て い る 。 こ の他
、更
に 詳 し く 調 査す
れ ば 、 鎌 倉 期 の中
〜末
期 に 於 け る 禅 を 兼修
す
る 天台
宗僧
と 真言
宗 僧 と の 交 流 に つ い て は も っ と多
く の事
蹟
が 在 る で あ ろ う が 、殊
に 退 耕行
勇
の 存 在 と 金 剛 三 昧 院 の 建 立 は 、真
言宗
僧 に於
け る 禅 宗受
容
の 一156
一NII-Electronic Library Service 『最後 潅頂常行 心要 法』につ い て 面 で 大 き な も の だ っ た の で は な い か と 思 わ れ る 。 そ
う
い っ た意
味
で 、 本 書 中 に 見 ら れ る 禅宗
に 対 す る 発 言 は 、 こ の よ う な 状 況 を 背 景 と し て 顕 れ て き たも
の で は な い か と いう
推 測 が で き 、 本 書 の成
立 時 期 も 此 の頃
に 置 け る の で は な い だ ろ う か 。但
し 、 そ れ 以 外 の 内 容的
な 側 面 か ら す る と 、 教 理 ・ 思 想 的 に は 摂 関 ・ 院 政 期 か ら 鎌 倉期
の 、 何 時 の時
代
に在
っ て も 不 思 議 で は な く 、 院 政 期 の 成尊
、 勝覚
の 頃 の 成 立 で あ っ て も お か し く は な い 。 禅宗
に 関 す る 問 題 が 、 院 政期
に ま で 遡 り得
る根
拠 が 見 つ か っ た 場合
に は 、 こ れ が勝
覚
の 製 作 であ
る 可 能 性 も で て こ よ う か 。 而 し 顕 教 阿弥
陀 浄 土 教 と真
言 密教
の 難行
・ 易 行 の 問 題 を含
め 、 禅宗
の存
在
を殊
更 に取
り 上 げ て い る本
書 の 性格
は 、 や は り 鎌倉
中 〜末
期 の 頃 に 置 く の が 妥当
な よ う に も考
え ら れ る 。 ま た 本書
が 成尊
や 勝 覚 の撰
述 と さ れ る こ と は 、 こ れ が 醍醐
の 法 流 の内
部
で 伝 承 さ れ て き た も の で あ る こ と を 示 す も の で あ ろう
。四
、本
書
の
内
容
に
つ いて
次
に本
書 の 内 容 に つ い て は 、次
に挙
げ る 仮 の科
文 (内
容
目次
∀ を参
照 さ れ た い 。 こ の科
文
は 、 全 く 私 に 作 っ た も の で、 本文
中 に見
ら れ る も の で は な く 、 そ の 立 て 方 は 不 適 切 な 面 が あ る か も し れ な い が 、 一 応 の内
容 の把
握 の た め に作
成 し た も の で あ る 。 『 最 後 潅頂
常行
心 要法
』 内容
目次
序分 帰
敬
偈
( 仮 科文
) 一157
一 N工工一Electronlc Llbrary『最後潅 頂常行心要法 』につ い て 第 一 本 四 三 ニ ー 章 N 、 、 、
第
二 章 一 、 二 、 第 三 章 一 、論
四種
の 即身
成 仏 ( 四 門 分 別 )体
の即
身
成 仏相
の即
身 成 仏用
の即
身 成 仏不
二 無 礙 の 即身
成仏
1
、 教 相 分2
、事
相 分最
後
潅
頂 の義
顕
密
二 教 の 理 ( 生 ・ 住 ・ 異 ・ 滅 の釈
)1
、 顕 乗 の 理2
、 密 宗 の 理受
生処
胎 成 仏 の 義1
、 日 月 輪 の 観想
2
、 一 仏 二 明 王 の 習 い3
、舎
利 法 に 就 く4
、 出 胎 の位
常
行
法
顕
教
の修
行 一158
一NII-Electronic Library Service 『最後潅頂常行心 要法
j
につ い て 二 、 三 、 四 、 五 、 六 、 第 四章
一 、 二 、本
有 門 の行
1
、衆
生 の 三 業2
、 金 剛 界 の 義3
、 胎 蔵 界 の 義修
生 門 の 修 行1
、 有 相 の 三 密 門2
、 無 相 の 三 密 門 一念
信
知 の 已後
1
、 一念
信
知
已 後 の 三 業2
、 迷情
の知
見 に 約 す3
、 十 界 平等
の 三密
行胎
内
五 位 の次
第
1
、 赤白
二2
、 五 七 日 の 次 第3
、 月宮
の位
疑
惑
無き
者
最
極
秘 密 秘密
中 の 実 談教
の 実義
を探
る 一 念 信 知 巳後
の 悪 業 一159
一 N工工一Electronlc Llbrary『最後潅頂常行心要法』につ いて
第
五1
「
章 、化
他 の 成 仏1
、有
相 の 三密
行
2
、無
相 の 三密
行
a 、 知 を 以 て行
と為
すb
、 性 を 以 て行
と 為 す 一 期 の大
事
臨
終
の行
義
往
生 の 二義
1
、他
力
の往
生2
、自
証 の往
生 初 め に序
と 帰敬
偈
が あ り 、 本 論 が ほ ぼ 五章
に 分 け ら れ よう
。 第 一 章 「 四種
の 即身
成 仏 ( 四 門 分別
) 」 は 、体
・相
・ 用 ・ 不 二無
礙 の 四種
の 即身
成 仏 の義
を 示 し て い る 。初
め の 体 ・相
・ 用 の 即身
成 仏 と は 、 結 局 、 六 大体
大 ・ 四 曼 相 大 ・ 三 密 用大
の 三大
を本
有 門 に 於 て 捉 え 、 こ れ を夫
々 、体
の 即 身 成 仏 、相
の即
身 成 仏 、 用 の 即身
成仏
と 言 っ た も の と い え よう
。 そ こ で は夫
々 の 互 相摂
入 ・重
重無
尽 性 の強
調 が見
ら れ 、 そ こ に 衆 生 の本
有
的 側 面 に於
け る 仏徳
を 具 足 す る 根拠
を捉
え て い る と い え る 。 そ し て 四 の不
二 無 礙 の即
身 成 仏 は 、 更 に 教 理 分 と事
相
分 と に 分 け ら れ 、 教 理 分 で は 、 理 具 ・加
持
・顕
得 の 三 種 即身
成 仏 説 を 挙 げ て は い る が 、 そ の 三 種 夫 々 に 体 ・ 相 ・ 用 を 具 す と し 、 ま た 理 具 に加
持
・ 顕得
を具
し 、 加持
に 理 具 ・ 顕得
を 具 し 、 顕得
に 理 具 ・ 加持
を具
す と い っ た 円 融 無 碍 の 立場
の 理解
を 示 し 、 専 ら 本 有 門 的 立 場 で解
釈 を し て い る と 言 え 、 異 本 『 即身
義 』 ( 17 ) の 理 一160
一NII-Electronic Library Service 『最 後潅頂 常行心 要法 』につ い て
解
と は異
な っ て い る 。 空海
以 降 の真
言 宗 の 即身
成 仏 理 解 は 、 異 本 『 即身
義 』 の 成 立 の 後 、 こ れ に 説 か れ る 理 具 ・ 加持
・ 顕得
の 三種
即身
成 仏 説 に よ っ て い る も の が多
い よう
に 思 わ れ る が 、 こ の 四種
即身
成 仏 説 は、 そ の 意 味 で ユ ニ ー ク な 理 解 の仕
方 であ
る よ う に 思 わ れ る 。 ま た事
相 分 で は 、次
の最
後
潅 頂 の義
に 繋 が る 胎内
の次
第 を 以 て 即身
成 仏 を観
ず
べき
こ と を 述 べ て い る 。次
に第
二章
「 最後
潅 頂 の 義 」 に於
て、 本書
の 題名
に も挙
げ ら れ る 「 最後
潅頂
」 に つ い て 述 べ て い る が 、 そ れ は 出 胎 の 形 を指
す
も の で 、 こ れ が自
証 成 仏 で あ り 、 そ の 後 は化
度
衆
生 の 働 き で あ る と す る 。先
づ 、 } 「 顕 密 二 教 の 理 ( 生 ・住
・ 異 ・ 滅 の釈
) 」 で は 、 顕 密 二教
の 夫 々 の 諸 法 に対
す る見
方
を 説 明 し 、次
い で 二 「受
生 処 胎 成 仏 の義
」 で 、受
胎
か ら 出 生 す る ま で の 過 程 を自
身
成 仏 の 過 程 と し て観
察す
べ き も の と し 、妙
瑞 師 の 問 題 と し た 胎 内 五 位 の成
仏
が説
か れ る 。 詳 し く は省
略 す る が 、 直 ち に受
生処
胎 の次
第
を 以 て 、 即 ち 自 身成
仏 の 思念
を作
す 。 最 初 、羯
頼 藍 の 位 よ り 、 下 、 諸 位 を 経 て 、 一 一 の儀
相
は 此 れ 則 ち 秘密
の嫖
幟 に 非 ざ る 莫 し 。 と いう
よう
に 、 人 が受
胎 し 、 母 親 の胎
内 で 成 長す
る 五 七 日 の 過 程 を 五 智 ・ 五 仏 ・ 五 相 成身
と観
想 し、自
身
即 仏 の 境 地 を得
ん と す る も の であ
る 。 こ こ で 妙 瑞師
の 批評
は 、 胎 内 の 五位
を経
な い で 出 生 す る も の は成
仏 でき
な い と い う意
味 に 、 こ こ の 記 述 を受
け 止 め て い る が、 本書
の 主張
はあ
く ま で こ の胎
内 の 五位
を 経 る 人 の 場 合 に は 、 こ れ を 以 て 自 身 即 仏 の 理 を覚
れ と いう
も の で あ っ て 、 逆 に いう
な ら ば胎
内 の 五位
を 経 な い も の ( 卵 ・ 湿 ・ 化 生 の 衆 生 ) は 、 異 な る 次第
で自
身
即 仏 の 理 を覚
る こ と に な る も の で あ り 、 こ れ は妙
瑞
師 の 誤解
と い え よ う 。 ま た こ の 「 胎 内 の 五位
の 成 仏 」説
に つ い て は 興 教大
師
覚
鑁
( 一 〇 九 五 〜=
四 三 ) の 『 自 身 観 』 〔 −8 ) に も 同様
な 説 が 見 ら れ 、 一 切衆
生 は本
有
の薩
捶
な り 。一 切
有
情 は皆
如
末蔵
な り 。普
賢 菩 薩自 体 に 遍
ず
る が 故 に 。 有 情輪
廻 一161
一 N工工一Electronlc Llbrary『最後 潅頂常行心要 法亅につ い て し て
胎
を 受 く る の相
は 、父 母 和
合
し 、愛
恚 現 前 し て 、 赤白
二 滞凝 滑 円 団 な り 。
識 の
種
子
、託 し て 其 の 中 に 入 る 。
是 れ
羯
羅 藍 に し て 、現 在 の 初 位 な り 。
迷 え ば 則 ち 生 死
結 生 の 根
本
、悟
れ ば 則 ち 佛 法 法性
の 源 底 な り 。 二 滴 は す な わ ち こ れ蓮 華 の 理
智
、二 心 は ま た
金 剛 の
定
慧 な り 。和
合 の 肉 色 と 、 入胎
の 識 支 と 、こ れ を 両 部
互 い に 不 二 な る こ と あ り と
謂
う
。此 の 二 の 色 心
総
聚
一 体 な れ ば 、す
な わ ち こ れ 南 方平
等
の 薩捶
なり
。虚 空 と 日 月 と は 、
三
点
の妙
体
な り 。六 大 四 曼
三 密
輪
円 せ り 。法 界 く
菖
、 す な わ ち 心 佛 塔 な り 。胎 内 の 五
位
次第
に 増 長 し、五 相 成
身
五 智 円 満 す 。
乃 至 出 体 の
生 長 の
肉
身
、前
の 初 位 と因 果 不 二 に し て 、
猶
し 種 と 果 と の ご と し 。其 の
体
即 ち 同 き が ゆ え に 。 と あ る 。 中 野
達
慧 氏 は こ れ を 偽 撰 と 判 断 さ れ た よう
で あ る が 、 富 田 皸 順 師 は 『 打 聞集
』 に 類 似 の 説 が あ る と し て 覚 鑁真
撰
と さ れ た よう
で あ る 。 即 ち 『 打聞
集 』 ( 19 ) に は ま た い わ く 、種
子
と は、 し ば ら く 胎 内 に 入 る時
の 、羯
羅 藍、 赤白
二 滞 和合
の ご と し 。露
の ご と く 円 形 な り 。赤
色 は 瞋恚
の 色 、 白 色 は 慈 悲 の 色 な り 。 佛 心 は 大 慈 悲 を 体 と な す 、 ゆ え に そ の 色、 白 し 。 『 菩提
心 論 』 に 、内
心 の 中 に お い て 、 日 月 輪 を観
ず と い う 。赤
白 二 楴 の 義 、 ま た こ れあ
り
。 し か り と い え ど も 凡 夫 の位
は 二種
和
合 し 、 成 佛 の時
は た だ 白 色 な り 。 ゆ え に 佛 心 如 満 月 と い う 。 ま た 、 浄 白 淳浄
の 法 を 満 足 す と いう
。 二 種 和 合 の 義 は 、 凡 夫赤
色 の 内 に 、 本 性 清浄
の 佛 性あ
る ゆ え に 、 二 種 和 合 し て 、 こ の義
を 表 す 。 吾 具縛
の身
内 に 、 大 悲 毘 盧 遮 那如
来
の種
子 あり
。 こ れ を遭
字
と 名 つ く 。 即 ち こ の 種 子 、虚
空 に 遍 ず る ゆ え に 、空
点 を 置 き 、 円 満 の義
を 表 す 。 ゆ え に こ の 点 を 円 点 と 名 つ く 。建
字
ま た 圓 形 な り 。 圓点
を 重 ね る事
、 圓 圓海
徳 を表
す 。 こ の 圓 か な る 形 、漸
く 五 位 を 経 る 間 、支
節
出 生 す と 。 こ れ は 三 味 耶 形 、 五輸
卒
都婆
な り 。 こ の 卒都
婆
、 漸 漸荘
巌
し て 、 形 像 と 成 る 。 こ れ胎
外
の 位 の ご と し 。 こ れ を 種 子 三昧
耶尊
形 と いう
な り 。 と 見 ら れ る 。 こ れ ら の 所説
は 、 殆 ど 本 書 の 最後
潅
頂 の 義11
胎
内 五 位 の 成 仏 説 と 同 じ で あ る と 言 え る 。従
っ て 、 こ れ 一162
一NII-Electronic Library Service 『最後潅 頂常行 心要 法』につ いて ら の