資本輸出と資本形成
西口清勝
I は じ め に
資本輸出が,投資国(investingcountry)とその受入国(hostcountry)
の双方における資本形成(capitalformation)に如何なる影響を及ぼすか について,若干の原理的な考察を加えること,以上が本稿の課題である。
利潤獲得を推進力にし,資本が独立変数,労働はその従属変数である社会 では,この課題は雇用問題と密接な関係を有している。
ところで,資本輸出が資本形成に与える影響について検討する場合,まず 想起されるのは古典派経済学(に端を発する)の見解である1)。ここではそ の代表者リカードのそれについてみてみよう。
咽家は資本を蓄積する間だけ前進的であ2)」り,資本の過剰はみとめ ず,「生産のための生産を欲3)」し,「一国内に存在しているすべての資本 は,その国内においてまた有利に充用されうる4)」とする立場から,彼はイ ギリスからの資本輸出を峻拒するのである。
「資本の移出(theemigrationofCapital)が国家にとって有益であり うるということは決して容認されえない。資本の喪失は,前進的な国をすぐ さま停滞的なまたは後退的な国に変えるかもしれない。国家は資本を蓄潰す る問だけ前進的である。グレイト・ブリテンは資本がもはや有利には蓄積さ れえない点からは,まだまだ通いのである。私は,個々の資本家が多くの場 合に移出によって利益を得るであろう,ということを否定するつもりはな い。−しかし,イギリスは,たとえ他国で使用される資本から収入を得る としても,質実の被害者であろう5)。」
リカードにとっては,資本輸出は資本形成を阻害し損失以外の何ものでも
ないのだが,雇用に対しても同じく損失を与えるものと見ている。
「資本がこの国で使用されている聞は,それはいくらかの労働にたいする 需要を創造するにちがいない。……〔しかし〉それを他国に輸出することに
よって,この需要は全滅するであろう
6〉 。 」
E
古典派・逆古典派・反古典派
リカードの資本輸出に対する強い反対論ーーその論拠は,国内の資本形成 を阻害するということにある一ーは以上みたとおりである
Oc. K.
ホプソンも,このリカードの主張を一方では認めている
o「近年のイギリス資本の海外への大量流出は,それがなかった場合にくら べてイギリス国内資本量をより少なくした限りで,対外投資は国民所得のう ちで生ずる部分を害したと結論せねばならないの。」
しかし,ホプソンはいとも簡単に資本輸出の擁設論へと転換する
D図1.
8)は周知の資本の限界生産力曲線である
o資本を輸出する前のイギリスの資本量は
OXである。その場合のイギリス 国内生産総量は
ODD'Xである
Oここで
XX'だけをイギリスが資本輸出
D
図 1
利 子 Y
率
¥¥O N
したとする口その場合のイギリス国内生産の損失は
QX'XD'で表わされる
Dところで,
r海外投下資本は, 資本所有者の側の移住がない場合には,
いぜんとしてイギリスに収益をもたらす……海外でえられる収益はおそらく 少なくも国内収益と同じ高さであろうから,この所得の額は図形
QX'X N一一それは海外投資額
XX'に新利子率 OP'を来じたものに等しいがーーによって表わすことができょう。しかし
QX'XNはつねに QX'XD'よりも大きい。というのは,資本の需要曲線
DD'は下方に傾斜するからであるが,そのことはより多くの資本が投下されうるのは,利子率
(OYにそって 測定される)が低下する場合だけだということを怠味する
oしたがって,国 内でえられるよりも高い収益をもとめて行なわれる資本輸出は,期待がみ たされれば,国民所得総額の高を増加させるであろうの口」
要するに,ホプソンの主張は次のことに帰着する
o「対外投資を原因とする国内生産の損害は,一国が資本輸出を阻止する決 定的な理由ではない……というのは,国内生産高の額にとっての
itl古は,海 外投資からおそらくえられるであろう一段と高い収益によって,つぐなわれ て余りがあるだろうからである
10)oJホブソンによって展開された資本輸出の擁護論は今日近代経済学によって 継承されている。ただホブソンの場合には,資本輪出の投資国に与える彩特 について力点、が置かれているのに対し,受入国の資本形成→生産ノ J の発民 一一資本量が大きくなればそれにつれて資本の限界生産力が低下するという 理論からは,当然のこととして,資本呈の少ない国に資本の輸出が行なわれ ると投資国よりも大きな生産力をもたらすというな味にすぎないがーーを強 調するというように力点が変化してきているが(なおこの点はのちに述べ る)
0ところで,われわれが資本輸出と資本形成の関係について今日入手しうる
見解は,叙上の古典派経済学に端を発するものに限定されない。以下それに
ついてみてみよう。ただ今迄の議論と遠い
r特 別 な 仮 定 が 設 け ら れ て お
り
11〉」その迎用筒
i唱が
j:'U6めて限定されているため,十分にわれわれを山
j足
させるものでないことを予め指摘しておかなければならないが。その点を ; I ; : I J
引いてもなお取りあげておくことは無駄なことではあるまい。
イギリスの対外投資と国際収支の関係について調査した『レッダウェイ報 告
12)Jでは,対外投資は受入国の他の投資(受入国自身の国内投資やイギリ ス以外の他の国からの投資)に完全に代替するが,投資国での資本形成の純 減少をひきおこさない,という仮定を設けて議論を進めている
13) rハフパ ウアー・アドラ一報告
14) J(アメリカの対外投資と国際収支の関係につい て調査したもの)では, この『レッダウェイ報告』の仮定を,逆古典派
(reversec 1
assical)と名づけるとともに,既に述べた古典派の場合と並 んでさらにもう一つの仮定一一反古典派
(anti‑c 1
assical)ーーを設定して いる
15)。古典派の#;j合とは,一単位の資本の対外投資は,受入国での資本形成にー 単位の資本の純追加を,投資国でのー単位の純減少をひきおこす場合だが,
逆古典派の場合は,既に述べたように,対外投資は受入国の他の投資に完全 に代替するが,投資国での資本形成の純減少をひきおこさない場合である
Dこの両者の場合には,国際的な資本の流れは,総投資額には影響しないで,
たんにその地理的配分が変わるだけである。それに対し,反古典派の想定と は,対外投資が世界の資本形成を増加させる場合であり,対外投資は受入国 の資本形成の増加をもたらすが,投資国での資本形成には影響しないとして いる口さらに,
rハフパウアー・アドラ一報告』では,極めておこりそうも ない稀な場合として,対外投資が投資国の国内資本形成を犠牲にして,受入 国の他の投資に代替する,従って世界の資本形成の減少がおこる場合(=逆 反古典派)もあげている
16)口
以 上 述 べ て き た こ と を ま と め れ
皿 もう一つの場合
前節では,資本輸出と資本形成に関する『レッダウェイ報告』と『ハフパ ウ了一・アドラ一報告』の見解を不十分ながら紹介した
17)。
ところで,両報告が想定している
4つの場合以外にもう一つの場合が考え られないであろうか。それは,逆反古典派の場合の反対の想定,つまり,受 入国の資本形成の減少がおこる場合である。
逆反古典派の場合で想定されていること,つまり,資木輸出によって世界 の資本形成が減少することは確かに稀なことであろう
oしかし,資本輸出が 受入国の国内資本を犠牲にして,それに取って代わって進出することは決し て稀なことではない。
資本輸出が資本の不足している受入国=多くの発展途上国の資本形成を促 進し,その経済成長に重要な貢献をしていることは多くの論者の指摘をまつ までもなく明らなことである。問題はその先にある
o既にふれたように理論の枠組が同じであり,同様に資本輸出の擁護論であ ると言っても
C.K.ホプソンが,資本輸出の与える影響について投資国を 主にして議論したのとは対照的ピ,今日の近代経済学の論者の多くは,受入 国に力点を置いて議論している。そして,その場合,資本輸出を擁護する最 大の論拠は,資本輸出が資本形成を促進し,生産力を発展させる効果を有し ていることである
O例えば
rピアソン委員会報告』は次のように述べてい る
Dr
(外国資本の)すべての直接,間接の影評を考
J尽に入れて評価しようと すれば,問題の鍵は,受入れ国の経済全体にとって,その外国資本が与える 生産性効果だということが明らかになる
18)oJ「われわれは,低所得国においては,外国投資が成長の促進に役立つとい う考えに同調して,大量の外国投資を歓迎するという,はっきりした印象を うけた
19)oJしかし,資本輸出が受入国の資本形成に及ぼす影響は,以上述べてきた
(資本輸出→受入国の資本形成→経済成長・実質所得の増加)ようには単線
的でも
ijl純でもない。
G.M.マイヤーが外国資本の効果を検討する場合の
方法論として次のように述べているのは引用に値するであろう。
「資本受入国の外国投資に対する政策の合理性と,その効果を検討する理 論的基盤として,まず、われわれは,外国投資の長所・短所を比較秤量しなけ ればならない
20)oJ「われわれは,外国資本の主要効果を,発展途上国の実質所得引上げに貢 献する利益
(benefits)もしくは積極的効果
(positivegains)と,それを 犠牲にする不利益
(costs)もしくは消極的効果
(negativeeffects)の 2 つ に分類した。もし外国投資規制が経済的合理性をもっとすれば,それは,そ の規制が外国投資の便益=費用比率
(abenef it ‑cost ra tio)を
lよりも大き
くするものでなければならない
21)oJ資本輸出には,資本輸出→受入国での資本形成→経済成長・実質所得引上 げ,という「桔施的効果」と並んで,資本輸出→受入国の弱小資本の破壊→
生産活動の減少・実質所得の引下げさらに考えられるのは雇用問題の発生と いう「消極的効果」がある。われわれが新たにもう一つの:1:
11合を想定したい のは,他の場合には明示的に表現されていない,この「消極的効果」が誰の
)23)
目にも明らかに示されるからである
oI V むすびにかえて
「資本の輸出は,資本が向けられる国で資本主義の発展に影響をおよぼ
し,その発展をいちじるしく促進する。だから,ある程度,資本の輸出は輸
出国での発展をいくらか停滞させることになりかねないとしても,そうなる
のは,まさに全世界における資本主義のいっそうその発展を拡大し深めるこ
との代償としてである
24)。」とレーニンは述べている
Oしかし,残念なこと
にそれ以上の展開はなされていなし
125〉。われわれが,資本輸出の資本形成
に与える影響を原理的に考察する際,古典派や近代経済学の見解に沿って議
論を進めざるをえなかった理由もそこにある
Oまた,資本輸出と資本形成の
関係如何という限られた枠組の中での議論であるため検討結果も自ずから限
定的なものに終ってしまった。資本輸出の投資国と受入国に対して与えるー
般 的 な 影 響 と い う こ と に 関 し て は 今 後 を 期 し た い 。 (注)
1 ) 資本輸出に関する理論の系譜をたどる上で,小野一一郎,資本輸出ーーその動 因一一,宇佐美・宇高・島編「マルクス経済学体系 mJ 昭和
41年所収,は有益で あった。
2) D. Ricardo
,
Works m,
p. 274,
rリカードウ全集
J第
3巻 ,
322ページ。
3 ) K. マルクス,
r剰余価値学説史
J,
rマノレクス・エンゲノレス全集
J(大月書底 f l J)第
26巻第
2分冊,
143ページ。
4)
向上,
709ページ。
5) D. Ricardo
,
Works m,
p. 274,
rリカードウ全集」第
3巻 ,
322ページ。
6) D. Ricardo
,
W orks I,
pp,
396ー397,
rリカードウ全集
J第
1巻 ,
455ぺー ジ 。
7) C. K. Hobson
,
The E乞portof Capital,
1914,
pp. 55‑56,楊井克己訳「資 本輸出論」昭和
43年 ,
48ページ。
8) lbid.
,
p. 60,向上,
50ページ。
9) 1 bi d.
,
p. 60,向上,
51ページ。
10) lbid.
,
p. 59,向上,
50ページ。
11) D. Robertson
,
the Multinational Enterprise: Trade Flows and Trade policy",
J. H. Dunning (ed.),
lnternationallnvestment,
1972,
chp. 13,
p. 34112) W. B. Reddaway and others
,
The Effects of U K Direct lnvestmentOv
erseas: 1 nterim and Final Reports,
1967‑1968.13) lbid.
,
Interim Report,
pp. 167‑175.14) G. C. Hufbauer and F. M. Adler
, Ov
erseas M anufacturing 1 nvettment and the US Balance of Payments,
1968.15) lbid.
,
pp. 6ー7,
p. 90. 16) Ibid.,
p.9.17)
より詳細な検討を加えたものとしては, J .
H. Dunning,
The Reddaway and Hufbauerj Adler Reports and the Alternative Position' to Foreign In vestment",
do., Studies in 1 nternational 1 nvestment,
1970,
pp. 107ー117
, カ
fある。
18) Commission on International Development
,
Partners in Development,
1969,大来佐武郎監訳「開発と援助の構想ーピアソン委員会報告
‑J昭和
44年 ,
79ページ。
19)
向上.
82‑83ページ。
20) G. M. Meier. The lnternationul Economics of Development
,
1968,
p. 138, 麻田・山宮共訳「発展の国際経済学」昭和
48年.
146ページ。
21) lbid.
,
pp. 145‑146.向上,
155ページ。
22) G.ミュJ
レダールの言う「逆流効果
J(backwash effect)は,こうした問題 を考える時参考になる。
G. Myrdal,
Economic Theory and U nder‑developed Regions,
1957.小原敬土訳「経済論と低開発地域」昭和
34年.
32ー
35ページ。
23)
外国資本による低開発諸国の開発が限界を有する点については,拙稿,束南アジ アにおける経済統合一
ASEANの場合一,杉本昭七編「現代資本主義の世界構 造」昭和
55年.
182‑193ページ,参照。
24)
レーニン「帝国主義論
J(副島桓典訳, I 国民文庫」版) .
84ページ。
25)