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著者 加藤 義忠

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P.ホフマンたちの流通独占論の検討 (I)

その他のタイトル Hofmann's Theory of Monopoly in Distribution

著者 加藤 義忠

雑誌名 關西大學商學論集

巻 26

号 1

ページ 64‑79

発行年 1981‑04‑25

URL http://hdl.handle.net/10112/00020880

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64(64)  関 西 大 学 商 学 論 集 第26巻第1 (19814

<研究ノート>

p.ホフマンたちの流通独占論の検討 (I)

加 藤 義 忠

は じ め に

1980年に東ドイツにおいて, Peter Hofmann教授の監修の下に Axel Dorner,  Rolf Gabler, Gerhard Hoffmann,  Reiner  Pampel,  Angelika 

Rudolph の五氏が加わり共同で作られた最新書物が,『商業資本の理論—

歴史と現代ー一』(原文, HandelskapitalGeschichteund Gegenwart, 

Verlag Die Wirtschaft,  Berlin,  1980)と命名されて世に問われた。 この 書物では,その副題が示すように資本主義以前の生産様式の下における商業 資本の叙述から始まり,自由競争の資本主義下の商業資本にたいする言及を へて,独立資本主義あるいは国家独占資本主義下の商業資本の諸問題につい ても説明が与えられている。この書の篤別構成の骨格は下記の通りである。

1章 商 業 資 本 の 歴 史

第 2章 産業資本の自立的部分としての商業資本に関するマルクス主義的 理論

第 3章 資本主義経済の独占化過程における商業資本

4 帝国主義諸国の商業における構造変化と総資本の再生産過程 第 5章 現下の独占的商業資本による労働者の搾取

第 6章 ブルジョア経済学的商業理論の歴史と批判

上記のような篇別構成をもつ本書は,この章題からも明らかなようにマル

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P.ホフマンたちの流通独占論の検討 (I)(加藤) 65)65  クス主義の立場から,科学的,批判的に商業資本の諸問題なかんずく独占資 本主義あるいは国家独占資本主義下の商業資本の諸問題を解明した労作であ る。したがって,本書は同じく東ドイツのマルクス主義者である W.Hein richs教授の監修の下に1956年に刊行された『独占的商業の理論』(原文,

Wolfgang Heinrichs,  Heinz Seidel und Lothar Bertullis;  Der  mono‑

polistische Handelein Instrument zur Sichemng maximaler  Profite,  Verlag Die Wirtschaft,  Berlin,  1956.邦訳,森下二次也監訳・鈴木武訳

『独占的商業の理論』ミネルヴァ書房, 1971年)や G.Fabiunke教授の監 修の下に本書の監修者である P. Hofmann教授も加わり1972年に書かれた

『国家独占資本主義の商業理論』(原文, GunterFabiunke, Peter Hofman,  KartHeing Uhlig; Der Binnenhandel im staatsmonopolistische Kapital ismus der BRD, Verlag Die Wirtschaft, Berlin,  1972.邦 訳 , 鈴 木 武 監 訳

『現代資本主義の商業構造』ミネルヴァ書房, 1978年)の延長線上に位置づ

(l) 

けられるものである。

このように本書はマルクス主義の立場から,商業の全般的な諸問題を取り 扱ったものであるが,私は本稿においては研究ノートというかたちで, p. ホフマンたちの独占資本主義あるいは国家独占資本主義下の流通問題の考え 方それも基礎理論的な考え方を要約的に紹介しながら,それに若千のコメン トをつけようと思う。したがって,本稿では本書の第3章の主要部分が考察 の中心にすえられることになる。この考察によって,独占資木主義あるいは 国家独占資本主義下の流通経済の基礎理論の科学的構築のために,いくばく かの貢献ができれば幸いである。

]I  流通における独占とその支配

(1) 商業資本の蓄積の特徴

P.ホフ・マンたちは本書の第3章において, W.I.レーニンの『帝国主義 (1)  w.ハインリックスたちゃG.ファビウンケたちの流通独占論について,私は すでに検討を行なっている。下記の拙稿を参照願いたい。「ハインリックスたち の流通独占論の検討」関西大学「商学論集」第25巻第3号,「独占資本主義の流 通過程」同上誌,第23巻第3• 4

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66(66)  26巻 第 1

論』で展開されている生産と資本の集積,集中を基礎とする自由競争の独占 への転化の理論を商業領域に適用し, 商業資本の蓄積から説き起こしてい る。しばらく彼らの主張に耳を傾けることにしよう。

P.ホフマンたちいわく。個々の商業資本は相互間の競争のなかで,平詢 利潤はもちろんのこと超過利潤の獲得のために,最少の時間と費用でもって 最大の商品売買を行なおうとする。「商業においても資本蓄積の法則が, のような競争のなかに貫徹する」 cs.63.原書のページは上記の版のもので ある。以下,同様)。商業資本の蓄積は巨大な商品販売の前提を形成し, 時に大規模生産の発展を援助する。 しかも, 「この蓄積は社会主義への歴史 的段階において進歩的機能を果たす」(Ebenda.)。この点を若干注解すれば,

もちろん彼らは,商業資本の蓄積による大規模商業資本の生成の生産関係的 あるいは流通関係的側面に進歩的機能を見い出すのではなくて,その生産力 的あるいは流通力的側面において,資本主義から社会主義への移行のための 物質的,技術的条件が準備されるという点に進歩的機能を見い出しているの である。この種の進歩性は生産の大規模化におけるそれと同じ次元のもので ある。ともあれ,彼らの主張の展開をたどってみよう。

商業資本の蓄積の基礎は他の資本と同様に取得した利潤にあるが,産業資 本と比べた商業資本の蓄積の第一の特徴は,商業資本の設立と経営のための 最少必要資本量が産業資本のそれよりも少ないことである。したがって,商 業は相対的に小規模な資本に広範な活動領域を提供する。だが,小規模資本 の増大化は利潤率が同じ場合でも,大規模資本よりも遅い。このことは,小 規模資本の方が大規模資本よりも蓄積条件が不利であることに関係してい る。なぜならば,大規模資本は充用資本と消耗資本との差額を大いに利用で きるだけでなく, 労働生産力の上昇においても有利な立場にあるからであ る。したがって, 「一般的利潤率が存在する場合にも, 産業における資本の 拡大可能性は商業における一般的に小規模な資本のそれよりも大きい。これ は本質的には, 産業にたいする商業の集積, 集中の後進性を示すものであ (Ebenda.

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P.ホフマンたちの流通独占論の検討 (I) 67)67 

P.ホフマンたちはK.マルクスの叙述に依拠しながら,上述のような説 明を行なっているが,これには納得できないところがある。そこで,若干の 疑義をさしはさんでおこう。一般的には,大規模資本の蓄積条件の方が小規 模資本よりも優位にあることは確かであるが,しかしこれは最少必要資本量 など資本の蓄積条件が同質である産業部門ないしは商業部門の内部において のみ通用することである。だから,これを部門をこえ資本の蓄積条件の異質 な異部門間において通用させることはできない。これがK.マルクスの考え 方の骨子である。したがって,彼らのK.マルクス解釈は一面的で正しくな い。したがってまた,これに依拠して,商業部門の集積,集中の後進性を説 くことはできない。それでは,商業部門の集積,集中が局部的には産業部門 のそれに比べて先行する場合があるけれども,一般的には遅れる理由はなに かといえば,それは商業の再生産過程における位置にかかわっている。すな わち,商業は再生産過程に占める位置からみて,副次的には消費によって規 定されながらも,基本的には生産によって規定されて構造変化を引き起こす のであるから,再生産過程のなかで最も規定的な生産において集積,集中が

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先行し,これが商業へと波及するという関係が成立する。

さて,商業資本の蓄積の第二の特徴は次の点にある。商業資本は,蓄積に まわされる利潤を商品買取資本と建物,商業設備ならびに商業労働者の購入 に要する商人的追加資本としての純粋流通費用に分割して支出しなければな らない。この場合, K.マルクスも指摘するように商業においては産業にお けるより以上に,同一機能は大規模に行なわれようとも小規模に行なわれよ うとも同じ大きさの労働時間を要するので,商品買取資本としての蓄積の方 が純粋流通費用としての蓄積よりも大きいという法則が作用する。

商業資本の蓄積の第三の特徴について述べよう。商業活動の特殊性によ り,商業労働者の機械や設備などへの転換は相対的に緩慢であるので,商人 的追加資本としての純粋流通費用中の人的部分は本質的に産業のそれよりも (2)  この点については, 拙稿「独占的商業資本の理論」(上)同上誌, 第23巻第5

31 2ページを参照のこと。

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大きく,逆に物的部分は産業のそれよりも著しく小さい。とはいえ,近年の 商業における科学技術革命の進展とともに,蓄積される商人的追加資本とし ての純粋流通費用中の物的部分が増大し,その構成比率が高まりつつある。

P.ホフマンたちは商業資本の蓄積の特徴を三点に整理したうえで,商業資 本の蓄積における独占と国家の役割の解明に立ち向かう。そこで,私もその あとを追うことにしよう。

ところで, 「帝国主義においては, 資本蓄積の法則は独占の支配と国家の 経済活動の増大という条件下で作用する。二つの事情は商業資本の蓄積にも 影響を与える」 cs.65)。第一に, 歴史的に産業と銀行制度においてまず硯 われた独占は,商業資本の利潤に圧力をかけ,したがってその蓄積を制限す る。このよううにP.ホフマンたちは,商業において独占が形成される前の 段階において,商業における独占形成の基礎としての商業資本の蓄積にたい する産業ないし銀行における独占の役割について述べている。 P.ホフマン たちの上述のような指摘はそれ自体正しい指摘であるし,また必要な指摘で もある。だが,ここでは商業における独占の形成とそれに基づく独占的支配 の商業資本それ自体の蓄積に与える影響の指摘はなされていない。この点の 指摘は後ではなされているけれども,ここでも指摘されなければ不十分のそ しりをまぬがれえないであろう。ともあれ,彼らは商業資本の蓄積における 国家の役割について次のようにいう。

第二に,国家独占資本主義における独占化の進展につれて重要になってい る国家の経済活動は,商業資本の蓄積に永続的な作用を及ぼす。商業資本も 一面では,資本主義的搾取過程と蓄積過程の一般的条件を改善するが,その 限りにおいて, 商業資本にも国家的な賃金抑制や低い利潤課税や高い減価 償却率などの資本蓄積にたいする国家的助成が与えられる。それだけではな い。なかんずく大規模商業資本にたいして,国家的援助金や投資助成金が一 定程度配分される。他面では,私的な資本蓄積の促進にたいする国家の役割 は,本質的には利潤の確保と帝国主義の地位強化のための社会主義にたいす る闘争の組織化と科学技術革命の利用をめざす国家独占的目標によって規定

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P.ホフマンたちの流通独占論の検討 (I) 69)69  されている。このような国家独占的目標の実現にとって,商業資本は軍需産 業化学産業,電子工学産業,宇宙産業等々の領域の資本と比べて副次的役 割を演ずるにすぎない。商業資本は,搾取に襲して他の資本と同等の貢献を 行なっているにもかかわらず,資本蓄積に関する国家的助成や投資援助や補 助金等々の点でより少ない助成しか与えられないのはこのためである。この ように私的な資本蓄積にたいする国家的刺激は,商業資本総体にたいしては 産業資本の場合と比べてむしろ不利に作用するけれども,その刺激は一定程 度,商業資本の蓄積を間接的に加速せしめることは確かである。そして,も ちろんこの国家的刺激の恩恵に十分浴することができるのは大規模商業資本 である。「資本蓄積の国家的助成の影響下で, まさに大規模商業棄本は小規 模商業資本よりも速く発展するのみならず,資本主義的商業構造を大企業本 位に変え,それによって全体として商業資本の成長速度を高める強大な資本 も形成される」 (S.66)。例えば, 大企業なかんずく独占の利潤にたいする 国家の課税は,小企業にたいするそれよりも低い。さらに,利潤の大きな部 分を課税一般からはずす国家的施策が加わるが,ここでも通例大企業だけが これを利用することができる。それだけではない。大企業は減価償却におい ても優遇されるが,資本主義的商業においては建物,店舗設備,陳列ケース の減価償却にたいする多様な優遇措置が重要である。このような国家的助成 を受けて,商業資本の蓄積は大企業に集中することになるのであるが,この ことは他面では多数の商業資本には単純再生産がかろうじて保証されている にすぎないということを意味する。

P.ホフマンたちは商業資本の蓄積にたいする国家の役割について,金融

•財政的助成の視点からしか説明を加えていないのは上述の通りである。し かしながら,彼らの視点以外にも,下記のような視点からの考察がこの箇所 においても必要であろう。つまり,国家は国家市場の創出と確保,国際市場 への進出と確保および流通・商業政策の作成と実行—この政策については 後の箇所で若千ふれられている一一の側面で,大規模商業資本や独占的商業 資本にたいして優遇措置を講じ,そのことによって商業資本なかんずく大規

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模商業資本や独占的商業資本の蓄積を助成するという視点である。ともあ れ,ここでは別の視点からの考察の必要性の指摘にとどめよう。

(2)商業資本の集積,集中

P.ホフマンたちは上述のような商業資本の蓄積とその特徴についての考 察をふまえて,商業資本の集積,集中へと考察を上向させている。例になら って,彼らの主張の要点を紹介しながら若干の注解をこころみよう。

各個別資本はK.マルクスが規定しているように,貨幣資本,生産資本な らびに商品資本の一定の集積を体現している。それ故に,資本の蓄積は資本 の集積を意味する。この資本の蓄積それ自体は,必ず次のような過程と結ぴ ついている。つまり,それは第一に個別資本の成長の不均等性,第二に資本 の破壊,第三に自立的資本の本源的資本からの分離,第四に新しい資本の生 成,第五に既存資本の結合あるいは小規模資本の大規模資本による吸収,す なわち本来的な資本の集中である。「このような事態は, 例外なく資本主義 国の商業にもあてはまる。しかし,資本の集積,集中の法則は商業において もまた特殊な作用条件をもっているが,この条件は商業資本の集積,集中の 速度とその特殊な形態を規定する」 (S.67)

ところで,商業資本の運動は生産と流通のみならず消費によっても影響を 受けるが,この場合,個々の再生産過程は同じ方向と同じ強度で運動するわ けではない。成長段階にあって高度な専門化と技術的改善を行なっている生 産は,長期的には同種商品の持続的な大量販売に関心があり,それ故に流通 活動の集積,集中を要請するのにたいして,他方消費はとりわけ個人的消費 者が地域的に分散しているので, 商品販売の空間的分散を要請する。同時 資本主義的分配関係は勤労的消費者の需要構造を一定程度平準化する が,この平準化は商業の専門化と集積を助長する。だから,卸売部門か小売 部門かという商業部門の生産あるいは消費への近接度に応じて,再生産過程 が商業資本の集積,集中に与える影響の強弱は異なる。例えば,卸売部門に たいする生産の影響は,個人的消費者の需要構造に強く規定される小売部門

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P.ホフマンたちの流通独占論の検討 (I) 71)71  にたいするそれよりもはるかに強力である。だが,上述のごとき外的影響に もかかわらず,商業資本の集積,集中にとっては商品流通それ自体における 関係,ここでは競争に参加している資本の数と大きさおよびとくに大資本の 小資本にたいする特別な優位性が決定的に重要である。

このように彼らは述べた後で,商人営業での集積は産業的工業でのそれよ りも歴史的に早く現われるというK.マルクスの『資本論』での叙述に依拠 しながら,商業資本は銀行資本と同じように集積,集中は容易であるが,そ れは商業資本が多数の産業資本の回転を媒介するので. 「商業資本の制約は 生産一般のなかにのみ存在するからである」 (Ebenda.) と主張する。しか し,彼らの主張には納得できない点が二つある。第一に, K.マルクスの叙 述に依拠しながら,産業資本と比較した商業資本の集積,集中の容易性を説 明しているが,これは正しくない。なぜならば, K.マルクスはその箇所で,

前資本主義社会では資本の活動領域は生産の外にあり,そこでは前期的商業 資本などが活動していたので,商業での集積は産業でのそれよりも歴史的に 先行するということを主張したにすぎないのであって,この叙述を資本主義 社会での事柄に適用し,商業資本の集積,集中の容易性を説くことはできな い相談だからである。第二に, K.マルクスの主張の真意は別にして,彼ら は,商業資本の集積,集中の容易性の根拠として,商業資本は多数の産業資 本の回転を代位しうる位置にあるから,商業資本の制約は生産のなかにのみ 存在するということをもちだしている。商業資本は多数の産業資本の回転を 媒介し売買を社会的に集中化するものであり,したがって商業資本の運動の 制約は生産にあるという主張は,それ自体正しい内容のものであるが,しか しこれを商業資本の集積,集中の容易性の根拠とすることは正しくない。む しろ,これは産業資本と比較した商業資本の集積,集中の後進性の根拠とす べきものであろう。では,産業資本と比較した商業資本の集積,集中の容易 性の問題はどうかといえば,一概にはいえないけれども,一定の利潤率の下 で商業資本一般の設立のための最少必要資本量が産業資本一般のそれに比べ て少ないとか,商業資本中の固定資本部分の割合が産業資本のそれに比べて

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小さいという商業資本の特殊性が,商業資本の集積,集中を促進する条件に なっている。これは確かなことであるが,このような商業資本の特殊性は,

他面では商業資本の集積,集中の不安定性の要因になり,商業資本の集積,

集中を相対的に遅らせる方向にも作用することがある点は注目を要する。P. ホフマンたちの上述のような主張にたいする検討はこの程度にとどめ,論を 先へ進めることにしよう。

P.ホフマンたちは続いて下記のごとくに述べている。帝国主義国では,

高度に集積された巨大生産によって個人的消費者の空間的集積とそれによる 同種商品にたいする巨大な需要が引き起こされるが,これが商業における集 積,集中のための有利な環境条件になっている。にもかかわらず,多数の小 規模商業がなお存在し,強大な商業コンツェルなどの圧迫の下に置かれてい る。しかも,この小規模商業は増加傾向にある。そして,もちろんこの商業 の最少必要資本量は相対的に小さい。それ故に,個人的消費者と対峙してい る「小売商業の集積,集中をおしすすめる競争の作用は,他の経済領域にお けるそれよりも強くはない」 (S.68)。 それだけではない。産業と異なり,

商業における大資本の小資本にたいする優位性は,たいてい総休としての全 国市場ではなくて地域的に限定されて発揮される。このような特質から,小 売商業と卸売商業の集積度の相遮が明らかとなる。大規模商業資本が自己の 資本投下領域として優先する人口密集地では,商業の集積度は本質的に,多 くの小規模商業の存続する余地のある地方的地域におけるよりも高い。地域 ごとに非常に区々的な個人的需要の集積の故に,商業なかんずく小売商業に おける資本の集積は主として巨大経営としてではなく,とりわけ支店ないし は支社システムとして現われる。この支店ないし支社システムの拡張は商業 資本の集積の主要な現象形態であり,個別店舗の大規模化は副次的な硯象形 態である。かくのごとく,企業レベルにおける販売と労働力の集積は個別店 舗レベルのそれよりも本質的に高いものであるが,しかし資本主義商業にお ける現在の集積過程は両レペルで行なわれている。

さて, P.ホフマンたちは上述のように述べた後で, 「商業におけるすべ

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P.ホフマンたちの流通独占論の検討 (I)(加藤) 73)73  ての集中過程の決定的基礎は資本の集積である。売買,労働力,利潤ならぴ に投資の集積がそれに基づいている」 cs.69)として,それらの相互関係を 次のように分析する。第一に,売買の集積は大資本が小資本よりも速く回転 大資本が施設や設備を有効に利用する場合にのみ資本の集積を凌駕す る。第二に,労働力の集積は一般に売買や資本の集積よりも低位にある。け だし,大資本は小資本よりも労働力を有効に利用し,生きた労働の機械や自 動販売機や装置への置き替えをすみやかに行なうからである。第三に,とく に国家独占資本主義下では,大資本は小資本よりも貨殖条件と蓄積条件のす

ぐれている特約店を一定数確保しているので,利潤と投資の集積は最高であ

上記のように相互関係を規定したうえで, P.ホフマンたちは商業資本の 集積, 集中について立ち入って説明している。彼らの説甲をフォローしよ う。商業資本の集積は資本の集中によって補完されているが,この集中が重 要になり商業構造をますます規定するようになる前提として,歴史的にも論 理的にも商業資本の集積の一定の発展段階が必要である。このような発展段 階とは,主として商業資本の拡大が互いに交差するようになるか,新しい商 業経営の出店場所がすでにふさがっているか,商業資本の期待する売買の成 長は他資本を犠牲にしてでなければ達成できなくなっているか,あるいは商 業技術の新展開をうながすためには個々の商業資本の蓄積力では不十分であ る場合である。この場合に,銀行制度と産業がたぴたび商業資本の集中をう ながすのである。

ところで,商業資本の集中には様々な段階が区別される。その最高の段階 は多かれ少なかれ合併による商業資本の強力な結合であるが,この結合によ って新企業が生成する場合と資本力のある企業への吸収が生じる場合の二つ がある。商業資本の集中のより低い段階はある企業の他の企業への資本参加 である。この場合,資本参加の程度が強まるにつれて当該企業の自立性の制 限は大きくなるが,しかし外観上は自立性が保たれている。商業資本の集中 の最低の段階は設立資本の一部分の分割とその新企業における結合である。

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これによって,なるほど参加商業資本の自立性は直接的には制限されない。

しかし,それらの間に新しい関係領域が形成されることになるが,これは通 例より強力な結合のための基礎となる。ここでは,商業資本の数の減少では なくて増加であるという点もとくに留意を要する。資本主義商業において,

部分合併として特徴づけられる資本集中のこの段階は非常に重要である。あ らゆる帝国主義国では,およそ世紀の転換期以降に卸売商業と小売商業にお いて多様な購入結合が形成されるが,これは商業資本の集中を志向するもの である。しかも,このような商業資本の集中の形態は,生産の集積,集中や大 量販売による産業家の利益によって強力に促進される。とくに,購入量の増 大につれて商業の購入価格が引き下げられる大量購入割引きは,商業にとっ ては購入結合を行なったり,あるいはその結合を拡張したりする動機を強め るものである。それだけではない。個々の商業資本は購入力を結合すること によって,価格と供給条件に関して利益を獲得し,利潤分割競争で産業資本 を支配下におく可能性を見いだす。したがって,硯代帝国主義とりわけ科学 技術革命の影善下では,利潤分割をめぐる産業と商業間の競争は,経済全体 における資本の集積,集中の規模と速度にとって非常に重要である。なぜな らば,生産はその内部で様々な形の結合を行ない,それによって商業の圧力 に対抗しようとするからである。

さて,上述のような商業資本の集中の様々な段階は相互に影署しあう。商 業資本の競争において,合併,買収,参加によって出現する大規模な商業企 業は,資本の部分的結合によって競争能力をさらに高めるのであるが,この 結合はそれ自体として小企業の破産を加速化し,さらなる合併,買収,参加 のための基盤を醸成する。 それ故に, 「この結合は商業独占の生成のための 本質的基盤を形成するのである」 cs.72)P.ホフマンたちはこのように 述べ,次に産業独占と商業独占の流通支配の考察に移行する。節を改めて,

彼らの主張の骨子を紹介しながら若千のコメントをつけよう。

(3)産業独占の流通支配

あらゆる資本主義的独占は自由競争を否定する強力な支配関係を構築する

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P.ホフマンたちの流通独占論の検討 (I)(加藤) 75)75  が,この独占は資本の集積,集中の高い段階を基礎として,経済的な力と経 済外的な力を併用し,独占価格を統制し独占利潤を取得する。自由競争を否 定し独占を形成する資本の衝動は客観的であり,資本主義における矛盾の激 化の表現でもある。この衝動は競争のなかで実硯される。

ところで,資本主義的独占は歴史的にも論理的にもまず産業において生成 し,その後に商業独占が出現する。物的生産において,生産力の発展の圧力 下にある資本は,まずはじめに資本蓄積の要求の拡大と価値増殖条件の傾向 的悪化の矛盾に出会う。「ここに急速に前進した資本の集積, 集中が独占に 達する可能性が生まれる」 (s.73)

商業資本は世紀の転換期ごろ非常に多様な発展状況にあった。生産財の卸 売商業では,すでに大規模な資本主義的企業が存在し,生産に持続的影響を 及ぽす力を保有していた。他方,小売商業と消費財卸売商業では,多数の小 企業が存在していた。しかし,大規模な資本主義的消費財商業の典型的形態 である百貨店,通信販売店,連鎖店が次第に重要性を増すにいたった。なぜ ならば,物的生産における資本主義的生産関係の発展状況と商品流通におけ るそれとの矛盾がますますはっきりとしてきたからである。「この矛盾が資 本主義的商品流通の独占化のための本質的な推進力である」 (Ebenda.

P.ホフマンたちは, 続けて下記のように主張する。「資本主義的商品流通 における自由競争の独占への転化には,二つの出発点がある。第ーは,産業 独占の商品流通への進出であり,第二は商業資本の集積,集中である。両方 の場合において, 同じように独占に発展した銀行資本が重要な役割を演じ (Ebenda.

このような P.ホフマンたちの説明について, 若干のコメントをつけよ う。生産領域における独占化が流通領域における独占化を要請するにいた り,この要請に応じる主体として産業独占と商業資本の集積,集中の基礎上 に出現する商業独占の二つの独占を彼らは想定しているが,この想定に私も まった<賛成である。ただ問題に思う点は,第 3章第 2節のタイトル「商業 独占とその支配」にも示されているように,彼らは流通における独占すなわ

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76(76)  26巻 第 1

ち流通独占の二形態を商業独占によって代表させ,この形態を主要なものと しているところである。彼らのこのような分析は彼ら独自のものではなく,

(3) 

同じ東ドイツのw.ハインリックスたもにその源流を見いだすことができ る。このような分析手法の継承関係はともかく,この分析手法はドイツ資本 主義の特殊な展開に強く影蓉を受けたものであり,一般化することは正しい ものとはいえない。それでは,流通独占の二形態のうちでいずれを主要なも のとして位置づければよいかといえば, w.,Iヽイリックスたちからさらに歴 史をさかのぼり, R.ヒルファディングの分析手法に学ばなければならな い。そこでは実質的に,産業独占の流通支配が主要な側面として位置づけら れ,商業独占の流通支配はそれを補完する副次的な側面として把握されてい

(4) 

る。このような論理構成が,一般理論としては妥当なものである。

上記のように, P.ホフマンたちの論理構成に東ドイツの先達の分析手法 が色濃く影を落としているのであるが,それはさておき,彼らの説明の中味 に立ち入ってみよう。彼らはR.ヒルファディングなども引用しながら,流 通独占化の第一の出発点としての産業独占の問題から説いている。その説明 にしばらく聞きいることにしよう。

輸送と販売を確保し市場を支配することによって高利潤を獲得しようとす る産業独占の努力は,商業資本の相対的に自立的な運動を最初から押しのけ ようとする。なぜならば, この商業資本は生産者の生産と販売を助成した り,逆に制限したりする可能性すなわち生産における資本の価値増殖に本質 的な影響を与える可能性をもっているからである。このように「商業資本の 自立的運動を排除し,この資本の活動を産業独占にとって好ましい方向に制 禦し,その利潤計画を支配しようとする目的は,産業独占の生成と最初から 結ぴついているのである」 cs.74)P.ホフマンたちはこのように述べ,産 (3) 前掲拙稿「ハインリックスたちの流通独占論の検討」 56 7ページを参照の

こと。

(4) 拙稲「ヒルファディングの流通経済論の検討」同上誌, 24巻第2号を見ら れたい。

(15)

P.ホフマンたちの流通独占論の検討 (I)(加藤) 77)77  業独占による商業資本の排除を三つの形態に分類する。「第一に, 産業独占 は垂直的集積を行ない,抽出産業と加工産業では,とくに個々の経営間の直 接的関係によって自立的な商業資本家を排除する。第二に,産業独占は卸売 商業を買収する一一まれには小売商業も一ーかあるいは商業会社を設立し,

それによって自己の販売機関を意のままにする。第三に,法的自立性を否定 したり資本参加を行なったりせずに,産業独占はカルテル的あるいはシンジ ケート的結合の助けによって,無数の卸売商業企業と小売商業企業を支配下 に置く」 (Ebenda.)。彼らがいう商業資本の排除の三形態のうち,第二形態 は産業独占による直接販売のことであり,第三形態は産業独占による商業系 列化のことである。第二形態と第三形態は,産業独占が独占利潤の追求のた め,自己との対応関係において存立する可能性をもつ大規模商業資本の介在 を許さず,形式的にはともかく実質的には自らが直接市場に進出し,いわば 強制的に商業資本を排除する形態であり,それ故に産業独占による商業資本 の排除の具体的形態であるということができる。したがって,第二形態と第 三形態については異論はない。しかし,第一形態については納得できない点 がある。第一形態は,彼らの理解では垂直的関係における産業結合の形成お よび強化によって,形式的に残存する商品売買が生産者相互の形式的な直接 取引で媒介されるというようになっているが,しかし,実質的には以前存在 していた商品売買が消減し,その結果として,いわば自生的に商業資本が消 減する形態である。すべての形態にはもちろん産業独占の形成および強化と 関連しているという共通性があり,しかも表面的にはいずれも商業資本の縮 小として現象するけれども,商業資本の縮小の原因は第一形態と他の二形態 では決定的に相遮する。第一形態は,商業資本の存立基盤である商品売買そ れ自体が消減することにもとずくものである。これにたいして,第二形態と 第三形態は商業資本の存立基盤である商品売買が存在し,しかもその売買を 費用節約的に効率的に媒介しうる能力のある商業資本の存立が可能であるに.

もかかわらず,産業独占の規定的目的である独占利潤の追求のために,流通 の外部の力によっていわば強制的にその存立が否定されるものである。した

(16)

78(78)  26巻 第 1

がって,策二形態と第三形態は商業資本の排除のカテゴリーとしてまとめら れるけれども,第一形態は商業資本の排除のカテゴリーではなくて,むしろ 商業資本の消減ないしは死減のカテゴリーとしてそれと区別されなければな

(5) 

らない。ちなみに, p..ホフマンたちのように商業資本の消減と商業資本の

(6) 

排除を正しく区別しない点はR.ヒルファディングにも見られる。以上でも って,この箇所に関する疑義の呈示を終え,論を進めよう。

P.ホフマンたちは,三つの形態について下記のような補足的考察を行な っている。まず「産業独占があらゆる商業企業の媒介なしに商品流通を担当 する部分が増大している点を度外視すれば」 (Ebenda.)と彼らはいうが,こ こで度外視するものは第一形態である。彼らの理解によれば,これは形式的 に存在する商品流通を形式的な直接取引で媒介するということを意味するけ れども,実質的には商品流通が消減しているのだから,経済学的意味におい ては,生産者相互間の直接取引の余地などあろうはずがないのは上述の通り である。ともあれ,彼らは第一形態を度外視して,第二形態と第三形態につ いて「産業独占は自己の販売機関を設置し,かつ独占的契約それ自休によっ て商業資本家を拘束するにつれて,広範に商品流通における自由競争を止揚 し,独占的支配によってそれに取って代わろうとする」 (Ebenda.)と主張 する。そして,次のように続け,商業独占の考察への移行を用意する。産業独 占においては,商業資本のカルテル的なシンジケート的な拘束が肝要である けれども,ここからは決して商業独占の生成はでてこない。他方,産業所有の 大規模商業会社は商品流通における一種の「副独占(Submonopol)S.75) であるが,この副独占の主な特質は独占的産業資本の監督下にあるというこ とである。これが副独占を本来的な商業独占から区別する点である。ここで 彼らがいう副独占の意味を注釈すれば,これは産業独占が生産において行な (5)  より詳しくは,拙稿「商業資本の排除の原理」同上誌, 第21巻第1 33  

4ページを参照のこと。

(6) 前掲拙稿「ヒルファディングの流通経済論の検討」 84 5ページを参照のこ

(17)

P.ホフマンたちの流通独占論の検討 (I)(加藤) 79)79  う生産独占という上位独占に依拠して,生産の延長線上にある流通において 行なういわば下位独占であるというほどの意味であろう。それはともかく,

彼らは次のような媒介項を置いて,商業独占へと論を進める。 P.ホフマン たちいわく。産業独占は多くの場合,生産を支配し独占するだけではなく,

流通をも支配し独占するにいたっている。 それはまさに「生産・商業統一 化」 cs.76) を意味する。他方,消費財分野の商業独占も「商業•生産統一 (Ebenda.)の方向に展開する。 これについては後で詳説するが, その 前に確認しておくべきことは,この商業独占はとりわけ卸売段階と小売段階 の商品売買におけるコンツェルンとして存在するが,しかしカルテルやシン ジケートとしても存在するということである。彼らはこのような媒介項を置 いて商業独占の説明に入るのであるが,その説明の要点の紹介ならびにそれ にたいする若千の検討は節を改めて行なうことにしよう。

参照

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注1) 本は再版にあたって新たに写本を参照してはいないが、