J.Jpn.Acad.Mid.,Vol.2,No.1,P.1,1988
●巻頭言
日本 助 産 学会 の 目指 す もの
小木曽
み よ子
「最 近 の 看 護 制 度 改 正 の動 向 の な か で,助 産
婦教 育 ・免 許 等 の制 度 の 行 方 は,憂 慮 す べ き
状 況 を呈 して い る時 期 に,助 産 学 の 理 念 を明
確 に し,よ りい っ そ う伸 展 させ るた め,学 術
的 交 見 の 場 が 必 要 で あ り,助 産 学 を 自身 の科
学 と して 発展 させ るた め に,助 産 婦 が 主 体 と
な っ て進 め る学 会 が な け れ ば な らず,学 会 設
立 は急 務 で あ る と思 う」とは,学 会 誌VoI.1,
No・1の庶 務 報 告 の は じめ に,昭 和60年5月20
日,全 国 助 産 婦 学 校 協議 会 の 教 務 主 任 会議 の
あ とに 開 か れ た学 会 設 立 発起 人 会 に お い て,
当 日,学 会 設立 を提 案 す るた め に 述 べ られ た
何 人 か の 意 見 の 主 旨 と して掲 載 され て い ま
す 。
当時 は,一 般 の 高 学歴 化 が進 む な か で,看
護 協 会 が制 度 改 正 の 方 向 と して提 案 した 「看
護 師 ―4年 制大 学 」 教 育 案 に 対 して,助 産婦
の 多 くか ら,助 産 婦 の専 門性,業 務 の 独 立 性,
開 業 権 等 に 関連 して,意 見,反 対,要 望 が 出
され ま した。 そ れ は,全 国 助 産 婦 学校 協議 会
教 務 主 任 会,日 本 助 産 婦会 か ら,個 々 に は 各
県 か ら看 護 協 会 会 員 と して 行 わ れ ま した 。
特 に 全 国助 産 婦学 校 協 議 会 は,昭 和60年2
月15日 付 で 『日本 看 護 協 会 「看 護 制 度 改 正 案 」
検 討 に関 す る 陳情 書』 を,文 部 省,厚 生省,
看 護 協 会 あ て に提 出 し,昭 和61年,62年 と 日
本 助 産 学 会 設 立 後 も引 き続 き行 っ て い ます。
助 産 婦 学 校 の教 員 が看 護 制 度 改正 の 行 方 に
関心 を もち,積 極 的 に 意見 表 明 す る 行動 は早
くか ら行 わ れ て い ま した。
戦 後,保 助 看 法 の 成 立 に よ り,そ れ まで続
い て い た 助 産 婦 ・看 護 婦 学 校 を 全廃 し,試 験
に よ る免 許 取 得 方法 も廃 止 さ れ ま した。
廃 止 と同 時 に新 制 度 に よる助 産 婦 学 校 を 開
始 で きた の は,全 国 で数 校 で,し か も入学 者
が 定 員 に満 た な い状 態 が 続 い た こ と等 か ら,
年 間 の 資 格 取 得 者 は激 減 しま した。
一方
,出 産 数 が 増 加 し,妊 産 婦 が 施 設 に集
中 す るな か で,施 設 に お け る助 産 婦 の 需 要 が
急増 して も必 要 数 は 得 られ ず,不 足 の ま まだ
った り,無 資格 者 で 補 うな どの な か で,昼 夜
の激 務 で 目の 前 の仕 事 を片 付 け る 日 々 を余 儀
な くされ た時 代 が続 い た 結果,病 院 出 産 につ
い て 各 方 面 か ら多 くの 問題 が提 せ られ,施 設
勤 務助 産婦 は い ろ い ろ な 非難 を 一 身 に 受 け る
とい う,苦 々 しい経 験 を して い ます。
そ ん な ころ結 成 され た 全 国助 産 婦学 校 協 議
会 で は,入 学者 の少 な い こ とを 問題 と して,
助 産 婦 志望 を 高 め るた め に と,助 産婦 の 「待
遇 ・労 働 条 件 の 改 善 ・助 産婦 職 種 の 設 定,助
産 婦 不 足 を解 消 す るた め に学 校 増 設」 等 職 能
団 体 と変 わ らな い よ うな 問題 に も積 極 的 に取
り組 み ま した。
昭 和37年,金 沢 市 に お い て 国立 大 学 助 産 婦
学 校 教 務 主 任 会 議 が 開 催 され た折 に は,当 時,
看 護 協 会 が制 度 改 正 の ため 提 案 した 「保 健 師
法 案」の 助 産 婦 に か か わ る内 容 を問題 視 して,
熱 っぽ い討 論 が 行 わ れ ま した。 臨 床 か ら配 置
換 され て間 もな か っ た私 は,事 の 重 大 さ に慄
然 と し,深 夜 に ま で及 ん だ 討 論 の 場 に発 言 す
るこ と もで きず に い ま した。
そ の後,日 本 看 護 協 会 は昭 和40年 代 に 「看
護 師 法 案」,昭 和50年 代 に は 「看 護 師 法 案 」を
4年 大 学 と して提 案 し進 め て い ます が,「保 健
師法 案 」 か ら25年 余 り,そ の 間,『 保 ・助 の 教
育 を看 護 の 基礎 教 育 に包 括 す る。 資 格 名称 を
一 本化 す る』 とい う方 針 は変 わ らず
,助 産 婦
職 種 か ら出 され て い る 多 くの 意 見 は無 視 さ れ
た ま まです 。 す で に,助 産 婦 会 員 の よ り どこ
ろ と しての 機 能 を失 い,切 実 な声 に もこ た え
ず,む しろ 「協 会 案 」 を推 進 して い るの で は
な い か とさ え感 じられ る 日本 看 護 協 会 助 産 婦
職 能 委 員 会 を頼 る こ と はで き ませ ん 。
日本 助 産 学 会 は以 上 の 長 い歴 史の 中の ジ レ
ンマ を 内 に秘 め,多 くの 助 産 婦 の 期 待 を担 っ
て 発足 し ま した。 個 人の 利 益 ・政 治 的 野 心 に
利 用 さ れ ず,不 当 な圧 力 に も屈 す る こ と な く,
真 に 「母 子 保 健 の 向 上,人 類 の福 祉 ・平 和 に
資 す る」 こ との で きる学 会 と して,発 展 す る
こ とを願 い,微 力 な が ら努 力 した い と思 っ て
い ます 。
日本助 産 学会 誌 第2巻 第1号(1988) 1