博士(医学)岡嶋真紀 学位論文題名
15qll‑q13 刷り込みドメインの ヒストンアセチル化解析に関する研究
学位論文内容の要旨
ゲノム刷り込み現象は遺伝子 の発現が親由来特異的に異なる遺伝現象である。ヒト15番染色 体長腕11‑13(15qll‑q13)は同現象が認められる領域である。この領域には、Prader‑Willi症候群 (PWS)とAngelman症 候 群(AS)の 原 因 遺 伝 子 が 存 在 す る 。PWSは 新 生時 期の 筋緊 張低 下、 特 徴的な顔貌、精神遅滞、食欲亢 進と肥満などを特徴とし、ASは重度精神遅滞、てんかん、容易に 引き 起 こさ れる笑いなどを特徴とする 。父性発現する遺伝子はPWSの候補遺伝子で、母性発現 を 示す 遺 伝子UBE3AがASの 原因 遺伝 子 であ る。 父性 発現 遺伝 子の 発現 が失 われ るとPWSが 、 母 性発 現 を示 すUBE3Aの発 現が 失わ れ るとASが 発症 する 。疾 患の 原因 は、PWS、ASと もに 大 多数 は 同領 域を 含む 染色 体腕 内欠 失で ある。マウス7番染色体7C領域はヒト15qll‑q13の相同 領域であり、刷り込み状態も共 通している。最近、同領域を欠失するモデルマウスが開発され、
PWSもしくはASのモデル動物と考えられている。本研究においては15qll‑q13およびマウス相同、
領 域 に お け る 、 刷 り 込 み 遺 伝 子 の ヒ ス ト ン ア セ チ ル 化 状 態 の 評 価 検 討 を 行 っ た 。 【 方 法】15qll‑q13領 域に 欠失 を 有す るPWS、AS患者および正常 対照から末梢血を採取し、
樹立した不死化リンパ芽球、及 びマウス細胞としては、7Cに欠失を父由来に有するPWS、および 母由来欠失を有するASモデルマ ウス、および正常対照マウスより樹立された線維芽細胞を用い た。 こ れら より、cDNAを合成し、RT‑PCRを行った。ヒトでは父性発現を示す、SNURF‑SNRPN、 NDN、MKRN3、IPWお よ び 脳 に お い て 母 性 発 現 を 示 すUBE3Aを対 象 とし 、非 刷り 込み 遺伝 子 であ るGAPDHを 対照 とし た。 マウ ス では 刷り 込み 遺伝 子と してSnurf‐Snrpn、Ndn、Mkrn3、 UBE3Aを対照とし、非刷り込み遺伝子であるGapdhを対照とした。また、同様の細胞を用いてウ サギポリクローナル抗アセチル化ヒストンH3抗体、H4抗体でクロマチン免疫沈降法によるヒス卜ン アセチル化の解析を行った。抗 体と反応させる前の分画から抽出したDNAは対照(Input)として 用いた。残りの分画を用いて免 疫沈降反応を行い、得られた沈降分画からDNAを抽出し、引き続 きPCR反応を行った。プライマーとして、ヒトではSN淵卩馴R鬥瓜NDN、MK剛竹、くMPDH、マウス では跏 炉跏ゆ門、A協?、脇′門3、対象の非刷り込み遺伝子としてDm門fを対象とした。刷り込み遺 伝子についてはCpGアイランドに相当する5 側の領域とそれ以外の遺伝子領域の部分から、非 刷り 込 み対 象遺伝子と馴弸卩恥沢PM跏 ′ツ跏ゆ門についてはCpGア イランドに相当する領域に プライマーを設定した。
【 結 果】RT‐PCRでは 、正 常、PWS患 者由来リンパ芽球いずれに おいても、NDNとMKR.N3は RT゜PCRで はバ ンド が検 出さ れな か った 。SNURF‐SNRPNとIPWで はPWS患者由来リンパ芽球に おいてはバンドは検出されなか った。AS患者由来リンパ芽球における発現はすべて、正常と同様 ―337ー
で あ っ た 。UBE3AとGAPDHは い ず れ の細 胞で も同 様に 発現 して いた 。UBE3Aは 脳に おい ての み 母 性 発現 を示 すが 、そ の他 の臓 器で は両 親性 発 現を 示す 。マ ウス では 、父 性発 現遺 伝子 Snurf‑Snrpn、Mkrn3、Ndnは すべ て正 常対 照細胞における 発現が検出された。Snurf‑Snrpnと Mkrn3はPWSマウスではバンドが検出 されなかった。NdnはPWSマウスにおいて発現を認めたが、
バンドは薄かった。Ube3AとGapdhはすべての細胞で同様に発現していた。ヒストンアセチル化に つ い て の 検 討 で は 、SNURF‑SNRPNのCpGア イ ラ ン ド は 抗 ア セ チ ル化H3お よびH4抗 体い ずれ を用 いた 検討 で もPWS細胞では バンドが検出されないが、正常対照とAS細胞ではバンド が検出 された。MKRN3ではCpGアイランド領 域、3 側領域ともにPWS細胞ではバンドが薄かった。さら に 、 正 常及 びAS細胞 にお いて もSNURF‑SNRPNに比 較し てノ くン ドは 薄か った 。NDNでは いず れの細胞においてもほとんどバンド が検出されなかった。UBE3Aではヒス卜ンH4ではPWS細胞に おけるCpGアイランド部位でのバンドが正常に比し薄かったが、遺伝子中央部分では違いを認め なかった。ヒストンH3では細胞間での違いはいずれの領域でもはっきりしなかった。マウス7Cにお けるヒストンアセチル化については 、父性発現を示すSnurf‑Snrpn、Mkrn3、NdnではH3、H4とも に、PWSモデルマウスにおいてバンドの出現がなぃか、あっても明らか低かった。また、5 側のCpG アイランド領域と3 側とにおいて違いを認めなかった。また、Ube3aは細胞間でのバンドの強さに明 らかな違いを認めなかった。
【 考察 】本 研 究の先行研究において行われたSNURF‑SNRPNのヒストンアセチル化の解 析の結 果では、活性な父由来対立遺伝子の5 側のCpGアイランド領域ではH3、H4ヒストンともアセチル 化されていたが、不活性な母由来対 立遺伝子ではヒストンアセチル化が著明に低下していた。
Fulmerらは 同様 の結 果に 加え て、SNURF‑SNRPN遺 伝子 以外 のヒ 卜15qll‑q13で の刷 り込 み遺 伝子のヒストンアセチル化のレベルは低く、親由来ごとの違いははっきりしなぃと報告し、本研究の 結果と概ね一致している。ヒトにお ける結果では、SNURF‑SNRPNと比べるとその他の父性発現遺 伝子のヒス卜ンアセチル化の程度は低かった。しかし、本研究ではMKRN3にはわずかではあるが、
親由来特異的なヒストンアセチル化の違いが観察され、親由来ごとのわずかな違いは存在するの か も し れ な い 。RT‑PCRの 結 果 で は 、MKRN3、NDNと も に 発 現 が 認 め ら な か っ た 。MKRN3と NDNのヒ ストンアセチル化レベルの低さはりンパ芽球ではこれらの遺伝子が発現していないことを 反映 して いる 可 能性が考えやすい。UBE3A遺伝子は今回用いた細胞では刷り込みを受け ていな い。今回のヒ卜における解析では一定の傾向を示すことはできず、ヒス卜ンアセチル化の役割ははっ きりしなかった。マウスではFoumierらはマウスSnurf‑ Snrpnにおいて、活性な父由来対立遺伝子 が不活性な母由来対立遺伝子よりもヒストンアセチル化の程度が強く、さらにこの違いはCpGアイ ランドのみではなく、さらに3 側の遺伝子本体部分にも認めたとし、本研究の結果はこの報告と良 く― 致す る。Snurf‑ Snrpn以 外の 父性 発現 遺伝子Mkrn3とNdnでは父由来対立遺伝子と 母由来 対立遺伝子のヒストンアセチル化の違いが明らかであり、また、この違いはCpGアイランドに限局し てい なか った 。 一方、両親由来発現を示すUbe3aではヒトと同様に両親由来対立遺伝子 間での 違いを認めなかった。マウス7Cではうむ陸発現遺伝子が存在する領域は全体的なクロマチン構造 の親由来ごとの違いが存在し、活性 な遺伝子が存在する父由来染色体では開いた染色体構造と なっている可能性が示唆される。
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学位論文審査の要旨 主 査 教授 小林邦彦 副査 教授 佐々木秀直 副 査 教授 清水 宏
学 位 論 文 題 名
15qll‑q13 刷り込みドメインの ヒストンアセチル化解析に関する研究
ゲノ ム刷 り込 み現 象 は遺 伝子 の発 現 が親 由来 特異 的に異なる遺伝現象であ る。ヒト15番染色 体長腕11−13(15qll−q13)は同現象が認められる領域である。この領域には、Prader・Willi症候 群(PWS)とAngelman症 候 群(AS)の 原 因 遺 伝 子 が 存 在 す る 。PWSは新 生時 期の 筋 緊張 低下 、 特徴的な顔貌、精神 遅滞、食欲亢進と肥満などを 特徴とし、ASは重度精神遅 滞、てんかん、容 易に 引き 起こ され る 笑い などを特徴とする。父 性発現する遺伝子はPWSの候 補遺伝子で、母性 発 現 を 示 す 遺 伝 子UBE3AがASの 原 因 遺 伝 子 で あ る 。 父 性 発 現 遺 伝 子 の 発 現 が 失 わ れ る と PWSが 、 母 性 発 現 を 示 すUBE3Aの 発 現が 失わ れる とASが 発症 する 。 疾患 の原 因は 、PWS、AS と も に 大 多 数 は 同 領 域 を 含 む 染 色 体 腕 内 欠 失 で あ る 。 マ ウ ス7番 染 色 体7C領 域 は ヒ 卜 15qllーq13の相同領域であ り、刷り込み状態も共通している。本研究においては15qll―q13およ びマウス相同領域における 刷り込み遺伝子のヒス卜ンアセチル化状態の評価検討を行った。【方 法】15qll−q13領 域 に欠 失を有するPWS、AS患者 および正常対照から末梢血 を採取し、樹立し た不死化リンパ芽球、及び マウス細胞としては、7Cに欠 失を父由来に有するPWS、および母由来 欠失を有するASモデルマウ ス、および正常対照マウスより樹立された線維芽細胞を用いた。これ らの 細胞 からmRNAを 抽出 し、RT−PCRで目 的遺 伝 子の 発現 を見 た 。ヒ 卜で は父性発現を示す SNURF−SNRPN、NDN、MKRN3、IPWお よ び 脳 に お い て 母 性 発 現を 示 すUBE3Aを 対 象と し、 非 刷り込み遺伝子であるGAPDHを対照としたずマウスもヒ トと対応する刷り込み遺伝子について同 様に解析した。ヒス卜ンア セチル化の解析はウサギ抗アセチル化ヒストンH3抗体、H4抗体による クロ マチ ン免 疫沈 降 の後 、沈 降分 画 からDNAを 抽 出し、PCR反応で沈降物に 存在する目的遺伝 子 を 同 定 し た 。 [ 結 果]RT−PCRで は 、 父 性 発 現 遺 伝 子SNURF―SNRPNとIPWはPWS患 者由 来 リンパ芽球においてバンド が検出されなかった。即ち、母親由来対立遺伝子が存在しても不活性 化していることを示 す。一方これらの遺伝子はAS患者由来リンパ芽球での発 現は全て正常と同 様で あっ た( 活性 な 父親 由来 対立 遺 伝子 が存 在す ることを示す)。UBE3AとGAPDHはいずれの 細胞 でも 同様 に発 現 して いた(UBE3Aは脳 にお いて のみ母性発現を示し、脳 以外の臓器では両 親性発現を示す)。マウスの父性発現遺伝子の解析結果はヒトのそれと概ね対応していた。ヒスト ンア セチ ル化 につ い ての 検討 では 、SNURF−SNRPNのCpGア イラ ン ドは 抗ア セチル化H3および H4抗 体い ずれ を用 い た検 討で もPWS細 胞で はバ ン ドが 検出 され な いが 、正 常対照とAS細胞で
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は バンドが 検出さ れた。 この事 は、PWSでは母親由来対立遺伝子が存在してもそのヒストンは脱 ア セチル化 してい ること を意味 する。 一方、MKRN3ではCpGアイラ ンド領域 、3 側 領域ともに PWS細 胞 では バ ンド は薄い が同定 された 。即ち 、母親由 来MKRN3の ヒスト ンアセ チル化 は低い が 認めるこ とを意 味する 。NDNでは いずれの細胞においてもほとんどバンドが検出されず、親由 来 遺 伝 子に 関 わ らずア セチル化 が低い ことが 伺われ た。UBE3Aではヒス トンH4ではPWS細 胞に お けるCpGア イラン ド部位 でのバン ドが正常に比し薄かったが、遺伝子中央部分では正常と同様 であった。マウス7Cにおけるヒス卜ンアセチル化については、Snurf‑Snrpn、Mkrn3はヒトとほば同 様 で あ っ た が 、Ndnア セ チ ル 化 は ヒ 卜 と 異 な り 明 ら かに 親 由 来 遺伝 子 に 差 をみ と め た 。 【 考察】 本研究 の先行研 究にお いて行 われたSNURF−SNRPNのヒス卜ンアセチル化の解析の結 果 では、活 性な父由来対立遺伝子の5 側のCpG,アイランド領域ではH3、H4ヒス卜ンともアセチ ル 化されて いたが、不活性な母由来対立遺伝子ではヒストンアセチル化が著明に低下していた。
Fulmerら は同 様 の 結 果に 加 え て 、SNURF−SNRPN遺 伝子以 外のヒ ト15qll‑q13で の刷り 込み遺 伝子のヒストンアセチル化のレベルは低く、親由来ごとの違いははっきりしないと報告し、本研究 の 結果と概 ね一致している。ヒトにおける結果では、SNURF−SNRPNと比べるとその他の父性発現 遺 伝子のヒ ス卜ン アセチ ル化の 程度は低かった。しかし、本研究ではMKRN3にはわずかではある が 、親由来 特異的なヒストンアセチル化の違いが観察され、親由来ごとのわずかな違いは存在す る のかもし れない 。RT−PCRの結果 では、MKRN3、NDNともに発現が認められず、またヒストンア セチル化レベルも低かったことからりンパ芽球ではこれらの遺伝子が発現していないことを反映し て いる可能 性が考 えやす い。UBE3A遺伝子 は今回用 いた細 胞では 刷り込 みを受 けていない。今 回のヒ卜における解析では一定の傾向を示すことはできず、ヒス卜ンアセチル化の役割ははっきり し なかった 。マウ スではFournierらはマウスSnurf‑Snrpnにおいて、活性な父由来対立遺伝子が 不活性な母由来対立遺伝子よりもヒストンアセチル化の程度が強く、さらにこの違いはCpGアイラ ンドのみではなく、さらに3 側の遺伝子本体部分にも認めたとし、本研究の結果はこの報告と良く 一 致 す る。Snurf一Snrpn以外の 父性発 現遺伝 子Mkrn3とNdnで は父由 来対立 遺伝子 と母由 来対 立遺伝子のヒストンアセチル化の違いが明らかであり、ヒ卜と異なっていた。マウス7Cでは父性発 現 遺伝子が 存在す る領域 は全体 的なク ロマチ ン構造 の親由 来ごとの違いが存在し、活性な遺伝 子 が 存 在 す る 父 由 来 染 色 体 で は 開 い た 染 色 体 構 造 と な っ て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ る 。 公 開発表 に際し、副査の佐々木秀直教授より刷り込み遺伝子のヒストンアセチル化の程度の差 と 用いた細 胞種と の関係 など、 また副 査の清 水教授 から刷 り込み遺伝子の変化と臨床症状に関 することなど、主査の小林教授からヒス卜ンアセチル化とDNAメチル化の機序などの質問があり、
い ず れ の質 問 に 対して も申請者 は過去 の文献 報告や 自身の 研究結 果をも とに概 ね妥当に 回答 した。
本 研究は 、ヒト15qll‑q13及び マウス7番染色体7Cの刷 り込み遺伝子領域のヒストンアセチル 化 のマッピ ングを 行った 点で評 価され 、今後 のこの 分野の 研究に寄与するものと期待される。
審査一同は、これらの成果を高く評価し、申請者が博士(医学)の学位を受けるのに充分な資 格を有するものと判定した。
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