昭和学士会誌 第76巻 第
4
号〔414‑420
頁,2016〕特 集 眼科治療の進歩
最近の緑内障治療
昭和大学医学部眼科学講座
齋藤 雄太
は じ め に
現在,わが国において中途失明の原因疾患は緑内 障が第一位であり,日本人の 40 歳以上では 20 人に 1 人が緑内障であると言われている1,2).緑内障とは
「視神経と視野に特徴的変化を有し,通常,眼圧を 十分に下降させることにより視神経障害を改善もし くは抑制しうる眼の機能的構造的異常を特徴とする 疾患」と定義されており3),緑内障の治療は眼圧下 降させることが現在,唯一エビデンスのある治療法 である3).そして,その治療手段には点眼治療と手 術療法があり,どちらも近年格段と進歩してきた.
本稿では最近の緑内障治療として薬物治療と手術療 法に大別して解説を行う.
緑内障の薬物治療
緑内障にはさまざまな病型があり,まずは眼圧上 昇の原因があるかを検索することが重要で,その結 果病型が診断され治療を開始することになる.ぶど
う膜炎や眼虚血による虹彩血管新生に続発する緑内 障では眼圧下降と合わせて原疾患に対する治療も必 要となる.また,閉塞隅角緑内障ではレーザー虹彩 切開術や水晶体再建術などの外科的治療が奏功す る.ここでは緑内障の 8 割を占める広義原発開放隅 角緑内障や落屑症候群による落屑緑内障,原因不明 の続発緑内障に対しての点眼薬物治療について解説 する.
現在,緑内障点眼薬は分け方にもよるが 9 系統あ る(図 1).これらの系統で考えただけでも非常に 多くの組み合わせができ,さらに,近年緑内障点眼 薬にも配合剤が誕生し,臨床における緑内障点眼薬 の選択を複雑にしている現状がある.しかし,基本 的には「緑内障診療ガイドライン」にあるように一 定の基準に基づいて点眼薬の選択がなされてい る3).眼圧を下げるためには房水産生を抑制するか 房水流出を促進すれば良い(図 2).房水流出の経 路には主経路と呼ばれる線維柱帯シュレム管経由房 水静脈へのルートと副経路と呼ばれるぶどう膜強膜
図 1 主な緑内障治療薬の分類
最近の緑内障治療
間隙を通るルートの 2 ルートがある.緑内障薬の作 用機序を考えるに当たって房水産生抑制と 2 つの房 水流出促進経路の 3 点を考えながら薬剤を選択して いく.眼圧下降の治療を行う前に,まず,患者個人 の未治療時の眼圧測定を行い,ベースラインとなる 眼圧値を得る.次に,どの程度眼圧を下降させる か,目標となる眼圧値を設定する.発症年齢や病期 などにより目標眼圧は個々の症例により異なるが,
ベースラインから 20 〜 30 %程度低い値を目標にす ることが多い.第一選択となる薬剤はプロスタグラ ンジン(PG)関連薬である4).PG 関連薬はぶどう 膜強膜(副流出路)房水流出を促進し,他系統の薬 剤と比較して眼圧下降率が高く,全身副作用が少な いことが利点として挙げられる.単剤で目標眼圧に 到達しない場合は,薬剤を変更あるいは追加する.
前述のように系統の違う薬剤をうまく組み合わせ,
患者個人にあった処方を選択していく.処方薬剤の 種類が多くなってくると患者のアドヒアランスが不 良になり,治療継続が困難となることも少なくな い.そこで,最近ではアドヒアランス向上の一手と して緑内障配合点眼剤が登場してきた5).現在,わ が国で処方できる緑内障配合剤には PG 関連薬とβ 遮断薬との合剤と,β遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬 との合剤がある.β遮断薬は喘息や慢性閉塞性肺疾 患,心不全では禁忌であるが,そのような合併症が なければ,緑内障点眼薬を多剤併用している患者に
とって合剤点眼薬はアドヒアランスの向上につなが る可能性がある5).
近年,ROCK 阻害薬を用いた緑内障点眼薬が国 内で開発され,通常の診療で使用できることになっ た6).Rho-kinase(ROCK)は低分子量 GTP 結合タ ンパク Rho の標的蛋白質として 1990 年代に同定さ れたセリン・スレオニンリン酸化酵素で,細胞収 縮,増殖,遊走などさまざまな生理機能に関与して いる.ROCK 阻害薬を眼局所に作用させると,主 経路における線維柱帯細胞の骨格・収縮変化,細胞 外マトリクスの産生抑制,シュレム管内皮細胞の巨 大空胞の増加などが促進され,結果として主経路か らの房水流出が促進され,眼圧が下降すると考えら れている7).視神経・視野障害に影響を与える因子 として眼圧以外に循環障害が重要視されている8). 基礎研究で ROCK 阻害薬は視神経乳頭血流の改善 効果を認めるとの報告もあり神経保護効果が期待さ れる9).以上より,ROCK 阻害薬はこれまでの緑内 障点眼薬とは作用機序の異なる新しい緑内障治療薬 として今後の展望が期待されている.
緑内障の手術療法
わが国では線維柱帯切開術と線維柱帯切除術が古 典的な緑内障手術として長らく行われているが,国 内においてチューブシャント手術が認可されて約 3 年経過し,緑内障手術は大きく変化してきている.
図 2 房水動態と緑内障治療薬の作用点
齋 藤 雄 太
また,近年では新しい緑内障手術として MIGS(micro invasive glaucoma surgeryまたはminimally invasive glaucoma surgery の略)と呼ばれるより低侵襲な 手術が登場してきた10).MIGS は①小切開による眼 内からのアプローチによるもの,②組織への侵襲が 少ない,③中等度の効果が得られる,④安全性が高 い,などを特徴とした術式である11).これらの新し い緑内障手術のうち特に当院で行っている 3 つの術 式(トラベクトーム・エクスプレス挿入術・バルベ ルト緑内障インプラント)について主に解説する.
トラベクトームⓇ
MIGS の一つで,角膜小切開によって眼内から線 維 柱 帯 を 切 開 す る 線 維 柱 帯 切 開 術(ab interno trabeculotomy)であり,従来の眼外からアプロー チする線維柱帯切開術(ab externo trabeculotomy)
と比較して,結膜を温存できるので将来の濾過手術 に影響を与えない点が有利である.米国では 2004 年に FDA の許可を得て,本邦では 2010 年に承認 された術式である.手術機器は本体とフットペダ ル,ハンドピースに分かれており,ハンドピース先 端をシュレム管内に挿入して,線維柱帯を電気焼灼 する12)(図 3).隅角鏡による隅角の観察が可能な開 放隅角緑内障やステロイド緑内障,落屑緑内障など がこの術式の適応となり,術後の眼圧値 15 〜 16 mmHg 程度を目標とした症例が対象となる13,14).
手術は粘弾性物質を前房内注入して前房の空間保持 をした後,耳側角膜切開創からハンドピースを前房 内に挿入して,隅角鏡を用いて創部より対側の鼻側 線維柱帯を直視下で観察しながら 90 〜 120 度程度 切開する.術中,線維柱帯を切開した箇所よりシュ レム管後方の集合管が露出して逆流性出血が見られ るが,ハンドピースの灌流・吸引機能により前房内 の視認性が確保される.トラベクトームは白内障手 術との同時手術も可能である.術後の前房出血所見 はほぼ必発であるが13),多くの症例で数日〜 1 週間 程度で自然吸収される.
エクスプレスⓇ挿入術
エクスプレス緑内障フィルトレーションデバイス
(アルコン社製)は,ステンレス鋼製の調圧弁を持 たない全長 2.64 mm,内腔 50 µm の緑内障ドレナー ジデバイスで15)(図 4),線維柱帯切除術と同様の手 順で強膜弁を作製後に,強膜ブロック切除をする代 わりにエクスプレスを前房内に刺入して,房水を結 膜下へ濾過させる緑内障濾過手術の一つである(図 5).本邦では 2011 年に承認された.線維柱帯切除 術と同様に白内障同時手術や緑内障手術既往眼でも 奏功する.エクスプレスの構造の特徴として前房側 には 2 つの房水流入口があり,エクスプレス先端の 流入口が虹彩などに嵌頓・閉塞した場合でも,もう 一方の流入口で対応でき,また,眼内外への脱落防
図 3 トラベクトーム
最近の緑内障治療
止のための「かえし」と「鍔(つば)」がついている.
現在は管腔内が閉塞する可能性のあるぶどう膜炎や 金属アレルギーのある症例,狭隅角眼には使用禁忌 となっている.また,MRI 検査において 3 テスラ までの磁場ではデバイスが動かないことが報告され
ている16,17).エクスプレス挿入術では線維柱帯切除
術の術式と比べて,周辺虹彩切除が不要であるため 術中の前房開放時間が短く,術後の前房出血の頻度 が低く18),術後炎症が少なく視力回復が早い19,20). また,エクスプレス内腔を通して房水濾過をするた め,術後の濾過量が一定であり,強膜ブロック切除 を行う線維柱帯切除術と比較して,術後眼圧値のば らつきが少なく20),術後低眼圧の割合も低い21).エ クスプレス挿入術の術後管理は線維柱帯切除術とほ
ぼ同様だが,レーザー切糸のタイミングはやや早 く,ニードリング時は強膜弁下から前房に針を刺入 できないなど幾つかの違いもある.特にエクスプレ ス挿入術では管腔閉塞が生じることがあり,前房内 の閉塞した管腔口に YAG レーザーを当てて再開通 させる手技もある22,23).エクスプレス挿入術の術後 成績は線維柱帯切除術と比較して,眼圧下降効果,
緑内障点眼数の減少,成功率に有意差はなく同等で あると報告されている18,20,21).
バルベルト緑内障インプラント
バルベルト緑内障インプラント(BGI)はシリコ ン製で,調圧弁を持たない内腔 300 µm のチューブ とプレートからなる緑内障フィルトレーションデバ
図 4 エクスプレス緑内障フィルトレーションデバイス
図 5 エクスプレス挿入術後,前眼部写真
齋 藤 雄 太
イスである(図 6).本邦では 2011 年に承認された.
チューブを前房内に留置する前房挿入型 BGI と硝 子体腔に留置する硝子体挿入型があり,プレートの 大きさは 350 mm2と 250 mm2がある(硝子体挿入 型は 350 mm2のみ).プレート部を眼球周囲に固定 して,チューブを前房内もしくは硝子体腔へ挿入す ることで,房水をチューブ経由で眼外のプレート部 まで導き,眼圧を下降させる.硝子体挿入型は必ず 硝子体手術により硝子体が取り除かれている必要が ある.海外では BGI の使用は以前より行われてい て,現在では緑内障の初回手術として施行された報
告も増えているが,本邦では,まだ使用経験が少な いという理由で BGI の適応は,線維柱帯切除術な どの既存の緑内障手術が奏功しない,もしくは施行 困難である場合などに限定されるべきであると緑内 障診療ガイドラインで述べられている24).また,眼 球運動障害やインプラントの露出・感染など線維柱 帯切除術とは異なった合併症がある25).線維柱帯切 除術と BGI を比較した TVT study では,術後 5 年 の時点での眼圧値,点眼数に有意差はなかったが,
累積手術不成功率は線維柱帯切除術群で 46.9 %,
BGI 群で 29.8 % と有意差があり,BGI ではより長
図 6 バルベルト緑内障インプラント
図 7 アーメド緑内障バルブ
最近の緑内障治療
期に眼圧下降効果が得られることが示唆された26). 海外でも当初は難治性緑内障へ BGI を適応してき た経緯から,BGI の手術成績が正しく評価されづら かったが,TVT study では線維柱帯切除術群と BGI 群の対象症例が同等であることから,BGI の手 術成績の良さと早期合併症発症頻度の少なさが証明 されることになり,今後,本邦でも BGI の適応症 例が拡大される可能性はある.
その他の緑内障手術
2014 年より承認されたアーメド緑内障バルブは 調圧弁を持つ緑内障フィルトレーションデバイス で,BGI と同様にチューブとプレートからなる(図 7). わ が 国 で は プ レ ー ト 面 積 が 184 mm2と 96 mm2の小児を含む短眼軸長眼用の 2 種類が使用可 能である.調圧弁があるため実験的には眼圧が 6 〜 8 mmHg 以下では弁が閉じて房水が流れにくく,
低眼圧を起こしにくい.アーメドとバルベルトの手 術成績を比較した ABC study では,術後 5 年目の 手術成績は同等であったが BGI 群で平均眼圧がよ り低く,再手術例が少なかったが,合併症によって 不成功となった症例数はアーメドの 2 倍であっ た27).合併症のリスクはあるものの術後眼圧を低く したい症例には BGI を,術後眼圧がやや高めでも 低眼圧などの合併症を抑えたい症例にはアーメドを 選択するのが良さそうである15).
また,海外では MIGS のうち眼内に器具を留置 する術式もいろいろと考案されている.線維柱帯へ 留置する iStent(2012 年 FDA 認可)やシュレム管 を拡張する Hydrus Microstent,上脈絡膜腔へ房水 流 出 を 促 進 さ せ る た め の CyPass,Gold Micro- Shunt な ど, 結 膜 下 へ 房 水 を 流 出 さ せ る XEN,
InnFocus などがあり,今後も新しい術式の登場に より緑内障手術の選択肢が増えると考えられる10).
文 献