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(1)

小学校における演劇教育の変遷 : 明治・大正・昭 和の演劇活動を手掛かりとして

著者 ?? みさと

雑誌名 東京家政大学博物館紀要

巻 22

ページ 1‑9

発行年 2017‑02

出版者 東京家政大学博物館

URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010377/

(2)

1.はじめに

平成20年(2008年)3月の学習指導要領の改訂で、文部科学省は変化の激しいこれからの社会を 生きるために、確かな学力、豊かな心、健やかな体の調和を重視する「生きる力」を育むという理 念を告示し、その理念を根幹として、知識や技術の習得とともに思考力・判断力・表現力等の育成 を重視することを提示した。そこでは「生きる力」を特定の科目において育まれるものではなく、学 校生活全体、また家庭や地域全体での多様な取り組みによって育まれるものと定義している。

筆者は、学習要領の改訂にて告示された「生きる力」を育むという理念に着目をして、修士論文

『小学校における演劇教育導入の意義ー演劇的手法を導入した国語科の授業に着目してー』に取り 組んだ。修士論文では、「生きる力」と演劇教育によって得られる効果の相互性を明らかにすると 同時に、国語科の授業に演劇教育を導入することによって、学習目標が達成することができるか、

どのような効果を得られることができるか、また期待されるのかを明らかにすることを目的とし た。その結果、演劇教育を授業に導入することによって、授業の目標を達成することはもちろん、

小学校の教育理念である「生きる力」の涵養にも繋がるということがわかった。

では、そもそも演劇教育というのは、どのようにして現在の日本の小学校に残り、取り扱われる ようになったのであろうか。今日、「演劇」という活動は、小学校教育の中で様々な形となってい る。それは、発表するものである「学芸会」や授業の中に取り入れられる「演劇教育」といったも のであるが、それらはその時代の中で日々進化しながら学校の中に取り入れられてきている。今日 までの歴史の流れの中で、演劇教育がどのように変容し現在に至るのかを考察することが本論文の 目的である。

2.研究目的

1903(明治 36)年に、日本で初めて子どものための演劇として「お伽芝居」が誕生し、大正期

小学校における演劇教育の変遷

  明治・大正・昭和の演劇活動を手掛かりとして  

髙﨑 みさと

The Development of Theater Education in Elementary Schools:

Theatrical Activities in the Meiji, Taisho, and Showa Eras Misato T

akasaki

児童学科 120-622資料室

(3)

髙﨑 みさと

2

半ばに「演劇」が小学校教育に導入されるようになってから、今日に至るまで、演劇は意義的にも 方法的にも多様な変容を遂げてきたといえる。そうした流れの中で、「演劇」には何が期待され切 望されてきたのであろうか。また、時代の潮流の中でその時その時どのような成果が示されてきた のであろうか。小学校教育における「演劇」がどのように変容してきたのか、その成果や課題を歴 史的変遷の中から明らかにしていく。

3.研究方法

1. 学芸会や学校劇などの変遷を辿りながら、小学校における演劇と教育の関わりについて、

「小学校」「学芸会」「劇活動」「演劇教育」をキーワードとして文献研究を行なう。

2. 教科と演劇活動との連携、また演劇的手法を応用した授業の取り組みについて文献研究を 行なう。

3. 我が国の演劇教育の実践家や研究者の功績について、文献より足跡を辿る。

4.結果

Ⅰ 演劇の教育的意義

Ⅰ-1 表現行為による自己の覚醒

岡田陽(1923-2009)は表現の意義について「表現するということは、人が生きていくために必 要な基本的課題の一つである。」

1)

と論じ、社会生活を営む上での基盤としている。なぜなら、感 情的にも身体的にも知的にも、人や社会と深く繋がりあうために欠かすことのできない行為だから である。

表現行為は、言葉や動作をはじめ様々な手立て(方法・技術)によって外へ表される。それは

「まず人間の内面(心といわれるもの、実際には脳の動きで一部)で「きれいだなあ」「あたたかそ うだなあ」「おもしろいなあ」などと感じ「あれをかきたい」「やってみたい」「こんなものをつく りたい」といった考えが働く。それをイメージといってもよい。人間はまず自分の内面に、あるイ メージをはっきりと、あるいは漠然と思い浮かべて、それをある技術(画く、塗る、作る、歌う、

弾く、たたく、動く、話す、書く)などを用いて外へ表す。」

2)

とする岡田の説明と解説(図1)に よって明らかにされているが、そうしたプロセスにみられる内面の覚醒現象は、個々の意識や意味 世界を他者に対して理解可能なものとさせていくとともに、自己肯定感を涵養し、行動力や思考力 の向上を可能にする。

図13)

内面(ウチ)   →   外化(オモテ)

(思考感情(イメージ)) → 技術 → (表現)

(4)

ブライアン・ウェイは、「自己を知るためには自己の総てをさらけ出してしまう必要がある。」

4)

と述べている。さらけ出すとは、自身の構想を隠し立てなく周囲に知らしめることである。そのた めには、内面にある思いや考えを屈託なく外化できる知識と技術、そしてそれを後押しすることの できる自信と勇気の覚醒が求められる。岡田の言う「自分の内なるイメージを、何らかの形で外へ 具体化すること」

5)

とは、そうしたプロセスの上に成り立つものなのである。

Ⅰ-2 疑似的経験による知の構築

高山は、場面やストーリーの中に身をおき、実際に自分とは異なる人物になる体験について「他 人の言動を自分のからだで演じてみることは、その人物の心情にふれる体験でもある。」

6)

と述べ ている。これは、演劇という体験が「その人物はもちろんのこと、彼/彼女がおかれている状況や 担っている役割が身近に感じられ、学習テーマに対する理解がより深まっていく」

7)

ことを促すこ とであり、実際に自分自身では経験ができないこと、物語の中での出来事などに対して、登場人物 として物語に関わることで、様々な問題と正面から向き合うことを示唆することでもある。つま り、演劇という体験の積み重ねは、新たな学びへの心情・意欲・態度の向上へと繋がり、「生きる ための練習」となって、子どもたちの知の構築を建設的に助長する可能性をもつのである。

Ⅰ-3 「生きる力」の涵養と定着

平成 8 年の中央教育審議会答申では「生きる力」とは、「基礎・基本を確実に身に付け、いかに 社会が変化しようと、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよ く問題を解決する資質や能力、自らを律しつつ、他人とともに強調し、他人を思いやる心や感動す る心などの豊かな人間性、たくましく生きるための健康や体力」

8)

のことであると提言されたが、

21 世紀を迎え「新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活 動の基盤として飛躍的に重要性を増す」

9)

、いわば知識基盤社会の時代の到来に伴い、平成20年の 学習指導要領の改訂では「生きる力を支える確かな学力、豊かな心、健やかな体の調和のとれた育 成」

10)

を重視することとなった。

したがって、学習指導要領では、

(1)新しい学習指導要領が全体として目指すところは〔生きる力〕の育成であること。

(2) 〔生きる力〕とは「子どもたちが将来の職業や生活を見通して、社会において自立的に生 きるために必要な力」をいうこと。

(3) 〔生きる力〕の基盤となる「確かな学力」「豊かな心」「健やかな体」が調和よく育まれる べきであるということ。

(4) 特に「確かな学力」については、「習得・活用・探究」という段階を経て、しかもそれが

一方通行ではなくて、双方向に働くような学びであること。

(5)

髙﨑 みさと

4

(5) 〔生きる力〕の育成で、各教科に共通して大切にすべき事項は、子どもたちが自信を取り 戻し学習意欲を高めるために行なう「言語能力の重視」と「体験活動の充実」であるこ と。

11)

といった5つの方針が提示され、それまでの「[ゆとり]の中で[生きる力]」をはぐくむことを重視 する」

12)

といった教育の在り方から、「知識・技能の習得と思考力・判断力・表現力等の育成のバ ランスを重視する」

13)

考え方への転換を示唆することとなった。

すなわち、小学校教育において、生きる力を涵養、定着するためには、世相に対する理解や洞察 が必要であるが、一方で狭義な知識の分散的習得から総合的且つ統合的に知識を受容していく経験 が必要とされるのではないだろうか。そうした意味で、服部

14)

の考え方は興味深い。服部は、演 劇の教育効果について、

*演劇は思考力を育み、心と身体の活性化を図り、精神の柔軟性や想像力を豊かにする。

* 自らの表現力を高めると共に相手を受け止める姿勢を身につけ、コミュニケーション能力も 促進する。

* 集団における共同活動の困難さを克服し、共に創造する喜びを体験することによって、強い 友情と達成感を持つことができる。

* 演劇という日常とは異なった環境を体験することで、新しい自分を発見し、人間力が養わ れる。

*人生の中で大切な、多くの人に多くの感動を与える力が身につく。

15)

と解説しているが、これは「生きる力」の理念実現に向けての手立てともとれる。

つまり、演劇的手法を学習活動に導入することは、学習者である子どもたちの、思考や探究心に 刺激を与え、心身の活性化を助長し、想像力や表現力の向上に貢献し、他者の考えや想いを受容す るなどのコミュニケーション能力を促進させ、協働性を涵養することで、他者との関係性を豊かな ものとし、自己を再発見するなど、学習活動の幅を広げ、教育の質向上を可能にするための概念と も取れる。

Ⅱ 日本の演劇教育の歴史と現状

Ⅱ-1 日本で初めての子どものための劇

1903(明治 36)年、川上音二郎・貞奴一座によって「お伽芝居」という、日本で初めての子ど ものための劇が誕生した。「お伽芝居」は、「お伽ばなし(口演童話)」の創始者である巌谷小波が、

ドイツの児童文学を手掛かりに書いた『春若丸』という戯曲を発表したのが始まりとされている。

このときの「お伽芝居」とは、子どもが自ら演じるものではなく、「大人が「子どもにみせるた

め」に作った演劇」

16)

である。

(6)

「お伽芝居」が始まった時代、教育関係者は「お伽ばなし」の教訓性が弱いと感じていたようで あるが、巌谷は教育が目的とされている演劇ではないと考えていた。巌谷にとっての「お伽ばな し」とは、子どもの生活の中で、「子どもの食事にとっての「菓子」や「果物」に位置するもので、

害のないばかりか子どもの心身の発達を促すもの」

17)

としていた。つまり、情操教育としてお伽 芝居の価値を見出していたのである。

Ⅱ-2 坪内逍遥による子ども劇

小説家、評論家、翻訳家、劇作家である坪内逍遥は、児童劇について大正 12 年刊行の『児童劇 論』の中で「児童みづから演ずる児童みづからの劇」

18)

と唱えた。坪内は児童劇を、「児童の娯楽 なり教養なりのために、ある団体が演ずるもの」

19)

、「形式は普通の児童劇に似ているが、その内 容はむしろ成人向きのもの」

20)

、「今現に内外の幼稚園や家庭や小学校などで、子ども自身をして 演ぜしめるものと同じ系統」

21)

の三種類に分類し、その中でも三つめこそが児童劇の本領であると 考えた。すなわち、児童劇を児童のための、児童の演劇であるべきと主張していたのである。さら に、演劇または芸術による全人教育や、児童劇の場を家庭におくことも理想としていたのである。

Ⅱ-3 全人教育と学校劇

小原は、全人教育論の中で「教育の内容には人間文化の全部を盛らねばなりませぬ。ゆえに、教 育は絶対に「全人教育」でなければなりませぬ。」

22)

と論じている。全人とは、小原が理想とした 教育の構造原理である。小原は、教育の理想として「真・善・美・聖・健・富の六つの価値を創造 すること」

23)

と、人間文化の6つの領域「哲学(学問)、道徳、芸術、宗教、身体、経済」

24)

を結 び付けようとしたのである。

岡田は、小原の全人教育思想を「オーソドックスな価値体系論と人間学的な新鮮さを併せ持つ、

きわめて魅力的なもの」

25)

としながら、「人間存在を全的なものと認め、哲学的な価値体系を基盤 とした調和的な構造を志向し、知育徳育とともに、人間の情的なる部分、肉体としての部分、そし て現実に生きるものとしての部分をもあわせ見すえるダイナミックな人間観を打ち出す」

26)

主張 と説いている。そのため小原は、理想の実現に向けて多面的・重層的な手立てを講じた。それこそ が芸術による教育の浸透であり、芸術教育による全人教育の具現化であった。しかしながら小原は

「芸術教育さえやれば人間教育が出来るなぞと極端なことは決していわない。正しきまでに、真実 までに帰り来るために芸術教育を高潮する」

27)

として、総合芸術としての学校劇の効用を主唱し、

真の人格づくり、遊戯の教育的価値、劇的本能の啓発と培養、純真な芸術的表現の発露、感情の純 化、倫理観の涵養、学校生活の文化化、などを目指したのである。

小原は大正8年に広島高等師範付属小で紀元節の催し物として学校劇を取り入れたとされている。

学芸会を「学校劇」と銘打ったことが引き金となって、瞬く間に学校劇は全国的に広がっていっ た。当時、小原は学校劇の効用について「私は、やはり、童話劇だの、童謡劇だの、児童劇だの、

家庭劇だの、歌唱劇だの、教育劇だの、お伽劇だのいう名前以上に、もっと大胆に思い切って尊重

(7)

髙﨑 みさと

6

Ⅱ-4 倫理教育と児童劇

旧制早稲田大学中学の設立に参画、1895(明治 28)年に教頭として就任した坪内は、道徳と外 国語教育に特色を持つ教育を目指し、現在の道徳教育にあたる倫理教育を担当した。坪内は授業の 中で「人とは、二人を最小の社会とし、全人類の協同を最大の社会とす」

30)

、「協同する人間の集 団が社会」

31)

といった倫理教育の基本にふれるとともに、「忠恕」、いわば「真心を尽くして他人 を思いやること」

32)

や「口と心を一本につらぬく真心、いつわりのない誠」

33)

、そして「人の悲 しみをわが悲しみとし、喜びはともに領ち合うべきこと」

34)

の重要性を生徒に訴えかけた。

岡田はそうした坪内の考えや方法論に対して、「情育としてのあり方こそ彼の倫理教育であり、

図2 29)

平 面 的

絵 画

空 間 的 芸 術

彫 刻

立 体 的

建 築

舞 踊

感 官 的

器 楽

音 楽

声 楽

( 舞 台 芸 術

時 間 的 芸 術

詩 歌

中 枢 的

文 芸

小 説

戯 ( 曲 脚 本)

科 学 上 の 光 学 的 装 置

俳 優 の 現 身 芸 術

し、家庭においては無論のこと、教育劇だのという消極的な手段的なものだけでなく、さらに単に 娯楽的な意味だけでもなく、以上掲げた諸種の名目の有するすべての意味を含みながら、それ以上 に尊重し、当然、学校生活にも、とり入れねばならぬものだと信ずるからである。」

28)

と述べてい るが、脚本の新鮮さと巧みさ、そして子どもたちの演技の技巧に走らない自然さは当時の多くの教 師たちに驚きを与え、教育の新境地として強い共感をもたせた。

また、小原は劇(総合芸術)を図2に照合させ、芸術群における劇の成り立ちを視覚化するとと

もに、劇のもつ総合性や重層性についても具体化をはかっている。

(8)

児童のための演劇教育のイメージ」

35)

と解説しているが、演劇によって人の倫理観を涵養しよう としていたことこそ、坪内の目指す演劇の根幹といえよう。

Ⅱ-5 学校演劇の誤解と偏見

岩崎の「戦後まもなく、日本中の学校に演劇ブームが巻き起こった。現場の先生たちによる演劇 研究団体や組織が、日本各地に雨後の竹の子のように生まれた。演劇指導の講習会が各地で開か れ、子供用の劇の脚本集があちこちの書店から矢継ぎ早に刊行され、飛ぶように売れていった。」

36)

との解説は、戦後の学校と演劇の関係性を見る上で興味深い。日本中で演劇が学校に取り入れ られていた戦後間もない頃、第二次改訂の学習指導要領の国語には、動作化をする、劇化をする、

劇などをすると記載されていたからである。学習指導要領とは、法的な規制力を持つものであり、

教師はそれを遵守しながらして授業を進めていた。したがって、学習指導に「劇」という言葉があ ると、積極的に授業で取り入れることができ、その結果、学校での演劇ブームが巻き起こったので ある。しかし、1968 年(昭和 43 年)に行なわれた、第三次改訂では、教育方法として重んじられ ていた「劇」という言葉が学習指導要領から消去されるに至った。これは、学習指導要領の内容の 読み取りに要因がある。学習指導要領をみると国語科には「ことば教育」という展望乃至精神が存 在する。それは学習指導要領の改訂においても揺るがなかった。しかし、学習指導要領の内容は時 代とともに刻々と変化している。その一つが「劇」に関する項目である。戦後まもない頃の学習指 導要領は「指導用の参考書として現場ですぐ役立つようにと、指導事例や注釈、参考事項までが載 せられた懇切丁寧なものであった。」

37)

とあるように、学習指導要領さえ読めば、教育現場で指導 ができるようなものになっており、国語に関していえば、(話すこと)の活動事項として「やさし い文学作品の発表や劇をすることができる」と記されていたのであった。

第二次改訂においては、活動実施が難解の場合は取り下げることを示唆する文言が記述された が、内容の、聞くこと、話すこと、読むこと、書くことの指導事項としては、「動作化する」「劇化 する」「劇などをする」ことが望ましいと記されている。しかし、第三次改訂では「劇」という文 言は記述されていない。それは、「現場の実態に合った指導方法を現場の先生たちに工夫してもら う」

38)

ため、具体的な活動例を挙げるのをやめ、「活動事項」という名で現場の実態に合った指導 方法を教師の創意工夫に委ねるためである。

こうした改訂により「学習指導要領の字面だけを見た先生たちの中に、劇、劇化は除外され、

やってはならないものになったと読み取るものが多く出て来た。」

39)

ことは事実である。多くの教 師が、そう読み取ったことによって、この考えが一般化され、日本中の学校から「劇」が消えた原 因になっているのである。

5.考察

演劇教育の目的は、以下の8つの点に要約されると富田は考えている。

(9)

髙﨑 みさと

8

(1)演劇は総合芸術であるから、総合的な教育の場として役だつ。

(2)演劇本能、遊戯本能を充足させることができる。

(3)経験をひろげ、人生への態度を学ばせることができる。

(4)視聴覚教育の一つの方法として、学習に役だてることができる。

(5)自発性、創造性をやしなうことができる。

(6)全人教育、情操教育として役だつ。

(7)社会性、協同性をそだてることができる。

(8)ことばづかい、表情、動作などをみがくことができる。

40)

「子どものための演劇」というものは、「子どもを観客とする劇」から始まった。「大人が「子ど もにみせるため」に作った演劇」の一つである「お伽芝居」や、日本の児童演劇を取り巻く状況 は、子どもの視点に立ったものではなかった。それだけではなく、子ども自らが演じるものでもな かったのである。それは、明治維新の大変革によって演劇界に大きな変化がもたらされ、江戸時代 の町人や一般庶民の演劇として栄えていた「歌舞伎」の在り方が変化していく中で、「新演劇」と いうものが起こったという背景にも影響されたのであろう。巌谷は「お伽ばなし」の価値を情操教 育であるとしていたが、それと同時に「文学」として確立しようとしていた。そして、「大人が

「子どもにみせるため」に作った演劇」である、「お伽芝居」や「宝塚少女歌劇」、新劇関係者に よって始められた「童話劇」が盛んであった背景が、いつしか演劇的な教育活動の発展へと繋がっ たのである。

坪内は「お伽芝居」を、子ども不在の芝居であるとし、児童演劇の改革運動に取り組み、児童自 らが作る劇に「児童劇」という名称をつけ、その後広く普及した。坪内が奨励していた児童劇と は、「今現に内外の幼稚園や家庭や小学校などで、子ども自身をして演ぜしめるものと同じ系統」

であるが、これは、現在でいう「学芸会」や「学習発表会」などで行われる劇ではなく、児童が児 童のために行われる劇、すなわち「演劇的活動」であると考えられる。現在の小学校教育の中に取 り入れられている演劇教育は、日本の教育者や研究者の考えをもとに、人に見せるための演劇と、

日常の生活の中に取り入れられている演劇が互いに作用しあって存在しているのだといえよう。

6.今後の課題

本研究によって、小学校において演劇教育がどのように変容し現在に至るのかが明らかとなっ た。今後は、今日の小学校において、どの程度演劇教育が実践され、効果をもたらしているのか、

授業に演劇教育を導入する際の方法論を検討することが課題であると考える。

1) 岡田陽(1994)「子どもの表現活動」玉川大学出版部,P.9.

2) 前掲,P.9.

(10)

3) 前掲,P.9.

4) ブライアン・ウェイ,岡田陽/高橋美智訳(1977)「ドラマによる表現教育」玉川大学出版部,P.153.

5) 岡田陽(1994)「子どもの表現活動」玉川大学出版部,P.9.

6) 高山昇(2010)ドラマ教育のデザイン,小林由利子・中島裕昭・高山昇・吉田真理子・山本直樹・高尾 隆・仙石桂子「ドラマ教育入門」図書文化,P.129.

7) 前掲,P.129.

8) 文部科学省「小学校学習指導要領解説 総則編」2008年8月,P.3.

9) 前掲,P.1.

10) 前掲,P.3.

11) 服部一枝(2010)「〔生きる力〕と『演劇』」日本橋学館大学紀要 第9号,P.55.

12) 文部科学省「小学校学習指導要領解説 総則編」2008年8月,P.89.

13) 前掲,P.3.

14) 服部一枝:開智国際大学総合文化学科教授,専門分野は平安時代和歌文学,国語教育.

15) 服部一枝(2010)「〔生きる力〕と『演劇』」日本橋学館大学紀要 第9号,P.59.

16) 南元子(2014)「近代日本の幼児教育における劇活動の意義と変遷」あるむ,P.36.

17) 前掲,P.17.

18) 岡田明(1985)「ドラマと全人教育」玉川大学出版部,P.18.

19) 日本児童演劇協会「日本の児童青少年演劇の歩み―100年の年表(1903〜2003),P.298.

20) 前掲,P.298.

21) 前掲,P.298.

22) 小原國芳(1969)「全人教育論」玉川大学出版部,P.10.

23) 前掲,P.10.

24) 岡田明(1985)「ドラマと全人教育」玉川大学出版部,P.12.

25) 小原哲郎(編)(1985)「全人教育の手がかり」玉川大学出版部,P.46.

26) 前掲,P.46-47.

27) 岡田明(1985)「ドラマと全人教育」玉川大学出版部,P.182-183.

28) 小原國芳(1963)「学校劇論」玉川大学出版部,P.355.

29) 前掲,P.341.

30) 日本児童演劇協会「日本の児童青少年演劇の歩み-100年の年表(1903〜2003)」,P.299.

31) 前掲,P.299.

32) 明鏡国語辞典.

33) 日本児童演劇協会「日本の児童青少年演劇の歩み-100年の年表(1903〜2003)」,P.299.

34) 前掲,P.299.

35) 前掲,P.299.

36) 岩崎明(1993)「演劇は学校で何ができるのか-実践的演劇教育論-」社団法人 日本児童演劇協会,

P.19.

37) 岩前掲,P.30.

38) 前掲,P.36.

39) 前掲,P.37.

40) 冨田博之(1958)「演劇教育」国土社,P.12

謝辞

本論文の執筆にあたって、ご多忙の中、ご指導いただきました東京家政大学の花輪充教授に心柄感謝の意 を表します。

参照

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