Effects of climate change on geo-disasters
安原 一哉
1 *・小峯 秀雄
1・村上 哲
1・陳 光斉
2・三谷 泰浩
2・田村 誠
3Kazuya YASUHARA1*, Hideo KOMINE1, Satoshi MURAKAMI1, Guangqi CHEN2, Yasuhiro MITANI2 and Makoto TAMURA3
1茨城大学工学部都市システム工学科・2九州大学大学院工学研究院・3茨城大学地球変動適応科学研究機関
1Department of Urban and Civil Engineering, Ibaraki University
2Graduate School of Civil Engineering, Kyushu University
3Institute for Global Change Adaptation Science, Ibaraki University
摘 要
温暖化の影響の最悪のシナリオの一つとして、温暖化による現象と地震など他の現 象が同時に起こった場合に、今までなかったような複合的な災害になる恐れがあり、
さらに、その頻度が増えることが懸念されている。本稿では、このような観点に立っ て、気候変動に起因する自然災害のうち、複合地盤災害への影響評価について検討し た結果を報告する。まず、温暖化による海面上昇によって河川汽水域が拡大する影響 を検討した結果、河川堤防の強度が低下することを示すとともに、地域によって堤防 の機能低下の要因が異なってくることを明らかにした。次いで、海面上昇と降雨特性 による地下水位の上昇を受けた沿岸域の砂地盤の液状化の危険性が高いエリアが増大 することを示した。さらに、降雨と地震が複合して生じる場合は斜面の中規模崩壊お よび表層崩壊のリスクが極めて高くなるが、深層大規模崩壊のリスクはそれほど高く ならないことを指摘した。最後に、これらの成果に基づいて、個々の事情に応じた地 盤災害適応策の考え方を示した。
キーワード: 温暖化、気候変動、地盤災害、将来予測、適応策、複合災害 Key words: global warming, climate change, geo-disaster, future prediction,
adaptation, compound disaster 1.はじめに
温暖化によって人間が居住する地域のうち、最も 影響を受けるのは沿岸地域と河川の沿岸域と考えら れる。とくに、温暖化によって台風の数が増えたり 大きくなったりすると、最も影響を受けるのは海岸 沿岸域である。その影響も要因が重なり合うと、災 害が大きくなることがある。このように要因が重な り合って生じる災害を、ここでは複合災害と呼び、
これを重視している。図 1はこのような複合災害 を模式的に示したものである。
ここで言う複合災害は、水にかかわる災害(水災 害)と土や地盤にかかわる災害(地盤災害)に大別さ れる。また、このような複合災害は図 2に示すよ うに、温暖化の要因が重なり合って起きるものと、
温暖化にかかわる要因と温暖化に関係しない現象が 重なり合って生じる災害に分けられる。この複合災 害の事例としては、以下のようなものが考えられる。
1)海面上昇を受ける沿岸域に大きな台風が襲って
きたために、高潮氾濫が拡大するというように、
温暖化による複数の現象が重なり合って生じる 大きな災害
2)温暖化によってもたらされる海面上昇や集中豪 雨と、温暖化とは無関係の地震などの変動が重 なったときに起きる災害
とくに、わが国の大都市は沿岸域の低平地に立地 していることなどもあって、自然の脅威には脆弱で ある。したがって、これらを予測して、対応策や適 応策を考えておくことが重要である。
温暖化の影響の最悪のシナリオの一つとして、上
記2)の温暖化による現象と地震など他の現象が同
時に起こった場合に、今までなかったような複合的 な災害になる恐れがあり、さらにその頻度が増える ことが懸念されている。
例えば、約1カ月続いた長雨の後に大きな地震が 起こった2004年の新潟中越地震は複合災害の典型 である。地震が起きる直前まで異常な降雨が続き、
丘や山に雨水が蓄積され、崩れやすくなっていた。
受付;2008年11月15日,受理:2009年4月27日
* 〒316-8511 茨城県日立市中成沢町4-12-1,e-mail:[email protected]
そこに大きな地震が起こり、斜面崩壊が約四千カ所 で発生した1)。この事例が極めて異常な事態である か、異常が正常化することを示す事例であるかは議 論のあるところであるが、このことを含めた年間の 土砂災害の事象数と時間あたり50 mmの降雨があ った回数の関係を調べてみると図 3のような傾向 があり、2004年はこのトレンドの範囲にあること が分かる。図 3の意味するところは、50 mm/hrの 降雨強度の回数が増えるのに伴う、土砂災害の頻度 の増え方は直線的ではなく指数関数的である、とい う事実である。
地球は今、地震が多発する「大地動乱の時代」2)に 入っていると言われており、そこに温暖化による異 常気象による事象が重なろうとしているとも考えら れる3)ことから、2004年新潟中越地震のような事例 が再発する可能性もなしとは言えない。
一方で、沿岸域の地下水位は集中豪雨によって一 時的に上がる短期的要因と、近年、上野駅や東京駅 の地下駅舎が持ち上がる危険性がある事例4)のよう に、地下水位がゆっくりと時間をかけて上昇すると いう長期的要因がある。併せて、温暖化に伴う集中 豪雨が増えると、地下水位を急激に増加させるので、
液状化が起きる危険性が高まる。また、海水が河川
を遡上することによって河川堤防に影響を与える可 能性もある。
地球温暖化はこのように地盤災害を加速する危険 性がある。しかしながら、このような視点で総合的 に研究を遂行した事例は過去にはほとんど見当たら ない。本稿ではこのような気候変動に起因する自然 災害のうち、地盤災害に焦点を当て、二つの機関(茨 城大学、九州大学)でその影響評価、経済的損失評価、
および適応策について、過去3年間にわたって検討 してきた研究成果の概要を紹介したい。
2.河川堤防の影響評価
2.1 河川堤防の脆弱性評価方法
地球温暖化に伴う海面上昇が生じると、海水が河 川を遡上することが予想され、河川下流域に位置し ていた汽水域が上流側に拡大する可能性がある(図 4)。
このような事象が生じた場合には、重要な防災施設 である河川堤防に影響を及ぼすことが考えられる。
地球温暖化による社会基盤施設の脆弱性定量評価が 求められている現状から、上記のような河川堤防に 着目した調査が必要であるとともに、その脆弱性を 改善するための適切な適応策の選定も求められてい 図 3 年間土砂災害数と年間 50 mm/hr 以上の降雨回数の関係.
温暖化関連
温暖化非関連
海面上昇 台風の 大型化 集中豪雨
脆弱な自然基盤 脆弱な社会基盤・背景
複合的な災害
複合的 水災害 複合的
土災害
地震 地盤沈下
潮汐変動
図 2 温暖化によって引き起こされる複合災害のまとめ.
図 1 考えられる複合災害の概念図.
る。
地球温暖化による河川堤防への影響評価では、
図 5に示す全国の河川堤防を構成する土を収集し、
それらの土のコンシステンシー(水を含むことによ る変形のしやすさ)と圧縮性(変形のしやすさ)を調 べる実験結果に基づき、海面上昇に伴って河川に塩 水が遡上することによる河川堤防の劣化や損傷のメ カニズムを明らかにした5)。
また、河川堤防の降雨に対する脆弱性を評価する ことを目的として、土の保水性(土のもつ水の保持 しやすさ)を調べる試験を行った。各地域の河川堤 防を構成すると想定される土質材料の保水性能デー タベースを作成するとともに、その結果に基づき、
概略的ながら日本全国レベルでの河川堤防の降雨に 対する脆弱性の表示を行った6)。
2.2 河川堤防脆弱性
図 5に示した日本各地より、河川堤防への利用 が想定される土質材料9種類を採取し各種実験に供 した。今回選定した9種類の土質材料は、本研究チ ームが実際に採取できる状況にあり、また、生成・
堆積環境が異なるものを選んだ。図 5に示すよう に、日本の各地域に分布している土質材料であり、
現時点では、おおよそ、日本全体の傾向を把握でき るものと考えている。実験結果から予測される脆弱 性は図 6に示す通りである。これによれば、海面 上昇に伴う河川汽水域の拡大による堤防堤体材料へ の影響は以下の通りである。
1)北海道:堤防堤体材料では強度低下、圧縮性の 増加・透水性の上昇が考えられる。予想される 破堤パターンは、浸透・越水破壊である。
2)関東・信越地方:堤体材料の透水性の低下が予 想される。予想される破堤パターンは、残留水 圧による堤体損傷である。
3)中国地方:堤防堤体材料では強度低下、圧縮性 地球温暖化/海面上昇
河口部の海面上昇 河川部の汽水域拡大
堤防/川岸への影響
海水/汽水 海水/汽水
図 4 地球温暖化/海面上昇による河川における 汽水域の拡大のイメージ5),6).
図 6 河川汽水域の拡大による堤防堤体材料への 影響マップ5),6).
図 5 河川堤防の脆弱性を検討した土サンプルの 採取場所と土の名称5),6).
図 7 河川堤防堤体材料の降雨に対する脆弱性評価と 対策マップ5),6).
の増加・透水性の上昇が考えられる。予想され る破堤パターンは、浸透・越水破壊である。
4)九州地方:堤体材料により透水性上昇と低下、
圧縮性の増減が異なる。予想される破堤パター ンは、浸透・越水破壊または残留水圧による堤 体損傷が主なものである。
次に、図 7は、脆弱性評価結果とそれぞれの対応 策をマップとして表示したものである。これによる と、各地域の河川堤防堤体材料の降雨に対する脆弱 性評価と対策としては、以下のことが考えられる7)。
1)北海道:降雨により堤体内に浸水した水が排水 される際に、堤防堤体材料の強度が急激に低下 する。このことから急な法面崩壊などが生じる 可能性がある。対策として、排水対策が考えら れる。
2)関東・信越地方:関東地方は、比較的保水性の 高い土質材料であり、比較的脆弱性は低い。一 方、信越地方では、降雨により堤体内に浸水し た水が排水される際の河川堤防堤体材料の体積 収縮量が大きい。このことから余裕高が減少す る可能性がある。対策として、余盛りが考えら れる。
3)中国地方:堤防堤体材料の保水性が低い。この ことから、降雨に対する脆弱性は高く、法面の 急な崩壊や体積収縮が生じる。対策として、遮 水対策が考えられる。
4)九州地方:堤防堤体材料の保水性が低い。この ことから、降雨に対する脆弱性は高く、法面の 急な崩壊や体積収縮が生じる。対策として遮水 対策が考えられる。とくに鹿児島地区では、保 水性の低下、強度の急激な低下、著しい体積収 縮が生じる可能性があり、総合的な対策が必要 と考えられる。
なお、図 6と図 7に基づいて得られた知見は、
いつの時点でこのような結果になるかを示すような 評価のレベルには達していないことを付記する。
3.液状化危険度評価
3.1 評価方法
地球温暖化による海面上昇を受ける沿岸陸域地盤 では、地震による地盤の液状化危険度の増加、堤防 や護岸、防波堤など沿岸構造物の安定性の低下、さ らには、地下水位以浅に存在していた土壌汚染物質 の水浸による拡散などの地下水位上昇に起因した問 題、加えて、比較的高い塩分濃度の地下水が内陸部 へ拡大するといった地下水の塩水化の問題が指摘さ れている3),8),9)。したがって、温暖化に伴う海面上 昇や気候変動に伴う集中豪雨が引き起こす沿岸域地 盤の地下水位上昇を予測し、地下水位変動を考慮し た地域の防災能力の診断技術の確立が必要である。
地下水位変動に起因する地盤災害のうち、地下水位
上昇後の地震時における液状化危険度に着目し、気 候変動に対する影響評価を行った。対象地域は、東 京湾沿岸域である。
ここで行った影響評価方法は、次の通りである。
まず、対象地域における地盤情報データベースを活 用した地盤構造モデリングを行う。そして、海面上 昇や気候変動に伴う沿岸域地盤での地下水位上昇量 を有限要素法を用いた2次元不圧地下水流動解析手 法により予測し、海面上昇・気候変動前後における 液状化危険度の変化を算出することによって、海面 上昇に伴う沿岸域地盤の地震時脆弱性評価を行うも のである10)。なお、想定した降雨には、気象庁提供 による気候統一シナリオ(RCM20)を用いた11)。 3.2 地震時液状化に及ぼす温暖化と気候変動の
影響評価
海面上昇に伴う沿岸域地盤の地下水位上昇量によ り、海岸線のみならず、河川沿岸域においても影響 を受けることが想像される。このため、海面上昇に 伴う液状化危険度の変化は、海岸沿岸地域に近いほ ど、また、内陸では河川沿岸に近いほど液状化の危 険性が増大する可能性がある。一方、気候変動によ る降雨の変化については、降水量が増大する地域の 内陸部においては、地下水位を上昇させることにな る。このため、集中豪雨が増大する地域においては、
内陸部における地下水位上昇による液状化危険度が 増大する。地震による地盤の液状化現象は、建物倒 壊の危険性の増大、下水管などの地中構造物の浮き 上がりや地盤の側方流動を伴った建物基礎や橋梁の 落下、地盤沈下などの被害の要因であり、気候変動 がこの液状化危険度に及ぼす影響の程度を知ること は、地域の地震地盤災害を把握する上で極めて重要 である。
ここでは、気候変動による降水量の増加が予測さ れている地域として、東京湾沿岸域の鶴見川、多摩 川で挟まれた川崎市と横浜市の地域を検討の対象と した。影響評価方法は、対象地域における地盤情報 データベースを活用した地盤構造モデリングを行
表 1 現状に対する液状化危険度レベルの面積変化10). PL値区分 海面上昇後 降雨特性の
変化 海面上昇と降 雨特性の変化 0<PL≦5
(Rank1) 1.03 0.98 0.93 5<PL≦15
(Rank2) 0.98 0.95 0.87 15<PL≦25
(Rank3) 1.09 1.11 1.06 25<PL
(Rank4) 1.14 1.27 1.42 PL値と液状化による影響12)
PL=0:液状化による影響はない
0<PL≦5:液状化による影響は小さい
5<PL≦15:液状化による影響が大きい 15<PL:液状化による影響が非常に大きい
い、海面上昇や気候変動に伴う沿岸域地盤での地下 水位上昇量を有限要素法による2次元不圧地下水流 動解析手法11)により予測し、海面上昇・気候変動前 後における液状化危険度の変化を算出することによ って、海面上昇に伴う沿岸域地盤の地震時脆弱性評 価を行うものである。液状化危険度の評価には地下 水位を含めた地盤の状態によって算出されるPL値12)
(表 1参照)を用いた。なお、想定した降雨は、気象
庁提供による気候統一シナリオ(RCM20)によるも のであり、海面上昇量はIPCC第3次報告13)による 予測に基づき、2100年で88 cmとした。
図 8(a)は現状における液状化ハザードマップで ある。これに対し図 8(b)は海面上昇を考慮した液 状化ハザードマップである。海面上昇に伴う海岸線 付近の液状化危険度が増加しているとともに、河川 沿岸域でも液状化危険度が増加することが分かる。
(a)現状(1990年)
(b) 海面上昇量のみ考慮(2100年)
(c)降雨特性の変化のみ考慮(2081〜2100年)
(d)海面上昇と降雨特性の変化を考慮
(2081〜2100年)
図 8 液状化危険度の変化10).
変化なし Rank1 から Rank2 へ Rank2 から Rank3 へ Rank3 から Rank4 へ
液状化危険度の変化
図 9 液状化危険度区分の変化領域10).
このことから、海面上昇による沿岸域地盤が影響を 受ける地域は、海岸線付近だけでなく、潮汐変動を 受けるような河川下流域沿岸部でも液状化の影響を 受けることが分かる。
一方、図 8(c)は、降雨の影響を考慮した場合の 液状化ハザードマップである。これによれば、海面 上昇のみの場合より、河川沿岸域においてより内陸 に向かって液状化危険度が増大していることが分か る。すなわち、気候変動による海面上昇では海岸・
河川沿岸域において、降雨特性の変化では内陸部に おいて、それぞれ影響が異なることが分かる。この ように、降雨特性の変化によって、液状化の危険性 が高い地域が増大することが分かる。表 1はそれ ぞれの液状化危険度地域の変化率をまとめたもので ある。
実際は、気候変動による海面上昇および降雨特性 の変化が同時に起こることから、両者の影響を考慮 した図 8(d)が将来起きる可能性が最も高い結果を 示したものであると考えられる。さらにこれらの結 果に基づいて、液状化危険度区分の変化領域を図 9 に示している。これから、対象地域においては、温 暖化による海面上昇と気候変動による降雨特性の変 化によって、液状化の危険性が高い地域が増大する ことが分かる。とりわけ、海岸沿岸域だけでなく、
河川沿岸域においてもその危険性が増大することに 注意を要する。
4.温暖化・気候変動による斜面災害リスク評価
4.1 斜面災害リスク評価方法
温暖化に起因する異常気象としては、台風の大型 化や集中豪雨の増加などが考えられる。台風・豪雨 は人間や社会資産に甚大な被害をもたらす(直接経 済損失)。また、豪雨は斜面崩壊の主な誘因となり、
斜面災害による経済損失をもたらす(間接経済損 失)。温暖化の影響を検討するため、これらの経済 損失を予測し、これらの結果を考慮した適応策を提 案することが非常に重要である。
ここでは、まず、温暖化に起因する台風の大型化 による経済損失の増加リスクを評価するために、過 去のデータを用いて、台風の大きさ(強さ)と経済損 失率(損失額/資産額)の相関を分析し、台風の大き さによる経済損失の推定モデルを確立した。次いで、
台風の大きさの統計特性を用いて、モンテカルロ・
シミュレーションによる台風のリスクカーブの作成 手法を確立した。温暖化に起因する台風大型化を想 定し、将来の台風のリスクカーブを推定し、現在の リスクカーブと比べて経済損失のリスク増加を評価 した14)。
なお、ここでは温暖化に起因する台風の大型化と して、風速の平均値を7.5%増加、雨量の平均値を 25%増加と仮定した(ただし、台風の頻度は変更し
ない)。
さらに、温暖化に起因する豪雨による斜面災害リ スクを評価する手法も併せて開発した。提案した斜 面災害リスクの評価手法は、評価の対象範囲によっ て、局部範囲の手法と広域的な手法に分けられる。
局部範囲の手法は、対象斜面において豪雨と地震と の複合影響を考慮した斜面災害リスクを求めるもの である。一方、土砂災害リスク評価を全国に展開で きるようにするために、地理情報システム(GIS)を 用いて広域における土砂災害のリスクを以下の手順 で評価する(広域的な手法)。①国土数値情報4次メ ッシュにおける降雨による斜面崩壊確率の推定手法 を用いて、斜面崩壊の確率を示すハザードマップを 作成する。②4次メッシュにおける資産分布の推定 手法を用いて、資産に基づく斜面崩壊による経済損 失を評価する。③斜面崩壊確率と崩壊による経済損 失額との積を斜面災害リスクとして計算する。④現 在の気候条件での斜面災害リスクマップおよび 2050年、2100年の温暖化による想定した気候条件 での斜面災害リスクマップを作成し、温暖化前後の リスクマップの比較により、温暖化による斜面災害 への影響を推定する。本手法に基づき、福岡県の 2050年における温暖化による斜面災害リスクおよ びリスクの増加を推定した。
4.2 斜面災害リスク評価
まず、福岡県を対象にした、温暖化に伴う斜面災 害リスク(斜面の崩壊確率と崩壊による経済損失額 との積)の評価結果は図 8のようになった。これに 基づいて福岡県を対象に試計算を行った結果は次の 通りである。
1)現在の降雨条件での斜面災害リスクは360億円
/年の損失が考えられる
2) 2050年温暖化に伴う降雨条件での斜面災害リス
クでは、614.3億円/年の損失となる
3)以上から、温暖化による福岡県における斜面災 害リスクの増加は70.6%と算定される(図 10 参照)。
次に、豪雨と地震との複合影響を考慮した斜面災
単位メッシュの経済損失
(千円)
0 - 1 2 - 10 11 - 100 101 - 1000 1001 - 2000 2001 - 4000 4001 - 8000 8001 - 16000 16001 - 32000 32001 - 55000
図 10 温暖化による福岡県における斜面災害リスク マップ14).
害リスクの評価手法を開発し、2005年福岡県西方 沖地震による志賀島の崩壊斜面のリスク評価に適用 した。この地震により、斜面の上部に変形量の大き い陥没地形が形成されたため、将来の地震や豪雨に よって、大規模な斜面崩壊が発生する可能性が懸念 されている。潜在的な崩壊斜面の規模においては、
図 11に示す三つのケースが考えられている。
一方、対策費用は、想定した崩壊規模によって、
数億円から数十億円まで大きく異なる。そこで、
図 11に示すような三つのケースにおいてリスク解 析を行い、その結果を図 12示した。図 12に示し た分析結果から、以下のことが指摘される。
1)地震が降雨時および降雨後のいずれに起きても 表層崩壊および中層中規模崩壊のリスクが高く なるが、深層大規模崩壊のリスクはかなり小さ い。
2)降雨と地震が複合して生じる場合はやはり中層 中規模崩壊および表層崩壊のリスクが極めて高 くなるが、深層大規模崩壊のリスクはそれほど 高くならない。
したがって、以下のように結論することができる。
1)ケースCの深層大規模崩壊リスクは小さい。
2)ケースAの表層崩壊リスクとケースBの中層 中規模崩壊リスクは同程度である。
3)対策工コストから考慮すると、部分的な中層崩 壊に対する表層崩壊対策が最も効率的である。
なお、本提案は、2005年福岡県西方沖地震災害 後の福岡市の復旧計画に取り入れられた14)ことを付 記する。
5.適応策
本稿で取り上げた地盤災害を引き起こす外力を 図 13に、またこれら地盤災害への適応策を表 2にま とめた。適応策は防護、順応、撤退に大別され15)-17)、 堤防の嵩上げ、水門などの技術的な対策から、警報 システムの構築、移住、災害保険などの社会・経済 的な対策に至るまで多岐にわたる。本稿では以下に 示す通り、地盤災害に対する影響とその適応策に関 する有用な知見を得ることができた。
1)温暖化に起因する海面上昇によって河川汽水域 が拡大し、堤防の強度が低下する。ただし、地 域毎に堤防の機能低下の要因が異なってくるの で、これに応じた適切な対応策を提案していく ことが肝要である。
2)気候変動に起因する地下水位上昇が液状化に及 ぼす影響の解析を行った。その結果、対象地域 においては、気候変動がもたらす海面上昇と降 雨特性の変化によって、液状化の危険性が高い 地域が増大する。この結果を踏まえて、適応策 の優先順位を付けて対応する必要がある。
3)降雨と地震が複合して生じる場合は斜面の中層 中規模崩壊および表層崩壊のリスクが極めて高 くなるが、深層大規模崩壊のリスクはそれほど 高くならない。このことを念頭に置いた適応策 を講じることが重要である。
一 方 、 適 応 策 を 時 間 軸 で 捉 え る と 、 事 後 的
(reactive)適応と予見的(proactive)適応に分けられ る。本稿と同様に地域と対象の特性を十分に考慮し た影響予測が進展すれば、事前に対策を講じること で将来の被害軽減へとつながる予見的適応が拡充さ れると期待される。こうした総合的な適応策の実施 には、防護を主眼とする技術的な対策だけでなく、
順応や撤退なども含めた社会・経済的な対応が求め られる。その際には、気候変動対策と従来の開発計 画と防災対策を独立に考えるのではなく、これらを 一つの体系として整合的に実施すること(いわゆる 気候変動対策の主流化)が不可欠となる。
台風
降雨変化 気候変動
海面上昇 高潮氾濫 河川氾濫(河口域)
河川氾濫(上中流域)
液状化
斜面崩壊
地震 山間部
平野部 沿岸部
図 13 気候変動の外力と災害の関係.
ケースA 表層小規模崩壊
ケースB 中層中規模崩壊
ケースC 深層大規模崩壊 風化岩(基盤)
風化土
亀裂風化岩
弱風化岩 陥没・
割れ目
170m 95m
風化岩(基盤)
亀裂風化岩
弱風化岩 陥没・
割れ目
図 11 想定した斜面崩壊の形態モデル14).
0 0.5 1 1.5 2
地震時 降雨時 地震&降雨時
表層小規模崩壊 μc=5kPa,μ=23°
中層中規模崩壊 φ c=50kPa, =35°
深層大規模崩壊 μ μc=150kPa, =40°
Cv=0.3
年間リスク(億円/年)
φ
μ μ
φ
図 12 各条件下の斜面災害リスク14). μc:粘着力の平均値,μφ:内部摩擦角の平均値,Cv:変動係数
6.まとめ
最後に、影響評価に関する今後の課題を指摘して おきたい。
1)より広範囲の実験条件を設定することによって 堤防堤体材料の脆弱性データベースを整備する とともに、本データベースを活用した実堤防の 脆弱性の指標化、GIS等を活用した河川堤防脆 弱性マップの精緻化を行うことが望まれる。
2)地盤情報が少ないあるいは無い地域では、液状 化危険度の判定が困難である。このような地域 における地盤モデルの作成方法を検討するとと もに、より広い地域(大阪平野、濃尾平野、新 潟平野、東京湾沿岸)における地震時液状化の 影響評価を実施する必要がある。そして、最終 的には全国展開を行ってGISを利用したアッ プグレード型の液状化ハザードマップを作成す ることが望まれる。
3)温暖化による斜面災害リスクの増加を評価する ためには、温暖化に伴う異常気象による豪雨の 発生形態への影響を明らかにするとともに、斜 面崩壊による斜面周辺の資産の被害率を同定す る必要がある。なお、ここで用いた手法を展開 して日本全国の斜面リスク評価につなげていく ことが期待される。
謝 辞
本稿における議論は、環境省地球環境研究総合推 進費(S-4)「温暖化の危険な水準及び温室効果ガス安 定化レベル検討のための温暖化影響の総合評価に関 する研究」(FY2005-FY2009研究代表者:茨城大学・
三村信男)におけるサブ課題「2(5)沿岸域における 気候変動の複合的災害影響・リスクの定量評価と適 応策に関する研究」(課題代表者:茨城大学・安原 一哉)の3年間(FY2005-2007)の成果の一部である。
付記して支援いただいている関係各位に深甚の謝意 を表する次第である。
引 用 文 献
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(第1次)・地盤工学会合同調査団調査速報.
http://shake.iis.u-tokyo.ac.jp/chuetsu/
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自然災害科学,24(4), 214-221.
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10) Murakami, S., K. Yasuhara, N. Suzuki, N Wei and H.
Komine(2005)Vulnerability assessment to liquefaction 表 2 地盤災害に対する適応策.
適応策
防護 順応 撤退
河川氾濫 堤防の嵩上げ
遮水工早期警戒システム・避難体制
ハザードマップ 土地利用形態の変更 危険地域での厳しい規制 災害保険
都市計画・土地利用計画に よる開発抑制
危険の高い地域からの移住 移住のための公的補助金 液状化 地下水位監視
地下水位低下/盛土 地盤改良・地盤補強
ハザードマップ 土地利用形態の変更 危険地域での厳しい規制 災害保険
都市計画・土地利用計画に よる開発抑制
危険の高い地域からの移住 移住のための公的補助金 斜面崩壊 抑止杭
早期警戒システム・避難体制 ハザードマップ リスクマップ
危険地域での厳しい規制 災害保険
土地利用計画による開発抑制 危険の高い地域からの移住 移住のための公的補助金
hazard induced by rising sea levels due to global warming. Proceedings of International Conference on Geotechnical Engineering for Disaster Mitigation &
Rehabilitation.
11) 葛葉泰久(2005)気候統一シナリオによる日本の水 文・気象環境の将来予測.気象庁.
12) 道路橋示方書(1996)道路橋示方書・同解説.社団 法人日本道路協会.
13) IPCC WGI(2001)Technical Summary, Climate Change 2001: The Scientific Basis. Contribution of Working Group I to the Third Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, Cambridge University Press, 83.
14) Irikado, D., K. Zen and G. Chen(2007)A study on
1944年茨城県生まれ。工学博 士。専門は、土木工学、地盤工学。
かつては、繰返し荷重を受ける軟 弱地盤の挙動の解明や国土開発に 関連する新しい地盤技術(地盤補 強や地盤の軽量化など)の研究開 発に専念してきたが、ここ20年 弱は、環境と災害に関連した地盤工学に従事している。とく に、環境負荷低減と災害低減の関係性に強い関心を持ってい る。具体的には、産業副産物や災害によって発生した廃棄物 を利用した災害低減のための技術や、温暖化による気候変動 がもたらす複合的災害の低減のための手法や技術の開発など がこれに当たる。
安原 一哉
Kazuya YASUHARA
1962年東京都生まれ、博士(工 学)。専門は、土木工学、地盤工学、
原子力環境工学。1987年に早稲 田大学大学院理工学研究科を修了 し、㈶電力中央研究所に入所。現 在、茨城大学教授。高レベル放射 性廃棄物および低レベル放射性廃 棄物の地下処分施設で用いられるベントナイ系緩衝材・埋戻 し材の透水特性、膨潤特性、自己シール性、施工・製作性な ど建設工学の視点に立った数多くの性能について研究、技術 開発を行っている。これらの研究成果に対して、文部科学省 より平成20年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術 賞(研究部門):受賞タイトル「ベントナイト系遮水材の膨潤 及び透水特性の実験と理論の研究」が授与された。また、土 木学会で取りまとめられた高レベル放射性廃棄物処分の技術 ガイドラインの「緩衝材の設計」において取り入れられた。
これらの研究成果をさらに拡張し、産業廃棄物処分場建設お よび管理技術の研究開発や地球温暖化/異常気象による河川 堤防の脆弱性評価、炭酸ガスの有効利用技術など、幅広く研 究展開している。
小峯 秀雄
Hideo KOMINE
evaluation of landslide risk induced by rainfall with geographical information system. In: Y. Yao, H.
Akagi and G. Zhang, eds., New Frontiers in Chinese and Japanese Geotechniques, 207-212.
15) 原沢英夫・一ノ瀬俊明・高橋 潔・中口毅博(2003)
10章 適応,脆弱性評価.原沢英夫・西岡秀三(編)
地球温暖化と日本-自然・人への影響予測第3次 報告.古今書院.
16) Hay, J.E. and N. Mimura(2006)Supporting climate change vulnerability and adaptation assessments in the Asia-Pacific region-An example of sustainability science. Sustainability Science, Springer, 1(1), 23-35.
17) 三村信男(2006)地球温暖化対策における適応策の 位置づけと課題.地球環境,11,103-110.
1968年長崎県生まれ。博士(工 学)。専門は、土木工学、地盤工学。
研究テーマは、地盤災害の予測お よび被害の防止・低減技術の開 発。地盤災害の中でもとりわけ、
自然現象である地震や豪雨などに よる地盤の不安定化、人間活動に 起因した地下水位変動による地盤沈下といった広域的な災 害、さらにそれらが複合的に生じる問題を対象とし、都市イ ンフラ個々の被害予測手法と、これらが有機的に結合して形 成される都市の防災能力診断、および、対応策について、現 地調査、室内実験、数値解析をツールとした研究に取り組ん でいる。最近は、温暖化による気候変動に対する地盤災害の 影響評価と適応について地盤工学の視点からチャレンジ中で ある。
村上 哲
Satoshi MURAKAMI1993年東京大学大学院理学系 研究科後期博士課程修了(理学博 士)。京都大学大学院工学系研究 科土木システム工学専攻講師など を経て、2000年より九州大学大 学院工学研究院准教授、同大学西 部地区自然災害資料センター副セ ンター長(兼任)。大連理工大学土木工程学院教授(兼任)。数 値解析・シミュレーション問題に幅広い興味を持っている。
現在、防災工学の研究分野に従事し、特に自然災害のリスク マネジメントに関する研究を行っている。日本土木学会、日 本自然災害学会、国際地盤工学会などに所属。
陳 光斉
Guangqi CHEN1966年福岡県生まれ。博士(工 学)。九州大学大学院工学研究科 土木工学科修了。現職は九州大学 大学院工学研究院准教授。専門は、
土木工学、岩盤工学、地圏環境工 学、空間情報学。斜面災害、地盤 沈下、地下水問題など地圏に関わ る環境問題の解決、望ましい環境創出のための新しい地圏環 境システムの体系の確立を目指した研究を「自然を知るこ と」「環境の情報を得ること」「環境を分析すること」「環境の再 現・予測」といった観点から行い、地圏の開発・利用のあり 方、さらには、これらが自然環境、社会環境に及ぼす影響を 総合的に評価して、環境と調和した開発、建設技術のあり方 について最新の情報技術である地理情報システム(GIS)を積 極的に活用した研究を行っている。
三谷 泰浩
Yasuhiro MITANI
1977年群馬県生まれ。東京大 学教養学部基礎科学科第二、東京 大学大学院総合文化研究科広域科 学専攻博士課程修了。同「人間の 安全保障」プログラム助手などを 経て、現在は茨城大学地球変動適 応科学研究機関准教授を務める。
環境、経済、社会の複合的な影響を評価し、適切な環境対策・
環境政策への判断材料を提供することを主要な研究課題に掲げ ている。具体的には、MCDA(Multiple calibration decomposition analysis)などの経済学的手法に基づく気候変動の緩和策と適応 策の影響評価、さらにこれらの方策とサステイナビリティと の関連性などを検討している。