印度學佛敎學硏究第69巻第1号 令和2年12月 (67)
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『法華経』〈龍女献珠譚〉による
「速疾成仏」思想の再考
白 景 皓
1.問題の所在 「見宝塔品(第十一)」の後分に説かれる,より後代(約三世紀)に 編入された「提婆達多品」〈龍女献珠譚〉(SP KN262. 11–266. 4)は,娑伽羅龍王の 八才の娘(以下に「龍女」と略す)が釈尊に宝珠を献上した後,自分の成仏速度に 関して智積菩薩と論争することを記述している.同譚の諸漢訳における「龍女は 自分が一瞬で成仏できることを認めた後,実際に速やかに成仏する」という文脈 を根拠として,龍女の成仏は「速疾成仏」(速やかに成仏する)の実例であると解 釈されている.しかし,サンスクリット原典によれば,「龍女は自分が一瞬で成 仏できることを否認し揶揄した後,仮に仏の姿を現してみせる」と読み取れる.
本稿は,「提婆達多品」のサンスクリット刊本(KN本),チベット語訳,諸漢訳,
先行訳を検討しながら,同譚の新たな解釈を提示した上で,同譚が「速疾成仏」
思想を示すものか否かを再考察することを目的とする.
2.〈龍女献珠譚〉の解釈 「提婆達多品」〈龍女献珠譚〉は「龍女の成仏」と俗称 される物語である.本節では,〈龍女献珠譚〉のサンスクリット原典,チベット 語訳,諸漢訳及び先行研究に見る「速疾成仏」の解釈を検討する.
2.1.サンスクリット原典に見る同譚の内容
サンスクリット原典によれば,同譚の概略を次のようにまとめる.1.智積菩 薩は『法華経』を聴聞して尊崇し,成仏できる者がいるかと問いた後,文殊菩薩 はいる,それは龍女であると答えて龍女の菩薩としての勝れる特質を述べた1). 2.しかし智積菩薩は釈尊でさえ長時間を経て衆生達を利益するために捨身する という難行苦行の末に成仏したのであって,龍女が一瞬に成仏できることは信じ 難いと反論した2).3.龍女が現れて釈尊を讃えて自分が衆生達を救済する決意 を述べた3).4.舎利弗は龍女が長時間を経て菩薩行を行わず,かつ女身に「五 障」があるから,龍女が成仏できることは信じ難いと反論した4).5.龍女は高 価な宝珠を釈尊に速やかに献上した後,次のように言った.「尊者舎利弗よ,も
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し私が偉大な神力を持っているならば,より一層速やかに無上正等覚を自覚する ことができるであろう.そして,この宝珠を受け取った方(釈尊)はいないであ
ろう」(SP 265. 2–3)と.6.そう言ったやいなや,龍女は全ての衆会の面前で女根
が隠れて男根が現れること,自分が菩薩であること,成仏して教えを説示するこ とを順次に現してみせた.衆生達はその教えを聴聞した後,成仏の功徳利益を得 て,その時,智積菩薩と長老舎利弗は沈黙した5).
2.2.龍女の成仏速度に関する諸解釈
同譚のチベット語訳,諸漢訳及び先行研究は,5のサンスクリット原文に対し て三種の解釈を行う.第一の解釈は,龍女は宝珠の授受の時間より速やかに成仏 できるとする.当該の解釈を支持するのは,『法華経』の諸漢訳,阿部2015であ る6).第二の解釈は,龍女は釈尊の成仏の速度より速やかに成仏できるとする.
当該の解釈を支持するのは,『法華経』のチベット語訳,松濤他2002及び戸田 2013である7).第三の解釈は,龍女は宝珠の授受の時間より速やかに成仏できな いとする.当該の解釈を支持するのは,Kern 1884,坂本・岩本1976及び植木 2008である8).第一の解釈は,龍女は実際に衆会の面前で速やかに成仏したとす る.これに基づく諸注釈書は,同譚が意図するのは『法華経』が衆生達に頓悟さ せる威力を持っていることであるとしている9).また,第二の解釈は理にかなっ ていないと考えられる.何故なら「方便品(第二)」は,諸仏はかつて仏になって いない時,数多くの諸仏に仕え,仏智から遠く離れたところにおいて諸仏に従っ て精進努力した後,成仏したのであると説いているからである10).諸仏はかつ て成仏していない頃,菩薩として同じ修行道を通じて仏果を得た.そうであるな らば,衆生達が仏果に至るまでかかる時間も同様であると想定される.龍女が釈 尊の仏果に至るまでの時間より速やかに成仏できるということはありえない.さ らに,第三の解釈には合理性があると考えられる.この宝珠を受け取った釈尊は 衆会の眼前で確かにいるので,龍女は偉大な神力を持ち,宝珠の授受の時間より 速やかに成仏できるということは偽の命題だからである.龍女が否認し揶揄した のは,修行なしにほんの僅かな時間をかけて成仏できるという意味での「速疾成 仏」のことである.実にこれが示唆しているのは,龍女は長時間にわたる修行を 積み重ねた上で成仏できる(すなわち「 歴 劫 成仏」)ということである.
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.龍女菩薩と「歴劫成仏」思想3.1.龍女の成仏可能性
初期仏教における「女身五障」の思想と部派仏教に説かれる菩薩の六つの特 徴11)によれば,龍女は菩薩さえにならないのなら,まして成仏できることはな おさらである.しかし,『法華経』「法師品(第十)」は性が菩薩たることを条件付 けないことを明確に主張し,人間であれ,龍であれ,男性であれ,女性であれ,
みな『法華経』の聴聞あるいは発心と随喜により無上正等覚に到達することがで きる(すなわち仏となれる)と記述している12).龍女は男性にならなくても本質的 に龍女のままで仏となることが可能なのである.
3.2.龍女の歴劫修行
2.1で提示した2と4によれば,智積菩薩と長老舎利弗は龍女が長時間の菩薩行 を行った者であることを受け入れなかった.吉田(1989, 55)と白(2016, 27)は,
智積菩薩と長老舎利弗は,龍女を畜生道に生まれた極めて幼少な愚者と考えた上 で,そのように反論したのであるとする.しかし,龍女はそのような者ではな い.1において龍女の菩薩としての勝れる特質,例えば,偉大な智慧を具えるこ と,菩提心から退くような性向を持たないことなどが明らかにされる.伊藤
(2004, 278–284)は1に説かれる龍女の菩薩行の諸要素を『十地経』における十地
の菩薩行と対照した上で,龍女の菩提心から退くような性向を持たないこと,
諸々の如来達が説く音節と意味を理解するための受持能力を獲得することと美質 を発揮する能力を具えることはそれぞれ,第八地,第九地と第十地の菩薩行と照 合できると指摘する.また,6によれば,龍女が成仏して教えを説示するさまを 現してみせることは明確にされる.この現してみせることは,「成道」と「転法 輪」に相当する.『大智度論』は十地の菩薩が衆生達を利益するために成道して 転法輪をなすことを現してみせることを記述している13).こうして,龍女は十 地に至った菩薩であると言えよう.十地に至るまで,どれだけの時間がかかるの
か.船山(2020, 125)は大乗に限らず仏になるのに必要な時間は三阿僧祇劫であ
ると見なす説が普及したと指摘する.『倶舎論』「世間品(第三)」第93–94頌及び
『菩薩地』は菩薩の「歴劫修行」の実態を説いている14).したがって,龍女は三 阿僧祇劫未満の間に菩薩行を行った上で十地に至った者であり,菩薩行なしにほ んの僅かな一瞬に成仏できる者ではない.
4.結論 〈龍女献珠譚〉は龍女が一瞬に成仏できることを示すものであると夙に
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知られているが,同譚のサンスクリット原典からは,龍女は幾阿僧祇劫の間に菩 薩行を行い,仏果に極めて接近した位に到達した上で,『法華経』の尊崇により 速やかに成仏できるという流れが読み取れる.同譚は菩薩の「歴劫成仏」思想を 背景とし,修行なしに一瞬に成仏できるという意味での「速疾成仏」思想を否定 するものである.なお,紙幅に限りがあるので,同譚にも見られる「即身成仏」,
「転女成仏」などの思想に関して検討を行うことは困難であるため,それらにつ いて別稿で詳細に論じたい.
1)SP 262. 11–263. 8. 2)SP 263. 8–13. 3)SP 263. 13–246. 6. 4)SP 264.
6–13. 5)SP 265. 3–266. 4. 6)『薩曇分陀利経』T09. 197c29–198a05; 『正法華経』
T09. 106a16–20; 『妙法蓮華経』T09. 35c12–15;『添品妙法蓮華経』T09. 170a18–23; 阿部 2015, 280–281を見よ. 7)D. 100a5–100b1; P. 114b5–115a1; S. 147a4–147b2; 松濤他 2002, 50–
51,戸田 2013, 145を見よ. 8)Kern 1884, 252–253,坂本・岩本 1976, 223–225,植 木 2008, 31–32を見よ. 9)『法華義疏』(吉蔵撰)T34. 591c19–20; 『新華厳経論』T36.
881a26–29を見よ. 10)SP 29. 3–6. 11)MN 65. 24–66. 9及びAK 4. 108を見よ.
12)SP 224. 2–7. 13)T25. 278a10–18. 14)AKBh 3. 93d, 3. 94a; BBh 356. 1–2.
〈略号及び参考文献〉
AK: Abhidharmakośa (Vasubandhu).See AKBh. AKBh: Abhidharmakośabhaṣya.
Abhidharmakośabhāṣyam of Vasubandhu. Ed. P. Pradhan. Patna: Kashi Prasad Jayaswal Research In- stitute, 1975. BBh: Bodhisattvabhūmi (Maitreya). Bodhisattvabhūmi: A Statement of Whole Course of the Bodhisattva (Being Fifteenth Section of Yogācārabhūmi).Ed. Unrai Wogihara. Tokyo:
Sankibo Buddhist Book Store, 1971. D: Dam paʼi chos pad ma dkar poʼi mdo. Ca. Tohoku no.
113. MN: Majjhimanikāya. The Majjhima-Nikāya. Ed. V. Trenckner. London: Pali Text Society, 1888. Reprint, London: Pali Text Society, 1964. P: Dam paʼi chos pad ma dkar poʼi mdo. Chu.
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ful Law. New York: Dover. 阿部龍一 2015「龍女の復権―五障・転女成仏説への批判
としての『法華経』龍女譚の再検討―」新川登亀男編『仏教文明の転回と表現』勉誠出
版,263–308. 伊藤瑞叡 2004『法華経菩薩道の基礎的研究』平楽寺書店. 植木雅
俊 2008『サンスクリット原典現代語訳 法華経(下)』岩波書店. 坂本幸男・岩本 裕 1976『法華経(中)』岩波文庫. 戸田裕久 2013「法華経提婆達多品龍女成仏譚の一 解釈」伊藤瑞叡博士古稀記念論文集刊行会編『法華仏教と関係諸文化の研究』山喜房佛書
林,133–156. 白景皓 2016「法華経提婆達多品 変成男子 の菩薩観」『東洋文化研究
所所報』20: 17–34. 船山徹 2020『実践仏教I 菩薩として生きる』臨川書店. 松
濤誠廉・丹治昭義・桂紹隆 2002『大乗仏典法華経 II』中公文庫. 吉田一彦 1989『シ リーズ女性と仏教2 救いと教え』平凡社,46–91.
〈キーワード〉 菩薩,龍女,歴劫成仏,速疾成仏,法華経提婆達多品
(広島大学大学院)