選言文解釈に関する先行研究の概観とその問題点
大 浦 賢 治
1.選言文に関する予備的知識と選言文理解に関して提起された諸問題 1. 1両立的選言と排他的選言の遣い
「pまたはq」という形式によって表される命題のことを選言文という。日常的に「〜か,または
・・・」という表現は,ほとんど無意識のうちに使われているものであるが,それには2通りの解釈の 仕方があり得る。例えば, 「Aさんは大学生か,または専門学校生である」のような例を考えてみよ う。その人が昼間は大学に通い,夜は資格試験のために専門学校に通ういわゆるWスクールをして いたと仮定する。 1つめの解釈は, 「または」を「どちらかの要素が成り立っていればいい」と解釈
して,この選言命題を全体として「真」であると判断するものである。これを「両立的選言」 (inclusive disjunction)といい pVqという記号で表す。 2つめの解釈は, 「または」を「どちらか一方だけで 成り立ち,両方とも成り立っている場合は真ではない」と解釈して,この選言命題を全体として「偽」
であると判断するものである。これを「排他的選言」 (exclusivedisjunction)といい, p文qという 記号で表すこともある(本論文では両方の選言に対して>と表記する)。この場合のpとqは選言肢
と呼ばれ, 2つの選言文は論理学の真理表で示せば以下のとおりに示される(Tは命題が真であるこ と, Fは偽であることを表す)。
表1真理表
達吉 排他的選言 両立的選言 p q p < q p 上∠q p > q
T T T F T
T F F T T
F T F T T
F F F F F
真理表を見比べてみれば分るように,連言,排他的選言,両立的選言の順に「真」が増えていく。
そして,選言のうちで両立的選言と排他的選言の違いは, 2つの選言肢pとqが共に「真」である時 に,全体としてそれを「真」とするのか,あるいは「偽」とするのかというところにある。
1.2 交差クラスと排他クラスの遣い
先ほどの場合は「Aさんは大学生か,または専門学校生である」という例があげられた。これは大 学生の集合P (命題pを真とする要素の集合)と専門学校生の集合Q (命題qを真とする要素の集合) が重なり合い,その両方の集合の交わりであるⅠにAさんという人がいるという事例であった。この ように2つの集合が交わりあう部分はPnQと表される。しかし,これとは別に例えば「Bさんは 中学生か,または高校生である」というような例を考えてみよう。この場合, 「Bさんが中学生であ りながら,高校生である」ということはできない。つまり, 2つの集合は互いに排他的であり,重な り合うことはない。これらの例のように, 2つの集合が互いに重なり合うものを交差クラス(または 両立クラス)といい,互いに排他的であるものを排他クラス(または非両立クラス)という。
ォサ 蠎
(両立クラス) (非両立クラス) mm
また,このうち全ての集合の要素を取り出すことを和集合といい, PUQと表す。上の例でいえば, 交差クラスのPUQは, PnrQ + Pn Q + rPn Qと表される。 ‑は否定を意味し,例 えばrQは集合Qの補集合であることを意味している。同様に∩は「〜かつ・・・」ということを意味し, +はクラス同士の和を意味している。したがって,排他クラスのPUQは, P+Qと表される。
なおクラスが互いに排他的であっても両立的選言はあり得る。例えば, 「Bさんは中学生か,また は高校生である」という場合や「このメニューにはパンか,またはライスが付きます」という場合に は一般的に排他的選言として理解されるけれども, 「この施設は中学生か,または高校生がご利用に なれます」のような場合は,中学生である人と高校生である人は別々に利用しても構わないし,一緒 に利用することもできる。すなわちpとqが共に真であるので,両立的選言が成り立つのである。
1.3 選言文と連言文の違い
これまで述べてきたように, 「pまたはq」の形式で表される命題は選言文と呼ばれるものであっ たが,これに対して「pかつq」という形式で表される命題を連言文といい pAqという記号で表 される。この場合のpとqは連言肢と呼ばれ,例えば「Aさんは大学生であり,かつ専門学校生である」
のように使われる。これを図1によって説明すると,交差クラスの連言文p<qを真とする集合はP n Qであり,それによって表されるⅠは,集合PとQの重なり合う部分である。そして,集合のこ の部分は積集合と呼ばれる。一方 命題「pかつq」を真とする集合PとQが排他クラスの場合,逮
言文は,やはりPnQで表されるが, 「Bさんは中学生であり,かつ高校生である」ということはあ り得ないので,この場合の集合は空集合¢となる。なお,記号>や<の左側にpとして置かれる選言 肢や連言肢のことをここでは前件といい,同様に右側にqとして置かれる選言肢や連言肢のことを 後件ということにする。
1.4 選言文に関する諸問題
人が選言文をどのように理解するのかを調べる目的で,これまでいくつかの論理的な課題が多くの 被験者に与えられてきた。しかし,その中でも選言文「pまたはq」を真とするような要素をいくつ かの選択肢の中から被験者に選ばせたり(和集合解釈課題),被験者が選言文を排他的と両立的のど
ちらで解釈するのかを調べたり(真理値判断課題)する課題のことを「選言文解釈課題」という。そ して,この道言文解釈課題では,これまで次のような問題が提起されてきた。まず,選言と連言の区 別がいつ頃なされるのかという点である。次に選言文の中では,排他的選言と両立的選言の区別がい かに分化してくるのかという点であり,さらにクラスが排他的な場合と交差的な場合とでは選言文の 解釈がどのように違ってくるのかという点である。こうして,選言文の解釈における2通りの意味を 理解し,この2つの区別が何歳頃からなされるのかに関して,今日まで数々の研究が行われてきたわ
けである。そこで本論文においては,特に和集合解釈課題と選言概念の理解度を調査した課題に焦点 をあてながら,選言文解釈に関する先行研究の成果を帰納的に統合する。そして,さらに認知発達的 な観点から思考の傾向性を一般化すると共に,今後取り組むべき課題を探りたい。なお真理値判断課 題に関しては,紙幅の都合上,別の機会に論じることとする。
2.選言文解釈と連言文解釈の理解度に関して
上述したとおり選言文に関しては,その解釈のあり方がこれまで問題とされてきたわけであるが, 新田・永野(1963)は,小学生と中学生を被験者とした研究を行った。彼らの調査では,絵や図を用 いて,排他クラスにおける「鳥」と「花」や,交差クラスにおける「鳥」と「黒いもの」などを被験 者に選ばせるような課題がなされた。その結果明らかになったことは,選言文課蓮は達言文課題より も難しいが,交差クラスと排他クラスとの比較に関しては,両者の正答率に成績の差がほとんどない ということであった。
新田・永野(1963)の実験を部分的に実施したNeimark&Slotnick (1970)の研究では,小・中学 生と大学生を被験者として調査が行われた。それによると,連言文では最年少の子供以外の大多数で 理解されたものの,選言文では大学生を除いた大多数の被験者で理解されなかった。彼らは,連言概 念が選言概念よりも早く学習される理由について,解釈に不可欠な心理操作の数や多様性が重要な要 因なのかも知れないと述べている。同様の調査はNeimark (1970)の研究においてもなされたが, "or
に関する理解は高校生の年代に発達することが明らかにされた。
Hat弧o&Suga(1977)の実験1では, pを「鳥」とし, qを「黒いもの」とする交差クラス(課題1)
とpを「チューリップ」とし,qを「タンポポ」とする排他クラス(課題2)に関して,それぞれ連 言文と選言文の課題が小学4年生と6年生の被験者に与えられた。その結果は,交差クラスにおいて, 積集合は容易に求められたものの,和集合はとても難しく,それとは逆に排他クラスにおいては,和 集合を求める課題は積集合を求める課題よりも成績がよく,選言文の和集合を求める課題はクラスが 排他的である方が著しく容易であるという結果が得られた。
Neisser&Weene(1962)の研究では20名の大学生を被験者として概念の理解度が調べられたが, それによると一番易しいのは連言解釈であり,次に両立的選言解釈が続き,排他的選言解釈が一番 難しいという結果が得られた。またSuppes&Feldman(1971)の研究では,連言,選言否定の論 理的な結びつきをどの程度子供が理解できるかについて調べられた。具体的には4歳と6歳児に対し て,色(赤,緑,黒)と形(星型,円,四角)を属性とする18個の木のブロックが用いられ,教示
を聞いた被験者がどのブロックを選ぶかという課題がなされた。その結果として,連言(conjunction) は71%正解,排他的選言(exclusive‑or)は67%正解,両立的選言(disjunction)は11%正解であり, したがって難易度では両立的選言が一番難しいようである。しかしながら,彼らは両立的選言もしく は和集合(disjunctionortheunionofsets)を選ばせる場合に,"私に緑色か,または四角いものを下 さい(Gr
iveme仇e仇ings血ataregreenorsquare.Suppes&Feldman,1971,p.306)のような教示を
与えており,その教示内容に暖昧さがあるために,被験者が教示を排他的に解釈した可能性があると 考えられる。したがって,これを一概に誤答であるとは言い切れないので,筆者は彼らの結論に対し て疑問である。
以上のことから,一般的に連言文解釈は選言文解釈よりも容易であり,和集合を求める課題では排 他クラスの選言文が交差クラスの選言文よりも容易であることがいえるであろう。しかし,排他的選 言と両立的選言の概念理解度に関しては,Neisser&Weene(1962)とSuppes&Feldman(1971)の 調査結果に相違が見られる。したがってこの点に関しては,さらに検討する必要がある。
3.選言文の言語表現に関して
Hurford(1974)は,英語の例文を用いながら"or"は,両立的に使用される場合もあるし,排他的 に使用される場合もあることを指摘した。また,Newstead&Griggs(1983)は,"or"は多様な意味 を含んでいてファジィな概念であり,選言文の解釈はそれが起こっている文脈によって決まるという ことを述べている。彼らが主張するように,日常生活を振り返ってみても表現を変えることで聞き手 の理解が変わることは,誰しも経験のあるところである。そこで,ここでは選言文に関する表現形式 の違いが結果にどのような影響を及ぼすのかを見てみよう。
新田・永野(1963)は,言語表現によるニュアンスの違いを考慮して,交差クラスと排他クラスの 積集合を求める課題において,教示を「〜で‑・」という形式で表し,一方和集合を求める課題におい ては,教示を「〜か・・・」と「〜と‑」という形に分けて比較した。その結果「〜と‑」という言語表 現をとっている方が,「‑か‑」という言語表現をとっている方よりもより容易であることが確かめ
られた。しかし,積集合を求める課題では学年と共に成績が上昇する一方で, 「〜か・・・」と「〜と‑」
いう2種類の和集合を求める課題に対しては,中学2年生で逆に正答率が減少する現象も見られた。
Neimark&Slotnick (1970)の研究では,選言文の解釈を明確にするために̀AorB orbo仏日と̀A orB という言葉づかいを用いてその違いを見た。その結果は, ̀'AorB の方が̀AorBorbo仇"よ
りもわずかに易しいように思われるということであった。同様にParis (1973)の調査では, "or"と
"eitheror"を課題として被験者に与えたが, "eimer‑or の方が"or"よりも成績が良かった。
Fillenbaum (1974)は,被験者が"or の使い方の違いに敏感であると述べている。彼の研究にお いて, "彼はサンダルを履く,またはコーラを売る (HewillwearsandalsorsellCokes.Fillenbaum, 1974,p.914)のように"or"が結ぶ2つの命題に共通したテーマがない場合や, "道を開けろ,さも ないとお前をぶたない(GetoutofmywayorIwon'thityou. Fillenbaum, 1974,p.914)のようなひね くれた脅迫は,特に被験者から奇妙であると判断された。また"or"を含んだ変形された文,例えば
"私が知りたいことを教えなさい,さもなければお前をぶたない (TellmewhatIwanttoknoworI won'thityou.)を"私が知りたいことをもし教えるならば,お前をぶたない(IfyoutellmewhatI wantto knowIwon'thityou. Fillenbaum, 1974, p. 917)のような通常の文に言い換える課題では, 57%
が正常化を示したが,以前からある知識が大きな役割を果たしていることが指摘された。そして被験 者は変形された"or"文と通常の"or 文を区別し,さらに変形された"or"文の中でも条件の異なる ものを区別することや,排他的な文章と両立的な文章を記憶する課題でも成績に差があることなどが 指摘された。
Braine &Rumain (1981)では, "or"に関して和集合を求めている場合と,二者択一を求めている 場合の意味の違いを,高校生よりも幼い子供が区別できるかどうかを調べるために,色と形が異なる ブロックを使った交差クラスの実験(課題1)が行なわれた。被験者に与えられた教示は, (1) "私 に全ての緑色のもの,または全ての丸いものを下さい(Give me all仇e green things orgive me all theroundthings.)と(2) "私に青色か丸いいずれかのものを全て下さい(Givemeallthosethings thatareeitherblueorround.)の2つであった(Braine&Rumain, 1981,p.49)。 (1)の教示には,釈 一の意味で解釈されることが予想された。一方(2)の教示には,和集合解釈を引き出すことが予想
された。しかし,結果としては,全ての年齢グループにおける圧倒的大多数の被験者は,両方の指示 に択一解釈をした。そして,ほとんどの被験者が最初に述べられたものを最も頻繁に選んだ。前述し たSuppes & Feldman (1971)の教示と比較した場合, Braineらの教示(2)はthingsの前にallが添 えられている点で和集合を求める意味合いが明確であると思われる。しかし, Braineらは常に(1) の教示から実験を始めており,キャリー・オーバー効果が考慮されていない。
麻柄(2002)は,結婚紹介センターの入会規約という問題設定を立てて"̀高血圧でないか高収入 である'人は入会できます"という有意味なラベリングをした上で,選言文解釈課題を行ったが,有 意味なラベリングをした条件の正答率が一番高く,意味のないラベリングをした条件やラベリングの
ない条件の場合は,ほぼ同程度の正答率であることが示された。この点に関して麻柄(2002 は,有
意味なラべリングによって選択肢に関する複数の特徴が1つにまとめられることにより,日常経験の 利用が促進される点を指摘している。この実験結果から,課題を解く上でラベリングの仕方が論理性
に影響を及ぼしているということがいえるであろう。
以上のことから,選言文の言語表現に関しては次のことがいえるであろう。つまり"or"は多様な 意味を持ち暖昧性があるということであり,日常文の場合は集合算と論理算がいつも対応しているわ けではないが,人は"or"の意味を前後の文脈や以前の経験から判断し,使い分けているということ である。
4.選言文解釈課題に対する反応に関して
ここでは,被験者が選言文解釈課題で示す各反応の性質について見てみたい。まず,題材による反 応の違いについてである。新田・永野(1963)は,図,絵,辛(言葉のこと)による成績の違いを検 討しているが,それによると図が一番難しく,次に絵が続き,その後に字が続く結果になった。これ は順序を逆にした補充実験でも影響が見られず,順序による差は認められなかった。
Neimark&Slotnick (1970)の研究では,アメリカ人の被験者に新田・永野(1963 で用いられた 材料を元にした絵と言葉によるテストが与えられた。問題用紙に印刷の誤りがあったために,言葉に よるテストの一部が削除されたが,言葉のバージョンは年長の子供で差が見られたものの,年少の子 供にとっては絵のバージョンの方がいくぶん易しいという結果になった。そして,年長の被験者では, 題材の違いによる成績の差は消滅した。さらに,アメリカの子供よりも日本の子供の方が同じ学年で 比較して成績がよいということが指摘された。同様に絵と言葉を用いたNeimark (1970)では,題材
と質問の言葉づかいに関する成績の差が,選言文を解釈する技能を身に付けた後では,それらの変化 を超えて一貫しているという結論になった。
選言文に否定が含まれる場合の反応に関して,新田・永野(1963)では, 2つの選言股のいずれか, または両方に否定の要素が加わった場合,そうではない場合よりも全般的に成績が悪かった。一方 Neimark & Slotnick (1970)は, 2つの選言肢のいずれか一方に否定がある場合の方が,両選言肢に 否定がない場合や両選言肢とも否定がある場合よりも難しいと述べている。選言肢に否定の要素が加 わると一般的に成績が下がる傾向は,他の先行研究でも指摘されていることである。
次に,反応のパターンに関しての考察である。選言文課題に関して,新田・永野(1963)で見られ た正答以外の反応の型としては, ①選言で問われているのに連言に相当する事例をあげる誤答,その 反対に②連言で問われているのに選言に相当する事例をあげる誤答, ③課題が選言文であるか連言文 であるかに関わらず, pに相当するもののみを選ぶ誤答, ④同じくqに相当するもののみを選ぶ誤答 の4タイプがあった。それによると,選言文を連言文として解釈する誤答は,高学年になるにつれて 増す傾向にあるが,中学2年生になると小学6年生よりも減ってくる。また,連言文を選言文として 解釈する誤答よりも選言文を連言文として解釈する誤答の方が一般に著しい。さらにqのみをあげ る誤答は低学年で著しいが,高学年になると減少するなどの傾向が見られた。
Hatano&Suga (1977)は,和集合を表現するのに,より単純な「pまたはq」タイプの標準的表 現で十分な時でさえも, 2または3つの選言肢の加法表現を子供は好むということを指摘している。
このことは,子供は2つのクラスが互いに排他的になるよりも組み合わされることを好むということ を示唆していると彼らは述べている。
中垣(1990)は,問題に対する正答率よりも反応を分析する観点から,交差クラスと排他クラスの 連言文と選言文解釈課題を同一被験者に与えて,選言解釈が困難である理由や発達段階の解明を試み た。そして新田・永野(1963)と同様にp>qの選言文解釈課題に対して, ①2つのクラスの共通 部分を選ぶ「連言的反応」 (pAq), ②前件となるクラスのみを選ぶ「前件一致的反応」 (pだけを選 ぶ反応), ③後件となるクラスのみを選ぶ「後件一致的反応」 (qだけを選ぶ反応), ④前件となるク ラスと後件となるクラスの和集合を選ぶ「両立的選言反応」の4タイプを見出した(PUQからP nQを除いたクラスのみがp>qを満たすと考える排他的選言反応数は少なかったために,この調 査では除かれた)。一致的反応に関して, 「3.選言文の言語表現に関して」のところで述べたBraine
&Rumain (1981)の課題1では,ほとんどの被験者が最初に述べられたものを最も頻繁に選んだ。
一方,中垣(1990)では交差クラスの場合ではrp>qで前件一致的反応が多かったが,全体的に は後件一致的反応が多かった。このように一致的反応がBraine&Rumaine (1981)の結果とは異なっ たが,中垣1990 はこれを連言的解釈から選言的解釈‑の移行期と位置づけている。さらに排他ク
ラスの選言は選言的反応を誘発し,他方交差クラスの選言は連言的反応を誘発する傾向があることな どを指摘している。
以上のことから,選言文解釈課題に関する反応に関しては次のことがいえるであろう。すなわち, 反応には一定のパターンがあり,正答率は年齢が上がると共に増加する。そして,題材が変化しても 成績は徐々に一定してくるということである。
5.誤答の原因に関する見解
ここでは被験者が問題に誤答する原因について,研究者間の見解を見てみよう。 Neimark&
Slotnick (1970)は,誤答の原因が積集合と和集合を混同することであると指摘している。混同する 原因に関してHatano &Suga (1977)は,排他クラスの和集合は交差クラスの和集合よりも選択肢を 多く含んでいるので,これは選ばれるべき要素の数が課題の困難さに対して重要な要因ではないこと を意味していると指摘している。さらに,交差クラスが排他クラスよりも困難であることの理由とし て,排他クラスには和集合を作ることが含意されているが,交差クラスにはそれがないためであると している。例えば2つの集合が交差クラスである時,被験者は和集合に属する選択肢を選ぶように要 求されても,それに対応する積集合もしくは他の組み合わせを選ぶ傾向がある。それは,被験者が「ク
ラスは排他的であるべきだ」と暗黙の内に感じているために,それによって和集合として求められ た教示を2つのクラスの積集合やその他の操作が求められているのだと考えるからであるとしている (誤解釈説)。ところで,和集合が交差クラスに含まれない理由として,彼らは「心理的な節約」によ
ると述べている。つまり,クラス同士が排他的でない時,両方のクラスに属するいくつかの選択肢は 二度言及されることになり,こうして不必要な冗長性が生じるので,それを省略するためであるとし
ている。
しかし中垣(1990)は, Hatano&Suga (1977)の「誤解釈説」を疑問視している。その理由とし て,中垣は前件と後件が同種の次元に属する排他クラスの選言文(箱の中身と箱の中身に関して問う もの)と前件と後件が異種の次元に属する排他クラスの選言文(箱の色と箱の中身に関して問うもの) では,同じ排他クラスであるにも関わらず反応が異なったという調査結果を根拠にしている。中垣は 選言文解釈課題で多くの子供が連言的反応をする理由として,選言操作がまだ獲得されておらず,逮 言操作から未分化であるためとしている。つまり,連言がPnQという1次的な操作であるのに対
して,選言はPnrQ 十 PnQ + rPnQという2次的な操作であるために,その獲得に 時間がかかるためと述べている。
以上のことから,誤答の原因に関しては次のことがいえるであろう。可能性としては,誤解釈に 基づく誤答も考えられるが,そればかりではなく,認知発達的な要因が選言文解釈の理解に大きく関
わっているということである。
6.発達の段階に関して
筆者が取り上げた先行研究のいくつかにおいて, Piagetに関する何らかの言及がなされていた。こ こではそれらを整理して, Piagetの学説をめぐる視点から先行研究を見てみよう。知能の発達段階に 関してPiaget (1970)は,言語や記号論的機能が感覚運動期の終わり(2歳頃)に出現するとしている。
その後表象に基づく問題解決や象徴遊びの始まる前操作期の段階と,クラス化と包含の量化や数量の 保存観念が可能になる具体的操作期の段階を経て,含意や選言といった命題操作が形式的操作期(ll 歳から15歳の間)に可能になるとしている。
6. 1 Piaget学説を支持する立場
Neimark (1970)は,被験者が事実上2つの基本的操作からなる情報を処理するためのプログラム, つまり選択肢をpとrpのような標準的な形式に割り当てることと,選択肢の属性を探すことを持っ ていると述べている。また集合を結びつける能力は(丑命題を取り扱うことと, ②二億命題の全ての可 能な組み合わせを作る技能の発達が必要であることを指摘し,その技能は形式的操作思考を含んでい るので, "or"の理解は15‑16歳頃に達成されるとしている。 Neimarkは,こうしたプログラムの 処理に関する発達の説明がPiagetの学説から由来するとしている。それは例えば,選択肢の属性を
同定することが子供の初期の発達であり,言語の発達と親密に関係していると考えられること。属性 や属性を示すクラスの積集合に関する分類は具体的操作であり 7‑10歳の間に完成すること。よ り複雑な構造を取り扱う能力は形式的操作であり,青年期に達成することなどである。
Piagetの発達段階説を支持する中垣(1990)は,選言肢の1つのみを選択する一致的反応ステ一夕
スに着目して,それを二者択一的解釈ではなく,連言的解釈から選言的解釈に至る過渡的な現象であ ると述べている。そして選言文解釈は,前件あるいは後件を無視する段階(省略的解釈)から前件と 後件の同時的生起を求める段階(連言的解釈),さらに選択肢の一部には連言的に反応し,他の一部
には選言的に反応する段階(半選言的解釈)を経て論理学的解釈と一致する段階(選言的解釈)に至 ると述べている。
聾者に関する論理的思考を研究したものとしては, Furth (1966)の研究がある。 Furthは聾者と 健聴者の両方について調査を実施したが,成績には類似性があり,聾者は健聴者と同じように論理的 操作の理解と使用が可能であると結論付けている。
6. 2 Piaget学説に反対の立場
Piagetの見解に対立するものとしては,以下の研究がある。まずParis (1973)は,命題関係の理 解が概念同定研究とPiaget学派の理論が示唆するような認知規則の公式化されたものではなくて, むしろ言語と非言語文脈における変化に敏感な構造的な過程であると述べている。
Johansson (1977)は,両立的選言が排他的選言よりも難しい理由として,幼い子供は"or"を択 一的な言葉として解釈するからであると述べている。そして言語と思考には相関関係があるとして Furthの見解を疑問視している。さらに自分の調査結果がVygotskyの理論と一致することを強調し, Piagetは言語と思考の関係を過小評価していると述べている。
Braine&Rumain (1983)は,恐らく子供の推論が言語学習の部分として獲得されると述べている。
またBraine&Rumain (1981)は, "or"における択一の意味が児童期のとても早い段階から存在して おり,自然言語で用いられる結合子(natural connectives)の意味が,推論によって与えられるので あり,真理表によるものではないと述べている。さらに"or"の選言文解釈が難しい理由に関しては, 自然言語結合子に対して人々が解釈的なバイアスを持つからであると提案している。すなわち解釈的 なバイアスが十分に強力であるために,それは明確な言語手掛かりを無視するように人々を導くから であるとしている。そして,データの中にはどんなPiagetの主張とも明らかに対立するものがない けれども,推論発達の説明としてその理論的枠組みは不十分であると述べている。例えばBraine &
Rumain (1981)によって調査された推論は本質的に命題的であり,それらは具体的操作によっては 説明することが出来ないにもかかわらず,前操作期の子供でも命題論理の何らかの部分を伴ったある 程度の能力が備わっていることが見出されるのであり, Piaget理論の枠組みでは,それはどこにも説 明されていないと述べている。
メンタルモデルを提唱したJohnson‑Laird (1983)は,心の中に論理が存在するという考え方(心 理論理)を批判して論理がなくても推論ができると考えた。子供はまず結合子や限量詞などが真理条 件にどのように関与するかについて学習し,言語についての知識を獲得してから言葉で表現した推論 ができるとした。さらに人は心の中に事象のモデルを組み立てて(メンタルモデル),その反例を探 索することで推論が行われるとして, Piagetの学説を疑問視している。
7.まとめと今後の課題
選言文解釈に関するこれまでの先行研究をまとめると以下の事柄がいえるであろう。まず,和集合 解釈課題に関しては,排他クラスよりも交差クラスの方が難しい。そして,排他的選言と両立的選言 の理解度に関しては.研究者間で見解の相違が見られた。言語表現に関しては, "or"が暖昧さを有す る輝念であるために表現の違いによって微妙に被験者の反応が変化することが分かった Fillenbaum
(1974)や麻柄(2002)の結果が示していることは,被験者は文脈によって"or"の意味が両立的であ るのか,それとも排他的であるのかを判断しているということであり,純粋な論理的要素だけではな
く,選言肢に関わる以前の経験や知識も大いに影響しているということである。選言文解釈の反応に 関しては,否定が認知的負荷を掛けていることが示唆されている。また, Hatano &Suga (1977)の 2項目の加法表現が好まれたという指摘から被験者は思考を一度にしているのではなく,ステップを 踏みながらしていると考えられる。さらに新田・永野(1963)や中垣(1990)によって反応には一 定のパターンがあるということが分かった。誤答の原因に関しては, Neimark&Slotnick (1970)な どによって選言文と連言文を取り違えたり,否定と肯定を混同したりするということが明らかにさ れた。しかしその反応は単なる誤解釈だけによるのではなく,認知発達の過程と大きく関わってい
ることが中垣(1990)の研究によって示された。発達の段階に関しては, PiagetとBraine,さらに Johnson‑Lairdらの間で見解の相違が見られた。研究者間でもそれらを支持する側,批判する側に大 きく分かれている印象がある。この点に関しては,様々な考え方があって,まだ結論を出せる状況で はない上,選言文推論課題と合わせて考えなければいけないので,さらなる調査研究が必要である。
先行研究の成果を受けて,これからの課題をまとめてみると次のようになるであろう。すなわ ち, ①piagetやBraineらの見解における相違点をどう捉えるかということ。 ②発達が関係している ならば発達を促す外的条件も考えられるが,選言文解釈を可能にする外的要因を特定すること。 ③ Neimark & Slotnick (1970)は,アメリカの子供よりも日本の子供の方が同じ学年で比較して成績が よいということを指摘したが,文化や言語構造の違いが選言文解釈に及ぼす影響を検討することなど である。以上見てきたとおり pVqは様々な問題をはらんでおり,その解明は決して容易ではない。
しかしながら,これらの点に留意して今後研究を進めて行きたい。
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