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史的変遷 : 意志表現の定着と相互比較

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(1)

史的変遷 : 意志表現の定着と相互比較

著者 中村 香生里

雑誌名 同志社大学日本語・日本文化研究

号 15

ページ 39‑91

発行年 2017‑03

権利 同志社大学日本語・日本文化教育センター

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015472

(2)

要 旨

 本稿では、意志を表すモダリティ表現としての「〜するつもりだ」、「〜(よ)

うと+思考動詞基本形」、「〜(よ)うと+思考動詞ている形」の三表現について、

その歴史的変遷を相互に比較しながら、それぞれの定着時期と性質の違いを探っ た。

 その結果、「〜するつもりだ」と「〜(よ)うと+思考動詞基本形」は文化文政 期頃に定着し、前者は主に意志表明という主観的なモダリティが、後者は会話文 の述べ立てという客観的なモダリティにやや重点を置きながら意志表明も同時に 用いられたことが、「〜(よ)うと+思考動詞ている形」は明治期に意志表明とし て定着したことが、それぞれ明らかとなった。モダリティ性としては、会話文で は三表現とも主観的な用法が優位性を維持するが、地の文も合わせると、「〜する つもりだ」は定着時から主観性の強い用法が優位性を維持し、反対に「〜(よ)

うと+思考動詞基本形」は客観性の強い用法が優位性を維持する。「〜(よ)うと

+思考動詞ている形」は両用法ともに増えていく。さらに、「〜(よ)うと+思考 動詞基本形」は主筋を構成する機能を有し、地の文に多く見られる。このように、

定着時の主たるモダリティや機能において、「〜するつもりだ」と「〜(よ)うと

+思考動詞ている形」は、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」と異なる傾向を示す。

ただし、三表現とも通時的に、より客観的に用いられる傾向を示しているという 結果も得られた。

キーワード

日本語 意志表現 つもり (よ)う 思考動詞 モダリティ 定着

1 はじめに

 現代語において、意志を表す形式には、動詞基本形「〜する」、「〜するつもりだ」、

動詞意志形「〜(よ)う」、「〜(よ)うと+思考動詞1基本形」、「〜(よ)うと+思考

「〜するつもりだ」「〜(よ)うと+思考動詞」の歴史的変遷

−意志表現の定着と相互比較−

Historical Transitions of Suru-tsumori-da and (Yo)o-to+Thinking Verb -Establishment as Volitional

Expressions and Comparison of those Properties-

中村 香生里

(3)

動詞ている形」などがある。これらのうち、①意志を明確に示し、②聞き手存在発話

(対話的なタイプ)であるという共通項を有するものは、「〜するつもりだ」「〜(よ)

うと+思考動詞基本形」「〜(よ)うと+思考動詞ている形」の三表現である。本稿は、

この三表現の歴史的変遷を考察し、それぞれのモダリティ表現としての定着時期の認 定、およびそれぞれの表現の性質を明らかにすることを目的とする。

2 聞き手存在発話の意志表現

 本稿では、考察対象とする表現を、①意志を明確に示し、②聞き手存在発話(対話 的なタイプ)であるという共通項を有する「〜するつもりだ」「〜(よ)うと+思考動 詞基本形」「〜(よ)うと+思考動詞ている形」の三表現とするが、「意志を明確に示す」

とはどういうことか、「聞き手存在発話」とはどのようなものかについて、以下に示す とおり捉えることとする。

 なお、本稿で述べる「基本形」「つもりだ」「ている形」には、それぞれ否定形、過去形、

「です」「ます」等の丁寧形にしたもの、終助詞を付したものも含むこととする。

2.1 意志を明確に示す

 現代語の「〜つもりだ」には、次のような用法が考えられる。

(1)意志:未来の行為について明確な意志を述べる。

【1】明日は家でゆっくり休むつもりです。

(2)意図:現状や過去のことについて主体が信じている。

【2】私はそれを理解しているつもりですが。

【3】あれ、定期入れ、ここに置いたつもりなんだけど。

(3)想定:主体に関するあることが事実と異なることを主体自身が知っている。

【4】フランス料理を食べたつもりで貯金します。

(4)予想・予定:他者の行為について心づもりをする。

【5】書類を速達で送ったから、明日届くつもりでいてね。

 (1)〜(4)のうち、(1)を本稿で対象とする「意志」と捉えることとする。すなわち、

未実現の意志的行為について、その実現を能動的に企図することを「意志」とする。「〜

(よ)うと+思考動詞基本形」と「〜(よ)うと+思考動詞ている形」も、それぞれ【6】

【7】に示すように、同様の「意志」を表す表現となる。

【6】A:出発の日、延期できませんか。

  B:すみません、予定通り、来週出発しようと思います。

【7】A:英語の勉強のほうはどうですか。

  B:はい、今度、検定試験を受けようと思っています。

 これに対して、動詞基本形「〜する」は、意志動詞であっても、本来的に「意志を 明確に示す」表現ではない2と考える。例えば、次の【8】の「出席します」は、話し

(4)

手の明確な意志というよりは、予定として決定済みの行為を伝達するという意図で発 話されている印象が強い。したがって、動詞基本形「〜する」は本稿の考察対象から 除外する。

【8】A:明日の会議、出席しますか。

  B:はい、出席します。受付を任されていますので。

 なお、「〜するつもりだ」は、発話時以前から決めていた計画としての意志(森山

〈1990〉)を表し、「〜(よ)うと+思考動詞ている形」も、同様に発話時以前から継続 する意志を表す。一方、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」は、【6】のように発話時以 前から継続する意志を表す場合と、次の【9】のように、働きかけを受けて生じる、発 話時における瞬間的現在の意志を表す場合とがあり、この点において「〜するつもりだ」

「〜(よ)うと+思考動詞ている形」とは異なる。

【9】A:お好きなお花をどうぞ。どれになさいますか。

  B:そうですねえ。では、これにしようと思います。

2.2 聞き手存在発話

 次に、聞き手存在発話という観点から、動詞の意志形「〜(よ)う」について検討する。

まず、意志形の用法を、安達(2002)を参考として次のように分類する。

(1)話し手の行為

①意志の表出…心話文(非対話的なタイプ)

【10】よし、帰ろう。

②決定の表明…

行為の実行の決断を聞き手に伝える(対話的なタイプ)。自らが先行発

信する行為ではない。

【11】A:明日来ていただけるとありがたいのですが。

   B:分かりました。そういたしましょう。

③行為提供の申し出…話し手が申し出る(対話的なタイプ)。

【12】風邪、辛そうですね。私が当番を替わりましょう。

(2)複数的な行為者の行為(動作主体は、話し手と聞き手の両方)

①促し

【13】ねえ、早く食事にしましょうよ。

②提案

【14】A:ご飯食べましたか。

   B:まだです。お腹が空きました。

   A:一緒に食べましょう。

③引き込み

【15】あ、森さん。今、向こうで友達と食事中なんです。一緒に食べましょう。

(3)話し手以外の人の行為…和らげた命令

(5)

【16】さあ、啓子ちゃん、頑張ってお着替えしましょう。

 安達(1999)は、「意志の文は話し手の行為の実行を表明する文であるから、本来、

それを聞き手に伝えることを意図する必然性はないので、このタイプが意志のモダリ ティを表す文としてもっとも典型的なものである」と述べており、上記(1)〜(3)

のうち、それに該当するのは(1)①「意志の表出」である。しかし、(1)①は、聞き 手不在発話であり、聞き手に共有されることを目指さない表現である。したがって、

本稿における考察対象とはしない。

 (1)①の「〜(よ)う」は、「と+思考動詞」を付すことで聞き手存在発話となる。

例えば、次の【17】は、聞き手を必要としない独話または心話文と考えられるが、【18】

のように「と思います」を付すと、聞き手の存在を必要とする表現となる。

【17】今日はもう帰ろう。

【18】今日はもう帰ろうと思います。

2.3 考察対象とする意志表現

 以上のことを踏まえると、①意志を明確に示し、②聞き手存在発話となる意志表現は、

「〜するつもりだ」「〜(よ)うと+思考動詞基本形」「〜(よ)うと+思考動詞ている形」

の三表現であり、これを考察対象の表現とする。

 この三表現について、それぞれ人称(一人称、二人称、三人称)と叙法(平叙文、疑問文)

に分類すると、本稿の考察対象は、次の【表 1】の○および●を付した文となる。(○

は現在形、過去形ともに意志表現として成立するもの、●は過去形のみ意志表現とし て成立するもの、斜線は意志表現として成立しないものである。)

 「〜(よ)うと+思考動詞基本形」の二人称主体の疑問文のうち現在形の文は、次の

【19】のように、聞き手が発話時に有する意志を尋ねる文ではなく、発話時以降に聞き 手がその意志を抱くかどうかを尋ねるやや失礼なニュアンスを伴う文である。

【19】明日もここへ来ようと思いますか。

「~するつもりだ」 「~(よ)うと+思考 動詞基本形」

「~(よ)うと+思考 動詞ている形」

平叙文 ○ ○ ○

疑問文 平叙文

疑問文 ○ ● ○

平叙文 ○ ● ○

疑問文 ○ ● ○

【表1】考察対象となる意志表現、人称、叙法 人称 叙法

表 現

一人称 二人称 三人称

※意志表現として成立するものに○を施した。

※斜線を施したところは意志表現として成立しないものである。

  ●は過去形のみ意志表現として成立するものである。

(6)

 聞き手が抱いていない意志を尋ねるのは、本稿で扱う意志表現とは異なるものとし、

「〜(よ)うと+思考動詞基本形」の二人称主体の現在形の疑問文は、考察対象から除 外する。

 【19】は、【20】【21】のように、「〜(よ)うと+思考動詞ている形」「〜するつもりだ」

の疑問文にすると、発話時に聞き手が有する意志を尋ねる文となる。

【20】明日もここへ来ようと思っていますか。

【21】明日もここへ来るつもりですか。

 また、「〜(よ)うと+思考動詞ている形」と「〜するつもりだ」は、「〜(よ)う と+思考動詞基本形」と異なり、次の【22】【23】のように、三人称を主体とした現在 形の文が成立する3。したがって、この二表現は、一人称主体の平叙文、二人称主体の 疑問文、三人称主体の平叙文と疑問文が考察対象となる。

【22】彼は、明日もここへ来ようと思っている。

【23】彼は、明日もここへ来るつもりだ。

 なお、【24】のような終助詞が後接する文は、疑問文に分類する。

【24】明日、東京へ行くつもりですね。

 また、従属節内での使用や「のだ」を伴う場合などは、【表 1】で○、●を付してい ない文でも成立する場合があり、これについては後述する。

3 モダリティ表現の定着時期の認定と用法の比較 3.1 意志表現の歴史的変遷に関する先行研究

 「〜するつもりだ」が意志表現として定着した時期は、佐田(1974)によって江戸時 代の文化文政期頃(文化 1804.2 〜 1818.4、文政 1818.4 〜 1830.12)と認定され、土岐

(1994b)は、この説を踏まえ、「つもり」が意志を表す形式として定着する過程につい て、特に接続形式に着目し、用例を挙げながら明らかにしている。具体的には、「つも り」の形式名詞化と文末モダリティ化をみるために、「つもり」の前接語、後接語につ いて調査し、前接語(動詞〈助動詞などの付加しないもの〉、「せる」「れる」「ない」「た」

など)について、次のように述べている。

 「つもり」が前接する形式は、動詞の単純形及び動詞性の性質の強いものから、次第に文 の末尾に現れるものへと広がってきている。つまり、それだけ「つもり」が意志・意図形式 としてより多様な内容をうけることが可能になってきたと言えよう。

 このように、土岐(1994b)は、「つもり」の用法が、述語以外のものから述語へと 拡張し、モダリティ形式として定着したことを明らかにしている。本稿も「〜するつ もりだ」について考察するが、土岐(1994b)の調査について、本稿の立場と相違する 点を述べておく。

(7)

 まず 1 点目は、土岐(1994b)では、「つもり」がモダリティ表現として使用される ようになる変遷を検討する際、主節における「つもり」と従属節における「つもり」

を合わせた結果が示されている点である。

 文を主節と従属節に分類した場合、文全体のモダリティは、主に主節の述語が担う と考えられる。仁田(2009)は、モダリティは、文の意味構造を有する箇所にあるが、

その文の意味構造は、述語の形態的あり方として実現され、文たる主節に存在するので、

モダリティを全面的に有しているのは主節であるとしている。また、野田(1989)は、

構文論的にみると、従属節ではその表現形式が表すモダリティは弱くなると述べてい る。例えば次の【1】では、従属節における意志のモダリティは、主節における疑いの モダリティに包まれ、主節のモダリティが文全体のモダリティを担うといえるだろう。

(用例の番号は、章が改まった場合、1 から付す。また、下線は筆者による。以下、す べて同様とする。)

【1】此の役を取らうと思つて、わざとすねやアがつたのだナ。

(妙竹林話七偏人 2 編巻之上)

 したがって、ある表現形式のモダリティ表現としての定着は、主節において従属節 に対して優位性をもって出現することによって認定されると考える。また、作品によっ て偏ることなく、安定して出現することも重要であろう。よって、本稿では、モダリティ 表現としての定着を、主節における使用の優位性と安定性にみることとする。

 2 点目は、「意志」の範疇についてである。土岐(1994b)は、「つもり」を、「計算」「推量」「酒 宴の最後の杯4」などの実質名詞的な用法と「意志」の形式名詞的な用法とに分類して いる。「意志」については、「〜するつもり」のように未来の事柄について述べる「意志」と、

「〜したつもり」「〜しているつもり」のように過去や現在の事柄について述べる「意図」

という違いを示した上で、両者を合わせて広義の「意志」として扱っている。たしかに、

狭義の「意志」と「意図」は、「計算」「推量」「酒宴の最後の杯」などの実質名詞的な 用法とは異なり、主体の能動的な行為という点で共通している。土岐(1994b)は、「つ もり」について、過去、現在、未来にかかわらず能動的な行為を表すという、文化文 政期までに見られなかった新しい範疇として、広義の「意志」を設定しているものと 思われる。本稿では、①意志を明確に示し、②聞き手存在発話である表現について考 察するという観点から、狭義の「意志」と「意図」を区別することとする。

 土岐(1994b)の扱った「つもり」以外で、①意志を明確に示し、②聞き手存在発話 であるという条件を満たす「〜(よ)うと+思考動詞基本形」「〜(よ)うと+思考動 詞ている形」について、その定着に至る推移5は、管見の限り研究されていない。そこで、

「〜するつもりだ」「〜(よ)うと+思考動詞基本形」「〜(よ)うと+思考動詞ている形」

の三表現を比較しながら、それぞれの定着時期や性質を考察することとする。

(8)

3.2 調査方法と資料

 「〜するつもりだ」については、佐田(1974)、土岐(1994b)によって示された「つ もり」の定着時期である文化文政期を中心に推移を観察することとし、その前後の時 期から用例を収集して、出現状況を調査する。「〜(よ)うと+思考動詞基本形」「〜(よ)

うと+思考動詞ている形」についても、「〜するつもりだ」と比較検討するため、同時 期を調査する。

 調査対象とする資料は、江戸時代後期から昭和初期までの文学作品の 33 作品6であ る。2「聞き手存在発話の意志表現」で述べたとおり、調査対象はモダリティ表現であり、

また、①意志を明確に示し、②聞き手存在発話である意志表現であるため、会話文に 多く出現すると予測される。したがって、文学作品の中で口語をうつしたと考えられ る会話文の多く見られるものをとり上げた。近世で入手可能な資料が文学作品である ため、同じ文学作品を対象として通時的に調査することとする。また、一人称小説は、

地の文において、会話文と同様の性質を有する意志のモダリティ表現が多く見られる 可能性が高いので、会話文と地の文の違いが見られやすい三人称小説を対象とする。

 作品は、資料をできる限り均質なものにするため、近世においては江戸のものを採 用し、その中でも、江戸の人が話す言葉、すなわち江戸語に限定する。例えば、『東海 道中膝栗毛』では、弥次郎兵衛と北八の発話に限って用例を収集する。近代以降は、

東京出身の作者の作品、または、東京以外の出身者の作品でも、方言が強く現れてい ない作品を採用し、さらにその中で方言が使用されている用例があれば、その用例は 対象から除外する。

3.3 調査対象とする表現

 三表現において収集する用例については、以下の点に留意した。

(1)否定表現「〜まいと+思考動詞」を含む。

【2】笑ふまいと思つてもふき出してならねへ (浮世床 2 編巻下)

【3】然し謙作は未だ云うまいと思っている。 (暗夜行路 後篇第 4 7)

(2)「〜んと+思考動詞」「〜じと+思考動詞」などの文語も含む。

【4】此刀は先つ頃藤村屋新兵衞方にて買んと思ひ、見ているうちに喧嘩と成り、

(怪談牡丹燈籠 第 6 編)

【5】浮世の事ハ目に入れず耳に聞じと存じました故京都を距れて

(開明小説春雨文庫 第 5 編卷之下第 18 回)

(3) 「〜ますつもり」「〜(よ)うつもり」「〜まいつもり」「〜ましょうと思う」など、

接続形式の典型から外れるものも含む。

(9)

【6】マア遅からぬことでございますから、気長に致て何所ぞ見定めますつもりさ。

(浮世風呂 2 編 巻之下)

【7】女「コレ何をいふのだ ばんとう「イヱサそこで一ツいはふつもりでございます。

  ヱヘン/\、斯もあらうかツ。 (浮世風呂 3 編 巻之上)

【8】伸子は巡査に會ふまでは、如何那に不安でも決して道を訊くまい積りで、どし/\歩き

出した。 (伸子 聽き分けられぬ跫音〈15〉)

【9】「桂さまに中村さまで御座い升かイヤ最う天の口壁の耳を避ませうと思ふと何や彼やに て間を取り大きに遲うなりましてお待どう (開明小説春雨文庫 第 5 編卷之上第 16 回)

(4)「か」などの終助詞を伴うもの、「は」「も」などの副助詞を伴うものも含む。

【10】いつそ山の中へでも引籠んで了はうかと思ひます。 (金色夜叉 後編第 1 章)

【11】いつそ表むいていつてやらうかとも思ふよ。 (通言総籬)

(5)「名詞+『の』+つもりだ」の形式は、意志表現であれば調査対象とする。

【12】喜のぼう、あいばつせへ。こんやは一町目のつもりだ。 (通言總籬)

 これは、「一町目へ行くつもりだ」という意味であるので、意志表現である。

(6) 助動詞「べい」は、田舎の方言(東国語)と江戸の町人の言葉の二通りがあるよ うである(土屋〈1981〉、彦坂〈2006〉)。本稿で対象とする「べい」の用例は、『浮 世風呂』に 1 例見られるが、これは「田舎出の三助」の発話であり、方言と捉え、

本調査対象から除外する。

【13】何がはや、今度観物の太夫どのた云て、四角イ箱さ入て、開帳場の大金もうけべいと 思つて、あらかた普請のうして、 (浮世風呂 前編巻之上)

3.4 文の種類による用例の分布 3.4.1 文の種類による用例の分類

 収集した用例は、会話文、独話・心話文、手紙、地の文の 4 種類に分類して考察する7。 3.2「調査方法と資料」で述べたように、本稿で対象とする表現は会話文に多く見られ ると予測されるが、主に小説を資料とする近代においては、地の文にも多く見られる と思われる。また、そのほかに、独話、心話文、手紙にも見られると考えられるので、

これらの類別について、次のように捉えることとする。

(1)会話文

 会話文は、次の【14】【15】のように、聞き手が物理的に眼前に存在する対話形式の ものであり、聞き手存在発話である。

【14】おいらんにもお目にかゝらうと思つて、こゝへ參ツたら、藤さんはゆふべ余所へお出で、

(10)

今モウ歸ツておしまひだといはれて、 (春色梅兒譽美 巻の 6)

【15】「どうだな其所で。気に入った婦人でもあるかな」

   「甲野の妹を貰う積なんですがね。どうでしょう」 (虞美人草 16)

(2)独話・心話文

 独話と心話文は、作中人物の独白的な発話や心の中で思った発話であり、聞き手存 在発話と聞き手不在発話がある。

 独話、心話文の聞き手存在発話とは、仁田(1991a)が示すように、聞き手が物理的 に存在しなくても、頭の中で想定した聞き手に対して発せられた独話や心話文のこと である。例えば、空に向かって【16】のようにつぶやいた場合、独話の聞き手存在発 話となる(本稿で調査対象とした作品には、独話と心話文の聞き手存在発話の用例は 見られなかった)。

【16】お母さん、いつ帰ってくるつもりなの。

 次の【17】【18】は、独話の聞き手不在発話である。

【17】聲も惜しまず歎きしが、漸くに心付き、淚拂ひて獨言、をちせ「アヽ引モウ泣くまい と思ふけれど、自然に淚が出る、 (閑情末摘花 2 編巻之下第 12 囘)

【18】ヱヽコレサ、商兵衞さん、しつかりしねへ。ヲヤ、コク/\と舩をこぐのか。ハヽア 果報は寐てまつつもりかノ。ヲイ/\、そんな不勉強じやアもうからねへヨ。

(安愚樂鍋 3 編上)

 【17】では、をちせの独話の前に「獨言」と明記されており、また【18】では、商兵 衞は眼前に存在しているが、「ヲヤ、コク/\と舩をこぐのか」で、商兵衞が寝ている と認識していること、また、「ハヽア果報は寐てまつつもりかノ」の「ハヽア」で、自 分で納得していることが分かる。したがって、この文は、寝ている商兵衞に対して話 しかけられたものではなく、聞き手不在の独話として発せられたものと考えられる。

 次の【19】【20】は心話文の聞き手不在発話の例である。

【19】伸子は自分が彼那風に、自分の心を打ち明けようとは思つて居なかつた。もう少し冷 靜に、(中略)最後にあの一言を云はふと考へて居たのに! 順序や考へ等、いつの間 にかけし飛んで仕舞つた。 (伸子 搖れる樹々〈5〉)

【20】決して生れながらにあんな声が出るのではあるまい。わざわざ好い声をしようと思っ て、あんな声を出して、それが第二の天賦になったのだろう。(中略)こう思うと同時 に、純一は(中略)どんな態度に出るかを観察することを怠らない。 (青年 17)

 【19】では、「伸子は(中略)打ち明けようとは思つて居なかつた」は三人称主体の 地の文であるが、「云はふと考へて居たのに!」は、伸子を一人称主体として発せられ た心話文であると考えられる。また、【20】は純一を一人称主体とした心話文の中で、

第三者に言及している部分である。

 本来、「〜するつもりだ」と「〜(よ)うと+思考動詞ている形」の二人称主体、三

(11)

人称主体の文は、必ずしも聞き手を要求しない表現であり、そこに聞き手が存在すれ ば聞き手存在発話となるものである。したがって、独話や心話文の聞き手不在発話で あっても、登場人物の意志を表すモダリティ表現として、調査対象の用例とする。

 また、独話と心話文は、音声を発するか否かの違いであり、本稿では二つをまとめ て「独話・心話文」と呼び、聞き手存在発話、聞き手不在発話にかかわらず、会話文 に準ずるものとして扱うこととする。

 なお、次の【21】は、手紙の中で描かれる自問自答の会話における用例である。これは、

自分自身を聞き手として発せられる独話・心話文と捉えることとする。

【21】自分は寫眞を破るか、誰か西洋人にやらうかと思つたが、その勇氣はなく、又それは 女にたいしてもすまぬことの氣がした。 (友情 下 9)

(3)手紙

 手紙は、読み手に対して書かれている文から成ると考えられるので、聞き手存在発 話である。次の【22】【23】は手紙に見られる用例である。

【22】私は死力を盡して運命と戰ひます。戰ふと云ふよりは運命を開かうと思ひます。

(友情 下 3)

【23】愛子さんとの場合には父上はそういう事は自身やるようと云うお考だったから、改め て誰にも相談はしないつもりです。 (暗夜行路 前篇第 2 6)

 【23】の書き手と手紙の読み手は、普通体で会話をする兄弟であるが、手紙では丁寧 体を使っている。このように手紙は、実際の対話のときとは異なる丁寧度や語が用い られる場合もあるが、一人称的な発話をうつしたものであると捉えることができ、モ ダリティ表現として考察する際は、会話文に準ずるものとして扱うこととする。

(4)地の文

 地の文は、作品の読み手を聞き手だと捉えると、三人称小説においては、聞き手存 在発話であるといえる。3.2「調査方法と資料」で述べたように、本稿が対象とする意 志表現は会話文に多く出現すると思われるが、次の【24】【25】のように、地の文にお いても用例が見られるので、収集して考察を試みることとする。

【24】さても父瀬十は、おはしが内証のことはしらず、はじめのほどは、何とぞ捨五郎に娶せ、

家業相続させんとおもひたりしが、捨五郎不承引のよふすゆへ、

(清談峯初花 後編上冊)

【25】おとっつぁんはそう言って、しかったが、きっとまた、銅貨を投げるのだろうと思った。

そうしたら、(中略)吾一は喜んで、もう一度、イモ屋に駆けて行くつもりだった。

(新篇路傍の石 くち絵のかはりに)

 以上、会話文、手紙、地の文は、聞き手存在発話として調査対象とし、独話・心話文は、

(12)

聞き手存在発話、聞き手不在発話ともに調査対象とする。また、独話・心話文と手紙は、

会話文に準ずるものと考える。

3.4.2 文の種類による用例分布と分析

 次の【表 2】は、「〜するつもりだ」「〜(よ)うと+思考動詞基本形」「〜(よ)う と+思考動詞ている形」の 3 種類の意志表現を、それぞれ会話文、独話・心話文、手紙、

地の文の 4 種類に分類し、その用例分布を作品ごとに示したものである。

 考察の便宜上、調査対象の 33 作品を、意志表現「つもり」が定着したとされる文化 文政期を基準として、約半世紀ごとに次の 4 期に区分する。

【第一期】 『跖婦人伝』から『繁千話』まで、18 世紀半ばから終わりの文化文政期より 前の江戸の洒落本、黄表紙。7 作品。

【第二期】 『東海道中膝栗毛』から『妙竹林話 七偏人』まで、19 世紀初めから半ばの 文化文政期から文久期の江戸の滑稽本、人情本。9 作品。

【第三期】 『安愚樂鍋』から『青年』まで、19 世紀後半から 20 世紀初めの明治期の落語 口演速記、小説。8 作品。

【第四期】 『或る女のグリンプス』から『新篇 路傍の石』まで、20 世紀初めから半ば の大正期から昭和初期の小説。9 作品。

表現

文の種類 会話文 独話・

心話文 手紙 地の文 小計 会話文 独話・

心話文 手紙 地の文 小計 会話文 独話・

心話文 手紙 地の文 小計

跖婦人伝 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1

遊子方言 1 0 0 0 1 2 0 0 1 3 1 0 0 0 1 5

見徳一炊夢 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1

江戸生艶氣樺焼 0 0 0 7 7 0 0 0 2 2 0 0 0 0 0 9

通言総籬 1 0 0 1 2 3 0 0 0 3 0 0 0 0 0 5

古契三唱 1 0 0 0 1 1 0 0 0 1 1 0 0 0 1 3

繁千話 2 0 0 0 2 4 0 0 1 5 0 0 0 0 0 7

小 計 7 0 0 8 15 10 0 0 4 14 2 0 0 0 2 31

東海道中膝栗毛 8 0 0 3 11 12 0 0 3 15 0 0 0 0 0 26

浮世風呂 5 0 0 0 5 16 2 0 0 18 2 0 0 0 2 25

浮世床 4 0 0 0 4 7 0 0 0 7 0 0 0 0 0 11

清談峯初花 3 0 0 3 6 5 0 0 4 9 1 0 0 1 2 17

花暦八笑人 3 0 0 0 3 18 0 0 1 19 2 0 0 1 3 25

假名文章娘節用 1 0 0 0 1 14 0 0 8 22 2 0 0 0 2 25

春色梅兒譽美 9 1 0 2 12 9 0 0 3 12 2 0 0 0 2 26

閑情末摘花 11 1 0 0 12 16 1 0 2 19 3 0 0 0 3 34

妙竹林話 七偏人 17 0 0 0 17 26 0 0 2 28 3 0 0 0 3 48

小 計 61 2 0 8 71 123 3 0 23 149 15 0 0 2 17 237

安愚樂鍋 8 1 0 1 10 4 1 0 0 5 2 0 0 1 3 18

開明小説 春雨文庫 7 0 0 0 7 9 0 1 5 15 3 0 0 0 3 25

怪談牡丹燈籠 18 0 0 2 20 20 0 0 5 25 6 1 0 2 9 54

浮雲 7 0 0 1 8 10 0 0 6 16 4 0 0 0 4 28

白玉蘭 2 3 0 1 6 2 0 0 1 3 0 0 0 2 2 11

金色夜叉 11 0 0 0 11 29 0 0 7 36 3 0 0 0 3 50

虞美人草 31 1 0 6 38 17 1 0 5 23 5 1 0 1 7 68

青年 0 1 0 5 6 6 12 0 27 45 2 2 0 4 8 59

小 計 84 6 0 16 106 97 14 1 56 168 25 4 0 10 39 313

或る女のグリンプス 7 1 0 5 13 3 0 1 6 10 3 0 0 2 5 28

腕くらべ 3 0 0 7 10 8 1 0 11 20 5 0 0 2 7 37

或る女 後編 4 0 1 2 7 4 0 0 13 17 0 0 0 1 1 25

友情 1 0 2 0 3 6 0 11 7 24 1 0 3 0 4 31

暗夜行路 17 0 6 18 41 11 0 2 30 43 4 0 1 6 11 95

子を貸し屋 2 0 0 2 4 1 0 0 6 7 2 0 0 0 2 13

伸子 10 1 0 10 21 20 0 0 5 25 3 1 0 2 6 52

蓼喰う蟲 11 1 1 3 16 0 0 0 2 2 0 0 0 0 0 18

新編 路傍の石 15 0 0 7 22 1 0 0 26 27 6 0 0 2 8 57

小 計 70 3 10 54 137 54 1 14 106 175 24 1 4 15 44 356 合 計 222 11 10 86 329 284 18 15 189 506 66 5 4 27 102 937

【表2】意志表現の作品別用例数(会話文、独話・心話文、手紙、地の文)

「~するつもりだ」 「~(よ)うと+思考動詞基本形」 「~(よ)うと+思考動詞ている形」

合計

(13)

 三表現を、全用例数で通時的に比較すると、第一期では「〜するつもりだ」(15 例)と「〜

(よ)うと+思考動詞基本形」(14 例)が拮抗するが、第二期以降はすべて、用例数の 多い順に、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」(第二期から順に 149 例→ 168 例→ 175 例)、

「〜するつもりだ」(71 例→ 106 例→ 137 例)、「〜(よ)うと+思考動詞ている形」(17 例→ 39 例→ 44 例)となる。

 次に、三表現それぞれにおける 4 種類の文(会話文、独話・心話文、手紙、地の文)

について、その出現状況を通時的に観察すると、次のようになる。

 「〜するつもりだ」は、文化文政期以前(第一期)から用例が見られるが、その第一 期では、会話文 46.7%8(7 例)と地の文 53.3%(8 例)が拮抗している。第二期以降 は、4 種類の文の中で、会話文の割合が、85.9%(61 例)→ 79.2%(84 例)→ 51.1%

(70 例)となり、最も多い。会話文に準ずる独話・心話文と手紙を含めると、88.7%(63 例)→ 84.9%(90 例)→ 60.6%(83 例)となり、さらに用例全体に占める割合が増 す。しかし、同じ第二期以降、地の文の占める割合が、11.3%(8 例)→ 15.1%(16 例)

→ 39.4%(54 例)と増加しており、「〜するつもりだ」全体の 4 割近くを占めるまでに 至っている点は、留意すべきであろう。

 「〜(よ)うと+思考動詞基本形」は、第一期から、会話文が 71.4%(10 例)→ 82.6%(123 例)→ 57.7%(97 例)→ 30.9%(54 例)と推移し、地の文は 28.6%(4 例)→ 15.4%(23 例)

→ 33.3%(56 例)→ 60.6%(106 例)と推移している。つまり、「〜(よ)うと+思考 動詞基本形」は、文化文政期以前から用例が見られ、また、第三期までは、会話文に おける用例数が最も多い。この点は、「〜するつもりだ」と同様である。しかし、第四 期においては、「〜するつもりだ」とは異なり、地の文(60.6%、106 例)が会話文(30.9%、

54 例)を上回っている。これは、第四期の 9 作品のうち 8 作品において見られる現象 であり、また、会話文に独話・心話文と手紙を含めても、9 作品中 7 作品において地の 文のほうが優勢となる。したがって、第四期において地の文が優勢となるという結果は、

ある特定の作品が影響したためではないと考えられる。

 「〜(よ)うと+思考動詞ている形」は、第一期で会話文が 2 例見られるが、主に 用例が見られるようになるのは第二期からであり、「〜するつもりだ」、「〜(よ)う と+思考動詞基本形」よりも用例の出現が遅いことが分かる。第二期以降、会話文は 88.2%(15 例)→ 64.1%(25 例)→ 54.5%(24 例)と推移し、地の文は 11.8%(2 例)

→ 25.6%(10 例)→ 34.1%(15 例)と推移する。つまり、全期にわたって会話文の占 める割合が最も高いということである。しかし、地の文の占める割合も徐々に増えて おり、「〜するつもりだ」と同様の推移を示していることが分かる。

 このように、「〜するつもりだ」と「〜(よ)うと+思考動詞ている形」は、第二期以降、

会話文に最も多く現れる。一方、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」は、第三期までは 会話文に最も多く現れるが、第四期になると、地の文での出現が会話文を上回る。な お、「〜するつもりだ」と「〜(よ)うと+思考動詞ている形」も、第四期へ下るにし

(14)

たがって、地の文が徐々に増えていく。これについては、第三期と第四期の主たる調 査対象資料が小説となり、地の文そのものが増えたために用例が増えたという面はあ る。ただし、江戸時代には、地の文が多い作品において用例が特に多く見られるわけ ではない。地の文に見られる用例は、地の文におけるモダリティ表現の新たな展開と して、用法そのものに注目すべきであろう。2「聞き手存在発話の意志表現」で述べた とおり、本稿では、①意志を明確に示し、②聞き手存在発話である意志表現のモダリティ について考察するのであり、地の文より、会話文と、それに準ずる独話・心話文およ び手紙に優位性を持たせる考え方は妥当であると思われる。しかし、以上の結果から、

地の文における意志表現の用いられ方に留意しつつ考察を進めることが、三表現それ ぞれの定着時期と性質を明らかにする際、有効であると考えられる。地の文については、

3.7.2.2「地の文の述べ立て」および 3.7.4.3「『〜(よ)うと+思考動詞基本形』の定着 時期」で述べることとする。

 なお、「〜するつもりだ」における定着時期を【表 2】の調査結果から推測すると、

土岐(1994b)の方法による結果(文化文政期頃)と一致する。4 種類の文をすべて合 わせた用例数で見ると、第一期で 7 作品すべてに出現しており、この時期に安定した といえそうであるが、用例数が 1 例ずつの作品が多く、第二期のほうが安定性が高い。

また、この現象は、特に会話文において観察される。よって、土岐(1994b)の結果と 一致すると考えられる。

 また、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」も、同じく安定性から考えて、第二期が定 着時期と推測され、その安定性は、やはり会話文において顕著に見られる。

 「〜(よ)うと+思考動詞ている形」は、安定性からは第三期が定着時期と推測され るが、会話文に限定すると、第二期の後半から安定性が見られ、第二期から第三期に かけて定着したと推測される。

 ただし、本稿では、モダリティ表現としての定着を、主節における分布から判断す るので、次節にて、用例を文中と文末に分類し、考察を進める。

3.5 文末用法からの定着時期の認定

 本稿では、3.1「意志表現の歴史的変遷に関する先行研究」で述べたとおり、モダリティ 表現としての定着を、主節における使用の安定化にみる。そこで、本節では、意志表 現の出現箇所を文中と文末に分けて、文末における用例を調査し、三表現の定着時期 の認定を試みる。本節以降、「文末」とは、単文の文末および複文の主節を指し、「文中」

とは、複文の従属節を指すこととする。

 なお、会話文に準ずる独話・心話文および手紙における用例は、本節以降、会話文 の用例に含めて扱うこととする。したがって、考察対象とする文の種類は、会話文(独 話・心話文、手紙を含む。以下、同様とする)と地の文の 2 種類である。

(15)

3.5.1 文中と文末の認定

 意志表現の出現箇所の認定については、以下のとおりとする。

(1)文末と認定するもの

①「〜ている」「〜ところだ」などのアスペクト

【26】先生の為めならばこれから先何処までも力になる積でいる。 (虞美人草 12)

【27】今五十川さんに祈禱をお賴み申して、食べていたゞかうと思つた所であつた……

(或る女のグリンプス 8)

 【26】【27】のように、「積(つもり)」や思考動詞に後接するものが「〜ている」「〜

ところだ」などのアスペクトを表す形式である場合、「力になる積でいる」「食べていたゞ かうと思つた所であった」で、それぞれ一つの述語と考え、文末とする。

(2)文中と認定するもの

②「〜こともある位である」「〜より外はない」「〜かもしれない」「〜とみえる」

  「〜ないでなんとしよう」

  (用例に施した点線は被修飾名詞を示す。以下、同様とする。)

【28】折々はことさらに

Sparta

風の生活をして見ようと思うこともある位である。

(青年 22)

【29】だから、つまらない世の中を幾分か面白く暮さうと考へるより外は無いのさ。

(金色夜叉 前編第 5 章)

【30】小野さんとは脊中合せのままでわかれる積かも知れない。 (虞美人草 11)

【31】まだはじまらぬお長がこゝろのいろをとりひしぐつもりとみえたり

(春色梅兒譽美 後編巻 4)

【32】末のすゑまで添ひとげようと、思はないでなんとせう。

(假名文章娘節用 後編中卷第 5 囘)

 【28】は、「こともある位である」を含んだ述語(文末)と捉えると、「ことがある」

のモダリティを検討することになる。本稿では、意志表現のモダリティを考察するため、

「〜見ようと思う」が形式名詞「こと」に掛かる、形式名詞の補足節と捉え、文中とする。

【29】は形式名詞を省略した補足節、【30】は「〜積」を疑問表現の補足節、【31】は「〜

つもり」を引用節、【32】は接続助詞「で」が後接した従属節と捉え、すべて文中とする。

③倒置

【33】「大分荷物が多いぢやないか、今度は幾日ぐらゐ居るんだ」「今度は少し東京に用があ るんだ、君ん所にも五六日はゐるつもりだが」 (蓼喰ふ蟲 その 4)

 「君ん所にも五六日はゐるつもりだが」は、「今度は少し東京に用があるんだ、」の従 属節になるものであり、主節と従属節の位置が逆転したものと考えられるので、文中 とする。

(16)

④言いさし

  (用例の発話者名に付した〈 〉は筆者による。以下、同様とする。)

【34】モシきのさま、とらけんはどふでござります。〈喜の〉又まかさうと思つて。いそぐな

らいつてきねへ。 (通言總籬)

【35】これから御前さんがたの意見を聞いて、どうとも悪い所は直す積だから……」

(虞美人草 19)

 【34】【35】は、③「倒置」とは異なり、主節が前部にも後部にもないものであり、

これを「言いさし」と呼ぶ。発話しない文末を予測して補うことになるので、文中と する。

 なお、翻刻において読点「、」が用いられている場合でも、後の節と内容的に切り離 されていると考えられるものは、後の節に続いていないと捉えることとする。次の【36】

の「又からかはうと思つて、」と「ヤどなたもおゆるりと。」は、内容的に区切られて いると考えられるので、「又からかはうと思つて、」は、言いさしに分類する。

【36】びん「よく拝んでお上なせへ いんきよ「又からかはうと思つて、ヤどなたもおゆる

りと。 (浮世床 初編巻之上)

⑤言いさし+終助詞

【37】もう二三日内には帰らうと思つてね。お前さん能く来られましたね。学校の方は?

(金色夜叉 前編第 7 章)

【38】「なにそりゃ、承知しているから、当人の気に障らない様に云う積ですがね」

(虞美人草 10)

 【37】【38】は、前部にも後部にも主節が見られない言いさしであるが、終助詞が後 接している。そのため、文末化の傾向を示しているとはいえるが、言いさしの範疇と 捉え、文中とする。

3.5.2 文中と文末の用例分布と分析

 意志を表す三表現を、会話文と地の文に分類し、さらに、その出現箇所を文中と文 末に分類した用例数の分布を、【表 3】に示す。

(17)

(1)会話文

 【表 3】から、「〜するつもりだ」の会話文の、各期における文中と文末の割合と用例 数を示すと、次のようになる。

【第一期】 文中

42.9%(3 例)

文末

57.1%(4 例)

【第二期】 文中

57.1%(36 例)

文末

42.9%(27 例)

【第三期】 文中

51.1%(46 例)

文末

48.9%(44 例)

【第四期】 文中

43.4%(36 例)

文末

56.6%(47 例)

 第一期においては、文中、文末ともに、用例数が少ない。モダリティ表現としての 定着を認定する基準となる文末においては、7 作品中 4 作品に 1 例ずつである。したがっ て定着しているとはいえない。

 第二期では、文末で 9 作品中 8 作品に用例が見られ、用例数を見ても、安定して用 いられているといえそうである。ただし、文末(42.9%)より文中(57.1%)のほうが 優勢であり、文末が文中を上回るのは、第四期(文末 56.6%、文中 43.4%)に入って からである。第三期は、第二期と同じく、文末(48.9%)より文中(51.1%)のほうが 優勢ではあるが、その差はわずかであり、拮抗しているといえるだろう。したがって、「〜

するつもりだ」は、第二期から第三期にかけてなだらかに定着したとみるべきであろ うか。そうすると、「〜するつもりだ」のモダリティ表現としての本格的な定着は、土 岐(1994b)の文化文政期より遅れることも考えられる。この点については、後述にて さらに考察する。

 「〜(よ)うと+思考動詞基本形」の会話文の、各期における文中と文末の割合と用 例数は、次のようになる。

表現 文の種類

文中・文末 文中 文末 文中 文末 文中 文末 文中 文末 文中 文末 文中 文末

跖婦人伝 1 0 0 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1

遊子方言 0 1 0 0 0 1 1 0 2 1 0 1 2 3 0 1 0 0 0 1 1 5

見徳一炊夢 0 1 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1

江戸生艶氣樺焼 0 0 6 1 6 1 7 0 0 2 0 2 0 2 0 0 0 0 0 0 0 9

通言総籬 0 1 1 0 1 1 2 2 1 0 0 2 1 3 0 0 0 0 0 0 0 5

古契三唱 0 1 0 0 0 1 1 1 0 0 0 1 0 1 0 1 0 0 0 1 1 3

繁千話 2 0 0 0 2 0 2 4 0 1 0 5 0 5 0 0 0 0 0 0 0 7

小 計 3 4 7 1 10 5 15 7 3 4 0 11 3 14 0 2 0 0 0 2 2 31

東海道中膝栗毛 2 6 3 0 5 6 11 12 0 3 0 15 0 15 0 0 0 0 0 0 0 26

浮世風呂 2 3 0 0 2 3 5 14 4 0 0 14 4 18 1 1 0 0 1 1 2 25

浮世床 1 3 0 0 1 3 4 6 1 0 0 6 1 7 0 0 0 0 0 0 0 11

清談峯初花 2 1 3 0 5 1 6 5 0 4 0 9 0 9 1 0 1 0 2 0 2 17

花暦八笑人 2 1 0 0 2 1 3 16 2 1 0 17 2 19 1 1 1 0 2 1 3 25

假名文章娘節用 0 1 0 0 0 1 1 11 3 8 0 19 3 22 2 0 0 0 2 0 2 25

春色梅兒譽美 9 1 1 1 10 2 12 9 0 3 0 12 0 12 2 0 0 0 2 0 2 26

閑情末摘花 12 0 0 0 12 0 12 15 2 2 0 17 2 19 2 1 0 0 2 1 3 34

妙竹林話 七偏人 6 11 0 0 6 11 17 24 2 2 0 26 2 28 2 1 0 0 2 1 3 48

小 計 36 27 7 1 43 28 71 112 14 23 0 135 14 149 11 4 2 0 13 4 17 237

安愚樂鍋 5 4 0 1 5 5 10 5 0 0 0 5 0 5 1 1 1 0 2 1 3 18

開明小説 春雨文庫 3 4 0 0 3 4 7 9 1 5 0 14 1 15 2 1 0 0 2 1 3 25

怪談牡丹燈籠 6 12 2 0 8 12 20 19 1 5 0 24 1 25 6 1 2 0 8 1 9 54

浮雲 5 2 1 0 6 2 8 7 3 5 1 12 4 16 2 2 0 0 2 2 4 28

白玉蘭 2 3 1 0 3 3 6 1 1 1 0 2 1 3 0 0 2 0 2 0 2 11

金色夜叉 6 5 0 0 6 5 11 15 14 4 3 19 17 36 2 1 0 0 2 1 3 50

虞美人草 18 14 3 3 21 17 38 16 2 3 2 19 4 23 1 5 1 0 2 5 7 68

青年 1 0 5 0 6 0 6 11 7 22 5 33 12 45 3 1 3 1 6 2 8 59

小 計 46 44 12 4 58 48 106 83 29 45 11 128 40 168 17 12 9 1 26 13 39 313

或る女のグリンプス 5 3 4 1 9 4 13 3 1 6 0 9 1 10 1 2 1 1 2 3 5 28

腕くらべ 0 3 7 0 7 3 10 8 1 8 3 16 4 20 2 3 0 2 2 5 7 37

或る女 後編 2 3 2 0 4 3 7 3 1 10 3 13 4 17 0 0 0 1 0 1 1 25

友情 0 3 0 0 0 3 3 8 9 4 3 12 12 24 1 3 0 0 1 3 4 31

暗夜行路 7 16 15 3 22 19 41 1 12 13 17 14 29 43 1 4 4 2 5 6 11 95

子を貸し屋 2 0 2 0 4 0 4 1 0 3 3 4 3 7 0 2 0 0 0 2 2 13

伸子 4 7 7 3 11 10 21 18 2 3 2 21 4 25 2 2 2 0 4 2 6 52

蓼喰う蟲 10 3 2 1 12 4 16 0 0 2 0 2 0 2 0 0 0 0 0 0 0 18

新編 路傍の石 6 9 5 2 11 11 22 1 0 17 9 18 9 27 2 4 0 2 2 6 8 57

小 計 36 47 44 10 80 57 137 43 26 66 40 109 66 175 9 20 7 8 16 28 44 356 合 計 121 122 70 16 191 138 329 245 72 138 51 383 123 506 37 38 18 9 55 47 102 937

【表3】会話文、地の文における意志表現の文中・文末別用例数

「~するつもりだ」 「~(よ)うと+思考動詞基本形」 「(よ)うと+思考動詞ている形」

会話文 地の文 文中   合計   計

文末    計 小計 会話文

地の文 文中   小計   計

文末    計

※会話文には、独話・心話文、手紙を含む。

地の文 文中     計

文末    計 小計 会話文

(18)

【第一期】 文中

70.0%(7 例)

文末

30.0%(3 例)

【第二期】 文中

88.9%(112 例)

文末

11.1%(14 例)

【第三期】 文中

74.1%(83 例)

文末

25.9%(29 例)

【第四期】 文中

62.3%(43 例)

文末

37.7%(26 例)

 第一期においては、文末では、7 作品中 2 作品に 3 例見られるのみであり、モダリティ 表現として定着しているとはいえない。

 第二期では、文末で用例が見られるのは 9 作品中 6 作品であり、安定しているとは いえず、また、文末(11.1%)より文中(88.9%)のほうが圧倒的に優勢であり、モダ リティ表現として定着したと考えるのは難しい。

 第三期では、文末で 8 作品中 7 作品に用例が見られるが、第二期と同様、文末(25.9%)

より文中(74.1%)のほうが優勢である。徐々に文末の割合が増えてはいるが、第四期 においても、文末(37.7%)より文中(62.3%)のほうが優勢である。このように、第 一期から第四期まで、文中が優勢である状態に変化は見られない。したがって、「〜(よ)

うと+思考動詞基本形」の定着時期については、さらに考察を要すると思われる。

 最後に、「〜(よ)うと+思考動詞ている形」の会話文について、各期における文中 と文末の割合と用例数を示すと、次のようになる。

【第一期】 文中

0.0% (0 例)

文末

100.0%(2 例)

【第二期】 文中

73.3%(11 例)

文末

26.7% (4 例)

【第三期】 文中

58.6%(17 例)

文末

41.4% (12 例)

【第四期】 文中

31.0%(9 例)

文末

69.0% (20 例)

 第一期においては、7 作品中 2 作品の文末に 1 例ずつ見られるのみであり、モダリティ 表現として定着しているとはいえない。

 第二期では、文末に用例が見られるのは 9 作品中 4 作品であり、また、文末(26.7%)

より文中(73.3%)のほうが優勢であるため、やはり定着したとはいえない。

 第三期では、8 作品中 7 作品の文末に用例が見られ、安定性は増すが、やはり文末

(41.4%)より文中(58.6%)のほうが優勢である。文末が文中を上回るのは第四期(文 末 69.0%、文中 31.0%)に入ってからであり、「〜(よ)うと+思考動詞ている形」は、

第三期から第四期にかけてなだらかに定着したとみるべきであろうか。

 以上、変遷の傾向はそれぞれ緩やかであるが、本項の結果からは、「〜するつもりだ」

は、第二期から第三期にかけて、「〜(よ)うと+思考動詞ている形」は、第三期から 第四期にかけて定着したと推測される。「〜(よ)うと+思考動詞基本形」は、文中の 優勢が第四期まで維持され、定着時期の推測は難しい。

 なお、「〜するつもりだ」と「〜(よ)うと+思考動詞ている形」は、文中の優勢か ら文末の優勢へと転じる現象が見られる点で共通しており、「〜(よ)うと+思考動詞 基本形」とは異なる。この点は、三表現の性質を考察する際に注意すべきである。「〜(よ)

うと+思考動詞基本形」の定着時期については、さらに考察を要するが、「〜するつも

(19)

りだ」、「〜(よ)うと+思考動詞ている形」についても併せて、3.6「文中用法の従属性」

で別の角度から、さらに検討する。

(2)地の文

 地の文について、文中と文末の用例数を比較すると、文末が優勢となるのは、「〜

(よ)うと+思考動詞ている形」の第四期のみである。ただし、文中が 46.7%(7 例)、

文末が 53.3%(8 例)(【39】など)であり、用例数は拮抗している。それ以外は、三表 現すべて、第四期まで文中の用例が優勢であり、文末の割合が最も高いものでも、「〜

(よ)うと+思考動詞基本形」の第四期の 37.7%(40 例)である。つまり、地の文では、

全体的に文中使用が優勢であり、地の文で意志のモダリティ表現が用いられていても、

そのモダリティ性は弱いという可能性があるといえそうである。

【39】葉子が倉地が持つて來てくれた紙幣の束から仕拂はうとした時は、(中略)埋め合せを して、すぐその儘返さうと思つてゐたのだつた。 (或る女 後編)

 次に、地の文の文末の用例数を会話文の文末の用例数と比較すると、三表現のうち、

「〜(よ)うと+思考動詞基本形」の第四期でのみ、地の文の文末(40 例)が、会話 文の文末(26 例)を上回る。これは、3.4.2「文の種類による用例分布と分析」で得ら れた結果と同じであり、意志のモダリティ表現の定着を判断する基準とした文末の用 例のみを対象としても、会話文より地の文のほうが用例数が多いという結果となった。

本項(1)「会話文」でみた定着の傾向(「〜するつもりだ」と「〜(よ)うと+思考動 詞ている形」は緩やかに定着したと考えられるが、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」

は定着がみられなかった)と併せて、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」は、地の文に おいても「〜するつもりだ」、「〜(よ)うと+思考動詞ている形」の二表現とは異な る傾向を示していることが分かる。この傾向の違いは、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」

と二表現とのモダリティ性や機能の違いではないだろうか。このことに関しては、3.7「意 志表現のモダリティ」でさらに考察を行うこととする。

3.6 文中用法の従属性

 前節では、従属節をすべて文中に分類してきたが、従属節は、その形式によって従 属性の高さに違いが生じる。従属性が高い場合は、丁寧さ、モダリティ、テンス、ア スペクト、肯否などの文法カテゴリーが保留され、主節に従属することが多く、従属 性が低い場合は、主節から独立して文法カテゴリーを有する傾向が強くなる。したがっ て、従属性の低い従属節のモダリティは、主節におけるモダリティに準ずると考える ことができる。よって、モダリティ表現としての定着を考察する際、主節だけでなく、

従属性の低い従属節の用例も対象とする必要がある。そこで、従属節に用いられてい る意志表現の用例を、その従属度に応じて分類していくこととする。

(20)

3.6.1 従属節の分類

 従属節の従属度は、南(1974、1993)の「従属句の従属度合い9」を用いて考察する。

南(1974、1993)は、従属節のうち、接続助詞、活用語の連用形、形式名詞のうちの 一部で終わっているものを従属句と呼び、その従属度を

A

類、B類、C類の 3 段階に 分類している。A類は高い従属度を示すもの、B類はやや高い従属度を示すもの、C 類は低い従属度を示すもの(独立性の高いもの)を表す。以下に、本稿で調査対象と した用例を用いて、A類、B類、C類の分類を示す。

(1)A類

 従属節が

A

類の用例は次の【40】【41】の 2 例のみであり、2 例とも「ながら(乍ら)」

で付帯状況を表す。(二重線  は、従属節で意志表現を受けているところであり、こ こによって分類が決定される。以下、同様とする。)

【40】而して落付いた勝利者らしい心持ちで準備をして置かうと思ひながら床から起き上つ

た。 (或る女のグリンプス 18)

【41】彼女は興味なく、若し誰かに何處かに招かれるのだつたらすぐ斷らうと思ひ乍ら受話

器をとりあげた。 (伸子 搖れる樹々〈3〉)

(2)B類

 次の【42】〜【45】は、従属節が

B

類の用例であり、丁寧さやテンス、文全体のモ ダリティなどを主節に依存している。「て(で)」は、【42】では並列的な状況を、【43】

では理由を表す。また、【44】は連用形で理由を表し、【45】の「ながら」は逆接を表す。

【42】この借金はおまえさんが返さなくっちゃならないものなんだよ。いいかい。そのつも りで、長く働いてもらわなくっちゃなりませんよ。」 (新篇路傍の石 東京 1)

【43】高い所なら梯子かけて登ふとおもつて、わざわざもとめて持参いたしました

(東海道中膝栗毛 7 編下)

【44】娘の病氣を治さうと思ひ、夏とは云ひながら此老人が水をあびて神佛え祈るくらゐな

譯で、 (怪談牡丹燈籠 第 3 編)

【45】今度は話さう、今度は話さうと思ひながら、私の口からは何と無く話し難いやうで、

実は今まで言はずにゐたのだけれど、 (金色夜叉 後編第 3 章)

(3)C類

 次の【46】【47】の「が」「から」の用例は、従属節が

C

類の用例であり、その表現 形式が表すモダリティ、丁寧さ、テンスなどは、従属節内で決定される。例えば【47】は、

主節が「身に付て置きなさい」なので命令のモダリティであるが、従属節「縫ひ込ん で置く積りだから」は、命令のモダリティにはならない。

【46】ちつとばかし聞ィて夫から早く来るつもりで有たが、向嶋の権三が所にちつと用が有

(21)

ていつたはな。 (繁千話)

【47】そこで私が細い金を撰て襦袢の中へ縫ひ込んで置く積りだから、膚身離さず身に付て

置きなさい。 (怪談牡丹燈籠 第 7 編)

 なお、従属性について、南(1974、1993)は現代語で考察しているので、次の【48】

の「思ったなれど」は現代語「思ったけれど」に置き換えるなどして考察する。

【48】表向にしやうとは思つたなれど、此方は証據のない聞た事、(怪談牡丹燈籠 第 6 編)

 前述した倒置、言いさし、言いさし+終助詞についても、南(1974、1993)に従っ て分類する。例えば、【35】(再掲)は「直す積だから……」であり、C類となる。

【35】これから御前さんがたの意見を聞いて、どうとも悪い所は直す積だから……」

(虞美人草 19)

3.6.2 その他の従属節

 南(1974、1993)の分類対象から除外10されているのは次の(1)〜(3)の用例である。

これらについても、その従属性を検討して、主節に準ずるものとして捉えるかどうか を判断する。

(1) 補足節(連体修飾節、格助詞が後接する形式名詞の補足節を含む。なお、点線  は、

被修飾名詞を示す。以下、同様とする。)

【49】そりやアおまはんだれが來たつて、しよふと思ふ返事ならしまはアな。

(春色梅兒譽美 巻の 3)

【50】いつそしんでゞもしまをふかと、おもつたことはいくたびか。 (清談峯初花 後編)

 【49】は「返事」という実質名詞に掛かる連体修飾節、【50】は「こと」という形式 名詞に掛かる形式名詞の補足節である。これらは、主題の「は」や、モダリティ表現 のうち「だろう」「ね」などを取り込むことができない点で、南(1974、1993)の

B

類 に準ずるものと考えることができる。

(2)体言止め(体言止めは、本稿では、「つもり」にのみ現れる形式である。)

【51】彼の女は何か筋のわるい女だそうだから、最う好加減に切りあげる積り、夫とも爰の 家を二百兩にでも三百兩にでもたゝき賣て仕舞て、 (怪談牡丹燈籠 第 8 編)

 【51】は、体言「積り」で終わる従属節である。「だ」「です」などを欠く点で、完全 な文の形ではないが、そのほかは完結した文に近いと考えられる。よって、主節に準 ずる独立性を持つものとする。ただし、次の【52】のように句点で区切られている体 言止めは、従属節ではなく主節に分類する。

【52】「その時、私、京都へ行きたいの」「お兄さんに連れて来て貰うさ」「ええ、そのつもり。

だけど何時なの? (暗夜行路 後篇第 3 11)

(22)

(3)引用節

【53】私がこれからどうして行く積だと聞いたら、また官員の口でも探そうかと思ッてます

とお言いじゃなかッたか。 (浮雲 第 11 回)

【54】そうして他人には財産を藤尾にやって自分は流浪する積だなんて云うんだよ。

(虞美人草 8)

 引用節は、【53】のように丁寧体も含む完結した文をそのまま取り込むことができる ので、C類よりさらに従属性の低いものと捉えることができる。

 したがって、(1)「補足節」は、やや従属性の高い

B

類に準ずるものとして扱い、(2)

「体言止め」と(3)「引用節」は、従属性の低いものとし、C類と同様、主節に準ずる ものとして分析していくこととする。

3.6.3 従属性の違いによる用例分布と分析

 以上のことを踏まえて、三表現の用例を、会話文と地の文それぞれに、「モダリティ を独立して有する節」と「モダリティが主節に従属する節」に分類すると、次の【表 4】

のようになる。「モダリティを独立して有する節」(以下、「独立する節」とする)には、

従属性の低い従属節(南〈1974、1993〉の

C

類、体言止め、引用節)、複文の主節、単 文が属する。「主節に従属する節」(以下、「従属する節」とする)は、従属性の高い従 属節(南〈1974、1993〉の

A

類および

B

類、補足節)である。倒置、言いさし、言い さし+終助詞、その他の 4 種類については、用例ごとに、独立する節、従属する節を 判断し、それぞれ分類する。

 なお、南(1974、1993)に基づいた 3 分類や、倒置、言いさし、引用節、補足節など、

従属節の種類ごとに分類した各作品の用例分布は、資料【表 1 − 1】〜【表 1 − 6】11 に示す。

参照

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