3.7 意志表現のモダリティ
3.7.4 モダリティの種類による用例分布と分析
3.7.4.5 用法の相互比較
三表現の定着時期と、定着時のモダリティをまとめたものを、次の【表 7】に示す。
「〜するつもりだ」と「〜(よ)うと+思考動詞ている形」は、ともに意志表明とい う主観的なモダリティを表す表現として定着する。定着時期は、「〜(よ)うと+思考 動詞ている形」が「〜するつもりだ」の一期後であり、同じ傾向の新たな表現と捉え ることもできそうである。
それに対して、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」は、会話文の述べ立てという客観 的なモダリティと、意志表明という主観的なモダリティが、同時期に定着している。
このうち、会話の述べ立てのほうが、やや安定性がある。また、地の文の述べ立ては 主筋を担うことができる。したがって、「〜するつもりだ」および「〜(よ)うと+思 考動詞ている形」とは異なるモダリティ性と機能を有するといえる。
なお、会話文のみを対象とすると、三表現すべてにおいて意志表明のモダリティが 優勢となり、主観性の強い表現としての用法が優位性を持つことが分かる。
一方、意志表明と述べ立て全体を比較した場合、「〜するつもりだ」は、定着時から 意志表明が優位性を維持しているのに対し、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」は、述 べ立て全体が優勢を維持している。「〜(よ)うと+思考動詞ている形」は、意志表明 と述べ立て全体が拮抗しながら増えている。すなわち、より主観的用法の多い表現か ら順に、「〜するつもりだ」→「〜(よ)うと+思考動詞ている形」→「〜(よ)うと
+思考動詞基本形」であるといえる。
しかし、三表現を通時的に見ると、述べ立て全体の用例が増えてきており、特に地 の文の述べ立ては、第四期において、三表現すべてが会話文の述べ立てを上回っている。
3.7.2.2「地の文の述べ立て」で述べたとおり、主観性の強いモダリティから順に、意志 表明→会話文の述べ立て→地の文の述べ立てとなるので、程度の差はあるが、三表現は、
より客観的に用いられる傾向を示すようになっていると考えられる。
4 おわりに
本稿では、「〜するつもりだ」、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」、「〜(よ)うと+
思考動詞ている形」という 3 種類の意志表現について、それぞれの定着時期と性質を 明らかにすることを目的として、モダリティを独立して有する節を、意志表明、会話 文の述べ立て、地の文の述べ立ての 3 種類のモダリティに分類し、その用例分布を分 析した。その結果、次のような結論が得られた。
意志表現 定着時期 モダリティ
「~するつもりだ」 第二期(文化文政期頃) 意志表明
「~(よ)うと+思考動詞基本形」 第二期(文化文政期頃) 会話文の述べ立て・意志表明
「~(よ)うと+思考動詞ている形」 第三期(明治期) 意志表明
【表7】意志表現の定着時期とモダリティ
「〜するつもりだ」は、文化文政期頃に意志表明のモダリティを表す表現として定着 した。「〜(よ)うと+思考動詞基本形」も同じく文化文政期頃に定着したが、定着時 のモダリティは、会話文の述べ立てと意志表明の 2 つであった。「〜(よ)うと+思考 動詞ている形」は、二表現より遅く、明治期に意志表明のモダリティを表す表現とし て定着した。
モダリティ性の推移としては、「〜するつもりだ」は主観性の強い用法の優位性を維 持し、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」は客観性の強い用法の優位性を維持する。「〜
(よ)うと+思考動詞ている形」は主観性の強い用法と客観性の強い用法が同程度に増 えていく。
また、地の文においては、「〜(よ)うと+思考動詞基本形」が主筋を構成する機能 を有し、時代が下るにしたがって、「〜するつもりだ」、「〜(よ)うと+思考動詞てい る形」に比べて使用が顕著に見られるようになる。
このように、定着時の主たるモダリティ、モダリティ性、機能において、「〜するつ もりだ」と「〜(よ)うと+思考動詞ている形」は同じような傾向を示しており、「〜
(よ)うと+思考動詞基本形」とは異なることが分かる。しかし、地の文においては、「〜
するつもりだ」と「〜(よ)うと+思考動詞ている形」の用例も増加の推移が見られ、
地の文を通して主筋とは異なる登場人物の心理を描く傾向が示されてきているとも考 えられる。
また、三表現について、より主観的用法の多い表現から順に、「〜するつもりだ」→
「〜(よ)うと+思考動詞ている形」→「〜(よ)うと+思考動詞基本形」であるとし たが、意志表明のモダリティにおいて、「〜するつもりだ」と「〜(よ)うと+思考動 詞基本形」は、その割合は増加していない。それに対して、「〜(よ)うと+思考動詞 ている形」は、述べ立てのモダリティとともに意志表明のモダリティも増加している。
この傾向が維持されれば、昭和初期以降、主観的用法は、「〜(よ)うと+思考動詞て いる形」が、「〜するつもりだ」に代わり、優勢に転じる可能性も考えられる。これは、
「〜するつもりだ」と「〜(よ)うと+思考動詞ている形」が同じ傾向を示してきた表 現であるという調査結果と関連しているように思われる。主観的用法の推移について、
さらに時代を下って調査したいと考える。
注
1
「思考動詞」とは、工藤(1995)の定義によるもので、「思う」「考える」「信じる」など、ている形にせず現在形のままで、話し手の発話時現在の思考を表す動詞のことである。
次の【1】【2】のような「考えてみる」や「思い立つ」などの複合動詞は、現在形のま まで話し手の発話時現在の思考を表す動詞とはならないので、本稿における調査対象 から除外する。(用例の番号は、「注」のみにおける通し番号である。以下、同様とする。)
【1】女形が入用だゆゑ、だれを賴まうかと考へて見るに、おめへも知つての通り、
わたしが内へ來る男に女形を勤めようといふ首が一ツもねえから、
(花暦八笑人 3 編追加上)
【2】孝助は(中略)早や主人の年回にも當る事ゆゑ一度江戸へ立歸らんと思ひ立ち、
日數を經、八月三日江戸表へ着いたし、 (怪談牡丹燈籠 第 10 編)
2
森山(1990)は、意志動詞の現在形は、「本質的には、話し手の意志的統制による(す なわち確実な)未来の動作の言明なのであり、それを介して結果として意志の表明と いう意味をも持つ場合があるに過ぎない」と述べている。3
安達(2002)は、「と思っている」は「と思う」によって示された思考活動そのものを 対象化する表現であり、そのため、一人称以外の主体についても言及することができ ると述べている。4
土岐(1994b)は、「計算」の例として次の【1】を、「推量」の例として【2】を挙げて いる。(用例の番号は、「注」ごとに 1 から付すこととする。以下、同様とする。)【1】九千貫目は御定、このほかに五千貫目の代物替、追割・願売など、年中何万貫 目と積りは、算盤の上にも知れがたし。 (好色敗毒散)
【2】(女房)鉄砲で打殺した物が薬位で届くものじやアないはな。つもりにもしれた
もんだ。 (浮世風呂 2 編巻之下)
なお、「酒宴の最後の杯」については、作品と用例数は示されているが、用例は示され ていない。土岐(1994b)が示した作品から、筆者によって【3】に用例を示す。
【3】ソリヤよいわい。とてものことに、おつきなもんでおつもりにしよじやないか
いな (東海道中膝栗毛 7 編下)
5
「〜(よ)うと+思考動詞基本形」について、具体的な用例としては、次のように、古 くから『古事記』の中の歌謡などに見られるようである。知波夜比登 宇遅能和多理邇 和多理是邇 多弖流 阿豆佐由美麻由美 伊岐良牟 登 許々呂波母閉杼 伊斗良牟登 許々呂波母閉杼 (古事記 中巻 応神天皇)
6 調査対象とする 33 作品を、成立、初出(刊行)年順に列記する。複数編にわたるもの で刊行年等が異なる場合は、複数の年号を併記する。考察の便宜上、作品を 4 期に区 分しており、それも併せて記す。なお、作品名に施す鍵括弧は省略する。
【第一期】 (1) 跖婦人伝 (洒落本 泥郎子 1753)
(2) 遊子方言 (洒落本 田舎老人多田爺 1770)
(3) 見徳一炊夢 (黄表紙 朋誠堂喜三二 1781)
(4) 江戸生艶氣樺焼 (黄表紙 山東京伝 1785)
(5) 通言総籬 (洒落本 山東京伝 1787)
(6) 古契三娼 (洒落本 山東京伝 1787)
(7) 繁千話 (洒落本 山東京伝 1790)
【第二期】 (8) 東海道中膝栗毛 (滑稽本 十返舎一九 1802 〜 1809)
(9) 浮世風呂 (滑稽本 式亭三馬 1809 〜 1813)
(10)浮世床 (滑稽本 式亭三馬 1813、1814、1823)
(11)清談峯初花 (人情本 十返舎一九 1819)
(12)花暦八笑人 (滑稽本 滝亭鯉丈 1820 〜 34
一筆庵主人、与鳳亭枝成 1849)
(13)假名文章娘節用 (人情本 曲山人 1831 〜 1834)
(14)春色梅兒譽美 (人情本 為永春水 1832、1833)
(15)閑情末摘花 (人情本 松亭金水 1839)
(16)妙竹林話 七偏人 (滑稽本 梅亭金鵞 1857 〜 1863)
【第三期】 (17)安愚樂鍋 (小説 仮名垣魯文 1871、1872)
(18)開明小説 春雨文庫 (小説 松村春輔 1876)
(19)怪談牡丹燈籠 (落語口演速記 三遊亭圓朝 1884)
(20)浮雲 (小説 二葉亭四迷 1887 〜 1891)
(21)白玉蘭 (小説 山田美妙 1891)
(22)金色夜叉 (小説 尾崎紅葉 1897 〜 1903)
(23)虞美人草 (小説 夏目漱石 1907)
(24)青年 (小説 森鷗外 1910)
【第四期】 (25)或る女のグリンプス (小説 有島武郎 1911 〜 13)
(26)腕くらべ (小説 永井荷風 1916 〜 17)
(27)或る女 後編 (小説 有島武郎 1919)
(28)友情 (小説 武者小路実篤 1919)
(29)暗夜行路 (小説 志賀直哉 1921 〜 1937)
(30)子を貸し屋 (小説 宇野浩二 1923)
(31)伸子 (小説 宮本百合子 1924 〜 26)
(32)蓼喰う蟲 (小説 谷崎潤一郎 1928)
(33)新篇 路傍の石 (小説 山本有三 1938 〜 40)
7
作者から読者へ向けて記述された文は、会話文、独話・心話文、手紙、地の文のいず れにも該当せず、また調査対象作品から収集された全 937 例中、次の【1】〜【4】の 4 例であるため、考察の結果に影響を与えないと考え、調査対象から除外する。【1】當年膝栗毛五篇目宮廻りまで全部三冊之積に有之 処作者伊勢參宮より延着い
たし、 (東海道中膝栗毛 5 編後序)
【2】既に浪華の編にいたりて、全からしめんとおもふなれば、まことに膏血の智を 絞り、丹誠に筆をこらして、編りものせんと、心ざしは千里の外までもすゝみ 走れる膝栗毛文才のいたらざるは原よりなれば、其あしきを弆て宜く察し給へ
とみづからいふ (東海道中膝栗毛 7 編下)
【3】元来此書ハ正史の裏みち女の事跡を記すを以て主旨と爲したるものなるゆゑ都 石の妻阿増が貞と忠との真心あるをものして人に知らさんと思ひてよりのすさ