• 検索結果がありません。

衆議院解散権の所在

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "衆議院解散権の所在"

Copied!
32
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)衆議院解散権の所在. 結. 諸家の意見. 剛 問題の提起. =. 語. 三. 問題の提起. 有. 倉. 吉. 衆議院解散擢の既左. ニニ七︵三三︶. 議員の任期が満限に達しないようにこれを召集しなければならない﹂︑同法第一〇條﹁常會の會期は︑百五+日間とす. しめる法規上の制約が指摘せられる︒國會法第二條﹁常會は︑毎年十二月上旬にこれを召集する︒但し︑その會期中に. 放の解除︑主食問題と行政整理における現政府の失敗︑講和條約の護効の接近等のほか︑現議員の任期満了を困難なら. 殆んど常識化しで來たとの事實が存する︒その豫想の基礎には︑種々の政治的乃至法理的素因がある︒例えば︑公職追. ぜられている背後には︑昭和二七年中に解散が行われるという豫想が︑政府部内にも國會にも︑更には國民の問にも︑. 現實の政治の動きととも履憲法の解繹問題が︑時の脚光を浴びて來る︒衆議院解散罐をめぐる法理も︑象牙の塔の ヤ 中に襲生したというよりむしろ︑その折々の政治情勢の反映として見ることができよう︒印ち︑最近解散灌の間題が論. 遼.

(2) 衆議院解散椹の駈在. ニニ八︵三四︶. る﹂との爾條の解繹から︑昭和二十七年の常會は第二條但書の場合に該り︑現議員任期満了日たる昭和二十八年一月二. 十二日から百五十日前︑印ち八月下旬には召集しなければならず︑しかも八月頃では亥年度豫算の編成その他施策の立. 案が困難であり︑その見込の立つ年末となれぼ︑既に會期乏しく議了不能を招き︑いずれにせよ次年度の行政蓮醤に支︑. 障が生ずるというのである︵註一︶︒以上の政治的法律的素因を綜合すれば︑現衆院議長が語つたといわれる﹁昭和二+. 七年四︑五月ごろ﹂に解散が行われるか否かは別として︑少くとも現議員の任期満了前が適當であり︵註二︶︑具盤的に. は昭和二十七年十月頃との見方が有力となるわけである︵琶こ︒現首相は︑上記衆院議長の談話の翌日︑自窯幹事長に. 指示してこれを打消す談話を護表させ︑更にダレス大使との會談によつて︑衆院議員任期満了まで政局澹當の決意を固 めたと傳えられるが︵註四︶︑今後の政治情勢が首相の決意貫徹を許すか疑なきをえない︒. 衆議院解散灌の解繹問題は︑現在上述の政治背景のもとに探上げられた︒好むと好まざるとにかかわらず︑解散の切. 迫が問題を提起したものといえる︒昭和二十六年+一月十三日︑國會の爾院法規委員會がこの問題を探上げた︒翌+一. 月十四日の毎日新聞は家のごとく報ずる︒﹁衆議院の解散権につき憲法解繹に論議があり︑第二吹吉田内閣以來懸案と. なつているが︑國會の爾院法規委員會はこれを取上げ︑解散が必要であるかどうか︑もし必要とすれば解散灌につきさ. らに明確にする憲法改正が必要ではないかなどの黙につき検討し解散に關する國會の態度を明らかにすることになつ. た︒十三日は午後一時牛から衆議院議員尾崎行雄︑横濱市立大學長關口泰爾氏を参考人として招きその意見をきいた. が︑引綾き+六日には國會圖書館長金森徳次郎氏の意見をきく︒このように國會が國會自艦に最も重要な關連のある衆. 議院解散灌につき憲法と眞正面から取組みはじめたことは李和條約護効後において當然課題となることが豫想される憲 法改正問題と密接な關連あるものとみられ︑その結論は極めて注目される﹂と︒.

(3) ここにいう衆議院の解散灌についての憲法解繹上の論議とは︑解散が︑憲法第六+九條に定める場合︒齢ち︑不信任. の決議案が可決され︑又は信任の決議案が否決された場合に限り行われうるのか︑浄︑れ以外にも︑第七條第三號にもと. づき内閣の助言と承認による天皇の國事行爲として廣く行いうるのか︑という論孚を指すにほかならない︒η〆.して︑こ. の小論の中心問題毛亦この黙なのである︒この論雫は︑上記記事に﹁懸案﹂とあるごとく︑昭和二十三年十二月︑第四. 回國會において︑第二亥吉田内閣當時行われた衆議院の解散をめぐり︑激しく行われたところであり︑その脛緯は亥に. 略述したいとおもう︒ただ注意すべきは︑昭和二十三年當時と︑現在とでは︑客翻情勢の推移により︑同一問題を取上. げた場合にも︑その態度に自ら相異が見受けられることである︒昭和二+三年當時は︑﹁衆議院の解散は︑憲法第六十九. 條によつてのみ可能である﹂との解繹の方が︑より有力であり︑しかも有力の原因が︑総司令部方面のつよい支持を得. たことにあると思われるのである︵註五︶︒完全に占領下にあつた當時にしては︑憲法解繹についてさえ︑少くとも︑. 矛︑の政治面えの適用において他律的色彩を否定しえなかつた︒これに封し︑講和條約護効問近い現在︑爾院法規委員會. の扱い方には︑この問題に關する自主的解繹の確立と︑それが困難である場合には憲法改正といふ立法庭理の費悟さえ もが看取せられるのである︒. ここで︑三年以前の昭和二+三年當時の解散論議をふりかえつてみることとする︒肚會・民主・國協三窯を基盤とし. ていた芦田内閣が瓦解した後︑昭和二+三年+月に成立した第二次吉田内閣は︑約三分の一の少敷與窯の上に立ち︑し. たがつてその政策を實現することの困難は何人も豫想したところであり︑政府もまた+一月の第三臨時國會において︑. 嘗時至上命令とせられた國家公務員法改正等の緊急案件を庭理した後︑速かに衆議院解散の決意をかためたのであつ. ﹃. ニニ九︵三五︶. た︒輿論も大艦この方針を支持したように見える︒新聞の論調にこれを徴すれば次のごとくである︒﹁相つぐ醜悪なる 衆議院解散灌の斯在.

(4) 衆議院解散灌の斯在. 二三〇︵三六︶. 事件によつて威信ようやく地におちかけている議會政治を守り︑國會にたいする國民の信績をつなぐためにも各政蕪は. 進んで解散を行うべきである︒これが現在各政窯に與えられたせめてもの罪ほろぼしである︒政窯にたいする國民の信. 頼が失われかけているとき政黛が黛利窯略という非國民的立場から解散を回避し︑さらに政蕪政治にたいする國民の不. 信を増大するような行爲に出るならば︑それはみずから政窯政治の墓穴を掘るにもひとしい﹂︵註六︶︑﹁國民は解散を. 前提として吉田内閣に政灌が移動することを認めたのである︒また吉田内閣自身としても選墾で出直すことを考えなく. ては三分の一の少敷で輩濁内閣を作れるものではない︒・:さらに腐敗堕落の温床のようになつている政界は選畢によ. つて大掃除する以外に︑國民の政治に封する信頼や關心を新たにすることは不可能であつて︑あらゆる意味で選畢は吉. 田内閣の前提である﹂︵註七︶︑﹁新憲法の解繹をめぐつて︑内閣の解散灌が問題になつているが︑政治的に何ら實灌を. 持たぬ天皇に解散灌があるはずがなく︑内閣の助言と承認ということは内閣が實質的罐限を持つと解すべきであろう︒. 實際問題としても︑本能的に解散をおそれる代議士のことだから︑内閣に解散灌がないことになれば︑いつでも二窯三. 窯が相語つて︑解散回避の腐敗政治に走ることは必然である︒世論は解散を前提として︑輩濁少敷の吉田内閣の成立を. 認めたのである︒それに解散させぬということになれば︑吉田内閣存立の前提から考え直さねばならぬことになる︒野. 蕪側が政策的にも吉田内閣と封立しているのは疑う籐地がない︒それなら堂々と不信任案をたたきつけて︑戦うべきで. あつて︑朝野双方とも論議をつくして言論で戦うことが民主政治の大道である﹂︵註八︶︑﹁早期解散は全國民の要望で︑. 特に肚會蕪が基盤とする勤勢大衆の要望は塵倒的だ︒・:だからこの邊で公務員法を通して解散に臨むというのが︑潮. 時というものではなかろうか︒最後にその場合の野蕪側の出方だが︑政府不信任案の攻勢に出るのが一番だと信ずる︒. 國會解散の法的根擦は憲法第六+九條だけだといつて第七條をふさぎながら︑第六+九條の内容をなす不信任案は出さ.

(5) ず︑政府の信任案は白紙投票で成立させようといつたことでは︑何といつても解散延期ないし回避の・てしりを冤れま. い﹂︵註九︶︑﹁公務員法の審議を終了した後︑多敷蕪である野蕪が吉田内閣の不信任案を提出して︑速かに國會を解散す べきであろう︒これが國民を納得させる道である﹂︵註一〇︶︒. ↓方で. 政府及び輿論の上述の傾向に封し︑野黛たる民主蕪及び肚會黛側では︑解散を出來るかぎり延ばすことを得策とし. た︒それは︑芦田内閣総餅職の原因が生々しく國民の脂裡に刻まれている時に総選撃を行うことが不利であり︑. はその傷痕の癒えるを待ち︑他方では炭鑛國管問題等による民自窯側の出血を期待し︑いわば解散の時機を測定してい. たのである︒かかるときに︑憲法論として︑衆議院の解散が憲法第六十九條によつてのみ可能であるとの意見が︑野黛. 側から出て來たことは故なしとしない︒印ち︑片山祉會窯委員長は︑+一月+二日︑ホイツトニー総司令部民政局長を. 訪問したのち︑國會の解散は憲法第六十九條によつてのみ行われる︑第七條で解散ができるという考え方は奮憲法の思. 想であり︑天皇制の思想ともつながる考え方だ︑と言明し︵註二︶︑民主窯総務會でも︑政府側は憲法第七條を内閣の. 助言と承認で解散できるというようにのみとつているが︑黛としては解散は國會の承認を経るべきものと了解するから. 政府に封し憲法違反の決議案を出すべきである︑とし︵註ご一︶︑肚會黛代議士會では︑萬一政府が第七條で解散する場. 台は最高裁勃所に提訴することを決定した︑と傳えられた︵註二ε︑︑憲法解繹に關するごのような意見の封立は︑・〆︑れ. が政黛によつて唱えられる限り︑客麹的に見ればいずれも黛利蕪略の政治臭を帯びるのをいかんともしがたい︒﹁與蕪. 側は公約不履行等々のボ・の出ないうちに解散へ逃げこもうというのであり︑野窯は相手方になるべくボ・を出させる. と同時に︑自分らに封する國民の悪印象をできるだけ薄めた上で総選墨に臨むために︑時をかせごうとするものである. 三禍コ︵三七︶. ことが見え透いている﹂︵註一四︶︑﹁早期解散を焦る民自蕪の言分が︑全部天下國家を憂えてのことだとは言い難い︑民 衆議院解散橿の厨在.

(6) 衆議院解散穫の所在. 二三二︵三八︶. 自蕪のねらいは解散が早ければ早いほど蕪勢の横張に有利だという錨にあつた﹂︵註一五︶のであり︑憲法解繹論は︑か. かる政治的意圖實現の手段に供せられた感がある︒明治憲法時代にも︑わが國でよく見られたよう些憲法渉政治の短. としてこれを規整するのではなく︑逆に政治が憲法の解繹を左右する︑という宿弊がここにも見受けられるのである︒. その後の推移は︑少敷蕪内閣にとつて迂蝕曲折を極めた︒その原因の一は︑第六+九條解散論が︑上記のごとくいわ. ゆる有力筋の支持を得たと傳えられて勢を得たことに存する︒そのため︑政府も第七條解散説を放棄しなければならな. かつた︒十一月廿二日︑吉巴首相の内閣記者團との會見において︑政府に解散灌ありやとの質疑に封し︑﹁首班選畢の. とき衆院で支持をうけた票は百八十票に過ぎず︑これ以上の多くの白紙投票があつたことは明かに不信任の行爲であ. る﹂と答えているのは︵註一六︶︑この間の消息を物語る︒印ち︑第七條により政府に解散灌ありとする從來め明確な立. 場を捨て︑さればとて更めて第六+九條の不信任決議の結果として解散を行ヶという立場にも組しえず︑首班選畢の得. 票敷をもつて不信任とみなす︑とする法理的には奇異な見解を述べているのである︒もとより︑このような解繹が實現. せられるわけもなく︑解散は︑第三回臨時國會開會嘗時の﹁胃頭解散﹂から﹁公務員法通過後解散﹂へ︑更に﹁給與豫. 算通過後解散﹂へと延ばされ︑第三臨時國會は︑十一月末日を以て終り︑つづいて十二月一日に第四通常國會が開かれ. た︒この解散遷延の他の原因は︑いうまでなく︑野蕪側が多敷である︑との事實であつた︒しかし︑野蕪も亦︑いつま. でも解散を延ばすことは出來なかつた︒茅︑れは︑解散の必要を強調した世論や︑法理的根撮はとも角︑早期解散の必要. を認める総司令部側の意向等が與つて力があつたと思われる.︑かくして︑.十一月廿八日︑政府︑與窯及び野黛問に︑. コ一週問で豫算を通過せしめた後︑政府野蕪の問で話合つて不信任案提出の期日を決める﹂との政治協定が結ぼれ︑昭. 和二十三年十二月二+三日︑野窯側提出の不信任決議案が二二七票封U三〇票を以て可決され︑これを理由として衆議.

(7) 院は漸く解散せられるに至つた︒解散の詔書にいう︒﹁衆議院において︑内閣不信任の決議案を可決した︒よつて内閣. の助言と承認により︑日本國憲法第六十九條及び第七條によゆ︑衆議院を解散する﹂と︒上述の経過及びこの詔書の交. 言が︑﹁法理上解散の條件を決定した﹂ものではなく︵註一七︶︑﹁第六+九條に關係のない解散の可能性を一般的に否定. したと解すべき根篠はない﹂︵註一八Xとの意見は︑もとより安當である︒しかし︑新憲法の下に痴ける最初の解散が︑. 第六十九條によつて行われたという政治先例の存在を否定することはできないのである︒ ノ. 三年後の今日︑前述のごとく︑解散は再び政治的及び法理的問題を投じている︒政府は三年前と等しく吉田内閣では. あるが︑當時少敷窯内閣のそれは︑今日絶劃多敷蕪内閣である︒したがつて︑往時早期解散を唱えた自由窯員特に現議. 員の多くは︑昭和二十八年輔月の任期満了時まで解散の必要はない︑との意見をもち︑往時解散遷延に努力した甦會・. 民主窯員の多くは︑講和襲効後︑政府は速かに解散を断行すべきである︑と主張している︵註一九︶︒ただ︑事態を多少. 複雑ならしめているのは︑追放解除老の存在であり︑等しく自由蕪員でも︑これらの人々は早期解散を主張する︒けだ. し︑現役復露の早きを願うからである︒昭和二十六年十月一日附の朝日新聞紙上に︑﹁二つの主張f國會は解散すべき. か﹂の紙上討論において︑等しく自由黛員でありながら︑顧問の大久保留次郎氏が賛成論を︑総務會長の廣川弘暉氏が. 反封論を述べているのは︑この問の消息を語る︒憲法論としても︑大久保氏が︑﹁解散の法的根擦については︑憲法第. 六十九條は解散というよりも纒欝職の規定であり︑解散を規定した第七條は解散の仕方を何ら限定していない︒現に︑. 第二次吉田内閣が解散しようとした際自由黛が第七條の規定で政府による解散を主張したのに封し︑これに反封したの. は肚會黛と民主蕪だつたが︑いまはすでに祉︑民爾蕪とも前の主張を改めている﹂とするに封し︑廣川氏は︑﹁解散は. 二三三︵三九︶. 第七條と第六十九條によつてのみ行われるので︑政府は勝手に解散することは出來な晒︒これはさきに第二次吉田内閣 衆議院解散灌の斯在.

(8) 衆議院解散梅の厨在. 二三四︵四〇︶. が解散を行おうとした時に國會が確定した解繹で︑その時の國會はこれに基いて︑よい先例を作つた︒この解繹は正し ヤ. ヤ. いもので︑この先例は破りたくない﹂としているのは興味ある封照をなす︒第二次吉田内閣當時の解散が第七條ど第六. 十九條によつて行われたとの事實は疑ないが︑第七條と第六十九條によつてのみ行わるべきだとの解繹が確立されたと 見るのは議論の鯨地があろう︵註二〇︶︒ ︵註一︶﹁総選墨﹂をめぐる問題︑昭和二六年二一月二三日朝日新聞︒. ︵註三︶﹁総選墨﹂をめぐる問題︑昭和二六年一二月二二日朝日新聞︒. ︵註二︶全國選墨管理委員會の見解といわれる︑昭和二六年ご一月九日毎日新聞︒. 昭和三二年一 一月三〇日毎日新聞︒ 昭和二三年一 一月九日朝日新聞︒ 昭和二三年一 一月二五日毎日新聞︒ 昭科一三年一 一月九日東京新聞︒ 昭和二三年一 一月三〇日毎日新聞︒ 昭和三二年一 一月三二日毎日新聞︒ 入江俊郎氏︑解散と憲法の規定︑法律時報︑ 二一巻一二號︑ 宮澤教授︑前掲論丈︑ 一一頁︒. ))))))). 〇九八七六i五四三二一Q )))). 昭和二六年一〇月一日朝日新聞︒ 宮澤教授前掲論丈一一頁は明かにこれを否定して診られる︒. 五三頁︒. ︵註五︶宮澤俊義教授︑解散の法理︑ジュリスト︑一九五二年一月一日號︑一一頁︒. ︵註四︶昭和二六年ご一月一六日朝日新聞︒ ︵註六︶昭和二三年一 〇 月 二 九 日 讃 曹 ハ 新 聞 杜 説 ︒. ︵註八︶昭和二三年一一月一五日毎日新聞杜説︒. ︵註七︶昭和二三年一一月九日毎日新聞杜説︒ ︵註九︶昭和コ三年一一月二七日東山暴新聞杜説︒ 昭和二三年一 一月二八日朝日新聞肚説︒. パハハハハハハパハハハ 註註註註註註註註註註註.

(9) 二諸家の意見. 衆議院の解散灌の所在に關する各種の意見を紹介する前に︑問題の焦黙を明確にしておかなければならない︒この場. 合特に注意すべきは︑解散灌の所在の間題と︑解散原因の問題との分別並に關係である︒既に述べたように︑解散灌を. の解散が︑憲法第六+九條に定める場合︑廓ち︑不信任の決議案が可決され︑又は信任の決議案 めぐる憲法上の論議は↑. が否決された場合に限り行われうるのか︑@それ以外にも︑第七條第三號にもとづき内閣の助言と承認による天皇の國. りと@では重黙が異なつている 事行爲として廣く行いうるのか︑との形で提出されてゐるのであるが︑嚴密にいえば︑↑. Dにかかげ のである︒印ち︑D ↑ においては解散原因に重馳があり︑@においては解散灌の所在に重黙があるのである︒↑. る原因例えば衆議院で不信任決畿案が可決された場合でも︑更に形式的に天皇又は内閣が解散灌者として解散を行うこ. ともありうるし︑又@において︑第六十九條の場合︵原因︶以外にも解散がありうるというだけで︑第六十九條以外に. 六九條に限る. 二三五︵四一︶. 何らかの制約があるか否かの黙は明かではないのである︒したがつて︑解散檬の所在と︑解散原因を分けて︑相互に組 合せて見ると次の圖のごとくになろう︒. 六九條に限らぬが制約あり. ︵解散原因︶. 皇. 制約なし. ︑. 天 閣. ︵解散権の所在︶. 衆議院. 内. 衆議院解散鰹の所在.

(10) 衆議院解散灌の所在. 二三六︵四二︶. 右のほかに︑解散灌の所在としては︑外國の立法例に見られるごとく︑國民︵投票︶が考えられるが︵註一︶︑立法論. としてはとも角︑わが憲法の解繹論としては考えられないので省略した︒衆議院自身によるいわゆる自己解散も︑解繹. として甚だ無理とはおもうが︑かかる主張をなす人もあるので掲げた︵例えば後述の尾崎行雄氏及び︑や﹄異なるが蜷. 川新博士の意見等はごれに属するといえる︶︵註二︶︒又内閣に解散灌を認める根嫁には︑第七條のほか︑第六+五條も 存しうることを注意すべきである︒. の天皇が第六十九條の場合に限り解散を行う︑@天皇は第六十九條の かくして︑九個の考え方が可能となる︒印ち︑↑. 場合以外にも解散しうるが解散原因に一定の制約がある︑の天皇は︑第六+九條以外にも︑制約なく解散しうる︑ω内. 閣が第六十九條の場合に限り解散を行う︑困内閣は第六十九條の場合以外にも解散しうるが解散原因に日定の制約があ. る@内閣は︑第六十九條以外にも︑制約なく解散しうる︑ω衆議院が第六+九條の場合に限り解散する︑㈱衆議院は第. しうる.︒. 六十九條の場合以外にも解散しうるが解散原因に一定の制約がある︑@衆議院は︑第六+九條以外にも︑制約なく解散. 現在︑わが國で行われている意見は︑大艦右九種を出でない︒ところで︑現行憲法に印して解散灌の所在を論ずる限. り︑右九種のうち︑殆んどとりあげる債値のないものが出て來るのである︒第輔に︑現行憲法の解繹として到底無理だ︑. とおもわれるものが除かれるっこの意味て︑自己解散の意味で衆議院を解散灌老とする考え方︑印ち前記ω㈱@は一慮. 除外すべきである︒第二に︑解散権の所在を論ずる趣旨眉的が︑いかなる場合に衆議院を解散するかの決定者を考究す. るにあるのであるから︑後述のごとく︑解散について全く決定力をもたず︑軍に表示灌をもつにすぎない天皇は除かる. べきであり︑印ち↑ の@のを除外する︒結局︑論ずる贋値のあるのは︑内閣を解散決定灌者とするω困@に限られること.

(11) となる︒ところが︑この三老のうちωの場合︑齢ち内閣が第六十九條の場合に限り衆議院の解散をなしうるという考え. 方は︑解散決定灌という實質的見地からすれば︑既に衆議院に解散樺があるのと同一なのであるαけだし︑不信任の決. 議案を可決し又は信任の決議案を否決するのはいずれも衆議院セあり︑内閣はそれ以外に解散を行いえな砂とすれば︑. あたかも天皇と内閣の關係に影いて内閣に決定灌があるごとく︑内閣と衆議院の關係において衆議院に決定灌があるこ. ととなるからである︒事を實質的に麹察する限り︑齢ち︑解散決定灌に重黙を置く限9︑この場合は解散原因が解散灌. の所在を規定し︑衆議院に解散灌がある場合に韓膨するのである.但し︑二の場合と︑前記自己解散の場合とは︑あ・︑. まで峻別する二とを要する︒けだし︑自己解散にお︾ては︑決定灌皇・表示権諏・衆議院に在り︑しかも解散決定につ一て は︑解散自膣を議題とし︑固有の定足敷と議決敷を必要とするかあノであろ︐. 以上述べたところを前提として考えるならば︑衆議院解散灌の所在に關する各種の意見は結局・憲法第六+九條に定. める場合に隈り解散が行われる︑齢ち衆議院自朧に解散雇があるという立場と︑第六+九條以外にも︑第七條によ9︑. 内閣の助言と承認による天皇の國事行爲として行わ礼る︑印ち内閣に解散灌渉あると一う立揚とに分れるの4︑あるが︑. 後の立場は更に︑解散原因に制約なしとするものと︑両ろかの制約を認めるものどに分つことができる.. 9 衆議院自艦に解散灌があるとする見解︵もつと廣/︑︑内閣に解散灌なしヒする見解をも便宜上入れる︶. つとにこの見解を強力に主張せられるのは︑尾崎行雄氏である︒同氏は昭和二十三年十一月十七日︑第三臨時國會衆. 議院本會議において︑首帽に封する緊急質問としブ︑次の.ことく述べる︒﹁蕾憲法ならぽ主灌は天皇にあるのだから解散. 灌は天皇にあつた︑今町は主権は天皇の手を離れて人民に移つている︑人民の代表機關は國會である︑憲法第七條に解. 二三七︵四一5. 散という文字があるが︑天皇は國事に關する行爲は行うが國政に關する灌能はない︑したがつて天皇は内閣の示指と許 衆議院解散権の厨窟.

(12) 衆議院解散椹の駈在. ︑. 二三八︵四四︶. 可によつて公布するというだけのことである﹂と︵註⁝︒更に︑先般爾院法規委員會においていう︒﹁新しい憲法は民. 主憲法であり︑政府が衆議院を解散するなどもつてのほかである︒憲法第七條に解散に關する規定があるが︑天皇に政. 治上の灌限はない︒内閣にももちろん解散の灌限はない︒憲法第七條︑第六+九條の解繹で解散椹の有無を論ずること. 自髄が無意味で議員は任期いつぱい務むべきで解散などということはあつてはならない︒但し國民に大きな問題があつ. てきいてみるとか︑議員自らがこれではいけないと思うときは議員がやつたらよい﹂と︵註四︶︒. 現行憲法上︑天皇に解散決定樺がない︑とすることについては殆んど異論はない.︑天皇は︑國政に關する灌能を有し. ないとする憲法第四條からしても當然であろう.︑又新しい憲法が民主憲法であり︑主灌者が國民であることも勿論であ. る︒しかし︑このことから何故内閣に解散灌なしといえるのであろうか︒もとより人民の代表機關は第一次的に國會で. あり︑さればこそ國會は國灌の最高機關であるとせられるのである︒しかし︑國會が最高機關であるためには︑その前. 提として︑國會が眞に國民の意思を反映していることが必要である︒ところが︑問接民主制を探る限り︑國民と國會の. 間には︑常にギャップの生ずる危険性がある︒解散は主としてかかる場合に︑主灌者たる國民の審到︵総選畢による︶. を求める手段にほかならない︒尾崎氏の議論は︑國會の最高性にとらわれて︑眞の主灌老たる國民の意思を閑却する傾. 向が見られるように思う︒代表機關の意思は必しも國民の意思ではないことを銘記すべきである︒﹁憲法第七條︑第六 O. +九條の解繹で解散灌の有無を論ずること自睦が無意味だ﹂との新聞の記事が正確であるとすれば︑憲法無覗の議論で. あるというのほかはない︒憲法上の解繹問題を憲法の關係條文によつて決しないで︑何によつて決するのであろうか︒. 同じく爾院法規委員會におけ多關口泰氏の意見をきこう︒﹁憲法第六+九條には解散という字があるが︑とれは解散. を規定したものではなく︑内閣の鮮職すべきときを明らかにしたものである︒第七條に天皇の國事として解散の文字が︐.

(13) あるが︑これがあるからといつて内閣に解散灌があるとはいえない︒廣く憲法を眺めたとき解散というものがなくては. ならぬ場合がある︒例えば三つの政窯があり第一黛が内閣をつくり第三窯がこれに協力してきたのに後に︑第三蕪が第. 二窯の側についたとき︑條約に關し承認を求めるとき衆議院が承認し参議院が承認しないときはいずれも衆議院を解散. して國民の意思を問うべきである︒解散灌は憲法第六十五條の行政灌の一種であると解している﹂と︵註五︶︒. 氏の議論に封する第一の疑問は︑憲法第六+九條が解散を規定したものではない︑とされる黙である︒﹁内閣は︑衆 う. う. 議院で不信任の決議案を可決し︑又は信任の決議案を否決したときは︑十日以内に衆議院が解散されない限り︑総鮮職. をしなければならない﹂との條文を素直に讃むならば︑第六+九條が︑解散のみに關する規定でもなく︑又解散灌の所. 在を限定した規定でもないことは明かである︒氏の主張がそこにあるのならば正嘗であるが︑解散を規定したものでは. ない︑とするのは當らない︒同條は明かに︑解散と総鮮職とに關する規定である︒換言すれば︑不信任決議がなされた. 場合に︑内閣は︑衆議院を解散して信を國民に問うか︑自ら総鮮職して衆議院の信任する新内閣に途を譲るか︑二者澤. 一をなすべき法意に外ならないのである︵謹δ︒外國の立法及び慣習法に照せば︑かかる場合に二種を旺別しうる︒↓. は英國流に︑解散か総群職かを選ぶ方法である︵註七︶︒他は︑ワイマール憲法の定めるごとく︑不信任決議が成立すれ. ば︑もはや解散の籐地はなく︑総辮職をしなければならないとする方法である︒同憲法第五+四條にいう︑︑﹁國宰相及. び國大臣がその職に在るには︑國議會の信任があることを要する︒國議會が明示の決議によつて︑その信任を撤去した. ときは︑何れもその職を去らなければならない﹂と︵註八︶︒日本國憲法は︑かかるワィマール憲法の方法を採らないで. 英國流に從うとするのが正に第六+九條なのであつて︑決して解散と無關係の規定ではない︒. 二三九︵四五︶. 關口氏の主張に封する第二の疑問は︑氏が憲法第七條及び第六+五條の規定を指摘されながら︑なお内閣の解散灌を 衆議院解散灌 の 風 在.

(14) 衆議院解散構の所在. 二四〇︵四大︶. 否定せられる黙である︒第七條はもとより正面から内閣に解散灌を認めるものではなく︑天皇の國事行爲の一として規. 定しているのであるが︑それは﹁内閣の助言と承認により﹂行われ︑又天皇は國事に關する行爲のみを行うのであるか. ら︑少くとも︑解散決定権が内閣にあるとするのが當然ではなかろうか︒又︑﹁解散灌は憲法第六十五條の行政灌の一. いずれ. 種である﹂との氏の主張は︑むしろ解散灌が内閣にあることの主張にほかならない︒けだし第六十五條は︑﹁行政椹は︑. 内閣に馬する﹂とするからである︒なお氏があげられる﹁解散というものがなくてはならぬ場合﹂というのは︑ も解散原因にすぎず︑解散灌の所在の問題ではない︵註九︶︒. 次に︑毎日新聞肚が本問題に欄し聴取した意見のちち︑この立場によるものをあげよう︵註一〇︶︒前法務総裁殖田俊. 吉賃の意見は︑﹁憲法第七條を根嫁として内閣が衆議院を解散できるというのは專制政治下の古い考えからぬけ切れぬ. ものぐある︒憲法第四十五條は衆議院議員の任期は四年と明らかに規定している﹂というのである︒新聞の報道が簡に. 過ぎてその眞意を把握しがたいが︑い〆︑こにいう專制政治が專制君主制下の政治という意味であれば︑天皇が全ぐ政治権. 力を亀たない現行憲法とは無關係である︒明治憲法に診ける天皇さえ︑一慮立憲君主制であつたことを想起すべきであ. る︒したがつて︑氏のいわれるところば︑後述尾高教授の主張と同じく︑内閣が薩時︑天皇に助言して解散を認めるの. は危瞼だとの意見に臨するように思われるので︑その批到も後述に譲る︒氏の主張の後段﹁憲法第四+五條は衆議院議. 員の任期は四年と明らかに規定している﹂とあるのは︑おそらく新聞の部分報道の故とおもわれるが︑いかなる意見か. 到明しない︒ここでは︑同じく第四+五條但書に﹁衆議院解散の場合には︑その期間満了前に終了する﹂とある規定を あげるにとどめる︒. 尾高朝雄教授の意見は次のごとし︒﹁衆議院で内閣不信任決議案が可決され︑または信任案が否決された場合以外に.

(15) 憲法七條の手綾によつて解散することは許されぬという論があるが︑これは直ちに當然であるとは思われない︒しかし. 六十九條の二つの場合以外に内閣が好きな時に天皇に助言︑渤告して解散を認めるのは民主政治の蓮螢上危瞼の氣がす. る︒私は七條は解散手績の規定であり︑實質上解散をなし得るのは六+九條に定める場合にのみ限るという風に解繹す. るのが無難と考える﹂︑叉別の機會にいわれる︒﹁憲法第六十九條は解散の場合を限定した規定では一慮ない︒しかも憲. 法中には解散を積極的に規定した條文はない︒したがつて︑解散の問題は解繹できめるほかはない︒内閣がその到断に. よつて自由に國會を解散できるとなると︑明治憲法に逆行するおそれがある︒またこれによつて國民の意志を聞くとい. うことも︑英國のような國民の政治意識の襲達した國では可能であるが︑そこまで行つていないわボ國では︑かえつて. かつてのヒトラτの國會解散のような危瞼が出て來ないとはいえない︒これらの事實を基礎として憲法の精紳を合目的. 的に解繹すれば︑解散は第六+九條の場合しか行えないと解繹することが望ましいし︑またそのような慣行を樹てるこ. とを希望する﹂︵註二︶︒要するに︑教授の主張は︑憲法の文理解繹からは第六十九條に限ることとはならぬが︑憲法. の精軸の合目的的解繹からは第六+九條に限る︑とし︑そのいわゆる合目的的解繹の根擦は︑内閣に解散灌を與えると. ﹁明治憲法に逆行す惹おそれ﹂があり︑﹁民主政治の蓮醤上危瞼﹂ということに存するとおもわれる︒しかし︑國民主. 灌の憲法における内閣の地位は.問接とはいえ國民の意思にもとづくものであるから︑專ら天皇の信任にもとづく明治. 憲法上の内閣と同日の談では胤く︑明治憲法に逆行するおそれは存しないであろう︒又解散によつて國民の意思を聞く. ことも國民の政治意識の護達していないわが國では危険だといわれる教授の主張も安當とは思われない︒國民の政治意. 識の向上に努むべきは勿論ではあるが︑國民主罐主義の憲法においては︑國民の良識を信じ︑その最終的決定に求める. 二四一︵四七︶. のはむしろ鴬然であろう︒いわゆる﹁番人の番人﹂に嘗る者は終局的に國民にほかならない︒叉かりに政治意識の低い 衆議院解散織の所在.

(16) 衆議院解散穫の所在. 二四二︵四八︶. 國民の到定を求めることが危瞼だとしても︑それでは果して衆議院に解散灌を委ねることが危険ではないだみうか︒國. 民の政治意識の低さは︑嘗然國民から選出された國會議員の政治意識の低さであらねばならない︒かく見れば︑教授の 主張も充分な理由あるものといいえないのである︒. の憲法第七條に衆議院の解 次に︑田畑磐門氏の論文をあげよう︵註三︶︒氏の意見を要約すれぼ次のごとくになる︒↑. 散が定められているからといつて天皇が解散の灌能をもつとはいえない︑この馳︑帝國憲法における天皇が衆議院の解. 散を﹁命ずる﹂灌能をもつていたのとは異なる︒㈲天皇は極めて限定された灌限しかもたないのであるから︑その天皇. に封する﹁内閣の助言と承認﹂も極めて限定された場合︑すなわちこの憲法に明瞭に定められた場合︵例えば第六+九. 條︶においてのみなしうる︒の日本國憲法における三灌分立は米國憲法の三灌分立の原則が少し形を攣えてとり入れら れたものと解され︑この馳からも解散は第六+九條の場合に限るとすべきである︒. 氏の意見の↑ Dの部分は︑その提言の限りではまことに正當である︒天皇に解散を﹁命ずる﹂灌能を認むべきではない. ことは殆んど異論がない︒問題は︑内閣に解散決定灌ありやに關するのであるから︑↑ 0の部分は之れと無關係である︒. @の部分については︑憲法第七條第三號が﹁憲法第六+九條により衆議院を解散すること﹂とあれば格別︑しからざる. 現行規定の下では︑此の解繹は無理であろう︒このことは︑等しく天皇の國事行爲に属する﹁榮典の授與﹂について考. 察すれぼ到明する︒帥ち︑此の主張のごとく︑第七條以外に憲法上明規ある場合に限り内閣の助言と承認が行われるも. のとすれば︑天皇の榮典擾與行爲については内閣の助言と承認が行われない︑という奇妙な結果となろう︒けだし︑榮. 典授與については︑第七條以外︑憲法上何慮にも︵第七+三條にさえも︶規定がないからである︒⑲の部分︑現行憲法. の三灌分立が米國流の三灌分立だとの主張も必しも全面的に受入れがたい︒なるほど︑現行憲法の三灌分立が︑明治憲.

(17) 條︶のごとく米國流の規定もあるが︑これはむしろ三灌のうち︑立法灌と司法灌との關係である︒. 法のそれと異なることは︑氏の説かれるとおりであるが︵註二こ︑米國流というのは早計のようである︒わが憲法には 法令審査構︵第八. 嘗面の問題は︑内閣と國會︑齢ち行政機關と立法機關であつて︑この相互關係については︑米國流の三灌分立を採らず 英國流の議院内閣制を採つていることは指摘するまでもない︒. 最後に︑蟻川新博士の議論をあげよう︵註一四︶︒博士はいわれる︒﹁日本憲法には︑内閣に衆議院解散の灌利ありと. の條規はない﹂︑﹁日本の憲法では︑天皇に衆議院解散灌がある︒・:内閣は助言灌︑承認灌を有しているが︑内閣自ら. 解散する灌利は絶封にない﹂︑﹁解散は︑國民のためにするのであつて︑内閣のために解散することは蓮憲である﹂︑. ﹁天皇は自分のために解散する灌利はない︒また自分一人で到漸する権利もない︒國民のためにのみ解散し得るのであ. る︒ただその規定の解繹がゼうなるかが問題である︒衆議院は人民が選出する︒それを解散することは人民の意思に反. する︒フランスのように解散しない方が理論に合つている︒しかし衆議院は人民代表である︒その代表が解散を決議す. るか︑人民の聲として要求ナるならば︑それは人民のためといい得る︒天皇はそれを取り容れて解散し得る﹂︑﹁政府は. 國會の下位にある︒その下位の内閣が上位の國會を解散し得る理由はない﹂︒博士の意見を更に要約すれば︑内閣は助. 言承認灌を持つのみで︑解散灌は天皇が持ち︑その天皇も國民のためにのみこれを行使しうるものであるから︑その國 民代表たる衆議院が解散決議をした場合に限る︑というのである︒. 衆議院の解散灌が形式的に天皇に認められていることは博士のいわれる通りである︒これを形式的にも内閣に認めな. かつたのは︑解散が立法府に封する命令たる性質を有し︑國會の最高性に照して︑内閣に認めるのを不適嘗としたため. ︑. 二四三︵四九︶. であろう︒その代り︑一面において︑天皇は國政に關する構能を有しないものとし ︵第四條︶︑他面において︑國事行 衆議院解散灌の斯在.

(18) 衆議院解散橿の厨在. ・. 二四四︵五〇︶. 爲も内閣の助言と承認によるものとして︑實質的決定椹を天皇から除いているのである︒印ち︑國政に關する灌能を有. しないことは︑意思決定灌をもたないことを意味し︑逆に︑丙閣の助言と承認は︑意思決定灌を含むものと解すべきで. ある︒しかも︑助言と承認の︑天皇に封してもつ意味は︑明治憲法時代の輔弼とは異なる︒輔弼も︑一般官吏における. ような上命下服關係と異なり︑天皇の命令であつても︑それが違法又は不當である場合には︑これを諌止匡正すべき義. 務を含むものと解せられたけれども︑國務大臣の進言を天皇が容れるか否かは︑終局的に天皇の意思に存し︑あくまで. も大臣の進言を拒む場合には︑大臣は群職の外はないとせられていた︵註一五︶︒現行憲法上は︑天皇は︑内閣の助言を. 拒むことができず︑これを全面的にうけ入れるか︑修正するかのいずれかでなければならない︒修正した場合には︑そ. の限度において︑更に内閣の承認を必要としよう︒結局は︑天皇の有効な國事行爲が成立するためには︑内閣の意思が. 決定的であらねばならない︵註一六︶︒かく翻るならば︑天皇のもつとせられる解散権は︑既に内閣によつて決定せられ. た解散を︑内閣の助言と承認により︑詔書の形式を以て︑軍に表示する灌能を意味するにすぎないのである︒解散に關. し・天皇と内閣とのもつ比重の︑いずれが重いかは明白である︒したがつて・博士のいわれるように解散椹は天皇が持 つものではなく︑日本國憲法の解繹としても︑内閣が持つものといいうる︒. 次に︑解散が︑﹁國民のために﹂のみ行われうることも博士の指摘せられるとおりである︒ここに﹁國民のために﹂. そこにいう. の意義については︑﹁國民に代つて﹂︑﹁國民の利盆のために﹂︵註一七︶︑﹁天皇の灌能が︑結局は︑すべて︑主椹者たる. 國民に由來するものであることの意味﹂︵註一八︶等︑種々に解せられているが︑何れに解するとしても︑. ﹁國民﹂とは︑主構者としての國民を意味し︑天皇や内閣のためではないと同じく︑國會や衆議院のためではないので. みる︒﹁衆議院は人民が選出し︑それを解散することは人民の意思に反する﹂と博士はいわれるが︑そのためには︑衆.

(19) 議院の意思と︑人民の意思とが常に一致している︑との前礎を必要とする︒しかるに︸前にも一言したごとく.爾者の. 意思は必ずしも常に↓致しているものではない︒解散は正にかかる場合に行われ︑いわば人民の意思と衆議院の意思と. を一致せしめる手段ともいいうるのであるから・解散自艦に關する衆議院の意思いかんにかかわらず行われるところに. 意味があるといわねばならない︒又博士は︑下位の内閣が上位の國會を解散しうる理由はない︑とせられるが︑國會の. 最高性はv憲法上の例外を認めない絶樹的なものではないのみならず︑解散が眞の最高老である國民の到断を求めるた. めのものであることを認識するなら︑内閣に解散標を認めても一向差支えないわけである︵註一九︶︒. ︵註一︶大西邦敏教授︑議會解散制の比較國法的硯究︑早稻田政治経濟學難誌︑二九號︑一二一頁︑三一號︑八三頁以下︑に趣めて詳 細である︒. 一九四八年の朝鮮民. 和國憲法第三十條﹁人民議會は︑その代議槽の任期の満了によつて若しくはその以前に自己の裁量によつて解散する﹂︵世界経濟研究. ︵註二︶自d解散に關する外國の立法例については︑大西教授︑訪掲誌︑二九號︑ご二頁︑三一號︑九七頁以下︒ なお最近の憲法では︑いわゆる人民民主主義諸共和國の憲法に自己解散の規定が多いようである︒例えば一九四七年ブルガリア人民共. 一九四六年ユーゴスラヴィア蓮邦人民共和國憲法第七十條第二項︑. ハンガリτ人民共和國憲法第+八條に存する︒これに封し︑ドイッ民主共和國憲法︵いわゆる東. 同様の規定が︑. 主主義人民共和國憲法第四+六條︑. 所編︑世界の新憲法による︶︒. 濁憲法︶第五十六條第二項は︑﹁第九十五條第六項の場合を除き︑任期満了雨の議會の解散は︑議會自らの決議または人民投票によつて. のみ行われる﹂︵︸﹃︒肩①器8ρ02韻寓葺菖o器寓昌暮ご屋︑β一﹂口︸や霧εとして︑自己解散のほか︑國民投票による他律的解散を. 認めている︒そこにいう第九十五條第六項の場合というのは︑政府に封する不信任決議が成立して政府が鱒職し︑新政府が成立した. て︑一九四八年チエコスロヴァキァ共和國憲法は︑第五十條に︑﹁共和國大統領は︑園民議會を解散する穰利を有する﹂とし︑更に第. 後︑その新致府に封し人民議會が不信任を表明したときは︑人民議會は解散されたものとみなされるという場合である︒これに反し. 十四條第二項に︑﹁國民議會が政府に封する不信任決議を可決したとき︑叉は政府の信任動議を國民議會が拒むときは︑政府は︑そ. 衆議院解散槽の斯乖. 二四五︵五旧︶. の贈表を共利國大統領の手許に提出しなけれぱならない﹂︵弓雰呂8﹂三曾〜δピど即8一︶として異色ある規定を設けている︒. 八.

(20) 衆議院解散槽の所在. ︵註四一︶. 昭和二山ハ年一. 一月一四日毎日新聞⁝︒. ︵註三︶昭和二三年一一月一七日蹴原㎜業経濟新聞︒. ︵註五︶昭和二六年一一月一四日毎日新聞︒. 二四山ハ︵五二︶. ︵註六︶この場合︑解散を選んでも解散に件う総選基後の國會で総辮職をしなければならないのは︑憲法第七〇條の定めるところであ ︵註七︶大西教授︑前掲論丈︑前掲誌︑二九號︑コニ六頁︒. り︑決定的な揮一關係に立つものではない︑法學協會︑註解日本國憲法︑中巻︑二四四頁参照︒. 一九午二年ア希ルランド憲法は︑第五+三條に︑不信任案の通過後最早議會の解散をなすことを得ない旨の規定を置いており︑その鮎. でワイマール憲法と同類に厨していたが︑一九三七年の現行憲法においては︑第十三條﹁アイルランド代議院は︑内閣総理大臣の助雷. にもとづき大統領これを召集及び解散するものとする︒大統領は︑その自由裁量により︑総理大臣が代議院の過牛数の支持を失つたと と︑代議院解散との選揮椹を輿えている︒これと類似してもつと明確なのは︑. 一九四七年ビルマ憲法第五七條である︑﹁代議院は︑内. きには︑その者の助言による代議院の解散を拒むことができる﹂︵層①器一8﹂画P<o︼﹂酬や漣P︶と定めて大統領に︑総理大臣の罷免. 閣総理大臣の助言と承認にもとづき︑大統領これを召集︑停會叉は解散するものものとする︒但し内閣総理大臣が︑代議院の過牛敷の. 支持を失つたときは︑大統領は︑総理大臣の助言による代議院の停會及び解散を拒むことができる︒その場合には大統領は直に代議院 ︵註八︶同様の立法に驕するものとして︑. 一九四六年フランス第四共和國憲法をあげることができる︒同憲法は︑ 第四十九條第三項に. に封して新総理大臣の指名を要求するものとする﹂︵り露o︒一①ρ旨一ρ<9・どや誤S︶︒. ﹁信任案が否決されれば︑内閣は総辮職しなければならならい﹂︑第五+條第一項に︑﹁國民議會が不信任案を可決すれば︑内閣は総跡. 職しなければならない﹂として揮一關係を排除している︒解散については︑第五+一條に︑﹁+八箇月の同じ期間内に︑第四十九條及. しかも議會議長の干與を認めているから︑解散は. ることができる︒解散は︑この決定に從つて共和國大統領によつて宣布される﹂︵國立國會圖書館調査立法考査局課による︶と規定し. び第五十條に定められた條件のもので二回内閣総蹴職が行われる場合には︑國民議長の意見を求めたのち︑閣議で議會の解散を決定す て國會の優位をや第緩和しているように見えるが︑これも極めて嚴格な條件の下で︑. ワィマrル憲法第五十四條の﹁明示の決議によつて︑その信任を撒去したとき︵≦9舅浮毒9臼國①巨話廿薦山弩9艶豊急o包ざげ①昌. 相當困難と見られる︒.

(21) 宙霧9冒望m①言〜唖震訂讐窪①旨巳9ε﹂の解繹として不信任案の可決のほか︑信任案の否決をも含むか否かについては. 學説上争があ. つたのがあるが︑ドイッ蓮邦共和國基本法︵いわゆるボン憲法︑一九四九年︶では︑爾者を画別して扱つている︒帥ち第六七條におい. 一定の要件の下に. ︵旨彰膨q昌富許鷲昌一臼α霧レ蜂器訂き魯冨舅伽簿創q8げp議碧お95夢山器ω. て﹁連邦議會は︑その議員の過牛数を以て後織総理大臣を選暴し︑かっ蓮邦大統領に封し︑連邦総理大臣の罷免を請求することによっ てのみ︑連邦総理大臣の不信任を表明することができる. ⁝ン︶︒遽邦大統領は︑その請求に慮じ︑選墨された者を任命しなければならない﹂として︑不信任決議の場合は︑. 総理大臣の罷冤を招くこととし︑この黙は︑ワィマール憲法の流れを引いている︒ところが︑信任案の否決の場合は︑第六十八條﹁信. 任投票を受けるための︑蓮邦総理大臣の動議が︑遮邦議會議員の過牛数の同意を得ないときは︵男言qgo冒卜暮巴轟師霧頃自︑一畠費塑β嫡一︑. 塁冒乙器<︒爵=︒轟q馨超①︒琶も一︒︸邑δ凶鐘一匡茸騎自臼匿・幕ま①じ︷凝一一①霞︵一①鵬琶山霧陽:︶︑蓮邦. 大統領は︑連邦総理大臣の提議に基き︑二十一日以内に連邦議會を解散することがでぎる︒解散樫は︑遮邦議會が︑議員の過牛敷を以. る︒. て︑他の蓮邦轄理大臣を選任するときには︑直に消滅する﹂と規定して︑弱いながらも︑不信任決議の場合と異なり︑解散を認めてい その他これに類する他の立法例については︑大西敏授︑前論揚丈︑前掲誌︑二九巻︑一四四頁滲照︒. ︵註九︶尾崎氏︑關口氏︑の意見ともに︑爾院法規委員會の正式の速記を入手しえなかつたため︑新聞によらざるをえなかつた︒新聞. 二四七︵五三︶. 記事は要約にすぎないから︑爾氏の意見を諜くしているものではないであろう︒そのため︑筆者の設解があるならば御諒恕をこいたい ︵註一〇︶昭和二六年一一月一四日毎日薪聞︒. とおもう︒. ︵註一一︶昭和二六年一一月一七日朝日新聞︒. ︵註一5田畑磐門氏︑衆議院の解散︑佐々木博士編﹁人間生活と法及び政治﹂︑一〇二頁以下︒. ︵註一四︶昭和二六年一一月一コ日毎日新聞﹁投蛍日﹂︒. ︵註コ5同上︑一〇四頁Q. ︵註一六︶拙著︑憲法講義︑第一分冊︑六七頁︒. ︵註一五︶美濃部達古博士︑遂條憲法精義︑五二孝貝︒. 衆議院解散灘いの厨在■.

(22) 衆議院解散槽の所在. ︵註一八︶宮澤教授︑憲法大意︑一九三頁Q. ︵註一七︶圏田亥之三朗氏︑日本國憲法審議要録︑一八二頁︒. 二四八︵五四︶. と輕妙な比喩をもつて詮明せられる︒. ︵註﹂玩︶こa事態を宮澤教授は﹁内閣は衆議院の使用人ではなくて︑國民の使用人である︒内閣が衆議院を解散するのは使用人が雇 ︑王をくびにするのではなくて︑一人の使用人が他の使用人を共通の雇主の前に訴えるのである﹂. ﹁議會の不信任決議に封して︑政府. がこれを民意に反すると認めるならば︑恰かも訴訟笛事者が下級審の才判に封して上訴できるのと同様に︑議會を解散して総選塞を行. ︵同教授︑解散の憲法的意味︑昭和三二年一一月八日朝日新聞︶︒又田上穫治教授は才鋼に例えて. 漂論︑五二頁︶︒. い︑政府の翻と議會の決議の享蒙民薯毒されるかを明かにすることが書喬隆奮ぬ﹂と諾せ究る︵同教授・憲法. 目 憲法第七條により︑内閣に解散決定灌があるとする見解︵もっと廣く︑第七條以外︑例えば第六+五條によつて 内閣に解散灌があるとする見解をも便宜上入れる︶︒. この見解を支持するものは︑後述のごとく︑わが國公法學老の大部分があるほか︑政治家中にも相當存する︒ただ政. 治家の場合には︑法理論としては等しく第七條説を支持しながらも︑解散の時期という︑現在當面する政治問題に關し. ては︑早期解散を唱える老と︑解散ありえずとする者とに分れていることに注意すべきである︒例えば︑増田自由窯幹. 事長は︑﹁解散論については窯内にいろいろ意見があるが︑私は憲法第七條にしたがい解散灌は政府にあるという立場. をとり︑政府は廿八年一月まで解散すべきでないという見解である﹂と述べている︵註一︶︒ここにいう廿八年扁月は・. 現任議員の任期満了の月にあたるから︑同氏の意見は結局︑解散はありえないというに蹄すると思われる︒これに反し. て︑肚會黛の淺沼稻次郎氏は︑﹁この前第二次吉田内閣は少敷窯内閣を組織し憲法第七條による解散をしようとした︒. しかも關係方面との關係によつて第六十九條の規定により野窯の不信任案の提出によつて行つた︒しかし現在は憲法第. 七條を探用せんとした自由蕪が政灌を握つており︑李和條約も調印され日本の民主化が世界から認められたわけである.

(23) から政府は何ら顧慮することなしに謙ヒ歴な氣持で李和條約並に濁立後のわが國のあり方について國民の世論に間うべき. だ﹂として︵註二︶︑早期解散を主張する︒氏の表現に︑第二次吉田内閣當時の解散が︑﹁關係方面との關係によつて﹂︑. 第六十九條により行われた︑とあるが︑氏の圃する杜會蕪も亦強力に第六十九條説を主張した事實を逸しているのは如. 何なものであろうか︒それはともかく︑他に同檬第七條説を支持する政治家に︑自由窯に属する衆院議長林譲治氏︵註. ⁝︑肚會蕪の鈴木茂三郎氏及び民主窯幹事長三木武夫氏がある︵註四︶︒このうち︑林氏が︑第七條による解散灌の論 擦を﹁政府に拒否灌がないこと﹂に求めているのが注目される︒. 次に公法學老の説に移ろう︒美濃部博士は︑﹁衆議院の解散も内閣からの奏上に基づいて行はるることは勿論で︑其. の時期及び原因に付いては憲法上別段の制限はない﹂とし︵註五︶︑佐々木博士は︑﹁通常︑或事項について内閣が衆議. 院との意思を異にするとき︑又は衆議院が内閣を信任せざるの意思を表明するとき︑國民の意思を問うために︑これを. 行う︒併しこれに限らぬ﹂︵註δ︑﹁衆議院の解散は當然憲法第七條によるべきもので︑笛六+九條は不信任の決議案を. 可決され︑または信任の決議案を否決された時に政府が総榊職するとかしないとかいうことと關係づけて解散というも. のを考えたものである﹂とし︵註七︶︑金森徳次郎氏は︑﹁私の見解では第七條によつて解散したらいいので第六+九條. は第七條の適用を促し︑これを義務づける一つの場合にすぎないと解される﹂とし︵謎八︶︑稻田教授は︑﹁現行憲法の. 解繹論としては︑内閣に解散樺があり︑しかもこれは何等法的制限を件わないことは明かである︒第六十九條は:..内. 閣総謙職の義務的な場合を指定する趣旨のもので︑決して内閣に解散灌を與える趣意でも︑また内閣が解散権を行使し. 得る場合を限定する趣意でもない﹂とし︵註九︶︑宮澤教授は︑﹁そもそも解散とは︑行政府が議會の議員の任期を法定. 二四九︵五五︶. の期限前に絡らせる行爲である︒日本國憲法は︑議院内閣制をみとめるにあたつて︑こういう解散灌を天皇︵實際には 衆議院解散灌の所准.

(24) 衆議院解散椹 の 所 在. 二五〇︵五六︶. 内閣︶の灌能と定め︑その行使について別段の制限を設けていない︒第六十九條は︑衆議院で内閣不信任決議案が可決. された場合に内閣のとるべき態度について特に規定しただけである﹂とし︵註一〇︶︑田上教授は︑﹁解散原国は必ずしも. 政府と衆議院が衝突したときに限られない﹂とし︵註コ︶︑入江俊郎氏は︑﹁第六+九條は解散の一の場合についての. 規定と解する外はない﹂とし︵註二一︶︑田畑忍教授は︑﹁内閣は右の解散理由を客翻的に到断して天皇に解散の進言をし. いつでも︑衆議. なければならない︒憲法は第六九條に︑::と定めているが︑かかる場合以外に於ても右の解散理由があれば︑内閣は. 解散を進言しなければならない﹂とし︵註;一︶︑大石義雄教授は︑﹁民意を確認する必要あるとき岐. 院を解散することができる︒第六十九條は︑解散し得る一つの場合を定めたにすぎない﹂とし︵註一四︶︑俵静夫教授は. ﹁解散は︑民意に適合した國政を行う内閣が︑その政治的責任で決すべきもので︑憲法第六十九條の場合に限られる︑. と解すべき根嫁はない﹂とし︵註一五︶︑柳澤義男教擾は︑﹁政府と國會の意見が衝突した場合において︑そのいづれが. 眞に國民の意見を代表してゐるかについて︑直接國民の到漸を求むるために行われるものであるから︑必ずしも本條. ︵六九條︶の場合のみではない﹂とし︵註ニハ︶︑佐藤功教授は︑﹁第六九條は︑内閣の解散罐を制限するものではなく︑ ロ その定める場合に︑内閣が総鮮職するか解散するかの二老澤一的な義務を負うことを定めた規定であると解する﹂とし. ︵註一七︶︑法學協會編﹁註解日本國憲法﹂にも︑﹁衆議院が明示的に不信任案を可決し︑又は信任案を否決した場合以. 外にも︑内閣の施政方針に事毎に封立︑これを妨害し︑又は妨害することが豫想される場合︑國政上極めて重要な法案. ︵例えば憲法改正案︶の審議に先立つて︑改めて國民の意思を問う場合::などには︑解散が行われ得るというべきで. それらについては憲法上の慣習が成立することになるであろう﹂とあり︵註一八︶︑田中二郎教授も同意見を表明してお. られる︵註一九︶︒そして︑これらと同様の見解を︑憲法制定當時の政府も亦持つていたのである︵瑳δ︶︒.

(25) ︵註一︶. 昭和二一六年一二月一山ハ日士果ム厭新閣冊︒. ︵註二︶昭和二六 年 一 一 月 一 四 日 毎 日 新 聞 ︒ ︵註三︶昭和二六年一二月一日毎日新聞︒. ︵註四︶昭和二六年一一月一四日毎日新聞︒. ︵註六︶佐々木博士︑日本國憲法論︑二四一頁︒. ︵註五︶美濃部博士︑日本國憲法原論︑二四二頁︒. ︵註七︶昭和二六年一一月一四日毎日新聞︒. ︵謹九︶稻田教授︑︑議院内閣剃と改正の間題︑法律タイムズ︑二一號︑二五頁︒. ︵註八︶昭和三六年一一月一四日毎日新聞︒. ︵註一〇︶宮澤致授︑解散の法理︑前掲誌︑一二頁︒同致授は︑﹁解散の憲法的意味﹂においても同様の趣旨を蓮べておられる︒なお同. 教授と同説に厨するものとして︑小林孝輔講師︑憲法學序説︑一四四頁︒ ︵註一一︶田上教 授 ︑ 前 娼 書 ︑ 一 六 六 頁 ︒. ︵註一二︶入江俊郎氏︑前掲論丈︑法律時報︑ニニ巻二號︑六〇頁︒. 俵一教授︑. ︸迩條嶺思法一要艶我︑. 山ハ一頁︒. ︵註一四︶大石致授︑憲法︑ご一二頁︒. ︵註ご5田畑教授 ︑ 憲 法 學 ︑ 一 八 一 頁 ︒. ︵一謎一五︶. ︵註一六︶柳澤教授︑日本國憲法逐條講義︑一五三頁︑なお︑同教授が︑解散を内閣の任意の決定に委ねることの危瞼の防止として第. に存するとせられる︒即ち︑不信任決議案が成立して解散が行われ︑総選墨後の新國會ができても︑なお総離職をする必要がないとす. 七〇條の規定を墨げておられるのが注目される︒逆にいえば︑第七〇條の立怯理由の一が︑内閣に衆議院解散決定灌を與えていること. 二五ズ五七︶. おける政府の答辮をあげうる︒﹁再選撃されました其の嚇頭に於て︑内閣は総蹴職をしなければならぬのでありますから︑政略的なる. れば︑新國會で再び不信任議決が行われても又解散するという弊害が出るとせられる︑同上一五五頁︒同趣旨として︑憲法制定議會に 行動を執る蝕地は残つて居りませぬ﹂︑岡田氏︑前掲書︑四二五頁︒. 衆議院解散灌の厨左.

(26) 衆議院解散椹 の 所 左. ︵註一八︶同書︑中巻︑二四六頁︒. ︵註一七︶佐藤功教授︑日本國憲法+二講︑一七八頁︒. ︵註一九︶昭和二六年一一月一四日侮日薪一聞︒. ︵註二〇︶岡田氏︑前掲書︑四二四頁︒. 二五二︵弧八︶. 目において畢げた學読は︑いずれも︑解散灌の所在が内閣にあり︑解散原因が第六+九條に限らない︑という黙では. 軌を一にしている︒しかし︑それ以外の驕では異なつた考え方が見受けられる︒まず︑所在に關しては︑等しく内閣に. あるとしても︑その憲法上の根慷が︑第七條であるか又は第六十五條であるか︑が問題となり︑原因に關しては︑等し. く第六+九條に限らないとしても︑それ以外に何らかの制約があるか否か︑が問題となる︒以下︑順次この二黙を検討 する︒. 解散灌の所在を憲法第六十五條に求める説の要旨はこうである︒解散は立法作用でもなく司法罐の作用でもないか. ら︑主灌を三灌に分ける限り︑行政灌の作用に属する︒然るに憲法は︑第六十五條において﹁行政権は内閣に属する﹂. と定めた︒したがつて解散権の實艦は第六十五條によつて内閣に圏すると解する外はない︒第七條第三號に︑天皇は︑. 内閣の助二︑面と承認により︑國民のために衆議院を解散することと定められているが︑この天皇の國事灌は︑國政に關す. る灌能を含まぬことは第四條の明文で明かであるから︑これは解散灌の實艦の所在についての規定ではない︵註一︶︒. この見解に封し︑天皇の國事行爲は︑立法︑司法︑行政の三から成る國家の統治作用の一部ではなく︑それらとは本. 質を異にした一種の作用であり︵註5︑第四次の國家作用であり︵蚕ξ︑從つて日本國憲法においては三灌分立ではな. く︑四灌分立が行われているのである︵註四︶︑とする見解がある︒齢ち︑これによれば︑解散も國事行爲の一種として. 行政に圃せず︑第六十五條によつては内閣に罵するといいえないことになるのであるρ.

(27) いま天皇の國事行爲の性格につき深入りする鯨裕をもたない謹五︶︒私の考えでは︑天皇の國事行爲が行政権ではな. いとした場合は勿論︑行政灌に鵬するとした場合においても︑﹁解散権の實艦の所在﹂を第六十五條に求めるのは︑安. 當でもなく︑又必要でもないとおもう︒入江氏のいわれる﹁解散灌の實膿﹂とはおそらく﹁解散決定擢﹂のことである. とおもわれるが︑その有無の認定を﹁行政灌は内閣に属する﹂という漠然とした條文に求めるのは安當ではあるまい︒. 第六+五條は極めて簡輩な條丈であり︑﹁行政灌と内閣との︑構造や性質については︑憲法第五章中の他の條文を分析し. なければ明らかにならない﹂のである︵誰六︶︒その場合特に︑内閣の一般灌限を列畢した第七十三條が参照されるべき. であつて︑ここには︑第七條の天皇の國事行爲に鵬する﹁政令及び條約の公布﹂︑﹁恩赦の認謹﹂等に封慮する﹁政令の. 制定﹂︑﹁條約の締結﹂︑﹁恩赦の決定﹂等が規定せられているにかかわらず︑﹁解散の決定﹂は規定せられていないので. ある︵註七V︒この黙から見ても︑解散決定灌の有無を第六十五條や第七+三條に求めるのは安當でないといえる︒そし. て既述のごとく︑解散決定権が内閣に在ることは︑憲法第四條の﹁國事に關する行爲﹂と︑第七條の﹁内閣の助言と承. 認﹂との解繹から充分出て來ると考えられるから︑ことさらに第六+五條に求める必要もないといわねぼならない︒. 次に︑第二の問題︑即ち解散原因に制約ありやの黙に入る︒無制約読を最も明確に採つておられるのは宮澤教授であ. ろう︒教授は︑﹁第七條は︑明らかに︑何人が解散灌をもつかを定めた規定である︒そして︑ほかにそれの行使を制限. する規定がないかぎり︑そこに定められた解散灌には別段の制限が存しないと解するよりほかない﹂とされる︵註八︶︒. これに反して︑多くの學者は︑解散原因に關し何らかの制約を認めている︒例えば︑俵教授が︑﹁いかなる場合に解散. が行われるかについては︑憲法上一般に限定されていないが︑それは衆議院の意思が眞に民意を代表するか否か疑わし. 二五三︵五九﹀. い場合に︑民意を確かめるためになさるべきものであることは︑國會という制度を設けた精紳からして明瞭である︒し 衆議院解散櫃の所海.

(28) 衆議院解散穫の所在. 二五四︵六〇︶.

(29) この鮎につき︑ワイマール憲法第二十五條但書は﹁同一原因による解散は一回に限る︵軸亀○魯同峯帰魯彰邑聾㎝3崔. 讐①晒魯窪ヒ曇色﹂と定めているが︵註一善︑日本國憲法にも國會法にも規定はない︒しかし一種の條理法と認めらるべ. きである︒この黙につき︑美濃部博士は︑﹁法律上の制度としてではないにしても少くとも政治上には同一事件に付き. 解散を命ずるのは一回に限るのを當然と爲すべきである﹂とせられているが︵註ニハ︶︑軍に政治上の問題にとどまらな いのではなかろうか ︒. ︵註一︶入江氏︑前掲論文︑法律時報︑一三巻二號︑五九頁︒同氏○説明によれば︑これは︑衆議院憲法改正委員會における金森國務. 大臣の意見でもあるとのことである︒昭和二七年一月三日の東京新聞肚説にも同様の見解が述べられている︒﹁衆議院の解散がこの二. つ︵第七條か第六十九條か︶の中の何れによるべきかの論争でわれわれが不思議に患うのは解散纏があたかも憲法上の三椹分立︑郎ち. 立法穫︑司法灌の如き灌利として論ぜられていることである︒そのような根擦にたつかぎり解散の法理論は容易に解決せぬだろう︒わ ︵註二︶法學協會︑雨掲書︑中巻︑二〇六頁︒. 一〇七頁以下︒. ︶. れわれの見解としては解散樒は行政椹の一作用として内閣の責任に錨すべきだというのが灌利として論ずる場合も至當だと考える﹂と︒. ︵誰四︶田畑忍教授︑憲法學︑. ︵註三︶淺井溝博士︑新憲法と内閣︑七八頁︒. ︵註六︶法學協會︑雨掲書︑中巻︑二〇二頁︒. ︵註五︶この鮎について︑前掲諸論文及び︑佐藤功敏授︑前掲書︑一六六頁墾照︒. ︵註七︶稻田一教授︑前掲鉱咽文︑二五頁︒. 二五五︵六. ︵謹八︶宮澤教授︑解散の法理︑前揚誌コ一頁︒稻田教授の詮も大盤同様の傾向と解せられる︑前掲論丈︑二六頁︒ ︵註一〇︶俵教授︑ 同 上 ︒. ︵註九︶俵教授︑雨掲誰尽六一頁︒. ︵註一一﹀入江氏︑雨掲論丈︑法律時報︑一コ一巻二號︑六〇頁︒. 衆議院解散穫の所在.

(30) 衆議院解散椹の肝在. ︵註二5美濃部博士︑議會制度論︑三五一頁︒. ︵註二一︶佐々木博士︑前掲書︑二四一頁︒ ︵註↓四︶法學協會︑前掲書︑中巻︑二四六頁︒. 二五六︵六二︶. 院は︑. ︵斐労イマール憲法以外の同様の立法例については︑大羅︑鶉斐覆誌・霧﹄四山ハ頁・その讐ジプト碧. 語. ︵註一六︶美濃部博 士 ︑ 日 本 國 憲 法 原 論 ︑ 四 〇 八 頁 ︒. 鍵緯馨鯵蓉鐙糞鍵螺諜謬解散せられた場合に︑ 四結. 肇早において︑解散灌の所在の問題を政治の動きと關連し函弩笙章袋凌問嬰醐讐整理し藷. 家の見解を紹介し︑華の批到を試みながら併せて私見を述べた.いま篶を端的に述べるな峰呆肇法の縫. 論としては︑耀散決簾という意墜の解灘の髪禺閣であるミ解散原因は・簗+九條娠らず・葺. 寓閣に畠蟄藷めても︑解散が國民の舞を求め享撃あ重とから別に農はないミ筆あ. 纏端裁量に壽れるが︑その自由才量には條理法上の限界多︑豪超え彙讐ξ蓮とな. る.ここに濤一一一一口して妻たいことは︑解散垂ハ+九條の場合儘ると旨籔醐が・現實警の養非常識か. っ轟籍果を奪︑と旨書である︒あ簿關し︑私はかつてこう述べたことがある・﹁この簿︵第六+九條. に限るという簿︶羨ると︑多叢内閣葱購し︑少叢内閣選亡た場合感寒る多敷警不信任決議案. を否決し︑信任決議案を可決せしめつつ︑それ以外に書ては︑常に内閣の施策隻置内閣の存立を危手る警. 霧ない︒そして︑あ彙は︑極端な場合を考えれば︑蟹の任潔了による懇肇行究るまで・前の饗謬.

参照

関連したドキュメント

 第I節 腹腔内接種實験  第2節 度下接種實験  第3節 経口的接種實験  第4節 結膜感染實験 第4章 総括及ピ考案

Potentilla freyniana was specific in present taxonomic group by high distri - bututional rate of dry matter into subterranean stem and stolons.. The distributional

チ   モ   一   ル 三並 三六・七% 一〇丹ゑヅ蹄合殉一︑=一九一︑三二四入五・二%三五 パ ラ ジ ト 一  〃

︵原著三三験︶ 第ニや一懸  第九號  三一六

[r]

昭和三十三年に和島誠一による調査が行われ、厚さ二メートル以上に及ぶハマグリとマガキからな

本審議会では、平成 30 年9月 27 日に「

目について︑一九九四年︱二月二 0