48 抄 録 認めたり。軟骨塊は男6例(24%)女19例(76%) りの接鱗曙染により、及び既存通路なる顔面帥 に讃明され女性に多きは素質に基因すと。樹著 終管も恐らく経路となy、後頭蓋窩の方は錐禮 者は之が原因を1.火部分は化生、2.小部分 後面から出卸してみる所の』血管を纒呈してゐ は素賃(特に小兇に於て)に由るとtr y。結核性 る。屡々無粋駅に紹過する所の碧様賢血栓も本 病攣は瀬上皮細胞結節として5働(内3例は扁 例に於ては一役を演ずる事が出來たらしい。迷 跳腺、2例は「アデノイド」)に謹明せ”。5例 路も亦既に円窓によって傳染されてるたが此鍾 共登身的並に局所的に何等結核所見を認めず組 韓が朝駆すれば之からも謄膜炎に進み得るが本 織的検索によi)始めて畿見せる竜のなり。更に 例では未だ而らず。 著者は35歳男・10蔵少女の2例に於て明かに癌 永い鵜飼を取るものは普通防禦反獲が憩って を磯見せり、扇桃腺の肉眼的所見にては新生物 当るものであるが、本寺では耳炎及び乳嚇突起 に撫して何等疑はしき露なく、2例共扁桃腺は 炎の卒中様に蓮んだ輕過により斯る暇が無かつ 爾側同大にて蒔も小なりき、Freund・kamlnerの たものと早縄する。斯る症例では即刻手術して 化學的血液検査は陽性なりき。「(窪抄) 爾頭蓋窩を趣く聞放し、凡ての蜂窩を徹底的に 軸側畢期刑期;幾の病困講 ペネジ 除去する事によってのみ救助し得るのである。 B芭nesi,0.:Zur Pathogenese der otoge一 (’佐藤季少う
nen FrUhme且ingltis. Mscllr. Ohrenhe一 耳性咽野卑癩治瞼例 大野 武 (九大) ilk,70. Jg・9. H. s.1042,1936 耳鼻咽喉科 Io巷、9號昭和12年9月 差著者は耳性早期臓膜炎で死亡した患者の顯微 13歳女晃、悪感職掌を件ふ弛張熱及盾側耳痛 鏡標本によって出講摸炎例の成立磯韓に就てご 耳鳴を訴へて來院。診るに中等度の牙關緊急あ 三意見を述べてみる。 り、右側同報帆、口蓋扁挑腺は著しく膨隆し一 理学は52歳の男子、今迄耳は全く健康であっ 見扁桃腺周團膿瘍を見るが如き様子なるも周園 たが、400Cの喬熱を凝して右側中耳炎に罹つ 組織の浮腫口臭共に無く、口蓋扁挑腺自身の た。第F2病田に鼓膜切開を受けたが濃厚な膿 炎症の度輕微なる他、粘膜酸赤、嚥下如月は比 汁が微量}Llた丈で輕快に向はず。第2病日日に 較的調度なり。錦帳咽頭後壁の粘膜亦腫脹し署 右頸i遅脈弓郎が墜迫に封して鎗敏となり非常な 明なる披動を謹明す。宿耳鼓膜の穿孔は楕圓彫 喬熱で一蒔的に指南力を失ひ初期臓膜炎の疑を にして搏動性の排膿を見る。乳噛突起部の歴痛 置いた、輝輝騰突起炎及び迷路口歌共に無かっ 顎下郎及び測頸郎脳弓腺は腫脹し厘痛あり。宕 た。著者は直ちに患者に手術及び腰椎穿刺を提 側慢性中耳炎の再燃による急性乳臓突起炎日に 与したが拒絶された。第4病日には完杢に意識 耳性咽後膿瘍と診臨す。 を失ひ熱は40。C以上に上昇。直ちに手術を行 先づ中耳根治手術をなし翌日咽後膿瘍の穿刺 つ孕が既に遅く翌日死亡。 及切開をなせり、その際多量の濃厚無臭なる膿 潮解上蔓延した暁風強膜炎で、膿汁よりは溶 汁湧出せり、膿汁より培養するに耳のそれと同 連菌を讃萌した。 じく溶血性蓮鎮歌球菌を照明せη、諸症状やや 急歴中耳炎及び無症航であった乳押目起炎の 輕快したる墨筆蕩内膿汁瀦溜、口蓋高見腺肥大 特溺な経過に就ては蕪に述べず、多少特別な興 並に下垂の朕消退せざる爲右側扁桃腺月評術を 味ある国側岩翠黛の顯微鏡検査所見を得たので 行ひたるに諸症駅好韓治癒せり。即(r)右側慢 それを蓮べる。前竃きとして成書記載の耳性麟 性中耳炎噸悪期に引績き起れる事、(2)患側が 膜炎の惇再説路を略越して居る。 耳疾患と同側なる事、(3)起炎菌が耳疾患のぞ 著膏の例では巾頭蓋窩と後頭蓋窩は殆ど同時 れと同一なる事等により耳性咽後膿瘍ならむと に傳染されたものである。中頭蓋窩1ま天蓋郊よ 推定す。(市川抄)