19 (東京女医大誌・第24巻 第2号頁75−77 昭和29年4月)
〔臨 床 実 験〕
コーチゾンの奏効しアこ梅毒性網豚絡膜炎
の一例
東京女子医科大学眼科教室(主任 加藤教授)田 畑 静 江
タ バタ Nヅ エ シ (受付昭和29年1月22日) コP一チゾンは発見以来劃期的な薬剤として眼科 領域に広く用いられており,種・々の眼疾患に対す るコーチゾンの局所使用の報告は数多くあるが, まだ梅毒性網絡膜炎への使用報告は之をみない。 症 例 患者 30才 女子 わ」診 昭和28年9月3H 現病歴:1週聞前から時々,しかも閉眼時にも,こ まかい光ったものがみえるようになり,2日前から急 にみようとおもうあたりがはっきりみえなくなったと て当科を訪れた。そのほかの自覚症状は訴えていな V“e 全身既往症溝よび全身的所見:昭和26年ごろから手 足のしびれる感じがおごり,現在もなおそのために夜 は睡眠をさまたげられることがある。血液のワツセル マン氏反応強陽性, (感染期はほぼ確実に昭26,10∼ 昭27,12.)ツベルクリン反応陽性,赤血球沈降速度 平均92。そのほか全身的には指先の知覚異常および上 搏の神経痛を訴えている。 眼科的所見:視力は右眼=1.0(矯正不能)左 眼=O.02(矯正不能),外眼部には著変なく瞳孔 は左右相称,光線反回ば正常である。細隙燈顕微 鏡検査によると,左眼には前房内に微塵状の浮游 物が中等度にあり,速度はおそいが温流は認めら れる。右眼は左眼よりわっかで速度もはやい。水 晶体には異常なく,硝子体には両眼とも多数の微 塵状の混濁があり,混濁はおくへいくほど数が多 い。左眼の眼底は全体に混濁し,乳頭は軽度に発 赤して境堺はやや不鮮明,網膜中心静豚は欝血怒 張し,乳頭をかごんで,倒像で耳側および下側 に,4乳頭径大の円形の混濁が認められ,その境 堺の下側の一部は鮮明で,他の大部分は周囲へ徐 ・ei’ lc移行してV・る。混濁部は他の部よりいくぶん 隆起して灰白色である。右眼の眼底はいくぶん混 濁し,乳頭は左眼よりむしろ充血しているが,左 眼に.あるような円形の混濁面はみとめられなV・。 視野の中心部は,右眼では変化なく,左眼にはマ リオット氏盲点を中心として上下に拡大じた絶対 暗点が認められた(第1図)。 25 第 1 図 左眼注射前視力0・Q2(n・c・) N t 25 fX f2
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\ゾー.. tl ’メ\. O 25 治療および経過: 1%アトロピンおよび0.5%コーチゾン軟膏の点 眼を毎日一回宛おこなったが,3日目になっても 所見に変化が認められなかったので,左眼にコル トン原液の0.2ccを球後注射したところ,翌日, 視力は0.3に好転し,網膜の混濁はやや禰漫性に 薄くなり,黄斑部にまで,約6乳頭径大にひろが 一 75 一一20 つた。注身寸後3日目(第5日つにレま,室児力はO.6と 急速によくなり,視野には絶対暗点は消失,マリ オット氏盲点の弓外側に相対暗点が認められるの みとなった(第2図)。この日からナルバルナン 第 2 図 左眼注射後視力0.6(n.・c.) 5 FF @ 7 @ 7 @ ’ 、㌧1 、 ∠ ッ @ !「 、、 @辱 ノ @ ■’ 1」 、 A F 一 @ ’て 1’” 馳圏’ 1 ’ @ 「 @ , .㌔
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㌔ ㌧髄 f 、し 、 1 噛「 と次サリチル酸蒼鉛で駆梅療法をはじめたが, 6日目になって急に右眼の視力障碍をきたし,視 力Vtt O. 03(矯正不能)になり,初診時右眼にみら れたと同様の灰白色混濁腫脹が,倒像で黄斑部を とりかこんで上方にひろがっているのが認めら れ,その位置に相当して視野には,絶対ならびに 相対暗点が検出された(第3図)。7日目(注射後 第 3 図 右眼 注射前視力 0.03(n.c.) 1, 2 2ew一,)
・’N 寿 , ’メ、 一一一1・一一一一 r tt t / 2 5 o 25 ? 難 ぢ 。 ’ ’t メ、 窯 rbe,’ x 5 5日)に左眼の視力は0.7となり,すでに定型的禰 漫心網臨海膜炎の所見を呈してぎた。右眼の治療 としてはひきつづきコーーチゾン軟膏の点眼を行っ てV・たが,視力は依然として0.03で,眼底所見ぱ むしろ増悪した。そこで9日目(第4病日)左眼 に行ったと同様に,コル1・ン原液の0.2ccの球後 注射を行ったところ,翌日,視力は直に上昇,眼 底では動画混濁面の境界がやや不鮮明になり,絶 対暗点は消失し相対暗点のみとなった(第4図)。 第 4 図 右眼 注射後 視力 0.8(n.c.) ’1 @ 幽Z・ ,.レ’tL x t v N 25 、 、 、 、 し , / 脚 ’ 、、 ’ 、 噛馳 , ヒ 、、、 r 、 、 し 、h メ・、 ’ 、、 、 し 流 ,’ 一 噺 、 @ 辱 、 、 ’ @ 、 ρ @ 、 ’ 、 @ ㍉ピー 、 , 、 ■ 呵 25 2 o粟…1−4拶 一F一 ● ・’ , 一 @一 ’ C ’ 「 , 、、 一 ’ _ 〆 亀 @ ,’ 、 し @ 》く\’ ’ 、昏・...『 / ノ 1 ’ ∂ 、、 ’ 、 @ 、 ρ 、 @ 」 勘’ 、 @ L ,σ 、 @一の奇ρ’ 、 │””
し 、 ’ 、 ’ 、 ’ ノ 2 1 ’ 、 14日目(右眼第7病日)には視力は右眼=・0.4,左 眼二〇.7となり,眼底では両眼とも乳頭の充血は 減少し,黄斑反射輪は正常のところに認められる ようになった。その後経過は順調で,24日目には 視力,右眼=0.8,左眼篇0.・9に回復し,初診後1 ヵ月の両眼の視力は共に1.0となり,1眼底は両眼 とも軽度のゴマ塩状眼底の状態を呈するようにな った。癸病後2ヵ月の視力は両眼ともそれぞれ1.2 で,硝子体混濁はごくわっかに残っている。駆梅 療法1ク・一ルの後,なお血液ワッセルマン氏反応 中等度陽性のため今日駆梅療法をつづけている が,再発を認めなb。 考 按 コーチゾンが各種の眼疾患に驚異的の効果をあ げていることは,すでにWoods1), Leopold2), Thygeson3), Duck−Elder4)生井5),倉知6)その 他内外多数の報告にみられてV・る。その作用機転 はあきらかにされていないけれども,広く炎症性一76一
21 眼疾患の滲出病変を阻止するtとは認められてい るQ而して,前眼部の急性滲出性病変に薄してコ ーチゾンは抑制的にはたらいて卓効を奏すること は一般の見解の一一ikするところであるが,後眼部 のものに対しての効果には疑問がもたれているよ うである。後眼部疾患には,主に全身的および球 後注射が用V・られ,ており,球後注射の揚合,その 使用量は,原液の2 cc2)或は0.2∼0.3cc8)又は原 液の5倍稀釈液0.2cc7)等と区々であるが,2ccの 大量を用いた揚合,激痛,かなりの眼球運動制限 等をおこした例をLeopoldが報告している他は, 何ら副作用はなV・ようである。 今まで治療されか中心性網肱絡膜炎の例は,主 として結核性のもので,局所および全身的に用い られ,球後注射を行った例は,内外.あわせて10例 の報告をみるにすぎない。そのうち3例では不明 であるが,他の7例の中有効とおもわれるもの4 例,無効3例である。しかし有効とおもわれるも のも本病の経過によい影響をあたえ浸かどうかの 判断は困難のように考えられてV・る。 Duck− Elderはtt・一チゾンを用V・た多くの症例中で,中 心性網重々膜炎に対ナる効果ぱ再検討を要するも のとしてhる。しかしながら梅毒性網豚革膜炎:は 増田氏病と同様に滲出機転のいちじるしい炎症が 主体をなすもので,第2期梅毒.に発病することか らアレルギ・・性炎症であろうとV・うことが老えら れる。勿論本病は駆梅療法で比較的急速に治癒す ることは,一般にみとめられているのであるが, 私は本病の本質からコーチゾンの効果が期待でき るのでないかと考え,使用してみたのである。 すなわち,左眼では,コーチゾン軟膏の点眼と コーチゾン球後注射とによって,翌日視力は0.02 よりα3に恢復し,他の一眼は駆梅療法をはじめ てから視力減退をきたして,第4日目になっても 視力が0.03より好転しなかったので,同様にコー チゾンの球後注射をおこなったところ,その翌日 直に0.2忙恢復したのであるQ網膜中心部の混濁 腫脹も両眼とも注射後急速に消失し,あきらかに 滲出性の炎症は駆梅療法のみの揚合より遙か忙速 にコーチゾンにより抑制されたものと考えられ る。 以上1例では.あるが,コーチゾンは網膜の梅毒 性のアレルse”一性炎症に対しても有望であると考 えられるので,ここに報告する次第である6 終りに臨み加藤教授,田中講師の御指導並に御校閲 を深謝します。 文 献
1) Woods, Al. C.:Am. J. Ophth., 33, 1325,
1950.
2) Leopold, 1.H.;Am. J. Ophth. 34, 361,1951. 3) Thygeson, P. and Fritz, M.H.:Am. J.
Ophth., 34, 357, 1951.
4) Duke−Elder, S. :Brit. J. Ophth., 35, 637,
1951. 5) 生井:眼臨,45,532,1951. 6)倉知:三野,6,253,1952. 7)今泉:日本医事新i報,1478,1479,1952. 8)金田,切回,中山:眼臨,46,685,1952. 9)石井,石坂,(抄)眼臨,47,822,1953.