Title
生態的特性の解明と到花年数の短縮によるササユリ (Lilium
japonicum Thunb. ) の自生地保全および園芸利用に関する研
究( 本文(Fulltext) )
Author(s)
稲垣, 栄洋
Report No.(Doctoral
Degree)
博士(農学) 乙第095号
Issue Date
2005-03-14
Type
博士論文
Version
publisher
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12099/2339
※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。生態的特性の解明と到花年数の短縮によるササユリ
(上誹〟m知0〟血〟mThunb.)の自生地保全
および園芸利用に関する研究
学位論文:博士(農学)ム汁
目 次 目 次 第Ⅰ章 緒 言 第Ⅱ章 ササユリ自生地の特徴と自生地における生態的特性 第1節 緒 言 第2節 静岡県における自生集団の分布と外観形質の変異………‥11 調査地および調査方法 結 果 1)自生地の特徴 2)自生集団の外観形質 考 察 第3節 自生地における生育習性 材料および方法 1)幼植物の発生消長および地上部除去による再生 2)開花個体の再開花率および開花後の薪果の生存率 結 果 1)幼植物の発生消長および地上部除去による再生 2)開花個体の再開花率および開花後の薪果の生存率 考 察 第Ⅲ章 未熟種子培養法によるササユリのムコγ五わⅥ増殖 第1節 緒 言 第2節 ササユリ未熟種子の発芽特性 材料および方法 1)未熟種子の発芽能力 2)高温処理および付傷処理の発芽への影響 3)種皮への物理的処理の発芽への影響 結 果 1)未熟種子の発芽能力
2)高温処理および付傷処理の発芽への影響 3)種皮への物理的処理の発芽への影響 考 察 第3節 未熟種子の発芽誘導法 材料および方法 1)薬品浸漬処理による発芽誘導 41 42 42 44 44 44 2)硝酸カリウムの添加が未熟種子の発芽に及ぼす影響……….45 結 果 1)薬品浸漬処理による発芽誘導 2)硝酸カリウムの添加が未熟種子の発芽に及ぼす影響……….47 考 察 第4節 液体培養による大量増殖 材料および方法 1)液体培地での未熟種子の発芽率 47 49 49 49 2)液体培養法の違いが未熟種子からの球根形成に及ぼす影響…………50 結 果 1)液体培地での未熟種子の発芽率 2)液体培養法の違いが未熟種子からの球根形成に及ぼす影響…………53 考 察 第5節 未熟種子から誘導した小球の肥大促進 材料および方法 1)培地中のカリウム濃度が小球の生育に及ぼす影響 2)培地中のリン酸濃度が小球の生育に及ぼす影響 結 果 1)培地中のカリウム濃度が小球の生育に及ぼす影響 2)培地中のリン酸濃度が小球の生育に及ぼす影響 考 察 53 55 55 55 56 57 57 57 61 第Ⅳ章 タカサゴユリとの種間交雑による早期開花系統の作出………63 第1節 緒 言 第2節 タカサゴユリの特性
材料および方法 1)耐乾性 2)自殖性 結 果 1)耐乾性 2)自殖性 考 察 第3節 交配方法 材料および方法 1)花粉の貯蔵方法 2)タカサゴユリとササユリの交雑親和性 65 65 66 67 67 72 75 78 78 78 78 3)ササユリ×タカサゴユリ種間交配の不親和性の打破……….79 結 果 1)花粉の貯蔵方法 2)タカサゴユリとササユリの交雑親和性 3)ササユリ×タカサゴユリ種間交配の不親和性の打破……….81 考 察 第4節 タカサゴユリ×ササユリ種間雑種の作出とその特性……….86 材料および方法 結 果 考 察 第Ⅴ章 総合考察 摘 要 Summary 引用文献
第Ⅰ章 緒 言 わが国には日本固有のユリ属植物 7 種が自生するが,ササユリ(ム沈厄皿 ノ卑pO刀メcu皿Tbunb.)はその一つとして知られている(北村ら,1976;清水,1987; 国重,1993)。ササユリは清楚な美しい花と高い芳香で古来より日本人に親しま れており,現在でもその観賞価値は極めて高い(山村・久保田,1985)。しかし, 江戸時代の園芸本草書にも,その記載は見られず,ササユリは昔から栽培が難 しい山野草として扱われている(清水,1971)。これまでササユリの栽培法の確 立を目的とした研究が行われてきているが(仙道,1971b;山村・久保田,1985; 宮本,1999),現代に至っても未だ有効な栽培技術は確立されていない(清 水,1987;竹田,1993)。そのため,営利的な栽培は一部の篤農家でわずかに行 われる程度であり,自生地から山採りされた切り花や球根が市場へ供給されて いるのが現状である。 これらの過度の山採り一行為や自生地環境の変化等を要因として,近年ではサ サユリの自生地は減少傾向にある(古谷,1999)。かつては広く自生が見られた ササユリであるが,地域によっては絶滅危慎植物に指定されるまでに,その数 は激減している(千葉,2002)。このため,ササユリの自生地を保全する試みや 苗の植栽によって自生地を復元する活動が各地で行われている。また,さらに は中山間地域の振興を目的に,希少価値の高いササユリを利用した景観形成へ のニーズも高まっている(宮本,1998)。 これらのことを背景として,ササユリの利用技術の確立には二つの視点から の期待がある。一つは営利的な切り花生産技術の開発,もう一つは自生地の保 全や復元を目的とした植栽用の苗生産技術の開発である。 中山間地域の活性化が深刻な問題となる中で,地域資源としてのササユリ自 生地の保全や復元の重要性は高まりつつある。しかし,これまでのササユリの 園芸的利用の研究は,主に営利的な切り花生産技術の確立を主目的としたもの であり,自生地の保全や復元を想定した知見は少ない。 ササユリの白生地の保全・復元を目的とした利用技術では,これまでの切り 花生産と以下の点で異なる視点が必要となる。 一つは,ササユリの種内変異の扱いである。ササユリは種内変異が大きいこ
とが知られており(清水,1987;林,1999),観賞植物として最も重要な花色に ついても白色(清水,1971)から淡桃色,または微紅色(大井,1983),紅紫色 (寺下,1983)と変異があることが報告されている。花色の変異は自生地によ って異なるだけにとどまらず,同一自生地内においても一般的に認められてお り,花色の多様さはササユリ群落の観賞価値を高める上で重要な要素となって いる。これまでササユリの外観形質の種内変異についてはいくつかの報告(西 村・渥美,1997,1998)があるが,これらは集団から少数のサンプルを用いて地 域集団間の差異を調査したものであり,自生集団内での変異の幅については明 らかでない。 もう一つは自生地におけるササユリの生育習性である。自生集団の保全・管 理を考察する上で,生育習性に関する知見は重要である。ササユリの生活史に ついては,栽培管理条件における種子から開花までの生育ステージが示されて いるものの(鎌田,1987),自生地においてどのような生活史を有しているかに ついては十分な研究がなされていない。 そこで本論文では,ササユリの多様性と地域性を明らかにする観点から,第 Ⅱ章において静岡県内に残存する自生集団の外観特性や出芽・開花特性の種内 変異について調査を行った。また,不明な点が多いササユリの幼植物の生態に 着目して,自生地におけるササユリの生態的特性を調査し,自生地の管理方法 の検討を試みた。 種内変異が大きいことは,切り花生産では花色や花型等の園芸的形質がばら つくことになるため,実用化にあたっては優良系統の収集や育種が課題となる ことが指摘されている(清水,1954;新美,1995;西村・渥美,1997;宮本,1999)。 これまで,ササユリ栽培品種の育種は十分に行われていないものの,大まかな 地域集団では和歌山県のササユリの栽培が比較的容易で園芸的利用に適してい ることが明らかとなっている(春木,2003,私信)。また,優良系統の大量増殖に ついては,りん片を外植体とした組織培養の研究が多く行われており,実用化 に向けて一定の成果を待つつある(Fukuiら,1989;新美,1990;浅尾ら,1992; 市川,1993;水口ら,1994,1995;Niimi,1995b)。 しかし,自生地の保全や復元を目的とした場合には,遺伝的に単一な組織培 養苗の植栽は自生地の遺伝的多様性を喪失させることが指摘されている(加
藤,1998)。特にササユリの花色の多様さは自生地の観賞価値を高める上で重要 であることからも,多様性を維持した苗の増殖方法が必要となる。多様性を保 つための最も有効な方法は種子による繁殖である。実際にササユリは,種子繁 殖と分球による栄養繁殖の2通りの繁殖様式を持つが,自生環境では主に種子 によって繁殖しており(春木,2000),これによって集団内の変異の多様性を保 っていると考えられている(清水,1971)。 さらに種子繁殖には,大きな特徴がある。野生ユリは多くの個体がウイルス に感染しているとされており(西沢・西,1966;河原林・浅平,1989),増殖の 母球のウイルス感染が懸念されることから,生長点培養によるウイルスフリー 技術が検討されている(森ら,1969;河原林・浅平,1988;Fukuiら,1989;松古 ら,1996)。しかし,生長点培養によるウイルスフリー技術は,ウイルスの非感 染を確認するウイルス検定や培養変異を除去する生産力検定などの行程を必要 とする。 一方,ユリ類に感染するウイルスは種子感染するものが報告されておらず, 種子繁殖は簡易で効果的にウイルスを取り除く有効な手法である(清 水,1987;古谷・表崎,1997)。このような利点があるにもかかわらず,種子に よる繁殖はこれまで十分な利活用を図られてこなかった。それは種子からの栽 培では,開花個体を得るまでに 6∼7年以上もの長い期間を必要とするという 重要な問題点を有しているためである。 種子からの到花年数の短縮は,種子利用の栽培系を確立す予上で解決すべき 重要な課題である。そこで,本論文の第Ⅲ章では組織培養の手法を用いて種子 から早期に苗を育成する手法について検討を行った。 本論文で課題とした自生地の復元・保全を目的とした利用は,切り花生産利 用と異なる技術を必要とするものの,両者は相互に補完関係にある。ササユリ の切り花生産技術の確立は山採りに依存する市場供給を抑制することになり, 結果として自生地の保全に貢献する。一方,ササユリの自生地の保全や復元は, 観光資源としての利用だけでなく,土産品や中山間地域の特産品としてササユ リの新たな需要を作り出すことにもつながる。 中山間地域の活性方策は,地域の資源を評価・利用するとともに,さらに地 域資源を高付加価値農業の一要素とするための技術の開発が必要であると指摘
されている(星野,2001)。中山間地域を中心に取り組まれているササユリ自生 地の保全・復元の試みも景観の修景による観光資源化にとどまらず,将来的に はササユリ栽培品の特産化や土産物需要に対応した鉢物生産等によって地域の 農業振興に寄与することが期待される。 すでに論じたようにササユリの栽培化は困難とされているが,第Ⅲ章で問題 とした到花期間の長さは,その重要な一要因である。りん片培養による増殖法 では,これまで元由froで鱗茎を肥大させて早期に開花球根を育成する研究が 行われてきた。その結果,到花年数を約3年程度にまで短縮できる可能性が示 唆されている。3年の栽培期間は,ユリ類ではテッポウユリと同程度であり, 経済的にはほぼ実用的な栽培年数であると考えられる。ただし,ササユリは栽 培管理が困難であり,栽培期間中に球根が腐敗消失してしまう例が多い。その ため,さらなる栽培期間の短縮や,栽培しやすい剛健な品種の育成が望まれて いる。しかし,これまで栽培技術に関して多くの知見が得られているにも関わ らず,ササユリ栽培は一般化していない点から見ても,これらの問題を栽培技 術の開発やササユリの改良のみによって解決することは困難が伴う。そこで本 論文では,この間題の克服を第Ⅳ章において種間交配育種の観点から解決する ことを試みた。 タカサゴユリ(ムノ〟u皿ゐr皿Og∂月び皿Wallace)はササユリ と同じテッポウユ リ亜属植物のユリであるが,種子から一年以内に開花するという特異な性質を 有している。.この特性は到花年数の長いササユリの改良に導入する上で極めて 有用な形質であると考えられる。そこで本研究では,タカサゴユリの特性に着 目して,育種素材としての評価を行うとともに,ササユリ との種間交配個体の 作出を試みた。 本研究は1998年から2002年まで,静岡県農業試験場において行ったもので あり,本論文はその成果をとりまとめたものである。なお,本論文の一部は園 芸学会雑誌(稲垣ら,2002b),園芸学研究(稲垣ら,2002a),雑草研究(稲垣,2002), 緑化工学会誌(稲垣,2003),静岡県農業試験場研究報告(稲垣ら,2000;稲垣・ 大塚,2001;Inagakiet al.,2003)において発表済みである。また,総説とし て静岡県共同研究報告書(稲垣ら,1998)および施設園芸(稲垣,2000)にとり まとめた。
本研究の遂行,とりまとめに際して終始懇切なるご指導とご鞭撞を賜った静 岡大学農学部教授 大川 清博士に衷心より感謝の意を表する。静岡大学農学部 助教授 大野 始博士,岐阜大学農学部教授 福井博一博士,信州大学農学部教授 伴野 潔博士にはご校閲の労をとっていただいた。 また,岡山大学環境理工学部教授 沖 陽子博士,同教授 足立忠司博士には懇 切なるご指導と多大なご助言を賜った。また,岡山大学農学部教授 中筋房夫博 士には終始温かなご激励をいただいた。深く感謝の意を表する。 大阪学院大学経済学部教授 林 一彦博士には,ササユリやタカサゴユリの自 生状況についてご教示いただくとともに,本研究の推進において貴重なご意見 とご激励をいただいた。静岡大学農学部助教授 河原林和一郎博士,九州大学農 学部 比良松道一博士,鳥取県花回廊 中村博行氏,広島県立農業技術センター 古谷主任研究員,島根県立農業試験場 春木和久主任研究員,大町市立山岳博物 館 千葉悟志学芸員,和歌山大学システム工学部教授 養父志乃夫博士,大阪府 立城山高等学校 西村秀洋博士,和歌山県農林水産総合技術センター 宮本芳城 主任研究員の各氏には研究推進に関して貴重なご助言を賜った。また,台湾中 央研究院植物研究所 Chih-YuChiu博士には,台湾におけるタカサゴユリの現 況をご教示いただいた。岡山大学資源生物科学研究所 榎本 敬博士にはタカサ ゴユリ標本のリストを紹介いただくとともにタカサゴユリ帰化の現況について ご教示いただいた。深く感謝申し上げたい。 元JA遠州中央農協 榊原淑友氏には自生地調査にご理解いただき,調査区の 設定等にご協力いただいた。遠州自生ユリ研究会代表 三谷陸孝氏および研究会 の各位にはササユリの自生状況に関する有益な情報をいただいた。浜松市フラ ワーパークの各氏には現地調査区の設定にあたりご理解とご協力をいただいた。 その他,自生地を所有管理されている県内各地の方々にご協力いただいた。心 よりお礼申し上げたい。ただし,ササユリ自生地は盗掘等による個体数減少の 問題を抱えているため,ここでは白生地を特定されないための配慮から,失礼 ながら具体的な名前は差し控えさせていただくこととする。 生物科学産業研究所所長 川野隆嗣博士には,本研究の成果を特許出願するに あたり,ていねいなご指導をいただいた。元農林水産省草地試験場 向山新一博
士,草庵塾 牧野 勉氏には現場に立脚した研究の推進方法についてご教示いた だいた。元静岡県中部農林事務所長 田中剛吉郎氏,元静岡県農業試験場長 中 村元弘氏には研究者として仕事をするチャンスと本研究を実施する環境を与え ていただいた。また,元静岡県農業試験場長 太田 孝博士および元静岡県農業 試験場長 芹揮拙夫博士には,終始温かな激励とご指導をいただいた。厚くお礼 申し上げたい。 また,本研究を企画,遂行,とりまとめに当たっては,静岡県農業試験場各 氏のご協力とご指導をいただいた。元南伊豆分場長 水戸喜平氏には本研究の企 画にあたり,懇切なるご鞭捷を賜った。農業水産部研究調整室 大塚寿夫主幹(元 農業試験場生物工学部),竹内 隆主任研究員には本研究の遂行にあたり,てい ねいなご指導をいただいた。また,本論文の執筆にあたっては加藤公彦主任研 究員にご激励と熱心なご指導をいただいた。深く感謝申し上げる。伊豆地域の ササユリの調査にあたっては末松信彦研究主幹の多大なご教示とご協力をいた だいた。農業試験場長 石上 清氏,元園芸部長 松本弘義氏,企画部ガーデンパ ーク室 本間義之主査(元農業試験場園芸部),国際園芸博覧会協会 川瀬範毅課 長(元農業試験場園芸部),稲葉善太郎主任研究員,寺田吉徳副主任,伊豆農林 事務所 石井ちか子副主任(元農業試験場園芸部)の各氏からは研究遂行にあた り,多大なご示唆をいただいた。林 猪佐夫主任技能員,柏原 旭専門員(元農 業試験場技能長),斎藤正弘主任技能員,佐野伸子技能長には現地調査や栽培管 理等に多大なご協力をいただき,研究をサポートいただいた。さらに,静岡県 農林大学校卒業生の榊原浩高君,佐野貴彦君,山田貴子さん,迫水大輔君の各 氏には熱心に研究に協力していただいた。記して感謝の意を表したい。
第Ⅱ章 ササユリ自生地の特徴と自生地における生態的特性 第1節 緒 言 ササユリは古来より日本人に親しまれてきた本邦固有の植物であるが,近年 その自生地は急激な減少傾向にある(古谷,1999;千葉,2002)。これは「山採 り出荷」による過度の採取だけでなく,自生地環境の開発と伝統的な里山管理 の放棄も要因となっていることが指摘されている(養父,1987;春木,2000)。 そのため,各地でササユリ自生地を保全する動きが見られつつある。さらに, 消失したササユリ自生地の復元や,地域景観の修景を目的とした新たな自生群 落の創出も試みられている(養父,1990;宮本,1999)。ただし,現存する自生 群落の保全と比較すると,植栽による自生地の復元や新たな自生地の創出は難 しく,成功例は少ないのが現状である。野生植物であるササユリは,自生環境 への依存度が極めて高く,環境条件の不適が栽培や移植を困難にしている要因 であると示唆される。 そこで本章では,県内に現存する自生地の分布状況について調査するととも に,ササユリ自生集団の成立に重要な環境要因を解明する目的で,自生地環境 の調査を行った。 一方,自生集団の保全・復元を考察するためには,現存する自生集団に関す る生態学的な知見が必要となる。本章では,集団間,集団内の外的形質の種内 変異と自生地における幼植物の生態の二つの視点に着目して検討した。 ササユリは種内変異が大きく,地域間で多型があることが知られている (Harukiet al.,1997;西村・渥美,1997;春木ら1998;春木,2000)。ササユ リの種内変異についてはいくつかの報告があり,太平洋側と日本海側の自生集 団とで葉の形態(清水,1987),花芽分化の時期(大川,1989)が異なることや, 西日本地域のササユリが形態のクラスター分析から5型に分類されることが報 告されている(西村・渥美,1997,1998)。さらには,ジンリョウユリ(var. abeanumHonda),フクリンササユリ(var.albomazgInatumMakino),ニオイ ユリ(var.angustlhllumTMakino),ヒロハササユリ(var.plaりイblIumShimizu)
など変種についての報告もある(北村・土屋,1953;清水,1987)。 しかし,これらの種内変異の報告は,主に遠隔地間の比較であり,近隣の自 生地間でどの程度の種内変異が認められるのかは明らかにされていない。さら に,ササユリは同一白生地内でも花色等に大きな変異が観察されるが,集団内 の外的形質のばらつきについては十分な調査がなされていない。そこで本章で は,静岡県内の自生集団を対象に外観特性や出芽・開花特性の種内変異につい て調査を行った。 また,ササユリの白生地の調査についてはいくつかの報告があるものの(仙 道,1971a;養父,1987;稲村,1997),それらは開花個体を調査対象としたもの であり,幼植物の生態には不明な点が多い。現存する自生群落の中には,幼植 物がまったく観察されない白生地もあるが,健全な群落更新のためには幼植物 の生存が不可欠である。そこで本章では,幼植物を含めた生育ステージ別の個 体数を把握するとともに,白生地の維持・更新に必要な指標として,開花個体 の翌年の再開花率と,開花後の種子の再生産率を調査した。 第2飾■ ⊥静岡県における自生集団の分布と外観形質の変異 調査地および調査方法 1997年から2000年にかけて,聞き取りや踏破によって静岡県内のササユリ 白生地を探索した。1997年に,比較的まとまった大きさを持つ6市町村9か所 (磐田郡豊岡村2か所,周智郡森町1か所,周智郡春野町1か所,浜松市1か 所,榛原郡榛原町2か所,榛原郡金谷町2か所)の自生地(図2-1)を調査 地とし,傾斜度,傾斜方位,立地条件,土性,土壌水分量,PH,EC,生育密 度を調査した。なお,調査白生地はササユリの盗掘の問題を抱えているため, 図表における調査地の表示は市町村単位とした。 1998年には,静岡県下7市町村11か所(周智郡森町2か所,磐田郡豊岡村 2か所,周智郡春野町1か所,浜松市1か所,榛原郡榛原町2か所,榛原郡金 谷町1か所,富士郡芝川町2か所)のササユリ白生地(図2-1)について1
か所につき開花盛期の個体30から50株程度を対象に花色,花径,花筒長,花 向き,上位第5葉の葉長および菓幅を調査した。ただし,開花個体が30株未 満の自生集団は全株調査とした。 特に集団規模の大きかった中遠地域の3市町村4か所(周智郡森町2か所, 磐田郡豊岡村1か所,周智郡春野町1か所)の自生地(図2-2)について1 自生地あたり開花個体30から50株を対象に花色,花径,花簡長,輪数,花向 き,第5菓の菓長および菓幅を調査した。 また,県下20市町村,34か所の自生地について,1/25,000地形図から緯度, 経度,標高を調べるとともに,2000年の開花始期の調査を聞き取りで行った。 .ヘー、lノ \ノ 「
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し 「 「 ..レ 図2-1調査自生地を設置した市町村 ぺハ崖
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il、1rL り′ \ 、}ゝ∴ 7 囲2-2 中遠地域における調査自生地の範囲結 果 1)自生地の特徴 ササユリの自生地が確認された静岡県内の市町村を図2-3に示した。富士 山東麓と伊豆北中部を除く広い範囲でササユリの自生が確認された。 34か所の調査自生地の分布は標高100m以下の低地に多く分布していた(図 2-4)。最も高い自生地は標高600∼700mの範囲に認められた。また,傾斜 の方位は北から東に多く分布する傾向にあった(図2-5)。 主な調査自生地の概況を表2-1に示した。なお,自生地の多くは盗掘によ る個体数の減少の問題に直面しているため,具体的な地名や緯度・経度等の自 生地の場所を特定するデータについては付記せずに,自生地名は記号表記とし た。 自生地の傾斜方位は,北面から東面に多く分布する傾向にあった。傾斜度は 00 から 600 の範囲でばらつきがあった。立地は里山周辺に多く,杉林の林縁 部や茶園,果樹園等,農耕地に面して開けた里山林の林縁部に多く認められた。 自生地の多くでは,畑地への敷き革などの農業利用や,自生地の保全を目的に 定期的な草刈りが行われていた。そして,ネザサやススキ,シダ類等と混在し て自生している傾向が観察された。春野町C自生地および金谷町E自生地は伐 採開発地に成立していた点が特徴的であった(表2-1)。 白生地の土壌特性を表2-2に示した。自生地土壌は埴壌土が多く,土色は ほとんどが黄褐色であった。pHは4.1∼5.0の範囲にあり,強酸性を示した。 土壌水分量は表層で20∼30%の範囲にあった。一方,ECは0.04∼0.07dS/m の範囲であり,低いレベルにあった。さらに土壌のECとササユリの自生密度 との間に有意な負の相関関係(r=-0.79☆☆)が認められ,ECが高いほど自生 密度が低下する傾向が認められた(図2-6)。
園2-3
ササユリの自生が確認された市町村
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自生を確認口確認されないが、自生記録あり
1:湖西市.2ニ三ケ日町.3:浜松市,4:細江町.5:引佐町,6:浜北市. 7:天竜市.8:竜山村.9:佐久間町.10:水窪町 ‖:春野町, t2:豊岡村,t3:磐田市.】4:袋井市,15:掛川市.】6:森町. t7:菊川町,】8:相良町,】9:榛原町20:金谷町.21:川根町. 22ニ中川根町.23:島田市,24:藤枝市.25:岡部町,26:静岡市, 27:由比町28:芝川町.29:富士宮市.30:富士市,31:東伊豆町. 32:下田市.33:南伊豆町600-700 500-600 400-500 棲 高 300 400 (m)200-300 100-200 0-100 0 20 40 60 出現率(%) 園2-4調査自生地の棟高分布 図2-5 自生地の傾斜方位の分布 表2-1ササユリ自生地の立地条件 n=27 調査場所 自生状況封 傾斜方位 傾斜度 立地条件 林相・植生 多 東 209 星山 クリ,ネザサ 多 北東 40∼600 カキ畑周辺 クリ,ススキ,シダ類 中 西南西 20∼300 伐採開発地 ススキ 多 南南西∼南南東 200 杉林 中 南南西∼西南西 40∼500 伐採開発地 中 南東 0∼100 社寺林 少 北北東 20∼300 杉林 少 北北東 0∼100 杉林 中 西∼北西 20∼400 杉林 B 豊岡村 C 春野町 D 森町 E 金谷町 F 金谷町 H 榛原町 l榛原町 J浜松市 z)開花個体数の達観により、多・中・少の3段階で評価 クリ,ネザサ,ススキ クリ,ネザサ,ススキ,シダ類 ネザサ,ススキ スギ,ネザサ,ススキ ススキ,ネザサ、シダ類 マツ‥スギ,ツツジ等低木,ネザサ,シダ実 草刈の有無 無有有有有無無
表2-2ササユリ自生地の土壌特性 調査場所 土性 調査部位 土色 土壌水分pHZ (¢m) (%) (dS/m) 土 0∼5 ■J …浜松市… 堰堤王 28.7 4.9 0.06 5- 17.5 5,0 0.04 甘 篭両村 ■ 壌土=秒壊壬- 古こ1葡 ■■ 一昔褐啓一 褒盲…‖4烹…-■前泊…● 10・- 21.0 4.4 0.04 ■ビ ■嘗好打 嘩壊王 ……● 百二福 …黄褐旨…富†盲 …jア …6:i6‖‖ 15-45 19,5 4,5 0.05 甘 儀軒 … 嘩壌王ご壊王‖古二竜り …●莫褐富…房吉 jT …一扇泊…● 8∼ 20.1 4.7 0.04 `巨…篭谷野 ■ 埴壊王 ……t 打こ1膏 ■ 算褐啓一 褒葱 1烹‖…扇泊 叫 18・- 18.9 4.3 0.06 ■F ■箇答軒‖ 増援王 ■■■……古ニ1葡 ‖‖案褐誉…褒丁… ■47- 甘i∂ … 10′- 23.4 4.2 0.04 ■百 金答軒 …董埴王■■■ 行こ福■■…†貴褐啓 褒ナ 1丁…■甘汀■ ■ 45∼ 20.3 4,1 0.17 甘 `篠蘭町…埴壊王…山 ■ 6こう石……糞褐富…加古… 1ゴ…■ 前泌…■ 45∼ 12.0 4.6 0.04 -r…襟帯町■ 埴壌王 …‖ …百ニーち 貴褐富●■■唇音… 1ゴ 甘沌 … 一缶ニ5 …黄福富…1盲盲●…1ゴ ■6:†6 y)重量法(静岡県農政部.1996〉によって測定 自生密度 0.1 EC(dS/m) 図2-6自生地のECと自生密度との関係 自生密度は5=多,4=やや多.3:中.2=やや少.ト少. の5段階で評価
2)自生集団の外観形質 静岡県下のササユリ自生地の開花始期と経度との関係を図2-7に示した。 経度が東へ行くにつれて,ササユリの開花始期が遅くなる傾向が認められた。 ただし,豊岡村の自生集団は開花始期が特異的に早いことで特徴づけられた。 最も早い開花始期は5月23日であるのに対し,最も遅い自生地では6月26日 であり,静岡県内における自生地間の開花始期のずれは1か月以上あることが 明らかとなった。 表2-3には中遠地域の調査自生地における各外観形質の変動係数を示した。 変動係数は,花色,輪数で大きい傾向が認められた。特に豊岡村の集団では 96.4%の大きさの変動係数を示した。一方,花径を花筒長で除した花径指数は 変動係数が比較的小さかった。また,葉形指数と花径指数の変動係数は春野町 集団を除く3つの自生地で類似した値を示す傾向があった。 図2-8には各集団の葉形指数の度数分布を示した。葉形指数は葉長を葉幅 で除した値であり,葉形指数が大きいほど細葉で,小さいほど広葉であること を示している。森A,森Bの集団は葉形指数のばらつきは同程度であったが, 森A集団が森町B集団に比してやや広葉であった。また,森町A集団は葉形指 数の小さい領域に分布しており,比較的広葉であった。豊岡集団はばらつきが 小さく,6∼8,8∼10,10∼12 の葉形指数の出現率はほぼ同程度であった。 一方,春野集団では葉形指数のばらつきが大きく,葉の形の変異が大きい傾向 が認められた。また同集団は,近隣の中遠地区の3集団と比して葉形指数が大 きく,細長い菓が多い傾向にあった。中部以東の榛原,富士,芝川の3集団で は,ばらつきが比較的小さくなる傾向が認められた。東部地区の2集団では富 士集団が広葉であるのに対し,芝川集団では細菓であり,異なる特徴を有して いた。 花径指数の度数分布を図2-9に示した。富士集団,芝川集団は開花盛期の 個体数が少なかったため,花径指数の調査は行わなかった。花径指数は花径を 花筒長で除した値であり,値が小さいほど細長く尖った花型で,値が小さいほ ど幅広い花型であることを示している。花径指数は森A集団,春野集団で類似
した分布を示し,花径指数が小さく,細長い花型であることで特徴づけられた。 一方,近隣の森B集団で花径指数が大きく,幅の広い花型の個体が多い傾向に あった。豊岡集団は1.2∼1.4 にピークを持つ正規分布を示した。榛原集団も 1.2∼1.4の範囲にピークを有するが,ばらつきは小さかった。 次に花色のJHS色票におけるⅤ値の分布を図2-10に示した。Ⅴ値は高い ほど花色が濃いことを示している。花色の分布は春野集団でⅤ値が大きく,逆 に豊岡集団ではⅤ値が小さい個体が多い傾向にあった。近隣の森A集団と森B 集団では,類似した分布を示した。また,榛原,芝川集団ではⅤ借が大きい傾 向にあった。Ⅴ値6以上の濃い花色の個体は中遠地区の3集団で低く,その他 の3集団で高い傾向にあった(図2-11)。 開花始期 6月28日 6月23日 6月18日 6月13日 6月8日 6月3日 5月29日 5月24日 5月19日 137,5 138.0 138.5 139.0 139.5 東経(度) 図2-7_自生地の経度と開花始期との関係 表2-3 自生地におけるササユリ個体形質の変動係数(%) 自生地 訪査数 葉形指数Z 森町A 51 19.7 豊岡村 47 16,5 森町B 27 18.了 春野町 48 31.2 剋14・612▲317・。17・8量指数y′ 花向ぎ 17.6 18.7 13.3 16.2 16.4 22.1 23.1 16.6 触5。・542・557・。66・2
欝96・〝36・。54・6
z)葉長/葉轄 y)花径/花簡長 x)1:下向き∼5=上向きまでを5段階評価し、1∼5に数値化して算出 w)JHS色乗の∨値〇一U O n-n) ▲U nV O 了 6 5 ■「 勺) クーー
」
一』⊥⊥
ー、=16 平均:8_4「L
∵ 、.. .-、、 図2-8 自生集団の葉形指数の分布 横軸:葉形指数(葉長/美幅) 縦軸:出現率(%) 葉形指数が大きいほど細長い菓であること を示す。0 0 0 0 0 0 0 0 出現率 (%) 0 ▲U (U ▲U (U O O O 7 丘U 「〇 4 りJ ウL
■■-」
「「「[』
0 0 0 0 (U O (U O 7 ¢ 卜∂ 4 3 2 1 0 0 0 ∩) ∩) (U 〈U O 7 (0 5 4 3 2 1 春野[
』二L
∼0.8 0,8∼1.01.0-1.21.2∼1.4 t.4∼t.81_6∼1.81_8-2.0 花径指数 図2-9 自生集団の花径指数の分布 花径指数:花径/花筒長,倍が大きいほど,幅広の花 型であることを示す。出現率(%)
V値
図2-10 自生集団の花色の分布
森A 豊岡 森B 春野 牧の原 芝川
考 察 静岡県では県中西部の中山間地域を中心に広く分布が確認された。特に西 部から中速,北遠,榛原地域で分布密度が高く,規模の大きい自生集団が確認 された。また,榛原地域の牧の原台地周辺では,自生集団の規模は小さいもの の,広い範囲で茶畑周辺に自生個体が散見された。ササユリ自生地の保全には 定期的な草刈が必要であり,エネルギー革命以降の里山管理の放棄がササユリ 自生地減少の一因であると指摘されている(養父,1987)。茶畑では現在でも周 辺の草を刈って敷きこむ「刈り敷き」と呼ばれる作業が行われており,このこ とがササユリの生存を可能にしているものと推察される。 ササユリは中部地方以西,近畿,中四国,九州の一部を分布域としている(清 水,1987)。分布東限はフォッサマグナとほぼ一致し,動植物の分布境界線の一 つである牧野線(堀田,1974)に当たると考えられている。フォッサマグナを 東限域とする生物の多くは,氷河期に大陸から伝播し,分布を拡大する過程で 火山活動を行っていた富士箱根火山地帯で東進を妨げられたものと考えられて おり(堀田,1974;守山,1988),ササユリも西日本に起源を持つことが推察さ れている(西村・渥美,2000)。 静岡県はササユリの太平洋側の分布東限域にあたり,富士川や伊豆半島東岸 を分布東限域とする記載がある(清水,1987)。本調査では,静岡県東部地域で は富士川左岸の芝川町,富士山西麓および愛鷹山系の南西部で自生地の存在が 認められた(図2-3)。 伊豆半島の分布について山本・渡辺(1983)は東北限が東伊豆町稲取から浅間 山を結ぶ稜線付近,西北限が南伊豆町波勝崎から大峠,蛇石峠を結ぶ稜線付近 としている。また,本来は伊豆半島東海岸に連続分布し,伊豆半島西海岸にも 散在しているという指摘もある(杉本,1984)。しかし,本調査では静岡県東部 地域から伊豆半島北部については自生が確認されず,伊豆半島南部で特徴的な 隔離分布が認められた(図2-3)。伊豆半島南部がもともと隔離分布を示すの か,あるいは伊豆半島に広く分布していた分布が絶滅し,失われたのかについ ては,今後の調査を必要とする。
伊豆半島南部ではササユリとヤマユリの自然種間交配個体であるイズユリの 存在が報告されているが(山本・渡辺,1983;渡辺,1987),本調査においても ササユリとヤマユリの中間的形質を有した個体が多く観察された。また,いく つかのササユリ自生集団も観察されたが,ササユリにはないブロツチと呼ばれ る斑点を有する個体が散見された。本調査で観察されたイズユリの形質はヤマ ユリとササユリの中間に連続的に分布していたことから,当地域ではヤマユリ の浸透交雑が生じており,外観でササユリと同定される個体についても,純系 のササユリではない可能性が示唆される。そのため本研究では,南伊豆地域の 自生集団は調査対象から除外することとした。当地域に分布するササユリとヤ マユリの自然種間交配個体については遺伝的な類似性の調査により,種間交雑 の程度について明らかにする必要がある。 垂直分布は,平野部の丘陵地から山間部まで広く分布が認められたが,標高 100m 以下の低地で特に分布が多く見られた。自生地の標高分布については, 山口県では200m以上の標高で自生地の分布が見られ(野村,1955),700m付 近(野村,1955)や 300∼400mの範囲(久保田・山村,1982)に多く分布して いたことが報告されている。また,愛媛県や和歌山県熊野や岐阜県飛騨では標 高1000m以上の高地でも分布が確認されている(仙道,1971a;清水,1971)。し かし,本調査の範囲では最も標高の高い自生地では 600∼700mであった。植 物の標高分布は温度要因による影響が大きいが,ササユリは萱場や薪炭林など 定期的な草刈りが行われる場所を主な自生地としていることから,気候要因よ りもむしろ人為的な里山環境の分布と密接に関係していることが推察される。 ササユリの生育条件は光条件と密接な関係があることが指摘されており,サ サユリの自生地が相対照度40∼60%付近の立地条件に多いこと(養父,1987; 稲村,1997),栽培条件で 50%以上の遮光率でササユリの生育が良いこと(仙 道,1971b)が報告されているが,本調査で明らかとなったササユリ自生地も, 里山林の林縁部や疎林に多く見られ,林冠によって適度に遮光された場所にあ った(表2-1)。 自生地は定期的な草刈りが行われる場所で,特に大きな群落を形成していた ことから(表2-1),草刈り作業がササユリ自生地の維持に有効に働いている ことが推察された。養父(1990)もカタクリやキツネノカミソリ,ササユリ等
の二次林に自生地を持つ植物の群落管理にとって「草刈り」が重要であること を指摘している。近年,生活様式の変化に伴い草刈りや伐採などの里山への働 きかけが行われなくなっているが,これに起因して里山の環境に適応した生育 習性を持つ多くの植物種や昆虫種について自生地の著しい減少が指摘されてい る(守山,1988;鷲谷・矢原,1996)。ササユリについても,草刈りなどの管理 が行われなくなったことが自生地減少の一因であると推察される。 また,春野町C自生地,金谷町E自生地では伐採開発地に群落が形成されて いた点が特徴的であった。筆者は,人工林内の深部で,林床に光が届く場所に パッチ上に散見されるササユリの開花個体や,山中に拓かれた送電線の鉄塔周 辺にササユリの群落が形成された事例を観察している。今後の調査を必要とす るものの,これらのことから,ササユリは林内に球根や一枚葉個体で永年に渡 り生息し,伐採等により光環境が改善すると開花する生態を有していることが 推察される。さらにこのことから,消失されたと思われる自生地においても, 伐採や草刈りによって光環境を改善することによって自生群落を復元できる可 能性があると考えられる。 自生地の傾斜方位は北から東で多く認められた(図2-5)。しかし,島根県 では北北西に多く分布していること(稲村,1997)や伊豆半島では南方斜面に 多く分布していること(山本・渡辺,1983)が報告されていることから,自生 地の方位には明確な傾向はなく,むしろ立地条件や周辺の林相に起因した日照 条件や照度が影響していると考えられる。竹田(1993)は,ササユリ自生地が 西日の射さない緩やかな斜面に形成されることを指摘しており,本調査で分布 が多く見られた北東の方位は西日の射さない条件に合致している。また,本調 査で西斜面に見られた白生地では,谷状になっていたり,西側に大きな山があ るなど西日が当たらない立地条件にあった。このことから,竹田(1993)の指摘 どおり,西日が当たらないことは,自生地の成立のために重要な要因であると 考えられる。 また,自生地の土壌は,強酸性でECの低い痩せた土壌である傾向が認めら れた(表2-2)。自生地のECが低い傾向についてはいくつかの報告があり(久 保田・山村,1982;稲村,1997),本研究においても同様の結果が示された。さ らに本研究では,EC の高い自生地では自生密度が比較的低い傾向が認められ
た(図2-6)。このことから,里山放置を原因とする自生地の減少は,遷移の 進行に伴う照度の低下や種間競争の増加だけでなく,土壌の富栄養化も影響し ていることが示唆される。ササユリ自生地の保全管理は下草刈りが重要である が(養父,1987),伝統的な草刈り作業が刈った草を利用するために持ち出した のに対し,現在の管理作業では刈った草を放置しておくことが一般的である。 しかし土壌肥沃度の上昇を抑止するためには,草刈りと併せて,刈り革の除去 作業が必要であると示唆される。土壌肥沃度の影響についてはさらに多くの自 生地を対象とした確認調査を必要とする。 また,ササユリの球根は過湿に弱く,水はけのよい土地を選ぶことが指摘さ れているが(竹田,1993),ササユリ自生地表層の土壌水分量は20∼30%の範囲 にあった。このことから,ササユリ白生地の土壌水分条件は水はけが良いだけ でなく,表層に適度の土壌水分が確保されていることが重要であると考えられ た。自生地の保全・管理では,自生地の成立に必要な土壌条件はすでに満たさ れていることが多い。しかし,新たな自生地を形成させる場合には,これらの 環境要因を満たした土壌条件を整備することが重要となるだろう。 ササユリの自生地は県西部から東部に掛けて広い範囲で認められるが,自生 地が東に行くに従って,開花始期が遅くなる特徴的な傾向が認められた。ササ ユリ生育期間の平均気温には経度に伴う明確な勾配は認められなかったことか ら(図2-12),この開花始期の差異は気候要因によるものではなく,遺伝的 な変異によるものであると推察される。緯度に伴って気温や日長への反応の違 いから開花時期がずれる地理的分布の例はいくつかの植物で知られている(盛
永・永松,1942;Tominaga et al.,1990;Nakataniet al.,1998)。しかし,経
度の差異は気温や日長などの環境要因の勾配を伴わないため,本研究で明らか となった開花始期の変異が Huxley(1938)の提唱した気候要因による地理的ク ラインであるとは考えにくい。 フォッサマグナ地帯では変異が起こりやすく,地域種や新種が形成されやす いことが指摘されているが(堀田,1974),ササユリもフォッサマグナ付近を分 布東限域とすることから,静岡県において分布が東進拡大する過程において種 内分化が進んだとも示唆される。この点については,DNA解析による系統樹の 作成など,さらなる遺伝的な解析を必要とするであろう。
葉形,花形,花色等の園芸的に重要な外観形質について,自生地間や自生地 内で変異が認められた。切り花利用に当たっては,集団の有用形質を評価しな がら,優良個体を選抜し育種素材としていくことが重要である。たとえば,本 研究で明らかとなった形質では,豊岡村集団の早生形質は有用な形質であると 考えられる。また,春野集団はユリ切り花の育種目標である垂直方向に咲く天 咲き形質が見られ,また,花色の濃い個体が多かった。豊岡,森の集団は花色 が淡色から白色で,花色が美しいことで特徴づけられた。外観では富士集団が 最も花色が美しく観賞価値が高いと考えられた。 一方,近隣の自生地間でも葉形,花色などで異なる特徴を有することが明ら かとなった。このことから,苗の補植による自生地の復元・保全にあたっては 同一自生地由来の個体を用いることが望ましいと考えられる。ササユリは花粉 媒介昆虫の移動距離や種子の散布距離が明らかにされていないため,どの程度 の範囲で遺伝子の交流が行われているかについての知見がまったくない。今後, これらの課題を検討することで,集団の遺伝的な独立性を明らかにしていく必 要があるだろう。 平均気温 (℃ ) ● □ r=-0.27nS ● ●● ロ ロコr=0・02nS ◆ ◆ r=0.42nS 139 図2-12 東経と調査年(2000年)の平均気温の関係
第3節 自生地における生育習性 材料および方法 1)幼植物の発生消長および地上部除去による再生 前節の調査白生地の中から,集団規模が大きく,経年的に安定した開花数が 観察される静岡県周智郡森町の自生集団を選定し,里山林縁部の自生地域の範 囲内で傾斜方位南西,傾斜角度 200 のネザサ優占群落の斜面を調査地とした。 調査地の概況は表2-4のとおりである。2m枠のコドラート 4基を田の字型 に組み合わせた調査地点を,里山斜面の中上部と中下部の 2 か所に設置した。 調査は,2001年3月13日から同年5月15日まで1週間ごとにコドラート内 のササユリの発生数を計測した。ササユリは一般的に地上発芽後の数年を葉状 りん片のみの植物個体(以下,一枚葉個体)で過ごし,その後,花菅を持たず に抽苦して複数の普通菓をつけた個体(以下,抽だい個体)となり,翌年以降 に開花する生育習性をもつ(鎌田,1987)。そこで発生個体はマーキングして個 体識別し,一枚葉個体,抽だい個体,開花個体の3段階に分別し,生育ステー ジごとの発生について調査した。 また,同自生地より採取した種子を湿らせたバーミキュライトと混合して, 鎌田(1987)の方法による温度処理によって発芽誘導した小球根を,赤玉土と ピートモスを等量混合した培養土に1998年3月13 日に植え付けて最低温度 5 ℃設定の温室内で出芽させた。供試球根の植付け時の球径は7.7±1.7mmで あった。6月 28日に葉状りん片の葉状部分(以下,根生薬)を切り取った除去 区と無処理とした対照区とを設けて,除去区の根生葉の再生率を調査し,1999 年1月 4日に両区ともに球根を掘りあげて球径を計測した。試験は1区24個 体の2反復とした。
表2-4 調査自生地の概況 傾斜方位 傾斜角度 土性 土色 土壌水分(%)Z) 200 埴壌土∼埴土 黄褐色 20.1 4.7 EC(mS/cm)Z) 0.04 z)1997年5月下旬に,地表面より8cm以下の 深度で採取した土壌について調査 2)開花個体の再開花率および開花後の帝果の生存率 静岡県浜松市のササユリ自生群落を調査地とした。2000年に開花した68株 にマーキングを行い,それらの個体を対象に翌2001年の出芽から開花までの 期間,1週間ごとに観察を行い,再開花状況を調査した。 また,静岡県磐田郡豊岡村のササユリ自生集団を対象に,83花について開花 後の頼果の形成率と生存率を経時的に調査した。比較対照として,同自生集団 より採種し,赤玉土とピートモスを等量混合した培養土を充填した直径30cm のプラスチック鉢で栽培した開花個体を供試して,訪花昆虫を遮断したガラス 温室内でそれぞれ 28花について自家交配と他家交配を行い,受精後の薪果形 成過程における蒲果の生存率を調査した。 結 果 1)幼植物の発生消長および地上部除去による再生 図2-13には,生育ステージ別の出芽率の推移を示した。開花個体と抽だい 個体はいずれも4月 3日から10日にかけて発生のピークが見られた。一方, 一枚葉個体は,相対照度の低下する以前の3月中旬と相対照度が低下した以降 の4月中旬の2つのピークを持つ分布となった。 また,開花個体は斜面中上部で43個体の発生に対し,開花個体は1個体(構
成比2.3%),中下部で40個体の発生に対し4個体(構成比10.0%)と低かっ た(図2-14)。これらのことから,自生地では高い構成比で幼植物が存在し ていることが明らかとなった。 ササユリ幼植物の再生率と球根の肥大を表2-5に示した。根生薬を除去し た幼植物の葉の再生率は15%と低く,多くの個体は地上部への再生が見られな かった。また,根生業の再生が見られた個体についても,球根の肥大は著しく 抑制される傾向にあった。 3/13 3/27 4/10 4/24 5/8 月/日 (草嘩聖夜晋 60 40 20 十一枚葉個体一■X・一抽だい個体‥■△‥開花個体+相対照度 図2-13 自生地における生育ステージ別の出芽率.
発生数 (本 ) 0 0 4 3
●‥.∴
斜面中上部 斜面中下部 図2-14調査地の生育ステージ別発生数 表2-5 根生葉を除去した幼植物の葉の再生率と球根の肥大 処理 個体数再欝' 禁
除去 24 14.6 15.9±1.3 対照 24 18.3±1.0 t検定3) ** 1)根生葉が再生した個体数/供試数。 2)再生が見られた球根について測定。平均値±標準偏差。 3)**はt検定1%水準で有意差あり。2)開花個体の再開花率および開花後の萌果の生存率 開花個体の開花翌年の再開花率を図2-15に示した。前年度開花した個体は すべて出芽が認められた。しかし,出芽した個体のうち12%は花芽を形成しな い抽だい個体であり,生育ステージの幼齢化が認められた。また,19%が風な どにより折損し,さらに19 %が花芽の発育停止を起こし開花に到らなかった。 結果的に,前年度開花した株のうち,正常に開花した個体はおよそ50%であっ た。 ガラス室内における栽培環境下と自生地衆境における受精後の帝果の生存率 の推移を園2-16に示した。自生地における薪果の生存率は開花3か月後まで に71%まで低下した。これは,ガラス室内における他家交配の生存率とほぼ同 程度であった。一方,自家受粉では開花3か月後までの間に覇果形成率は39% まで著しく低下する傾向にあった。 開花後3か月以降,ガラス室における生存率の低下は,自家受粉,他家受粉 ともに小さかったのに対し,自生地では生存率が著しく低下し,種子の完熟が 見られる開花5か月後では23%まで低下した。 出現率 (% ) 0 0 「-6 0 (U 5 4 図2-15 開花株の開花翌年の再開花率(%)
0 1 2 3 4 5 交配後月数 ◆自生地 -{トー・他家交配(ガラス室内) -X一自家交配(ガラス室内) 図2-16 自生地および温室内における薪果の生存率 考 察 一般に,自生地の保全作業は開花個体のみを対象に行われており,群落の下 層にある幼植物は目立たないために考慮されることは少ない。しかし,本研究 において幼植物も含めた個体調査を行った結果,自生群落に占める開花個体の 構成比はわずか10%以下であることが明らかとなった(図2-14)。さらに, 開花個体の開花翌年の再開花率は約50%に過ぎず,約半数が花や菅を持たない ことが明らかとなった(図2-15)。このことから,ササユリ自生地群落の保 全・復元を行う上で安定した開花個体数を得る上では,多くの未開花個体の存 在が不可欠であり,特に幼植物を視点に入れた個体数の確保が重要であると考 えられる。 ササユリの生育ステージは,地上発芽後,複数年を一枚葉個体で経過し,到 花前年に抽だい個体となるとされている(図2-17)。また,ササユリは多回
_三-、2∃‡テ≡戸葉芽-1
2年目 3年目 4年目 5年日 6年目 図2-17ササユリの開花までの生育ステージのモデル
繁殖性であることから,モデル的には群落構成比は一枚葉個体か開花個体が多 いことが予想される。しかし本研究からは,自生群落の構成比は抽だい個体が 一枚菓個体と同程度以上に高いことが明らかとなり(図2-13),予想と異な る結果となった。この要因については明確ではないが,調査自生地は異なるも のの,開花株の12%の個体が翌年に抽だい個体に幼齢化する結果が得られたこ とから(図2-15),抽だい個体の中には開花個体を経たものが多く混在して いることが示唆される。また,図2-17で示したササユリの生育ステージは, 栽培条件下におけるものであり,自生条件における生育習性については明確で ない。抽だい個体が自生地においても開花前年に見られる単年のステージとし て位置づけられているかどうかについては今後調査する必要がある。 同じ里山構成植物であるカタクリでは,生育習性について詳細な調査が行わ れ,開花個体の保全のためには,幼植物による群落の更新が重要であることが 指摘されている(Kawano et al.,1982)。さらに幼齢個体の構成比が低いこと は群落における齢構造の高齢化の指標ともなりうることから,サクラソウでは 各生育ステージの群落構成比を経年調査することによって群落の健全性を評価育ステージが一枚葉個体,抽だい個体,開花個体と明確であることから,自生 地におけるササユリの生育習性を明らかにするとともに,さらに多くの自生地 を対象に生育ステージ別の構成比の知見を得ることで,自生地の健全性を評価 する指標を得ることが可能となるだろう。 他方,ササユリの開花個体の発生時期は斉一的であったのに対し,一枚葉個 体の発生消長は明確な2つのピークを示すことで特徴づけられた(図2-13)。 2つのピークを有する理由については明確ではないものの,ササユリのりん茎 は牽引根により地中へ引き込まれるため,幼植物の生育年数の違いによるりん 茎の深度が原因となっていることも推察される。この要因については今後の検 討を要するものの,複数年を経る一枚葉個体のエイジの識別が発生時期で可能 であれば,前述の生育ステージの構成比を調査する上で重要な知見となる。 一枚葉個体は根生薬のみで光合成を行うが,根生薬を除去した場合の再生率 は15%と極めて低かった(表2-5)。さらには,再生が見られた場合も球根 の肥大が抑制されて,生育を著しく阻害する影響が示された(表2-5)。林床 植生の維持管理のためには下草の管理が重要であることが指摘されており,サ サユリ自生地の保全を目的とした下草管理が多くの地域で行われている。この 場合,開花株を傷めない注意は十分に払われているが,地表面にある幼植物が 考慮されることは少ない。最近では秋季から冬季に行われた伝統的な下草刈り と異なり,下草の繁茂が目立つ春季から夏季に下草刈りが行われる例も多く見 られる。しかし本研究の結果から,幼植物の出芽・生長が見られる春季から夏 季にかけて行われるササユリ自生地の下草管理は,幼植物にダメージを与える 可能性が高く,望ましくないと結論される。 一方,白生地における薪果の生存率は,開花後3か月に71%まで低下した(図 2-16)。これは,風雨などの外的環境から遮断されたガラス室内における他 家交配の生存率とほぼ同程度であったことから,低下の要因は稔実障害による 自然枯死であろうと推察される。一方,自家交配では開花3か月後までに帝果 の生存率は39%にまで著しく低下した。ササユリの自殖後代の生育に弱勢が見 られることが報告されているが(稲垣・大塚,1999;春木,2000),種子の形成 過程においても自殖弱勢による稔実障害が起こりやすいものと考えられる。ま た,自生地では開花後3か月までの生存率は他家交配と同程度に高かったこと
から,白生地では主に他殖によって種子形成を行っていることが示唆された。 その後,ガラス室では生存率の低下はわずかであったのに対し,自生地では 生存率が著しく低下した。これは観察から,昆虫による薪果の食害や茎の折損 によるものと判断された。調査自生地は異なるものの,種子形成期の薪果形成 率 24%に,図2-15 で示した開花株の再開花率 50 %を単純に乗じた値は約 12%であり,自然条件において開花株が正常に開花結実し,種子繁殖を行う率 は極めて低いことが推察される。 これらの結果から,ササユリ自生地の保全にあたっては,開花後の種子生産 過程における生存率の低下を抑止する方策が有効であると考えられた。
第Ⅱ章
未熟種子培養法によるササユリの血涙frβ増殖
第1軒 緒 言 ユリの種子発芽には,子葉が地上に現れる地上発芽型(epigeal)と,地中で 発芽して小鱗茎(以下,小球と表現する)を形成した後に本葉第一葉を地上に 出現させる地下発芽型(hypogeal),両者の中間的性質を有する中間発芽型 (intermediate type)の3型がある(Baranova,1977;鎌田,1987)。さらに 地下発芽型種子は,休眠を必要としない地下速発芽と一定の休眠期間を必要と する地下遅発芽に大別され,ササユリは地下遅発芽型に分類される(清水,1954, 1987)。 ササユリ栽培の困難性の一因は種子から到花年数が長いことにあるとされて いる。特に受精から種子の成熟までに5か月,種子が地下発芽を経て地上に出 芽するまでに17 か月もの期間を要し,栽培に到る苗の育成までの期間が極め て長い。そのため,種子から苗形成までの期間の短縮は,ササユリ利用を実用 化する上で重要な課題であった。発芽期間の短縮について.は,高温処理と低温 処理の組み合わせにより種子と小球の休眠を打破させる温度処理法が提案され ている(鎌田,1987)。同法では,秋にまいた種子が翌春に地上発芽し,自然条 件に比して1年早く苗を得ることが可能となった。しかし,出芽した苗は小さ く,その後の生長に長期間を必要とするため,開花の早期化という本来の目的 は十分に達成されておらず,さらなる期間短縮が求められている。 一方,前章の結果から,ササユリは種子成熟までの期間が長いため,その間 の薪果生存率の低下が著しいことが問題点として明らかとなった。 これらの課題を克服するために,筆者らは,受精後の未熟種子を採取してf月 山froで発芽誘導することで,早期に苗育成を図れないかと考えた。未熟種子を 培養する狙いの一つは,薪果生存率の低下を回避し,高率な苗生産を可能にす る点にある。また,発芽を誘導した後に続けて球の養成培養を行うことで,生 育を前進化させる可能性も期待できる。 そこで本章では,ササユリ未熟種子の発芽能力について明らかにするとともに,早期に発芽と球形成を誘導して,球の肥大を促進する培養方法について検 討を行った。 第2節 ササユリ未熟種子の発芽特性 材料および方法 1)未熟種子の発芽能力 供試種子は静岡県周智郡森町に自生するササユリ群落より採取した。交配1 か月後より完熟種子が得られた5か月後まで,1か月毎に5回にわたって熟度 の異なる薪果を6果ずつ採取し,種子を取り出して種子長,胚の長さ,胚乳の 状態を調査した。さらに,交配後月数の異なるそれぞれの種子について,発芽 率の調査を行った。発芽実験には直径90mmのシャーレを用い,3%グルコー スを添加したMS(MurashigeandSkoog,1962)培地に2.5g・liter-1のGellam Gumを加えてオートクレーブした後,シャーレ1枚あたり20mlずつ分注した。 種子はシャーレ1枚あたり16粒ずつ置床し,1区12シャーレとした。光条件 は3,000lx(74FLmOl・m-2・SeC-1),16時間照明とした。 試験区は,鎌田(1987)の温度設定に従って30℃,50日間の高温処理後15℃ 恒温とした高温処理区と,20℃恒温とした対照区の2処理区とした。 2)高温処理および付傷処理の発芽への影響 前項と同様の静岡県周智郡森町の自生地より,交配3か月後と4か月後に採 取した未熟種子をそれぞれ供試し, 3%グルコースを添加した MS 培地に 2.5g・1iter-1のGellamGumを加えて20mlずつ分注した直径90mmのシャー レを用い,光条件は3,0001Ⅹ(74〃′mOl・m-2・SeC-1),16時間照明条件で発芽率 の調査を行った。 試験区は,前述の鎌田(1987)の設定による 30℃,50 日間の高温処理の有無
と,置床前にメスで種子の一部を切除した付傷処理の有無とを組み合わせた 4 処理区とした。種子はシャーレ1枚あたり16粒ずつ置床し,1処理区は10シ ャーレとした。 3)種皮への物理的処理の発芽への影響 前項と同様の静岡県周智郡森町の自生地より,交配 3 か月後に英を採取し, 無菌状態で摘出した未熟種子を供試した。処理区は前処理法の違いにより,種 皮を取り除き胚乳を露出させた剥皮処理区,種子の一部をメスで切除した付傷 処理区の2処理区に,無処理区を加えた3処理区とした。供試種子は前処理後, 前項と同様に3%グルコースを添加したMS培地に2.5g・liter-1のGellamGum を加えて20mlずつ分注した直径90mmのシャーレを用い,光条件は3,0001Ⅹ (74FLmOl・m-2・SeC-1),16時間照明条件で発芽率の調査を行った。種子はシャ ーレ1枚あたり16粒ずつ置床し,1処理区は6シャーレとした。 結 果 1)未熟種子の発芽能力 交配後の荷果および種子の生長を表3-1に示した。薪果長は交配後ほとん ど伸長しなかった。薪果径,薪果長,薪果重,種子長,胚の長さともに,交配 後2か月以降はほぼ一定の値で推移し,その後の変化は認められなかった。胚 乳の状態は交配後2か月ではゲル状であり,交配後3か月ではゲル状のものと 固形状のものが観察されたが,交配後4か月では調査種子の全てが固形状であ った。 図3-1には,交配後月数の異なる種子のMS培地上における発芽率を示し た。未熟種子は交配後2か月から発芽が認められ,発芽能力を有していること が明らかとなった。また,置床200日後の発芽率は交配後の月数が長いほど高 い傾向にあり,交配後5か月の完熟種子では76.8%と最も高かった。しかし,
発芽開始時期は交配後4か月種子で早く,置床120日後の発芽率は完熟種子が 9.5%,交配後3か月種子が6.3%であるのに対し,交配後4か月種子では30.2% と高かった。一方,温度処理区では,交配後4か月種子,同5か月種子で高い 発芽率を示したが,交配後3か月までの種子では高温処理による発芽率の向上 は認められなかった。 表3-1交配後の薪果および種子の生長 月杢乳の状況 液体 液体∼ゲル状 ゲル状∼固体 固体 聖1・35・86・26・16・1 交配後月数 1 3.7 2 3.6 3 3.9 4 4.1 5 3.9 5 9 9 0 1 1 1 2 2 4 5 3 0 1 3 5 5 5 z)6薪果の平均値.
発芽率 0 (% ) 80 120160 200 0 40 80 120160 200 培養日数(日) 図3-1熟度の異なる種子のMS培地上 における発芽率 -→ト1か月」■-2か月一▲-3か月 -●-4か月一業-5か月
2)高温処理および付傷処理の発芽への影響 図3-2には,各試験区における置床120日後の発芽率を示した。交配後3 か月および4か月の未熟種子では,付傷処理により発芽率が高まる傾向が認め られた。交配後4か月の未熟種子では,高温処理により付傷処理と同様の発芽 率を示したが,交配後3か月種子では高温処理のみによる発芽率の向上は認め られなかった。 発芽率 (% ) 3か月 交配後月数 4か月 図3-2高温処理および付傷処理が交配後月数の異な る未熟種子の発芽に及ぼす影響(置床後120日 目の発芽率) □温度処理+付傷処理 日温度処理のみ 口付傷処理のみ □無処理
3)種皮への物理的処理の発芽への影響 交配後3か月種子の発芽開始時期は剥皮処理で最も早く,置床40 日後には 39.6%の発芽率を示した(図3-3)。また,剥皮処理,付傷処理では無処理区 に比して発芽率が高まる傾向が認められた。置床200日後の発芽率は,剥皮処 理で最も高く 89.6%であり,付傷処理で75.0%であった。 60 40 発芽率 (% ) 0 40 80 120 160 200 培養日数 図3-3 物理的処理が交配後3か月の未熟種子の 発芽に及ぼす影響 考 察 交配後月数の異なる未熟種子の最終発芽率は,交配後月数が進むにつれて高 くなり,交配後5か月の完熟種子で最も高いことが明らかとなった(図3-1)。 しかし,交配後4か月種子では完熟種子よりも発芽開始時期が早まり,置床120 日後の発芽率が高い傾向にあった(図3-1)。交配後 5 か月の完熟種子で発 芽開始時期が遅かったことからは,未熟種子の利用によってより短期間で発芽
を誘導できる可能性が示唆される。荒井ら(1998)は,採種時期の異なるササユ リ種子の発芽率について,交配後 4 か月までは種子の発育とともに高まるが, その後の登熟に伴って低下し,完熟種子では発芽率が低いことを指摘している。 これらのことから,交配後4か月以降の登熟過程で休眠が深まるものと推察さ れる。 地下遅発芽性であるササユリの発芽ステージは,主に温度反応の違いによっ て,播種から本葉の伸展までが,地下発芽誘導期,地下発芽期,小球形成期, 低温感応期,展葉期の5段階に分類されている(歌田・鈴木,1973)。この5段 階のうち,夏季高温により種子の休眠打破が進行する地下発芽誘導期と,冬季 低温により球の休眠打破が進行する低温感応期は,それぞれ長期間を要するこ とから,この期間の短縮が地上発芽を早める上で有効である(歌田・鈴木,1974)。 ササユリは,開花5か月後の秋季に完熟種子を形成し,翌年の夏季の高温によ って地下発芽誘導期を経過する。その後小球を形成し,その年の冬季の低温に よって低温感応期を経過し,種子形成から17 か月後の翌々春に地上発芽する ことになる。地下発芽誘導期と低温感応期は,自然条件下ではそれぞれ夏季高 温と冬季低温によって経過することから,完熟種子では,高温処理と低温処理 とによって発芽ステージを進めることが可能である(鎌田,1987)。本研究の結 果からは,交配後4か月以降の種子では高温処理により発芽率が高まるが,交 配後3か月以前の未熟種子では高温に対する反応が認められず,発芽を誘導す ることはできなかった(図3-1)。 一方,ササユリの完熟種子では付傷処理による発芽率の向上が認められてい るが(平田・田村,1973),本試験では交配後3か月,同4か月の未熟種子につ いても同様に,付傷処理により発芽を誘導できることが明らかとなった(図3 -2)。このことから,高温処理は交配後 4 か月以降のある程度成熟の進んだ 種子に対してのみ発芽促進に有効であるのに対して,付傷処理は交配後3か月 のより未熟な種子に対しても効果があると考えられる。早期に発芽と球形成を 誘導する観点からは,高温処理は長期間を必要とするため不向きである。また, 本試験では付傷処理によって交配後3か月種子が同4か月種子と同程度の高い 発芽率を得ることが明らかになり,より早期に球形成を誘導するためには交配 後3か月の種子を用いることが望ましいと考察した。