現実 と追憶の揺 らぎのなかで
―カズオ・イシグロ
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み試論一
長 柄 裕 美
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e Vacillation betteen Reality and Retrospectionin〕
監
zuo lshtturoiSA P,JじИじ
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NAGARA,Hiroml
カズオ 。イングロ (1954-)の小説では,戦
争の影響が影 を落 とす時代 ,と りわけ1950年代が好ん で取 り上 げられ る。特に初期三長編 にはこの傾向が顕著 に認め られる。処女長編A乃
力И♂νげri′ん (1982)と 次作Aη A′すなどげ筋θ FJ9″独 肋rrJ(1986)は
,と もに第二次世界大戦後間もない 1950年 前 後の長崎がその主な舞台であり,第
二作 目の 助ι尺♂脇α加∫げ筋ιDり
(1989)では 1957年 を生 きる主 人公が第二次大戦前後の イングラン ドを追想する。よく知 られ るように,カズオ・イシグロは1954年 11月 8日長崎に生 まれ,1960年わずか 5歳 の時に,海洋学者である父の仕事の関係で家族 と共にイギ リスはサ リー州ギル フォー ドヘ移住 している。以後40年余 り,1989年 の作家 としての短い 日本滞在 を 除いては,移住 10年 後の祖父の死に際 してす ら帰国す ることな く,日本か ら遠 ざかっている。い)さ ら に1983年 には国籍 もイギ リスに移 したとい う。イギ リス人 としての人生 を選択 したかに見 えるイシ グロだが,彼にとって 1950年 代 は,わずかに残 る日本の記憶の拠 り所で もあったと思われ る。彼 に とって戦後 とは,1950年
代 とは,そ して 日本 とは何 を意味 していたのだろうか。この小論では,処
女長編AP,′ι yiιψげ阿′みの分析 を通 して,これ らの問題 に対す る考察 を試み る。` 二人の女性の 「子殺 し」 連 鎖 AP,″ Иιψげ財JJ6は
,1970年
代後半 と思われ るイングラン ドに住む 日本人女性エツコ (Etsuko) が,長
女 ケイコ (Keiko)の自殺 とい う重い現実 を抱 えつつ,四
半世紀 を遡 る 1950年 前後の長崎で の自らの記憶 を辿ってい く物語で ある。切 戦後復興期の一夏の知 り合いであったサチコ (Sachiko) とその娘 マ リコ (Mariko)との関わ りを辿 るうちに,いつ しかそれは自分 自身 とケイコとのその後 の人生 に重ね られてい くことになる。エツコとサチコ,マ リコとケイコの類似性 を明確 に指摘す る 言葉 はないにもかかわ らず ,描 写の反復 とい う手法 によってイシグロはその イメージの重複 を見事 に印象づ ける。さらにこの類似の連鎖 は ,サ チコとマ リコが終戦後の東京で見た女性 とその赤ん坊 の一瞬の映像へ と遡 ることとな り,その結果「東京の女性」,サ チ コ,エ ツコの二人の女性の イメー ジの連鎖 は明白なもの となるので ある。 エツコとサチ コとのつ きあいは「何年 も昔のある夏の,ほ
んの数週間」の ものであり、エツコは 「サチコの ことがよくわか らなかった」 (Part I,Chap.1,p.11)と 言 う。 しか し母 を慰 めに来 た次女 *国際言語文化講座,英米文学ニキ (Niki)と ケイコの死 を空 しく語 り合 ううちに
,エ
ツコはサチ コとマ リコにまつわる記憶 をまざまざと思い出す。それは第二次大戦での原爆投下の被害か ら立ちあがり,ようや く将来への希望
が感 じられ始めた長崎での ことである。エツヨは原爆で家族 と婚約者 を失い生 きる希望 を失 うが,身
寄 りのない彼女 を引 き取 って くれたオガタさん (Ogata―
San)の
長男 ジロー (JirO)と結婚 し,初
めての子供 を身 ごもっている。市東部の川の近 くに新 しく建て られたコンク リー トの社宅に住み,エ レク トロニクス関係の会社 に勤務す るジローの仕事 も順調で ,過 去 を振 り返 らず未来 を信 じて生 き ようと考 えてい る。その社宅 と川 との間には
,土
埃 とどぶばか りの数エーカーの空 き地が広 がって お り,サチコの家はその空 き地 を隔てた川岸 に建つ古い木造の一軒家である。サチコには戦死 した 夫 との間にマ リコとい う10歳 くらいの娘がいるが,彼
女 は フランク (Frank)と い うアメ リカ人 と の恋愛 に振 り回 されて,敏
感 なマ リコの心情 を察 してや る余裕がない。エツコはサチコの生 き方 を 半ば批判的に見つつ も彼女 との友人関係 を保 ち,マ リコの身 を案 じて社宅 と一軒家 との間の空 き地 を何度 も往復 しなが ら,母
子 との関わ りを深めて行 く。 マ リコは病的な心理状態 を示す少女であるが,なかで も彼女が強 い執着 を示す イメージは「テ│1向 こうに住む女性」である。この女性 は繰 り返 しマ リコの話の中に現れ,母
サチコの留守 中にやって きてはマ リコを川向 こうの 自分の家へ連れてい こうとす るとい う。WThe woman fI・om across he nver.slle was here last night,While Moher was awayoW
IILttst night?While yOur lnoher was away?‖
WShe said sheld take me tO her house,butl didnlt go、 vith her.Because it was dark,She said we could take the lantern wih usW― ―she gestured towards alanttrn hung on he wall― 一IIbut l didn't
go wih her.Because it was dark.‖ (Part I,Chap.1,p.19)
サチ ヨは これ をマ リコの作 り話 だ と言 うが,やがて サチ コ自身の 口か らこの女性 の イメー ジの源
が明か され る。それ は終 戦直後 の東京 の荒れ果 て た状況 の なかで,サチ ヨ と当時
5歳
の マ リコが 目撃 す る子殺 しの場面 で ある。
WThere was a canal atthe end and the woman was knechng there,up to her elbowsin water.A yOungヽ70man,very thin.I knew sOmething was wrong as soon as lsaw her.You see,Etsuko,she turned round and s■11led at MarikO.I knew sOmehing was wrong and Mattko musthave donetoo because she stopped running.At irstl thOughtthe、 voman was bhnd,she had that kind oflook, her eyes didnt seem to actually see anyhing.Wel,she brought her arms out of he can』 and
shO、ved us、vhat sheid been holding underthe water.It was a baby,Itook hold Of WIattko hen and
we came out of he alley.‖ oPart I,Chap.5,p.7つ
サチコはこの女性が
2,3日
後に喉 を切 って自殺 を した とい う噂 を聞いたとい うが,この場面 を目撃 して しまったマ リコは,約
lヶ 月後にこの女性 に対す る妄想の症状 を示 し始めたとい う。 この女性の子殺 しとケイコの死 は,遠
い距離 を保 ちつつ共振 し合 う。ケイコの死 は自殺であった が ,そ れは自分が殺 したに等 しいのではないか とい う罪悪感が現在のエツコの内部にはあり、女性 の子殺 しの イメージが特別の意味 を持って甦 って くる。そ してこの二人の女性の子殺 しの連鎖 を繋 ぐのが,この夏 にエツコが 目撃 したサチコとマ リコ母子の記憶であった。鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第
3巻
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(2002) 137
マ リコは社会性が乏 しく,学校へ も行かなければ同年代の子供 と遊ぶ こともほ とん どない。遊び 相手は猫だけである。一 日中子猫 に寄 り添い,子
猫 を撫でて自らを慰 めるほかに心の拠 り所のない マ リコにとって,子
猫の将来 は重大問題で ある。サチ コがフランクの言葉 に振 り回 されて,アメ リ カヘ ,伯 父の家へ ,神 戸へ と今後の行 き先 を変 えるたびに,マ リコは子猫の身の処 し方 を心配す る。 それはほ とんど自分の存在 を子猫 と同一視 してい るかのように思 える。エリコと二人で留守番 を し ているある夜 ,そ れ を象徴的に示すマ リコの行動 が現れ る。以前飼 っていた猫がいつ も捕 まえてい たと言 って,エ
ツコが止めるの も聞かず,壁
を這 う蜘蛛 を捕 まえて食べ ようとす るシー ンである。‖
Putit tthe spider imprisoned in Mariko〔 handsi back in he corner,MankO.‖ ‖What would happen ifl att it?Itis not poisonous.‖‖Youid be very sick.Now,h/fariko,putit back in the corner.W Mariko brought he spider doserto her face and parted herlipS ‖Dontt be silly,Mariko,Thatis very dirty.‖
Her rnoutt opened wider,and hen her hands parted and he spiderlanded in front ofrny lap. CartI,Chap.5,p.82) マリコに蜘蛛を本当に食べる意志があったかどうかは別として,自分を猫の立場 に置 き換 えようと する衝動は十分に感 じられる行動である。マ リコにとって,現 実の世界 と想像の世界 との区別は常 に不確かなもので しかない。彼女の内面世界においては,子猫の生は自分自身の生 と一体であった。 そして言 うまで もなく
,追
想の最後に起 こるサチヨの子猫殺 しは,マ リコ殺 しの象徴的代換物 に他 ならない。それを証明するように,サ
チコの子猫殺 しには「東京の女性」の子殺 しのイメージが強 く重ね られている。サチコは泥だらけの草の上に脆 き,着 物の袂 を濡 らしつつ自らの手で子猫 を溺 死 させようとする。She put he kitten into he water and held itthere.She remained hke hatfor some molnents, staring into he water,both hands beneatt he surface.She was wearing a casual summer kilnono, and he corners of each sleeve touched he water.
Tllen for the irst time,withouttaking her hands from the water,Sachiko threw a glance over her shoulder towards her daughter.Insincively,I followed her glance,and for one b ef moment
he
Ⅲvo of us were bott staing back up at Mattko。 (Part■,Chap.10,p.167)ここには肘 まで水に浸かりつつ
,脆
いて子供 を溺死 させようとしていた「東京の女性」の姿が明 ら かに再現 されている。さらに,あ たかもこの「女性」を演 じるかのように,サ
チコは子猫 を水につ けたままマ リコを振 り返 りさえするのである。こうした詳細部分の記憶の信憑性 を客観的に確認す る術はないが,エツコ自身の罪悪感が記憶に潤色 を施 し,無 意識に子殺 しの連鎖を完成 しようとし ていたと考えることができる。上記の引用中,マ リコを振 り返るのはサチコのみならずエツコ自身 でもあるのである。サチコの象徴的マ リコ殺 しを黙認 し,結 果的にそれに荷担するエツコのイメー ジが,巧
みに追想の中に織 り込 まれていることがわかる。この点については,マ リコの 日か ら見る エツコ像という観点から考えてみるとさらに明らかになる。 マ リコの目には,エ
ツコは時に「川向こうに住む女性Jと
重ねられる。エツコとマ リコの初めての出会いの場 で,ぬか るんだ川辺 に立つマ リコに声 をかけるエツコに対 して、マ リコは猜疑 と恐怖
の態度 を向ける。
Mariko did not reply,Insttad,she toOk a step away from me, ‖CarefuLW I said.WYoullfan into the water. Itis very slippery,‖
She cOntinued tO stare up atrne froコ n the bottonl of the slope....
‖I wasiustspealcing 血your moher,‖I said,smlling at her reassuttn」
,IIShe sttd itwould be
peI・fectly all rightif yOu came and waited for her at my house.IPsjust over here,hat building
there.You could come and tty some cakes l made yesterday.WOuld you like that,Attariko― San? And you could tel lne an about yOurse■ ‖
Manko continued to watth me carefully.Then,wihOuttaking her eyes OF me,she crouched down and picked up her shoes.At irst,Itook this as a sign hat she was aboutto folow me.But then as she continued to stare up atrne,I realzed she was holding her shoes in readiness toコ un away.
IIIm■
Ot going to hurt you,II I said, h a nelvOuslaugh.IIIm attiend ofyour mohe「 s.1l oPart I,
Chap.1,pp.16D マ リコを自宅へ と誘 うエツコの言葉には
,後
にマ リコが口にす る「,H向 こうの女性」の言葉 との 明 らかな重複が見 られる。マ リコのなかで,エ
ッコと「女性」との混同が生 じるのはこの瞬間であ る。たびたび行方 をくらま しては周囲を慌て させ るマ リコだが,ぬか るみの中を自分 を追 って くる エツコに対す る彼女の恐怖は,「縄」のイメージを用いて象徴的に表現 されている。まず,前掲の蜘 蛛 を食べ ようとした場面の直後,姿
を消 したマ リコを追 う途 中,濡
れた草の中で「蛇」の ように足 に絡 まりつ く「縄Jを
外 して手 に持つエ ツコに対 して,マ
リコは次のよ うな執拗 な反応 を示す。WWhat's that?W she asked.
IINohing.ItiuSttangled on to my foot when l was walking.‖
IIヽVhatis itthoughP"
IINohing,just a piece ofold rope._.II
さらに,
IIWlly have yOu got thatPII
III told you,itis nothing.Itiust caught on to:ny fOOt.‖
I tock a step closer.‖ Why are you doing
that,A/1ank。評 IIDoing wh証
?ll
‖You wett making a sttange facejust now.ll
WI wasnitFnaking a strange face.Wlly have you gotthe ropePII
WYou were rnaking a sttange face.It was a very sttange face.‖
IIWhy have yOu gotthe rope?il
鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学 第
3巻
第2号 (2002) 139
この後マ リコは,エツコを置 き去 りに家へ と駆 け戻 る。これ とほぼ同 じや りとりが,サチコの子猫
殺 しの直後,川にかかる木の橋の上に うず くまるマ リコと,彼女 を追 って きたエツコとの間で交わ
され る。
The litde gin、vas watching lne closely."Why are you holding thatPII she asked. ‖This?ItiuSt Caughtaround my sandal,haぜ s Лl.W
‖Why are you holding it?‖
iII told you.It caught round lnyfoot,Whatis、 vrong、vith you?‖ I gave a shortlaugh.IIWhy are you looking at me like hat?Pm not going to hurtyou.II
Withouttaking her eyes from me,she rose slowly to her feet, ‖Whatis wrong wlth you?II I repeated.
The child began to run,her footsttps drumming along the wooden boards.She stopped atthe end of he bridge and stood watching me suspiciously.I smlled tt her and picked up he lanttrn. The child began once more to run.ば art II,Chap.10,p.173)
この会話 には「縄」を表す言葉 は出て こないにもかかわ らず
,先
の引用場面 との明 らかな重複 に よって,二
人が指す ものが「縄」であることは容易 に想像で きる。マ リコによるエツコと「,II向こ うの女性」=「
東京の女性」との混乱 した同一視は明 らかであり,「縄」はその子殺 しの イメージを 象徴す る。暗間の中でエツコと一対―で向 き合 うとき,マリコの内部の潜在的恐怖が表面化 し,「縄」 によって捕 らえられ,殺
され る予感か ら逃 げ出そ うとす る衝動が生 じると考 えられ る。そ して さら にこの「縄」は,孤
独 な首 吊 り自殺 を遂げたケイコの首 に絡 まっていたであるう「縄」への連想 を 誘 うもので あり,極
めて意図的に用い られた隠喩であると言 える。 こうして「東京の女性」とサチ コ,さ らにエツコの子殺 しの イメージ連鎖が完成す る。しか し,全 ての追想 がエツコ自身によるものであることを考 えるとき,この記憶の方向付 けが,エツコの ケイ コの自殺に対する罪悪感の反映であることは明白である。この罪悪感の故にこそ,エ ツコはケイコ の死 を思いつつ無意識の うちにサチコ母子の記憶を手繰 り寄せることになったのであり,その意味 において連鎖の完成は必然であったと言える。 一方 ,マ リコと「チII向こうの女性」の関係には,恐
怖だけの一面的なものではないある種のアン ビバ レンスが認められる。「女性」はいつもマリコを川向こうの自宅へと誘 うのだが,必ず しもそれ は強引な脅迫ではなく,優
しい包容力を示すもので もある。それに半ば引きつけられるように,マ
リコは頻繁に川縁や川向こうにつながる木の橋へ と出かけてい く。マ リコにとって川の向こう側が 象徴するものは「死」であり,「死」に対する恐怖 と同時に,それに包 まれ抱かれることへの憧れが 絶えず彼女 を捕 らえていたと思われる。マ リコを探 してサチコとともに初めて向こう岸へ渡ったと きの不吉な感触 を,エ
ツコは次のように描写 している。That、vas the irsttilne l had crossed to the far side ofthe river.Tlle ground felt so■ ,allnost
marshy under my feet.Perhaps itisjust myね ncy hatlfelt a cold touch of unease here on hat bank,a feehng not unlike premonition,wllich caused lne to walk with renewed urgency towards he darkness of he trees before us.(Part I,Chap.2,p.4o
そ こで二 人 は「不気味 な呪文」に縛 られ たかの よ うに立 ちつ くす が,よ うや く見つ けたマ リコの
姿 に は
,一
瞬 「死 」 の匂 いが漂 う。Butl remember with some distinctness that eerie spell which seemed tO bind he h70 0f uS as we
stood here in the conling darkness looking towards that shape ful・ ther down the bank.Then the
spell broke and we boh began to run.As we came nearer,I saw Mariko lying curled on her side, knees hunched,her back towards us.Sachiko reached he spot alittle ahead Of me,I being slowed by my pregnancy,and she was standing overhe child when liOined her.Mariko〔 eyes were open and at irstl thought she was dead.But then l saw theFn lnOVe and they stared up at us with a pecunar blankness.(Part I,Chap.3,p.41)
そ してサチコは,「壊れやすいが感覚のない人形」のようなマ リコの体の傷 を確かめる。足の傷か ら血 を流 し,水たまりの中で泥水に体を浸 して丸 くなって横たわるマ リコの行動には,「死」への憧 れとともに子宮への回帰願望 を読みとることがで きる。母親に見捨てられ
,子
殺 しの恐怖に襲われ るなかで,マ リコは負の「母性」,「死」の抱擁へ と,無
意識の逃避的退行 を行っていたのではなか るうか。この「母性」と「死」の二律背反性は,当時妊娠中で新 しい生命を宿 していたエツコにとっ て,不
吉な未来 を予言するものともなった。的 川の向こう側に対するマ リコのアンビバ レン トな執着は,彼
女の川,ぬ
かるみ,暗
闇への異常な までの愛着に表れる。暗 くなると一人外へ出かけたがり,ぬ
かるむ川辺で裸足になって泥だらけに なるマ リコの行動には,「死」への親和感 と「死」が持つ「母性」への限 りない渇望が読み とれる。 このマ リコの押 さえがたい衝動が,孤独の中で自殺 を選択するケイコの衝動 と重なって感 じられる のは言 うまでもない。イシグロはケイコの自殺に至る経緯を詳 しく説明 していない。エツコとニキ の会話から,エ ツコがケイコの生まれた7年
後にジローと離婚 し,イ ギ リス人 と再婚 したこと,そ の後イギ リスに渡るがケイコは引きこもりに陥 り,自 宅を出て6年
後 ,マ ンチェスターのアパー ト で孤独な自殺を遂げたことが分かるのみである。しかし,サ チコの人生の選択とマリコの心の傷を 辿るプロセスにおいて,私 達はそこにエツコとケイコのその後の人生を重ね合わせ,ケ イコの自殺 に至る心理を推察することができるのである。 価値観の変化 エツコは,1970年 代後半の現実から,速 い1950年前後の記憶 を手繰 り寄せる。記憶の対象である サチコとマ リコは今では遠い知人に過ぎない。しかし,エ
ツコにとって最 も遠いと言えるのは,当 時のエツコ自身ではなかろうか。この2,30年で最 も大 きな変化を遂げたのは,エツコの価値観その ものなのである。 1950年前後 ,す でに日本が大 きな価値の変換期にあったことは作品中随所に説明されている。な かでも,義
父オガタと息子 ジローや若い後輩マツダ・シゲオ (ShigeO Matsuda)と の間の軋礫を通 して,新旧の価値観のズレを鮮明に読みとることが出来る。“'オ
ガタは,戦後の 日本に急速に広 まっ た民主主義的な価値観に強い不快感を示す。ジローを訪ねてきた会社の同僚が,夫
婦喧嘩の末に妻 と別々の政党に投票 したことを冗談交 じりに話 したことに対 してす ら,彼は驚 きを禁 じ得ない。「数 年前なら,考 えられなかったことだ」と言い,「アメリカか ら熱心に学んだものが,すべていいもの鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学 第
3巻
第2号
(2002) とは限 らない」(Patt I,Chap.4,p.65)と 言 って,夫
婦関係 にまで浸透 し始めた「民主主義 とい うも の」を憂 えてい る。戦後共産主義思想 に傾倒 し,恩
を受 けたオガタ達 が懸命 に築 いてきた もの とは 知 りつつ も戦前の教育方法 を正面 か ら批判せ ざるを得 ないマツダに至 っては,オガタの理解 を追か に超 えた もの となる。直接詫び を入れ させ ようとマツダを訪ね るものの,二
人の思想 には埋めがた い距離があり,空
しい別れ方 をす る結果 となる。 オガタが代表す るこうした古 い価値観 に対 して,エツコは強い賛同の言葉 こそない ものの,絶
え ず寄 り添い支持す る態度 を示す。例 えば,結
婚に際 して父オガタとの別居 を主張 したのはジローで あり,それに対 してエツコは驚 いたとい う。父の訪間を煩わ しい と考 え,あ くまで仕事 を優先 しよ うとす るジローの態度 に傷つ くオガタを,エツコは暖か く支 えている。さらに教育関係の論文で恩 人オガタを名指 しで批判 したマ ツダに対 しては,オ ガタと一緒 になって腹 を立て る。こうしたエツ コのオガタヘの同調は,戦
後身寄 りの無かった彼女 を引 き取 り,娘
の ように世話 をして くれたオガ タに対す る無条件の共感 と考 えるべ きなのか も知れない。小野寺健は,エツコのオガタに対す る特 別な感情 について,「戦争中の 自分の行為の正 しさに自信 を持 っていて頑固ではあるが,人間として 節操 があり,愛
情のふかい緒方 さん を,悦
子 は愛 している。朝鮮動乱の特需景気で忙 しい ドライな 会社員の夫二郎 よりも愛 してい ることさえ,それ となくわかって くる」 と述べている。働 エツコに 甘 えるオガタと,オガタをまるで子供のように扱 うエツコとの会話の「いちゃつ きめいた」独特の 親密 さには,確
かに戦後の過酷 な時期 を支 え合 った過去の経緯 を感 じさせ るものがある。 しか し, 1950年 当時すでに時代遅れの ものであったと考 えられ るオガタの価値観 に,こ うして違和感な く同 調す るエツコの態度 は,次
第 に皮肉な自己矛盾 を生み出す ことになるので ある。 若いエツコの保守性 は,サチコを見つめる彼女の 日に最 も典型的に現れ る。サチ コはオガタの理 想 とす る女性像 とは対照的な価値観 を持つ女性である。彼女 にとっては恋人 フランクとの関係 が最 優先であり,まだ10歳 前後で保護 を必要 とす るマ リコを一人 に して ,た びたび外出 して しまう。エ ツコはそれ を身近に見なが らマ リコの ことが′苫配でならず,お節介 とは知 りつつ母子の生活 に関わ りを保 ち続 ける。さらに,詳
しく聞けば聞 くほどサチコの今後の生活 は不安定で,ジローとの安定 した生活 に満足すべ きと考 えるエ ツコには,信じられないもの と思 えるので ある。当初 サチ占はア メ リカヘ行 くとい うフランクの言葉 を信 じて移住 を考 えているが,これはエツコにとって想像 を絶 す る選択である。マ リコを気遣 うエツコとサチコとのや りとりは,以
下の通 りである。WActually,II I said,IIit was Mattko l had in mind.What l become ofherμ!
ilMarikoP Oh,shell be ane.You know how children are.They ind it so lnuch easier to settle
into ne、v surroundings,dontt theyP‖
WButit would stiH be an enormous change for her,Is she ready for such a hing?‖
Sachiko sighed inlpatiendy.‖ 腱ally,Etsuko,did you hink l hadntt considered allthisP Did you suppose l would decide to leave he country wihout having arst given the most carefui consideト
ation to my daughttris、 verarep‖
‖Naturally,II I said,Wyouid give it the most careftll consideratton.II
IIA/1y daugll俺
「s werare is ofhe utmostimportance to me,Etsuko.I wouldnl make any decision hatieOpardized herfuture.1've g en tlle whole matter much consider証 lon,and llve discussed it
ほかの何 よ リマ リコの ことを考 えて決断 したとい う強気の答 えにも関わ らず,フランクの裏切 り
によって
,結
果的にサチコの この アメ リカ行 きは実現 しない。それに対す るサチコの言い分は次の通 りである。
WAs a rnatter of fact,Etsuko,IIIn rather glad things have turned out hke his.Imagine how unset‐
ding it wOuld have been for rny daughter,flnding herser in a land full of fOreigners,a land ftkl o王
Ame‐ kos.Alld suddenly having an Ame‐ ko fOr a father,imagine how conftnsing hat would be for her.Do you understand whatIIm saying,Etsuko?Sheis had enough disturbance in her life aト ready,she deserves to be somewhere semed.IPsiuSt as well hings have turned out his way.
I murmured something in assent,
WChildren,Etsuko,IIshe went on,Wmean responsibility.Youll discover hatyounelfsoon enough. And haPs what hels really scared ot allyone can see hat.Hets scared of Mariko.Wel,haザs not acceptable to me,Etsuko.My daughter cOmes irst.IPsiuSt as well hings have tttrned out his way.II(Part I,Chap.6?p.80 「マ リコのために」進めてきた計画だが,実現不可能 と分かった今 となっては,「マ リコのために」こ うい う結果になって良かったと言 うサチコの言葉には,誰の 目にも明 らかな矛盾が含 まれている。サ チコの言葉には,この種の 自己欺嚇が散在 している。 やがて伯父の家へ帰 る決心 を し,伯父 と娘のヤスコ(Yasuko)か らも歓迎の意思表示 があるに も かかわ らず,サチコの選択 はフランクの言葉 に従 って神戸に転居 し
,彼
がアメ リカヘ呼び寄せて く れるのを待つ とい うものである。裏切 りを続けたフランクの言葉に信頼 を置 くことは難 しく,将
来 サチコ母子が さらに悲惨 な運命 を引 き受 け ざるを得 なくなるのは自明 と思われる。にもかかわ らず, サチコは再び一転 してアメ リカ行 きの優位性 を強調する。WAIld MarikO would be happier here.Amencais a far better place for a young girito grow up. Out here,she could do all kinds Of hings h herlife,She cOuld become a business girl,Or she
could study painting at college and become an artist.Alithesc hings are FnuCh easier in AInerica,
Etsuko.Japan is nO place fOr a gin,Wllat can she look forvard to here?II(Patt H,Chap■ 0,p.17③
エツコは,サ チヨが伯父の家での静かで安定 した生活を選び,自分の恋愛など忘れてマ リコのこ とだけを考えて暮らしてやればいいのにと心の中で強 く思っている。作中一言 もそのような表現は されないにもかかわ らず
,私
達にはそのエツコの声が聞こえてくる。なぜならば,エ
ツコの記憶の フィルターを通 したサチコの言葉は,絶
えず矛盾 と自己中心性が強調 されており,誰
もがサチコに 反感を覚えるように構成,再
現 されているからである。しか し,例
えばエツコが考えるような「安 定」を選んだと仮定 して,本
当にサチヨが幸せになれるかどうかは疑間である。そしてそれを証明 するのは,皮
肉にもエツコ自身なのである。 実はその予兆はすでに二人の会話の中に潜在的に存在 していた。同 じくアメリカ行きについて話 し合 うなかで,「自分に嫉妬 しているのか」というサチコの問いに刺激をされて,エツコが思わず自 分の幸せを主張する次のような場面がある。鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第
3巻
第2号
(2002) 143
‖MankO will be ine in Anterica,why wonityou believe thatP Itls abetter place for a child to grow up.And sheln have far more opportunittes there,life's■ luch betterfor a woman in Amenca,WII assure you μm happy for you.As for mysett I COuldntt be happler wih things as hey are.
JirOis Work is going so wel,and now tlle child arri ngiustwhen we wanttd it._‖
WShe could become a business gin,a■ lFn aCtress even,Americals tike that,Etsuko,so many hings are possible.Frank says l could become a business woman too.Such things are possible
out there.II
IIIIm sure hey are.Iザ siuSt hat personally,Pm very happy witt mylife where l am,W(Part I, Chap.3,p.40 池澤夏樹 は,こ の会話 における言葉のすれ違 いの妙 を指摘 し,そ れがその後の二人の皮肉 な運命 をみ ごとに暗示 してい ると述べている。何 しか しここで,エツコはなぜ こんなに も繰 り返 し自分の 幸せ を主張 し,自 ら確認す る必要があったのか。今の安定以上の幸せがあるはずがない と信 じるも のの,サチコの選択 を聞 くにつけ
,無
意識の不安が彼女の心 をよぎっていたのではなかろうか。作 品中ゥエツコとジローの コ ミュニケーシ ョンはほ とん どなく,二人の結びつ きの根拠 は希薄で ある。 サチヨとの出会いが,エツコにそれに気づかせて しまうきっかけを与 える結果 となった可能性 は否 定で きない。小野寺が指摘す るように,「悦子 自身に生活の空白がなかったな らば、彼女がそれ ほど 佐知子母子 にかかわ りを持つ必然性 はない」ので ある。mし
か し,これは全てエツコの意識下で起 こっていた無 自覚の揺 らぎであった。 前述の ように、エツコの人生の四半世紀 に渡 る空 白部分には激動の変化が隠 されてい る。これは エツコ個人のみな らず,日本 とい う国の価値観 その ものの大 きな変化 を示唆 してい る。若 いエ ツコ の批半1的まな ざしにも関わ らず ,彼 女はやがて 自分 自身がサチコの選択 を生 きてい くことにな るの であ り,ケイコの運命 はマ リコのそれを引 き継 ぐもの となる。サチコのマ リコ殺 しがあ くまで象徴 的な もので あったのに対 して,エ
ツコのケイコ殺 しは結果的に現実の もの となるので ある。 ニキとの会話の断片 をつなぎ合わせ ることによって,かるうじて辿 ることので きるエツコの その 後の人生 は,以
下の通 りである。彼女 は 日本文化 を研究す るイギ リス人 ジャーナ リス ト,シェ リン ガム (Sheringham)と長崎で出会い ,ジ ローとの離婚交渉の末に彼 と再婚す るに至 る。さらにエ ツ コは,シェ リンガムとともに 日本 を捨て,イ ギ リスヘ渡 ることを選択す る。堅実で誠実 だが退屈 な 男性 ジローは,夫
としての魅力は急速に失 って行 くものの,ケイコと過 ごした7年
間,申
し分 ない 父親だったとい う。エツコはケイコが父親 を恋 しがるだろうことを知 りつつ ,マ リコとほぼ同年齢 の彼女 を父親か らは もちろん 日本か らも引 き離 して しまう。これ はかつてのオガタが聞けば驚 く生 き方であ り,彼の保守的価値観 に寄 り添い,サチコの決断 を不道徳 な もの と見な した過去のエ ツコ 自身 をも驚か さず にはおかない選択である。サチコに出会った夏 か らわずか数年の間に ,こ れほど の人生の方向転換 を したエツコの生 き方その ものが,この作品のテーマの中心 をな してい る。 イギ リスヘ渡 ったケイコは,やがて生 まれて くる次女ニキを含む家族3人
に対 して心 を開 ざし,義 父 シェ リンガムか らも理解 され ることな く孤独 な生活 を送 る。やがて2,3年
にわたって家族 を寄 せ付 けない完全 な引 きこもりに陥 った後,家
を出てマ ンチェスターで一人暮 らしを始めるが,その6年
後,孤
独 なアパ ー トの一室で自ら命 を絶つ に至 る。もちろんこれは,かつてのマ リコが辿 った か もしれない成 り行 きであ り,渡英前のケ耳コの不安 な心理 は,前述のマ リコのそれに重ねて推測す ることがで きる。 渡英後約 20年 が過 ぎて,シェ リンガムに もすでに先立 たれているエ ツコは,ケイコの 自殺 とい う 重い現実 を一人で背負 っている。この現実が
,長
崎での離婚,再
婚,渡
英 とiヽう人生の大 きな決断 の最終的結論であると受 け止める彼女は,自己の責任 を痛切 に意識 している。その 自覚 ゆえに,エ
ツコはサチコの言葉 をよリー層批判的に思い出すのであり,それ を辿 ることによって自己の独善性 を弾劾せずにはい られない。追想は白虐的行為 とな り,サチコヘ向け られた非難の眼差 しは,その ままエ ツヨ自身へ と向け られ る刃 となるのである。しか しその一方で
,エ
ツコは1'My mOtives fOr leavingJapan weretusdiable,and l know l alwayskept Keikols interests vely much at hea■.‖ (PaA I,Chap.6,p.91)と 自己の選択 を正当化す る態度 も
見せ る。これはサチコの言葉 をそのまま再現す るもので あり,エツコはサチコの自己欺購 を遊難す る一方で ,自 らそれ を容認 し,当 時のサチ コの追 い詰め られた気持 ちに共感 を覚 えずにい られない 皮肉 を噛み しめる。現実 がどんなに過酷 なもので あって も,エツコはそれか ら逃れず生 き続 けて行 かねばならないのであ り,自己 を支 えるために過去の選択 を正当化 しようとす る彼女の この欲求 は, ほとんど本能的なものであるとも言 える。こうして,エツコの意識の 中では
,過
去 の選択 に対す る 後悔 と,自
己正当化の衝動 とが激 しくせめ ぎ合 い を続 けるので ある。 変化 の容認 イングロの初期3作
品には,いずれ も,前
述のエ ツコにみ られ るよ うな,後
悔 と自己正当化 に揺れ動 く主本公の心理が描かれている。AヵA打ねrげ 力¢FJοαr力g VottJの画家オ ノ・マスジ (Masuii
Ono)は
,戦
時 中の 自己の愛国主義的作風への転換 と仲間の密告 とも言 える行為が,現
在の娘の結 婚話に及ぼす思いがけない影響 を巡 って,複
雑 な心境 を語 っている。TPPι R¢η,,ヵ∫げ筋♂Dク
の執事 ステ ィーヴンス (Stevens)は,かつて心か らの信頼 を寄せて仕 えた主人のナチス擁護の行為 と,女
中頭 との心のすれ違いを追想 しつつ ,信 念 を貫 いた満足感の陰に苦い後悔 を滲 ませずにはい られな い。 エ ツコも,オ ノも,ス テ ィーヴンスも,過
去 に関す る後悔 をうちに抱 えつつ現実 を生 きてい こう とす る人物であり,そのためには自己の過去の選択 に対する何 らかの正当化を行わ ざるを得 ないの である。イシグロの作品には,主
人公達の この「苦 い前進」を容認 し,包
み込 もうとす る肯定的人 生観がある。 小野寺が指摘す るよ うに,イ シグロが初期3作
品で取 り上 げた戦後 とは,価値のパ ラダイムが大 きく転換 してい く時代であった。側2つ
の価値観の過渡期 を生 きる人々は,個
人の意図 を越 えた と ころで生 じる認識の変化 に弄ばれ ,正 しいと信 じた選択 を強い後悔 を持 って振 り返 らざるを得 ない 状況 を経験す る。戦後 とは,そ うした状況 を設定す るには恰好の時代で あり,イ シグロはそれ にこ だわった。登場人物達は,人生 に対す る己の誠意 を繰 り返 し確認 しては,「やむを得 なかった」とい う結論 に至 らざるを得 ない。確かに,彼
らに自己矛盾 を起 こす意図はな く,その時 どきを誠実 に生 きようとした結果が現実 なのであり,不 可避の運命 によって外側か ら人生に歪みが もた らされたと も言 える。彼 らは変 えることのできない現実か ら振 り返 って,過
去の 自己矛盾 を正当化 しよ うとす る。価値観の大 きな転換 に もかかわ らず,彼
らは一貫 した自己 を保 たねばな らないのであ り,これ は彼 らが生 き続 けてい くための必須の条件 となる。 この点に関 して,イ シグロの文学 は自己正当化 ,自 己欺購,晴己憶の恣意性」の文学で あ り、彼 は鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第
3巻
第2号
(2002) それに対 して冷ややかで皮肉な眼差 しを向けているとい う見方 がある。い しか し,彼
の文学の最大 の特徴は,矛盾 を抱 える様 々な人生 に対 して最終的に与 えられ る擁護・肯定の姿勢 にあるように思 われ る。それを最 もよ く表 しているのは,後
悔 に苦 しむ主人公達の心 を支 え,彼
らの過去の過 ちを 容認 しよ うとす るささやかだが貴重 な「救い」の存在である。AP,′ι yiθψげ財Jたの場合 ,こ の「救 い」の役割 を果たすのはニキで ある。ニキは20歳 くらい と思われ るが,すでにエ ツコの もとを離れ てロン ドンで一人暮 らしを している。ケイコの死 に際 しては葬儀 にも出席 しなかったが,田合 に一 人で暮 らすエツコを心配 して,生
まれ育 った家 を久 しぶ りに訪れてい る。ケイコにまつわ る暗い思 い出 しかない実家で不眠症 は悪化 し,ニキの居心地 は決 していい とは言 えない。で きれば遠 ざかっ ていたい と思ってい るだろう家ヘニキが訪ねて きたことについて,エ
ツコは「使命感」によるもの だと考 えている。In many ways Nikiis an affectionate child.She had not come sirnply to see how l had taken the news of Keikols deathi she had come to lne out of a sense ofrnission.For in recent years she has
taken it upon herselfto adn re certain aspecよ 3 ofrny past,and she had come prepared to tellrne hings、 vere no direrent ncjw,hatl should have no regrettforthose choices l once made.In short,
to reassure rne l was not responsible for Keikois death.(Part I,Chap.1,pp.10‐ 11)
ニキは
,現
代の若 い女性 らしく,進
歩的な女性観 を持 ってい る。結婚 は無意味で子供 は自分の自 由を損 な うもので しかない ,と い うのがニキの言い分である。子供 と夫 に しば られて惨 めな人生 を 送 っていなが ら勇気 を出 してそれを解決す ることがで きない女性 が多いなかで,自分の人生に決断 を下 したエツコの行為 は誇 るべ きものだ と言 って,ニ
キは母の過去 を繰 り返 し擁護す る (Part I, Chap.6,p.89‐90)。 そ して,19歳の未婚の友人が子供 を産んだ ことに関す るエツゴの否定的評価 に対 しては,そ
の保守的結婚観 に反発 し (Pan I,chap.3,p.48‐9),さ
らに帰宅す る日の明け方,過
去 を 振 り返 って自らを責め るエツコの弱気な態度 に対 しては,リ スクを冒 さず,何
もしないで漫然 と生 きるのは愚かだと激 しく反論す る。WBut you see,Niki,I knew an along.I knew an a10ng She wouldntt be happy over here.ButI decided to bring heriusthe same.‖
My daugllter seemed to consider his for a moment.‖Dontt be silly,W she said,turning to me,
Whow could you have known?And you did everytlling you could for her.Youire the last person anyone could blame.山
I remained silent.Her face,devoid of any lnake‐ up,looked very young.
‖Anyway,W she said,IIsometimes youive got to talce nsks.You did exacdy he nght hing.You
canitiust watCh your life wasting away.‖ .…・
WIt would have bcen so stupid,W Niki went on,IIifyould iuSt accepttd eveη ttling tlle way it was
andiuStStayed where you were.Atleast you made an erort.WG)art I,Chap.11,p.176)
こうしたニキの態度 は常 に幸 口で決 して ソフ トなもの とは言 えないが ,過 激 なフェ ミニズムを装
いつつ,さ りげな くエツコの人生 を支 えようとす るものであり,「過去の ことなど何 も知 らない くせ
と しての存在 を象徴 的 に表 す場面 が あ る。風 雨 に さらされ て倒 れ た トマ トの若木 を さ りげな く立 て
直 す
,ニ
キの次 の よ うな行動 で ある。WIthink 141 go and do he goldnsh noLW she said.
W「Fhe goldishP‖
Withoutrepllng,Nikileft he room,and a momentlattr l saw her go striding across he laⅧ .
I、viped away a little mist fl・om the pane and watthed her,Niki walked to he far end ofthe garden,
to the ish‐pond a■lidst the rockery.She poured in the feed,and for several seconds remained standing there,gazing into the pond,I cOuld see her igure in pronle;she looked very thin,and despite her fashionable clothes there was still something un■ listakably childhke about her.I
watthed he nd distuおher hair and wondered why she had gOne outside wihout aiaCket,
On her、vay back,she stopped beside he tomato plants and in spite of the heavy drizzle stood contemplating hem for some tilne,Then she toOk a few steps closer and、 vith much care began straightening tlle canes.She stood up several hat had fallen cOmpletely,hen,crouching down so her knees almosttouched he wet grass,adiuSttd he netl had lald above the soilto protecthe plants from marauding birds.(Part I,Chap.6,pp,91‐ 2)
部屋のなかからすでに倒れた トマ トの若木を見つめていたニキは,おそらくそれが気になってい た。彼女は
,激
しい自然の力の中で打ちのめされ,起
きあがることのできない トマ トの若木に母の 姿を見ていたのであるう。金魚に餌をやると言って出かけ,その帰 り道 を装ってさりげなく トマ ト に近づき添え木を立て直す彼女の行為には,ニキらしい ドライでシャイな思いや りがよく表れてい る。ニキを窓越 しに見つめるエツコの 目には,ニ キは痩せて子供っぱ く頼 りなげに映る。自分自身 も負っているであろう精神的ダメージを隠 して,母の人生 をさりげなく支えようとするニキの姿に は,痛
々しい「使命感」が漂っている。 こうした「救い」の要素は,Aη A汀なrげ肋♂F′ο,r'ヵ=肋
r・JJのオ ノの孫 イチ ロー (Ichiro)や,効
ι 尺?,″β,乃sげr/tι Dりの結木部分でステ ィーヴンスが出会い ,不 覚 にも涙 を見せ ることになる見知 らぬ 男性,さ らに最新作 ヽ41カθη形 貶 κ Orp力,ヵ♂(2000)イこおいて,主
人公バ ンクス(Banks)が
引 き取 り世話 をする孤児ジェニファー (Jennifer)にも認め られ る。彼 らは決 して大 きな存在ではないが, 彼 らの「救い」がなければ主人公達 は前進す る力 を持ち得 なか ったか も知れない。彼 らは,現
実 を 前にた じろぎ,立
ちつ くす主人公の背 中を,さ さやかな力でそっと後押 しす る役割 を果 たす。そ し て彼 らこそ ,イ シグロが作 品 に送 り込 んだ,肯
定的人生観 の使者 とも言 うべ き存在 なので ある。Adam Pal‐kesは,イ シグロが 日本 との結びつ きを強調 され ることに対 して示す嫌悪感について語 り,
彼が三島由紀夫によって固定化 された「自殺 を好む 日本人」とい う西洋の ステ レオタイプを否定す るプロッ トを選んだことを指摘 している。い しか し
,主
人公以外の人物 に関 してはケイコを始め自 殺者の話題が複数登場す ることか ら,彼が敢 えて主人公達 に自殺 を選 ばせ ない理由は,さ らに根源 的な人生観に求め られ るべ きで あると考 えられ る。いり 二つの文化 イシグロはなぜ価値の転換期である戦後にこだわ り,その変節 を生 き延び ようとす る主人公達 を鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学 第
3巻
第2号
(2002) 147
肯定的に描 き続けたのだろうか。AP,′?7i♂νげrr,ど′∫のエツコの場合 も,転
換点を挟む二つの価値 観が「過去」と「現在」の対比 として描かれる。そしてそれは1950年前後の「長崎」と,数
年後の 移住か ら現在に至る「イングラン ド」とい う時空間の対比に重ね られる。すなわち,「過去 (長崎)」 と「現在(イ ングラン ド)」 が代表する二つの価値観の矛盾 を内に字みつつ,そ こに一貫 した自己を 取 り戻 し,未
来に向けて生きていこうと歩み出すエツコの姿が描かれるのである。ここには,自 分 のなかの「日本人 としての過去」を否定することなく「イギリス人 としての現在」を生 きようとす るイシグロ自身の問題の,明確なアレゴ リーを読み取 ることができる。イングロもまた二つの文化 の価値観 を含むことの矛盾と分裂に苦 しみつつ,そ こに一貫 した自己を確立 していこうとしたので あり,自 己の人生のダブルスタンダー ドを肯定するためには,人
生の変節を乗 り越え,そ こから立 ち上がっていく主人公の姿を肯定的に描 く必要があったと考えられる。オノとスティーヴンスの場 合は,この対比をそれぞれ長崎 とイングラン ドの内部に据え直 し,問 題をさらに普遍化 したに過 ぎ ない。エツコを始めとする主人公達が経験する自己矛盾の苦 しみは,イ シグロ自身の人生の屈折の 苦 しみを表 しており,そ こから希望を見いだ して歩み始めようとする主人公達の姿には,イ ングロ 自身が信 じる人生の道筋が示 されていた。イシグロ文学の重要なテーマは,戦 後が代表す るパ ラダ イムの変換点を背景に,その変化に振 り回されつつ も自己のアイデンティティ模索する登場人物達 の生 き様 なのである。 それでは,イ ギ リス人として生 きる現在のイシグロは,どのようにして過去の 日本を受け入れ,自 己のアイデンティティを築いていくのだろうか。Parlcesが述べているように,イ ングロは彼の 日本 人的要素 を強調する批評に強い反発を示 し,それを表すインタヴューの言葉は数多く報告 されている。 しか し,Suzie Macken2ieは ,C,,P・J'αヵ誌上の最新作V力ιη形 陛κOリカα乃∫に関する解説記事
のなかで,イ ングロの 日本に関するいくつかの興味深いコメン トを紹介 している。∽ まずイングロは
,長
崎からイギ リスヘの移住の際,短
期間の予定で出発 したものが結果的に永住 になったことを挙げ,そのために日本 との別れが曖昧なものとなってしまい「気づいたときには遠 い存在となっていた」と述べている。また,移 住10年後の祖父の菊について,その本当の意味が分 かったのは後のことだったと言 う。祖父は幼い彼にとって留守がちな父に代わって父親役 を果たし てくれた存在であり,移
住後 もイシグロと日本 との絆 を切 らぬよう,日本の子供文化を頻繁に小包 にして送 り届けて くれたという。すなわち,結
果的に,祖
父の死は彼 と日本 との絆の一方的断絶 を 意味 していたと思われる。イシグロは祖父の葬儀に出席できなかったことに対 して言い訳めいたコ メン トをしているが,これはニキのケイコの葬儀への欠席の言及を想起 させて興味深い。これ ら二 つのエピソー ドは,イ シグロと日本 との別れが,彼
自身の意志に関わりのないところで避 けようも なく訪れたこと,そ して彼が明確な意識のもとに日本 との決別を果たす機会を逸 して来たことを語っ ている。 さらにイシグロは,「もし10年早 く生 まれていた ら,私
は原爆投下の時に生 きていただろ う」 と 述べてい るがjこ の言葉 にMackenzieは彼の「謂われのない罪」の意識 を読み とってい る。イング ロの母は原爆被害者であるが,自身の怪我のために投下直後の地獄のような恐怖 を見ず に済 んだた めか,原爆 に関 して懐か しさす ら感 じると語 ったとい う。原爆 に関する情報 を主 に母か ら得 た イシ グロも,この懐 か しさを共有 していると述べている。「懐か しむJ(lmisぎ)とい う動詞 は,原
爆 を語 るには不謹慎で逆説的な言葉 とも思 えるが,イ シグロが伝 えるのは,原爆投下後の長崎 に対す る彼 の抑 えがたいノスタル ジアであると思われ る。原爆 も戦後 も体験 していないにも関わ らず,原爆の悲劇的被害か ら懸命 に立 ち上が り,町 の復興 に努力 した長崎の人々の姿が無意識の うちに彼の記憶 に刻 まれ ,幼 い頃か らイングロは彼 らの痛みに対す るある種の共感 を育んで行ったもの と考 えられ る。Mackenzieは イシグ ロの親族 が受 けた原爆被害 を複数例報告 しているが
,被
爆 とい うものの性 質上,被
害 は彼の長崎での短い人生 に も,身
近 な人々の死や闘病 とい う形で何 らかの影 を落 とす結 果 となったと思 われ る。ち ょうどマ リコが5歳
の時に目撃 した女性の子殺 しの意味 を直感的に理解 したように,幼
いイシグロも,町
が秘 めてい る悲 しい過去 を自分の問題 として感 じ取 っていたので あろう。AP,どι7iιψげ汀,Jたの長崎の人々の描写 には,原
爆の悲劇 と悪夢の記憶 が絶 えず影の よ う に寄 り添 っている。そ してその痛みを背負っていないことに対する「謂われなき罪悪感」を抱 えつ つ,イ シグロは長崎 との,日本 との関係 を,合
理的に精算で きないままに引 きずってい くのである。0
以上のコメン トは,イ ギ リス国籍 を獲得 し,日 本語 さえ自由に操れなくなったとい う現実 に も関 わ らず,イ シグロの内面 には,なお 日本 に対す る断 ち切 り難い複雑 な思いがあることを示唆 してい る。Mackenzieは ,イ シグロが 1989年 の短 い「作家 としての旅行」を除いて一度 も日本 に帰国 して いないことを指摘 し,コーロッパやァメ リカヘの旅 には頻繁に出かけていることか ら判断 して,「意 図的に帰国を遊 けているとしか考 えられない」 と述べている。これに関連 して,イ ング ロは次の よ うなコメン トを残 している。"Because,in my head,all these people are still al e.Against all ratiOnal knowledge,somewhere I beheve hat evelvtlling is rtxnning smoothly there,much he same way asitalways did.咽 he wOnd
of my childhood is stillintact,II これは,イ シグロのなかで今なお昔のままに生 き続 けている幼年時代の 日本のイメージが
,帰
国す ることによって壊 されるのを拒んでいるとも解釈で きる言葉であり,Mackenzieの 推測 を裏付 ける もの と言 える。前述のように日本 との明確な決別ができないまま,日 本に対する「謂われのない罪 悪感」とノスタル ジアを引 きず って きたイシグ ロだが,彼の想像の中にある1950年 代の 日本は,時 間が経つにつれて急速に現実か ら乖離 した もの になって行ったと考 えられ る。なぜ なら,イ シグロ が移住 した1960年 以降,日本は名実 ともに大 きくその姿 を変 えたのであり,1950年代のエ ッセンス を残す ものはほ とんど皆無 となったと言 えるか らである。イシグロはその距離を縮めることよりも,「遠 くかすかな山並みの風景」(lA Pale Ⅵew Of HlllsI)のように淡 い 日本の記憶 を
,彼
の想像力の世界に囲い込み
,手
つかずの状態 に守 ることによって,彼独 自の非現実的空間として定着 させて行 こ うとしているよ うに思われ る。そ してそ こに自己のルーツを保持 しつつ,作
品のなかで一つの抽象 としての 日本 を描 いてい くことこそ,作 家 イシグロと日本 との理想的関わ り方であるとい う認識に 至 ったのでははなかろうか。その意味 において,リ ア リズム作家 として評価 を受けることに対す る 彼の抵抗 はもっともなものである。彼独 自の 日本の イメージは,第4作
目の 助?助
じοηdο′″ (1995) および最新作 ⅢⅢl力御 形 形 たOrF2カρ乃∫に見 られ る幻想的世界において,さ らに発展的に扱われ ること となる。 前述のように,自己の 日本人的要素 を強調 され過 ぎることか ら日本に関する質問を受 けることを 極端 なまでに嫌 ったイシグロだが,Mackenzieは ,彼
がかつてに比べて 日本 について多 くを語 り始 めたと言 い,「日本が自分にとってより関わ りを持つ ものに思 え始めた。何 と言 って も私 は 日本人の 両親 に育て られたのであり,あ る程度 日本の価値観に馴染んでもいるのだ」とい う彼の最近のコメ ン トを紹介 してい る。これは,イ シグロが長 い迷い と揺 らぎの末 に,自己 と日本 との関係 にある折鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第
3巻
第2号 (2002) 149
り合 いをつけ,現
在の 自分のなかにある「過去の 日本」をあるがままに受け入れ る道 を見いだ した ことを意味 してい るのではなかろうか。 しか し,こ こに至 るプロセスには,様
々な意識上の模索が あったと想像 され る。そ してそのプロセスこそ,彼
の主人公達が経験す る「自己矛盾 との聞い」と して初期の二長編 中に表現 されてい るものなのである。 作品の タイ トル'A Pale Ⅵew of Hiuぎ とは,象徴的には前述のよ うに「遠 くに霞 む過去 (日本)の
記憶」を指 してい ると考 えられ るが,よ り直接的には,エツコの住むアパー トの窓か ら見 える市西 部の 「稲佐山」の風景 を指 してい ると思われ る。u。第7章
に描 かれ る稲佐へのエ ツコ母子 との ピク ニ ックは,エ ツコの過去の記憶のなかで唯一 と言 っていいほど晴れやかで明 るい ものである。晴天 のなか,エツコは母親 らしく,マ リコは子供 らしく振 る舞い,エ
ツコはいつ もにな く穏やかで心和 やかな時間を過 ご してい る。帰 り道にマ リコが くじ引 きで当てた野菜ケースが結果的には子猫殺 し の道具 となるわけだが ,こ の一 日に限定 して言 えば ,ま さに別世界の ように和やかな記憶 を呼び覚 ましている。稲佐の山か ら見下 ろ した港 には,町
の復興 を象徴す る光景が一面 に広 が り,未
来への 希望 が渡 っている。これは物語の結木部分で ,ロ ン ドンヘ帰 ろうとす るニキに長崎 をイメージさせ るもの として渡 され るカレンダーを思い出 させ る。エツコは,稲
佐 山か らの港の眺 めを写 したと思 われ るカレンダーの写真 をニキに手渡 しつつ,「ケイコが幸せだった頃に家族 でケーブルカーに乗 っ たところ」として稲佐山の ことを語 ってい る (Pan■,chap,11,p.182)。 作品の タイ トル とこの稲佐 山の明るいイメージを結びつけたイシグロの意図は,過 去に対す る様 々な後悔 と自己矛盾 にもかか わ らず,過去の記憶のなかで最 も明 るく輝 く部分 を信 じて,未
来へ向けて歩み を続 ける勇気の大切 さを伝 えることにあったのではなかろうか。 過去 に対 して何 らかの矛盾や後悔 を感 じずにに生 きる人はおそ らくいないのであ り,イ シグロが 自分の問題 として捉 えていた「矛盾 を字む人生」とい うテーマは,全
ての人間に共通す る普遍的な ものであると言 える。イシグロ文学の魅力の一つは,人
間誰 もが持つ この弱み を受 け止め,容
認 し て,立
ちす くむ人生の帆 に静かな風 を送 ろうとす る作者の姿勢 にこそあるので ある。《言
主》
(1)2001年 10月 には,イ シグロの12年ぶ り三度 目の来 日が予定 されている。 (2)正確 な年数 を特定す ることに重要な意味 はないが,長崎での年数 は 1950年 または 1951年 であったと考 えられる。これは,第 1章の「朝鮮で戦争が行われて」(Patt I,Chap.1,p.11)お り,追想の始 まりが「6 月の梅雨が明け,日差 しが強 くなった頃(おそらく7月 上旬)」 (Part I,Chap■,p.13)で あったとの説明, また第7章の「その夏,間もなくアメ リカによる占領状態が終わるという話題で持ちきりであった」(Part H,Chap.7,po.99-100)と の記述か らの推測による。朝鮮戦争は 1950年 6月 25日 か ら1953年 7月 27日 まで続 き,サ ンフランシスコ講和条約による事実上の占領の終了は 1951年 9月 8日 のことであった。ま た,ニキは「19歳 の友人より年上である」 との記述 (Pa■I,Chap.3,p.48)か ら,現
在少な くとも20歳 になっていると思われるが,作品冒頭のニキの名付けに関する記述か らは彼女 はイギ リス生 まれである と推測 されるため,エ ツコの渡英後 20年 以上経っているものと判断できる。さらに,ニ キが生 まれたと き少なくとも8歳になっていたと思われ るケイコは,存 命なら28歳 以上になっているはずであり,現 在の年数が1978-9年以上であることがわか る。Kazuo lshiguro,AP,力 1/1¢ψげrri胎(New York:Ⅵntage II
temational,1982).以 下,ページ数は本文中に記す。
(3)妊
娠 中のエツコの子育てに対す る不安は作品中に散 りばめ られている。特に,当 時の長崎で幼 い子供 を殺す連続事件が起 こっていたとす る記述 は,子殺 しの恐怖感 を強化す るとともに,エツコの不安感の高
Лarming Nagasatt at he time.First a boy,hen a朗 阻1l girl had been found battered to deatho When a uLird
cum,anoherlide gi』,had been found hallgingと om a tree here was nearpanic atmongst he mohersin he neighbou山 ood.Wばart II,Chap1 7;p.10の
御
)古
い価値観に執着す るオガタの疎外感は,次作AヵA汀れ げ力¢FJοα肋=肋
rJJの画家オ ノ 。マスジの苦悩 に発展するものと考えられる。 (5)小野寺健,「カズオ・イシグロの寡黙 と饒舌」,F英語青年』第 134巻8号 (1988年 11月),pp.27-29。 さ らに小野寺は,イ シグロのインタヴューでの言葉を引用 して,イ ングロが小津安二郎監督の 日本映画を 好んで見ていたことを指摘 している。オガタとエツコの関係には,『東京物語』の老夫婦と亡くなった息 子の嫁,紀子との心の交流を思わせるものがある。 (6)池澤夏樹,「日本的心情からの解放」,カズオ・イシグロ,F遠 い山なみの光』(早川書房 ,2001)pp.261 -275。 (7)小野寺健,「カズオ・ イシグ ロの寡黙 と鏡舌」p.29。 (8)小野寺健,「訳者あとがき―カズオ・イシグロの薄明の世界」,F遠い山なみの光』pp.263-268 (9)岩田託子,『わた したちが孤児だったころ』書評 ,日 本海新聞,2001年5月14日。「イシグロのテーマは 記憶の恣意性。人は過去のできごとをつごうよく解釈 し,わい曲 した記憶 を残す。客観的事実や歴史的 事実 と照 らしあわせ,個人の記憶に潜むこっけいな悲喜劇 をあぶ りだ し,小説は進む」 と述べて,各作 品はこの同 じテーマの変奏であるとしている。 10 Adan Parkes,κ 館 "。ね力を,p`Tル
R¢脇α肋∫げr/J?Dり=AR¢αttr`C′″¢SewYork,London:倒ae Coninuum
lnterna■onal Publshing Group,2001),pp.11-26.
1り ただし,ケイコが純粋 日本人であることが自殺を説明する十分な理由であるかのような新聞の取 り上げ
方については,作 品中,エツコに批判 させ ることを忘れていない。WKeko,unlke N,電,was pure Japanese, and more han one newspaper was quick to pick up on this fact.The Engish are fond oftheiridea that our race has an insinct for suicide,as iffutther explanattons are unnecessary;fbr that、 vas an they reported,that she was Japanese and hatshe had hung herselfin her Юom,W(Part I,Chap.1,p.lo
llD Suzie Mackenzie,IBetteen Tlvo World,IT力 ?C,α /JiprT,March 25,2000.
19 Mackenzieは ,近年 イング ロがホ ロコース トの記録 を次世代 に伝 えよ うとす る「国際 アウシュビッツ委
員会」からの招待を始めて受け入れたという事実を報告 しているが,このことは彼の原爆に対する「罪
悪感」と無関係ではないだろう。原爆の問題をさらに普遍化 して据え直 し,失われようとしている過去
の記憶を守ることこそ現在を生きる者の使命であるとの彼の自覚に基づく決断だと思われる。
CO「
稲佐山」を遠いfhllぎ として言及している箇所は次の通り。WOn clearer days,I could see far beyond hetrees on he oppodtt ballk of he ttver,,pα 力ο′rrJη¢げヵ,胎 Sble aga stthe douds.Itwas not an unpleasallt
view,and on occasions it broughtrne a rare sense of reheffrom the emptiness of those long afternoons I spentin that apartment.‖ (Part H,Chap.7,p.99W Inasa is r72カ J′ゥ,V,Of Nagasaki overlooHng he harbour,
reno、vned for its mountain scenery,it was not so far from where we lived― in factit was力¢/ti′Jj・げ 力Ts,I