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天の岩戸神話構成の研究 (二)

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Academic year: 2021

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(1)Title. 天の岩戸神話構成の研究 (二). Author(s). 宇野, 幸雄. Citation. 學藝 : 北海道學藝大學機關誌, 2(1): 24-28. Issue Date. 1950-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3459. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . Vo l .2 .l , No. GAKU( 十回1. Aug .1950. も fthat 。fst of s とmza l i l s 七he 陀Vers fs eo fmza 4; t ta ヱ e order( l も 2i ) l l z l st f e reverse of 欲.at o l tanza 5; mM.the order o f8tauza 3 i8 thc reverBe of that of staヱ S 6 l za , .hi long to t 1 1as i s ki nd ofrhyme sc1 leme d ot be l sl ec ti 。e call l s ) te a l rosody;i 1 s qui t . ew ー ne l od invented . ic by repeat ing the same 、 〕 erhaps t o produce a word-nms l 〔 t l a regular rhyme si vor , l l se 1 en ・e or in c la l 1ging orders ,. .think that At deu used these type i f sound一ti trepet i t ー so l l l L . i i ons c t t .as ”souud‐group repe on“. ’ ’ and ‘ ”・ ‘word‐ rou r e i t t ion’ i ion” qui t ious ly i te eonsc vor達repe i g i 1 ly p ep t t nh s poe ; aud epc , ry c a ,. l fh i e rhyme o so in t ・ s poetry.. The l lsho・ l tintroduced wi tems or type se examples l havejus f sound tint rel el )at vt ・ i so t i t ) e ou. i 1 i l eh are very important e・e nent sf whi - 。r produeing a f l nus t. l l e wor( e in verse もy have n 2 , thoughi. bee l i thoutt i ′ i i ter I do Ie ・ 1 ・ I ・ e consc ousintent on of the ・ vr 、. The 8tー l be a contr f word-1nt 1 ibut ーdy ofthese type i so 1団c wi t on to 七he s try as a1 L 1dy of 1 ) oe l ial ly i t may be a certain hel art: es ) ec tudy f t as a. )to tho se、 vho s も1 oe l ) l naker .. l i hase( f poe . s t ti tudy iu the′Uni ted states of An s a ne・Y I c と ー ) ) i . .ar , . er ca that some s f c o l so. l t . shap i a l f Ar nce he i pgyand of art… …for ins l psycho d ro , l l l励 Dona , R. M・ 0gden , Kar , Rudo h A. St t l h ぜ d d t i t …. c i een sq yng ow poery s ma e j n t er e F ave ) t as others study how 七0 draw a u s i l d a house. eture or how to bu pi lf a study of.word-music in verses appears useful 工 hope the scholars Who rea( 1 thi sれy s e g l i lkin ly gi 1 ions on thi l l ・ v ( ve n・e adviee 。r suggest spro ) em.. 天の 岩戸辞 話構成の研究 (二) 野. 幸. 札幌分校歴史学研究室 Yul l do・Uno; A study o 1 l l 1 t vat o 1 1t e 公土eani 1 1g of Amano‐ l もJa e s e 卦叉yt ・ o ogy 1ml .2 ,【. 祭儀形式が、 後世の鎮魂祭に於いては猿女氏に引き継が れていることからして 尤もな推論であろう。・成程日稗の 岩戸隠れは秋の収穫も終り新嘗の辞事以後に纏ったこと. 天の岩戸滴 =話の研究に関して、 多くの学者の一致する ところは、 後世宮中の祭儀として残った鎮魂祭の儀式と. 1してあるから、 一年の生活暦に例えれば正 に多を迎え て陽光の衰えを見せる時期に当っている。 古代農耕民族 1 戸と水縛は最大の関心の的であったろうこ にとって、 日禾. 関聯 していると考えられている点にある。 一例を挙げれ ば、 「この静話は、 或る時期に於ける太陽鯖の御魂の衰 えと、 鎮魂祭による御魂の霊能の復活を説いたものに外 ならぬ」 と言われて、 多難に太陽郡が衰弱するとい う信. とは推測に難くないから翌春再びみのりの原動力として の太陽の力を頼む篤には予め、 日吊 I Pが再 び霊能を坂戻す 呪術が笑 修せられなければならなかったとも考えられよ. 仰、 及びそう した衰弱から復活させる篤の或る儀礼の執 行は、 多くの民族に於いても見出されることを指摘して. う。 然し鎮魂祭の原義は必ずしも太陽譜に関 したもので なかった, 旧事犯によれば鏡、鯉、玉、比札等の十種の紳. いられる松村武雄博士の説の如きは、 代表的なもの, と言 え よ う。. ◎. 宝を、 ゆらゆらとふるえば死人も返り生くることであろ う。 之 が鎮魂祭の本であり、 此の宝は物部氏の氾と樽え. 之は日紳を岩戸より引き廃斗 主役を担った天鋼女命の 24.

(3) . 第2笹 第1 号. たものであると記されている。 鎮魂祭も叉天皇の御魂を 鍵安して御世の長久を滴る呪術行篇である。 天皇の御魂. がふるうことによって、 天皇の持つ霊力 が活陵になるこ とが斬られる目的でなされるのであろうから、 之は太陽. -というような辞に対する祭満行篇以前のより原古的な 前 呪術の段階にあるこ とを物語っているからである。 従っ て、 鎮魂祭が新嘗祭の前日に行われたことから考えて、 農耕的であり、 自然の魁生に関係した辞事であると解釈 してもそれは後世的な見解であり、 その原義に於いて多. や、 太陽辞と関係したものでなかったのである。 そこで 更に天釦女命の正体を掴まなければならぬ。. この命が日紳を呼出す最大の手段は何であったか。 記. よれば、 命は日蔭葛という細賦の蔓草で饗をし、 正木 に・ 葛で鉢巻のように頭に穣いて髭とL、 小竹葉の一握りを. 手に持って、 内部の盤な楢を地上に覆せて、 その上に立 上って、 足拍子をとり乍ら洗惚、 .狂乱状態の動的所作を 果 繰り返したので ある。 この結 は平常を逸して紳がかり ま陰所があ の状態となり、 乳はあらわに出て、 腰のひもむ らわれる程下に垂オt下った程の狂態で あった。 狂態とは. 正に現代人の眼よりの表現であって、 古代に於いては、 最も深重な呪術行罵であったであろう。 之の踊は紐の本 文に於いては、 茅で纏いた矛を手に持ったことになって. いる。 此の如き縛 がか りの儀礼は今日も槍行われていて. 北方亜細亜、 満鮮諸民族にわたって古代より共通な宗教 圏を形作っていたシャーマンの所作を想起するに充分で. ある。 以上の如き桃惚 、 、 狂乱状態は、 シャーマンが辞霊 と交通する際の代表的所作であるか らである。 今日も糧. 昭和25年8月. 馨. 学. たことを指摘 したいのである。 更に問題とすべきは、 日. I Pが岩戸から呼戻される動機を作ったのは、 必ず しも鋼 ホ 女命の踊のみでな かったことで ある。 即ち認及び紐の本. 文並びに古語拾遣、 旧事犯等では、 此の踊が決定的要因 となっているが、 紐の本文に 続いて収録されている 「一 書」 の像承では此の命の踊の記事が全然載せ ら れ て な. く、 日辞出現の動機が、 天兇屋根命の呪言によるとなっ ていることである。 各 「ー書」 の記載の分析 究明は、 従 来とかく閑却され勝ちであって、 之に注意する学者も本. 文との比較研究がおろそかにされ勝ちであり、 これに関 する注目すべき研究も管見に触れたものは僅小に止ま っ (の. ている。 今第一のー書、 第二の一書、 第三の一書をそれ ぞれA型、 B 型、 C型の名称を以て呼ぶならば、 A型は 此の間題に触れていないので暫く措いて、.B型 では、 天 したと記して 児屋根命が紳説き親いた篇に、 日紳が出現′ ▲ ミコト ククヘゴト′【モウ 居り、 C型では、 やはり同じ命が称辞新啓した篇に日稗. が之に感じて岩戸を出たことになっている。 「就く」 こ とも 「称辞所啓」 することも意味としては同じ事であろ *古代人がよくなした如く、 息を 「吹く」 うが 「ほ ぐ」{ 「 吐く の 鴎を 」 「吹く」 「吐く」 と同根、 同義で恐ら く、 紳や精 霊の前に言葉を吐いて、 辞霊と交融 し、 稗威 を利用せんとする一機札で あったと考え ・られるのであっ. て、 譜懸りという身体動作による辞との交通と並んで、 言語という手段を用いて静の世界に入り込む、 所謂言霊 信仰の呪儀があり得たことを知るのである。 之は後世の. 就詞の起原を物語るものであろう ただ就詞の場合は対 称が鴎に辞格化 して居り、 祭儀の一部にしか考えられて ” 爺 いないが、 B型とC型を比較するならば、 B 型では日 ・ の静観念が未だ人格化されて居 らず、 より呪術的な感じ. シベリヤ諸民族で見られるシャーマン衣装には・鉢穣、 鏡、 玉、 覆槽の馨りと思われる大蔵、 矛等が必需品であ. り、 彼等が様々な所作を虞似るこ とによって観客を笑わ すことは、 夫鋼女命 がよろずの辞を笑わLた事実に通ず るものがあろう。 日本の古辞道がシャーマン数であった. を読者に輿え、 なほC型に於いては、 「未だかく言の麗 美はあらず」 と感嘆されて、 岩戸を明けられたとあっ て、 此の呪旨が最大の出現の動機を作っている か 勿論. という馨ま・今始まった議論ではないが・ 特に古代北方. 遊牧民族の一と して、 史上にあらわれ てくるトッケツ民. B、 C 各型 が、 中臣一族が政界、 及び祭紐の方面に他氏 ,いわば後代に中臣氏の息のか 族を圧 uご進出して束た一 1つた博承であろうと思われるo. 降臨、 即ち後世の即位の静話的表 現と考えられている も のが、 シャーマン教によく 通ずることを指 摘 さ れ て、. 此の点は斎部麿成も古語拾遺に於いて 、 中臣氏の専断 ・ B、 C各型 しても此の るが それに いるのであ を憤って 、 見ると、 日 が載っていないところを には全然細女命の踊 E =の岩戸隠れと鎮魂祭の関係のみが、 唯一の解決のいと 翫. 族の行っていた即位の儀礼が、 シャー マンの儀礼実鯵に 基いていることを論証せられ乍 ら、 之 が日本評話の天孫. 「日本評話とシャーマン」 研究に光明を投ぜら れ たの は・ 護雅夫氏の最近に公にされた一論文であって、 自分. ぐちではないことを認めるであろう。 此の呪言の行篇も 恐らくシャーマン数に由来するのでないかと思われる。. も氏の 意見に示唆せられで、.研究を進めたのである が、 おとの関係に 於てもシャ←マニズムより解明 鏡と玉と日希. 護氏の前掲書に従えば、 シャーマンの職能に於いて、 ト P 占が重要な-っとなっているが、 この ト占は、 所謂 幅I 懸り」 となったシャーマンの発する託宣によって行われ たことを述べられ、 「政治が託宣によって行われる」 こ. せられるところ多いと思われる。 之は後述 するとして、 兎に角日縛を呼 び戻した命の踊は、 中園的農耕女化とは. 異つた北方 的遊牧的な女化圏内に源を持ったものであっ . r. ′ ・. 25.

(4) . l Vo ,1 .2 , No. ・. 1 GBI GA GAKUGB. とは北方民族通有の 現象であるから、 即位、 在位年数等 の重要な予言等も託宣儀礼を通じて ゞあったことを論ぜ ● 「ミコト」 られている。 日本の古代天皇の,使命● も\ 恐らく. 観念はマナー的であると指摘する学者 も い る が、 この 2 1 ( ). 「タマ」 なる言葉もマナー的な威力を意味する如き、 一. 対称物に固定化されない内容を持っている。 そしてその 「タマ」 の持つ対称物は時代時代によって 異つたもので あろう。 鏡・劇・玉等すべて 「タマ」 の別名を有してい. 即ち天皇の口より発する託宣、 換 言 す れ ば 「ミコトノ. リ」 にあったのでなかろぅか。 してみれば、 託宣の形式 は辞懸りの行篇と共に重要な呪術行篇であったのではな. る。 そして天皇の持つ絶大なる威力は、 此の 「タマ」 の 所有者であったからではなかろぅか ・天皇の 「ミタマノ. いか) 岩戸前の二つの呪術行篇は、 太陽辞と しての日辞 との関係に於いて考えられるよりも、 古代 王者としての. ・ フュ」 とい う言葉がよく見えているこ とも此の考を助け. 天皇の在り方の問題につな がってくる と思われるのであ. る一証になる。 そして死霊とか、 旭先とかの信仰崇拝が 中国あたりから入ってくれぱ、 天皇の持つ 「タマ」 は天. る。. さて日紳が岩戸より再び出現する鴬には、 託宣と踊と. 皇の霊を意味することになるであろう◎ 然しそれ以前に 於いて、 二三世紀を中心として鏡の舶載が多かったと思 われる時代に、 之 が天皇の呪具として天皇の 「タマ」 を 内在せしめる 容器、 否むLる 「タマ」 そのも の と 考 え. いう人間的行篇、 別言すれば司祭者的行篇と同時に、 之 雫・る。 即ち記の表現を を補うに多くの呪具が用いられて ・ 借りるならば、 「ミテ グラ」 が数多く用意されている。. 種類は、 サ カ ,キ、 鏡、 玉、 青和幣、 白和幣の 如 き も,の である。 「ミテ グラ」 の意 味については、 ミは敬称、 テ,. られたことがあったのでないか。 古墳時代でも前期の様 式を持つものに此の鏡が玉や 剣な どと共に副葬されてい. は 「たえ」 なる織物を意味するものが縮まったのか、 或. るが、 之の鏡が死者の胸や顔を覆って中園の如く化粧用 具と してよりは、 呪具として用いられたことを物語って. いは手を意味するか、 叉は別意であるか分らぬが、 「ク ラ」 は辞の降りた もう処、 即ち静坐であるとする説に賛 . 1 3 ( ). いる, 然 してこの呪具が、 実は辞宝と して史上にあらわ れてくるものであって、 か る紳宝を豆多に古代王者は. . 成するならば、 以上の様々の種類の呪具は、 嘗ては辞の よりま Lどころ、 即ち静座としての意味を持ったのでは. 所有していたのでないか。 卑爾呼が醜より遥られたもの. ないかと思われる。 そしてかふる紳座ともなるべき呪具 は、 非常に古代王者としての天皇の本質に関聯するもの. を持っている。即ち景行紐及び仲哀細には、九州の諸豪族 の中で、・木の枝に鏡や玉をつるして天皇を迎えた話が書. Au渉 1950. に銅鏡百枚とあるのは参 考になるし、 か▲る辞宝を収織 する辞聖な倉庫一之 が辞蔵建築の一起原をなしたであろ. うとする読も、 ー隙肯定できよう。 叉此の鏡や玉がシャ 1 4 ( ). ‐ ‐マンの道具であることは言うまでもないこ と で あ っ. かれてあるが、 樹木と王者との関係は古来密接なものが あり、 之に就いては先学のくわしい考証に譲るが、 特に. て、 今日も織鏡を胸 にかけ、 玉をつけたシャー マンの姿 は各報告書が詳細に物語ってくれる。 琉球の砿女が大き. 即位儀乱が樹木に対して行われる醍 儀をもとふして、 シ. な匂玉を胸 に下げていることは参考になる。 とにかく之. ャト マンに ま護氏も叉指摘してい ′ .通ずるものがあること{. 等多くの 「ミテグラ」{ ま古代王者の霊威を示すものであ ′. られる。 ニーギノ韓が降臨する際、 虜床覆会選もまれて. って、 之が北方アジア特有のシャーマン数に由来したも のであることを主張したかったのである。. いたという組の記載は、 シャーマンがフェル トやシトネ の上で精霊と交通する醍術に通ずるものがあって、 トッ ヶッ族の即位式も之の形式をとったのだそうであるが、 日耐 ”の岩戸隠れの原因が、 多くの鯨歌に於い電示 - =衣を織. アジア女化圏の大きな性格、 即ち北方牧民系と南方農 耕系にかりに二大別するならば、 此の岩戸紳話の構成要 素は北方牧民系の核心を持っている。 然 し天i壁 の 性 格. 覆会は天皇の有する呪具と して不可鉄のものであったろ. が、 大和園家より日本国家への前進過程に於て、 中園的 農耕文化の著しい影響のもとに、 司祭的から政治的に襲. る辞事の自演にあったことを考えると、 示 申衣、 即ち員床. うし、 後世鎮魂祭に天皇の御霊代として御衣が用いられ っていき、 同時に祭紐の実修 儀乱の中に農耕的なものを たことム併せ考えて、 ミテ グラに青和幣や白和幣、 即 優れて坂入れることによって中国化 していっ た:の で あ ち木綿や断の織物が用いられたことを了解出来るである . る 一見記紐の辞話の構成が農耕文化に基いているよう 。 うo に思わ せられるのも、 後代に於ける農耕的外被が辞話の. 次に鏡と玉の問題である。 鏡が日紳の 「ミタマ」 とし て考えられたことは先越 したが、 玉縄恐らくタマという. トならない。 印ち前述の静武天皇 素材を修飾したからにタ が二つの異る祭犯行篤、 いわば以上の二要素を ・具有した. 名であろうが、 日本の紳も、 その本質に於いてタマ的な ものではなかったろぅ かと思わせられる。 日 本 の 辞 の. 農耕的な土器を主体とする祭儀行篇が後世大嘗祭等によ. ある評議な霊力とか性能を有する言葉からつ け ら れ た. 司祭者的存在であったことを一言したが、 その中園的、. くあらわれて、 北方 的、 牧民的な シャーマン的祭儀府 篤 26.

(5) . 第2 巻 第1号. 璽. 学. 昭 和25年 8 月. が鎮魂祭となって残ったのであるが、 大嘗祭、 及び農耕 的な祭記が重きを占め、 鎮魂祭は小澗としてすたれ行く 運命にあったことは、 古代天皇の性格のあり方の変化を. 過程は、 様々の民主的会合により、 〔行われたように説か れてあるが、 この会合がクリルタイの如 きものの反映を. と. 意味するかどうかは問わないみ こして、 思索紳とか、 高畠 産霊辞が音頭を取って祭認の統一を図っていることは古. 3. 代日本文化が中園の農耕文化に完全に追随せんとした時. 物語る興味深い事柄であると思われる。. 代人の内在意志をよく物語るものである。 この鯨承の発. I H話-引いては紳代の物語一が成立した この天の岩戸示 時代は・何といっても中園文化の樽束が圧倒的であり、我. 達した▲ そして後代的なものになればなる程も 上記の静々 の立場が支配的になっていくことも考え合わすべきであ. 女物に心酔し、 その鴬には過去の億統も叉忘れんとする. る。 ムス ビの譜が後 世の朝廷の守護神となることも想起 する必要がある。 み こも拘らず、 此の太陽納の性格が、 全. が園の上部支配階層も叉高度の法式備定せる中園の制度 程の熱意さを示していた時代であるといってよかった。 従ってこの静話構成も中園の 思想が、 どの程度浸潤して. く中園乃至はその影響下に育つたと思われる民族の生ん. だ静話の形にまでなりきれずに、 古代的な王者とその守 護紳の関係、 いわば民族の支配者としての天皇の地, 位に. いるかを考えることも大いに必要であるだろう。 大体紐 先扉 - =という考え方それ自身が中国像束のもの で あ っ た. ふさわしい辞話化まで天皇が自らを脱 皮し、 改 造 出 来 ず、 天皇族時代のふさわしい辞話の 「から」 を守りつゞ. し、 日本の赫々 も紐先蒔と段々考えられるよう} こなって いったことも叉此の事に塞いている。 胆先約の内容その. ナたことは、 古代日本文化の-つの特色ではなか ろ う を かo. ものは、 博統的に受け継いで来た従来の満々の衣替えに 過ぎず、 中園にある廟というようなものが日本に発達し. 中園の蒔話も こ於いては、 太陽に関する示 申話は、 天然 紳 1 6 ) ( 話的な存在であり、太陽を目にたとえたり、天馬を 購って 大室を行くとか、 十日の内九日を弓で射たとかいうよう. なかったことも参考にせられてよいと思われる。 此の時. ・うな中園的な家族構成とは 代では、 五世同居といった .よ 余程異つた冠会構造であったようであるし、 従って本当 の租先辞とじ・うものが、 自己を包む徹会の守護静的な存,. な話が、断片的に残っているのみであって、天地主宰の宇 宙的原理というような役は引受けていない) 古代王者が. 在として矯飾的紐帯となるというような事は、 日本に於 いては、普通の状態ではなかったろうと思われる。従って. 日光に感じて生れたというモチーフは韓族に於いて, こそ. 見られ、中園に於いては、星が此の役を引受けている。 日 1 6 ( ) 本縛話に於いても、 日本の原始諸国家-天皇族も此の一 つであった-を統ーするようなホ !話が、 イ ザナ ギ、 イ ザ 茸 ナミ ニ尊を中心とする納話群となって現われ、 此れ自身. 中臣氏の組先が天見屋命といっても、 此の辞と中臣氏と の間には穂先と子孫の関係はなく、 祭るものと祭られる. ものの関係にあるといつてよいのである。 この考え方を - 押L進めるならば、 天照大縛カF天皇の旭先示 =と考えられ るというのも、 勿論紐先 と子孫の関係でないことは云う. で立派に一つの体系が作られていることば、,すでに別に 起稿Lたことがあった。 然 L此の体系にあらわれた辞話 1 7 ( ’. までもなく、 天皇の司祭する対称としての静であったと 思われるし、 その司祭の仕方も叉様々な形式を歴史的経. は後世の日本人に何等崇拝される対称となら な か っ た し、 ーっの宮晴編纂の学説として止まったのである。 記 の目頭に天御中主赫があって、 日本の民族、 乃至は日本. 過に於いてとっていたのである。 だから鏡が日爺 =である と考えられたり、 或いは玉が此の静の物実になって次の f 系譜上の御子示 =を謎むことになったり、 或いは呪言の中. にも叉は紳懸りの中にあらわれたりするのである。従って 岩戸前の様々な出来事は、謂わば祭記の綜合であった。之. 等は恐らく古い様々な集圏によって実修された祭記形式 が、 天皇の司祭する辞のもとに統一されていくことを意 味しているのではないだろうか. を中心とする世界の中心としての天皇の地位が、 裏付け. られたという恩師肥後和男博士の教示はた しかに贋理を. 1の別名的存 中が天照大前 含んでいると思われるが、 此の翫 在であるとの博士の説には遮に従し・得ない。 天照大紳の. 8 1 ( ). ;. 成立と、 中園思想 による天御中主荊の成立とは、 歴史的. 過程に於いて本質的相異のあることを強調Lたいからで. 従って、 記組以後にあ. あ る。. らわれた古語拾遺や旧事細等のこの講話に相当する部分. 、. 最後に一言したいことは、 この天の岩戸爺 i H話で活躍す る五部辞と天皇との関係が、何等かの意味に於いて、古代 の徹会構造の性格を物語っているのでないかという推論. には、 更に様々な岬祭りの形式が附加されているのであ る。 然し附加していくにして も、 中 心はどこまでも不動 であり、 之の事は、 天皇が中心となり乍らそれに他の文. であって、 此れは部の性格と結びついて興味ある問題で あるが、 部が奴隷的であるか否かを論 ずることに は、 天皇. 懸の一特質を物 化を吸収 し附加していく日本文化発達形…. 語っていると思われるのである。 此の祭記の綜合される. と都の関係をある程度明らかにしなければ不可能な問題. 27.

(6) . ‘. BI I GA GAKUGB. Vo l .i .2 , No. Aug .i950. .日本女化の一つの性格を物語る ものであるというこ は、 とが、.この静話構成の研究によって得 られたことに注目. ではなかろぅか。 之は古代の天皇が、牧民的、政治的、 武 力的存在でありて、 農耕的、 中園的な在り方とは異って いたという篠説から出発しなければならない問題と考え られる 此の事に就いては縞を改めて 論じたいと思う。. したいと思う。 . i I P話と文化境域 . 三品彰英 ホ. 4 結. 大八州出版諺. ln l l 1 s 2 1 l ・ rPsyc e e o ogi 【 . Bd.虹 Myt ・ W. wundt , v6 ipxi l i -一〇9 on g l905 and Re , gi , Le. 以上論の進め方 が冗漫に流れたきらい があったと思わ. 目黒書 店 3 . 三 品 彰 英:建図譜話論考 化の 4 -郷・江上波夫:日本民族=女 岡正雄o八幡 , ・究 13 源流 と日本国家の形成 民族学研 .3. れるので、 ー感結論をまとめておこう。 I P話構成が鎮魂祭を原型と して 従来の研究では、 此の市 いるということに殆 ど意見が一致 じ〔いたo 此の点は筆. 5 , 上 掲 書 1話.の実相 培 風 館 6 1 . 松 村 武 雄:日本流 教」 「 7 日本周囲民族の宗 居龍蔵博士の 例へは鳥 . に鏡や細女命の動作がシャーマン的色彩を帯. ものでない。 只この辞話の最後の構成がな 者も何等疑う・ われる時代は されたと思 、 何といっても中園女化の圧倒 的な影響化にあって、 農耕文化の 色彩が強かった篤に、. び て い る こ と を 指 摘 して い られ る. その縛話的装飾にま どゎされて、 この鎮魂祭を太 陽に関 して多より春にかけての回春の儀礼と結 びつけた点に問. い授」 と 8 難 夫:遊牧園家に於ける 「王灘添 . 謎 ・ふ考え 歴史学研究 133 v I P話異像研究の一繭 (日鮮 9 . 三 品 彰 英: 「記紀ボ 柳 原書 店 所敗) 話像説の研究 嘩 揮 弘 文 堂 ー0 日本の祭 男 園 田 : 柳 . 灘 夫 前 掲 書 11 . 護. 題があった。 更に一部に唱えられた日蝕説にも自然現象 と しての太陽が考えられてい る。 そこで、 この静話から農耕的色彩の外被を一感は らい のけて 考えてみたのである。 そ してその結 果あらわにさ. 1信仰 の 生 成 上 1 12 1 . ゼー デル ブル ー ム :派. 三枝義夫訳 岩波女庫版 13 . 後 藤 守 一:古墳文化 「新修日本文化 史大系 誠女堂、 新光副 : 原始文化新政」 〆 1ノ2 史潮 14 一: 古時代の家 守 後 藤 上 . - 中央公論蔵 い話節説研究 15 . 出 石 誠 彦:支那添 弘 文 堂 ~研究 ー6 . 小 島 鮎 馬:古代麦報 未発表 構成の研究 17 日本科話算承 者 筆 . - 弘 丈 堂 究 ! 話研 男:日本流 18 後 和 肥 ↑ .. れた譜話の骨船が古くより日本列島には拡がっていたと 思われる北方 シャーマニ ズムの要素よりなっ て い る こ. と、 そして中心にある天照大縞の性格が、 古代王者の政 治的、 職斗的な点をよく物語っていて、 この辞を中心に. 古代で行われたと思われる様々な祭記形式が綜合されて いるというこ と、 なおこの構成の仕方に古代天 皇の王者 格が窺われること、 等が明らかになったと思 と しての性.. I Eヲ 氏には直接懇切なる御指導を賜わった。 附記 護芽 殊にシャーマニ ズムに就いて南方、 北方両方を考え る 必要のあることの御指示もあったのであるが期日 司氏に厚く布示顕1 に迫られて一腹今後に保留した・ー 上げる次第である。. われる. 更に言うならば、-日本古代女化形成の生命的表現とし ての紳話の構成が、 アジャ文化圏内に於いても、 中園 的、 農耕的要素によって本質を改愛されて しま うこ とな く、 より古い北方的な要素を核心として持っていたこ と. 古 代 人 の 「夢」 に つ い て. 茂. 遊 函館分校史学研究室 ・ ige S l u. ’by the ^nc iel ‘ConceP sp t ぷPanで i l z n 1: I e ・ . t on of Dr e‘ ・ tana J e: ○n t wa. 我団の古典の中には夢に関する 記述が少くない。 夢と いう現蒙に対する研究はいろいろ の分野から嫁討する事. ‘悌教思想の穆透する以前の状 態に於て夢が如何なる構造 (いるかを論じて 見たい。 と意義をもつ ものと考えられ・. が可能であり、 叉す ぐれた研究も発表されてゐるが、 こ こでは特に之を歴史的見地に立って 我国古代思想、 特に. に歴史的立場に於ては夢を見た人がこれを如何に感じ叉. 言うまでもなく夢は極めて主観的な現象で あ る が 故. 2 8.

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