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児童虐待 (ネグレクト) 事例の検討

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日本福祉大学社会福祉論集 第 108 号 2003 年 2 月

はじめに

本論稿は, 現実に起こった若年夫婦による児童虐待 (ネグレクト) 事例の犯罪心理鑑定報告書 に若干の手を加えたものである. プライバシー保護の観点から匿名化し, 本人たちおよび弁護人 の了解を得て掲載するものである. 鑑定は, 加藤幸雄を鑑定人, 加藤悦子 (本学大学院博士課程 3 年 子どもの虐待防止ネットワー ク・あいち所属) を鑑定助手として行われ, 面接調査は共同し, 本文は加藤幸雄が, 資料は加藤 悦子がまとめている. 鑑定は, 弁護人の要請に基づくものである. 要請の内容は, 被告人両名の人格理解に基づき, 本件がどのような経緯や事情によって起こったのかを心理・社会的に解明すること, それに付随 して必要な事項調査ということであった. 鑑定は, 冒頭陳述や公判調書等に目を通して, その内容を参考に必要最小限の面接を行い, 報 告書にまとめるという手順で行った. 下記の資料のほか, 弁護人が接見した記録メモも参照して いる. 本人たちの面接は, 名古屋拘置所内の面接室で行った. また, 夫の母との面接を, P 弁護 士事務所で行った. このほか, 被告人両名には, 間接的に教示可能な心理テスト 3 種類と, 同一 テストによる相互評価の計 4 種類の実施を要請した. テストのうち臨床的性格適応診断は面接時 に, ほかは被告人に 「差し入れ」 を行うことによって実施した. ところで, 本件の重要な争点の一つは, 被告人らの殺意の有無であるが, それは, 裁判所の事 実認定と法的評価にかかわる問題であるので, 本鑑定では, その点についての判断を積極的に行 うことは避けている. あくまで, 被告人らの生育史や家族関係などを含めた人格理解と, 本件当 時の心理・社会的状況等を明らかにして, 当時の行動理解を深め, 事件の真相解明に資すること を目的とした. 本鑑定を公表しようと考えたのは, 本件が 「未熟な両親の問題解決能力の低下によるネグレク ト」 という今日的事例の代表的タイプの一つであり, 子どもの保護や親への援助において専門機 関やそのネットワーク組織が何をどのように考えていかなければならないのか極めて重要な示唆

児童虐待 (ネグレクト) 事例の検討

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を与えてくれるからである. また, 児童虐待防止法 (2000 年 11 月施行) の施行後 3 年を経たの ちの見直しにおいて具体的に中身を検討する場合に役立つものと考えた. 本鑑定では, 供述の評 価も行っている. 臨床的フェアネスの視点から, それ自体独立の課題である. この部分も削除し ないで掲載した. [犯罪心理鑑定書 本文] Ⅰ 峰山夏生の人格理解 Ⅱ 峰山麻衣子の人格理解 Ⅲ 峰山夏生, 麻衣子の人格的特徴と供述について Ⅳ 犯罪に至るまでの経緯といきさつ Ⅴ 本件の心理・社会的解明 Ⅵ 参考資料

峰山夏生の人格理解

1. 生育史の概略 峰山夏生は, 前田一郎と山川信子 (ともに関西出身) の長男として, 昭和 54 年 7 月に F 市で 生まれた. ついで昭和 56 年に次男貞彦が出生した. 当時, 父親は事業に失敗し, ギャンブルに のめり込み家庭を顧みない状態にあったので, 母信子は, 借金返済のために飯場を移動する生活 を選んだ. 信子は, 多人数の職人の食生活を支え, 夏生と 2 歳年下の弟貞彦を育てなければなら なかった. 昭和 58 年に関西圏の飯場にいたときのことである. 1 歳 8 ヶ月の次男貞彦は, 親の 不注意から, 轢死をしてしまったのである. この事故を当時 3 歳の夏生は目の当たりにしたが, 本人の当時の記憶は必ずしも明確ではない. しかし, 一般的に考えて, このような場合, 大きな 喪失感と恐怖が生じたはずであるから, そのケアが十分であったとしても容易にそれを解消でき るものではなかったと思われる. 信子は, 夏生の傷を癒すため F 市に戻ったという. 翌年には, 夫婦生活をやり直すつもりで妹を出生した. しかし, 夏生が小学校に入る前に両親は離婚するこ とになり, 母の友人の紹介で, 見知らぬ土地である中部圏の Y 市に移り住んだ. 夏生は, F 市 の幼稚園から Y 市の保育園に転園した. 幼少期の家庭状況を考えると, 温かい受容やゆたかな 愛情によって自己愛を満たされるような環境にはなかったといえよう. 小学校に上がってからは, 母親が父母二役で, 生活保護を受けながら, 生活と子育てを切り回 していく日々であった. 幼児 (妹) を抱えての生活では, 小学生の夏生へのサポートが十分でき るとは言いがたい状況であった. 小学校 1 年のときには, いじめに遭っている. このころの母親 の労苦は大変なものであったようだ. しかし, 夏生の記憶にある母は, 親らしいことをしてくれ ない母親であった. 支配的で, ときに体罰で教える態度に反発を感じながらも, 表面的には手の かからない子で過ごしてきている.

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夏生が小学校 3 年のとき, 母親は, すでに 1 年前から同居していた九州出身の峰山博史 (工場 勤務) と再婚した. このとき, 夏生と妹はともに峰山と養子縁組を行っている. 夏生の博史に対 する印象はきわめて良好である. よく遊んでもらい, マージャンを教わったり, 海へ魚釣りに連 れて行ってもらったりした話が出る. 夏生の父親モデルは, 峰山である. 普段は明るく楽しくふ るまい, 駄目なことには叩いてでも教える態度に共感を覚える. 夏生は, 小学校 4 年のときに, 転居にともない, K 小学校から近接市の H 小学校に転校した. このとき, すでに機械技師になる夢を持っていたという. その夢はのちに, 理科的な興味, 工業 高校への進学, 機械を点検整備する職場への就職とつながっていった. 小学 3 年からテレビゲー ムをはじめ, ゲーム機解体に興味を示す態度などに萌芽があったものと思われる. 中学時代の夏生は, あまり目立たない少年ではあったが, 学校への出席状況は悪くなく, 与え られた役割はしっかり果たしており, 学級内に溶け込んでいる様子が生徒指導要録から読み取れ る. 学習においては, 独特の発想をもち, 理論立てて考えることができることが特記されている. また, 思いやり, 自然愛護の精神が評価されている. 中学 3 年のときに, H 市から Y 市に引っ越しをしたが転校はしなかった. この時期, 仲間は ずれというかたちのいじめにあっている. 夏生は, 深刻な受けとめをしないように努め, 嵐が過 ぎ去るのを待って危機をのりこえている. 通学が遠くなったということもあり, 一人で過ごすこ とが多くなったという. 高校は希望どおり, N 市の工業高校に進学した. 高校での学業成績や適応水準は悪くない. 1 年から音楽部に所属し, 全国大会にまで出場している. それが 2 年途中でやめてしまった. 理由 は, 先輩のしごきにあい, 後輩や顧問との人間関係がしっくりいかなかったことによる. 生徒指 導要録によると退部は平成 8 年 11 月となっている. 麻衣子とのつきあいが始まって間もなくの ことである. 高校 2 年の秋に, 友人の紹介で麻衣子を知るところとなった. 知り合ってまもなく母親に交際 を反対され, 2 週間ばかり麻衣子の母方祖母のもとに家出をするということがあった. 母親に対 して明確な意思表示をしたのであった. 年が明けて麻衣子の妊娠を知るが, 母親のつよい反対と 就学継続の勧めに面従して中絶に同意し, 麻衣子と実家で同棲しつつ通学を続けることになった. 夏生は, 母親は世間体を気にしたのだという. 再度の妊娠は母親に知らせなかった. 臨月が近づ くと麻衣子を実家に帰し, 出産後に誕生を知らせた. それを知った母親に, つよく促され再び同 居に戻っている. 母親に言わせると, 麻衣子の実家が子育てをするには不潔乱雑すぎるからそう させたとのことである. 高校を卒業する年の 3 月 (香里 3 ヶ月半のころ), 結婚式こそ上げなかったものの披露宴を行っ た. 次いで 4 月, 鉄鋼関係の会社に入社した夏生は, 東京での 2 ヶ月強の研修で家を開けた. 研 修中, 親族の不幸もあり 2 回帰宅している. 5 月の連休, 2 回目に戻ったときは, 麻衣子が同居 に耐えられないということで, 荷物を麻衣子の実家に運び出している. 母信子に言わせると, 夏 生の金銭要求に対して, 麻衣子らの生活費もかかるので渡せないと言ったことに夏生が 「キレ」

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たことが契機だという. 帰宅後の平成 10 年 7 月には入籍し, 9 月には社宅に移り住むことになっ た. 2. 心理査定による人格理解  CDPA (臨床的性格適応診断) 感覚的, 直感的な判断が優先し, 物事の割切りは早い. しかし, その結論を積極的に他者に開 示することはしない. 他者にあまり受け入れられないのではないかという思いがあって, 慎重で ある. 感情を率直に表現しないようにしているので, 他者から見ると, むっつりして冷たい, 気 持ちのわからない, 付き合いにくい人だと思われる. 非活動的, 感覚的なもので, 自分に気にいっ たものには深く打ち込む. 自閉傾向にあり, 自分の興味関心のある世界に入り込んで, 他に関心 が向かなくなることもある. 狭い自己の思考の枠組みから脱却できないでいるので, 社会的スキ ルを身につけること (社会化) が課題となる.  矢田部ギルフォード検査結果 (タイプ E) 自信がなく, 自己の過小評価があり, 対人関係に対する不安が高い. 友達関係が作れないわけ ではなく, 打ち解けると結構はしゃいだりもするが, 心から人を信用できないでいる. 容易に打 ち解けないので, 信頼関係が築きにくい. 友達づくりには積極的な方ではない. 上司など目上の 人の前では緊張度が高まる. 人の目が気になり, 馬鹿にされるようなことには敏感で, 許せない 気持ちを高める. 心配性で, 些細なことに気をやんだり, 過去のできごとを悔やんだりする. 失敗を気にして決 断するのが遅い. ほんとうは相談したいのになかなかふみきれない. 傷つきやすく, 憂鬱気分になり, 疲れた気持ちに見舞われることもしばしばある. ぼんやり考 え込んだり, 急に何に対しても興味関心を失ってしまったりすることもある. しかし, 著しく情 緒が不安定というほどではない.  麻衣子からみた夏生像 (YG 検査による) 人格プロフィール全体としては, タイプの基本についてはほぼ一致するものの, 個々のスケー ルでは見方が少しずれているところがある. タイプは, 夏生自己像は 「E」 であるのに対して, 麻衣子は 「E'」 となる. 麻衣子自身の評価も 「E'」 ではあるが, それに比べると情緒的な不安定 度でも社会適応度でも, 夏生のほうがより標準に近く, 相対的には安定しているように映ってい る. 夏生は麻衣子以上に不安定と自己認知しているのに, ここにずれが大きいことがわかる. 麻 衣子が夏生を頼りにできると考えているほどには, 夏生はそれを受けとめるだけの安定性はない ということになる. スケール比較で最も開きがあるのは, 一つは, リーダーシップについてである. 夏生自身はこ の点は全く駄目だと思っているのに, 麻衣子は標準的と考える. ある程度頼りにできると考えて いる. もう一つは, ナーバスさ (神経質さ) についてである. 夏生自身は, 心配性でイライラし やすいと思うのに, 麻衣子にはそうは映っていない. 無頓着な面やマイペースで動じない面が,

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よりつよく感じられるのである. 気分の変動性についても, 麻衣子は, 夏生とは逆にそれほど大 きいとは思っていない. ただし, 対人不信がつよく, 短気だという点については理解が共通して いる. 個別の回答項目の不一致状況からは, 一言で言うと, 夏生が考えるよりははるかに, おお らかで安定性のある像を麻衣子が思い浮かべていることがわかる.  PF (ピクチュア・フラストレーション) スタディ検査結果 個別場面での適応水準は悪くはない. 責任の自覚水準においては, 他責, 自責, 無責の 3 タイ プ分類をすると, 他責水準が低く, 無責傾向が相当に高い. 問題の発生を他人や環境のせいにす る度合いは低く, 他者からの非難や攻撃を恐れる度合いも低い. 問題発生は不可避のものであり, 流れのままに妥協的に対応するしかないと考える傾向にある. また, 特別問題視しないように自 分にいいきかせ, そのことがストレスになることも出て来よう. 問題解決方法のタイプとしては, ストレス解消のための自己防衛の傾向は一般水準よりやや低く, 率直な意見表明はさけて, 我慢 したり, 規則習慣に従ったり, 時間の経過 (時が解決する) に委ねる傾向がやや優勢である. 全体のプロフィール分析では, 次のような特徴がみられる. ①失敗や不満にうちのめされると いうことはあまりない. ②つよく自己主張するとか, 自他の責任を厳しく問うということはない. ③他者への攻撃傾向はよわい. ④非難を外にも内にも向けない. 要するに問題 (発生) への関心 がうすい. ⑤心の葛藤が少なく, 人格の偏りもやや疑われる. ⑥集団内適応水準は悪くない. 3. 生育史, 心理査定, 面接による人格素描 夏生は, 大勢にまぎれて感情的な葛藤が少ない場面 (遊び, 授業など) では適応することはで きても, 二者関係で内面的に (情緒的に) 深く関わる体験は乏しく, それは苦手としている. 生 育史的に, 母性の包み込みによる支えの体験が乏しく, ふれあう喜びの感得がよわい. そのため, 母性的, 受容的な相手もしくは積極的に引き込む相手 (例えば, 麻衣子) には気持ちを許すが, そうでないと, ぎこちなく硬い, 抑揚のない表面的な交流になってしまう. 感情のこもらない論 理的理解で納得する対話構造になる. 対人関係の持ち方にぎこちなさがあり, それも手伝い, こ れまでに何度も仲間はずれやいじめに遭っている. こうした場合, 夏生は問題を楽観的にとらえ て, 問題を回避することで事態をのりきることが多い. 夏生は, 口八丁手八丁で強引に自分流を押し通す, 支配的な, 自分を飲み込んでしまう (よう に夏生が認知している) 母親に, 反発しつつも面従してきている. 面倒見のよい世話好きな母親 でもあるので, 自分が都合のよいときにはそれに甘えつつ, 意見対立があるような場合には, 容 易には抵抗できないまま, ストレスをためこむことになっていた. 結婚後, やっと母親に敵意を 示すことができるようになったものの, 基本的には変らない. 夏生のテレビゲームへののめりこみは, 同世代の者との比較で極端なものとは言えない. しか し, 夏生のように人間関係がぎこちない者にとっては, ゲームの世界の方が安心できる空間に映 る. 画像での代理体験の世界に慣れ親しむことで, 感情をともなって物事を認知する世界から相 対的に乖離していく.

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夏生は, 自他の分化が不十分であり, 相手を理想化し, よい関係を想定してつきあうか, 自分 に都合が悪くなればそれは回避するというように, 問題に直面できる自我形成 (社会性) がよわ いといえる. また, あえていえば, アスペルガー症候群に特徴的な, 心理的交流における 「かか わり障害」, 感情の共感性, 思考の柔軟性欠如などの傾向にも親和性がある.

峰山麻衣子の人格理解

1. 生育史の概略 峰山麻衣子は, 1979 (昭和 54) 年 4 月 16 日, 小山晋一 (関西出身) , 河合鈴子 (中部圏 Y 市出身) の長女 (第二子) として, Y 市で出生した. 兄達也は, その 2 年前に生まれている. 麻衣子が 3 歳のころ, 父親のギャンブルに嫌気を感じた母親は子どもたちをおいて家出をした. それで, 麻衣子らは母親の実家に父親とともに移り住んだ. 家族構成に, 祖母とその内縁の夫が 加わった. 河合鈴子の公判での発言によると, その内縁の夫 (東北出身) は, かつて鈴子に対し て性的暴力があり, そこから逃げるように 18 歳時に見合い結婚しているので, 麻衣子への性的 行為が心配であったと述べている. しかし, 麻衣子に何の説明もなく身一つで家を去り, 突然戻っ てきている. 麻衣子が小学校へ上がる少し前のことである. 母親が戻った 1 年後には, 父親の会 社社宅に転居している. そこで弟が年子で 2 人生まれた. 昭和 63 年ころ, 麻衣子が小学校 3 年のころ, 母親は再び家出をする. やはり何の説明もなく である. 理由は晋一のギャンブルなど性分が変わらないためとのことだが, このとき社宅で隣同 士の女性と一緒に出ていっている. (現在, 母親はこの女性と弟 2 人と生活している.) 小学校 4 年のときには, 万引を行ったことをキッカケにいじめに遭い, 半年近く不登校の時期 もあった. なお, 兄は, 中学時代ほとんど不登校であった. 麻衣子は, 弟が保育園に行くようになると 2 人を自転車に乗せて通うのが日課となった. 食事 の世話など家事も行った. 「いつもいい子でいなきゃ」 という気持ちがつよかった. 父親は, 寡 黙でこつこつと仕事には励み, 家事も行った. 平成 3 年 11 月, 晋一と鈴子は協議離婚をし, 親権者は全員が父親となった. 平成 4 年の夏に なり, 弟たちは母親に引き取られた. 麻衣子も一緒に行くことを勧められたがことわっている. 理由は, 母親と共に家を出た, 親密な関係にあった女性を嫌ったからだ. 母と別れてから, 母親 との手紙のやりとりがはじまった. 次いでメール交換になり, おびただしい回数のやりとりが続 くことになった. それは, 麻衣子に言わせれば, 母と子の対話というよりは, 友達感覚の軽いメッ セージの交換であったという. 特別母親を恨みはしないと同時に, 「母親」 という感覚も乏しい のである. 中学 2−3 年には, いじめによる不登校が見られた. 中学 2 年のときのいじめは, 先輩が服装 にクレームをつけるということに始まる. 目をつけられたのである. 中学 3 年のときは, 上級生 はいなくなったけれど, 同級生に悪口を言っていると因縁をつけられた. しかし, 中学 3 年のこ

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ろは一番友達が多かったという. 教師との関係も良好であった. 生徒指導要録 (J 中学校) によ ると, 中学校 1 年時は, 欠席が少なく, 成績もそれなりの頑張りをみせており, 情感をこめた歌 唱力, 音楽への関心, 陰日なたなく役割を果たすことが評価されている. しかし, 中学 2 年以降 は, 欠席や遅刻・早退が 100 日以上となり, 成績は下降の一方であった. ただし, 学習態度の誠 実さや素直で誠実な態度には評価が高い. 「口数は少ないが素直で気が優しく家族の世話をよく みる. 奉仕活動にも積極的に取り組んだ.」 (中 2) 「周りの人に優しく接することができる. 生 活も落ち着いており, 公共物を大切に扱い, 周りの人のことをよく考えることができる.」 (中 3) という記載がみられる. 知能検査結果は普通領域である. 家庭での生活は, 貧弱な食生活が続い ていた. 夕食はほとんどコンビニ弁当であり, 朝昼の食事はお金があるとパンを食べ, そうでな いと食べないでいた. 中卒後は, 工場に勤め, 本人の希望で H 高校定時制に進学したものの, 2 ヶ月で退職・退学 している. 仲のよい友達がいじめられているのをかばうことで, その巻き沿いにあったのである. その後は, 夏生と一緒になるまでの約 1 年強は無職で, 家にも寄り付かず遊びほうけていた. ア ルバイトは探したものの年齢的に困難で断念した. Y 市駅前の不良グループ (といっても麻衣 子にとっては気のいい連中) と親しくなり, 茶髪の麻衣子も同類にみられていた. 高校を一緒に 退学した女性に誘われて原付バイクを盗み, 補導されたこともあった. レイプの被害者にもなっ ている. また, 彼氏もできた. 半年ほどの交際があり, 性的な関係もできて, 結婚を考えたこと もある. 悪いことは行ったものの, 社会化が進んだ時期でもあった. 平成 8 年秋には, 友達の紹介で, 保育園が一緒であった夏生と知り合う. すぐに性的関係がで きて妊娠し, 平成 9 年 1 月に夏生の母親の反対で中絶を余儀なくさせられた. 香里が生まれるの は, それから 10 ヶ月後のこと (平成 9 年 11 月 20 日) であった. 夏生の母親には内緒であった. 出産前には実家に移り, 出産後に夏生の母親に手紙でそれを知らせている. 2. 心理査定による人格理解  CDPA (臨床的性格適応診断) 勘, センス, 感覚はよいが, 論理的なものはよわい. 引っ込み思案であり, 他者との交流は苦 手で, 目立たなく趣味を楽しむことになる. 達成要求が乏しく, じっくり取り組まなければなら ないことは回避する傾向 (苦労嫌い) にある. 他者への迎合, あるいは他者に対して自己を防衛 するといった態度がつよく, 誤解を避け, 批判を免れようとする, 控えめな行動が多い. 自分で なにかを行う場合は, 安易に手をつけ, 小さなスリルを味わうことはあっても大冒険はできない. 問題に直面したとき, 周囲の支援が得られなければ逃避するしかなく, また, 「あのおとなしい 子が……」 ということも起こり得る.  矢田部ギルフォード検査結果 (タイプ E') 悲観的気分など抑うつ性が著しい. 訳もなく不安になったり, 過去のことを悔やんだり, ぼん やり考えごとをするなど憂鬱な気分に支配される傾向がつよい. 感情の動揺や起伏が激しく, 情

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緒的に安定しているとはいえない. 劣等感というほどではないが, やや自信に欠けるので行動選 択における逡巡がみられる. やや神経質で, 感情を傷つけられやすい. 人を避けたりし, 眠れな いといったこともある. 交友の点では, 親しくなってしまえば信用できるものの, 進んで友達をつくるタイプではない. 対人不信は根深く, 信不信の心のゆれは大きい. したがってそれが表情にも現われてしまうこと もある. 自分への攻撃には黙っておれなくて, 気持ちもいらいらするのに, 積極的に行動を起こ して問題解消に動くということにはならない. 普段, 口数は少なく, 一人で考え込む傾向があり, 総じて引っ込み思案といえよう. 見知らぬ 人には構えて硬くなる.  夏生からみた麻衣子像 (YG 検査による) 人格プロフィール全体としては, おおよそ麻衣子の自己像に近いものを捉えている. タイプ分 析では, 麻衣子自身の評価 「E'」 に対して, 夏生評価によると 「B'」 となる. 両者は近接のもの である. 精神的に不安定で, 社会的適応が悪いという点では共通性があるが, そうしたバランス の悪さが外にでやすいというのが夏生評である. スケールで最も大きく違うのは, ものごとをどれくらいじっくり考えるのかという点について である. 麻衣子自身の評価では標準的なのに, 夏生には, あまり深く考えないで行動し, かつ反 省的ではないと映っている. 次いで, 攻撃性指標では, 両者とも短気という点では一致するが, 夏生は, 麻衣子が考えるよりはずっと攻撃的で不愛想に映る. また, 気分の動揺が大きいと感じ ているのは同じでも, 夏生はそれが外に現われやすいと思っている. 個別の回答項目での不一致 状況からは, 麻衣子としてはかなり深刻に悩んでいても, 夏生にはそれほど深刻には映らないし, 気づいていない点が顕著に出ている.  PF (ピクチュア・フラストレーション) スタディ検査結果 社会適応水準をみる指標では過度に適応的な傾向が出ている. しかし, のちに述べるように個 別の分析からは適応水準が必ずしも良好とはいえない. 心理的には不適応の状態に陥る. 責任の 自覚水準においては, 他責, 自責, 無責の 3 タイプ分類をすると, (夏生とは違い) 他責水準が かなり高く, 自責傾向と無責傾向はやや低い. 自分が不利に扱われることに対してはかなり敏感 である. 問題は不可避的でやむをえないとあきらめない. 問題解決方法のタイプとしては, 逡巡 する傾向がみられる. 自己防衛をしたり, 他人責任を取ってもらったりといった行動を取ること は十分にできるが, 明確な意思表示をさけるなど問題解決を棚上げにしてしまう傾向がみられる. 全体のプロフィール分析では, ①失望や不満を他のことにむけて, なかなか問題解決の方向に 向かわない. ②自責の念や反省は乏しく, 他人の責任に帰す傾向がみられる. ただし, 幼稚な攻 撃性はみられない. ③自分で問題解決する方向にはなかなか向かわない. (前半部分では自分で 責任をとる態度もみられるが, 後半は責任回避の傾向をつよめる.) ④忍耐力, 遵法精神など社 会的発達に関わる部分によわさがみられる. ⑤自我が葛藤できる水準にある. つまり, 悩みを内 面化する力はある.

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3. 生育史, 人格査定, 面接による人格素描 麻衣子が物心ついたころには母親が存在しなくて, また, 家に戻ったかと思えば, 今度は小学 校 3 年ころに再び家を出てしまっている. 愛着が生ずる間もなく, 「いない」 という現実を受け 入れるしかない人生のスタートとなっている. 愛情ゆたかに生きるエネルギーが注入される以前 の問題である. 対人的な基本的信頼感が形成されないまま, 情緒の不安定さを最初から抱えるこ とになったのである. また, 家族形成が中途半端であることから, 家庭イメージ, とりわけ母親 イメージの形成には困難をきたしている. 麻衣子は基本的には, 自力で苦難を乗り切り自立してきた. 失敗も糧にしながらの社会化であ る. 身近にいて支えてくれる存在の乏しさゆえに自らをつよくして生きるしかなかった. それに しても, 度重なるいじめ (類似) 体験では, 不登校というかたちをとりながら, 不安や不満をの りきるものの, 不安定な心の傷を解消することはできなかったと思われる. レイプ体験は, それ自体が大きな心の傷となる. 加えて中絶体験である. まだ思春期の心の振 幅が大きな, 多感な時期のできごとである. それに, 上記した条件の中での体験ということを考 えれば, 被害者意識, 自信のゆらぎ, 不安の増大, 肯定できない自分等否定的感情がコンプレッ クスとして蓄積されていても当然のことであろうと思われる. 麻衣子は, ある程度は, 危機に直面しても, それをかわしていくだけの適応力を備えている. しかし, 過剰に適応して心理的に無理が生じたり, 対人不信や感情の傷つき等によって不安やス トレスをため込みすぎたりするとそうはいかない. 悩みを内面化できるだけに, コンプレックス を刺激して情緒不安定になり, 自我コントロールが悪くなってしまう. また, その際に, 基本的 な対人的信頼感形成がよわいだけに, 他者にうまく依存し, 協力を求めることが不得手である. 自分で抱え込みすぎてしまう.

峰山夏生, 麻衣子の人格的特徴と供述について

夏生は, 初対面で, とりわけ目上の人の前では緊張度が高く, 発言が気になってスラスラと言 葉が出る方ではない. また, 些細なことが気になったりして, どう答えてよいかわからないとき には, 考え込んでしまうところがある. そのくせ, 相手に回答を急かされたり確認を求められた りすると, 相手に合わせて妥協的に対応してしまうところがみられる. その場合の応答の特徴として, 「そうですね」 「そうだと思う」 という発語が目立つ. それを夏 生に尋ねると, ちょっと違う場合でも, 間違っていないけど正確でもないときに, そう応えてし まうという. 自分の文脈では違っていても, 相手の文脈で読めば, 間違いとまではいえない場合 もそう応えてしまうのである. 相手の論理がそれなりに理解されれば, それを否定することはし ない. 自分の気持ちや感情を入れたニュアンスの違いについてうまく表現できない. とりわけ, 自分が事態に関わる度合いの少ないときには, その特徴がよく現われる. 別の表現をすれば, 個 別事実に対しての判断はするものの, ストーリー全体を読みとり, その意味づけや自分の気持ち

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を含めた判断という点については淡白ということになる. この点に気をつけないと, 聞く側の筋立てのなかに彼を巻き込んでしまうことになる. 時間を かけて, 彼なりの自由な発言を待つか, はっきりしないところははっきりしないと確認すべきで あろう. 浜田寿美男は, 「虚偽供述という想像的構成の最大の特徴」 を 「逆行的構成」 だという. 「想像 的構成においては結果として与えられた現場状況と諸証拠から逆にたどって, 起こったはずの出 来事の流れを, 理屈でもって構成しなければならないのである.」 (〈うそ〉を見抜く心理学 NHK ブックス 2002 年) と述べている. 夏生においては, 仮に殺人を前提に, それ以前の行為や言動を評価していけば, 論理的納得の いくときには, 特段の否定はしない. 「そうですね」 である. 逆に, 順行的に, 行為や言動を帰 納的に積み上げていけば, 動機を含めて事態の真相に近づくことができる. 取り調べ段階で, 殺 人罪の嫌疑で調べたことによって, この誤りを犯していないかどうか検証することは大切なこと と考える. 心理査定と面接態度, 生育史の理解から, 彼の場合は, 特段に供述内容の丁寧な確認 が必要だといえる. 麻衣子については, 弁護人からの指摘があるように, 特定の女性検事の取り調べ方法について の妥当性が問題にされている. この点を麻衣子にただすと, その見下した態度に不信感がつよく, 自分を受け入れてもらえないため, 自分の思いを素直に語れていないという. 麻衣子は, その生 育史条件などから, 対人的な不信がつよく, 感情を傷つけられやすい状況にある. そこを配慮し ない取り調べということであれば, 適切な供述が得られたことにはならないであろう. この点の 検証は重要である. また, 麻衣子は, 調書自体の位置づけや重要さについて理解できていなかっ た旨述べている. 麻衣子に限らず, 社会性発達の未成熟が想定される場合はとくに, 手続き自体 がわかりやすく理解できるような配慮が求められる. もう一つ指摘しておきたいことがある. 後に述べるように, 麻衣子は, 育児を中心にアンビバ レンツ (過度の葛藤) の状態にあったと思われる. その場合は, 二つの相反する感情が拮抗して いるので, そこに含まれる感情を問われれば, どちらもイエスとなってしまう. 例えば, 「行き たい」 と 「行きたくない」 が拮抗しているとき, 問い方次第ではどちらの答えも得られるのであ る. 供述に限らず, 「問い」 と 「答え」 の間は, 人格交流の質や問い方に左右されるので, 可能な 限り, 自由に話せる雰囲気と答えをしばらない問い方が求められる.

犯罪に至るまでの経緯といきさつ

1. 峰山夏生と麻衣子の出会いと二人の関係 (婚姻生活) 夏生と麻衣子が出会ったのは人を介しての偶然である. 夏生が高校 2 年生の秋, 麻衣子は職場 をやめて高校を中退し, 1 年強, 徒食の生活をしていたときのことである.

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麻衣子は, 家庭から解き放たれてかなり自由に自分を押し出し, この 1 年の間に, 性的に被害 の体験と結婚を視野に入れた交際を体験し, いわゆる不良グループとの間に混じり非行文化にも 接している. 自立と社会化が急激に進んだ時期であった. また, 原家族の状況を考えれば, 早い 結婚, 家族形成願望がつよくなっていてもおかしくはない. 夏生は, 先輩のしごきや人間関係のつまずきがあって部活を続けるかどうか迷っているときで あった. 親には面従の態度で内心混乱のあった時期に, 初めての異性として麻衣子に出会ったの である. 夏生の母信子は, 麻衣子の交際によって部活をやめ, 生活が乱れたと思っている. こういう経過で, どちらかというと, 麻衣子の方が異性交際に積極的になる条件があった. 加 えて, 麻衣子は, 保育園が一緒だと聞かされた夏生につよい好奇心をいだいていた. 最初から, 麻衣子の方が積極的であった. 麻衣子は, 夏生に最初から好感を持っている. もの静かというか, クールな印象に惹かれたという. いるだけで安心できるという. 支えられているという思いが力 になるようだ. 夏生の方も, 最初から話しやすい印象を持ち, 初対面なのに落ち着ける感じで, 包み込んでもらえる雰囲気だったという. 初対面には緊張度が高い夏生が, このときはそうでは なく, いままで体験の乏しかった母性を感じ取っていた. 二人は, それまでの家庭 (原家族) と は違う, 温かな家庭を夢みていた. 現実の婚姻生活では, 二人の関係はどうであったのか. 家事・育児はもっぱら麻衣子が担当し, 夏生は求めがあればそれに応じるというスタイルであった. 夏生は会社では真面目に働き, 会社 のことは家には持ち込んでいない. したがって, 会社でのストレスを麻衣子は知らない. 二人の生活は, 互いに相手の気持ちの奥深くに立ち入ることはしないで, それぞれの空間にゆ るやかな間仕切りをして同居している感じであった. 互いの満足水準に大きな違いがあって, 麻 衣子は満たされなくても夏生には気にならない場合が多いのである. 夏生は軽いつもりでも麻衣 子には耐えられないことがあることは, 夏生にはなかなかわかってもらえることはないと麻衣子 はいう. 夏生は問題 (発生) への関心がうすく, ストレスがあっても我慢したり, 規則習慣にし たがったり, 解決を時の経過に委ねたりする. 一方, 麻衣子は, 欲求不満が高まると, 問題にこ だわり葛藤し拘泥し, 逡巡が長く, なかなか問題解決に進まない. 気になっていても, 自分でか かえこんでしまうところがある. 二人が直接的に不満を持つ場合は, 互いが自己主張してぶつかることがある. その場合, 夏生 が折れることになる. 麻衣子が譲らないと夏生はきりがないので問題を棚上げにしてしまうので ある. 自分の非を認めるというわけではない. 二人の生活は, 一緒に考えて, 共同して何かをするというスタイルではなかった. それは夏生 が苦手なことであり, 麻衣子にリードするだけの力はなかったからである. それでも, 麻衣子に とっては, 夏生がいるだけで自分が見守られている印象をつよくいだき, 存在そのものが支えに なっていた. 夏生も, 麻衣子を心身ともに独占したい気持ちがつよく, 満たされなかった母性的 なものを求めているかのようであった. しかし, 実態的には, 夏生は次第にゲームソフトの世界へののめりこみが激しくなり, 麻衣子

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の話しかけにも 「うわの空」 の状態となっていく. 麻衣子も, 通信販売のカタログを見ること, それで商品を得ることが至上の喜びとなっていく. 満たされない気持ちの空白を埋める唯一の楽 しみとなる. 互いの世界に直接的には干渉しない分だけ, それぞれの 「勝手な行動」 に不満をつ のらせた. 麻衣子は, 「籠の鳥」 の自分に比して, 会社の付き合いで自由に動ける夏生に羨望し, 夏生は通信販売など欲しいものを次から次へと購入する麻衣子の態度を快く思わなかった. 平成 12 年 11 月初旬, 裁判所から麻衣子に対してクレジットの支払い督促状が届いた. このと き, 日々の生活でどちらが我慢しているかで口論になり, 麻衣子が実家に駆け込むという事態が 起こった. 翌朝に夏生が迎えにきて, かたちのうえでは一件落着となったものの, 麻衣子の心の 傷は大きくなった. その心境は, 麻衣子が頻繁にメールと手紙のやりとりをしていた大月雪子へ の手紙等に詳しい. 麻衣子は, 自分の子育てや家事の大変さを尻目に何も手伝わなくてゲームに 没頭する 「父親としての自覚のない」 「自分優先」 の夏生に対して, 我慢の限度に達したことを 吐露している. 過食ぎみの自分, 疲れている自分, 死さえ考えた自分を表出している. 支えであっ たはずの夏生に対して, 好きだけの感情では生活できないことを自ら確かめ, 夏生の支えがない ことを自覚すると, 急激に生活するエネルギーが萎えていった. 子育ては, 発達の知恵もさることながら, 育てようとするエネルギーが重要なだけに, 麻衣子 のこの状態は子育てへの重大な危機でもあった. 2. 山川信子の存在 夏生にとって母信子は, まさにグレートマザーであり, 自分をのみ込んでしまう存在である. 親らしいことをしてくれなかったとの思いがつよく, 殺したいほど憎いと思いつつ, 面と向かう と感情をあらわにすることもあるが, 上手にまるめこまれたり, はぐらかされたりして, 結局は 信子の思うようにされてしまう. また, 母性への希求があり, どこかで頼っている面もあって, 都合のよいときは母親を利用してしまう. 母なるものからの自立がよわい状態である. 麻衣子と の交際は家出までして継続したものの, 中絶の勧めには抵抗しきれなくて, また, 香里を預かっ てもらうことには, わずらわしさから逃れられるという打算もあった. 信子にしてみると, 愛情 をかけ夏生のためと思ってやってきたはずなのに, どうして反発を買うのかがわからない. それ ゆえ, 麻衣子と一緒になったことに原因を求めてしまう. 自分としては無私の愛と思っていても, 夏生にしてみると, 母親の意にかなう限りでの 「愛」 であり, それは自分の都合次第のエゴに映 る. 自分が頼りたいときに 「甘え」 を許してくれる母親ではなかったという思いがある. 麻衣子は, 最初から信子を嫌っていたわけではないという. しかし, 信子は第一印象からして, 「息子の生活を乱したできの悪い礼儀知らずの娘」 という思いがあり, 内緒で子どもをつくった こともあって, ますます印象を悪くしている. 結婚は早いし, まして子どもをしっかりと育てら れるだろうかという疑念があったからこそ中絶をさせ, 自分の下において目を光らせておかなけ ればならないと思っていたのである. 香里の子育てにしても任せておけないという思いがつよかっ た. 麻衣子にしてみると, 中絶を強いられた無念もあり, 同居生活では自分を家政婦同然に扱い,

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傍若無人に映る信子の態度に辟易し, 嫌悪感さえ持つようになっていた. 折角, 社宅に移り住む ようになっても, 信子の出入りが多く, 気が休まらなかったという. 麻衣子は, 「信子さん」, 「おばさん」 と呼び, 「お母さん」 とは言わなかった. これは, せめてもの抵抗であろうが, 信子 の口八丁手八丁の世慣れた逞しさには対抗する術もなく, 内心に大きなストレスをため込むこと になっていった. ただし, 信子への対抗意識が, ある面では子育てのエネルギーになっていた可 能性も否定できない. 夏生は, 麻衣子の盾とはなりえなかった. 3. 香里の子育てをめぐる状況 香里は, 中絶のあとに待望して生まれた子であり, 二人とも十分な愛情を注ぐつもりで子育て をスタートさせている. 事実, 生まれた翌年の 9 月に社宅へ移ったころは, 夏生も積極的に香里 の遊び相手となっている. 麻衣子は, 離乳食, バランス食への配慮も怠りなく, また, できるだ け自立した態度を身に付けさせる方向で子育てを考えていた. 成長のあとを日記やアルバムにも 綴っていた. それは, 香里の 2 歳 9 ヶ月ころ=死の直前まで続く. ところが, 社宅に移ってまもなく, 夏生が香里の手足を持って揺らすブランコ遊びをした直後 に, 香里に異変が生じ, 結果的には, 急性硬膜下血腫という診断で手術を受けることになった. このときは, 夏生が社宅の人に車を手配してもらって病院へ行っている. 翌年の平成 11 年 3 月 には治療は完了したが, 香里の表情や態度には変化がみられるようになったという. それをみて, 夏生は 「可愛い」 という気持ちがうすれたといい, 麻衣子は香里の表情がなくなったことが気に なったという. 平成 11 年 4 月以降も, 信子が香里を時々預かっていた. 第二子の出産を控えて信子が気をつ かったのかもしれないが, 麻衣子には, 勝手に連れていかれたという思いがつよい. 邦生出産後 も信子は週末になると香里を預かった. 信子としては, 二人の子育てに不安を感じていたことも あり, 自分なりにサポートしようとしたのである. 自分が引き受けると笑顔も見せ, 応答もでき るのに, 親もとに帰ると表情がなくなり, むさぼるように食べ物を口に入れる香里を不憫に思っ たのである. ところが, 麻衣子には, 信子の態度や言動によって自分の子育てが非難されている ように感じられた. また, 自分の都合で香里を預かり甘やかすので, 香里が言うことをきかない のだと思い, それを許せないと思った. たばこの臭いが移ることで嫌悪感が一層敏感になってい た. 甘える香里に信子を投影させて, いけないと思いつつも叩いてしまうこともあったという. 1 歳 6 ヶ月健診には夫婦で香里を連れて行っている. 健診では, 他の子と比較して歩行や言葉 に遅れがみられ, 麻衣子はそれが恥ずかしかったという. 1 歳 6 ヶ月健診では, 一般的に, 発達 に個人差があることを考えて明確な診断は避けるものである. このときは, 成長を促すために, 児童館など仲間のなかで育てることを示唆している. しかし, 「恥ずかしい」 思いがつよく, 対 人的交流を苦手とする麻衣子には, その示唆は役にたたなかった. このころから, 夏生の関心は, 反応ゆたかな邦生に傾いていく. (夏生は, 対象が自分に対してどういう目を向けるのかという

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ことで容易に関心が移っていく.) 邦生出生後, 香里は, いわゆる 「赤ちゃんがえり」 によるイタズラを行い, 母親の関心を取り 戻そうとする. 麻衣子は, 香里と邦生の 2 人の幼児を抱え, 家事育児に積極的に協力しない夫の もと, 信子からも育て方を非難されて余裕をなくしており, 香里のいちいちの行為に腹立たしく なっていく. それでも食事やオムツの世話も邦生と同じようにしていく. 2 歳児健診では発達の 遅れは顕著になる. 施設に預けることも考えたが, 信子の反対を予想し, 金銭的理由からもそれ は断念している. 夏生のゲームへの傾斜, 夫婦の会話減少, 香里を邪険に扱う夏生, 夏生の支えのないところで の麻衣子の家事育児没頭ストレス, 信子の 「干渉」 への怒り, 甘えを求めての香里のさまざまな メッセージ行動の読み取りのよわさによるいらだち, こうした状況で, 平成 12 年夏前に香里は 急激にやせていく. 麻衣子は, 当時, 甘えたいのでわざと食事をしない香里の態度に気がつかず に, 食べなければ勝手にせよ, という対応をしてしまったという. 信子が甘やかして香里が自分 で何もしなくなってしまうと腹立たしく思っていたことも影響していた. 麻衣子は, 平成 12 年 7 月から自動車教習所に通った. 夫婦で了解し, 買物などで車の必要度 の高い麻衣子が先に免許を取得し, 翌年夏生が取るという計画だったようだ. 麻衣子としては, 働きに出ることを考えていた. 通学時, 自転車に二人を乗せられない事情などもあって, 麻衣子 は, 香里を一人家に残して教習を受けた. 気にはなりながらも, 誰にも香里を委ねられなかった ところに, 子育ての孤立の状況がみえる. このころから, 通信販売への傾斜がつよまっていた. そのことは, ミルク, 食材やオムツ一つ買う生活費まで圧迫する結果に帰結していった. 平成 12 年 8 月, やせ方が著しい香里を心配して, 最終的には H 病院の診察を受けることになっ た. このときは, 麻衣子一人で病院へ連れて行っている. 麻衣子は, 点滴を受ければすぐ回復す るものと考えていたところ, 点滴ではなく入院を勧められた. しかし, 入院費用や付添のこと, 邦生の世話も考え, 入院はことわっている. その代わり, 翌週に再診を約束した. その 1 週間は, それまでと違い, 香里一人で食べさせるのではなく, 麻衣子が自らの手で食べさせたところ, 体 重が著しく回復した. 1 週間後の診察では, 9 月 21 日の MRI の予約をするにとどまっている. このころ, 保健師や医師と連絡を取った信子は, 「このままでは危険」 と言われて自ら香里を 引き取ることを考え, 離婚した夫峰山の仲介で, それを実行に移した. 当初 2 ヶ月のつもりであっ たが, 自ら預かることに無理があり, 協力を頼んだ当時別居中の夏生の妹には香里の夜泣きに耐 えられないと言われ, 10 月 2 日に, 一方的に戻した. ところで, 9 月 21 日の検査については, 麻衣子は, 信子に依頼したというが, 勝手に検査日が変更され, 検査は実現していない. 急に戻されたかたちではあったものの, この間, 麻衣子は部屋の模様替えを行い, テレビ番組 で香里の行動への理解を深め, 生活の仕切りなおしを考えていた. にもかかわらず, 信子のたば こ臭と抱き癖のついた香里に対して, 平静に対応することができないでいた.

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4. 子育てのサポートについて すでに述べたように, 子育ては大変なエネルギーのいるしごとである. 生活が便利になって自 然との距離が遠くなった時代にあって, 子どもという自然な存在に直面するのが子育てである. かつての時代以上に構えて子育てに臨まなければならない所以がある. エネルギーが沸くのは, まずは子どもが可愛い仕草で子育ての労苦を忘れさせてくれるからである. また, ともに支えて くれる人がいるからである. 年子の場合 (本件もそうである.), 例えば, 風呂へ入れるにしても, 一人では裸でめまぐるしく動かなければ, 二人の子の快適な入浴は保証できない. まして, 上の 子に発達の遅れがある本件のような場合, 入浴一つとっても大変な営みとなる. 香里の育児において, 直接的に育児に携わる機会の少ない夏生は, 父親的自覚が乏しく, 有体 に言えば父親の役割は果たせていない. むしろ自分に関心を向けてほしいばかりで, 「子どもよ り奥さん」 という態度であったから, 麻衣子の協力者どころか負担の源ともいえる. 信子につい ては, たとえ善意であったとしても, いちいちの好意は, 麻衣子の子育て意欲を減退させる機能 しか果たしていないので, ストレス源である. 麻衣子の実母は, メールのやりとりこそ多いもの のほとんどが軽い会話であり, また生育史的にみて深刻な相談ができる関係にはなかった. むし ろ, 大月雪子の方が, 自分をさらけ出せる対象となっていたと思われるが, 生活の支えにならな いことは言をまたない. その他近隣など交流関係の広がりの乏しい麻衣子に, 気持ちを紛らわす ことができる友人や年長者もなく, ましてともに遊べる友達ができる条件も余裕もなかった. 保健師はどうか. 健診の結果, 家庭訪問をするようになり, 相談に乗ろうと努めてはいる. し かし, 麻衣子は 「なぜ保健師が来るのか」 理解していない. むしろ, うっとおしく思っていた. それは, 子育て不安のある多くの母親と同じように, 自分の子育てが非難されているのではない かと考えるためである. 余裕をなくしていると, 言うことを聞かない子ども, イタズラをする子 どもが悪いのであって, 自分が悪いのではないと思いたくなるものである. それなのに, なぜ自 分が叱られたり指導されたりしなければならないのか, と自分の不遇感に共鳴されないことから 拒否的になるのである. 同じ年代の子と交わる機会を増やすことについても, 香里のように発達 に遅れがあると感じとっている場合, 当然, 恥ずかしさや世間体を気にして, 外へ出ることへの 躊躇がある. もともと, 対人的不信がつよく, 交わりの苦手な麻衣子ゆえに, とおりいっぺんの 助言では行動変容にはつながらないのである. 麻衣子の苦労やつらさに寄り添うという大変な営 みを引き受けるのでないのであれば, むしろ, 「赤ちゃんがえり」 など子どもの発達成長に関わ る基礎的な知識を伝達することの方が余程利点が多いと思われる. 診断をした医師はどうか. すでに, 法廷に立って率直な証言を行っており, 不適切さを認めて いる. 医師自体の資質とか診療方法の非難ではなく, 子育ての不自然さが疑われる場合のマニュ アルの不徹底にこそ問題を照準化すべきであろう. 丁度 「児童虐待の防止等に関する法律」 が診 断前の 5 月に成立し, 11 月施行を前にした時期である. 体制確立にまだ甘さがあったというべ きか. それにしても, 児童虐待への高い関心のもとで法成立に至った経緯を考えれば, 専門職の バックアップ体制としては, 貧弱のそしりをまぬがれない.

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こうした状況において, 決して子育てにいい加減ではなかった麻衣子は, 自分の思い通りにい かない気持ちを香里に投影し, 香里に当たることで自らのストレスを解消するほかはなくなって いった. 何度も気を取り直しながら, 次第にその気持ちも限界に達していったのである. 5. 香里の死に至る状況 平成 12 年 11 月 5 日に, 裁判所督促をキッカケに大きな夫婦喧嘩があったことはすでに述べて いる. そのときの麻衣子の心境を考えれば, それまで張り詰めていた気力が一挙に減退してしまっ た状態であった. 夏生は, 相変わらずゲームに没頭する日々であった. 11 月ころは, 年内に改善を期待された 仕事がうまくいかないあせりもあって, 家では面倒なことを避けてゲームに逃げ込んでいたとい う側面もある. 収監された後でも, この仕事のやりのこしはずっと気になっているようである. それでも, 麻衣子は自分の責任を問われたくないという思いもあって, 日常の生活は気力をふ りしぼって頑張ろうとしていた. 実のところ, 頑張ろうとしすぎるからこそ余計に気持ちがつら くなるのに, 麻衣子はそのことに気づいてはいなかった. 11 月初旬には, 翌年からの保育園入園の手続きを取って自分も働きに出ることを考えていた. 1 月に保育園面接に連れて行くまでには, 香里をみられて恥ずかしくない状態にしておかなけれ ばならないとも考えていた. 自分も食生活や身の回りの整頓などへの観念がうすれる状態でも, 食事をさせなければならないという気持ちはあり, 12 月 4 日の段階でもパンを購入している. 風呂へ入れたり, 耳掃除をしたりするという行為も忘れ去ったわけではない. しかし, 麻衣子は, 協力しないばかりだけでなく, 気持ちの支えになってくれない夏生に失望 し, 彼を責めたい気持ちはあっても, 問題解決に積極的に動こうとする気力は萎えていた. 12 月 6 日に, 3 人目の子どもの妊娠が病院で確認されている. 胎教への配慮もある意味ではストレ スである. 従来から, 麻衣子は, 失望や不満があると, その気持ちを他のことで代償し, なかなか問題解 決に向かえない人格を形成してきている. また, 社会的な関わりにおいて問題を解決していく社 会的発達ともいうべき部分によわさがある. 麻衣子は, 「お金をつかう」 こと以外に, 気持ちの 解放ができる術を失っていた. 夏生は, 半ば傍観者の位置にあったといってもよい. 従来も積極的に育児に協力するわけでは なかった. また, 問題に直面しても, 積極的な問題解決に努めるのではなく, 他人任せに嵐が過 ぎ去るのを待つ. そうしかできないのである. 自己愛が満たされてきていないことと関わって, 自分に都合の悪いものは意識の外におき, 自分の思い通りにいかないときはその対象に幻滅を感 じ遠ざかってしまうのである. 香里は意識の外にあった. 12 月に入るころは, 香里の泣き声が耳に響き眠れないので 「耳栓」 を購入している. また, 麻衣子は車中で眠る日もあった. 香里から逃げているという面と, どうしたらよいのかわからな い自分から逃げていたという面がある.

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12 月 10 日に香里の死に直面し, 麻衣子は, 自分のせいで死んでしまったという思いと, なん ともできなかった自分の無力さに放心状態であった. 「死んじゃった」 という表現がそれを物語っ ている. 夏生はこのときの麻衣子は 「肩をふるわせ, どうしようといった感じ」 であったという. 夏生は早速, 信子に電話している. 「香里が……」 といって, 信子にどうしたのと聞かれ, 「死ん だ」 と答えている. 事態は放置されることなく, もちろん隠滅など考えるはずもなく終結した. 自ら事態の修復が できなかった者たちにとって, 不幸な結果ではあっても, 終結を引き伸ばす気持ちなどあろうは ずはないからである. 心理的には重圧から解き放されたのである.

本件の心理・社会的解明

本件は, 峰山夏生, 麻衣子の人格特徴, 婚姻生活, 子育ての実態等から考えて, 育児への主体 的, 客観的な条件に問題があり, 適切なサポートがないまま, 麻衣子の孤立感が深まり, 生活意 欲が著しく低下した結果, 長女香里を死に至らしめたというのが真相である.  まずは, 両人に明確な殺害の動機はみあたらない. なぜなら, 香里に対する育児の不適切さ はあっても, 育児継続の意思はあり, また, 殺害から得られる利益は何もないからである. 殺 害によって, 一時的な心理的解放が得られるにしても, 家庭生活の全てを失うことを考えれば 「解放」 にはなりえないので, 選択の余地はないのである. 心理的解放だけを求めるとすれば, 現実的判断ができない状況にあったとみるのが妥当である. また, 不十分とはいえ死の直前まで食事などのケアを行い, 次年度の保育園を契約して面接 予約をするという行為は, 香里に対して殺意を抱くこととは矛盾する.  麻衣子の本件時の心理状態は, 大きく人格バランスを欠いたアンビバレンツな (極度の葛藤) 状況にあった. 育児を継続しなければならないと思うが, 同時にやりたくない, やれない気持 ちがわきあがるのである. 「やる やれない」 の感情が引き合って身動きができない状態に なったのである. 香里に対しても, 可愛がらなければと思いつつ, 期待に反する行為に腹立た しく思い, 「ケアする しない」 のコントロールができない状況になっていた. 社会性, 共 同的問題解決能力の発達がよわい者に起こりやすい.  直接的に死に至らしめた要因としては, 麻衣子の生活する気力やエネルギーが急速に減退し たからである. 楽しみとはりあいのしぼむ日々の生活において, 麻衣子の心を癒していたのは 通信販売による物品購入の快感 (嗜癖行動) であった. ところが, そのために多額の借金をす ることになってしまい, それが生活を脅かすものとなってしまった. 裁判所からの督促を契機 に, 夏生と口論になり, 夏生の自分優先の態度が許せなくて家を飛び出している. 麻衣子は, 唯一の精神的支柱として頼りにしていた夏生に大きな失望を感じた. そして, 自分だけが苦労 して生き続けることへの自信を失い, 死さえ考えた (大月への手紙) のである. このころの麻 衣子には香里のことを思いやる余裕は全くなかった. 自らが生活のバランスを大きく崩してし

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まい, 何も手がつかないくらいの状態に陥っていた. 生きがい喪失ということに着目すれば, 一種の 「うつ」 状態といってもよい. 夏生は, 麻衣子の深刻な精神状態に鈍感で, 相変わらず ゲームに没頭し, 「我関せず」 の状態が続いていた.  麻衣子の生活意欲減退の伏線はいくつもある. 最初の契機は, 香里の発達が遅れていると思 い, 育児への不安が生まれたことである. 相互の感情的なやりとりがあって親子の情が形成さ れるのに, それを困難にさせてしまったのである. 期待する応答が得られない失望は不安やあ せりを助長した. 香里にしてみれば全面的な信頼を寄せることに不安を感じて, 素直に自分を 表現できなくなっていったとしてもやむをえないことである. 次に, 夏生の母信子の存在であ る. 信子の手のうちにある香里に, 信子への嫌悪を投影するくらいのストレスが続いた. また, 香里の 「赤ちゃんがえり」 といった発達成長への基本的理解に欠けていたことも不必要ないら だちを招いていた. 好きな夏生ではあったが, 香里を邪険に扱うことや協力のないことでの気 持ちの負担が高まっていった.  二人の婚姻生活は, 内面に立ち入り協働するというスタイルではなく, ほどよい距離を保っ て, 自分のイメージに沿う役割を期待しあうというものであった. 対人不信がつよく, 深い関 わりが不得手な夏生と, 基本的信頼感に不安があり, 心の葛藤に耐えられない麻衣子にとって, 当然の帰結であったのかもしれない. 夏生は, 麻衣子に母性的な包み込みを期待した. 家庭内での煩わしいことは妻任せで, 求め られれば動くが, あとは気ままにふるまう 「子ども性」 が優位であった. また, 「育児は母親」 との子育て観も手伝い, 麻衣子が困っていても進んで手助けするという考えは乏しかった. 困っ ていることへの認識も共感もよわく, 不快なことは避けるタイプなので, 具体的な問題解決の 相談相手としては期待できない存在であった. 麻衣子は, 夏生の存在を心の支えとしていた. 生育史において, 頼れるのはわが身だけとい う状態で, 人間不信をつのらせるおびただしい出来事に直面し, 不安定で傷つきやすい心性を 抱えていた. また, 母親イメージが乏しいなかでの家庭形成で, 自分に安心感をもたらしてく れる人物があってこその毎日であった. 二人の関係は, 現実的生活危機に直面することにより, もろさを露呈した. 麻衣子は, 支え を期待できない夏生を実感し, 不安や不信を増大させた. 一方, 夏生は都合のいいものしか目 に入れないように自己を防衛した.  子育ての危機状態にあって, それをサポートする機関が十分機能しなかったことも不幸の要 因である. 対人不信がつよく, 育児に不安を持つ当人を支えるということは容易なことではな いにしても, 「関わりを築く」 という営みがよわく, 結局, 麻衣子とその家族を孤立に追い込 んでしまった. 親族が双方にいても, それが有効に機能するどころか, 機能不全を起こしてし まう関係だということへの気づきもよわかったといえよう. 個別の対応者が悪いというよりも, 専門的有機性を持った実務蓄積が課題である.  なお, 面接における二人の応答は, きわめて自然体である. 夏生にやや緊張はあったものの,

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事態を冷静に語り, 感情的な不安定さもみられない. 精神的に余裕のある場合には, 適切な判 断ができることを示している. 収監されて, 自由な時間と十分な思考の余裕が生じたからかも しれない. 捜査から裁判に至る過程での対人関係学習の成果かもしれない. 二人の人格理解か らは, 夏生は, 喜びを分かち合う二者体験の増進, 麻衣子は, 温かい支えによる相互信頼の強 化が課題と考える. これらの課題は日常的な生活において実現可能な課題であるので, 本件に 至る過程でも, 適切なサポートによっては事態が大きく変った可能性もある.

参考資料

過去に生じたネグレクト事件 (出典:子どもの虐待防止ネットワーク・あいち編 「防げなかっ た死 虐待データブック 2001」 キャプナ出版 2000. 12) 1995 年∼2000 年 12 月までに生じた子どもへのネグレクトで, 本件と類似した傾向が見られる 事件をいくつか例示する. 日付は新聞に第一報が掲載された日とする. ・1995 年 1 月 4 日 熊本南署は 4 日, 熊本市の無職女性 (20) を保護責任者遺棄致死容疑で逮捕. 熱を出し衰弱 した長女 (10 ヶ月) を医師に診せず, 死亡させた疑い. ・1995 年 2 月 7 日 郡山署は 7 日, 風邪をひいた 2 歳 4 ヶ月の長女を裸のままにしておくなどして凍死させたと して, 郡山市内の女性 (25) を保護責任者遺棄致死容疑で逮捕. 長女が昨年 12 月下旬から風 邪をひいて容態が悪化していたのに満足な食事もさせずに裸にしておくなど保護者としての必 要な措置をとらなかった疑い. 食べ物を受け付けなくなっていたのに医者にも連れて行かず, せっかんを加えるなどしていたという. ・1996 年 2 月 13 日 高知署は 13 日, 生後 10 ヶ月の二女に充分な授乳をせず餓死させたとして高知市の父親 (23), 母親 (19) を保護責任者遺棄致死容疑で逮捕. 父親から連絡を受けた警察は, 二女があまりに もやせていたため追及, 2 人は充分授乳しなかったことを認めたという. 普通の乳児は生後 10 ヶ月で体重は約 8.5 キロあるが, この女児は 3.5 キロで栄養失調状態だった. ・1997 年 6 月 4 日 体調を崩していた二女 (11) を病院に連れて行かず, 不衛生な状態で放置して 4 ヵ月後に死 なせたとして, 千種署は 4 日, 名古屋市熱田区内の無職の母親 (54) を保護責任者遺棄致死容

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疑で逮捕. 父親 (62) も書類送検. 風邪をひいて寝込んだ二女に充分な食事を与えないで不衛 生な状態で放置. 12 月下旬, 自宅で死亡させた疑い. (事例 1.) ・1997 年 8 月 16 日 御殿場署は 16 日, 御殿場市内アパートに住む無職の女性 (18) を保護責任者遺棄致死容疑 で逮捕. 女性は 13 日, 自宅のベッドに寝かせていた長男がぐったりしているのに気付いたが, 病院に連れて行くなどの措置をせず, 衰弱死させた疑い. 女性は 6 月頃夫と別居して, 長男と 2 人暮らしだった. 死亡当時は外出しており, 自宅にいなかった. ・1998 年 1 月 5 日 福岡東署は内装業の父親 (30) と母親 (34) を保護責任者遺棄致死容疑で書類送検. 息子 (6) がお年玉をかばんから盗んだとして, 母親が厳しく叱りつけ, 薄着なのを知りながら家の 外にいるよう命令. 父親も息子を殴った. 庭先に息子を放置, 凍死させた. ・1998 年 2 月 27 日 1 歳 8 ヶ月の長女を殺そうと思い食事を与えず, 餓死させたとして大阪府警大正署が神戸市 の父親 (30) と母親 (24) の 2 人を殺人の疑いで逮捕. 2 人は 96 年 6 月に二女が生まれた直 後から長女に食事をほとんど与えないようになり, 翌年 1 月 4 日, 当時住んでいた大阪市の自 宅で長女を栄養失調による全身衰弱で死亡させた疑い. 2 人は 「二女が生まれて長女がかわい くなくなったので殺すことにした」 と供述, 長女の頭や顔には殴られた跡もあったという. (事例 2.) ・1998 年 3 月 3 日 愛知県豊田署は 3 日, 長女 (2) と二女 (1) に食事を与えなかったとして, 男性 (25) を保 護責任者遺棄致死傷の疑いで緊急逮捕. 男性は約 1 ヶ月前から長女と二女にほとんど食事を与 えず, 長女を衰弱死させた. 二女も声を出せないほど衰弱しており, おむつも替えられていな かった. 男性は妻, 長男, 長女, 二女, 二男の 6 人家族. 妻は 1 ヶ月前から長男と二男を連れ 実家に帰っており, 男性が長女と二女の面倒をみることになっていた. ・1998 年 7 月 24 日 生後 7 ヶ月の乳児の養育を怠り, 男性に会いに行っている最中に衰弱死させたとして茨木署 は 24 日, 茨木市内の母親 (25) を殺人容疑で逮捕. 長男 (7 ヶ月) が衰弱して熱っぽいのに 気付き, 「このままだったら死ぬかもしれない」 と認識しながら長男と長女 (2) を放置し, 交 際中の男性宅に出かけた. 司法解剖の結果, 栄養失調による衰弱死. 99 年 6 月, 大阪地裁は 懲役 3 年の実刑を言い渡した.

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・1998 年 9 月 11 日 熊本北署は 11 日, 熊本市の父親 (46) と母親 (31) の 2 人を保護責任者遺棄致死傷の疑い で逮捕. 2 人は未熟児で生まれ病弱だった三男 (1 歳 6 ヶ月) に充分な食事を与えなかったう え, 病院での治療を受けさせなかったため, 10 日夜, 極度の栄養失調による衰弱のため死亡 させた. 99 年 3 月, 熊本地裁は母親に懲役 3 年保護観察付執行猶予 5 年の判決を言い渡した. ・1999 年 3 月 28 日 室蘭署は 28 日, 室蘭市の女性 (22) を保護責任者遺棄致死傷の疑いで逮捕. 外出する際に 長女 (1) をアパートの自宅内で, 暖房設備のない浴室の脱衣所の床上にタオルケットで包み, 毛布をかけただけで寝かせ, 翌日夕方まで放置し凍死させた疑い. ・1999 年 5 月 31 日 佐倉署は 31 日, 佐倉市の母親 (24) を保護責任者遺棄致死傷の疑いで逮捕. 長男 (2) と二 男 (生後 4 ヶ月) を自宅に残したまま夕方遊びに出かけ, 2 日後昼まで帰宅せず, 2 男を死亡 させた疑い. 解剖の結果, 窒息死とみられている. ・2000 年 8 月 11 日 米沢署は 11 日, 米沢市内に住む父親 (25) と母親 (23) を殺人の疑いで逮捕した. 3 歳の 長男に数ヶ月以上も充分な食事を与えず栄養失調にさせ, 死亡する怖れがあるのを知りながら 医師の診察を受けさせずに自宅に放置し, 死亡させた疑い. (事例 3.) 事例 1∼3 について, 以下, 概要を示す. 事例 1 管轄地裁 名古屋地裁 事件発生日 平成 8 年 12 月 23 日 事件の概要 体調を崩し, 衰弱した次女 (12) に親として必要な保護を行うべき責任がある にも関わらず, 両親は次女に満足な食事や入浴をさせなかった. また, 全身衰 弱しているのに医療を受けさせることなく放置し, その結果, 著しい貧血, 低 蛋白症による栄養障害ならびに皮膚潰瘍への細菌感染による敗血症で次女を死 亡に至らせた. 世帯の状況 父, 母, 長男, 次男, 長女, 次女, 三男の 7 名 被害者 次女 (12) 加害者続柄 父 A, 母 B 犯 行 に 至 る 経緯 1. 8 月 10 日頃, 次女は体調を崩した. 当初は頭痛や倦怠感を訴えていた. 8 月下旬には両便を布団のなかでするようになった. 悪臭があり蛆虫がわい

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