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大学 のあ り方 をめ ぐる一考察
- 社 会 の変 化 に対 応 す るため に-鮫 島 久 男 まえが き いわゆ る1968年 (昭43)か ら1969年 (昭44)にかけての大学紛争 は、 その規模 と激 しさに おいて 日本の大学史上かつてその例 を見ない ものであった。 それ は良 きにつけ悪 しきにつ け、 全大学 人に さまざまな問題 を提起 した。 当時 の大学 人は、大学 は どうあ るべ きかにつ いて 自 問 自答 し、 自分 な りの大学観 を確立す る必要 に迫 られ た。私 自身 も 「大学間題 の本質」 とい う小論 を書 いてそれ な りに対応 した。 久 しぶ りにその小論 を再読 してみて驚 いたこ とは、 当 時の問題点が今 もほ とん どその まま残 されているのでは ないか とい うこ とであった。 しか しよ く考 えてみ る と、 こ うした状況は少 しも驚 くに当た らないよ うに思 われ る。 なぜ な ら、 よ く言われ るこ とだが、 ヨー ロッパ中世 に始 まる今の大学制度 は、12世 紀以来今 日ま で、その基本的 な制度 を変 えるこ とな く800年 も存続 し、その意味で現在の大学 は、まさに他 の もろ もろの制度がほ とん ど崩壊 した中で、 その原型 を とどめ た まま今 日まで存在 し続けた 稀有 な制度の一つだか らである。 そ して現在の大学 の特徴 とみ な されている もの も、 た とえ ば講義や演習 とい う形式、試験 のあ り方、卒業資格授与権 、 自治権 を持つ教授会、 さらには その管理 の仕方 などそのほ とん どか、実 は大学発生 の中世 に始 まる もの なのである。 さらに 皮肉なことに、 コピ-や ビデ オす ら利用 で きるよ うになった今 Ejで も、教師が 自分 の ノー ト を読みあげ る と、学生 たちが一斉に ノー トを とる とい う授業態度 まで もが、今 も受 けつがれ てい るのである。 話が横道にそれて しまったが、では大学 に変化が少 ない とい うこ とは、喜ぶべ きこ となの か、それ とも悲 しむべ きこ となのか。 もし大学が、 ドイツの哲学者ヤ スパー スのい うよ うに 】i( 「人類の根本的 な知識欲か集約 されて実現 した知的制度」 であ る とすれば、 その中で変化や 変革が起 こらないことをそれほ ど気にす るこ とはないのか もしれ ない。しか し中世以来、歴 史 の試練に耐 えて きた大学制度 も、800年 の間には社 会-の適応力 を失 って、か な りの数 の大学 が消 えていった とい う事実 を思 うとき、 日本の大学の現状 をこの まま肯定的に捉 えているだ けでは済 まされ ないよ うに思 われ る。 現在、 日本の大学 は無風状態にあ り、学生数 も多 くて、外見上 は繁栄 しているかの よ うに 見えるが、大学 の基本的 な機能 である教育 と研究の両面 において、明 らかに衰弱 しつつ あ る と指摘す る人 も多 く、特 に教育の面においては、外国の大学 に比べ て著 し く立 ち遅 れている といわれている。率 直にいって、現在の 日本の大学 が、社 会のニー ズや志の ある学生 の要望 に十分 に応 えている とはいい きれ ないであろ うO永井道雄 氏は今か ら約2
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年前、その名著 『日140 清 泉女 学 院短期 大学研 究紀要 (第8・9合イ粁号) 本の大学』の中で、次の よ うに書 き出 してい る。 「日本の大学 で働 くものの一人 として、ここ数年問、私 の頭 を去 らないのは、大学の現状 は これ でよいのか とい うこ とである。教育の内容 も充実 していない し、大学や学生 の数 が 多い わ r)には、世 界的 な研究の成果に乏 しいo そのほか、人事 の面での学 閥主義や研究教育計画 (2) の不足 など、 目に着 く欠点はあ ま りに も多いのであ る」 今 で もこうした状況が散 見 され るこ と、数年先には18才 人 口の急減期 がや って くるこ と、 さらに、本格 的 な国際化時代 を迎 えつつあ るこ とを思 うとき、 もう一度大学のあ り方につ い て考 え直 してみ るの も、 あなが ち無益 なこ とでは ないように思 われ る。 そ して もしこの小論 が、教師間の共通の認識や共通の 自覚 に少 しで も益す るこ とがあれば、私 としては望外の喜 びである。
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.大学理念の変遷 とその混乱
大学 をその他 の教育制度か ら区別す る明確 な理 念は、 よ く知 られてい るよ うに、「大学の 自 治」 と 「学問の 自由」の精神 である。 この理 念は1813年のベ ル リン大学の創設 を契機 に形成 された と考えられ、歴 史の 貴重 な教訓か ら導 き出 された もの として、今 日、その立場 のいか んにかかわ らず、誰一人 として この理 念 を、 大学 の基本理 念 としてかかげ るこ とに異議 を唱 える人はいない。 ところが この二つの理 念は、決 して平 凡な並列関係 にあるのではな く、常 に密接 で複雑 な相関関係 に置かれている。す なわち学問の 自由 を前提 としない大学の 自治は 存立 し難 く、大学の 自治 を前提 としない学問の 自由は有 り得 ない。 しか し、社会の変化に伴 な うこの二つの理 念の相 関関係 の微妙 さが、 しば しば大学理 念の混乱 を招 く原因に もなって いるのである。 い ま大学 の理 念の概括的 な歴 史を辿 ってみ よ う。 (1) 大学理念の変遷 思 えば今 日の大学 は、遠 くヨー ロッパ 中世 の商業都市にその源 を発 しているo最 初 ギル ド、 つ ま り学生の組合 (大学)として出発 した イタ リヤのボローニ ヤ大学 と、教師の組合 (大学) として出発 したフランスのバ リー大学は、 ヨー ロッパの各地か ら集 まって きた学生 たちを相 手に、主 として「法学」や 「神学」を中心 とした新 しい学問 と普遍的真理 を教授 した。 当時の大 学の雰囲気は、 どちらか といえば 「研修 の場」 といった色彩の強 い ものだ った といわれてい る。 中世 の大学像 につ いて、梅根悟 氏は当時の大学 につ いて、歴 史を美化す るこ との危険性 を指摘 しなが ら、次の よ うに述べ ている。 「ユニ ヴァ- シテ ィー (ウニヴェル シタス)とい う名の組織体 には、学問の 自由 とか大学の 自治 とか い う美 しい理 念が その本質であ るかの よ うに付託 されているけれ ども、ユニヴァ-シテ ィーは元来 その よ うな美 しい理 想的 な もの として生 まれた ものでは な く、12世紀の西 ヨ ー ロッパ商業都市 に発生 しつつ あった工 匠ギル ドにならって、 ボ ローニアやバ リー で高等 な 学 問 ・知 識 を教授す る教師たちが、 その町に教師同業者が、や た らに増 えて共倒れに なるこ鮫 島 :大学のあ り方 をめ くる一考察 (3) とを防 ぐために組織 した教師 ギル ドであった こ とはか くれ もない事 実 とされている。」 141 梅根氏は また別 の箇所 で、当時の大学 の もつ もう一つ の側 面 を次の よ うに述べ て いるo 「ヨー ロ ッパの大学 は周知 の よ うに中世都 市に生 まれ た ものであ るか、それは当時 の支配的 な思想であ った封建的 な思想や、 カ トリシズムに反抗 して生 まれ た新 しい思想 を教 え る教 師 の集団 として、 またそれ を学ぼ うとす る学生 の集団 として生 まれ た ものであった。 ボ ローニ アでイルネ リウス (法学者)が教 えたのは、財産 はすべ て神 の物 であ るとす る教会法 では な く、個 人の所有権 を主張す る市民法的 ローマ法 であ り、バ リー でアベ ラル ズス (哲学者)が 説いたのは、 オー ソ ドックスな神学 ではな く、 スコラ哲学の立場 か らキ リス ト教 を批判す る、 個 人主義的 なた唯名論 であった。 この よ うな思想が教育権 力に よって弾圧 を うけ る事 態が生 じた時、教 師 と学生の 自由は戦 い とるべ きもの として、 は じめて教師 と学生の主張 となった (4) のである。 この ような弾圧 に対 してバ リーの教師 と学生 は結束 して戦 った。」 やや長 い引用になったが、実 は中世の大学像 につ いては、 さまざまな見方があって必ず し (5) も統一 されているわけではない。 はっきりしているのは、ボ ローニ ヤ大学の学生の半数以上 が外国人学生 であ り、バ リー大学の教師のほ とん どが外 国人教 師であったこ と、つ ま り大学 はその発足当時か ら国際性の強 い ものであったこ と、 さらに中世 の大学 では教師の生計 は学 生の聴講料 に依存 していたので、教師が魅 力あ る授業 を しない と、 たちまち学生 に見放 され、 逃 げ られて しまうとい う、 まさに誤魔化 しの きか ない立場 に、教 師たちは立た されていた と い う事実 であ る。 こ うした中で、教師 と学生 の集団は、 自らを運営す るためにそれ ぞれの運 営組織 を作 ったのであるが、 この両者の間には上下関係 といった意識の分裂 はな く、 む しろ それ らが未分化の まま運営 されて大 した支障 も起 らず、 ときに外部か ら教育の場 を侵 す動 き があれば一致結束 して戦 ったのであるo その結果、専制 国家時代 であ ったに もかかわ らず、 大学のみは国家の中の国家 として、貧富 と階級の差別 を認め ない共和国的 な代議制 で運営 さ れ、人々は当時の大学 を 「学者の共和国」 と呼んで、 その特殊 な存在 を容認 したのであ る。 しか し、16、17、18世紀の絶対主義時代 になる と、 この学者の共和国 も反国家的 な学説や 思想の温床 になるとい う理由か ら国家権 力の干渉 を受 け、 イギ ))スの オ クスフォー ドや ケン ブ リッジを含むほ とん どの ヨー ロ ッパの大学 は、 その圧 力に屈 して徐 々に国家 の御用機関的 性格 を帯 びて しまい、大学の 自治は有名無実 と化 して しまうのである、 そ うなった理 由 とし て、 当時の大学が古 くか らの伝統的形式に こだわ り続 け、学術発展の上 で新 しい分野や構 想 (6) を展開す るこ との出来 なか った こ とがあげ られ る。 19世 紀に なって、資本主義 の発展 に伴 う市民革命期 を迎 える と、大学 に も新 しい知 的生 命 が吹 き込 まれ る。 当時、世 界中の大学か ら注 目を集め たベ ル リン大学が創設 されたのは1813 年、 その創立者 フンボル ト (言語学者)は、「高等 な学 問的施 設 (大学) と呼ばれ る もの は、 国家におけ るすべ ての形式か ら自由でなければ な らない。 国家が介入す る と邪魔 にな り、国 (7) 家 な くして永久に うま く進展す るであろ うこ とを、国家が常 に意識 していなければならない」 と主張 して 、国家 か ら独 立 した 「大学の 自治」 を強調 した。 いっほ う初代総長 の フ ィヒテ (哲学者) は、学問の創造的研究の場 としての大学観 を唱 え、 自由で創造的な研 究 と教育 を
142 清 泉女 学 院知期 大学研 究 紀要 (第8・9合併号 ) 中核 とす る 「学問の 自由」の原則 を確 立 したo ここに始め て 「大学の 自治」と 「学 問の 自由」 を自覚 した近世 大学 の基礎 が築 かれ たの であ る。以後 ヨー ロ ッパ のほ とん どの大学 は、 国家 か ら独 立 した 「大学 の 自治」 と政 治か ら独 立 した 「学問の 自由」 を明確 に意識 し、大学 を社 会 とは一線 を画 した 「研 究 の場」 とみ なす よ うに な るのであ るo Lか し、パー キンスが その講演集 『大学 の未来像一 変草過程 の大学教 育』 の 中で指摘 す る よ うに、 ドイツにおけ る 「高等教育 の展開 は、エ リー トのみ を対 象 として行 われ た もの で、 その最 高時 にお いて さえ、高等教育年 齢層 の5パーセ ン トを占め るに過 ぎなか った。・・---・ その ため大学 は、象牙の塔 の城 壁 を越 えて外部 の事 情 に干渉 さえ しなければ、社会か らの援 助 を期待 で きた。逆 に研 究者が政府 当局者や社会 の諸権 威 と関係 を もとうとす る試み にはな んの激励 もあた え られ なか った。 この結果、単 に基本的原理 の研 究調査 のみが大学 の真 の使 命 と考え られ るよ うにな り、つ いには大学 も ドイツ社会 もともに、 こ うした状況 に安住 して (8) しまったのであ る」。その結果 として ドイツの大学 は、大学の重要 な使 命 であ る「知 識の伝達」 と 「社会奉仕」 とい う二つの使命 を放棄 して しま うこ とに なる。 パー キンスは同 じよ うな考察 をイギ リスの大学 に も試み、 オ クスフ ォー ドとケ ンブ リッジ を例 に とりなが ら、 その学 寮 (全寮制 の カ レ ッジ) を中心 とす る教 育 内容や管理機 能の優 秀 さを認め なが ら も、結果的 には ドイツの大学 と同 じくイギ リスの大学 も、閉鎖的大学 (象牙 の塔 ) となって社 会 との交流 を断つ に至 った と断定す る。 しか し、 イギ リスでは この同 じ時 代 に、パー キ ンスの指摘 とは全 く相 反す る大学 が少数 なが ら活発 な動 きを始め ていた。産 業 革 命の洗礼 をい ちはや く受 け、ベ ンサ ム功 利主義 に その思想的裏付 け を求め た イギ リスの い くつ かの大学 は、大学 を社 会的実用 の機 関 と位 置づ け た。 それ は まさに 自由教 育 (知性 あ る 社 会 人の育成) を根本的機 能 とす る教 育機 関 であ って、か っての よ うな学 問の府 をめ ざす研 究機 関 ではなか った。 か くして大学 は、真理 の探求以外 に学問の効用 (実用的学問) とい う 重荷 を背負わ され るに至 って、 か っては入学 の中心的学問 てあ っ/i 「神学」や 「哲学」 はそ の統一 原理 としての権 威 を失 い、 かわ って、大学 では研究す るに値 しない と考 え られ た 「工 学」が、大学 で重要 な役割 を果 たす よ うに なる。 そ して好む と好 ま ざる とにかかわ らず、大 学 自身 も実用的技術や職 業的教育 を重視す る方向に変 わ ってゆ くの であ る。 この大学実用化の傾 向は、大学 の規模 を飛躍的 に拡 大 し、 その結果、法 ・文 ・経の学生 た ちは少数 の知的エ リー トとい うよ りは、む しろホワ イ トカラーの予備 軍 となった。大学 の門 戸は女性 に も平等 に開放 され、大学 は社会に協力 し奉仕 す る社会機 関 としての性格 を強め、 その善悪 は別 として、 専門的職 業教育 を施 す 「教育 の場」 とい う色彩 を強め てゆ くの であ る。 この実用化に伴 な う大学 の拡 張 を、 もっ とも大規模 に しか も全世 界に先 がけて実行 したのは、 い うまで もな くア メ リカであ る
。
前述 のパー キンスの言葉 を引用 して、 この辺 の事情 に若干 の光 を当ててみ よ う。 「ア メ リカの総合大学 は、学部教育 では英 国の伝統 を正式 に継承 し、大学院教 育 と研 究制度 では ドイツが実現 した関心 を受 け継 いだが、 この二つ につ け加 えて、大学 が 「社 会奉仕」 に も役 立つ とい う、新 しい使命 を発展 させ るこ とに な った。 --・- それか らあ らわれた結果 は、鮫出:入学 のあ r)方 をめ くる一 考察 143 まさに革命的 で、 また爆発的 な もの で もあ った。 大学 と社 会 との関係 を全 く変 えて しまった
(
9) とい って もよい。この変容 の過程 で、総 合大学 に関す る新 しい理 念が生み 出 され たの であ る」(
2
)
大学理念 の混乱 元 カ リフ ォルニ ア大学総 長 で、 カー ネ ギー 高 等教 育政 策 審議 会 の会長 で もあ った クラー ク ・カーは、1963年 その著書 『大学の効用』の 中で、「現在 の大学 人が、 いつ まで も過 去 の イ メー ジを追 って、陳腐 で懐古的 な考 え方 に 固執す るこ とをや め、現実 に大学 がおかれ て い る (10) 社 会構造 に、 しっか り目を向け るこ との必要性」 を強調 し、 い まや大学 は好む と好 ま ざる と にかか わ らず、従 来の知 的共 同体 としてのユ ニ ヴ ァ- シテ ィの機能 を失 い、全 く新 しい機 能 り1) を もつマ ルテ イヴ ァ- シテ ィへ と、急速 に変質 しつつ あ る と指摘 して い るO カーの指摘 は、 彼 自身の貴重 な体験 に もとず く該博 な知 識 と鋭 い分 析 力に裏 打 ちされ て い るだけに、か な り の説得 力があ る。 いっぼ う、 この クラー ク・カーの見解 を批 判 ・補 足す る立場 か ら書かれ た 『大学 の未来像 』 の 中で、著者のパー キンスは、現代 の大学 が その三 つ の使 命 (研 究調査 ・教育 ・社 会奉仕 ) と三つ の機能 (知 識 の獲得 ・伝達 ・応用) を健全 に 発揮 しなが ら、 なおかつ 「大学 の 自治」 と 「学問の 自由」 を堅持す るこ とが いかに困難 であ り、 しか もまた、 いか に重要 な こ とであ (12) るか を、彼独特 の大胆 な省略法 を援用 しなが ら、か な り挑戦的態度 で力強 く主張 して い る。 大学 の実用化 が一般 的趨勢 とはいえ、大学 と社 会 との結 びつ きが あ ま りに強大 に な り、大 学 が社会 の 巨大 な歯車 に巻 きこまれ る と、大学 自身が社 会の完全 な虜 に な る危険性 もまた大 き くなる。 この意味 で、大学 の一 方的 な実用化 を鋭 く批 判 し、 ア メ リカの大学 改革運動 に大 きな役割 を演 じたの は、- ッテ ンス博士 だ った。 1929年の10月、 当時ア メ リカで も一流 と見なされていた シカゴ大学 の総長 に、若冠30才の 少壮学者- ッテ ンスが選 ばれ た。世 間が驚 いた こ とは い うまで もないが、 それに もま して重 要 なこ とは、- ッテ ンスの才能 を信頼 し、大学 の改革 を彼に-任 した大学理事 会 の並 々 な ら ぬ決断 であ る。 もちろん- ッテ ンスは、理事 会の期待 に応 えて思 い切 った改革 を次 々 と断行 し、 その結果 、 シカゴ大学 の研 究 と教育 は急速 に充実 し、優 れ た学者が輩 出 した。 しか し大 学 の変貌は激 しく、 それか ら7年 たった1936年 、 当の- ッチ ンスは、共 同の知 的訓練 とな る 一般教育 な くして、大学 の存在理 由はあ り得 ない と思 われ るの に、 い まや ほ とん どの大学 は、 専 門領域 の果 て しない細分 化 の波にのみ こまれ、互 いに関係 の ない学科や学部 の寄せ 集め に 過 ぎな くなってお り、このままでは、ます ます共通の知 的基盤が失われ、や が て諸学 を知 的 に統 一す る大学 の使命 を果 たす こ とす ら、早 晩不 日丁能 となる時代がや って くるであ ろ う、 と嘆 い て い る。 戦後の 日本 の大学 もまたその例 外 では なか った。 昭和21年 (1946) 2月に来 日した第一次 ア メ リカ教育使節団の勧告 は、現在の新制大学 発足の重大 な きっかけ となった もの であ るが、 当時、南榎繁 氏 を中心 とす る教 育刷新委 員会 (後 に教 育審議会 と改称 )が 占領軍 との折衝 に あた り、教育基本法 の制定や6 ・3・3 ・4の教育制度改革 な ど、いわゆ る戦後の民主的 な144 清 泉女学 院知期 大学研 究 紀要 (第8・9合併 号 ) 教育 改革 といわれ る ものの推 進母体 となって いた。 この改革の一環 であ る大学 改革、つ ま り 戦前 の異 なった高等教育制度 (旧制の大学 ・高等学校 ・高等師範学校 ・高等専 門学校 な ど) を一挙 に大学化 した この改革 は、 まさに世 界教育 史上類 の ない画期 的試み であ った。 しか し、 実 際 には この改革 は 占領 軍の強 い示唆 に よる もの であ り、 自主性 と計画性 に乏 し く、 しか も 十分 な財政 的裏付 け もな しに、画一的 に推 進 され た もの であ った。現在 ではか な り改善 され て い る とはいえ、 当時 はいわゆ る 「駅弁 大学 」 な ど といわれ、施 設設備 の不備や教授陣の貧 弱 さはむ しろ当然の こ ととして、誰 も怪 しまない よ うな改革 だ ったの であ る。 だが この改革 は、 当時 の南原氏が指摘 した よ うに、 これか らの大学 は、少数 の大学 で特権 的 なェ リー ト教 育 をす るの ではな く、大学 を到 る所 に設 け、能 力の あ る者は誰 で も入れ るよ うな大学 にす る必要 が あ る とい う理 念 を基礎 に して、 とに もか くに も新 しい大学 としての教 育理 念 を打 ち出 したのであ る。 しか もこの理 念は、従 来の西欧の大学理 念の総 決算 ともい う べ きニ ュー ア ンスを持 ち、 まさに大学理 念の理 想 ともい うべ き性 質の もの であ った。 前述の 『日本の大学』 の 中で、永井 道雄 氏が この新制 大学 の理 念にふれ てい るの で、 それ を要約 し て伝 えてみ よ う。 「大学 は真理 を探求 し、専 門家 を養成す る機 関 であるが、また人間 を形成す る教養 の場 であ る ともいわれ る。専 門的 な職 業 人 を養 成 しよ うとす る とき、大学 は社会 に対す る効 用 を考慮 す る。 その根底 にあ るのは、大学 は社会 に役 立つ とい う考 え方 であ る。 けれ ど も、余 りに も 社 会に密着 し、 これ と歩み を ともにす る大学 は、社 会 とともに栄 えこれ とともに滅 び る。安 直 に役立つ大学 は本 当の役 には立 たない。教養 が もつ積極的 な意味の一つ は、安 易 な実用性 の否定 にあ る。 ところで、他 面、大学 の研 究 もまさに安 易な実用 の否定 の上 に成 りたつ もの であ った。 =---とはい うものの、今 日の大学 の真理 の探求 は、無 目的 で も無制 限で もない。 大学 の研 究 も究極的 には人類 の平和 と自由 を求め るo こ う考 え る と、教養 が もつ もう一つの 重要 な意味は、研 究の前提 とな る人間の理 想 を 日常 的 に明 らかにす るこ とにあ る といえよ う. ・・-・-専 門的 な職 業教 育が大学の実際性 を、真理 の探求が その研 究的 な性格 を代表す る とす れば、教養 が代 表す るのは大学 の思 想性 であ る。大学 の課程 の序列か らいえば、教養 の課程 は低学年 に、専 門教育 はそのの ちに、最 後 に研 究が配列 され てい るが、 それが その まま重要 性 の序列 では ないo む しろそれ ぞれが要 として三位一体 を形づ くる。 それ こそが大学 の理 想 り3) であ る」 専門的職業 人の育成 ・学 問研究 の場 ・一般 教養 の重視、 この三つの機能 を統合 す る三位一 体 の理 念 こそは、実 は外 な らぬ新制大学 の教 育理 念 であった。 では この完壁 とい 、え る教育 理 念が、実際には どの よ うな経過 を辿 ったか。 日本の大学 の象徴 とい 、うべ き東京大学の例 を見てみ よ う。 「一 口に言 って、新制東大 とは旧制帝大 と戦後 の学制改革 との安 易な、そ して奇妙 な妥協 の 産物 であ る。 ・---・旧帝大 の場合 には、猛烈 な 自己保 存運動 が起 こ り、大学 の学制改革 は事 実上骨抜 きに な った。 ・--- しか し何 らかの形 で 占領軍の要 求 に従 わ ざるを得 ない とわか る と、 われ とわが身 を切 って二年制の専 門課程 とな り、 それ に 旧制一高 と東京高校 をごちゃま
鮫 島 :大学のあ り方 をめ ぐる一 考察 145 ぜ に した教養学部 の二年 をは りつけて、 なん とか お茶 を濁 したの であ る。 --・ここで必然的 に起 こって くるの は、 旧帝大 の諸先生方 の教養学部 に対 す る軽 蔑 であ る。教養学部 なんて高 校 に毛 のは えた程 度 の もの さo東大教授の権 威が落 ちたのは奴 らのせ いだ。一方 、学生 た ち の講義 に対す る不満 も大 き く、せ っか く激 しい受験勉 強 を して天下 の 東大 に入 って きたの に、 これ では失望 だ。 講義 はみ な高校 の延 長 にす ぎず、 質的 に も新 しい ものは何 もない。 法学 と か経済学 とか新 しい科 目 もた しか にあ るが、大教室 につめ こ まれ て、教 師 の書 いた教科 書や 本 と 寸分 たがわぬ こ とを繰 り返 され るだけだo A.・・・・-・に もかか わ らず、 ノイローゼ に な って も東大 に入 りたい とい う若者が あ とをたた ないのは何 故か。 答 えは簡単 で、東大の就職率 と その条件 が 日本一 だか らであ る。 もともと東大へ の学生集 中は、大学 を学問研 究の場 とい う よ りはむ しろ資格 獲得 の場 、 と考 えて い る 日本社 会 の現状 か ら きて い るだ け に その根 は深 (14) い」 これは増 田義郎 氏が 日朝 をこめ て綴 った体験文 の一 節 を要約 した もの であ るが、やや 長 く 引用 したのは、理 想的 とみ える新制大学 の教 育理 念が、実 は三つ の異質の機 能 をむ りや りに 結合 した、単 なる混合理 念に過 ぎなか ったのでは ないか とい う疑 念か らであ る。 この結果実 際 に生み 出 され た ものは、一部 の優れ た大学 ・学部 を除けば、教養 人 として も、専 門的職 業 人 として も、 また研 究者 として も、 その いずれ もが 中途半端 な学生 大衆 とい う産業予備 軍 に 過 ぎなか ったO 考えてみ る と、一般教養 の重視 とい う観 念は、従 来の大学教 育 が専 門化 しす ぎた こ とへ の 反 省か ら生 まれ た もの で、 そ こでは普遍的真理 に支 え られ た全 人的 な人間形成 が 目標 とされ ていた。 しか し現実 の社 会が要求す るのは、す ぐに役 立つ専 門的職 業 人であ り、 しか もその 社 会 では、 どち らか といえば学歴偏重、年功序列、終 身雇用 が 人事 の原則 となってい るの で、 その是非 は ともか くとして、大 多数 の若者 た ちが、学歴 と専 門的職 業教育 を求め て大学 に殺 到 して くるの であ る。 要 す るに、新制 大学 の教 育理 念 その もの に矛盾 と混乱が あ り、 その ため に新制大学 が 当初 目指 した ものは、ほ とん どの私立大学 では事 実上 流産 して しまい、 その結果 残 され た もの は、 あえて極論すれ ば、大学 の大衆化現 象 と、 それに伴 な う大学 と学生 の質的低下 であ り、驚 く ほ ど多様化 し多彩化 した学生集 団の出現 であ った。思 うに新制 大学 は、今 日まで相互 に矛盾 した さまざまな期待 を背負 いなが ら育 って きたの であ るが、 い まや顕在化 して きた これ らの 矛盾 をいかに取 り除 き、新 しい教育理 念 をいかに形成す るかが、志 の あ る大学 に とっては重 要 な課題 となってい るの であ る。 と同時 に、 日本の大学 の大衆化現 象は、実 は大学 が その機 能 を充実 した結果生 じた もの ではな くて、む しろ戦 後の社 会が、大学卒 の肩書 きを もつ 人間 を必要 とLT=結果、 それ に 応 え るため の学 歴 賦 与 機 関 と してや む を得 ず生 まれ た もの であ る とい う事実 を、 この際忘 れ てはな らないであ ろ う。
146 清 泉女学 院知 期大学研 究 紀要 (第8・9合併号 )
2.大学 の現状 とその問題点
大学 とは何 か、大学 はいかに あ るべ きか を問 うこ とは、 あ る意味 で、大学 の使 命 とその役 割 を再 認識す るこ とであ。 そ して大学 の使 命 とは、究極的 には大学 の理 念が いかに実現 され ているか とい うこ とであ り、大学 の役割 とは、大学の機能 が いか に効果的 に活用 され ている か とい うこ とであろ う。 大学の使命、つ ま り大学 の理 念が いかに実現 されてい るか とい うこ とは、換 言すれば 「大 学 の 自治」 と 「学 問の 自由」 が、 いかに運 用 されてい るか とい うこ とであ る。 前述 した よ う に、「大学 の 自治」 と 「学 問の 自由」は、歴 史の幾 多の試練 に耐 えなが ら、大学が国家権 力の 不 当な干渉か ら大学の独立 を守 る とい う名 目の下 に、特 にあ らゆ る教育制度 の 中で大学のみ が獲得 した権利 であ る。 ところが、 い までは この 「大学 の 自治」 か、学生や職 員の 自治意識 を軽視 して 「教授 会の 自治」 とな り、教授 会絶対優先 の権 利 に変 質 して しまって いないか。 いっほ う 「学問の 自由」 も、学生 の学習選 択 の 自由や職 員の働 く自由 を軽視 して、教師た ち の教育 ・研究の 自由 を最優先す る とい う風潮 に陥 って しまって いないか。「学 問の 自由」の名 の下 に、大学 の教育 と研 究 が、逆 に悪意的 ・独善的に な り、 あ る場合 には閉鎖的 に さえなっ て い る とい う声が聞かれ る。 日本の大学 の現状 (その一端 )につ いて、喜 多村和之氏は次の よ うに述べ てい る。 「日本の大学 の売 手市場 が 長期 に続 いて きた結 果、大学 では待 っていれ は学生志願者が押 し 寄せ て きたので、大学 の最重要 な仕事 は、 このおびただ しい受験 者 の なかか ら入学者 をいか に公正 に選ぶか とい う選 抜 の こ とに な り、学生 の入試学 力に よる選抜磨 (偏差値 )が、あた か も大学 の威信や価値 を示す尺度 とみ な され るよ うに なった。 ・---売手市場 としての大学 は、学生 に対 して教師C')立場 を油化す る方r叫 二働 く. 日本の大学 は凶公私立 にかか わ らず、 基本的には教授 団主導 の ≪教 師の大学≫ であ る。大学 の意思決定 、 入学者選 考、学業成績、 単位 の授与、卒 業 資格 の判定 等の権 限はすべ て教授 団の側 にあ り、学生 には これ に対抗すべ き手段 も権利 も認め られ て いない。 --- 日本の学生 はア メ リカの学生 の よ うに、授業評価 に よって教師 を評価 し返 す とい う手段 を持 っていない。教 師に対抗 し得 る手段 は、せ いぜ い 選択科 目で どの教師 を選ぶか を決め るこ と、 あ るいは退屈極 ま りない講義 に、私語か居 眠り で仕返 しす る くらい しか ない。休講 に対 して もア メ リカの学生 の よ うに厳 し く抗議 した り、 (15) 授業料 を返せ な ど と迫 った リは しない」 (1) 教育 と研 究の 間蔑 点 大学 の役割 、つ ま り大学 の機能 が いかに効果的に清浦 されているか ということは、換言すれ ば、大学 の教育 と研究 を通 じていかに 人間形成が な され て いるか とい うこ とであ る。一般 に 大学 におけ る教育 と研究の問題 は、 古 くて新 しい問題 であ る。 日本の大学 では残 念 なこ とに、 教育者 よ り研 究者 ・学者が上位 にあ る とい う抜 き難 い固定観 念が あ るため に、 とか く未熟 な鮫 島 :大学のあ I)方をめ ぐる一考察 147 研 究者 までが、教育 を軽視 して研 究者 を気取 る風潮が強 く、 そればか りか、 日本の 入学教 師 の 中には、教 師 として よ り研 究者 としての能 力に よって大学職 につ いた と自負す る人が 多 く、 それが いつの まにか学 問偏重 の特権的意識 とな り、 とか く世 間の誤解 を うけ る場合 も出て く るの であ る。劇 作家 ・批評家 として、 また翻 訳家 として も著名 な福 酬 亙在 氏は、 この よ うな 学者 の態度 を批判 して次の よ うに述べ て い る。 「学者 が教育者 よ り優位 な もの であ る とい う考 え方 が誤 りであ るばか りで な く、それが政 治 家 ・実業家 ・商 人 ・百姓 ・職 人その他 の もろ もろの職 業 人 よ り優位 に あ る と考 え る もの もま た誤 りであ る。 -・--四民平 等 を口に しなが ら、 内心 では 自分 の優位 を信 じてい る学者 が後 を断 たぬ事 か ら、学 問 ・教育 の荒廃 が生 ず るの であ る。 ′ト ・中学 の 出身 よ り高校 出身の万が、 高校 出身 よ り大学 出身の方が、 更にそれ よ り大学院 出身の方が優 れ て い る とい う考 え方 を根 (16) 底 か ら崩 して掛 か らねばな らない」 もともと日本 の大学 では、教 師の評価 は、教育業績 よ り研 究業績 に よって計 られ る場合 が 多いの で、教 育 に対す る自分 の責任 を、 とか く軽 ん じが ちに な るの も理 由の ない こ とでは な い。 その結果、 自分 の昇進 の ため の研究業績づ くりに精進 し、 それ も研 究 の質の向上 よ りは、 む しろ論文や 学会 発表の 回数 を増やす こ とのほ うにばか り狂奔 して、手 間のかか る教育 か ら はで きるだけ手 を抜 きたい と考 えるよ うに な るの であ る。 この辺 の実情 を リー スマ ンは、 そ の著書 『大学 の革命』 の中の 「大学教授 の 条件」 とい う一章 の 中で、次 の よ うに皮 肉 って い る。 「む ろん どの大学教授 も、自分 の科 目が学生 に うけ、講義 が拍 手を もって迎 え られ、学生 か ら感謝 され るこ とを嫌 うわけ は ない。 しか しこの よ うな形 で成功 を収 め た として も、別 に給 料 が あが るわけ で も、 よ り有名 な大学 に移 れ るわけ で も、 同僚の賞 賛の的 に なるわけ で もな い とした ら、 なに もそのため にあ くせ くしな くて もよい とい うこ とに なるであ ろ うo Lか も 教師 として有能 であ るこ とが、他 の面 ではむ しろマ イナ スであ る場合 も少 な くない。 そ こで 研究 に専 念 した い と考 えてい る教 師の場合 には、 自由 な時間 を確保 してお くため に、学生 に (17) 対 して ある程 度冷淡 に振 る舞 うのが一番 だ とい うこ とに なって しま う」 現在、教 育 と研究の両面 で、明 らかに中途半端 な状 態 に陥 って い る大学教 師の 多 くが、 多 様化 してい る現在の学生 た ちの要求 に果 して的確 に応 え得 るか ど うか は、率 直 に い って、大 きな疑問が残 るの であ る。 多彩化 してい る学生 の要求 を 十一分 に満 た してや るため には、 もち ろん大学 その ものの 多角化 、 あ るいは授 業 内答 の 多様 化 が必要 に なって くるであろ うし、学 生 た ちに よ り多 くの選択の 自由 を与 えるこ とも必要 であ ろ う。 ところが 日本の大学 では、文 部省に よる設置基準の規制 もあ って、授業 内容 の ほ とん どか、驚 くほ ど画一 的 で その特 色に 乏 し く、学生 た ちにあ る程度 の学習選択 の 自由が与 え られ てい る場合 で も、実 際 には学生 の 能 力や要望 を無視 して、教師 の専 門 と関心 に合致 した内容 を半 ば強制 的 に受 講 させ て い る場 合が 多いの であ る。 もっ ともこ うした現 象は、 日本の大学 だけ では ない よ うで、前述 した ク ラー ク ・カーは その著書 『大学 の効用』 の 中で次 の よ うに嘆 いて い る0 「元来、選択制度 は学生の ため に設け られ た もの だが、しだいに学生 に対す るよ りも教師 に
148 清 泉女学 院短期 大学研 究紀 要 (第8・9合併号 ) 都合 の よい制度 と化 して いった。 ---教 師はそれ ぞれの 自分 の興 味 の対 象 を もち、すべ て 彼独特 の講義 をや るよ うな担 当 を好み、 それ ぞれ 自分 の講座 を設け てい る。従 って いつの ま にか学生 の選択 の 自由は、教 師の発想の 自由に転化 し、専 門化 と特殊化 を好む教師の傾 向は、 学 生 の望 まない学 問 の細分 化 を生 んだの であ る。一 種 の奇妙 な学 問 の 自由放 任 主義 が生 ま (18) れ た」 ここ まで くる と、果 して現在の大学 は、学生 の教 育 のため にあ るのか、教師の ため にあ る のか、誰 しも多少 の不安 に駆 られ るであ ろ う。 日本 の 大学 に関す る法令 には、 大学 の基本的 機能 は教育 と研 究 に あ る と明確 に規定 されてい るが、 ここで注意すべ きこ とは、法令上 の表 現 には、常 に 「教育研 究」の順序で示 され、「研 究教 育」 とい う表現 は見当た らない こ とであ る。 この こ とか ら、大学 の第一義的機能 は、少 な くとも法制 的には まず教育 にあ る、 と考 え るのが 自然 であ ろ う。 ところが、何 故 か 日本 の大学 の教 師 た ちは、研 究 と教育 とい うよ うに、 研 究 とい う言葉 を先 に出 したが リ、皮 肉 なこ とに、 未熟 な研 究者 ほ どこ うした傾 向が強 いの であ る。 しか も、 よい研究者 は よい教育者 であ る とい う耳 ぎわ りの よい 言葉 を使 って、研 究 の質の低 さや、教育努 力の不 足 をカバー してい る場 合 も多いの であ る。 それ では 日本の大学 では、 ど うして教 育機能 が それ ほ ど重視 され ず、 しか もその よ うな状 態 が これ まであ ま り問題 に され なか ったのかO そ うした考 え方の根底 にあ るのは、 い うまで もな く研究 -教育 とい う f定調和的 な大学観 であ る。研究者 か その研 究成果 を発表す るこ と が、す なわ ち教育 にはか な らない とい う考 え方、つ ま り何 をいかに教 えるか (教授 法) とい うこ とは、大学 では さほ ど留意す る必要 は な く、研 究成果 を呈示すれば、 あ とは学 習 者の責 (19) 任 に任 されてい る とい うわけ であ るO このll欄 j帝 国大学 型 もい うべ き古 い大学観 は
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本に 高等教育機関が まだ数 えるほ ど しか存在 しなか った明治 ・大止時代 に成立 した t,の で、現在 の よ うな大学 の大衆化時代 にはそ ぐわない。 に もかか わ らず、 この観 念が い まなお根 本的 な ItJTJク」kこTナ.」一't又り ,,ijLl斗之ー しナ・/ 」-J- 」′J-\ヽノ\T''学i<y人PT・戸liflJ;′>ノ.7ヽ巨J「_りトqll/ーL-it-三夫l甲 (-11心ごJI1l l、Z L1、ILLY-'tJJY /ー 」Y.- L・Iく+ j木、 ⊂ト、=- LI_」r\lオこ田喜-IJじ、肘R美九..a,千/日し 象 としか いいよ うが ないの であ る。 天野郁夫氏 は その 『大学一 試練 の時代』 の 中で、 「外国の大学 の先生、特 に ア メ ))カ人は、 日本の大学 には教育 が ない、教育不在 だ とよ くいい ます---・日本の初 ・中等教育 はす ぼ ら しいが大学 はだめ だ。教育 の諸 条件 が劣悪 であ るだけ でな く、 日本の大学 は学生 を教育 して (2()) いない とい うの です」 と述べ なが ら、 日本の大学 人が、 この こ とをあ ま り重視 して いないこ と、学生 が勉強 しな くて困 ります よ と愚痴 をこぼ しなが ら、別 にその こ とをあ ま り気 に して い る様 子 もない こ とを、ア メ リカ人は とて も不思議 が って いる、 と憂慮 され てい るが、 さら に興 味 あ るこ とは、 日本の大学 では教育 をあ ま り重視 して いないか もしれ ないが、 それ は高 校 までの教育 で、学生 たちが厳 し く鍛 え られ てい るか らであ って、せ め て大学 では少 しばか り自由 に させ てお くの もよいでは ないか と考えて い る大学 人が、以外 に 多い とい うこ とであ る。社 会にで る とまた猛烈 なサ ラ リーマ ン として追 い ま くられ るのだか ら、大学 在学 中 ぐら いは青 春 をエ ンジ ョイ し、サー クル活動 に情熱 を燃やす機 会 を持 つ の も、 人間形成 に役 立つ とい うわけ であ る。確 かに一理 は あ るが、 人間形成 の ため に 自由 な時間 を与 えて いるの だ と較 島 :大学のあ り方 をめ ぐる一考察 149 説明 され て も、 そ うした教育効 果 は副産物 として生 まれ て い るの であ って、大学 自身が積極 的 に努 力 してそ うなって い るわけ では ない。 問題 なのは、 大学 で何 をいかに学ぶべ きか を、 明確 に 自覚 していない 多 くの学 生が入学 して くる現実 を前 に して、 そ うした学生 をいか に教 育すべ きか とい うこ とが、意外 に も日本 の大学 では、真 剣に考慮 され て いないのでは ないか とい うこ とであ る。 もっ とも最近 では欧米の大学 で も、大学 の大衆化 とともに 同 じよ うな現 象が起 こってい る といわれてい る。 もちろん、教育 と研 究 の問題 を、あ ま りに二者択一的 に捉 え る態度 その ものが間違 って い る、 といえるか もしれ ない。重要 なこ とは、教育 と研究 を どの よ うに結 びつ け るか とい うこ とであ って、研 究の深化 が教育へ の情熱 に転化 され るこ とが重要 であ り、教育 と研 究 をあ ま りに分 離 して考 える と、却 って大学 を大学 で な くして しま う恐 れ が十分 に あ る。 しか しなが ら、大学 におけ る教 育 と研究 の あ り方 は、 日本 の大学 の現状 に関す るか ぎ り、教育重視 の方 向に修正 され る必要 が あ り、 さらに一 歩踏み 出 して、各教 師間の協 力に よるカ リキュ ラムの 作成が、必要不可 欠 な もの として再検 討 され るべ きであ るO何 故 な ら現 在の大学 は、「研 究の 場 」 として よ りも 「教育の場」 としての性格 が明 らかに強 くなってい るか らであ る。
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カ リキュラム と授 業評価 の問題点 日本の大学 で カ リキュラム論 が不活 発 なのは、「大学 設置基 準」お よびその細 則であ る「
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学 部 (学科 )設置基準要項」 に よって、学部学科 の組 織 とその細部 が細 か く規定 され てい るか らであ る。 日本 では、大学 の カ リキュ ラムの大枠が最 初か ら国の法令 で決め られ てお り、 その ため に建学 の精神や学 風に もとづ いた独 自の カ リキュラムの開発に、 それ ほ どエ ネル ギ ー を注 ぐ必要 は ない。 極 言すれば、 日本の大学 では、教務委 員や カ リキュ ラム改革委 員 で も ない限 り、 多 くの教 師に とって カ リキュ ラムはあ ま り関心 の ない事 柄 であ る。 これ に対 してア メ リカの大学 では、 カ リキュ ラムはその大学 の独 自性 を象徴 す る とと もに 学生募集 の ため の商 品 で もあ る。つ ま りカ リキュラムは、大学 の校 風や教育上 の個性 を発揮 す る もっ とも重要 な媒体 であ り、教授 団に とって も管理 者 に とって も最 大の関心事 なの であ る。 ア メ リカには カ リキュラムの理論や 開発 に関す る専 門家 が お り、 多 くの カ リキュラム研 究書 も書かれてい る。 カ リキュラムの適合性 の評価や教 師の授業評価 ・研修 な どに携 わ る専 門職 もあ って、 自分 た ちの大学 の カ リキュ ラムが、社 会の要請 に適合 して い るか ど うか、学 生募集 に効果 をあげ て いるか どうか、 な どを絶 えず調査 ・分 析 し、 その結果 を教授 団に提供 す る。 ア メ リカの大学 におけ るカ リキ ュラムの位 置は、 まさに大学運営 の 中心 なの であ る。 もっ ともア メ リカに も、 いかが わ しい大 学が数 多 くあ るの で一概 には いえないが、 ア メ リカ ∼:I の大学 史は、 あ る意味 では カ リキュラム改革の歴 史で もあ る、 とい う人 もい る くらいであ る。 この点が 日本の大学 とは著 し く異 なってい る。 さらに、 日本の大学 と外 国の大学 との相違点 をあげ る とすれ ば、 大学 で教 師の授業 評価 が 行 われ る とい う事 実 であ る。 一般 に大学教 師の授業評価 は、学 生 に よる評価 ・同僚 に よ る評 価 ・自己評価 の三つ に分 け られ るが、学 生 に よる授業 評価 は、 欧米の諸大学 で行 われ てい る150 清 泉女学 院短期 大学研 究 紀要 (第8・9合併 号 ) i)つ と も一般的 な授業改善 の ための方法 で、 多 くの大学 は、 自校 開発の ものか、一般 の標 準 化 され たア ンケー ト形式 を採 用 している。学生 に よる授業 評価 は、 これ まで教 師の 人気投票 に なる とか、 イデ オロギー上 の踏 み絵 に され る とか その 欠点 のみ が指摘 され て きた。 しか し 最近 では、学生 の授業評価 は その有効性や信 頼性 が これ までの経験や研究 を通 じて実証 され、 その ため 、一定 の限 界 を堅持 しさえすれば、授業改善 の ため の 不可 欠の情 報 となるこ とか認 識 され て きた。 同僚評価や 自己評価 と併用 して これ を活用すべ きだ、 とい う意 見が 多 くなっ てい る とい 、われ て いる。 ア メ リカでは どん な著名 な学者 で も、 まず教師 と しての授業評価 をまぬがれ るこ とはで きない。 なぜ な らア メ リカでは、一般 的 には大学教 師の任務 は、研 究 もさるこ となが らまず第一 に学生 の教育 にあ る、 と考 え られ て い るか らであ る。 同僚 に よる評価 は、医師や弁護士 な どの専 門職 の質的評価 にす でに採 用 され てい るが、大 学 では これ まで教室 の授業 は私的領域 であ り、 た とえ仲 間 に よる評価 といえ ど も、学 問の 自 由 の名の下 に タブー視 され て きた。 しか し同僚 に よる評価 は、学生 の評価 (学生 の能 力) で は カバー しえない部分 を補 完す るこ とが で きるばか りか、同僚 との話 し合 いに よって授業 の 改善 が促 進 され る とあ って、最近 では これ を取 り入れ る事例 も多 くなっている とい う。 自己評価の制度 もだんだん採 用 され るよ うに な り、現 在 では、主 として ビデ オや レコー ダ ー を使 って 自分 の授 業 を記録 し、 あ とで 自分 で、 あ るいは同僚や 専門家 と一緒 に、 その記録 を分 析 し話 しあ った りす る形 を とってい る。 欧 米の大学 では、 この 方法 を積極的 に取 り入れ、 授 業の 欠陥 を分析 ・評価す る 専門家 を置 く機 関 まで設け て、教育効果 をよ り一層上 げ る努力 「22) が な され ている と もいわれ てい る。 ここで、何故 カ リキュ ラムや授業 評価の問題 を取 り上 げ たか につ いて、若干 触れ てお く必 要 が あ るか もしれ ない。練返 しに な るか もしれ ないが、一般 に 日本の 大学教師 は教育 よ り研 究 を重視 す る傾 向があ り、 そのために、 自分 の研究 に比べ て 自分 の授業の改善 にそれ ほ ど打 ち1人/でい スわけ では ないu Lか も日本の大学 には
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体 系化 され ,+=カ リキュ ラムが少 ない,た め に、授業科 目 も学生 の関心 に合 わせ るよ りも、教師の側 の 専門や関心 に合 わせ る傾 向が強 い。授業 形態や時間構成 につ いて も、教師間の話 し合 いは少 な く、学生 の意 見 もほ とん ど反 映 され ていない。 しか も教師 と学生 との間 には、 いつ の まにか甘 えの構造 が 出来上 が って い て、落 第す る学生 は ご く少数 であ る.授業 に至 っては、教師 に よる一方通行 的講義 が 多 く、 外 国の大学 の よ うに、教師 と学生 との対話や 質疑応答 はほ とん ど存在 しない。 日本の大学教 師 であれば、 こ うした こ とは誰 しも身に覚 えの あるこ とであ ろ う。 この現状 を容 認す る人は 別 として、 もし何 らかの改善 を望 む な らば、 まず教師 自身 (私 自身 も含め て)が、 日本の大 学 に永 い間温存 され て きた こ うした因襲的慣行 を打破 す る必要 があ り、 その ため の手掛 りの 一つ として、上述 の二つの問題 を取 ()上 げたの であ るo ここで もう一つ指摘 してお きたい こ とは、 日本の大学 には、新 任の大学教 員のため に、大 学 の授業 に関す る研修 コー スが設け られ ていない とい うこ とであ る。欧米の大学 では、大学 教育改善 のため に 多 くの大学 教育論か書かれ てお り、新任 教員の資質向上や コンサ ルテ ィン グを担 当す る専門のセ ンター も設け られてい る とい う。 また大学 教育の教授法や新 任の大学鮫 島 :大学の あ り方 をめ く、る一考察 151 教員の ための ガ イ ドブ ックな ど も出版 され てい る。 これ に対 して 日本 では、小 ・中 ・高 の教 員 を毎年 多数養成 してい る教育学部 は もちろんの こ と、 大学 教員の養 成機 関 であ る大学 院 で も、高等教育論 を授業科 目として開設 してい る ところは少 ないよ うであ る。残 念 な こ とに 日 本では、大学教 育 その もの を研 究対 象 とす る学 問 は、一部 の大学 を除 いて まだ その市民権 を 獲得 して いないの であ る。 ここで もまた 旧制帝 大型 のあの古 い大学観か有 力 なの だ ろ うか。
3.
学生の生態変化
前述 した よ うに、 19世 紀の後半 か ら、大学 にお いては実用的技術や職 業教 育 を重視 す る傾 向が顕著 に な り、大学 の実用化 はある意味 で一般 的趨勢 とな って きた01930年代に なる と、 教育 の爆発 ともい うべ き教育大衆化現象が世 界的 に起 り、 その波 は大学 まで波 及 して、 いわ ゆ る大学 の大衆化現象が始 まるのである。 日本 では、1910年代 に 中等教育 の進学率 が16%、 高等教育の それが1%であった ものが、1930年代 に なる と、 中学-の進学率 は3 6%、大学-の進学率 も3%にな り、1960年 (昭35)には さらに飛躍的にのぴて、中学進学率 は76%、大 学進学率 は18%に な り、現在 では、 その率 は さらに増加 して、高校進学 がつ いに90% を超 え、 大学進学 も36% を超 えて40%に迫 ろ うとしている。1972年 (昭47)に50万 人を超 えた大学進 学者 は、1990年 の今年 はつ いに72万 人に達 した。大学 に関す る限 り、 この20年間に 2倍、60 年 間 に12倍の増加率 であ り、 まさにこの数字 は驚異的である。 そ して今春の大学 ・短大の志 願者数 は実 に110万 人 (この うち女 子が半数 以上)を突破 してい るの であ る。石 を投 げれば大 学生 に あた る とい う笑 い話 さえ、今 では もう古 い冗談 に な って しまった。 こ うな る と単 な る 量的 発展 としてす まされ る問題 ではな くな り、量的 発展が明 らか に大学 に質的構造変化 を も た ら しつつ あ る、 あ るいは もた らしてい る、 と考 え るのか妥 当であろ う。 ところで、 こ うした大学 の大衆化現象 は、一面 では、国民の一般 的 な教育水準の向上 を意 味す る喜 ば しい現 象であ るが、他面 では、大学 と学生 の 質的低下 を もた らす原 因 と もなって、 悩 みの桂 に もなるの であ る。 周知 の よ うに 日本 では、 多少 とも頭 の よい若者 は、大学 以 外に 行 く場 所 が ない とい う世 間の常 識 に従 って、大学 を受験 す る。 しか し、進路指 導 の教 師や受 験雑 誌 は、 どの大学 に 入学 で きるか とい う予 想 にか けては まこ とに正確 であ るが、 入学 後の 大学 の実態 につ いてはあ ま り教 えて くれ ない。 その ため に 多 くの学生 は、学 問- の関心 よ り はむ しろ学 歴社 会 での成功 を望 んで、 または それか らの脱落 を恐 れ て、受験 戦争 に参加 す る。 あ るいは また、せ め て息子だけ は大学 を卒 業 させ てや りたい、大学 さえ出ていれば まあ食 い は ぐれ は ない し、世 間 なみのサ ラ リーマ ンの道 を歩 いて いけ るだ ろ う、場 合 に よって は出世 運 をつ かむか もしれ ない、 とい う一般 の親 た ちの共通 の願 い を背 負 って、 なん とな く受験 す る学 生 た ち もい る。 いずれに して も、 い ったん大学 に合格 すれば、彼 らは い ままでの緊張状 態 か ら一 挙 に解 放 され るが、 同時 に 目的意識 を失 い、大学 が彼 らの期 待 に応 えて くれ ない こ ともあ って、急速 に勉学へ の意欲 を失 って しま う。 これが いわゆ る五 月危機 、 あ るいは五 月病 といわれ る もの152 清 泉女学 院知期 大 学研 究紀要 (第8・9合併号 ) であ るか、最近 では この五 月病 さえ全 く意識 しない学 生が 多 くなって、 その こ とが逆 に事 態 の深刻 さを物語 って いるよ うに L,思われ る。『新 潮
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月号 「続 ・ (女子大生亡 国論)改 訂版」 を読めば、 亡国に なるか ど うかは別 として、時代 の流れ とその変化 の速 さに誰 しも呆 然 とす るであろ う。 こ うした状 況の もとで、学者 を 自認す る大学教師が、学生 もほぼ 自分 と同 じよ うな価値観 を もって いる とい う前提 で授業 に望 む と、 両者の違和感 は決定的 とな り.双方が いい しれぬ 挫折 感 を味わ うこ とにな るの であ る。 この結果、授業 に喜 び を求め られ ない教 師は研 究志 向 を一層 強め、授業 か ら学ぶ意欲 を見出 しえない学生 は、 課外活動 に大学生 活の意味 を見出 そ うとす るよ うに な る。思 えば 日本の学 生 た ちは、高校 までの学生生 活の 中で受動 的 な学 習態 度 を強 い られ、大学受験 の ため の訓練 は受 けていて も、 自主的に学ぶ とい う習慣 はほ とん ど 身につ け ていない。 大学 に入 って受動的教育 か ら能動 的学 習へ と移 ってゆ くため には、大学 の 中に学生の学ぶ意欲 を刺激 し、新 しい段 階- の飛躍 を助 けて くれ るよ うな教育環境 が なけ れば な らない。 ところが 日本の大学教 師の 多 くは、従来の古 い大学観 に支配 され ているせ い か、入学 して くる学生 はす でに 自発的 な学 習態度 を身につけ ている とい う建 前論 に立 って い るの で、 自ら進 ん で学生 の ための特 別 な教育指 導 を行 なお うとは しない。 その結果大部分 の 学生 は、大学教育 に適応す るのに もつ と も重要 な時期 に、 その手肋 け を して もら うのにふ さ わ しい教 師にめ ぐり会え ない、 とい う不運 に立 た され るこ とに なる。 しか しこ うした状 況は、 H本ほ ど顕著 では ない として も、欧米 で も南面 してい る問題 であ って、 各国が それ ぞれ独特 の方法 でその対応 策 を模 索 している とい うのが実情 であろ :)。す でに H本で t,、その対 応策 をたてて実施に移 してい る大学 i)か な りあ るの であ るO ところで、大学 の大衆化 は必然的 に学生 の 多様化 となって現れ る。現在の学 生はその進学 動機 、 出身背景、生 活意識、価値観 な どの点 で、昔 の学生 とは比較 に な らないほ ど 多様化 し 変化 Lている。 彼 らは 、これか らの社 会 では、大学卒 の肩書 きが さほ ど有用 では ない こ とを十 分 承知 してい るが、同時 に その肩書 きが全 く無用 で ない こ とも本能的に感得 してい る。彼 ら の なか には、大学 に行か ない よ りは行 った方が よいか ら とか、家族 か ら少 し解放 され てゆ っ くりした いか らとか、 ご く単純 な動機 か ら大学 にや って くる もの もい る。 い まや彼 らは現代 日本の最大の有 閑階級 であ り、知 的生産物 の最大 の消 費者 であ る。 しか しその反面、豊か な エ ネル ギー を蓄積 した知 的政 治集団 で もあ り、 いつ爆発す るかわか らない起 爆 剤で もある。 彼 らに とって 月は い まや 想像 上 の美 しい天体 では な く、冷 たい無 人の砂 漠の世 界 であ る。彼 らは育 ち盛 r)に もかかわ らず、飲 食物 はむ しろ栄養価 の低 いほ うを喜ぶ。物 が豊富 であって もただ それだけ では人間 は幸福 には な り得 ない とい うこ とを、若 くして実感 として知 ってい る世 代 であ り、核兵器に よる人類絶 滅の危機 感 を、幼 少か ら絶 えず 予感 して い る世代 で もあ る。『ア メ リカにおけ る高等教育』の著者 ウ ッ ドリン グは、現代の若者につ いて次の よ うに述 べ てい る。 「この世代 は、実存哲学 の大衆版 を身につ け、過 去 に無関心 で未来 を疑 い、年配者の知 恵に 懐 疑的 で、 しか も別邸的 な世代 であ るO 今 日、若者 たちの生 きてい る世 界は豊 か さ もあ り、鮫 島 :大学 の あ り方 をめ く、る一 考察 153 快 楽に ひた る機会 もあ るか、その反面、 さま ざまな不確 定要 素に囲 まれ てい るこ とも事 実 で、 その意味 で 多 くの若者 が苦悩 に さいなまされ るの む当然 であ る。 ・・・・=- その一 方 で彼 らは、 好みの服装 をす る権 利、 どの よ うな問題 につ いて い 寅説す る権 利、 そ して大学 の売店 で避妊 (23) 具 を買 う権 利 な ども要求 して くる」 「今 日の学生 は落 ち着 きが な く、要求 が ま し く、世 界の現状 につ いての不満 も隠 さないo Lか し彼 らは、知覚 が鋭 く見聞が広 く感受性 が強 い。彼 らは一世 代 前の先 輩に比べ て、 同僚 を人種や 宗教 に よって判 断す るこ とは少 ない し、 また社 会的背景 を鼻 にかけ るこ とも (24) 少 ない」 安 定 した社会 では、教 師が学生 に向か ってあ る種 の権 威 を もって接 す るこ とが で きるが、 現在の よ うな社 会の転換期 には、教師 と学生 との問に いつの まにか ど うに もな らぬ断絶 が生 まれて くる。 その結 果 、教 師は学生が何 を考 えてい るのかわか らない焦 りか ら、 とか く性 急 に学生 の態度 を非難 しが ちに な り、学生 のほ うも勢 いのお もむ くままに、必要 以上 に反挨 す るこ とに なる。 いずれに して も、大衆化 し多様化 してい る学生 に どの よ うに対処 す るか、 あ るいは彼 らの 要望 に どの よ うに応 えるか、 さらに、彼 らをどの よ うに して 自主的 な学 習者に育てあげ るか、 な ど、 あ る意味 で、大学 教育の基本にかか わ る問題 が提 出 され て い るの であ る。社 会の変化 に対応 して大学 は実用化 し人衆化.した。 その大学 の実用化 ・大衆化 か、必然的 に学生 の大衆 化 ・多様化 を生み 出 した とすれば、今度 は 当然、学生 の 多様 化に対応 して、 大学 が 多角化 し、 その質的改善 に取 り組 む必要 か出て くるであ ろ う。 しか も、学生 の要 求 を考慮 した改革が ど の程 度実行 で きるか で、 その大学 の能力か 試 され るこ とに なる。何 故 な ら、 これか らは大学 が学生 を選 ぶのでは な く、学生が大学 を選 ぶ時 代 が遠か らずや って くるか らであ る。
むす ぴ一 今後の課題
進学率 の上昇 、受験 生 の増加 といった順風 にの って、 これ まで 日本 の大学 は、 どち らか と いえば 自己改革 を怠 って きた。現 在、大学 に対す る社 会 人の眼はか な り厳 しい。 今の大学 は、 サ ラ リーマ ン化 した教師が、顧客化 した学 生 に向か って、知 識の単位 を安 売 りして い るスー パーマー ケ ッ トであ る、 とい う皮 肉な批 判か ら、大学 は い まや 人生 の レジャー ラン ドであ る とい う酷評 まで、 なか なか辛殊 である。 大学 人その もの に対す る批判 も厳 し く、か っては愛 称 であった 「学 者馬鹿」
「専 門馬鹿」とい う言葉 も、今 では馬鹿のほ うに重点 が移 って、文 字 通 りに人間失格 と受 け取 られかね ない。 いわ く、大学 人は批 判はす るが代案 は 出 さない、議 論す るわ りには大学 の改善 は一 向に進 まない、学 外 では進 歩的 で学 内の こ とでは驚 くほ ど保 守的 であ る、批評 眼 は鋭 いが 自己評価が著 し くあ まい、重箱の隅 をつつ くよ うな研 究 を して 自己満 足 してい る人が 多す ぎる、 中味の ない学 者 ほ ど難 しい言葉 を使 いたか る、 な どな ど大 学 人に対す る批判 は枚 挙に暇が ないほ どであ る。 最近 、東京郊外 にあ る 多摩 大学 が話題 に なった。教 師 は新学期 の初め に一年 間の講義 計画 を説明 した文書 を配布 す る、休 講 はな く学 会 出張 で休 む ときは代 講 をたて る、授業 は時間厳154 清泉女学 院触期大 学研 究 紀要 (第 8・9合併号 ) 守す る、 とい った内容 の ものが新聞 で報道 され たため であ るO-般社 会 では ご く当た り前の こ とか、特別扱 い され てニ ュー スに なるのは、 それ だけ 日本 の大学 の実情 が 歪んでいる とい うこ とであろ うか。 日本の大学 人は、大学 の現状 に対 す る認識があ まい とよ くいわれ る。 欧 米の大学 と違 って 、 日本 の大学 はい ままで廃校や 合併 とい った深刻 な体験 をほ とん ど してい ないの で、危機 感がわか ないのであ ろ う。 今か ら約 十数 年前、1970年代 の末か ら18オ人 口の 減 少期 を迎 えたア メ リカでは、 多 くの大学 が その生 き残 りをが ナて激 しい競争 を展開 し、 そ の危機 意識が大学 の活性 化 を もた ら し、結果 として危機 の 回避 につ なが った といわれ てい る。 外部 か らの強 い圧 力や批 判 が ない と、内部 改革 を しない とい う日本特有 の体 質か ら、 日本の 大学 もまた抜け出せ ないの であろ うかO 残 念 なこ とに現在 では、大学 を改善す るに当た って、昔 の よ うに これが理 想の あ り方だ と い う一 元的 な大学像 は存在 しないO大学 自身が あ るべ き大学 の姿 を自ら選択 し創造 しなけれ ば な らない。 それが 日本 の大学 が直面 している現実 であ る。 しか しその反面、現 在の 日本の 大学 は、変革- の潜在的可能性 を無限に秘め ている とい う点 で、世 界で もっ とも注 目すべ き 存在 であ ると もいわれ て い るの であ る。 最 後に、情報化 ・国際化 に大学 は どう対応すべ きかにつ いて、私 見 を述べ るべ きであった か もしれ ないo Lか し学 内にはその方面 に詳 しい人 もいるこ となの で、 ここではその 人た ち か らいずれ意 見表明の あ るこ とを期待す るに とどめ たい と思 う。なおこの小論は、地 方の私立 短 大に籍 をお く一 人の大学教 師が、 自戒の念 をこめ て綴 った ものであ るが、 あ くまで も大学 の あ り方につ いての ご く一面的 な考察 であ って、 その一 面性 の故に、 あ るいは反 発 を うけ る .・.i)二が あ るか もしれ ない。 しか し、これが一 つの捨 て石 とな って、入学 をめ ぐる議論が よい方 向 に向か って高 まるこ とを期待 したい と思 う。 , 無二の ′ト論の印刷途 中、文部 省の大学審議会 (大学教 育部 会 と大学院部 会)が、これ ま で の 審議経過 の概要 を発表 した。 その骨 子は、大学 設 置基準 を緩和 し、一般 教育 と専門教育 と の科 目区分 をはずす こ と、教育研 究活動 を自己点検 す る自己評価 シ ステムの制度化、大学 とは別 の学位授与機 関 の設 置、 な どを大 筋 とした もであ ったO た また まこの小論 の意図 も か な り含まれ る内容 となっていたので心 強 く感 じてい る。 これか ら 日本 で も、大学 の 自由 化が大 いに進展す るの では ないか と期待 され る。
鮫 島:大学のあ り方 をめ く、る一考察 155
注
(1) 井 門富士夫訳 『大学 の未来像一 変草過程 の大学教育』 (東大 出版会,1968) p.12 JamesA.Perkins,TheUniversityinTransition (PrincetonUniv.Press,1966) (2) 永井道雄 『日本の大学一 産業社 会にはたす役割』 (中公新 書,1965)は しが き (3)理 想社 『理 想』(1969年1月号)
(4)梅根悟 『私 の大学論』 (誠文堂新光社,1966) p.21.
(5) 三浦常 司 ・青 木靖三訳 『大学 の起源」 (法律文化社,1970)題名 の通 りここには中世 の大学 の 発生が詳述 され てい る。
CharlesH.Haskins,TheRiseofUniversities (CornellUniv.Press,1957)
(6) 大高順雄 訳 『中世 の大学』 (みすず書T31,1989)第五章 に中世 の大学 が その 自治権 を失 ってゆ く姿が詳細 に記述 され てい る。
JacquesVerger,Lesuniversit昌saumoyenage (Col1cctionSupI'historien14,Paris,1973)
(7) 村松 喬 『教育の森』 (毎 日新 聞社, 8巻,1967) p.136.
(8) ∫・A・パー キンス, 天城 勲共著 『大学 の未来像一 変草過程 の大学教育』 p.19.
(9) 同上 『大学 の未来像一 変革過程 の大学教 育』pp.23-24.副題 が示す通 り、変革期 の ア メ リカの 大学 のあ り方 を積極 的かつ肯定的に追求 した もの。
(10) 茅 誠 Tり監訳 『大学 の効 用』 (東大出版会.1969)原著者序 文 p.6. ClarkKerr;TheUsesoftheUniversity(HarvardUniv.Press,1963)
(ll) マ ルテ ィウ ァー シテ ィとはユ ニ ウァ- シテ ィに対す る新 しい大学 の概 念 で, クラ- ク・カー の 新造語。現在のマ スプ ロ化 した大学 は,もはや従 来の よ うな大学 と しての統一性 を保 ち得 ない こ とを素直 に認め, 大学 の新 しい機能 を強調 した もの。 (12)井 門富士夫訳 『大学 の未来像』p.130 二の 本の訳者注 は詳細 をきわめ, パー キ ンスの独 断 を 十分 に補 って い る。 (13)永井道雄 『日本の大学』 (中公新書,1965) pp.111-113. (14) 合 出雄 次他 『私の大学再建案』 の中の 「新制 大学 の矛盾」 (新潮社版,1969) pp.18ト190. (15)喜 多村和之 『大学 の淘汰の時代- 消 費社 会の高等教 育』 (中公新 書,1990) pp.72-73. (16)潮 出版社 『潮』1977年5月号 (17) 国弘正雄 訳 『大学革命』 の 中の 「大学教授 の条件 」 (サ イマ ル出批 会,1970) pp.282. DavidRiesman& ChristopherJennks,TheAcademicRevolution (Jossey-Bass,1968) (18) 茅 誠 司監 訳 『大学 の効用』 し東大 出版 会,1969) p.18. (19)広 島大学 ・大学教育セ ン ター 『大学研 究 ノー ト』 第50号 (1981) (20)天野 郁夫 『大学一 試練の時代』 (東大 出版 会,1988) p.170. (21)潮木守- 『大学 と社 会』 (第一法規 出片虹 1988) p.214. (22)広 島大学 ・大学教育 セ ンター 『大学論集』11集 (1982) (23)米盛裕二他訳 『ア メ リカの大学一 巨大化の苦悩』 (束大 出批会,1971)pp.44-45.
PaulWoodring,TheHigherLearninginAmerica:AReassessment(McGraw-HillBook Company,1968)