は じ め に オスラー病(遺伝性出血性末梢血管拡張症)は反復性 鼻出血,末梢血管拡張,動静脈奇形といった症状を有す る遺伝性疾患である.外来診療で,その難治性鼻出血に 遭遇する率はさほど高くはないものの,対応に難渋する 疾患である.進行したオスラー病では従来の鼻出血で有 効とされた電気凝固やガーゼ圧迫がほぼ無効である.今 回,オスラー病による難治性鼻出血の症例と無水エタノ ールによる硬化療法ならびに鼻弁上部の癒着処置が有効 であった症例を経験したため,報告する. 症 例 75歳女性 主訴 : 反復性鼻出血 合併症 : 貧血,胃毛細血管拡張症,高血圧 家族歴 : 母親と長男の反復性鼻出血(図1) 現病歴 : 小児期より全身皮膚に血管拡張像を認め,50 歳頃より両側鼻出血が増加するも放置していた.近医内 科にて貧血,および胃毛細血管拡張像を指摘されたが, 貧血に対して鉄剤を処方されていた.鼻出血が悪化し, 当科を初診となった.右鼻中隔前方に出血点を確認し, ガーゼ上から電気凝固を施行するもさらに激しく出血す るためガーゼ挿入の上,入院となった. 血液検査所見 : WBC 3,640/μl,RBC 247×104/μl, PLT 22.9×104/μl,Hb 7.9g/dl,PT 12. 9秒,APTT 33.3 秒 身体所見 : 全身皮膚,口唇,口腔粘膜に毛細血管拡張 像あり. 鼻内所見 : 両側鼻腔の粘膜全体に多発性の点状血管拡 張像 治療経過 : 鼻腔の粘膜に多発性の血管拡張像,なら びに胃毛細血管拡張症からオスラー病と診断された (図2).出血が激しかったため右鼻中隔粘膜の掻把とキ ーゼルバッハ部位への皮膚移植を施行した.両側鼻腔前 方,下鼻甲介前方を中心とする易出血部位をハーモニッ クスカルベルで凝固処置をした.その後,植皮は脱落す るもエストロゲン軟膏塗布を開始し出血頻度は減少し た. 2カ月ほど経過すると出血頻度が増加し,右前鼻孔部 粘膜の全周性,左前鼻孔部粘膜の下方向に易出血性と血 管拡張像の増加,右鼻弁上部には連結型動静脈瘻がみら れた(図3).再度の皮膚移植もしくは外鼻孔閉鎖術に ついて希望されず,エタノール硬化療法について十分な 説明をしたところ希望されたため,硬化療法を施行し た. 1ml注 射 筒 に 30G 注 射 針 を 装 着,無 水 エ タ ノ ー ル absolute ethanol(以 下 Et と 略 す)を 0.1∼0.2ml ず つ 毛細血管拡張部の周辺へ 2mm 程度の刺入長で刺入し た.針孔面は粘膜下へ向け刺入した後,血管拡張部へ向 け逆血がないことを確認し注入した.十分に止血しない 場合はさらに周辺へ1∼2カ所注入した.針孔や周辺粘 膜から液が漏れる場合は止血効果が得られず,それ以上 内田 哲郎 永井 裕之 松波総合病院耳鼻咽喉科 日耳鼻 119: 874―879,2016
無水エタノールによる硬化療法および
鼻粘膜癒着処置を施行したオスラー病による
難治性鼻出血の1例
オスラー病による鼻出血症例は,外来診療でしばしば難渋させられる.今回, 無水エタノール注入による硬化療法が効果的であった症例を経験したため,報告 する.症例は75歳の女性,反復性鼻出血を主訴に来院した.鼻腔前方広範囲に出 血がみられ電気凝固やガーゼ圧迫で止血されず植皮を試みたが脱落した.次第に 両側鼻出血の頻度と量が増えたため,無水エタノール 0.1cc を数カ所ずつ出血部 周辺に注入後,止血した.右鼻弁上部に連結型動静脈瘻が存在し,硬化療法後も 数日で出血を繰り返したので,硬化療法の直後に切除し,同部位を癒着させた. 本法は特別な装置を要することなく強力な止血が得られると考えられた. キーワード : オスラー病,難治性鼻出血,無水エタノール,癒着処置症例報告
の注入は困難のため後日に施行している.また,鼻中隔 穿孔のリスクを考え両側鼻中隔への同日処置は避けた. 前鼻孔部の粘膜へ注入後,数分で刺入部を含めて出血は 止血するが,数日にわたって刺入部付近の浮腫所見がみ られた(図4). 止血に難渋していた両側鼻中隔の数カ所,左鼻孔前端 部下端,右下鼻甲介の出血はすべて制御された.右鼻弁 上方に存在する連結型動静脈瘻からは処置後数日で再出 血を繰り返し,次第に制御困難となった. この頃からトラネキサム酸 1,000mg/day の内服投与 を開始した.入院の上,内視鏡下に切除および止血処置 を行うこととした. 切除後の出血制御目的に右鼻弁上方部の粘膜下に予め Etを 0.3ml ほど注射した.切除後,少量の出血につい ては電気凝固で止血し得た.術後出血予防のため同部と 鼻中隔の間にサージセルコットンを挟みこみ,フィブリ ングルーを噴霧した(図5). その後,同部位からの出血はなくなり右鼻弁上方部の み鼻中隔と癒着したが,鼻閉の訴えはなく鼻腔通気は保 たれている(図6). 以後はトラネキサム酸の内服,およびエストロゲン軟 膏塗布を毎日,自宅で継続している.経過中は Al―Deen らの鼻出血評価尺度(表1)を用いて評価した(図7)1) . なお,鼻粘膜への無水エタノール注入療法については 社会医療法人蘇西厚生会松波総合病院医療倫理審査委員 会の認定(292)を得ている. 考 察 オスラー病は常染色体優性遺伝であり,比較的まれな 遺伝性疾患と考えられてきたが,軽症例も含めると近年 の調査では5,000∼8,000人に1人の有病率であることが 分かっている2).endoglin 変異による1型と ALK1 変異 による2型に分けられ,血管の弾性板や筋層の欠損を背 景にした血管壁の脆弱性が根底にある3) .そのため,わ 図 1 反復性鼻出血についての症例の家系図 母と長男に反復性鼻出血の既往がある. 図 3 右鼻弁部上方に位置する動静脈瘻 a b 図 2 初診時鼻粘膜所見 (a : 右中鼻甲介 b : 右鼻腔前方) 鼻中隔前方および下鼻甲介前方の毛細血管拡張像と出血を認める.
ずかな機械的刺激や吸引などによる気流でも容易に出血 し,止血機序も働きにくい.まず止血することと長期的 に出血しにくい組織構造に転換させることの2点が重要 となってくる. 前者については中等症以上のオスラー病では電気凝固 やガーゼ圧迫がほぼ無効であり,アルゴンレーザーや超 音波凝固による止血法が知られている4)5)6) .これらは高 価な装置を要するため一般外来で容易に施行できる施設 は限られている. 一方でアルコール注入による硬化療法は特別な装置を 要せず,外来で容易に施行できる上,強力な止血作用が 得られる.大量に粘膜下投与しなければ潰瘍や痂皮も付 きにくい. 1840年,既に無水エタノールを用いた静脈瘤硬化療法 が始まっているが7) ,耳鼻咽喉科領域での使用報告は近 年になってされている. 耳鼻咽喉科領域ではこれまでポリドカノール(Aethox-ysklerol以下 AS と略す)8)9)10) やオレイン酸エタノールア ミン(Ethanolamine oleate 以下 EO と略す)11)12)13) の報告 が主であるが14) ,消化管出血の止血で頻用される Et15) の 鼻出血への使用報告16) は少ない.これらは in vivo での 作用機序の違いが分かっており,両者の臨床的使い分け が検討されている.0.1∼1ml と極少量で効果発現のみ られる Et に対して AS や EO では数 ml 以上要する.ま た Et は他剤と比べ極めて安価である.各々にメリット が考えられており消化管出血止血処置では両者の併用効 果も指摘されている17) .アルコールの血管内皮障害作用 による血栓形成効果による短期的止血のみならず組織の 線維化による中長期的な出血防止効果が得られる8)18). 血管腫や静脈瘤に対してはアルコール製剤を血管内へ 直接注入することにより血栓形成を達成している.一方 で消化管出血の場合や鼻出血では血管近傍へ注射するこ とによっても外側から血管内皮細胞を傷害することによ り止血している. 留意すべき点として Et 注入は疼痛が比較的強いこと が挙げられる.また AS では心停止の報告がある19) .血 中濃度上昇を避ける点では血管内注入を避け注入量を最 小限に抑えることが望ましい. a b 図 4 エタノール硬化療法翌日の鼻腔前方所見 (a : 右鼻腔前方 b : 左鼻腔前方) 浮腫所見を認める. 図 6 硬化療法,動静脈瘻切除と癒着処理から 2カ月後の右鼻弁上方部位 出血はなく動静脈瘻の再発を認めない. 図 5 右鼻腔前上方にエタノールを注入 切除後にサージセルコットンを挟みこんでいる.
本症例でもみられたような連結型動静脈瘻による難治 性出血部位については本法のようなエタノール硬化療法 の効果は持続しない.動静脈瘻への直接注入が効果的な 可能性があるが眼静脈∼網膜中心静脈への逆流リスクが 否定しきれないことから直接注入を避けた.同部位につ いては粘膜の根治的切除が必要であり,難治病変につい ては粘膜掻把の有効性が報告されている20).血管内皮障 害による切除時の出血コントロールおよび線維化による 出血防止の目的でエタノール硬化療法を動静脈瘻周辺に 予め施行した.難治病変である連結型動静脈瘻の再発予 防の確実性を期すため同部を切除した.出血予防のため サージセルコットンを挟んだ上でフィブリングルーを噴 霧した.創部接着という点ではサージセルコットンが不 利であった可能性があるが吸収され,結果として癒着し た.範囲が狭かったため鼻閉感は出現しなかった. 皮膚移植後に本症例と同様に鼻腔上方部の縫合部付近 に出血を反復する場合がある21).同部は狭く気流抵抗が 高いことも一因と考えられる.そのような場合も本症例 と同様に鼻弁上方部への硬化療法と切除処置により,出 血部位を癒着,閉塞させることにより出血防止を達成で きるのではないかと考えられた. Etによる硬化療法のオスラー病における長期予後に ついては本症例の経過観察期間が半年であるため確定的 ではない.オスラー病における新たな血管形成の異常か ら長期的には新たな毛細血管瘤の形成を完全に避けるこ とは難しく,定期的な処置が必要であろうと考えられ る. 近年,エストロゲンの鼻粘膜塗布が粘膜の扁平上皮化 生を促進し出血低減に有効であることが報告された22) . 血中濃度への影響がないことから全身への副作用の懸念 がない.また,トラネキサム酸の投与は新たな血管形成 の遺伝子レベルでの作用機序ならびに臨床試験での長期 的効果も確認されている23)24) .2者は重篤な有害事象の 報告もないためすべてのオスラー病症例の維持療法とし てルーチンに継続されるべきと考えられる. お わ り に 連結型動静脈瘻病変を伴うオスラー病症例において, 無水エタノールによる硬化療法と動静脈瘻切除,癒着処 置が有効な1例を経験した.難治病変である連結型動静 脈瘻については,エタノール局注による止血コントロー ルのもと切除,癒着処理が奏功した. オスラー病の出血コントロールに当たっては,外鼻孔 閉鎖術や皮膚移植術といった侵襲的治療を決断する前 に,特別な器具を要せず,外来で可能なエタノール硬化 療法は,試みる価値のある手段ではないかと考えられ た. 表 1 鼻出血評価尺度 出血程度 (I : intensity) 出血頻度 (F : frequency) 輸血 (T : transfusion) 0.なし 1.ハンカチに少ししみる 2.ハンカチがグショグショ 3.タオルがグショグショ 4.ボウルが必要 (最近4週間での評価) 0.なし 1.1∼5回 2.6∼10回 3.11∼29回 4.毎日 0.なし 1.1回 2.2回 Al―Dean らの鼻出血評価尺度.4週間ごと,0∼10点で評価する.文献1) より引用. 図 7 初診後からの鼻出血スコアとヘモグロビン値 の推移 9カ月目に輸血と硬化療法&癒着処理を施 行,以後は鼻出血の制御が維持されている.
文 献
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著者らは申告すべき利益相反を有しない.
(2015年10月13日受稿 2016年2月19日受理) 連絡先 〒501―6062 羽島郡笠松町田代185―1
A Case of Absolute Ethanol Sclerotherapy and an Adhesion Maneuver for Refractory Epistaxis Associated with Osler’s Disease
Tetsuro Uchida, M.D. and Hiroyuki Nagai, M.D.
Department of Otorhinolaryngology, Matsunami General Hospital
Case Report : We report herein on the case of a 75 years old woman with refractory epistaxis associated with Osler’s disease. Anemia and recurrent epistaxis occurred 10 years previously, and anemia was treated by a physician near the patient’s home. Because she had gradually become unable to control her epistaxis, she visited our hospital. We diag-nosed Osler’s disease based on her family history, past history, and dilatory changes in the peripheral and nasal mucosa vessels. A skin graft failed and ultrasonic coagulation was not so effective. The refractory epistaxis was due to a con-nected arteriovenous fistula of the right upper nasal valve. Following ethanol injection sclerotherapy and an adhesion maneuver, the epistaxis was well controlled.
Keywords : Osler’s disease, refractory epistaxis, absolute ethanol, adhesion maneuver