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発達心理学研究 第24巻 第3号

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Academic year: 2021

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クラスでワーキングメモリの相対的に小さい児童の授業態度と学習支援

湯澤 正通

渡辺 大介

水口 啓吾

(広島大学大学院教育学研究科) (広島大学大学院教育学研究科1) (広島大学大学院教育学研究科)

森田 愛子

湯澤 美紀

(広島大学大学院教育学研究科) (ノートルダム清心女子大学人間生活学部) 本研究では,小学校 1 年のクラスでワーキングメモリの相対的に小さい児童の授業観察を行い,その ような観察対象児の授業中における態度の特徴を調べ,その教育的,発達的意味,および授業参加の支 援方法についての考察を行った。小学校 1 年生 2 クラスを対象にコンピュータベースのワーキングメモ リテストを行い,テスト成績の最下位の児童をそれぞれのクラスで 3 名ずつ選び,国語と算数の授業 37 時間で観察を行った。ワーキングメモリの小さい児童の授業態度は,個人によって違いが見られたが, 挙手をほとんどしない児童が含まれ,全般に,課題や教材についての教師の説明や,他児の発言を聞く ことが容易でないことが示唆された。挙手をほとんどしない観察対象児が挙手する場面を検討したとこ ろ,a) 発問の前に児童に考える時間を与えてから発問する,b) 発問をもう一度繰り返す,c)いくつかの 具体的な選択肢を教師が提示した上で発問するといった場面で,他の場面よりも挙手率が有意に高かっ た。ワーキングメモリに発達的な個人差がある中で,ワーキングメモリの相対的に小さい児童にとって 授業への参加は不利になること,そのため,教師は,ワーキングメモリの小さい児童を意識した支援方 法を意図的に用いる必要があることが考察された。 【キーワード】 ワーキングメモリ,児童,発達的個人差,学習支援,授業

問題と目的

ワーキングメモリ(working memory)とは,作業記憶, あるいは作動記憶とも呼ばれ,短い時間に心の中で情報 を保持し,同時に処理する能力のことである。現在のワー キングメモリ研究の多くは,Baddeley & Hitch(1974) のモデルに基づいている。そのモデルでは,ワーキング メモリは,言語的短期記憶(音韻ループ),視空間的短 期記憶(視空間スケッチパッド),中央実行系といった 3つの構成要素が結びついたシステムとされている。言 語的短期記憶は,数,単語,文章といった音声で表現さ れる情報を保持し,視空間的短期記憶は,イメージ,絵, そして位置に関する情報を保持する。一方,中央実行系 は,注意をコントロールし,高次の処理に関わっている。 言語的短期記憶と中央実行系の働きを合わせて,言語性 ワーキングメモリと呼び,他方で,視空間的短期記憶と 中央実行系の働きを合わせて,視空間性ワーキングメモ リと呼ぶ2) 近年の多くの研究から,ワーキングメモリが,小学 校から中学校までのすべての学齢期の子どもにおいて, 国語(読み書き),算数(数学),理科などでの学習進 度と密接に関連していること,そして,ワーキングメ モリの小さい子どもの多くが学習遅滞や発達障害のリ スクを抱えていることが明らかになっている(Alloway, 2010 / 2011; Gathercole & Alloway, 2008 / 2009; Dehn, 2008; Pickering, 2006)。例えば,Alloway, Gathercole, Kirkwood, & Elliott(2009)は,5 歳∼11 歳の子ども 3189 名に対 して,言語性ワーキングメモリのスクリーニングテスト として数字の逆唱課題およびリスニングスパンテストを 行った。そして,得点が 10 パーセンタイル以下の子ど も 308 名を抽出した。それらの子どもを対象に,視空間 性ワーキングメモリ,知能(IQ),語彙量,読みや算数 の学力,授業中の態度などを調べた。その結果,これら の子どもは,言語性ワーキングメモリのみならず,視空 間性ワーキングメモリの得点も低く(標準得点の全年齢 2013,第 24 巻,第 3 号,380−390 1)現所属:比治山大学現代文化学部

2)現在のワーキングメモリ研究では,Baddeley & Hitch(1974)の モデルを継承しつつ,エピソード・バッファが付け加えられ,4 つの構成要素からなるモデルが定着しつつある。しかし,エピソー ド・バッファの詳細については,解明の途中にあり,子どもを対 象に準化されたテストでは,旧来のモデルに基づいたアセスメン トが用いられている。そこで,本研究では,旧来のモデルに依拠 しつつ,Gathercole & Alloway(2008/2009)にならい,音韻ルー プを言語的短期記憶,視空間スケッチパッドを視空間的短期記憶 と呼ぶ。

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平均は,80.39),読みや算数の学力も全般に低かった(標 準得点の全年齢平均は,読み:78.62,算数:79.41)。また, IQや語彙量の影響を統制しても,ワーキングメモリの 得点は,読みや算数の学力の個人差を説明した。さらに, これらのワーキングメモリの小さい子どもは,「気が散 りやすい」「勉強に集中できない」「課題を最後まででき ない」「学習の計画を立てたり,見直したりすることが できない」と担任の教師から見なされる傾向があった。 また,Gathercole, Brown, & Pickering (2003)は,イギ リスの小学生を対象に,小学校入学時のワーキングメモ リ得点と,2 年半後の全国統一テストでの学習到達度と の関連を検討した。その結果,ワーキングメモリ得点の 低い児童では,平均的なワーキングメモリ得点の児童よ りも,年齢相応の学習レベルに到達できていない者の割 合がはるかに高かった。 一方,日本においても,ワーキングメモリと学習障害 との関連性を示す研究が行われている(例えば,河村・ 中山・前川,2004)。しかし,日本の学校教育場面にお ける実践的な研究はいまだ行われていない。欧米の研究 から,ワーキングメモリの小さい子どもは,一般に「落 ち着きがない」ことが指摘されているが,それは,教 師による評定(Alloway et al., 2009)や観察事例の報告 (Gathercole & Alloway, 2008/2009)に基づいており,観 察によって授業態度が量的,客観的に測定されたわけで はない。また,研究対象とされたのは,ワーキングメ モリ得点が同年齢の最下位 10 パーセンタイルの子ども (Alloway et al., 2009)などであり,そこには発達障害な ど特別な支援を必要とする子どもが半数以上含まれてい た。そのため,「落ち着きのなさ」が,クラスで他の子 どもよりもワーキングメモリが小さいことそのものに起 因しているのか明確でない。 ワーキングメモリは,児童期,加齢と共に急激に増加 するが,同じ年齢内でも大きな発達差,個人差が見られ る(Gathercole & Alloway, 2008/2009)。例えば,7 歳の クラスの中に,10 歳の平均的なワーキングメモリの子 どももいれば,4 歳の平均に満たないワーキングメモリ の子どももいる。そのような中,通常,教師は,クラス の子どもの平均的なワーキングメモリを想定したうえ で,授業を進めざるを得ない。すると,7 歳の平均的な ワーキングメモリを想定した教師の発問や指示,説明, また,他の児童の発言は,4 歳の平均に満たないワーキ ングメモリの子どもにとっては,長すぎたり,複雑な 内容を含んでいたりするだろう。Gathercole & Alloway (2008/2009)は,ワーキングメモリの小さい子どもに おける落ち着きのなさが,それらの子どもにとって,教 師の発問や指示を覚えながら,考えて挙手したり,課題 を遂行したりすることの難しさの結果として生じると解 釈している。 本研究の参加者は,国立大学の附属小学校の 1 年生で ある。小学校の入学に際し,選抜を受けるため,これら の児童のワーキングメモリは,同年齢の児童よりも平均 的に大きく,クラスの中で最もワーキングメモリが相対 的に小さい児童も年齢としては平均的であり,発達障害 などの問題を抱えていることはない。しかし,同じクラ スの中でワーキングメモリの発達差,個人差があるため, Gathercole & Alloway(2008/2009)による解釈が正しい とすれば,クラスの中でワーキングメモリが相対的に小 さい児童は,挙手し,授業の話し合いに参加したりする ことにおいて不利になることが予想される。本研究の第 1の目的は,クラスでワーキングメモリ得点が最も小さ いものの,年齢相応のワーキングメモリを持つ児童にお ける挙手や授業参加の特徴を,授業観察による量的,客 観的な指標や,観察事例によって明らかにし,クラス内 の発達的な個人差が児童の学習に及ぼす影響を検討する ことである。なお,本研究で特に挙手を取り上げるのは, 授業で児童同士の話し合いよりも教師と個々の児童が一 対一の対話を行いがちな小学校低学年(磯村・町田・無 藤,2005)において,発問に対する挙手は教師にとって その児童の授業参加を確認する重要な側面の 1 つである からである。 また,本研究では,ワーキングメモリが相対的に小さ い児童が,少ないながらもどのような場面で挙手したか に注目する。教師の発問に対して答えが分かっていても 挙手しない児童や,分からなくても挙手する児童もいる。 しかし,ワーキングメモリが相対的に小さい児童が挙手 しないとき,発問や話し合いの流れが理解できなかった り,考えているうちに,話題になっていることを忘れて しまったりしている可能性が高い。一方,そのような児 童が挙手する場面を取り上げることで,ワーキングメモ リが相対的に小さい児童を支援する具体的な教師の教授 方法を考察することができる。本研究で観察する授業を 担当する教師は,公立小学校で 10 年以上のキャリアを 積み,その熟達した授業スキルが評価され,当該小学校 へ派遣されてきた者である。そのため,授業においてワー キングメモリが相対的に小さい児童も含めた個々の児童 の学習を促す様々な方法を使用すると考えられる。その 中で,例えば,発問の前に児童に考える時間を与えてか ら発問した場合にワーキングメモリが相対的に小さな児 童が挙手するといったことが明らかになれば,他の授 業においても意図的にそのような方法を用いることで, ワーキングメモリが相対的に小さい児童の学習参加を促 すことができると考えられる。そこで,本研究の第 2 の 目的は,クラスでワーキングメモリが相対的に小さい児 童に対する学習参加の支援方法を考察することである。

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方   法

参加者 学部−附属共同研究プロジェクトの一環として,国立 大学附属小学校 1 年生 2 クラス(1 組と 2 組)79 名(男 子 39 名,女子 40 名)の児童が研究に参加した。 ワーキングメモリアセスメント

Automated Working Memory Assessment(AWMA; Alloway, 2007)を出版社の許可を得たうえで,日本語 化したものを用いた。AWMA は,ワーキングメモリの 4つの構成要素をそれぞれ測定する 3 課題,合計 12 課 題から構成されるコンピュータベースのテストである。 Table 1に,12 課題の概要を示した。視空間的短期記憶 (SM)と視空間性ワーキングメモリ(WM)は,英語 版そのものであった。言語的短期記憶(SM)と言語性 ワーキングメモリ(WM)は,Counting Recall 以外,課 題を日本語化した。Digit Recall と Backward Digit Recall は,英語の数字をそのまま日本語の数字に置き換えた。 Word Recallで用いた単語は,新教育基本語彙(阪本 , 1984)を参考にした。小学校低学年レベルの 2 文字名詞 単語を選出し,そこから同レベルに同音異義語を含むも の(例:雨・飴,川・皮)や昔ながらの単語(例:臼・桶) などを削除した。結果,172 の単語を最終的に課題に使 用した(本課題 166 刺激,練習課題 6 刺激)。Nonword Recallで用いた単語は,湯澤(2010)の「附録 1006 非 単語の単語らしさ・知覚容易性・発音容易性」のうち, 単語らしさの標準偏差が,0.5 から 1.0 のもののうち 130 非単語(本課題 124 刺激,練習課題 6 刺激)をランダム に選出した。Listening Recall については,刺激文を日本 語に翻訳した。その際,日本語の場合,熟知度の低いも のや長い発音を要するものについては,同意味カテゴリ の別の単語を選んだ。また,日本語版リスニングスパン テスト(苧阪,2002)を参考に,一文中で記銘すべき単 語を,文末から文頭のものに変更した。日本語化した課 題は,再度,英語に翻訳し,原著者の確認を受けたうえ で,出版社が AWMA に移植した。 AWMAの課題は,コンピュータによってコントロー ルされ,参加者の反応の正誤を実施者がコンピュータに 入力することで,参加者の得点が自動的に計算された。 AWMAは,大学の実験室で個別に実施した。1 人の 参加者に対し,45 分× 2 セッションで行い,各セッショ ンの間は時間を空けて行った。すべての参加者が同じ順 番でテストを行い,2 セッション目は 1 セッションで終 えたテストの次のテストから始めて,時間内でできると Table 1 AWMAの 12 の課題 言語的 SM 言語性 WM 視空間的 SM 視空間性 WM Digit Recall:参加者は, 音声提示された数字の 系列を同じ順序で再生 することを求められた。 提示される数字の数が 順次多くなった。

Backward Digit Recall: 参 加 者は,音声提示される数字の系 列を逆順に再生した。提示され る数字の数が順次多くなった。 Dot Matrix: 参 加 者 は, パソコン画面上の 4 × 4 のマス目の中に表れる刺 激の位置を覚えることを 求められた。刺激の数が 順次多くなった。

Odd One Out:パソコン画面上 の,横に 3 つ並んだマス目の中に 現れる 3 つの図形のうち,仲間は ずれの図形を判別し,その位置を 覚えた。覚える位置の数が順次多 くなった。 Nonword Recall: 参 加 者は,2 音節からなる無 意味言葉の音声刺激を 口頭で反復することを求 められた。提示される無 意味言葉の数が順次多 くなった。 Listening Recall: 参 加 者 は, 複数の短文(e.g. コーヒーはか らい,バナナは泳ぐ)を聞いて, その文の正誤を判断した後(×, ×),文頭の単語を同じ順序で 再生した(コーヒー,バナナ)。 提示される短文の数が順次多く なった。 Maze Memory:参加者は, 画面上の迷路の中,刺激 と同じルートを指で辿る ことを求められた。ルー トが順次長くなった。 Mister X:参加者は,青い帽子の ミスター X が黄色い帽子のミス ター X と同じ手にボールを持って いるかどうかを判断した後,青い 帽子のミスター X の持っていた ボールの位置を再生することを求 められた。再生するボールの数が 順次多くなった。 Word Recall:参加者は, 2音節からなる言葉の音 声刺激を口頭で反復す ることを求められた。提 示される無意味言葉の 数が順次多くなった。 Counting Recall: 参 加 者 は, 画面にランダムに配置された複 数の円と三角の中に赤い円がい くつあるか数える。複数の画面 で数えた後,順番通りにその数 を再生することを求められた。 画面の数が順次多くなった。 Block Recall:参加者は, 矢印で選択されたブロッ クの位置を正しく,順番 通りに再生することを求 められた。再生するブロッ クの数が順次多くなった。 Spatial Recall:参加者は,左側 の図形と右側の図形の向きが同じ か,反対であるかどうかを判断し た後,右側の図形の上部に提示さ れている赤い点の位置を再生する ことを求められた。再生する赤い 点が順次多くなった。

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ころまで実施した。参加者によっては 12 個全てのテス トを実施することができない場合もあった。2 回のうち に終了した課題の得点の平均を 4 つの構成要素別に求 め,その参加者のワーキングメモリ得点とした。 4つの構成要素の合計点がそれぞれのクラスで最も少 ない者を 3 名ずつ選び,観察対象児とした3)。それぞ れのクラスで平均 0,標準偏差 1 となるように標準化し た得点は,1 組の観察対象児で(以下,A,B,C とす る)(言語的 SM,言語性 WM,視空間的 SM,視空間 性 WM),それぞれ,–1.45 (–0.26, –0.07, –2.26, –2.26), – 1.79(–1.17, –0.71, –1.46, –1.54),–2.43(–0.22, –1.08, – 2.73, – 2.27)であり,2 組の観察対象児で(以下,D, E,F と す る ), そ れ ぞ れ,–2.14(–0.47, –1.64, –2.19, – 2.59),–1.63(–1.22, -0.77, –1.80, –1.45),–1.98(–1.31, – 0.95, – 1.69, – 2.33)であった。ただし,同一の課題を行っ たイギリスの児童のデータを参照したとき,同年齢の集 団の中で,A,B,C,D,E,F の視空間的短期記憶の 標準得点は, それぞれ,0.67,1.87,0.53,0.73,–0.20, 0.07,視空間性ワーキングメモリの標準得点は,–0.20, 0.87,0.27,0.33,0.93,0.20 であった。4 つの構成要素 が高い相関を有することを考慮すると,これらの児童は, 同年齢の集団の中で,平均かそれ以上のワーキングメモ リを持っていると推測される。これらの児童を観察する に当たり,観察前に担任の教師に観察対象児を伝えると, いずれの児童も,以前から,担任の教師から「気になる 子」として認識されていた者たちであった。 授業観察 2クラスの国語と算数の授業,合計 37 時間で観察を 行った4)。観察は,10 月∼12 月にかけて実施された。 両クラスの国語は,2 組の担任の教師が教え,1 組の算 数は,1 組の担任の教師が,2 組の算数は,別の教師が 教えた。1 組と 2 組の担任は,研究の目的を理解し,観 察対象児が誰であるかを知っていたが,2 組の算数を教 えている教師は,研究の目的や観察対象児が誰であるか を知らされていなかった。なお,約半年後(参加者が 2 年次),補足調査として,1 組の国語と算数 1 時間,2 組 の国語と算数各 2 時間,観察を行った5)。2 年次の各教 科の担当教師は 1 年次と同じであった。 観察では,観察者 1 名(補足調査時は,観察者 2,3 名) が教室斜め前に座り,教師または児童の発話に応じて, 観察対象児の挙手および授業態度のコード化を行うとと もに,特に気になる行動や特徴が見られた場合には,そ の都度メモをとった。また,ビデオを教室後ろに設置し, 教師の発話を記録し,後に文字化した。観察時のコード 化の方法は以下のとおりである。 1)発問と挙手:教師による明示的な発問の有無にか かわらず,いずれかの児童が,挙手を行い,発言を求め, 指名され,発表した場面を挙手場面とし,記録用紙に Q と書き込み,観察対象児の挙手の有無に応じて○×を記 録した。指名された児童の発言の直後,別の児童が挙手 した場合,新たな挙手場面とし,同様に,記録した。 2)授業参加:挙手場面(Q)以外の観察場面を 4 つ に分けて,記録用紙に書き込んだ。第 1 に,挙手場面以 外で教師がクラス全体に向けて発話した場面で,教科書 を読むなど児童に具体的な行動を指示するとき,I(教 師指示)と書き込み,それに対応した行動を観察対象児 が行っているかどうかを○(授業参加),×(授業不参 加)で記録した。ある行動の指示の直後,別の行動を指 示したとき,新たな教師指示場面として,同様に,記録 したが,同じ行動の指示を繰り返している場合は,同じ 場面とした。第 2 に,教師が板書している場面を B(板 書)と書き込み,観察対象児がノートに書き写している かどうかを○(授業参加),×(授業不参加)で記録した。 挙手場面などの他の場面が生じるまでを同一の板書とし た。第 3 に,観察対象児以外の児童が発言している場面 を O(他児発言)と書き込み,観察対象児が聞いている かどうかを○(授業参加),×(授業不参加),△(判断 不能)で記録した。第 4 に,上記以外の場面で,教師が クラス全体に向けて発話した場面を E(教師説明)と書 き込んだ。E は,教師が課題や教材について説明を行っ たり,児童の発言の補足などを行ったりする場面であっ た。新たな挙手場面,教師指示,板書,他児発言が生じ るまでを同じ教師説明とし,その間,観察対象児が聞い ているかどうかを○(授業参加),×(授業不参加),△ (判断不能)で記録した。なお,「静かにしなさい」など 学習内容とは無関連な教師の発話,特定の児童に向けた 教師の発話は,コード化の対象としなかった。 3)AWMA の 4 つの構成要素は,独立しているものの,相互に高い 相関がある。発達障害児においては,障害のタイプによって 4 つ の構成要素が独自のパターンを示し,また,国語と算数によって 言語性と視覚性のワーキングメモリの関わり方は異なっている が,学習においてはいずれの構成要素も関わっている。本研究の 参加者は,選抜された同質の集団であるため,4 つの構成要素間 の相関は,小∼中程度であるが,合計得点の低さによって観察対 象児を選択した。 4)後半の授業では,1 組の国語,算数の授業,2 組の国語の授業で, 観察対象児が発問場面で挙手を行わなかった場合,適宜,担当教 師が他児の発言(発問に対する回答)をまとめ,発問を言い換え たり,発問を繰り返したりするなど,発問の理解を促す手立てを 試みるように依頼した。しかし,もともとそのような教師の発問 が多く,授業の流れの中で,担当教師が観察対象児に焦点を当て た発問を意図的に行うことが難しかったこと,また,実際,前半 部と後半部で観察対象児の挙手率に違いが見られなかったことか ら,結果においては,前半部と後半部を合わせて報告する。 5)クラスの児童全般に授業での集中力と参加が高く見られたため, 当初の観察では,観察対象児に加え,AWMA の合計点が平均的 な児童(一般児)の観察は行わなかった。しかし,一般児の参加 率が高いことを客観的に示すことが必要であると考え,補足調査 を行った。

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かを判断するために,観察を行った授業から各クラスの 国語と算数で 3 回ずつランダムに授業ビデオを選択し た。そして,授業ビデオからランダムに選択した 3 名の 児童の挙手回数を数え,一般児の挙手率を算出した。 また,補足調査では,各クラスで 3 名の観察対象児に 加え,AWMA の合計点が平均的な児童(一般児)3 名 を選び,2 名の観察者がそれぞれ観察し,授業参加を記 録した。

結   果

挙手および授業参加の量的分析 全挙手場面のうち,観察対象児が挙手をした場面の割 合,および「授業参加」(○)と「授業不参加」(×)の 合計数のうち,「授業参加」(○)と判断された回数の 割合を,クラスおよび教科別に求め,その平均を Table 2に示した。観察対象児内で,国語や算数の各授業,ま た国語と算数の授業間で挙手率および授業参加率に大き な変動は見られなかったが,観察対象児間では,挙手 率および授業参加率に大きな違いが見られた。まず,A と C は,発問場面での平均の挙手率が 10%台で,挙手 をすることが少ないが,授業参加率は高く,教師の指示 通りの行動をし,教師や他児の発言に目を向けていた。 一方,B は,発問場面での平均の挙手率が国語で 60%, 算数で 71%であり,よく手を挙げ,かつ,授業参加率も, 全般に高くなっている。それに対して,D と E は,発 問場面での平均の挙手率が国語で 10%台,算数で 10% 以下であり,手を挙げることが少なく,かつ,授業参加 率も半分以下で,少なくなっている。F は,平均の挙手 率が 30%前後,授業参加率が 60%台で,D,E の挙手 率や授業参加率よりもやや高くなっている。 また,一般児の挙手率と同じ授業における観察対象児 他児発言と教師説明の場面では,3 名の観察対象児を 順番に観察し,観察対象児が発表している他児や教師の 方に目を向けている場合,「授業参加」(○),ノートに 落書きをしている,何らかの教材で手遊びをしている, 隣の児童に話しかけているなど,聞いていないと判断で きる場合,「授業不参加」(×)として,それ以外,「判 断不能」(△)とした。観察途中,授業が先に進行した 場合,観察対象児の○,×,△は,記入せず,観察回数 に含めなかった。 コード化の信頼性を確認するため,補足調査で,2 名 の観察者が同一の国語の授業で同じ 3 名の観察対象児を 観察し,独立して授業のコード化を行った。その結果, 場面(Q,I,B,O,E)の分類は,第 1 の観察者が 61 回, 第 2 の観察者が 63 回あり,61 回のコード化の一致率は, 100%であった。第 2 の観察者による場面数が多かった のは,児童の発言に対してコメントを行った教師の発言 2回を,第 2 の観察者はクラス全体に対する E(教師説明) に分類し,第 1 の観察者は,発言した児童個人に対する 発言として解釈し,コード化を行わなかったためである。 また,挙手の有無に関する一致率は 100%であった。さ らに,I(教師指示),B(板書),O(他児発言),E(教 師説明)に対する○と×のコードが一致したのは,全体 の 74%,△のコードが一致した場合も含めると,81% であった。一方の観察者が○,他方の観察者が×とした のは 2%であり,一方の観察者が△,他方の観察者が○ または×としたのは 15%であった。一方または両方の 観察者が観察できなかった場合が 2%であった。これら のことを踏まえると,コード化の信頼性は,高いと判断 できる。 一般児の挙手率と授業参加率 授業における観察対象児の挙手回数が多いか,少ない Table 2 授業における観察対象児の挙手および授業参加率 発問回数 挙手率 観察場面数 授業参加率 1組 A B C A B C 国語(11 時間) 平均 33 .14 .60 .17 40 .84 .70 .81 範囲 20 – 42 .00 – .25 .45 – .76 .04 – .35 33 – 51 .73 – 1.00 .44 – .89 .62 – 1.00 算数(8 時間) 平均 30 .14 .71 .16 41 .84 .65 .73 範囲 17 – 40 .00 – .33 .50 – .86 .00 – .29 36 – 56 .69 – .98 .41 – .97 .44 – .98 2組 D E F D E F 国語(10 時間) 平均 37 .18 .17 .31 40 .39 .48 .64 範囲 13 – 61 .02 – .43 .03 – .40 .14 – .57 16 – 57 .20 – .74 .23 – .63 .46 – .81 算数(8 時間) 平均 20 .09 .08 .28 35 .36 .39 .65 範囲 9 – 29 .00 – .23 .00 – .17 .10 – .53 19 – 48 .26 – .48 .20 – .56 .44 – .78

注.授業参加について「判断不能」の平均回数:国語 A:1.09,B: 3.18,C:1.36,D:2.00,E:2.50,F: 1.60,算数 A:1.63,B:4.00,C:3.00, D : 1.50,E:1.88,F:1.25

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の挙手率を,クラスと教科別に示したのが Table 3 であ る。教科別に,挙手率について一般児 3 名の平均を求 め,それとそれぞれの観察対象児との間で差があるかど うかをカイ二乗または直接確率法で検定した6)。有意差 が見られた箇所を Table 3 に示した。教科にかかわらず, Aと C,D と E の挙手率は一般児よりも有意に低くなっ ている。 さらに,補足観察に基づいて,一般児の授業参加率と, 同じ授業における観察対象児の授業参加率を,クラスと 教科別に Table 4 に示した。教科別に,授業参加率の割 合について一般児 3 名の平均を求め,それとそれぞれの 観察対象児との間で差があるかどうかを直接確率法で検 定した。有意差が見られた箇所を Table 4 に示した。い ずれの観察対象児も,少なくとも 1 つ以上の教科の授業 参加率において,一般児よりも有意に低い,または低い 傾向があった。 なお,2 組の D,E,F の児童の挙手率と授業参加率 について,国語と算数の間にほとんど違いは見られな かった。2 組の算数を教えている教師は,研究の目的や 観察対象児を知らなかったため,教師が研究の目的や観 察対象児を知っていることが,本研究の結果に影響を与 えているとは言えない。 次に,授業参加について,「教師指示」,「板書」,「他 児発言」,「教師説明」に分けて,「授業参加」(○)と 「授業不参加」(×)の合計数のうち,「授業参加」(○) と判断された回数の割合を,クラスおよび教科別に求め た。その平均を Table 5 に示した。4 種類の場面のうち, 「板書」と「教師指示」での授業参加率はいずれの観察 対象児においても全般に 50%以上であり,高くなって いる。すなわち,すべての観察対象児が教師の指示を理 解し,指示に応じた行動をおおむね行っていた。他方で, 「他児発言」,「教師説明」の場面では,ほとんどの観察 対象児の授業参加率が低下した。「板書」の場面が少な いため,「板書」と「教師指示」を合併し,「板書+ 教 師指示」,「他児発言」,「教師説明」の 3 場面で参加と非 参加の割合に有意差があるかどうかを観察対象児別にカ イ二乗検定を行った(国語 A-F:χ(2, 2 N= 395, 361, 395, 371, 364, 368)=11.97, 44.36, 19.11, 80.72, 62.02, 56,07, す べ てp< .01, 算 数 A-F::χ(2, 2 N= 316, 298, 304, 270, 266, 269)=3.35, 24.19, 28.44, 57.77, 71.71, 31.95,A 以外 p< .01)。Table 5 に,残差分析によって他の場面よりも 参加率が有意に小さかった場面を示した。全般に,教科 に関わりなく,「他児発言」,「教師説明」の場面で,授 業参加率が有意に低くなっている。 Table 4 観察対象児と一般児の授業参加率(補足観察) 1組 観察場面数 A B C 一般児 国語 34 .73** .45* .85† 1.00 算数 32 .89  .72* .79  .91 2組 D E F 一般児 国語(範囲) 34(26–42) .43**(.42–.44) .35**(.29–.41) .63**(.42–.83) .91(.90–.93) 算数(範囲) 29(27–31) .21**(.18–.24) .55**(.47–.64) .34**(.29–.39) .85(.82–.88) 注.1 組国語・算数は 1 時間,2 組国語・算数は各 2 時間。   一般児は,3 名の授業参加率の平均。観察場面数は,A∼C,一般児の観察場面数の平均。 †p < .10,*p <.05,**p <.01:一般児 3 名の授業参加率の平均よりも有意に低い割合 6)授業によって,教師の発問数や,観察場面数が極端に偏ることは なく,また,同一の観察対象児で挙手率や授業参加率の変動は比 較的少なかった。同じクラスの同一の教科では同じような授業環 境が持続していると考えられるため,複数の授業での観察結果を 比較する場合,授業ごとに分析を繰り返すのではなく,それらの 授業での度数(挙手数や参加数など)を合わせて,分析を行った。 Table 3 観察対象児と一般児の挙手率(各 3 時間) 1組 発問回数 A B C 一般児 国語(範囲) 29(20–33) .21**(.18–.25) .55(.45–.61) .21**(.12–.35) .51(.44–.57) 算数(範囲) 22(17–28) .18**(.10–.33) .63(.50–.71) .20**(.07–.29) .47(.31–.73) 2組 D E F 一般児 国語(範囲) 18(9–31)  .12**(.10–.33) .07**(.03–.11) .29(.22–.43) .29(.22–.42) 算数(範囲) 23(17–29) .06**(.00–.17) .07**(.00–.12) .35(.23–.53) .29(.22–.43) 注.一般児は,3 名の挙手率の平均。 **p < .01:一般児 3 名の挙手率の平均よりも有意に低い割合

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観察対象児の授業態度の事例および量的分析との関連 以下は,授業観察において,特に気になる行動や特徴 のメモに基づいて,観察対象児に 2 回以上見られた行動 を記述し,量的分析との関連も述べる。 A 挙手場面で,一度挙げたもののすぐに困った表情 をして手を下ろしてしまった。ノートに自分の意見を書 くときは,すぐに書き始め,他の児童よりも早くできて いるが,それを発表するように求められると,手が挙が らなかった。授業参加率は高く(国語:.84,算数:.84), 教師の指示を聞き,自分の意見をノートに書くが,発表 に自信がないことが窺える。また,授業の途中でノート や教科書を片づけてしまい,他の考えも探すように求め られてもボーっとしていた。 B 発言をしても,教師の質問とは異なる答えを言っ たり,他の児童と同じ答えを言ってしまった。また指名 されても答えるまでにかなり時間がかかり,教師の手 助けや誘導を受けた。挙手率は高いものの(国語:.60, 算数:.71),教師の発問を十分に理解した挙手ではない ことが推測される。 C 前に出て,みんなの前で自分の意見を発表すると き,声が小さく,教師からそのことを指摘された。 D ノートの準備や課題に取り掛かるまでに時間がか かった。他の児童が準備し終えてから,周りを見渡し て,ようやく準備に取りかかった。全員で音読する場面 で,どこを読むのか分からず,隣の児童に教えてもらっ たり,机間指導をしている教師から指導されたりするこ ともあった。また,手遊びをしていて,それについて教 師から注意を受けた。これらは,D の授業参加率が低い (国語:.39,算数:.36)ことを裏付ける事例である。 E 授業中に指示と違うことをしていて,教師から注 意を受けるという場面があった。隣同士で話し合う場面 でも,隣の児童が一方的に意見を言うのを黙って聞いて いる様子も見られた。また,算数の時間の冒頭に毎回計 算プリントをするとき,終了を知らせるタイマーが鳴っ ても,鉛筆を置かずに続けていることがあり,他の児童 から指摘された。これらは,E の授業参加率が低い(国 語:.48,算数:.39)ことを裏付ける事例である。 F 板書をとるのに時間がかかり,続く教師の発問や 他の発表の間も書き続けていた。計算プリントの時間に, 終了のタイマーが鳴っても,解き続けていて,他の児童 から注意された。また授業中に鉛筆を落としたり,他の 児童の落としたペンに気づいて渡しに行ったりして,授 業の途中で席を立った。D,E よりも,挙手率(国語:.31, 算数:.28)や授業参加率(国語:.64,算数:.65)はや や高いが,同様に行動が遅れる傾向が見られた。 観察対象児の挙手場面の分析 観察対象児の中で,挙手が少なかった A,C,D,E の 4 人について,最初,挙手しなかったが,途中で,挙 手した場面に焦点を絞った。なぜなら,教師は,発問に 対して,これらの児童も含めて,挙手する児童の数が少 ないとき,何らかの方法を用いて挙手を促していたから である。すると,そのような場面では,主に以下の a) から c)のいずれかの方法が見られた。 a)教師が挙手を促す前に,発問内容を考える時間を 児童に十分に与える。 b)発問をもう一度繰り返す。 c)いくつかの具体的な選択肢を教師が提示した上で 発問する。 それぞれの方法が用いられた場面数を観察した授業全 体で調べ,その中で,各児童が挙手した場面の割合を Table 5 授業における観察対象児の場面別授業参加率 教師指示 板書 他児発言 教師説明 1組 A B C A B C A B C A B C 国語 平均 .87 .86 .93 1.00 1.00 1.00 .89 .54** .79  .75** .52  .73** 範囲 .73–1.00 .75–1.00 .77–1.00 1.00 1.00 1.00 .82 – 1.00 .40 – .85 .59 – 1.00 .50 – 1.00 .00 – 1.00 .33 – 1.00 算数 平均 .90 .79 .92  .91  .94  .97 .84 .56**  .65** .72 .67 .61 範囲 .71–1.00 .43–1.00 .71–1.00 .50–1.00 .50–1.00 .75–1.00 .43–1.00 .14–.95 .37–.96 .50–1.00 .29–1.00 .14–1.00 2組 D E F D E F D E F D E F 国語 平均 .62 .73 .91 1.00  .33 1.00  .14** .27**  .48** .50 .33  .38** 範囲 .40 – .88 .20 – .100 .75 – 1.00 1.00  .33 1.00 .00 – .33 .00 – .49 .00 – .69 .25 – 1.00 .00 – .75 .00 – .75 算数 平均 .64 .71 .85 1.00 1.00 1.00 .22 .13**  .51**  .13**  .27** .51 範囲 .25 – .83 .43 – 1.00 .62 – 1.00 1.00 1.00 1.00 .06 – .38 .00 – .42 .38 – .72 .00 – .50 .00 – 1.00 .00 – 1.00 注.平均観察場面数:1 組国語 35,算数 38,2 組国語 33,算数 34   教師指示,板書,他児発言,教師説明の平均割合:1 組国語 .39,.00,.44,17,算数 .26,,.05 ,56,.12,2 組国語 .29,.01,.58,12,算数 .35, .01,.53,.12. **p < .01:他の場面よりも参加率が有意に小さい場面

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Table 6に示した。それぞれの場面の挙手の割合と,そ の他全体の挙手場面(Table 2)での挙手の割合の差につ いて,直接確率で検定した。その他全体の挙手場面より も挙手率が高いところを Table 6 に示した。D,E は,b) の場面で挙手が促されることがなかったが,A,C では, 3つの場面で他の場面よりも挙手率が有意に高かった。 以下,実際の事例を示しながら,説明する。 a)考える時間の付与 この方法には,一度発問を投 げかけてから,児童の反応を見て,挙手をしている児童 が少ない場合に時間を与える場合と,最初に「今からこ ういうことを質問するから,少し考えてみてね」といっ た指示をしてから時間を与える場合があった。時間の与 え方としては,「挙手している児童の人数が少ない時に もう一度全員に教科書の内容を読ませる」「先に発問の 内容を知らせておいてから教師が板書している間に各自 で考えさせる」「先にノートに自分の意見をまとめさせ てから後でノートに書いた内容を発表させる」「隣の席 の児童と話し合う時間を与えてから発表させる」などの 方法があった。 以下にこの事例を示す(1 組国語の授業)。 〈“このように私たちは…を伝えることができます”と いう文章から何を伝えることができるのかを考える授 業〉  教師:「相手に伝えることができるって書いてあるね。 何を?何かを伝えるんよね?何を伝えるの?」 (児童の何人かが挙手する))  教師:「何かを伝えるんでしょ?伝える中身があるは ずね。私たちは何かを伝えるんだけど,何を伝 えるの?」 (A,C は手を挙げていない))  教師:「はい,もう一回読む時間あげる。はい読む時 間あげる。何を伝えてるのかな?」 (A が挙手しかけるが,すぐ手を下ろし,もう一度教 科書を読みなおす) 教師:「何を伝えるのかな?何を伝えるの?」 (A が挙手し,指名される)) 上記の下線部分にあるように,教師が教科書をもう一 度読む時間を与え,児童に考える時間を与えている。そ の後,一度 A が手を挙げかけるが,すぐに手を下ろし てしまった。しかし,教師がそこですぐに指名せずに待っ たことで,もう一度教科書を読み直し,挙手をすること ができた。 b)発問の繰り返し これは,教師が発問をしたとき, 児童の挙手が少なかった場合に,すぐに当てずに,もう 一度発問の内容を繰り返す方法である。 以下にこの事例を示す(1 組算数の授業)。 〈黒板上にサルが何匹か描かれた絵を見て文章題を作 り,式を立てる授業〉  教師:(サルが描かれた絵を指しながら)「ここには何 匹いるか考えてみてください。ここには何匹い るでしょう?」 (児童が手を挙げ始める)  教師:「見てますか? ここには何匹いるでしょう? これはみんなが分からないといけないよ。手が 挙がってない人見てないぞ。」 (挙手する児童が増える)  教師: (再び絵を指しながら) 「ここには何匹いるで しょう?」 (A,C が挙手し,A が指名される) 上記の例では,黒板に張られた絵から文章題を考える ために,まず,その絵に描かれたサルの数を児童に尋ね ている場面である。1 回目の発問では,B 以外の対象児 童は挙手していなかったが,その後,さらにサルが描か れた場所を示しながらもう一度発問を繰り返したことに よって,対象児童を含め,クラスのほとんどの児童が挙 手することができた。 c)具体的な選択肢の提示 この方法は,オープンク エスチョンでは答えにくい場合や,難しい場合に,教師 から「○○と思う人?いや,□□だと思う人?」といっ たように,具体的な回答の選択肢を与えられることで, 児童が答えやすくなるというものである。 以下にこの事例を示す(2 組国語の授業)。 〈“このようにわたしたちは…”という文章から,わた したちは誰をさすのかを考える授業〉  教師:「“このように”をのけたら,“わたしたち”か らスタートするでしょ?この“わたしたち”,

Table 6 挙手の少ない児童(A,C,D,E)が各場面(国語と算数の合計)で挙手した割合

1組(A,C) 2組(D,E) 場面数 A C 場面数 D E a) 考える時間の付与 13 .54**  .69** 13 .46*  .23** b) 発問の繰り返し 11 .27*   .36†  5 .20  .20  c) 回答の選択肢  7 1.00**  1.00** 11 .82** .55** †p < .10,*p <.05,**p <.01:他の場面よりも挙手率が有意に高い場面

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これ誰のことでしょう?」 (D,E は挙手せず,児童 3 名が指名される) 児童 1:「男の子とか女の子」  児童 2:「わたしたちって女の子がわたしって言うけ ど,男の子も含めてわたしたちって…全員の こと」  児童 3:「地球上にいるアメリカ人とか動物とかも全 部含めて…」 教師:「今の人たちと違うって人?」 (対象児童は挙手せず,他の児童 3 名が指名される) 児童 4:「人間」 児童 5:「世界中の人」  児童 6:「わたしは自分のことだけど,“たち”がつい たら,みんなのこと」 教師:「まだ違う考えだって人?」 (対象児童は挙手せず,他の児童が指名される) 児童 6:「動物も生き物だから,ぜーんぶ入っている」 (隣同士でわたしたちが誰のことを指しているのかに ついて話し合う)  教師:「じゃあちょっと聞いてみますよ。わたしたちっ ていうのは ,人間のことを言ってると思う人? いや,わたしたちっていうのは人間と他の生き 物も全部含めて言ってるっていう人? あ,じゃ あその間…全部じゃないけど人間と他の生き物 もちょっと入ってるっていう人?」 (観察対象児童 3 名とも,いずれかの選択肢に挙手す る) この授業では,最初に「この“わたしたち”,これ誰 のことでしょう?」とオープンクエスチョンで尋ねたと ころ,F 以外の対象児童は挙手できなかった。挙手をし た何人かの児童の発表の後,教師が今まで出た意見をま とめ,そこから選択肢をいくつか挙げ,いずれかに挙手 するように求めた。それによって,対象児童全員が挙手 することができた。この場面では,最後の発問の前に, 隣同士で話し合う時間を設けるといった a)の方法も含 まれていた。このように a)∼c)の方法を組み合わせて 用いることも多かった。

考   察

本研究では,クラスでワーキングメモリ得点が相対的 に小さいが,年齢相応のワーキングメモリを持つ児童の 授業観察を行い,そのような児童の授業中における態度 の特徴を調べた。 まず,ワーキングメモリの相対的に小さい児童の授業 態度は,個人によって違いが見られたが,挙手をほとん どしない児童が含まれ,全般に,課題や教材についての 教師の説明や,他児の発言を聞くことが容易でないこと が示唆された。これらの児童によく見られた特徴や事例

は,先行研究(Gathercole & Alloway, 2008/2009)で挙 げられているものと一致している。先行研究では,ワー キングメモリが小さい児童(得点が年齢集団の 10 パー センタイル以下)の授業態度について,クラス全体が集 まって教師主導で話し合うような場面では発言が少な い,教師の指示通りにできない,作業の進行状況が分か らなくなる,複雑な学習活動ができない,不注意で,落 ち着きがないといった特徴を指摘している。また,挙げ られた具体例の中に,教師の質問に対して挙手したにも かかわらず,教師に指名されると答えられなくなったり 違う答えを言ってしまったりすることなどが含まれてい る。こうした特徴や事例を,クラスでワーキングメモリ 得点の最も小さいが,年齢相応のワーキングメモリを持 つ児童においても,挙手率や授業参加率の低さといった 量的,客観的な指標や質的記述によって確認したことが, 本研究の独自性であった。また,先行研究では指摘され ていないことではあるが,本研究では,板書や作業にと りかかるまでに時間を要するといった事例や,特に他の 児童の発表を集中して聞くことができないという特徴が 観察対象児に見られた。これらのことも,ワーキングメ モリが小さいことが影響して起こることであると考えら れる。 このような態度は,当然,学習にとってネガティブに 働き,このような態度が長期的に継続することは,先行 研究(Gathercole & Alloway, 2008/2009)で示唆される ように,学習遅滞を引き起こすことが予想される。注意 すべきことは,本研究の観察対象児のワーキングメモリ は,クラスの中では小さいが,年齢相応であるという点 である。教師の指示は,短く,過大な情報を含むことは 少ないため,観察対象児は,比較的多くの場合,「教科 書を読んで!」といった指示に従った活動ができた。し かし,他の児童の発言は,しばしば長く,たくさんの情 報や暗黙的な情報を含んでいるため,ワーキングメモリ が相対的に小さい児童にとって,他の児童の発言やそれ に対する教師の説明を十分に聞くことができず,その結 果,授業における教師や他の児童とのやり取りにも積極 的に参加することが困難となっていた可能性がある。小 学校低学年の児童は教師と一対一の対話を行いがちであ り,教師対学級という一対多の話し合いは上の学年に向 けて徐々に共有される(磯村ほか,2005)。そのため,ワー キングメモリが相対的に小さい 1 年生が他児の発言を聞 いていなかったことは,教師と一対一の対話を行うとい うその低学年の児童の特徴による可能性もある。しかし, 同じ学年のクラスの児童にはワーキングメモリの発達的 な個人差があること,日本の小学校の授業が児童の話し 合いを中心に進むことが多いことを踏まえると,発達障 害などを抱える児童にとどまらず,クラスの中でワーキ ングメモリが相対的に小さい児童は,他の児童の発言や

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それに対する教師の説明を聞くことができないため,そ の後,展開する一対多の話し合いに参加できず,多くの 学習の機会を失うことも考えられる。 では,そのようなリスクを軽減するために,個別指導 以外に,クラスの場面でどのような支援が可能であろう か。挙手場面を分析することで,ワーキングメモリの小 さい児童に対する授業参加の支援方法が示唆された。ま ず,発問の仕方については,a)発問の前に児童に考え る時間を与えてから発問する,b)発問をもう一度繰り 返す,c)いくつかの具体的な選択肢を教師が提示した 上で発問するという方法が考えられた。これらの方法は, ありきたりのようではあるが,教師が限られた時間で授 業を進めようとすると,忘れがちなことである。もちろ ん,これらの支援方法は,必ず効果があるとは限らない。 例えば,b)の方法は,D,E の児童の挙手を促すこと はなかった。これは,単純な発問の繰り返しでは,発問 の意味の理解が十分に促されなかった可能性が考えられ る。これらの児童にとって,発問を別の表現に言い換え るなどの方法がより有効であるかもしれない。しかし, ワーキングメモリが相対的に小さい児童が挙手している かどうかといった点に注目することで,教師がその場で 発問の適切性をチェックし,場合によっては上記のよう な方法を用いるべきかどうか判断する手がかりとするこ とができる。 上記のような支援方法が有益なのは,ワーキングメモ リが相対的に小さい児童だけではない。授業中に児童全 員が撮影されていたわけではないため,正確な人数は分 からないものの,観察終了後の教師との検討会での教師 の報告や,授業ビデオの記録から,a)∼c)の方法を用 いることで,観察対象児だけでなく,クラス全体で挙手 する児童の数が増えたことが,確認された。すなわち, そのような支援方法を適宜用いることで,クラスの児童 全体にとって分かりやすい授業になることが推測され る。 最後に,本研究の成果は,クラスでワーキングメモリ が相対的に小さい児童は,発達障害などの問題がなくて も,授業に参加しにくいこと,そのような児童をワーキ ングメモリのアセスメントによって早期に見いだし,本 研究で示唆したような授業参加の支援を教師が行うこと で,授業に参加しやすくなることを示唆したことである。 もちろん,このような支援の有効性は,本研究で対象と した小学校 1 年生という低学年の児童に限られるかもし れない。今後の課題として,ワーキングメモリの相対的 に小さい児童を横断的,縦断的に観察することで,その ような児童の態度や学習成績がどのような変化を示すの か,年齢とともに,ワーキングメモリが相対的に小さい 児童にとって必要な支援がどのように変化し,また,a) ∼c)以外の方法や教科に応じたより具体的な支援方法 としてどのようなものが考えられるかを明らかにするこ とが挙げられる。さらに,本研究では,クラスでワーキ ングメモリが相対的に小さいと平均的な児童を比較した が,ワーキングメモリが相対的に大きい児童はどのよう な態度を示すのか,ワーキングメモリの大きさに応じて どのような教授方法が有効なのかを検討していくことも 今後の課題である。

文   献

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Yuzawa, Masamichi (Graduate School of Education, Hiroshima University), Watanabe, Daisuke (Graduate School of Education, Hiroshima University), Minakuchi, Keigo (Graduate School of Education, Hiroshima University), Morita, Aiko (Graduate School of Education, Hiroshima University) & Yuzawa, Miki (The Faculty of Human Life Sciences, Notre Dame Seishin University). Classroom Behavior and Learning Supports for Children with Poor Working Memory. The Japanese Journal of Developmental Psychology 2013, Vol.24, No.3, 380−390.

This study consisted of classroom observations of children with relatively poor working memory, and examined their behavioral characteristics in Japanese and mathematics classes to suggest ways to support their learning. Two classes of first graders received computer-based working memory tests, and 3 children with the poorest scores from each class were selected; 37 hours of observations were conducted in total for the children in Japanese and mathematics classes. Some children rarely raised their hands for teachers’ questions, and found it difficult to listen carefully to teachers’ explanation or to their classmates. There were exceptional situations in which those children raised their hands, when (a) teachers gave ample time for children’s consideration before a question; (b) teachers repeated questions; and (c) teachers gave several alternatives as answers to a question. These findings suggest that in classes where individual differences in the development of working memory are inevitable a teacher could use questioning techniques to facilitate the learning of children with poor working memory.

【Keywords】 Working memory, First grade children, Learning supports, Individual differences, Classroom observation 2012. 11. 27 受稿,2013. 4. 19 受理 付記 本研究は,科学研究費補助金(基盤研究(B),課題 番号 23330203)の助成を受けた。本研究に協力いただ いた児童および先生方に厚く御礼申し上げます。

参照

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