6.2 2012 年取得データとの比較
6.4 未解決の問題
M7のデータ取得期間中において原因の特定できなかった未解決の問題が生じた。ここで は、その詳細と問題に対して行った調査について述べる。
6.4.1 Run#248115 で生じたバレル部一部モジュールの急激な検出効率低下
問題の概要
2014年11月27日の夜から翌朝まで行われたrun#248115の途中、突然バレル部レイヤー 0と3の検出効率が低下し始めるのをオンラインモニター上で確認した。その時点でデータ 収集上のエラーは出ておらず、ランを続行した。図6.12は、最終的に得たrun#248115のバ レル部各レイヤーの検出効率である。レイヤー0, 3において、要求値の99 %を下回る検出 効率の極端な低下があった。この事態を受け、具体的に検出効率の下がったモジュールを調 査し、結果としてバレル部全レイヤーの一部モジュールで極端な検出効率の低下が生じてい たことを確認した。そのデータをもとに、キャリブレーションに使用するソフトウェアSCT GUIを用いて該当するモジュールの状態を詳しく調べた。しかし、目立った異常は発見でき ず、具体的な対処を施すこともできなかった。そして、次のオーバーナイトランにおいては この問題は見られなかった。その後も再発が心配されたが、結局期間中にこの問題が生じた のはrun#248115のみであった。
図6.12: Run#248115のバレル部各レイヤーの検出効率
55
第6. 結果と考察 6.4. 未解決の問題
問題の具体的な状況
図6.13は、run#248115の各バレルレイヤーのサイド毎での検出効率のη−φ分布である。
青色になるにつれて検出効率が低い。レイヤー0, 1, 2ではサイド0とサイド1との間で検出 効率の低いモジュールの分布が同じであるが、レイヤー3ではサイド1においてより広い分 布で検出効率の低いモジュールが広がっている。より詳細に状況を確認するため、モジュー ルに対するヒット及びトラックに付随したヒットのη−φ分布を見てみたものが、図6.14で ある。この図より、検出効率が低いモジュールに対してヒット数はあまり変化が見られない が、トラックに付随したヒットが減っていることが分かった。図はレイヤー1のサイド0の ものであるが、全てのレイヤーサイドで同様の傾向が見られた。全てのレイヤーに対して検 出効率の低いモジュールが現れていたにも関わらず、図6.12においてレイヤー1, 2の検出効 率に大きく変化がなかったのは、それらのレイヤーにおいて検出効率の低いモジュールがト ラックに付随したヒットの少ない領域、つまり宇宙線の入射が少ない領域にたまたま集中し ていたためである。したがって、同様の問題が衝突実験中に生じた場合はレイヤー1, 2にお いても検出効率の低下が生じることが予想できる。
またこれらのη−φ分布を見ると、異常のあるモジュールがφに対して2列分,ηに対して 6列分の12モジュールの単位で広がっていることも分かる。この単位は、1つのTXライン がカバーするモジュールの単位と一致しており、TXラインに何らかの問題が生じたことを示 唆している。しかし、run#248115中にTXラインに関連するエラーは報告されていない。
急激な検出効率の低下を起こしたモジュールを表6.2にまとめておく。
表6.2: Run#248115で急激な検出効率の低下を起こしたモジュール
レイヤーサイド モジュール(η, φ) レイヤー0サイド0 ( 0 to 6, 8 ) ( 0 to 6, 9 ) レイヤー0サイド1 ( 0 to 6, 8 ) ( 0 to 6, 9 ) レイヤー1サイド0 ( 0 to 6, 20 ) ( 0 to 6, 21 ) レイヤー1サイド1 ( 0 to 6, 20 ) ( 0 to 6, 21 )
レイヤー2サイド0 ( 0 to 6, 20 ) ( 0 to 6, 21 ) ( 0 to 6, 22 ) ( 0 to 6, 23 ) レイヤー2サイド1 ( 0 to 6, 20 ) ( 0 to 6, 21 ) ( 0 to 6, 22 ) ( 0 to 6, 23 )
レイヤー3サイド0 ( 0 to 6, 14 ) ( 0 to 6, 15 ) ( 0 to 6, 16 ) ( 0 to 6, 17 ) ( 0 to 6, 24 ) ( 0 to 6, 25 )
レイヤー3サイド1 ( -6 to 0, 18) ( -6 to 0, 19) ( -6 to 0, 20) ( -6 to 6, 14 ) ( -6 to 6, 15 ) ( -6 to 6, 16 ) ( -6 to 6, 17 ) ( 0 to 6, 24 ) ( 0 to 6, 25 )
56
第6. 結果と考察 6.4. 未解決の問題
図6.13: Run#248115の各バレルレイヤーの検出効率のη−φ分布
57
第6. 結果と考察 6.4. 未解決の問題
図6.14: Run#248115でのバレルレイヤー1サイド0の検出効率・ヒット・トラックに付随し
たヒットのη−φ分布
ルミノシティブロック毎のイベント再構成による時間的変化の調査
検出効率の低いモジュールがどのタイミングで発生し始めたかを確認するため、20個の ルミノシティブロック毎にイベントを再構成し、その変化を確認した。ルミノシティブロッ ク(LB : Luminosity Block)とは1つのランをある時間で区切ったものであり、宇宙線デー タ収集において1 LBは約1分に対応する。つまり今回は約20分毎の変化を確認したことに なる。この調査によって得た各バレルレイヤーの検出効率の変化をまとめたものを図6.15に 示す。
この図から検出効率の大きな降下がLB 80周辺でレイヤー3サイド1に、LB 400周辺でレ イヤー0, 3の両サイドに生じていることが分かる。またこの図では顕著には表れていないが、
LB 270周辺でレイヤー1に、またLB 400周辺でレイヤー2に検出効率の低いモジュールが
生じ始めていることがこの調査から分かった。各バレルレイヤーでの低検出効率のモジュー ルの発生の順番をまとめると、
58
第6. 結果と考察 6.4. 未解決の問題
バレルレイヤー3サイド1のマイナスη領域(LB 86 - 105)
↓
バレルレイヤー1両サイドのプラスη領域(LB 271 - 290)
↓
バレルレイヤー0,2,3両サイドサイドのプラスη領域(LB 416 - 435)
という流れである。つまり、全バレルレイヤーの検出効率の低下は同時に起きたものでは なく、ランの途中で段階的に生じていたことが判明した。しかし、この検出効率の変化のタ イミングと同期するデータ収集系のトラブルは確認できなかった。
図6.15: Run#248115での各バレルレイヤーの検出効率のルミノシティブロック依存性
その他に分かっていること
• 同じrun#248115において、TRT検出器ではRODに問題が生じていた。しかし、この
問題との関係性は見出だせていない。
• ラン中にはいくつかのエラーが発生していたが、前節で示した検出効率の低下のタイ ミングと同期するエラーは見られない。
• 5.1.3節で示した残差2 mmの条件を変え、検出効率の再計算を行ったが大きな変化は
得られなかった。
以上がこの問題に対して分かっていることである。同様の問題が衝突データ取得中に発生 した場合、データの質に大きな影響を与えるため、原因の把握が必須である。そのため引き 続き調査を継続中である。
59
61
第 7 章
まとめ
ATLAS実験は、LHC加速器での陽子同士の高エネルギー衝突から生じた粒子をATLAS
検出器を用いて検出し、素粒子標準模型の検証及び標準模型を越えた物理事象を探索する実 験である。2012年に収集したデータからヒッグス粒子を発見し、今後の成果にさらなる期待 が寄せられている。
LHC加速器は2015年5月に開始が予定される衝突エネルギー13 TeVでの運転(RUN2) へ向けたアップグレードのため、2013年2月より長期のシャットダウンに入った。ATLAS 実験においても、この長期のシャットダウンに伴ってデータ収集を中断し、ATLAS検出器の アップグレード作業を行った。その詳細については本論文第2章で報告した通りである。こ のアップグレード作業を経て、RUN2開始までにATLAS検出器をこれまで通りに動作させ、
その性能を評価する必要があった。そのためATLAS実験グループでは、2014年2月から約 1年間をかけて試験動作期間であるマイルストーンランを複数回設け、段階的に検出器の動 作確認及び評価を行ってきた。2014年11月24日から12月8日に実施したM7では、一部
を除くATLAS検出器全体を動作させ、宇宙線データを取得した。本研究では長期シャット
ダウン中にデータ収集系を大幅に変更したATLAS検出器内のシリコン飛跡検出器(SCT検 出器)に注目し、M7のデータから検出効率を算出することでその性能評価を行った。
結果、ソレノイド磁石オンの状態でバレル部において99.67±0.01 %、エンドキャップ部 Aサイドで99.69±0.03 %、エンドキャップ部Cサイドで98.86±0.05 %の検出効率を得た。
バレル部、エンドキャップ部Aサイドの検出効率は、衝突実験を行っていた2012年時に取 得した宇宙線データから求めた検出効率と比較しても良好なものであることも確認できた。
しかし、エンドキャップ部Cサイドの検出効率は要求値の99 %を下回っている。より詳細 な調査で、エンドキャップ部Cサイド内ではディスク4, 5, 6の検出効率が顕著に低いことを 示した。しかし、地面に対して垂直に設置されたエンドキャップ部においては宇宙線の統計 が非常に少なく具体的にどのモジュールが問題なのかは断定できなかった。M7時点ではま だ位置アライメントを行っておらず、これがディスク4, 5, 6の検出効率低下に繋がった可能 性がある。また、全体では要求値を満たしたバレル部においてもレイヤー3の検出効率が低
第7. まとめ
いことを示した。バレル部レイヤー3の検出効率は、TXラインの修正後にモジュールの調整 が不十分であったために生じた可能性があることをモジュールへのヒット数のη−φ分布を 調査することで示した。2012年の衝突データで報告されたノイズの高いストリップ数の全体 に占める割合と検出効率との相関をM7データでも確認したが、明らかな相関関係を見るこ とはできなかった。
今回の研究で得られた結果から、エンドキャップ部Cサイド及びバレル部レイヤー3の 調整が必要であることを示した。とりわけバレル部レイヤー 3 に関しては、問題のあるモ ジュールが特定できており、すぐに調整が行えるものと考える。今後ATLAS実験グループ
は、RUN2開始前の2月と3月にM8, M9を予定している。これらのマイルストーンランに
おいて、今回明らかにした問題部分を重点的に調整し、全レイヤー・ディスクで要求値の99
%以上の検出効率を達成することを目指す。また、M7で生じた未だ原因の分からない未解 決の問題についても調査を続け、今後同様の問題が生じた際に即時に対処できる準備を行っ ていく。
62