Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
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Soolety for the Study of Pall and Buddhlst Culture
ミ
ャ ン マ ー連
邦
シ
ャ ン州
ク
ン地
域
の仏 教
に
つ いて
石
井
米
雄
1
.は じめ
にミ ャ ン マ ー
連
邦く
Union
f
Myanmar
)
の 北東 部
にあっ て , 全 国土 面積
の ほ ぼ4
分
の1
を占
め るシ ャ ン州 (
Shan
States
)
に は , ビ ル マ 人 が 「シ ャ ン」 と総 称 す
る タ イ系
民族
が住
ん で い る ω。 「シ ャ ン」 で括
ら れ る民 族 は , い ず れ もタ イ系の 言 語の話
し手
で あ る こ とに共 通項
が み ら れ るが, それ らの諸 民
族
の 問に は, 歴史
的,文
化 的 に微妙
な差異
が存 在
する。 しか しな が ら今 日 ま で , タ イ系 諸
民族
の な か に存 在
す る文 化 的 差異
につ い て の議 論
は活 発
に行
わ れ て い ない 。 その 理由
と して, 英国植 民
地 政府
が , ビ ル マ人
の他 称
で あ る 「シ ャ ン 」 を無
批判
に使
用 し, その 傾向
が 独 立 後の ビル マ に おい て も踏 襲
さ れ て今
日に い た っ て い る こ と が考
え られ る 。本 稿
は , fシ ャ ン」研 究
に お い て, これ まで独 立 し て論 じ ら れ る こ とのす くな か っ た. シ ャ ン 州東
部
ケ ン トゥ ン地区
に居 住
する 「クンKhun
,K
血n,Khcen
」 をと りあ げ,筆 者
が文 部 省
国 際 学 術 研 究 「シ ャ ン文 化 圏
に お け る言語 学
的 ・文 化
人類 学 的
調査
」〈
研 究代 表 者 親 谷 忠 彦)
に参 加
して,1996
年
12
月
24
旧か ら2
遍 問 にわ た り, ケ ン トゥ ン とその周
辺 におい て行
っ た聞
き取
り に も とづ き, ク ン 仏 教の 現 状 を概 観 す る こ とに よ っ て , 「 シ ャ ン研
究」 に お け る ク ン研 究
の 重要 性
を指 摘 す
る こ とを
昌的
と し て執
筆
さ れ る も の で あ る 。2
.ク
ン地
域
につ い て シ ャ ン州 は , 全 域が平 均 標 高
900m
に達す
る高 原 地 帯
であ
る。 その ほ ぼ 中 N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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2
パ ーリ学仏 教 文 化 学央
部 を南 北に貫 流 する サ ル ウ ィ ン 河は, チ ベ ッ ト東 部
に発
し, メ コ ン 河 と ほ ぼ平 行
し て ミ ャ ン マ ー に 入 り. シャ ン 州 を南 流 し, モ ウ ル メ ン に お い て マ ル タバ ン 湾 に注 ぐ。 全長
2800km
。 そ の 長 さにお い て は イ ラ ワ デ ィ河 をは るか に こ える ミ ャ ン マ ー第
一 の大
河で ある 。 英 国 植 民 地 政府
は, こ の サ ル ウ ィ ン 河 を境 界
と して , シ ャ ン州
を,Cis
−Salween
す
なわ ちサ ル ウ ィ ン 河の 此岸
と,Trans
−Salween
す なわ ちサ ル ウ ィ ン 河 の 彼 岸 とい うふ た つ の 地域
に分
け た(4) 。 しか し,Trans
−Salween
は, イラ ワ デ ィ河流
域 を東
進 して シ ャ ン高
原 に 到 達 し た英
国 人 植 民 者の 視点
を示 す もの で は あっ て も, こ の地 域
の特 徴
を な ん ら積 極
的に示
すも
ので は ない 。シ ャ ン州は, そ の ほ ぼ 中 央 に 山
脈
が南
北 に走 り
, そ れ が サル ウ ィ ン河 流 域
とメ コ ン河 流
域 との 分水 嶺 を
な して い る。 こ の点
に着
目す
る な らば,Trans
−Salween
は む しろ積極 的
に, メ コ ン河 流域
と規 定 す
る こ とがで き よ う。事 実
, シ ャ ン州 東 部
に住
む ク ン は, 中 国 雲 南省
西 双 版 那 タ イ族自治 州
の ル ー , ラ オ ス の ラー オ, タイ北 部の ユ ア ン な ど と ともに, メ コ ン河
流 域 の 生 活 圏 を共 有
す るタ イ族
の 一派
を な して い る 。 ケ ン トゥ ン にお ける 聞 き取
り調
査 に よ っ て, わ れ われ はケ ン トゥ ン(
= チ ェ ン トゥ ン)
の ク ン が , チ ェ ン フ ン(
景 洪 )
, チ ェ ン トン(
ル ア ン パ バ ン)
, チ ェ ン セ ン , チ ェ ン マ イ と と もに 「五 つ の チ エ ン(
ha
chiang)
」 を な す と意
識 して い る こ と を確 認 す
る こ と が で きた (5) 。Hans
Penth
は , こ れ らの地
域 に住
む タ イ族
が, 互 い に酷
似 した 文字
を使
用 して い る事
実
に注 目
し, か れ らの共 有
す る 文 化 を 「タ ム文 字 圏 文 化
(
the
Culture
ofthe
Regiofi
ofthe
I
)hamma
・hetters
)
」 と
呼
ん で い る(6)。言語 学 者
に よれ ば, ク ン語
とシ ャ ン語
は, 「声 調 分 岐
」 の タイプが 同 一 で ほ とん ど変
化は な い に もか かわ らず, ク ン は自
分 た ちの言 語
が, シ ャ ン語
と異 なっ て い る と感
じ,逆
に ク ン語
との 距 離 が大
きい はず
の ル ー に対 して親 近 感
を もつ と い う。 これ は お そ ら くペ ン トの指摘 す
る文
字
の類 似 性
に よ る もの で あろ う ω 。近 年
, ケ ン トゥ ン と ラ ー ン ナー すな わ ち タ イ北 部(
チ ェ ンマ イ , チ ェ ン ライ〕
との交 流
が急
速 に増加
しつ つあ
る世
の趨
勢 を考
える な らば〔9} , ク ンが北 タ イ に対
して い だ く伝 統
的 な親
近 感 は, さ らに深
まる もの と見
ら れ よう
。 N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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ミャ ン マ ー連邦シ ャ ン州ク ン地 域の 仏 教につ い て
3
SHAN
STATES
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S
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.London
,1912
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,Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
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4
パ ーリ学 仏 教 文 化 学3
.ケ
ント
ゥ ンに
つ いて
ケ ン トゥ ン は
1947
年
に い た るま
で,南
シ ャ ン州 最 大
の州
で , その 総 面積
は12
,405
平 方マ イル 。 ケ ン トゥ ン市
は, その 州 都で あ っ た。1948
年
, ビル マ連
邦の成 立 後
, 旧 ケ ン トゥ ン州
は新
しい シ ャ ン州の 一 部 となる 。全
ビル マ が 英領
と な る1886
年
まで, シ ャ ン 地方
に は, そ れ ぞ れ山
間盆
地 を支
配 する34
名
の ソ ー ボア(
sawbwa)
と呼
ばれ る藩侯
がい た 。 英国植 民
地 政府
は, これ らソ ー ボ ァ の伝 統 的権 益
を承
認 し た が , その精 神
は1947
年
の 「 ビル マ 連 邦 憲法
」 に も継 承 され て い る 。1959
年
4
月, ビ ル マ 政府
は補 償金
の支払
を もっ て ソ ー ボ ア の伝 統 的 特 権
を放棄
する協 約
を準 備
し, ソ ー ボ ア は 一応
これ に署名
した も の の ,条 約
の内容
が全
面実 施
に は い た らぬ ま ま,1962
年
の ネウ ィ ン ・ク ー デ タ を迎 え
る こ ととなっ た。政権
を掌 握
したネ
ウ ィ ン は,英
国植
民地
政府
と独
立 後の ビル マ 政 府が 堅 持 して きた それ まで の 分 権 容 認 策 を転 換 して , 反 中 央 政府 的
な ソ ー ボ ア を身柄
を拘 束
する な ど, 一挙
に強 引
な集権 化
をす す め た 。 ケ ン トゥ ン の ソ ー ボ ア は, これ に より
ヤ ン ゴ ン に連行
さ れ た ま ま, 「軟 禁
」 状態
におか れ る こ と となっ た。 その 一方
で ビル マ 政府
は , ケ ン トゥ ン にあ る ソー ボ ア の 旧 王宮
を破 壊
し, そ の 跡 地 に国営
ホ テ ル を建 設 して しまっ た の で あ る。 か く して ケ ン トゥ ン の ソ ー ボ ア の伝 統 的権 力
は,完 全
に剥 奪
され る こ と となっ た。 た だ ひ とつ 注 目さ れ るの は, ソ ー ボア の伝
統 的権 威
が , た とえ
ば ク ン仏教
サ ンガ の首 長
の任 命権
な ど に残
っ て い る点
で あ る。 こ の点
は さ ら に詳
細 に検 討
さ れな けれ ば な らない 。1973
年
の 一資 料
に よ れ ば , 旧ケ ン トゥ ン州
の 総 人 口 は223
,894
人, ケ ン ト ゥ ン市 部
の 人口 は5
,508
人 とあ る (9) 。 調査
の時 点
に お ける人
口統 計
は 入手
で き なか っ た が , お そ ら く1
万人前後
であ
ろう
。4
.ケ
ント
ゥン の仏 教
寺
院
ク ン は ケ ン トゥ ン
市
の 人口 の80%
を構
成す
る。 ケ ン トゥ ン は文 字
どお りク ン 文 化 の 中 心 地 で あ り, 同 時 に , シ ャ ン州東
部に お ける 上座
仏教
の 中心 地
で N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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ミ ャ ンマ ー連 邦シ ャ ン州クン地 域の仏 教に つ い て
5
もあ
るe1997年 現 在
, ケ ン トゥ ン市 内
に は44
の仏教 寺 院
が ある(
表
ユ)
。 そ の内訳
は, 以下 に示 す
よう
に, ク ン寺 院
が33
寺
, シ ャ ン寺 院
が10
寺
, ビル マ寺
院が1
寺
で あ る。 表1
ク ン寺 院1
.Wa
粟Luan
翕Ch
互angY
働3
.Wat
Chiang
Ngam
5
.Wa
重Hoa
Kat
7
.Wa
重Chom
Mai
9
.Wa
室Nong
Kung
ll
.Wat
Chiang
Lek
13
.Wa
重Mo
籤Rna
15
.Wat
Kheln
血17
.Wat
Chom
Kba
皿19
.Wat
Phra
Si
皿9
21
.Wat
Rong
M
血an εお .
Wat
Hoa
Khua
Fa
Rua
25
.Wat
Phakam
27
.Wat
Asok29
.VVat
Phrathat
Saeng
Mtiafi9
3L
Wat
Chiang
Lan
33
.Wat
Chia
丑g
Ka
シ ャ ン寺 院1
.Kyaung
Si
No
3
.Kyaung
Tu
Ya
5
.Kaung
Cho1
皿Bo
囗7
.Kyau
籤g
No
皿g
Pha
9
.K
}「 aun 皀贓okMai
ピル マ 寺 浣1
. {寺 名 未 確 認 ) ケン ト ゥ ン市 部 の 仏 教 寺 院(コO)2
.Wat
Ratchathan
L
瞼 ngHoakhwong
4
.Wat
Chiang
Chan
6
.Wat
P
農Daeng
8
.Wat
Pa
Lim
10
.Wat
Foei
Lung
l2
.Wat
トbng
Kham
14
.Wat
Yang
Khong
16
.Wat
In
18
.Wat
Noi
No
20
.Wa
重C
血edi (Nong
Pha
)22
.Wat
Yang
L
24
.W
瀧Chiang
In
26
.Wa
重Suphomma
28
. WalChiaEg
Khum
30
、W
且吐Bo
Kut
32
.Wat
Chiang
Lae
2
.Kyaung
Kammath
跏Mahabodi
4
.K
}「aungTha
量Chom
Siri
6
.Kya
聡9
Namkhek
8
.Kyaung
Moeng N …亜10
.Kyaung
勲loeng
Phiang
こ れ らの
44
寺
院 は. そ れ ぞtt
hoaboasot
と呼
ば れ る大 寺 院
に よ っ て統 括
さ れ る。
hoaboas
【}t
は,hoa
(
首 ) とubosot (< パー リ語 uposatha
)
か ら なSociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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6
パ ーリ学 仏 教 文 化 学 る合 成 語で ,毎
月 満 月と新
月の 日に定
期 的 に行 われ る布 薩(
uposatha ) の行事
を合
同で行 う大 寺 院
を意 味 す
る。 こ れ ら44
の ク ン寺 院
は表
2
に示 す
とおり
, さ ら に4
つ の グル ー プに分 け ら れ る。 表2
hoaboasot
所属寺院 数 住 処 別 民 族 別1
. WatChiang
Ytin
2
.Wat
Hoa
Khwong
3
.Wat
Pa
Daen9
4
.Wat
In
0977
1
aranavas ! aranavaSl aranavaSlgamavasi
ク ン クン タ イ ・ヌ ア クン一
方
, シ ャ ン寺 院
は,市
内 唯 一 の ビル マ系 寺 院
と とも
に ,Kyaung
Moeng
Nai
(
=Dha
odiya )の甑
(
nayaka)
に よっ て繃
さ れ る (11)。 v ずれ も ビ ル マ の仏 教 宗 派
で あ る シュ エ ジン 派 ない しツ ダ ン マ派
の いず
れ かに属 する(12)。 シ ュ エ ジ ン 派 に 属 す る
寺 院
は,Kyaung
Moeng
Nai
,Kyaung
Kammathan
・Mahabodi
,
Kyaung
Thai
Chom
Siri
の3
寺
Eと, 市 外 に あ るKyaung
Kat
To
の 合 計4
寺で ある。ケ ン トゥ ン の ク ン の
男子
は,9
歳 に なる と寺
に住
み ,僧 侶
か ら仏 教 教 理 の 基礎
を まなぶ 。 これ は タイの伝 統社 会
に お い て 一般 的で あっ たdek
wat(
寺
子 )
の慣
習に似 て い る。10
歳 に なる と ,サ ー マ ネー ラ と して 出家
するの が 普 通で ある。20
歳に なる と, 具 足戒
を受
けて ビ ク となる。 こ れ は タ イの場 合
と 同様
で あ るが, ク ン語
で は これ をphek
と呼
ぶ 。 ビ ク は5
回の 雨安
居 を経 験
し た の ち maha と な る。法 臘
10
年
の ビ ク は swadi と呼
ばれ る (t3) 。 法 臘20
年お よ び
30
年
に達
し た ビ ク に は, それ ぞれphra
sami ,phra
khruba
の称 号
があ
た え ら れ る。法 臘
40
年
に達 す
る と,Somdet
Ajfiathamma
phrachao
と して サ ン ガの
首 長
とな る資
格 を得
る。Wat
Chiang
Ying
で行
っ た聞
き取 り
によ る と, ケ ン トゥ ン ・ サ ン ガ の 首 長 は 同
寺
院 の住 職
で , そ の 称 号 はSangkhaparinayok
との こ と であ
っ た (14)。 同 住 職 に よ れ ば.Sangkha
−parinayok
の称 号
は, ヤ ン ゴ ン に身
柄 を 移 され た 旧藩 侯 (
Sawbwa
)
に よ っ N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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ミャ ンマ ー連 邦シャ ン州ク ン地 域 の仏 教につ い て
7
て与
え
られた もの で ある という
。 これ は ク ン ・サ ン ガ の ビル マ ・ サ ン ガ か ら の独
立性
を 示 して い る 。 同 住 職 は近 くさ らに高 位 の sangkharat(
sangharaja)
へ の昇 格
が決 ま
っ て い る との こ とであ
っ た 凶 。 な お ク ン ・ サ ン ガ内
に お け る こ うした称号
の授
与
が , これ を 中央
政府
に報 告 す
る義 務
は ない点
も注
目 に値
し よう
。こ の
点
に お い て,同
じ ケ ン トゥ ン の シ ャ ン ・サ ン ガ の状 況
は著
し く異
な る。 サ ン ガ内
の身
分 の移 動 は , 逐 一 中央
政府
に報
告 す
る こ と が義 務
づけ
られ て い る。 こ れ は中央
政府
が , シ ャ ン ・サ ン ガを
, ビル マ ・サ ン ガの 一部
と認 識
して い る た め で あろ う。
Sbwegin
漁Dba
蜘
akyaung
の懺
か らの聞
き
取 り
に よ れば, シ ャ ン寺 院
の住 職
の任 命
に は ビル マ の宗教 省
の認
可を必 要
とす る と述べ て い た 。 さ らに, シ ャ ン語 で 仏 教 書 を 出版 す
る場 合
, 出版 申請
書
に 出版 物
の ビル マ語 訳
をいち
いち添 付 す
る こ とが義 務
づ け ら れ て い る た め , シ ャ ン語 仏教 書
の 出 版 は い き おい 低 調 とな ら ざる を え ない という
。シ ャ ン
寺 院
で は, サ ー マネ
ー ラ はChao
San
藍, ビ ク はMlln
Chang
,法
臘
10
年
以 上 の ビク は,Mun
Chao
と呼
ばれ る 。 最高
の僧 位
はChao
Ngam
Pai
,以下
Chao
Kwan
Pai
,
Chao
Kap
Pai
と続
く。な
おケ ン トゥ ン市 内
にあ
る唯
一 の ビルマ寺 院
は, ザガ イ ン で得
度 を受
け た 住 職ほ か1
名の僧
と22
名
の サ ーマ ネー ラが起 居
して い る に と ど まb
, ク ン の寺 院
の み な らず
シ ャ ン系
の寺
院 と比較
して もそ の劣 勢
が 目 立つ 。 サ ン ガの行
事
は , すべ て シ ャ ン系 寺
院 に でむい て行 う
との こ とであ
っ た。5
.ク
ン ・サ
ンガ
に お け る教
理
試 験
につ いて
ケ ン トゥ ン
滞 在 期 間 中
, た また ま1996
年
12
月27
日よ り1997
年
1
月
2
日 まで の7
日間, ク ン ・ サ ン ガ主 催
に よ る ,在
家 者な ら び に 出家 者
の た め の教理 試 験 が 実 施 され た。筆 者
は そ の教
理試 験
の実 態
を観 察
し,試
験の内容 等
につ い て 関係 者
か ら 聞 き取 り を 行 い .関 連 資 料
を 入手
し た。試 験
はWat
Ra
レchathan
Hoa
Khwong
の講
堂 に お い て行
わ れ た(
写真
1
,2
)
。 試 験B
程 は表
3
の とお りであ っ た。Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
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SocletyfortheStudy of Pali andBuddhist Culture
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'Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
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ミャ ンマ ー連 邦シャ ン州 クン地 域の仏 教につ い て
9
表3
月B
内容 受験対象12
月27
日IZ
月28
日12
月29
日(日)12
月30
日(月) 】2
月31
日1
月1
日Cil
(}1
層2H
休1
1
月4
日 パ ーリ語 暗 唱 ・仏教 教 理 仏 教 教 理の 基礎 仏 伝 経 律 ?fl7〕 ラ ラ ラ ラ ラ ラ 一 一 一 一 一 一 ネ } ネ ネ ネ ネ ネ 式 マ 価 マ マ マ マ マ 与 ト 駄 ト ト ト ト ト 韻 , の , , , , , 証 ク 家 ク ク ク ク ク 了 ビ 在 ビ ビ ビ ビ ビ 修試 験の 内 容 に は, タ イ仏 教 の き
b
め て強 い影 響
が認
め ら れ る。 タ イで は,20
世 紀
の初
め 「サ ン ガ続 治 法
」 が 政府
に よ っ て制 定
さ れて 以 降, ワチ ラヤ ー ン親 王の努 力
に よっ て仏教 教 科 書
が 整備
さ れ ,パ ー リ語
の読 解 能 力
を試
す「パ リエ ン」 と, タ イ語
に よ る仏 教 知 識
を問 う
1 ナ ッ ク タ ム 」 とい う二種
類の 試験 制 度
が確
立 し た 。 「パ リエ ン 」 は 「プラ ヨ ー ク3
段
」 か ら 「プラ ヨ ー ク9
殺
」 まで の7
階 級。 「ナ ッ ク タ ム」 は 「3
級
」 か ら 「1
級
」 まで の3
階級
とな っ て い る。 こ の試験 制 度
が導
入 され る以 前の タイに は , 「プラ ヨ ー ク初 段
」 と 「2
段」 という
2
購 級の 予 備 階梯
が あ っ た が試 験舗 度
の整 備
に と も ない廃
止 され た (ls] 。 ケ ン トゥ ン にお け る仏 教 試 験 は, 「ナ ッ ク タ ム」 に つ い て は 「3
級
」 「2
級
」 「 ユ級
」 が すべ て整 備
さ れ て い る が, パ ー リ語 試 験 は , 「プラ ヨ ー ク初段
」 と 「2
段」 の み が行
われて お り, 未 整備
の段 階
にあ
る。 その理由
とし て ク ン語
に よ るパ ー り語教 育
の未発 達
な状 況が指 摘
されて い る。 しか し こう
し た状
況 は, ク ン語 フ ォ ン トの開
発 と, コ ン ピュ ー タ印刷
の導 入
に より
,次
第
に改善
さ れ つ つあ
り, ク ン語
に よ る教
理試 験
は今 後 急 速
に整 備 さ れ るで あ ろ う。 そ れ と と もに , ク ン仏 教に 対 する タ イ仏教
の影 響
は,今 後
ま す ま すつ よ まる こ とが 予 想 さ れる ところ で ある。今
回の 調査
中, サ ン ガで使
用 す る2
種
の ク ン語 の仏 教 テ キ ス トを入手
し た。その ひ とつ は 『パ ー リ語 教
本
i(
Baeprian
Batiwai
.yaken
1
−2
)
であ
る。 こ れ
は タ イで
用
い ら れ て い るパ ー リ語 教科
書を底 本 と した ク ン 語 訳で あ る。 もう
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10
パ ーリ学仏教 文 化学 写 真3
一 冊 は 『ダン マ パ ダ ・ア ッ タ カ ター 』(
Dhammapadatthakatha
1
−6
)
であ
る 。 『ダ ン マ パ ダ ・ア ッ タ カ タ ー』 は, タ イの教 法 試 験 の 「プラ ヨ ー ク3
段
」 の教 科 書
に指 定
さ れ て い る書 物
であ
り,本 眷
の ク ン語
訳の完 成
は, ケ ン トゥ ン に お い て 「プラ ヨ ー ク3
段
」 を導
入す
る準 備
が と との っ た こ と を意 味
す る。 両書
とも
, いず
れも
タイ 国 チ ェ ン ラ イ県
の仏 教
サ ン ガの協力
を得
て ,1994
年
に チ ェ ン マ イ で 出版
さ れ て い る(
写 真
3
)
。版
下 は, チ ェ ン マ イ に在 住
する フ ラ ン ス極
東
学 院の タイ 専 門 家 ア ナ トー ル ・ペ ル ツ ィ エ氏 (
Antole
PeltZier
)
が 開発
し た , マ ッ キ ン トッ シ ュ 用 ク ン文 字
フ ォ ン トを用 い て , ケ ン トゥ ン に お い て 製作
し, そ れ をチ ェ ン マ イ に送
っ て印刷
し た もの であ
る。6
.ク
ン仏 教
と
シ
ャ ン仏 教
の関係
上
述
し た よう に
, ケ ン トゥ ン に は33
の ク ン系
寺
院 と,10
の シ ャ ン系 寺
院が存
在 す る 。 いず
れ もパ ー リ語
の経 典
を護 持 す
る 上 座 仏教
の寺 院
で あ る こ とに 問違
い は ない が , 両者
の 関 係 は想 像 以 上 に薄
い 。 た と え ば 日常 的 に在 家
者
が 自 宅へ僧 侶
を招
い て食 事
を供 養
す る場 合
で も, ク ン僧
と シ ャ ン僧 を同時
に招
くこ と は ほ と ん ど ない という
。 ク ン僧
とシ ャ ン僧
は,布 薩
な ど, 「サ ン ガ の N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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ミ ャ ンマ ー連 邦シャ ン州 クン地 域の仏 教につ い て
11
行 事 {
sanghakamma)
」 を と もにする こ と も絶 対
に ない 。 その 融 は瀧
経
の際
の パ ー リ語の発 音
が 異 なる か らであ
る とい う。 シ ャ ン僧
の パ ー リ語の発
音 は, すべ て ビル マ 僧の例
に倣
っ て い るの に対
し, ク ン僧
の パ ー り語
の 発 音 は, タ イ僧
の 発音
に近
い か らで ある。一
例
をあ げ
る。
す
べ て の儀 式
の冒頭
に唱 え ら れ るNamo
tassa
Bhagavato
Arahate
Sainmasambuddhassa
(
かの祥 者
・応供 者
・等
正覚 者
に帰
命
した てまつ る
)
の場 合
, シ ャ ン僧
は最 初
の2
句
を ビル マ 風 に
Namo
tatta
と発 音
する が, ク ン僧 は タイ風に
Namo
tassa
と発 音
す るの であ
る。tatta
か tassa かとい
う
発音
の違
い は, 一方
の発 音
を 期 待 す る者
の耳
に , か な17
の違 和 感
を感
じ させ る で あろ う。 さ ら に これ に, ビル マ式
とタ イ式
の読 経
に お ける抑
揚
や速 度
の違
い という要 素
が 加 わ る。両 方
の 発 音 を実 際
に聞
き く らべ て , ク ン僧
と シ ャ ン僧
が た が い に他 派
の僧
とサ ン ガ の儀 礼
をと もに し な い とい う理由
の 一端
を理 解 す る こ とが で きた 。すで に
指 摘
し た とお り, ケ ン トゥ ンの シ ャ ン系 寺
院は, シ ュ エ ジ ン, トゥ ダン マ という
ビルマ 仏 教 の宗 派
に所 属
し, した が っ て ビ ル マ ・サ ン ガの 一部
と認識
さ れ て い る た め,僧
の身
分の 移動
につ い て は ビル マ ・サ ン ガ と 同 じ く, 中央
政府
へ の報 告
・承 認 と りつ け義
務
が課
さ れ,仏 教 書
の シ ャ ン語
に よ る出
版
に つ い て も制 限{
ビル マ語
訳添付 義務 )
が加 えら れて い る。こ れ に
対
し ク ン ・サ ンガ は, ソ ー ボア統 治時 代
の慣行
が い ま だ に温 存 さ れ て い て ,高
僧の任 命権
が 今 日 もなお 旧 ソ ー ボ ア の手
にゆ だ ね ら れ て い る こ と な ど, か な りの 自治 を享受
して い る とい うこ と が で きる。 こ う し た状 況
に加 えて, 近年
, 顕著
に あ ら われて い る タイ仏 教の影 響
の増 大
は, ク ン ・サ ン ガ の独
立傾 向
をさ らにつ よ め て い く可 能性
を穆 め て い る。タ イ仏 教 と ク ン仏 教の 違 い につ い て見 る と,
前者
が厳 格
な持
戒 をす
くな く とも建
て前
と して い る の に対
し,後
者
にあ
っ て は, た とえ
ば僧
が平 気
で現 金
に手 を触 れ る な ど,持
戒
の弛 緩
が い ち じる しい点
が指摘
さ れ よう
。 N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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12
パ ーリ学 仏 教 文 化 学7
.お わ り に
東 南
ア ジ ア大 陸部 諸
国 と中 国 との 国 境 は,前 世 紀 末
か ら今 世 紀 初頭
にか け て の , 中国
や タ イ(
シ ャ ム)
な ど と,英 仏
両植
民 地 勢力
との せ めぎ
あい の な か で 画定
さ れ た。同
じく
メ コ ン河 の 流 域 を共 右
す る タ イ族の居 住
地で あ りな が ら, チ ェ ン フ ン(
景 洪)
と ケ ン トゥ ン と を, 中国 領
と英 領
ビル マ に分割 す
る 国境 線
が 引 か れ た の は1894
年
,1897
年
に締 結
され た 国 際協 定
に よ る(19)。 同様
に , 中 国 と ラ オス との国境
は,1887
年
,1894
年
,1895
年
に, フ ラ ン ス が 中 国 と結
ん だ協 定
に よ っ て 画定
さ れ た もの であ
る{OO) 。 さ ら に タ イ(
シ ャ ム)
とフ ラ ン ス領 イン ド シ ナ(
ラ オス)
との 国境
は,1893
年
,1904
年
,1907
年
の協 定
に よ っ て定
め ら れ た。 ク ン が , 「い つ つ の くに(
Ha
Chiang
)
」 と呼 び, 一 つ の文 化
圏 と認 識す
る タ イ族
の 生 活 圏は , こう
して 中 国, 英国
, フ ラ ン ス , タ イ とい う4
政治単 位
へ と分属
させ ら れ て今
日にい たっ た 。本 稿
は, ケ ン トゥ ン の ク ン 仏教
の考
察 をと お して, メ コ ン 上流 域 を生活 圏
とす る タ イ族の ,失
わ れ た文 化 的統
一 を再 構 成
す る足掛
り をつ か む こ と をそ の 目的
の ひ とつ と してい た。 そ の作 業
は まず , これ まで 「 シ ャ ン」 という
ビ ル マ 人の他 称
の な か に覆
い か く さ れて きた 「ク ン」 を , い わ ゆ る 「シ ャ ン」 か ら切
り離
す こ とに よっ て , 「ク ン 」 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ を , 仏 教 を軸 とし て 問い直 す
こ とか ら始
め な け れ ば なら な い 。今 後
は さ らに, 「ク ン 」 との高
い文化
的 親 近関係
に ある他
の タイ族
の仏 教
との 比較
を進
め ,失
わ れ た, な い し現在
失わ れ つ つ ある メ コ ン系 タ イ 文 化の 全体 像
を仏 教 に 即 し て再構
成 す る作 業
をつ づ ける必要
が あ ろう
。 注〔
1
>William
Clifton
DOdd
,
The
Thai
Race
.Cedar
R
.apids,
1923
.Shan
はSiam
と語源 を一 に する語で , 古 代 ク メ ー ル 語 お よ び チ ャ ム 語 に 由 来 す る とい う。 (
F
.K
.Lehman
, “Shan
”in
A
.T
.Embree
(ed ) ,E
彫罐
41
孵
繍 π 撫 η , vol .3
.N
.Y
.,五988
.423
−422
、な おSaveros
Pou
,Dictionnaire
vetLxkhmer
−frangatS
−angtaiS .Paris
,1992
,514 参
照。Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
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ミ ャ ンマ ー連 邦 シ ャン州クン 地 域の 仏 教 につ いて
13
C2
) 本 調 査の 初 年 度の 研 究 成 果の 一部 は, 新 谷 忠 彦 (編) 「黄 金 の 四角地帯一 シ ャ ン 文化 圏の 歴史 ・言語 ・民 蜘 (東 京外 国語 大 学ア ジ ア ・ア フ リ カ言語 文 化覇 究 所,1998
} と して 発表さ れ て い る。 (3
) た だ し流 路の大 半が 山 地 部で あるた め急 流 が多
く, 船 舶が定 期 的に就 航で きるの は下 流 部の わ ずか90
弱 にか ぎ られる 。 こ の 点 に おい て,150ekm
以 上 に わ たっ て航 行 可 能 な イラ ワ デ ィ 河 には る か に劣る。 (4 )1
.G
.ScoIt
& 」.P
.Hardiman
,
Gaze
μθerOf
Upper
Bunna
at置d
theShon
5
如 館5.
Pt
.1
, voL1
.1900
:188
.(5)
1998
年1
月3
日,Wat
Pbra
Kaeo
に おい て行っ たWa
ミWatd
醗th跏Hoa
Kbwong
の
Phra
Maha
・Kaee
thammasiri か らの 聞き取 り に よ る。 ケ ン トゥ ン の
「ケ ン
」 は
タ イ 語 の 「チ ェ ン」 の 類縁語で あ る。
(6 }
Hans
Penth
,A
Brief
Histery
{of
Lan
Na
,Civilizations
{of
North
Thai
’and .Chiang
Mai
,1944
,13
.参照 :飯 島 明子 「ラ ー ン ナーの歴 史 と文 献 に 関 する ノ ー トー チ ェ ン マ イの 誕 生 をめ ぐっ て 」, 新 谷 前 掲 書,104
−14
{i
. 〔7 } 新谷忠彦 「 「シ ャ ン 文 化 圏」 の 概念が捷唱するもの 」, 新 谷前 掲 書,3
−4
.宇佐 美 洋 「タ イ諸 語 」, 同書,44
. 〔8
} ク ン 文字フ ォ ン ト に よ る コ ン ピュ ーター印刷の 今後の 発 展は, この 傾向を さらに 加 速 す る に違 い ない {後述参照)。〔9 )
Joel
&Ester
Maring
(eds .),HiStoricai
andCuttural
Dicxt
’
onary ρ
f
Bunna
.
Metuchen
,1973
,103
.
Pbra
Athika
直一a皿oo et aL “R
茸ang
khon
呂MOang
Chiang
T
鵯n5 chakkhomun
T
薑aiKh
・en ” ,Ar
・Oftrut ・Wichienkhiew
・et・al.〔eds
.)Ritang
Miiang
Chiang
Tung
.Chiaf
・g
Mai
,1994
,91
−92
の調査結 果 に もとつ く 。kya
岨g
は ビ ル マ 語 で 寺院 を意味 す る。 画 ビル マ の 仏 教 宗 派 につ い て は, 生 野 善 應 「ビル マ 仏 教 一 その 実態 と修 行 』1
大 蔵 出版,1995
) に詳 しい 。
Phra
Aihikan
−anon et a1 .:1994
に はphrasawami
とあ る が, ケン トゥ ン に お け る
聞 き取 りに したが う。
拗
これ は タ イ語 である。 こ の 称号が
Somdet
A
栂hamma
phradchao
と同一の ものを指 すか ど うか につ い て は確 認で きな か っ た 。
調 査 を 終 了 し て帰 国後, 旧藩候が ヤ ン ゴ ン に お い て逝去 し た こ と が 伝え ら れ た。 ほ とん ど全員が若い 女性で あっ た。 働 未確認 。 詳 細 に つ い て は石 井 米 雄 『上 座 部 仏 教の 政 治 社 会 学 国 教の 構 造 』 (創 文社 ) を見 ら れ たい 。 N工 工一Eleotronlo Llbrary
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14
バ ーリ学 仏 教 文 化 学叫
J
.R .V
.Prescott
etal
.,
Frontiers
Of
Asia
andSouthetzst
.Asia
.Melboume
,1977
,
50
−51
.」.