博士(農学) 鏡 豊代 学位論文題名
テンサイOwen 型細胞質雄性不稔性に働く稔性回復遺伝子 々 fl の同定と作用カに関する研究
学位論文内容の要旨
細 胞 質 雄 性 不 稔 性(CMS)は 、140種 を 超 え る 植 物 種 で 知 ら れ て い る 形 質 で あ る 。 雌 性 器 官 や 栄 養 器 官 に 影 響 を 及 ぼ す こ と な く 、 雄 性 器 官 に 特 異 的 退 化 を も た ら す た め 、 多く の 作 物 種 に お い て 一 代 雑 種 種 子 生 産 に 不 可 欠 の 重 要 な 育 種 形 質 と な っ て い る 。
CMSの 発 現 機 構 は 、 遺 伝 学 的 に は 不 稔 性 を 引 き 起 こ す 細 胞 質 ([S]) と そ の 働 き を 特 異 的 に 抑 制 す る 稔 性 回 復 遺 伝 子(Rf)と の 相 互 作 用 に 基 づ ぃ て 説 明 で き る 。 っ ま り 、[S]ガ ( 雄 性 不 稔 維 持 ア レ ル ホ モ 接 合 ) で あ れ ば 不 稔 と な る が 、Rf( 稔 性 回 復 ア レ ル ) が あ れ ば[S]の 効 果 が 打 ち 消 さ れ 正 常 ( 可 稔 ) と な る 。
テ ン サ イ 育 種 で 広 く 用 い ら れ て い るOwen型 細 胞 質 に 対 す る 稔 性 回 復 遺 伝 子Rflに つ い て は 、 分 子 遺 伝 学 的 解 析 か ら 、 酵 母Omal遺 伝 子 と 相 同 性 の 高 い 新 規 の 遺 伝 子(Oma‑L)が 候 補 遺 伝 子 と さ れ て き た 。 実 験 に 使 用 し た 稔 性 回 復 系 統NK‑198で は 、 〇ma‑L遺 伝 子 は4コ ピ ー(orfl& orfl9,orj20及 びorロ ´ ) 存 在 し 、 ク ラ ス タ ー を 形 成 す る 。 と ころ が 、4コ ピー の 全 て が 花粉 稔 性 回 復 遺 伝 子 と し て 機 能 す る の か 、 あ る い は い ず れ か ー っ な の か 不 明 で あ っ た 。 そ こ で 、 本 研 究 で は 、 コ ピ ー 別 の 発 現 様 式 か ら 調 査 を 始 め る こ と と し た 。 特に 、 花 粉 形 成に 重 要 な 組 織 で あ り 、 か っ テ ン サ イOwen型CMSで 最 も 初 期 に 異 常 が 認 め ら れ る 組 織 で あ る タ ペ ー ト 組 織 に お い て い ず れ の コ ピ ー が 発 現 し て い る の か に 注 目 し た 。
テ ン サ イRflと し て 機 能 す る コ ピ ー の 同 定
ま ず 、 定 量 的 リ ア ル タ イ ムPCRを 用 い てOma‑Lの 発 現 量(RNA蓄 積 量 ) を 調 査 し た 。 そ の 結 果 、Rfl系 統 に お い て 栄 養 器 官 に お け る 発 現 量 は 極 め て 少 な い 一 方 、 花 芽 と 葯 に お い て 発 現 量 が 多 く 、 特 に 、 減 数 分 裂 期 及 び 四 分 子 期 葯 に お け る 発 現 量 が 極 め て 多 い こ と が わ かっ た 。 次 に 、Rfl系 統 で あ るNK‑198が 保 持 す る4つ の 〇ma‑Lに つ い て 、cDNAダ イ レ ク ト シ ー ケ ン ス を 用 い て 器 官 ご と の 発 現 コ ピ ーを 推 定 し た とこ ろ 、 器 官 ご とに 異 な る 波 形ノ く タ ー ン が得 ら れ 、 こ れ よ り4つ の コ ピ ー の 発 現 パ タ ー ン が 異 な る こ と が 示 唆 さ れ た 。 特 に 、 〇ma‑Lの 発 現 量 が 多 い 未 熟 な 花 芽 お よ び 未 熟 な 葯 に お い て は 、orf20を 示 す 波 形 が 相 対 的 に 大 き く 見 ら れ る 傾 向 に あ っ た 。 そ こ で 、 コ ピ ー 間 で 発 現 パ タ ー ン が 異 な る 要 因 を 調 査 す る た め 、 遺 伝 子 上 流域 に つ い て 、 い か な る 発 現 調 節 能 を 保 持す る か 調 査 する こ と と し た 。各 コ ピ ー 別 に遺 伝 子 上 流 配列 を 得 、 GUS遺 伝 子 と 連 結 さ せ て テ ン サ イ に 導 入 し 、 形 質 転 換 テ ン サ イ に お け る 発 現 パ タ ー ン を 観 察 し た と こ ろ 、orf20由 来 の 上 流 域 断 片 の み が 四 分 子 期 タ ペ ー ト 組 織 で の 発 現 能 を 有 し て い た 。 以 上 の デ ー タ は 、orf2| 〇 の み が 稔 性 回 復 遺 伝 子 と し て 機 能 す る 可 能 性 を 強 く 示 唆 し た 。 そ こ で 、CMS系 統 を 宿 主 に 、orfl8, orfl9,orf20及 びorpiゲ ノ ム 断 片 を 形 質 転 換に よ り 導 入
一955―
し た 個 体 を 観 察 し 、 コ ピ ー 別 の 稔 性 回 復 能 を 調 査 し た 。 結 果 、orf20導 入 個 体 の み が 稔 性 回 復 し て い た 。 よ っ て 、orf20の み が 稔 性 回 復 遺 伝 子 と し て 機 能 す る こ と が 明 ら か と な っ た 。
タ ペ ー ト 組 織 で の 発 現 能 の 有 無 が 稔 性 回 復 能 に 及 ば す 影 響 の 調 査
NK‑198が 保 持 す る4つ のOma‑Lに つ い て 、orf2| 〇 と そ の 他 の コ ピ ー の 間 で 稔 性 回 復 能 に 差 が 生 ず る 原 因 が 、 タ ペ ー ト 組 織 で の 発 現 能 の 有 無 に あ る こ と を 実 験 的 に 示 す こ と と し た 。 強 い 稔 性 回 復 能 を 示 さ な か っ たorfl9の コ ー ド 域 に つ い て 、orj2|Dの 上 流 域 と 下 流 域 を 連 結 さ せ た キ メ ラ 遺 伝 子 を 作 り 、 形 質 転 換 テ ン サ イ を 作 出 し た 。 そ の 結 果 、 花 粉 稔 性 が 改 善 さ れ た 。 よ っ て 、 タ ペ ー ト 組 織 で の 発 現 の 有 無 は 、 稔 性 回 復 遺 伝 子 と し て 機 能 す る 上 で 必 要 不 可 欠 な 要 因 の ー つ で あ る こ と が 明 ら か に な っ た 。
タ ペ ー ト 組 織 で の 発 現 能 を 決 定 し て い るCIS因 子 の 候 補 と し て 、orf20コ ー ド 域 の 上 流600bp に 存 在 す るanther‑boxと 呼 ば れ る 約20塩 基 の 配 列 が 注 目 さ れ た 。anther‑boxは 、 ベ チ ュ ニ ア に お い て タ ペ ー ト 組 織 で の 発 現 に 関 与 す る こ と が 報 告 さ れ て い る 。 タ ペ ー ト 組 織 で 発 現 し な い orfl8, orfl ウ 及 び orf21に お い て anther‑boxは 見 っ か ら な か っ た 。 印 系 統 よ り 得 ら れ た タ ペ ー ト 組 織 で の 発 現 能 を 保 持 し な ぃ コ ピ ー(orf20L)に 、antherIbox 相 同 配 列 が 存 在 す る こ と が わ か っ た 。 そ こ で 、D´ ア 〇 の 上 流 配 列 とDり2飽 の 上 流 配 列 の 問 で 部 分 的 に 塩 基 配 列 を 入 れ 替 え た キ メ ラ 上 流 配 列 を 作 出 し 、GUS遺 伝 子 と 連 結 さ せ た 上 で テ ン サ イ に 形 質 転 換 し 、 い か な る 配 列 がD叩l〇 とDり2弛 の タ ペ ー ト 組 織 で の 発 現 能 の 有 無 を 決 定 し て い る か を 調 査 し た 。 作 出 し た 全 て の キ メ ラ 上 流 域 配 列 ( 合 計16種 類 〕 に お い て 、 タ ペ ー ト 組 織 で の 発 現 が 完 全 に 抑 制 さ れ て い る も の は な か っ た 。 お そ ら くDり2飽 に お い て は 、 複 数 の 因 子 の 組 み 合 わ せ に よ ル タ ペ ー ト 組 織 で の 発 現 が 抑 え ら れ て い る と 考 え ら れ た 。
テ ン サ イRflの 作 用 カ に 関 す る 調 査
NK‑198由 来 のRflの 及 ば す 花 粉 稔 性 回 復 の 程 度 は 、CMS系 統 の 核 遺 伝 子 型 背 景 が 異 な る と 変 化 す る が 詳 細 は 不 明 で あ っ た 。 そ の 理 由 を 形 態 学 的 観 点 か ら 調 査 す る た め 、 葯 の 横 断 切 片 を 発 達 ス テ ー ジ 別 に 観 察 し た 。 花 粉 稔 性 回 復 が 正 常 系 統 と 遜 色 の な い 個 体 で は 、 葯 形 態 の 異 常 は 認 め ら れ な か っ た 。 花 粉 稔 性 回 復 が 十 分 で は な ぃ 葯 試 料 を 観 察 し た 結 果 、 正 常 系 統 と 比 較 し 、 小 胞 子 期 以 降 の タ ペ ー ト 細 胞 の 崩 壊 が 充 分 で な か っ た 。 一 方 、CMS系 統 で 観 察 さ れ る タ ペ ー ト 細 胞 の 肥 大 や 空 胞 は 見 ら れ な か っ た 。 よ っ て 、 半 不 稔 と な る 原 因 は タ ペ ー ト 細 胞 の 不 十 分 な 崩 壊 に あ る と 思 わ れ た 。
観 察 の 過 程 で 、Rfl (orpo)を1コ ピ ー 保 持 す る が 核 遺 伝 子 型 背 景 の 異 な る 個 体 の 間 に お い て 、 内 被 の 発 達 程 度 に 違 い が 認 め ら れ た 。 そ こ で 、 核 遺 伝 子 型 背 景 を 変 更 し 、 そ の 効 果 を 観 察 し た 。 内 被 の 発 達 程 度 が 劣 る 個 体 にTA‑33BB‑O ([N]rflrfl)を 花 粉 親 と し て 交 配 し 、Rflを 保 持 す る 後 代 の 葯 を 観 察 し た と こ ろ 、 内 被 の 発 達 程 度 が 改 善 さ れ て い た 。 こ れ は 、 核 背 景 を 変 更 す る こ と でRflの 作 用 カ が 強 ま っ た と 解 せ よ う 。 従 っ て 、Rflの 作 用 カ はRfl以 外 の 核 遺 伝 子 型 背 景 に よ り 影 響 を 受 け る も の で あ る こ と が 明 ら か に な っ た 。
−956−
学位論文審査の要旨 主査 准教授 久保友彦 副査 特任教授 三上哲夫 副 査 教 授 貴 島 祐 治
学 位 論 文 題 名
テ ンサ イ Owen 型細 胞質 雄性 不 稔性 に働 く稔 性回 復遺伝 子 々 fl の同 定と 作用 カに 関す る研 究
本 論 文 は 120 頁 か ら な る 和 文 論 文 で あ り , 図38 と表 34 を 含む .別 に, 参考 論文 4 編 が添えられている,
細 胞質 雄性 不稔 (CMS) は, 多く の作 物種 にお いて一代雑種種 子生産に不可欠の重要な 育種形質である。テンサイにおいては 、稔陸回復遺伝子の同定が試みられてきたが、候補 遺 伝 子 群 の 中 で い ず れ の コ ピ ー が 稔 性 回 復 遺伝 子と して 機能 す るか 不明 であ った 。 本 研究 では ,テ ン サイ稔性回復遺伝子Rfl の同定を試み、併せてRfl の作用カについて 検討した。また、研究基盤整備として 、形質転換素材の作出を行った。得られた結果は以 下のように要約される。
1 ,テンサイ丑ぬ候補遺伝子群におけるコピーごと の特徴付け
テンサイ丑丑候補遺 伝子群として、極めて相同性の高い4 つの遺伝子が挙げられていた。
それぞれ、orf18, orf190 伽及びばむ扛である。発 現解析の結果より、コピー問で発現パ ターンが異なることを 明らかにした。また、若い葯タペート組織での発現能を保持してい る点において、甜セ〇 を他のコピーと明確に区別できることを明らかにした。タペート組 織 は花 粉形 成に 重要な役割を果 たすため、甜伽が稔性回復遺伝子として機能する可能性 が高いと結論づけた。 また、ばむ狛のタペート組織での発現を司る塩基配列が、遺伝子上 流域配列であることを 示した。
−957 ‑
2 ,テンサイ丑ぬ遺伝子の同定
前項において、稔性回復遺 伝子として機能する可能性が高いことを指摘したort20 につ いて、形質転換実験の結果を 踏まえ、実際に稔性回復遺伝子として機能するコピーである こ とを 明ら かに した 。さ らに 、or120 上 流域 を組み合わせたorf19 のコーH 項域を発現さ せると、orf19 上流域制御下で発現させた形質転換体より も高い稔性回復を示すことを実 験的に示し、orf20 上流域の持っタベート発現領域が、稔 性回復遺伝子としての必要な因 子のーつであることを明らか にした。
3 ,Rfl の作用 カに関する羈査
前項までの 解析の中で、Rfl の作用が充分に発揮されない実験材料が見られた。そこで、
形 態学 的調 査を 通し て、 Rfl の作用カが 低下する理由について検討した。その結果、Rfl により完全に 稔性回復が起こらない系統では、おしなべて、タペート細胞の崩壊が充分に 進行していな かった。よって、充分な完全な稔性回復が起こらなぃ理由は、タペート細胞 の異常形態に 起因すると結論づけた。また、異なる核背景を持つ宿主 にRfl を導入したも の を 観 察 し 、 核 背 景 に よ り Rfl の 作 用 カ が 異 な る こ と を 明 ら か に し た 。
4 ,新たな形質転換素材の作出
テンサイは 、組織培養と形質転換の両方が非常に難しい作物であり、前項までの研究の 足かせとなっ ていた。そこで、組織培養に関わる因子にっいて遺伝様式を明らかにすると 共に、得られ た知見を基に形質転換体作出年限の短縮を図ることができる新たな形質転換 素材の作出を 行った。この新たな素材を用いることで、より迅速な研究の進展が期待でき る。
本 研 究 の 成 果 は , テ ン サ イ Owen 型 CMS に 働 く 稔 性 回 復 遺 伝 子 Rfl の 研 究 と植 物CMS 研究に寄与するところが大きく,学術面で高く評価で きる.
よって審査員一同は鏡豊代が博士(農学)の学位を 受けるのに十分な資格を有するもの と認めた.
―958−