博 士 ( 薬 学 ) 工 藤 な を み
学 位 論 文 題 名
脂肪酸代謝における亜鉛とカドミウムの 拮抗作用に関する研究
学位論文内容の要旨
【目 的 】
微量 必須 元素の1っ である 亜鉛の 生体内 での 役割は 多岐に わたっ ており ,亜 鉛酵素 の活性 発現 や転写 調節の 際に重 要な役 割を 演じて いる。 近年, かた よった 食生活 やある 種の薬物投与などに より亜 鉛欠乏 症がお きるこ とが 指摘されてきた。その症状としては皮膚の角化,脱毛,成長障害,
生殖機 能低下 ,創傷 治癒遅 延, 味覚障 害など があげ られ る。こ れらの 症状と 脂肪欠乏症には多く の類似 点がみ られる ことな どか ら,脂 肪酸代 謝にお ける 亜鉛の 調節機 能が示 唆されていたが,そ の詳細 にっい てはほ とんど 明ら かにさ れてい ない。
本研究 では脂 肪酸 代謝に おける 亜鉛の 役割の 解明 を目的 とし, 亜鉛欠 乏,および亜鉛と拮抗作 用を 持 つ 重 金 属カ ド ミ ウ ム によ り , 脂 肪 酸代 謝 が ど の よ うに 変 化 す るかを 詳細 に検討 した。
【結果 および 考察】
1. 亜 鉛 欠 乏 食 飼 育 と カ ド ミ ウ ム 投 与 に よ る ラ ッ ト 臓 器 中 脂 肪 酸 組 成 変 化 3週令ラ ットを 亜鉛 欠乏食 で飼育 し,対 照と して亜 鉛欠乏 食飼育 ラット の食 事摂取 量と同 量の 亜鉛 添 加 食(50ppm)を 与 え た ラ ット を 用 い た 。2週 間 の 飼 育に よ っ て , 心臓 , 肺 , 肝 臓 ,腎 臓, 精 巣 い ず れの 臓 器 に お いて も ,16:1,18:1のモノ エン酸 が有意 に滅 少し,20:4や飽和 脂肪 酸 は 増 加 の傾 向 が み ら れた 。 ま た , 分析 し た 臓 器 の 中で は 肝 , 腎の変 化が 大きか った。
亜 鉛 含 有食 で 飼 育 し たラ ットに 塩化カ ドミ ウムO.Olmmol/kgを 皮下投 与し,48時間 後の肝 臓 を分 析 す る と ,亜 鉛 欠 乏 の 場合 と 同 様 に18:1や16:1が 減少し ,18:Oや20:↓の 増加が 観察 された 。亜鉛 欠乏食 飼育ラ"ト に同量 のカ ドミウ ムを投 与すると,この変化は一層顕著であった。
亜鉛 欠乏 および 塩化カ ドミウ ム投 与ラッ トに尾 静脈か ら'4C―ス テアリ ン酸を 投与し た。24時 間後 に 肝 を 摘 出し て 総 脂 質を抽 出後, 脂肪酸 メチル ェス テルに 変換し てHPLCに より各 月旨肪 酸 を分離 し,オ レイン 酸への 変換 率を求 めた。 投与し たス テアリ ン酸は 時間経 過と共にオレイン酸 ヘ変換 された 。この 割合は 亜鉛 欠乏及 びカド ミウム 投与 ラット で有意 に抑制 された。この結果は
183
脂 肪酸 組成の 変化と 一致す るも のであ り,モ ノエン 酸を 合成す る酵素 である △9デサチ ュラー ゼ 活性 の低下 を示唆 してい る。
2. 肝ミク ロゾ ー厶中 の脂肪 酸代謝 酵素活 性の 変化
飽 和 脂 肪 酸 の9位 に2重 結合 を 導 入 す る△9デ サ チュラ ーゼは ミク口 ゾーム に存 在し, この反 応 に は チ ト ク 口 ムbs,NADHー チ ト ク 口 ムbsレ ダ クタ ー ゼ お よ び末 端 デ サ チ ュラ ー ゼ の3つ が関 与する 。亜鉛 欠乏と 塩化カ ドミウム投与を組み合わせたラットから肝ミク口ゾームを調製し,
各 成分 の活性 を検討 した。 その 結果, カドミ ウムの 投与 によっ て,上 記の3っの 成分の うち, 末 端デ サチュ ラーゼ 活性の みが減 少した。カドミウム投与によるモノエン酸の減少は,末端デサチュ ラー ゼ活性 の低下 に起因 してい るこ とが明 かとな った。
リ ン 脂 質 の2位 に 脂 肪 酸 を導 入 す る 酵 素で あ る1一 アシ ル グ リ セ 口 ホスホ コリ ン(1―ア シル GPC)ア シ ル トラ ン ス フ ェ ラー ゼ の 活 性 が変 化 す る こ とに よ っ て も 膜 リン脂 質の 脂肪酸 組成が 変化 するこ とが知 られて いる。 しか しこの 活性6ま, 亜鉛欠乏やカドミウムの投与による影響を受 けな かった 。
正 常 ラ ッ ト 肝か ら 調 製 し たミ ク ロ ゾ ー ム の△9デサチ ュラ ーゼ活 性に対 するin vitroでの カ ド ミウ ム の 効 果 を 調べ た と こ ろ ,ImMの 塩化 カ ド ミウム を添 加する と活性 が50% 阻害さ れた。
ま た, 塩 化 カ ド ミ ウム は1宀アシ ルGPCアシル トラ ンスフ ェラー ゼ活性 を阻害 し,Ki値は約1.8 x i0‑ 4Mと 計算さ れた。in vitroで これら の酵素 活性 を阻害 する濃 度は, カドミウム投与直後の 肝ミ ク口ゾ ームに 存在す るカド ミウ ムの量 に比べ て高い 。カ ドミウ ムを投 与したラットの肝ミク ロ ゾー ムの△9デ サチュ ラーゼ 活性の 低下 は,カ ドミウ ムイオ ンに よる直 接の阻 害であ る可能 性 も否 定はで きない が,酵 素蛋白 の合 成能の 低下や ,安定 性の 低下な どの理 由による,酵素量の減 少に よるも のであ る可能 性が強 いも のと考 えられ る。
3. 肝臓に おけ るカド ミウム の存在 形態と 亜鉛 代謝へ の影響
カド ミウム は肝細 胞に 取り込 まれる とメタ ロチオ ネイ ン合成 を誘導 し,こ れに結合して解毒さ れ る 。 まず , ラ ッ 卜 にカ ド ミ ウ ム を投 与 し , 肝 可 溶性 画 分 に っ いてSephadexG―75で ゲ ル濾
ア,ミクロゾームに多く存在していた。また,サイトゾルでは,メ夕口チオネイン画分での割合 が減少していた。亜鉛欠乏ラットではメ夕口チオネイン合成が低下しているために,細胞内での カドミウムの有効濃度が高まっていることが示唆された。
4.初代培養肝細胞の脂肪酸代謝に対するカドミウムの影響
ラット肝の初代培養細胞を用いて脂肪酸代謝に対するカドミウムの影響を検討した。McCoy s5A培地にインスリン,アプロチニン,デキサメサゾンを添加した無血清培地を用いて培養し たところ,培養1日後から5日目まで細胞中のモノエン酸の増加が観察された。O,5−luMの塩 化 カ ド ミ ウ ム を 添 加 し て 培 養 し た 細 胞 で は こ の 増 加 が 大 き く 抑 え ら れ て い た 。 次に培 養1日後の細胞に['4C]18:Oを取り込ませ,2時間および24時間後のオレイン酸へ の変換率 を検討した。カドミウムをluM共存させると,18:1への変換が強く抑制された。in VIVOでカドミウムを投与したときに肝臓で観察された△9デサチュラーゼ活性の低下は,ホル モン分泌などの作用を介した二次的なものではなく,カドミウムの直接作用であることが示唆さ れた。
【まとめ】
1.ラットを亜鉛欠乏にしたり,カドミウムを投与すると△9デサチュラーゼ活性が低下するこ とにより,モノエン酸が減少する。2.亜鉛欠乏ラットは対照に比べてカドミウム感受性が著し く高く,その理由としてメ夕口チオネインが十分にカドミウムをトラップできないために,細胞 内でのカドミウムの有効濃度が高まっていることが考えられた。3.カドミウム投与ラット肝に おける△9デサチュラーゼ活性の低下は,ホルモン作用などを介する二次的なものではなく肝臓 への直接作用と考えられる。また,酵素活性の低下は,活性の阻害によるものではなく,酵素量 の低下であることが示唆された。
185
学位論文審査の要旨
本 論文の 申請 者は, 長年衛 生化学 の研究 に携 わって きたが ,今回 脂肪 酸代謝におけるカドミウ ム の 拮 抗 作 用 に 関 す る 研 究 で , 博 士 の た め の 学 位 論 文 を ま と め 申 請 し て き た 。 微量 必須 元素の1っ である 亜鉛の 生体内 での役 割は 多岐に わたっ ており ,亜 鉛酵素 の活性 発現 や 転写調 節の際 に重要 な役 割を演 じてい る。近 年, かたよ った食 生活や ある種の薬物投与などに よ り亜鉛 欠乏症 がおき るこ とが指 摘されてきた。その症状としては皮膚の角化,脱毛,成長障害,
生 殖機能 低下, 創傷治 癒遅 延,味 覚障害 などが あげ られる 。これ らの症 状と脂肪欠乏症には多く の 類似点 がみら れるこ とな どから ,脂肪 酸代謝 にお ける亜 鉛の調 節機能 が示唆されていたが,そ の 詳細に っいて はほと んど 明らか にされ ていな い。 本論文 は,脂 肪酸代 謝における亜鉛の役割の 解 明を目 的とし て行わ れた 。
本 論文で は, まず亜 鉛欠乏 食飼育 とカド ミウ ム投与 による ラット 臓器 中脂肪酸組成変化を検討 し て いる。3週 令ラッ トを亜 鉛欠 乏食で 飼育し ,対照 とし て亜鉛 欠乏食 飼育ラ ットの 食事 摂取量 と 同 量 の 亜 鉛 添 加 食(50ppm)を 与 え た ラ ット を 用 い た 。2週 間 の 飼 育 によ っ て , 心 臓, 肺 , 肝 臓 , 腎 臓, 精 巣 い ず れの 臓器 におい ても,16:1,18:1の モノエ ン酸が 有意に 減少し ,20: 4や飽 和脂肪 酸は増 加の傾 向がみ られ た。
亜 鉛 含有 食 で 飼 育 した ラ ットに 塩化カ ドミウ ムO. Olm mol/kgを 皮下投 与し,48時間 後の肝 臓 を 分 析 する と , 亜 鉛 欠乏 の 場 合 と 同 様に18:1や16:1が滅 少 し ,18:0や20:4の 増加が 観 察 された 。亜鉛 欠乏食 飼育 ラット に同量 のカド ミウ ムを投 与する と,こ の変化は一層顕著であっ
三 彦
尚 子
堅 和
教 幸
原 橋
宅 光
栗 高
三 徳
授 授
授 授
教
教 教
教 助
助 助
査 査
査 査
主 副
副 副
化カ ドミウ ム投 与を組 み合わ せたラットから肝ミク口ゾームを調製し,各成分の活性を検討した。
その 結果, カド ミウム の投与 によっ て, 末端デ サチュ ラーゼ 活性が 減少 した。カドミウム投与に よる モノエ ン酸 の減少 は,末 端デサチュラーゼ活性の低下に起因していることが明らかとなった。
正常 ラ ッ ト 肝 か ら調 製 し た ミ ク口 ゾ ー ム の △9デサチ ュラ ーゼ活 性に対 するin vitroでの カ ド ミ ウ ムの 効 果 を 調 べた と こ ろ ,ImMの 塩 化 カド ミウム を添 加する と活性 が50% 阻害さ れた。
肝ミ クロゾ 一厶 の△9デサ チュラ ーゼ活 性の低 下fま,酵 素蛋 白質の 合成能 の低下や,安定性の低 下 な ど の 理 由 に よ る 酵 素 量 の 滅 少 に よ る も の で あ る 可 能 性 が 強 い も の と 推定 し て い る 。 本 論文で は,次 に肝臓 におけ るカ ドミウ ムの存 在形態 と亜 鉛代謝 への影 響を検討している。カ ドミ ウム投 与直 後には メ夕口 チオネ イン は合成 されて いない ので, 高分 子量のりガンドに結合し てい た。あ らか じめ亜 鉛を投 与して メ夕 口チオ ネイン を誘導 してお くと ,投与したカドミウムが 速や かに卜 ラッ プされ ること がわか った 。
亜鉛欠 乏ラッ トと 亜鉛含 有食で 飼育し たラッ トにI0 9CdCl2を投与 して, 肝臓に おけ るカド ミ ウム の細胞 内分 布を比 較した 。亜鉛欠乏ラットではカドミウムは核,ミトコンドリア,ミク口ゾー ムに 多く存 在し ていた 。また ,サイトゾルでは,メ夕口チオネイン画分での割合が減少していた。
亜鉛 欠乏ラ ット ではメ 夕口チ オネイ ン合 成が低 下して いるた めに, 細胞 内でのカドミウムの有効 濃度 が高ま って いるこ とが示 唆され た。
最 後に, 本論文 では, 初代培 養肝細胞の脂肪酸代謝に対するカドミウムの影響を検討している。
培養1日 後から5日 目まで 細胞中 のモ ノエン 酸の増 加が観 察さ れた。O.5―l,uMの塩化カドミウム を添 加して 培養 した細 胞では この増 加が 大きく 抑えら れてい た。次 に培 養1日後の細胞に['4C] 18:0を 取 り 込 ませ , オ レイ ン酸へ の変 換率を 検討し た。こ の結果 ,in vivoでカ ドミ ウムを 投 与 した ときに 肝臓で 観察さ れた △9デ サチ ュラー ゼ活性 の低下 は, ホルモ ン分泌 などの 作用を 介 し た 二 次 的 な も の で は ナ ょ く , カ ド ミ ウ ム の 直 接 作 用 で あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 以 上のよ うに, 本論文 は脂肪 酸代 謝にお ける亜 鉛とカ ドミ ウムの 作用に 関し,多くの新しい知 見 を 含 ん で お り , 博 士 ( 薬 学 ) の 学 位 を 与 え る に ふ さ わ し い も の で あ る と 判 断 し た 。
187一