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脂肪酸の脂肪細胞への影響に関する研究と家庭科における脂肪酸に関する指導内容の考察
トランス脂肪酸に着目して
教科・領域教育専攻
生活・健康系コース(家庭)
伊 賀 大
1. 研究の背景と目的
現在,我が国では,食の多様化や欧米化,外
部化に伴い,三大栄養素の摂取バランスが不均
衡な状態になっており,中でも,戦後から近年
にかけての脂質の摂取量の増加が関脇見されて
いる。脂質は重要なエネルギー源である一方,
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摂取により,糖尿病,高血圧,脂質異常症
などの様々な生活習'憤病のリスク因子となる。
第2次食育推進基本計画の記述の中には,日旨質
の過乗1隈取などの栄養の偏りなどの食習慣の乱
れJが生活習慣病に擢患する原因の lっとして
挙げられているように,学校現場を含む食教育
において,脂質の過乗l隈取を控えた食生活の形
成が,子どもの健康を考える上で非常に重要な
課題となっている。さらに,近年,新たな懸念
材料として,菓子類に多く含まれる「トランス
脂肪酸」の摂取が循環器疾患を中心とする様々
な病気の原因として注目されている。
このように,脂質をめぐる我が国の食生活の
現状を考慮すると,家麟ヰを中心とする食教育
において,いかに脂質を含む街全野の効果的な
学習指導を進めていくかということが重要な課
題であると考えられる。また,その中で, トラ
ンス脂肪酸のような最新の研知日見も取り入れ
ていくことで,確かな柔軟性をもって日々変化
する食を取り巻く環境に対応する素養を身に付
けることができるのではなし、かと考える。
そこで本研究では,栄養素の中でも課題が多
いとされる「脂質Jについて,家麟ヰ教育の中
での取り扱われ方を分析し,またその脂質に関
指 導 教 員 松 永 哲 郎
して,将来食教育に携わるであろう教員養成課
程の学生がどの程度の知識を有しているのか,
学生自身の食生活の実態と併せて調査すること
で,今後の脂質に関する教育のあり方について
考察する手立てになるものと考えた。また,近
年注目されているトランス脂肪酸にも着目し,
その摂取ね兄の調査に加え,まだ不明な点も多
い細胞レベルでの影響について脂肪細胞を用し、
て炎症陀答との関連性を調べた。今回,下の5
つの項目について調査・研究を行った。まず,
項目①として,現行の家庭科の教科書における
脂質の記載内容の分析を行った次に,項目②
として,本学の学生を対象とした明旨質Jに関
する知識の調査を行い,項目③として,本学の
学生のトランス脂肪酸の摂取制兄に関する調査
を実施した。項目④として, トランス脂肪酸の
脂肪細胞における炎翻
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答への影響を調べた。
最後に,項目① ④の成果を踏まえ,項目⑤と
して,小学校における明旨質Jに関する授業案
の検討を行った。
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研究方法
項目①:現行の小・中・高の家庭科老賂ト書19
冊を調査対象とし,明旨質jに関する言識内容に
ついて分析した。項目②:本学の学生122名(男
性62名,女性 60名)を対象に「脂質」に関す
る基礎的知識について,アンケート調査を実施
した。
項目③:本学の学生199名(男性 94名,女性
105名)を対象に, トランス脂肪酸を含む栄養
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素の摂取:閃兄について,質問票により調査した。
項目④:脂肪細胞3T3-L1を用いて,工業由来の
トランス脂肪酸であるエライジン酸(最終濃度
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pM)の炎瓶芯答への影響を,
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ディポネクチンの遺伝子発現量およて汚う秘量を
指標として調べた。
項目⑤:① ④を踏まえ,小学校で利用可能な
「脂質」に関する授業案(学習指導案,ワーク
シート,事前・事後アンケート)を検討し丸
3. 結果および考察
項目①では,家麟ヰ教科書における脂質に関
する言識の分析を行ったが,出版社間でま蟻内
容に聞きが見られ,小学校,中学校,高等学校
の校種間の学習レベルにおいても,なだらかな
勾配とは言い難い部分が散見された。小学校か
ら中学校,高等学校に移行する際の学習をスム
ーズにするため,小学校の教科書においても脂
肪の種類に関連する項目の記章践女を増やすなど
の工夫によって,学習内容の急勾配を解消でき
るように考えられた。 トランス脂肪酸に関する
記主は,高等学校の教科書で2"-'3社がコラム
などで記載しているに留まっていた。
項目②では,大学生の家麟ヰにおける脂質の
知識について調べたが,小学校家庭科の内容で
あっても正答率の低い問題があり,全般に脂質
に関する知識が十分とは言い難い結果で、あった。
一方,小学校での正答率が高い学生は,中学校,
高等学校の正答数も有意に高い値を示しており,
小学校段階での知識の定着がその後の学習にお
いて重要であることが示された。 トランス脂肪
酸については,その用語を聞いたことがあると
回答した学生協約半数いたが,多く含む食品,
疾病との関連などの具体的内容について知って
いる者の割合は,いずれも低し呼直を示した。
項目③では,大学生のトランス脂肪酸の摂取
的兄について調査したが, トランス脂肪酸摂取
量がエネルギー比率
1%
を超えた者は,全体の
約
1%
であった。一方で,
0.7%
で区切ると,
約半数が超える結果となった。現状では,安全
とされる基準がないため,可能な限り摂取量を
少なくする努力が必要であると考えられる。ま
た, トランス脂肪酸の摂取量を中央値で高値
群・低値群に分けて比較した結果,高値群では,
特に菓子類を多く摂取しており,飽和脂肪酸や
食塩相当量,ショ糖の摂取量において低値群よ
り有意に高い値を示した。このことから, トラ
ンス脂肪酸の摂取量の朝日は,その他の栄養素
の
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眼目摂取とも関連している可能性が示唆され
た。
項目④では,炎症誘導された脂肪細胞へのエ
ライジン酸の添加により,炎症性サイトカイン
である
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-6の遺伝子発現量およて巧ま泌量を有
意に増加させた。また,抗炎症性サイトカイン
であるアディポネクチンの分泌量は,エライジ
ン酸の糊日によりさらに抑制される結果となっ
た。このことから,エライジン酸は,脂肪組織
の炎症を増悪させる可能性が示唆された。
項目⑤では,項目① ④の結果を踏まえ,小
学校の家庭科において,脂質の種類,健康との
関係についての授業案を検討した。飽不胡旨肪酸
やトランス脂肪酸などは,中学校以上での学習
内容ではあるが,その重要性を考慮し,専門用
語を用いずに,料理カードやイラストを用いる
などの工夫をすることで,できるだけ既習の内
容からスムーズに学習できるように内容を構築
した。
以上,本研究により,家麟ヰにおける脂質に
関する食教育の課題について示唆に富む考察が
できたものと考える。研究成果が,脂質やトラ
ンス脂肪酸,延いては食生活台投についての児
童・生徒の学習を深めるための足がかりとなり,
将来的には,生活習』憤病などの予防につながる
ことを期待する。