博 士 ( 歯 学 ) 小 林 洋 一
学 位 論 文 題 名
原子間力顕微鏡による光硬化型グラスアイオノマーセメント ―象牙質接着界面の形状解析
学 位 論 文 内 容 の 要旨
現 在、接着界面の観察ではSEMやTEMが用いら れているが、,これらの観察法では、試料が乾燥、
蒸 着 ある いは 包埋 、染 色等 の前 処理 や観 察時 の真 空環 境の 影響を受ける。特にグラスアイオノマ ー セ メン トの 場合 には 乾燥 等に よる 収縮 や亀 裂の 発生 が問 題となる。近年開発された原子間力顕 微 鏡(AFM)は 試料 の前 処理 が不 要で、大気中ば かりでなく水中での「その場観察」が可能である。
さ ら に、 三次 元分 析や ライ ン分 析に よる 形状 解析 が容 易に 行うことができ、界面の定量的な解析 が 期 待で きる 。そ こで 本研 究で は、 新材 料、 光硬 化型 グラ スアイオノマーセメン卜と象牙質との 接 着 機構 を検 索す るた めに 、AFMによ る界 面の 形状 解析 を行 い、 従来 型グ ラス アイ オノマーセメ ン 卜 およ びコ ンポ ジツ 卜レ ジン の接 着界 面と 比較 検討 した 。
【 材 料 と 方 法 】 ヒ ト 新鮮 抜去 大臼 歯の 類側 面お よび 舌側 面に 、直 径, 深さ と も約2 mmの円 柱窩 洞 を 形成 し、 光硬 化型 グラ スア イオ ノマ ーセ メン ト(FUJIエONOMER TYPEnLC:LC群 、Vitremer: VT群 )、 従来 型グ ラス アイ オノ マー セメ ント(Fuji Ionomer TYPE II:FJ群) およ びコンポジッ ト レ ジ ン(CLEARFIL APーX:LB群 )を それ ぞれ メ ーカ ーの 指示 に従 って 充填 した 。水 中浸 漬1週 後 、 充 填 物 を 通 る 歯 軸 と 平 行 な 切 片 を 作 成 し 、 片面 を10%リ ン酸 水溶 液で20秒間 処理 、60秒間 水 洗 した もの を観 察面 とし た。 窩底 象牙 質一 充填 物間 の界 面 をAFM観 察し 、三 次元 分析およびラ イ ン 分析 を行 った 。ラ イン 分析 では 断面 プロ ファ イル を表 示するとともに充填物一象牙質問の段 差 を 測定 し、 セメ ント 面、 レジ ン面 およ び象 牙質 面の 平均 粗さ(Ra)をあわせて測定した。有意差 の 検 定に はAYOVAとScheffe test (p<0.05)を 用い た。AFM観察後、同一試料を臨界点乾燥、Pt― Pd蒸 着しSEM観察 を行 った 。
【 結 果お よび 考察 】AFM像 では 、 いず れの 群に おい ても 象牙 質は りン 酸処 理に よっ て脱灰され、
充 填 物と象牙質との間に段差が観察された。FJ群のAFl、I像では、セメントと象牙質との間に界面 に 沿 って 間隙 があ るよ うに 観察 され たュ また 、三 次元 像で は象牙質の界面側前縁には堤状の層が
認 め ら れ、 こ の 部で は 下 部象牙 質から 続く細管 の連続 陸が途絶 えていた 。断面 プ口ファ イルで 解 析 すると、 セメン トと象牙質との間に1. 31 (SD:O. 16) ymの段差を示し、また、セメント面では平 均 粗さRaが0.86 (SD:O. 02) pLmと他 の一3群に比較して有意に大きく、これはセメントのマトリッ ク ス 部 が酸 処 理 によ っ て 溶解し たため と考えら れた。 象牙質の 界面側前 縁は下 部象牙質 に比較 し て1. 28 (SD:O. 26) Lun高い堤状を呈しており、この層では他の部位に比較して耐酸陸が高いことが 確 認 さ れた 。 界 面の 識 別 は、堤 状部や それに接 する間 隙様の部 位の存在 、ある いはセメ ント面 の 激 し い 起伏 の た めに 困 難 であ っ た 。SEM像で は 試 料 の乾 燥によっ て生じ たと思わ れる亀裂 がセメ ン ト内部に 生じて おり、セ メン卜内 の凝集 破壊を示 した。 .AFM像 で界面 に間隙が 存在する ように 観 察 さ れた 部 位 は、SEM像 で は 象牙 質 に 接し て セ メ ント 層 が 存在 し 、 また 、AFM像で 観察さ れた 堤 状 の 層が 観 察 され た 。 この堤 状の層 は、セメ ント中 のフッ素 あるいは マトリ ックス成 分の浸 透 によって象牙質前縁が耐酸陸を獲得して形成されたものと考えられた。
LC群 のAFM像 で は、 セ メ ント の 前 縁が 明 瞭 であ り 、FJ群 と は異 な っ て 象牙 細 管 の走 行 は 界面 ま で 連 続し て 見 られ た 。 三次 元 像 ではFJ群で 観 察 さ れた よ う な堤 状 の 層は 認 め られず、 また、
セ メ ン ト と 象 牙 質 は 移 行 的 で あ っ た 。 断 面プ ロ フ ァイ ル で は、 セ メ ン卜 と 象 牙 質と の 段 差は 1. 13 (SD:O. 15) Umを示した。FJ群と異なり界面のi毎拐Inま容易であり、界面のプロファイルはセメ ン ト か ら 象 牙 質 へ と ほ ば 直 線 的 に 下 降 し て い た 。 セ メ ン 卜 面 、 象 牙 質 面 のRaは そ れ ぞ れ 0. 57 (SD:O. 04) ym、0.41 (SD:O. 08) ymであった。SEM像では界面に間隙は認められず、セメント マ トリック ス層と 考えられ るコアの 少ない1−2 ptmの層 が観察さ れた。セメントと象牙質との境界 は明確でなく、連続的に移行していた。
VT群 のAFM像 はLC群 と 類似 し て おり 、 セ メン ト 前 縁が 明 瞭 で、 細 管 の 走行 は 界 面ま で 連 続し て 見 ら れた 。 三 次元 像 で は、堤 状の層 は観察さ れなか った。界 面には間 隙は無 くセメン トと象 牙 質 は連続的 に移行 していた 。断面プ ロファ イルでは 、LC群同 様、界面 のき哉別は容易であり、セメ ン トと象牙 質との 間に1. 15 (SD:O. 26) Umの段差が認められた。界面のプロファイルはセメントか ら 象 牙 質 へ と ほ ぼ 直 線 的 に 下 降 し て い た 。 セ メ ン ト 面 、 象 牙 質 面 のRaは そ れ ぞ れ O. 48 (SD:O. 02) Um、0.43 (SD:O. 08)Limであった。AFM像と同ー部位のSEM像では界面に2ー3LLmの幅 の 間隙が認 められ た。AFM像では間 隙が認 められな カゝっ たことか ら、こ の間隙は 試料の乾 燥によ っ て 生 じた も の と思 わ れ る。ま た象牙 質側には セメン 卜層が確 認できな かった 。界面の 間隙は 象 牙 質 窩 底全 周 に ある の で はなく 、間隙 が認めら れなか った部位 では、セ メント の界面側 前縁に マ 卜 リ ッ クス 層 あ るい は プ ライ マ ー とマ 卜 リ ック ス の 混 合し た 層 と考 え ら れる コ アを含 まない 層 が明瞭に観察され、この層から象牙質側に連続的に移行していた。
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LB詳のAFYt像 では 、レ ジン 側の 前縁 は明 瞭で あり 、ま た象 牙質の界面側では細管の走行が観察 され ず無 構造 な 部分 が認 めら れた 。三 次元 像で は界 面に 間隙 は認められず、レジン側から象牙質 にか けて 連続 的 に移 行し 、無 構造 に観 察さ れた 部位 に一 致し て界面は傾斜していた。断面プロフ ァイルでは、レジンと象牙質との段 差は2. 28 (SD:O. 37) punと他の3群に比較して有意に大きく、
これ はレ ジン 面 では 酸処 理に よる 影響 が少 なか った ため と考 えられた。また、界面のプロファイ ルは レジ ン側 か ら象 牙質 側へ とな だら かな 移行 型を 示し た。 この移行型は、象牙質表層と表層下 への レジ ン成 分 の浸 透度 の相 違に よっ て生 じた 耐酸 陸の 勾配 を表しているものと考えられた。レ ジン面、象牙質面のRaはそれぞれO.51 (SD:O. 05) ym、O.57 (SD:O. 09) ymであった。SEM像では、
ボン ディ ング 材 側で 界面 に沿 った 亀裂 が観 察さ れた 部位 もあ ったが、界面は連続的に移行してい た。AFhl像で 無 構造 に観 察さ れた 象牙 質の 界面 側で は、 比較 的起伏が少なく無構造として観察さ れた。
以 上 の 結 果 か ら 、AFMのラ イン 分析 をも とに 今回 用い た4種 材料 の界 面の 形状 をプ ロフ ァ イル によって1. FJ群、2.LC群およびVT群、3.LB群の3種にノくターン化することができた。すなわち、
1. FJ詳 :セ メ ント 面か ら界 面付 近で 下降 し、 その 後、 象牙 質の前縁で立ち上がって堤状を呈し てから象牙質面へと続く。
2. LC群 ,VT群 : セ メ ン ト 面 か ら 象 牙 質 面 へ と 両 者 の 段 差 に 沿 っ て ほ ぼ 直線 的に 下降 す る。
3. LB群 : レ ジ ン 面 か ら 象 牙 質 面 へ と な だ ら か な 傾 斜 を も っ て 下 降 す る 。
【結 諭】AFMの ライ ン分 析を 応用 する こと に よっ て界 面の 形状 がパ ター ン化 され 、LC,VTすなわ ち 光 硬 化 型 グ ラ ス アイ オノ マー セ メン 卜の 界面 の形 状がFJあ るい はLBとは 異な って いる こ とが 明ら かと なり 、 この 相違 には 接着 様式 の違 いが 関与 して いる もの と考 え られ た。 今後AFMを用い た形 状解 析による界面のノくターン化を行い、各層を 詳細に解析することによって接着機序の解明 に大いに貢献するものと考えられた 。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨
学位論文題名
原子間力顕微鏡による光硬化型グラスアイオノマーセメント 一象牙質接着界面の形状解析
現在、接着界面の観察ではSEMやTEMが用いられているが、これらの観察法では、試料が乾燥、
蒸着あるいは包埋、染色等の前処理や観察時の真空環境の影響を受ける。特にグラスアイオノマ ーセメントの場合には乾燥等による収縮や亀裂の発生が問題となる。原子間力顕微鏡(AFM)は試 料の前処理が不要で、しかも大気中、水中での「その場観察」が可能である。さらに、三次元分 析やライン分析による形状解析によって界面の定量的な解析が期待できる。そこで本研究では、
新材料、光硬化型グラスアイオノマーセメントと象牙質との接着機構を検索するために、AFMに よる界面の形状解析を行い、従来型グラスアイオノマーセメントおよびコンポジットレジンの接 着界面と比較検討した。
【材料と方法】ヒト新鮮抜去大臼歯の頬側面および舌側面に円柱窩洞を形成し、光硬化型グラス アイオノマーセメント(FUJI IO¥cOMER TYPEnLC:LC群、Vitremer:VT群)、従来型グラスアイ オノマーセメント(Fuji Ionomer TYPEU:rj群)およびコンポジットレジン(CLEARFIL APーX: LB群)を充填した。水中浸漬1週後、充填物を通る歯軸と平行な切片を作成し、片面を10%リン 酸水溶液で20秒間処理、60秒間水洗したものを観察面とした。窩底象牙質―充填物の界面をAFM 観察し、三次元分析およびライン分析を行った。AFM観察後、同一試料を臨界点乾燥、PtーPd蒸 蔚しsr.M観察を行ったヵ
【結果および考察】AI:M像では、いずれの群においても象牙質はりン酸処理によって脱灰され、
充填物と象牙質との間に段差が観察された。FJ群のAFM像では、セメントと象牙質との間に界面 に沿って間隙があるように観察されたが、SEM像では象牙質に接してセメント層が確認された。
AFMの三次元像では象牙質の界面側前縁には堤状の層が認められ、この部では下部象牙質から続 ‑ 136ー
功
熈
夫
宏
文
邊
藤
理
河
下
加
亘
授
授
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教
教
教
査
査
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主
副
副
く 細管 の連 続陸 が途 絶え てい た。 断 面プ ロフ ァイ ルで 解析すると、セメントと象牙質との段差は 1. 31 (SD:O. 16) ymを示し、象牙質の界面側前縁は下部象牙質に比較して1.28 (SD:O. 26) ym高い堤 状 を 呈 し て お り 、 こ の 層 で は 他 の 部 位 に 比 較 し て 耐 酸 陸 が 高 い こ と が 確 認 さ れ た 。 LC群 、VT群 のAFM像 は 類 似 し て お り 、 界 面に 間隙 は認 めら れな かっ た。 象 牙細 管の 走行 は界 面 ま で 連 続 し てお り 、三 次元 像で はFJ群と は異 なっ て堤 状の 層は 認め られ な かっ た。 断面 プロ フ ァ イ ル を み る と 、 セ メ ン ト と 象 牙 質 と の 段 差 はLC群 で は1.13 (SD:O. 15) LLm、VT群 では 1. 15 (SD:O. 26)LLmを示し、両群とも界面のプロファイルはセメントから象牙質へとほば直線的に 下 降 し て い た 。LC群 のSEiY!像で はl‑2ymの セメ ン卜 マト リッ クス 層を 介し セ メン トか ら象 牙質 へ と連 続的 に移 行し てい た。VT群において、´、FM像と同一部位のSEM像では界面に試料の乾燥に よ って 生じ たも のと 思わ れる2一3umの幅 の間 隙が 認め られ、象牙質側にはセメント層は確認でき な かっ た。 界面 に間 隙が 認め られ な かっ た部 位も あり 、この部位では界面にマトリックス層ある い は プ ラ イ マ ー と マ ト リ ッ ク ス の 混 合 し た 層 と 考 え ら れ る 層 が 介 在 し て い た 。 LB群 のAFM像 、SEM像で は、 レジ ン側 から 象牙 質に かけ て連 続的 に移 行し 、 また 象牙 質の 界面 側 では 無構 造な 部分 が認 めら れた 。AFMの三 次元 像で は無 構造 に 観察 され た部 位に一致して界面 は傾斜していた。 断面プロファイルでは、レジンと象牙質との段差は2.28(SD:O.37)umと他の3 群 に比 較し て有 意に 大き く、 また 、 界面 のプ ロフ ァイ ルはレジン側から象牙質側へとなだらかな 移行型を示した。
以 上 の 結 果 から 、AFMのラ イン 分析 をも とに 今 回用 いた4種 材料 の界 面の 形 状を プロ ファ イル に よって1.FJ群、2.LC群およびVT群、3.LB群の3種にパターン化することができた。すなわち、
1.FJ群 :セ メン ト面 から 界面 付近 で下 降し 、そ の後 、耐 酸陸 を 獲得 した 象牙 質前縁で立ち上が って堤状を呈してから象牙質面へと続く。
2.LC群 ,VT群 : セ メ ン ト 面 か ら 象 牙 質 面 へ と 両 者 の 段 差 に 沿 っ て ほ ぼ 直 線 的 に 下 降 す る 。 3.LB群 :レ ジン 面か ら象 牙質 面へ とレ ジン 成分 の浸 透度 を示 す 、耐 酸陸 の勾 配に応じたなだら かな傾斜をもって下降する。
【 結論 】ArMのラ イン 分析 を応用することによ って界面の形状のノくクーン化が可能となり、界面 形状の相違にはj妾え!f4蒙式の避いが関与してし丶るものと考えられた。今後Af湖を用いた形:勦翠析に よ る界 面の パタ ーン 化を 行い 、各 層 を詳 細に 解析 する ことによって接着機序の解明に大いに寄与 することが示唆された。
審査 は審 査者 全員 によ って 口頭 で 行わ れた 。最 初に 学位申請者に論文の概要の説明を求め、続 い て 実 験 手 法 、各 群 にお けるAFM像とSEM像 の解 釈、 接着 機構 と界 面の プロ フ ァイ ルと の関 連等 ―137―
について関連事項と合わせて質疑応答がなされた。これに対して申請者はいずれも適切かっ明快 な回答を示した。また本研究結果の臨床における意義を問う質問に対しては、象牙質の耐酸陸の 獲得と二次齲蝕抑制の観点から回答した。審査の結果、本研究は原子間力顕微鏡による接着界面 をパターン化した独創的なものであるとともに、今後、接着機構の解明に大いに寄与し、発展性 をもつ研究であると評価された。
以上の結果、審査者全員によって本論文は学位論文として十分値し、学位申請者は専門および 関連 領域につい て十分な学識と理解があり、博士(歯学}の授与に値する者と認定された。