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密教研究 Vol. 1939 No. 70 004福場 保洲「原始佛教々團の經濟生活――佛教と經濟なる問題の一節―― P52-71」

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(1)

原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 五 二

-佛

節-輻

一 佛 教 と 縄 濟 な る 問 題 に は、 種 々 な る 問 題 が 包 含 さ れ て ゐ る。 佛 教 的 理 念 に 於 て は 経 濟 は 如 何 に 観 ぜ ら る べ き で あ る か。 又 事 實 如 何 に 観 ぜ ら れ 如 何 に 取 扱 は れ て 來 た か。 敏 團 史 上 経 濟 生 活 は 如 何 に 生 活 さ れ て 來 喪 か。 教 團 と 経 濟 祉 會 と の 關 係 は 如 何 に 現 れ て ゐ た か。 佛 教 的 文 化 と 経 濟 的 文 化 と は 歴 史 に 於 て 如 何 な る 關 係 に 置 か れ て ゐ る か。 此 等 の 外 に も 少 か ら す 問 題 が 有 り 得 る こ と ゝ 思 ふ が、 爾、 此 等 の 問 題 は 夫 々 そ の 内 包 と し て 種 々 の 問 題 を 有 す ろ こ と ゝ 思 ふ。 夏 に 佛 教 と 経 濟 と 云 ふ 場 合、 先 づ 佛 教 な る 名 の 下 に、 普 遍 的 意 味 に 於 け る 佛 教 一 般 佛 教 及 び 宗 派 と 云 ふ ガ 如 き 特 殊 佛 教、 特 定 の 國 家 或 は 特 定 の 時 代 の 佛 教 と 云 ふ が 如 き 室 間 的 に 或 は 時 間 的 に 限 定 さ れ た 佛 教 等 を 考 へ る こ と が で き る。 叉、 経 濟 の 下 に は 種 々 な る 部 門 経 濟、 即 ち 生 産 経 管 分 配 所 有 浩 費 と 云 ふ が 如 き 種 々 な る 経 濟 行 爲 が 存 在 す る。 斯 の 如 き 諸 問 題 が 相 互 に 關 聯 し て、 佛 教 と 経 濟 な る 問 題 は、 非 常 に 廣 汎 に し て 複 雑 な る 問 題 を そ の 中 に 包 含 す る。 云 ふ ま で も な く、 原 始 佛 教 々 團 の 経 濟 生 活 は、 右 の 廣 汎 に し て 複 難 な る 問 題 中 に 於 け る 重 要 な る 諸 問 題 の 一 つ で あ る の み な ら す、 そ の 後 世 の 教 團 の 経 濟 生 活 に 及 ぽ せ る 影 響 ほ、 當 然 の こ と で は あ る が、 極 め て 顯 著 な る も の が あ る。 他 の 國 の 教 團 の こ と は 暫 く 措 い て、 支 那 や 日

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本 の 教 團、 特 に 所 謂 聖 道 門 の 系 統 に 屡 す る 教 團 の 経 濟 生 活 の 態 度 は、 時 代 に よ つ て 顯 著 な る 憂 化 を 現 し て ゐ る が、 そ の 基 本 的 な も の に は、 原 始 教 團 的 な も の が 残 存 し 作 用 し て ゐ る の を 見 逃 す こ と が 出 來 な い。 こ の 意 味 に 於 て、 こ の 問 題 に は、 一 層 の 重 要 性 が あ る と 云 は ね ば な ら な い。 二 原 始 佛 教 々 團 に 於 け る 経 濟 生 活 如 何 の 問 題 は、 佛 陀 や そ の 弟 子 達 に よ つ て、 経 濟 が 如 何 に 観 ぜ ら れ 如 何 に 行 は れ て ゐ 弛 か の 問 題 に 外 な ら な い。 つ ま り 佛 陀 と そ の 弟 子 達 と の 経 濟 的 思 想 と 行 爲 と は 如 何 で あ つ た か の 問 題 に 外 な ら な い。 而 て、 之 を 比 較 的 正 確 に 傳 へ て ゐ る 者 は、 小 乗 の 経 律 で あ る こ と は 云 ふ ま で も な い。 然 し 薙 に 豫 め こ と は つ て 置 く べ き 二 三 の 問 題 が あ る。 そ の 第 一 は 小 乗 の 経 律 は 歴 史 的 資 料 と し て 如 何 な る 程 度 に 信 愚 す る に 足 る か の 問 題 で あ る。 そ の 第 二 は、 歴 史 的 資 料 と し て あ る 程 度 信 愚 す る に 足 る も の を 有 す る-印 ち 實 状 に 近 い も の を 傳 へ て ゐ る と す る も、 経 律 は 一 膿 何 時 頃 成 立 し た も の で あ る か、 叉 特 に 律 部 の 諸 聖 典 の 成 立 に は 前 後 が あ る が 何 れ を 古 い と し 何 れ を 新 し い と す べ ぎ で あ る か、 又、 之 に 關 聯 し て、 そ の 時 代 的 特 性 は 如 何 に 現 れ て ゐ る か。 第 三 は、 経 律 を 生 み 出 し た 部 派 に は 地 理 的 特 性 が あ る。 か く し て、 経 律 は、 一 律 に 軍 純 に 原 始 佛 教 資 料 と し て、 取 扱 は る べ き で は な い で は な い か と 云 ふ 様 な 問 題 で あ る。 す べ て 斯 の 如 き 問 題 は、 從 來 多 く の 專 門 學 者 に よ つ て、 原 始 佛 教 資 料 論 に 於 て 瞼 討 ざ れ て 來 九 も の で あ る。Ol-de n be

rg, Rhys Davids, Sylvain,

故 木 村 博 士、 宇 井 博 士、 和 辻 哲 郎 教 授、 友 松 園 語 氏 等 (1) は、 筆 者 の 知 る 範 園 に 於 て の 著 名 な 人 々 で あ る。 此 等 諸 氏 の 資 料 論 に は、 一 致 し て ゐ る 部 分 も あ る が、 一 致 せ ざ る 部 分 も 相 當 に あ る。 吾 々 は 之 を 如 何 に 取 扱 ふ べ き で あ る か。 之 を 決 定 す る こ と は、 筆 者 の 如 き 門 外 漢 の 爲 し 得 る こ と で は な い。 こ の 故 に、 筆 者 が こ の 小 論 を 草 す る に 當 て、 と ら ん と す る 態 度 を 述 べ て 置 き 度 い と 思, 論。 先 づ、 私 は 傳 説 を 奪 重 せ ん と す る も の で あ る。 一 般 的 に 云 ふ て、 傳 設 は、 之 を 作 り 而 て 傳 へ た 團 膿 の 生 活 事 實 原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 五 三

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原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 五 四 を-少 く と も 生 活 要 求 を あ る 程 度 あ る が ま ゝ に 傳 へ る も の で あ る と 信 す る か ら で あ る。 こ の 意 味 に 於 て、 私 は 例 へ ば、 ﹁ 経 ﹂ に 於 て は 阿 難 陀 (Ananda) ﹁ 律 ﹂ に 於 て は 優 波 利 (Upali) 等 の ﹁ 如 是 我 聞 ﹂ す る 所 は、 あ る 程 度 歴 史 的 事 實 を 示 す も の な る こ と を 信 ぜ ん と す る も の で あ る。 こ の 二 人 の 弟 子 は、 繹 愈 の 言 行 を 長 期 間 親 し く 見 聞 し た と 傳 へ ら れ る か ら、 こ の 二 人 の 語 る 所 は 事 實 に 近 い 繹 奪 の 言 行 を 傳 へ る も の で あ ら う と す る の で あ る。 固 よ り、 経 律 の 傳 へ る 思 想 と 行 爲 と を、 そ の ま、 佛 陀 や 弟 子 蓬 の も の で あ る と す る こ と は 危 険 で あ る こ と は 云 ふ ま で も な い。 例 へ ば、 同 一 事 項 に 封 す る 規 律 が 律 に よ つ て 異 る の を 見 出 だ す こ と は 決 し て 稀 で な い が、 若 し 之 等 を 悉 く 眞 實 と す れ ば、 佛 陀 は、 同 一 事 項 に 關 す る 異 れ る 種 々 の 規 律 を 吾 々 に 残 さ れ て ゐ る こ と ゝ な る。 こ の 差 異 は、 佛 陀 が 部 派 の 地 方 的 特 殊 事 情 を 顧 慮 し て 律 を 定 め ら れ た 結 果 生 れ た も の で あ ら う と す る こ と も あ る 程 度 は 無 理 で は な か ら う が、 悉 く こ の 爲 に 生 れ た と 見 る こ と は 不 可 能 で あ ら う。 恐 く 後 世 誤 傳 に ょ つ て 生 れ た も の も あ ら う、 部 派 の 特 殊 事 情 に よ つ て、 自 派 に と つ て 都 合 の よ い 様 に、 改 憂 さ れ 或 は 創 作 さ れ 弛 も の も あ ら う。 さ れ ば と 云 ふ て、 諸 律 の 資 料 が 佛 陀 の 言 行 を 傳 へ る 歴 史 性 を 全 然 有 し な い と す る こ と は、 云 ふ ま で も な く 妥 當 で な い。 然 ら ば、 経 律 は 凡 そ 何 時 頃 成 立 し た か、 叉 律 部 成 立 の 時 代 の 前 後 は 如 何 に 見 る べ き か。 之 に 就 て は、 專 門 諸 學 者 の 見 解 を、 與 へ ら る ゝ が ま ゝ に、 受 取 る よ り 外 に 道 が な い。 勿 論 そ の 諸 見 解 に は 差 異 が あ る。 よ つ て 私 は 一 般 的 に 云 ふ て、 経 律 は、B.C.270 頃 に 印 位 し た 阿 育 (A s o k a) 王 以 後 凡 そ 四 百 年 の 間 に 成 立 し た で あ ら う と す る も の で あ る。 次 に、 各 経 律 の 夫 々 の 時 代 的 特 性 と 地 方 的 特 色 と は 如 何 に 取 扱 は ん と す る か。 こ の 小 論 の 目 的 は、 諸 の 部 派 を 包 括 せ る も の と し て の 原 始 佛 教 々 團 一 般 に 於 け る 縄 濟 生 活 の 特 性 の 研 究 に 在 る。 故 に こ の 場 合 私 に と つ て は、 右 の 如 き 時 代 的 特 性 と 地 方 的 特 色 と は、 検 討 す べ き 中 心 テ ー マ で な い。 否、 か ゝ る 特 性 ・ 特 色 を 無 覗 し て、 共 通 性 を 有 す る 経 律 の 資 料 を 倹 討 す る こ と こ そ、 却 て こ の 際 私

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に と つ て 重 要 で あ る の で あ る。 さ り な が ら 共 通 性 を 有 す る 資 料 を 求 む る に 當 つ て、 同 じ 系 統 の 部 派 を 目 標 と し な い で、 異 る 系 統 の 部 派 を 目 標 と す る こ と は 必 要 な こ と で あ る。 同 じ 系 統 の 部 派 か ら 共 通 性 を 有 す る 資 料 を 如 何 に 多 く 求 め て も、 そ れ は 意 義 が 低 い か ら で あ る。 こ の 意 味 に 於 て 筆 者 は、 資 料 を 求 む る に 當 つ て、 出 來 得 る 限 り、 ﹁ 四 分 律 ﹂ と ﹁ 曾 紙 律 ﹂ に よ る こ と に し た い。 そ れ は 原 始 佛 教 々 團 は 最 初 に 上 座 部 と 大 衆 部 と に 分 裂 し た と 云 ふ 所 傳 を 信 じ、 上 座 部 は 保 守 圭 義 的 傾 向 が 強 く、 大 衆 部 は 進 歩 主 義 的 傾 向 が 強 か つ 池 と 解 せ ん と す る に よ る の で あ る。 斯 の 如 き 立 揚 に 立 つ て、 今 日、 経 濟 學 上 の 基 本 範 疇 と さ れ、 又 吾 々 の 経 濟 行 爲 の 基 本 的 方 向 と な つ て ゐ る も の ゝ 中 か ら 所 有 と 生 産 と を 選 び、 主 と し て 之 等 の 観 鮎 か ら ( 尤 も、 之 等 に 關 聯 し て、 自 然 に 分 配 や 浦 費 又 蓄 積 の 観 鮎 に 立 つ 場 合 も あ る で あ ら う)、 原 始 佛 教 々 團 の 経 濟 生 活 を、 聯 か 検 討 し て 見 よ う。 三 宗 教 は、 一 般 に、 本 來 的 立 場 か ら は、 財 費 の 慣 値 を そ れ 自 膿 の 故 に は 認 め す、 修 道 の 手 段 と し て の み そ の 償 値 を 認 め る 傾 向 が 強 い。 佛 教 に 於 て も そ う で あ る こ と は 云 ふ ま で も な い。 財 貨 に 封 す る 執 着 は、 萬 人 齊 し く 彊 く、 人 生 憂 患 の 最 大 根 元 の 一 つ で あ る。 從 て そ れ は 修 道 成 就 の 障 害 と な る。 さ れ ば 佛 教 は、 そ の 本 來 的 立 場 に 於 て は、 財 貨 の 贋 値 を そ れ 自 膿 の 故 に は 認 め す、 從 て 経 濟 生 活 を 蔑 覗 し、 之 に 關 聯 し て 現 實 生 活 を 否 定 せ ん と す る 傾 向 ガ 強 い。 而 て こ の 傾 向 は、 程 度 の 差 は あ る が、 大 乗 佛 教 小 乗 佛 教 に 共 通 す る も の で あ る こ と は 云 ふ ま で も な い。 こ の 経 濟 生 活 蔑 視 の 傾 向 が、 原 始 佛 教 々 團 に 於 て は、 所 有 の 方 向 に 於 て 如 何 に 現 れ て ゐ る か。 こ の 問 題 を 瞼 討 す る 前 に、 當 時 世 俗 的 生 活 に 於 て は、 所 有 制 度 が 如 何 な る 歌 態 に 在 つ た か を 一 瞥 し て 置 く 必 要 が あ る。 何 故 者、 古 代 印 度 肚 會 な る も の ゝ 中 に 存 立 し て ゐ た 原 始 教 團 で あ る か ら、 こ の 原 始 教 團 の 経 濟 生 活 と 教 團 外 の 一 般 肚 會 の 経 濟 生 活 と は、 内 實 に 於 て 無 關 係 で あ つ た ら う と は 考 へ ら れ な い か ら で あ る。 原 始 佛 教 時 代 の 原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 五 五

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原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 五 六 印 度 肚 會 は、 云 ふ ま で も な く、 例 の カ ス ト (Caste) 制 度 が 確 立 し て ゐ 弛 時 代 で あ る。 櫓 侶 (婆 羅 門) 貴 族 (殺 帝 利) 公 民 (吠 舎) 奴 隷 (首 陀) の 四 姓 制 度 が そ れ で あ る。 こ の 制 度 は、 先 づ 第 一 に、 當 時 の 経 濟 が 奴 隷 経 濟 的 な 側 面 を も つ て ゐ た こ と を 物 語 る。 奴 隷 の 存 在 が そ れ を 物 語 る の で あ る。 第 二 に、 是 は 私 有 制 度 が 當 時 の 経 濟 の 基 礎 に 在 つ た こ と を 示 す。 奴 隷 は 勢 働 力 の 提 供 者 で あ る か ら、 奴 隷 が 存 在 す る こ と は、 そ の 勢 働 力 が そ の 爲 に 利 用 せ ら れ る 私 有 財 産 が 存 在 し て ゐ た こ と を 物 語 る の で あ る。 欺 の 如 く、 カ ス ト 制 度 の 目 立 つ 経 濟 的 側 面 の 一 二を 描 出 す る こ と に よ つ て も、 吾 々 は、 原 始 佛 教 時 代 の 世 俗 的 肚 會 が 私 有 制 度 を そ の 基 底 に も つ て ゐ 弛 こ と を 知 る。 而 て 之 を 裏 書 き す る 律 部 の 資 料 と て も 決 し て 少 く な い。 例 へ ば、 財 産 の 官 へ の 浸 牧、 財 産 の 分 割 雫 ひ、 罰 金 制、 母 銭 と 子 饅、 羅 盗 に 封 す る 刑 罰 の 制 度、 負 債 者 の 出 家 の 禁 止 等 々 で あ ろ、、 而 て、 特 に 關 心 を そ ゝ る も の は、 櫓 祇 律 が 達 賦 伽 比 丘 の 本 生 譲 に 於 て 三 悪 法 の 成 立 に 就 て 語 る も の に、 所 有 灌 の 成 立 観 が 現 れ て ゐ る こ と で あ る。 (2) 爾 時、 衆 生 便 ち 共 に 聚 會 し、 聚 會 し 已 り て 便 ち 相 調 ひ て 言 は く ﹁ ⋮⋮我 等 今 日 當 に 制 限 を 立 て、 其 の 米 地 を 分 ち て 畔 界 あ ら し む べ し ﹂ と て、 即 ち 便 ち 之 れ を 封 じ て ﹁此 の 分 は、 我 れ に 麗 し、 彼 の 分 は 汝 に 薦 す ﹂ と せ り。 か ゝ る 所 有 構 の 成 立 観 は、 所 有 模 に 封 す る 合 理 化 の 企 圖 で あ る。 か ゝ る 所 有 椹 に 封 す る 合 理 化 の 企 圖 や カ ス ト 制 度、 又 上 述 の 諸 資 料 に よ つ て、 當 時 私 有 財 産 制 度 は 確 立 し て ゐ た と 結 論 す る こ と は 勿 論 可 能 で あ る。 而 て、 こ の 様 に 私 有 財 産 制 度 の 確 立 せ る 杜 會 内 に 原 始 佛 教 々 團 は 存 在 し て ゐ 弛 の で あ る か ら、 一 般 肚 會 の 私 有 制 度 が 之 に 反 映 し 影 響 し て ゐ な い 筈 が な い。 如 何 に、 四 姓 制 度 を 根 幹 と す る 祉 會 組 織 に 封 し 否 定 角 な 態 度 を 有 し、 又 所 有 の 執 着 を 克 服 す る こ と を 一 つ の 重 要 な る 目 的 と す る 原 始 佛 教 の 教 團 で あ つ た に せ よ、 畢 共 見、 人 の 集 團 で あ り、 而 も 之 が 私 有 制 度 の 肚 會 に 依 存 し て ゐ 弛 の だ か ら、 私 有 制 度 の 反 映 影 響 は あ る 程 度 発 れ 得 な か つ た で あ ら う と 察 せ ら れ る。 四 上 述 の 如 く、 経 濟 生 活 蔑 親 の 傾 向 は 二 般 宗 教 に 共 通 す

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る も の で あ り、 佛 教 に 於 て も 亦 然 り。 今 は 大 乗 佛 教 に 就 て は 暫 く 借 き、 小 乗 佛 教 -原 始 佛 教 に 就 て 少 し 考 察 し て 置 き た い。 原 始 佛 教 に 於 て 経 濟 生 活 が 如 何 に 観 ぜ ら れ て ゐ た か は 少 欲 知 足 の 比 丘 (及 び 比 丘 尼、 以 下 比 丘 と 云 ふ 語 で 比 丘 比 丘 尼 を 併 せ 表 現 す る 場 合 が 多 い で あ ら う) に 封 す る 高 き 評 傾 (3) に 最 も よ く 現 れ て ゐ る。 然 し、 此 は 全 く 周 知 の こ と で あ る か ら、 薙 で 筆 者 が 語 る こ と は 必 要 と し な い で あ ら う。 中 阿 含 の 苦 陰 経 は、 人 が 欲 の 爲 に、 或 は 憂 苦 懊 悩 し 或 は 相 互 に 憎 悪 し 圃 諄 す る こ と に 就 て 説 い て 餓 す 所 が な い。 例 へ ば、 族 性 子 (良 家 の 子) が、 自 己 の 力 に ょ つ て 財 貨 を 求 め、 得 ざ れ ば 憂 苦 し 得 れ ば 又 憂 苦 す ろ 歌 態 に 就 て 彼 の 族 性 子 是 の 如 き 方 便 も て 是 の 如 き 行 を 作 し 是 の 如 き 求 を 作 し、 若 し 銭 財 を 得 ざ れ ば、 す た は ち 憂 苦 愁 感 懊 悩 を 生 じ ⋮ ⋮若 し 銭 財 を 得 れ ば、 彼 す な は ち 愛 悟 し 守 護 し 密 藏 す。 所 以 者 カ ス 何。 ﹁ 我 か こ の 財 物、 王 奪 ひ 賊 劫 め 火 焼 き 腐 壌 し 亡 失 せ し む る こ と 莫 れ ⋮⋮。﹂ ⋮若 し 王 奪 ひ 賊 劫 め 火 焼 き 腐 壌 し 亡 失 す る あ れ ば、 す な は ち 憂 苦 懊 悩 を 生 じ ⋮⋮こ れ を 現 法 の 苦 陰 と 調 ひ、 欲 に 因 り 欲 に 縁 り 欲 を 以 て 本 と 爲 す。 (4) と 説 い て ゐ る。 か ゝ る 憂 苦 懊 悩 を 脱 せ ん と す れ ば、 欲 を 捨 離 す る に 如 か ざ る こ と は 云 ふ ま で も な い。 欲 を 捨 離 す る 道 は、 ﹁ 能 く 修 行 し て 貧 欲 を 除 く ﹂ に 在 る こ と は、 阿 含 経 の 随 所 に 読 か れ て ゐ る 所 で あ る。 而 て、 族 性 子 に 就 て 説 か れ て ゐ る こ と は、 沙 門 に 就 て も 妥 當 す る。 さ れ ば、 ﹁ 欲 の 大 患 な る こ と を 知 ら ﹂ ざ る 沙 門 は、 沙 門 の 威 儀 を 知 ら ざ る 者 と さ れ る。 前 述 の 少 欲 知 足 の 比 丘 に 封 す る 高 き 評 便 も、 之 と 同 じ 立 場 か ら 行 は れ て ゐ る こ と は 云 ふ ま で も な い。 欲 の 大 患 な る こ と を 知 り、 之 を 捨 離 す る 道 を 膿 得 し 得 た る 比 丘 と 錐、 日 常 生 活 の 爲 に 何 程 か の 財 物 を 所 有 せ ね ば な ら な い。 況 や、 欲 の 大 患 な る こ と を 知 る も、 未 だ 捨 離 す る 道 を 膿 得 せ ぜ る 比 丘 は、 財 物 に 封 す る 所 有 欲 に 悩 ま さ れ た こ と で あ ら う。 而 も、 教 團 外 の 二 般 の 人 々 の 経 濟 生 活 は、 比 丘 の 経 濟 生 活 の 理 想 と か け は な れ て ゐ て、 そ の 理 想 へ の 努 力 を 蕩 揺 す る か ら、 そ の 悩 み は 一 居 大 で あ つ た ら う と 思 ふ。 か く し て、 個 々 の 比 丘 に 封 し て も、 比 丘 の 道 に 反 せ ざ る 仕 方 に 於 て、 あ る 程 度 の 財 物 の 所 有 原 始 佛 教 々 團 の 経 濟 生 活 五 七

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原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 五 八 は 許 さ れ ね ば な ら な い。 師 ち、 所 有 に 執 着 せ ざ る 限 の に 於 て 許 す の が、 そ の 原 則 的 仕 方 で あ つ 尤。 ﹁ 浮 施 法 ﹂(5) は 之 が 重 要 な る 二 資 料 で あ る と 思 ふ。 財 物 の 私 有 は、 原 則 的 に は、 斯 の 如 き 仕 方 で 許 さ れ る が、 他 の 諸 事 惰 の 爲 に 許 さ れ る 場 合 が な い で は な い。 そ の 中 で 特 に 注 目 す べ き は 施 主 の 意 志 に よ る 場 合 で あ る。 曾 紙 律 は 之 に 就 て 次 の 如 く 述 べ て ゐ る。 是 の 如 き の 重 物 は、 鷹 に 四 方 僧 に 入 る べ く、 其 蝕 の 輕 物 は 鷹 に 分 つ べ き な り。 若 し 檀 越 に し て ﹁ 一 切 審 く 分 ち た ま へ ﹂ と 言 は ん に は、 鷹 に 檀 越 の 意 に 從 5 て 分 つ べ き な り。 若 し ﹁ 二 切、 四 方 僧 に 施 さ ん ﹂ と 言 は ん に は、 鷹 に 分 つ べ か ら ず。 (6) 斯 の 如 く、 止 む こ と を 得 す し て、 財 物 の 私 有 を 許 す の で あ る が、 然 し 一 度 許 せ ば、 多 く の 比 丘 達 は 之 が 蓄 積 の 欲 望 に 編 ら れ る 危 険 が 起 つ た で あ ら う。 こ の 危 険 を 防 止 し、 比 丘 の 生 活 を 邪 道 に 韓 落 せ し め な い 様 に と 云 ふ 目 的 の 爲 に 定 め ら れ た の が、 種 々 の 財 物 の 蓄 積 を 禁 す る 掟 で あ る。 就 中、 蓄 銭 寳 戒 は、 最 も 注 目 を 要 す る も の と 思 ふ。 佛 言 く、 ﹁ 沙 門 繹 子 は 鷹 に 金 銀 を 蓄 ふ べ か ら ず ⋮⋮何 を 以 て の 故 に、 若 し 金 銀 を 蓄 ふ る を 得 ん に は 亦 懸 に 五 欲 を 蓄 ふ る を 得 べ し。 何 等 を か 五 と す。 一 に は 瞑 分 別 色 愛 染 著 な り、 乃 至、 身 受 賜 愛 染 著 な り。 當 に 知 る べ し、 是 れ 沙 門 程 種 の 法 に 非 ず ﹂ と。 (7) 五 原 始 佛 教 々 團 に 於 て は、 斯 の 如 き 仕 方 に 於 て、 個 々 の 比 丘 に 封 し て、 財 物 の 所 有 が 許 さ れ た の で あ つ 池。 こ の 私 有 制 の 外 に、 共 有 制、 又、 共 有 制 で も 私 有 制 で も な く、 財 物 の 聾 屡 が 佛 或 は 塔 に 置 か れ た 制 度、 假 に 名 け て 佛 物 制 或 は 塔 物 制 と も 樗 し 得 べ き 制 度 が あ つ た。 而 て、 こ の 共 有 制 又 佛 物 制 或 は 塔 物 制 等 は、 財 物 に 封 す る 所 有 欲 を 捨 離 す る と 云 ふ 比 丘 の 態 度 と、 内 容 的 に 聯 關 を 有 す る も の で な い か と 思 は れ る が、 そ れ は 暫 く 措 い て、 先 づ 共 有 制 自 禮 に 就 て 考 察 を 行 つ て 見 た い。 共 有 制 を 考 察 せ ん と す る 場 合 に、 吾 々 は、 原 始 教 團 の 共 同 主 義 一 般 を 先 づ 考 察 し て か ゝ ら ね ば な ら な い。 周 知 の 如 く、 曾 伽 (samgha) の 生 活 に 於 て は、 如 何 な る 方 面 に 於 て も、 共 同 主 義 帥 ち 和 合 が 原 則 と さ れ て ゐ た。 そ れ が 如 何 に 重 要 な る 意 義 を 有 し て ゐ た か を、 吾 々 に 示 す 事

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象 は 極 め て 多 い。 四 波 羅 夷 法 (8) を 犯 せ る 場 合 に は、 ﹁ 慮 不 共 往 ﹂ と し て 教 團 追 放 の 極 刑 に 庭 せ ら る。 ﹁ 共 住 ﹂ と は 界 を 一 に し 読 戒 を 一 に し 共 に 和 合 住 す る こ と で あ る。 波 羅 夷 罪 を 犯 す が 如 き 者 は、 か、 る 共 佐 の 資 格 を 完 全 に 有 グ せ ざ る 者、 同 一 界 内 に 於 て 大 衆 と 共 に 法 食 一 同 を 得 る 共 利 の 生 活 に 堪 へ 得 ざ る 者 と さ れ る の で あ る。 か ゝ る 共 同 主 義 の 精 紳 は、 佛 陀 の 初 韓 法 輪 直 後 の 教 團 郎 ち 繹 寧 の 最 初 の 教 團 の 生 活 に 於 て、 先 づ 示 さ れ て ゐ る の を 見 る。 四 分 律 は そ れ を 吹 の 如 く 述 べ て ゐ ろ。 時 に 世 章 三 人 の た め に 読 法 す れ ば 一 人 は 乞 食 し、 一 人 得 る 所 の 食 は 六 人 共 に 食 す る に 足 る。 若 し 世 貧 五 人 の 中 の 一 人 の た め に 読 法 す れ ば 三 人 乞 食 し、 三 人 得 る 所 の 食 は 六 人 共 に 食 す る に 足 る。 (9) 定 に 法 食 二 同 を 得 る 共 利 の 生 活 で あ り、 共 働 共 受 の 精 神 の 實 践 で あ る。 こ の 繹 奪 の 最 初 の 教 團 の 共 同 主 義 は、 時 代 に よ つ て 攣 遷 あ る と す る も、 大 膿、 原 始 教 團 の 曾 伽 の 生 活 の 指 導 原 理 で あ つ 弛 の で あ る。 蕾 に 僧 伽 の 生 活 の 指 導 原 理 で あ つ た の み で な く、 後 世 の 佛 教 々 團 一 般 の 生 活 の 指 導 原 理 で も あ つ た の で あ る。 特 に そ の 傾 向 が 輝 門 の 叢 林 に 於 て 著 し く 現 れ て ゐ る の を 見 る。 ﹁ 百 丈 清 規 ﹂ に 於 け る ﹁ 行 二 普 講 法 二上 下 均 レ 力 也 ﹂ と 云 ふ 語 は 之 を 物 語 る。 (10) 共 同 圭 義 は そ の 裏 面 に 李 等 主 義 を 藏 す る。 さ れ ば、 律 は 法 食 味 食 或 は 布 施 物 を 受 く る 資 格 は、 原 則 と し て 準 等 た る べ き こ と を 規 定 し て ゐ る。 こ の 原 則 を 物 語 る 資 料 は、 律 の 諸 慮 に 見 出 さ れ る。 房 舎 ほ 次 第 に (從 う て) 佳 せ ん、 布 施 物 は 鷹 に 李 等 に 與 ふ 歳 し。 曾 中 に 於 て 分 物 ぜ ん に ⋮⋮是 の 如 き 等 の 一 切 の 鷹 分 物 來 ら ん に は 次 に 當 り て 鷹 に 取 る べ し。 凡 そ 出 家 人 の 法 は 懸 に 亭 等 に 食 を 與 ふ べ き な り。 (11) ﹁ 次 第 に 從 う て ﹂ と か ﹁ 次 に 當 り て ﹂ と か は、 一 見 差 別 主 義 を 意 味 す る か の 様 に 思 は れ る が、 そ の 精 神 は 決 し て 然 ら ざ る こ と は 唆 々 す る を 要 し な い で あ ら う。 だ が、 此 は 所 謂 ﹁ 悪 李 等 ﹂ に 非 る こ と は、 注 意 す べ き で あ る。 而 て、 か ゝ る 李 等 圭 義 の 精 神 は、 畢 尭 す る に、 前 述 の 繹 奪 の 最 初 の 教 團 に 就 て 四 分 律 が 語 る 所 の も の に 外 な ら な い。 斯 の 如 き 共 同 主 義 は、 曾 伽 自 膿 に よ つ て 行 は れ る 統 制 の 爲 に 止 む を 得 す 行 は れ、 そ の 基 礎 が 比 丘 の 自 主 性 ・ 原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 五 九

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原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 六 〇 自 爽 性 に 在 ら ざ る 受 動 的 ・ 義 務 的 な も の で な か つ 九 ら う か、 と 云 諦 疑 問 を 挿 む 鯨 地 が な い で は な い。 事 實、 信 伽 の 比 丘 に 勤 す る 統 制 は、 嚴 重 で あ り 綿 密 で あ つ 九。 比 丘 の 勝 手 な る 行 動 は 禁 ぜ ら れ て ゐ た。 例 へ ば、 比 丘 が 房 舎 を 建 て よ う と す れ ば、 無 難 無 妨 な る 場 所 を 選 び て 後、 ﹁ 無 謁 摩 ﹂ を 求 め 僧 伽 の 同 意 を 得 ね ば な ら な か つ 池。 こ う し 池 統 制 の 故 に、 曾 伽 の 共 同 圭 義 が 保 た れ 池 こ と も 少 く な か つ た で あ ら う と 想 像 す る こ と は、 必 す し も 無 理 で は な い。 然 し、 こ う し 弛 統 制 が 必 要 に な つ 弛 の は、 恐 く、 佛 陀 入 滅 以 後 で あ つ 弛 ら う、 よ し 入 滅 以 後 で な く と も、 教 團 が 嚢 達 し て 相 當 に 多 撒 の 比 丘 を 擁 す る 様 に な つ て か ら で あ ら う。 偉 大 な る 佛 陀 を 中 心 と す る 小 人 藪 の 教 團 に 於 て は、 統 制 を 用 ひ す し て 自 然 に 自 襲 的 に 共 同 主 義 が 行 は れ た で あ ら う と す る こ と は、 極 め て 自 然 な 推 理 で あ る の で あ る。 (12) 六 前 項 の 原 始 教 團 の 共 同 主 義 一 般 に 就 て の 考 察 に よ つ て こ の 共 属 主 義 が 財 物 の 聾 属 の 方 面 に 於 て 如 何 な る 地 位 を も つ て ゐ た か は 大 膿 自 ら 明 で あ る が、 若 干 の 資 料 に よ つ て 之 を 考 察 し て 見 た い。 第 一 に あ ぐ べ き 四 方 櫓 (Catuddisa samgha) に 關 す る も の で あ る。 四 方 曾 は、 十 方 曾 或 は 閻 浮 統 集 或 は 招 提 檜 と も 構 せ ら れ、 現 前 の 個 々 の 櫓 伽 或 は 諸 の 個 々 の 比 丘 を 意 味 す る に 非 す し て、 ﹁ 諸 方 遊 行 し 來 れ る 僧 ﹂ を 意 味 し、 從 て、 ﹁ 諸 方 に 住 す る 佛 弟 子 全 膿 ﹂ に 封 す る 樗 呼 で あ る。 こ の 四 方 櫓 は 財 物 所 有 の 一 つ の 主 膿 と な つ て ゐ る。 財 物 所 有 の 主 膿 と し て の 四 方 僧 に 關 す る 資 料 は、 律 の 随 所 に 見 出 だ す こ と が 出 來 る。 次 に、 そ の 資 料 を、 出 來 る だ け 多 く の ヴ ァ ラ イ ア テ イ に 亘 て あ け よ う。 冗 長 繁 煩 の 嫌 ひ が あ ろ が、 護 者 諒 せ ら れ た し。 瓶 沙 王 ⋮⋮佛 に 白 し て 言 さ く、 ﹁ 今 羅 閲 賊 の 諸 園 中、 既 竹 園 最 勝 な り、 我 れ 今 如 來 に 施 す、 願 は く は 慈 慰 の 故 に 受 け た ま へ ﹂ と。 佛、 王 に 告 げ て 言 は く、 ﹁ 汝 今 此 の 竹 園 を 持 ち て 佛 及 び 四 ク モ 方 僧 に 施 せ、 何 を 以 て の 故 に、 若 し 如 來 園 を 有 た ば、 園 物 ・ 房 舎 ・ 房 舎 物 ・ 衣 鉢 ・ 尼 師 檀 (坐 具 ノ コ ト)・鍼 筒 は 郎 ち 搭 (塔 物 ノ コ ト) に し て、 諸 天 世 人 魔 若 し に 魔 天、 沙 門・ 婆 羅 門 の 用 ふ る に 堪 へ ざ る 所 な り ﹂ と。 王 言 は く、 ﹁我 れ 今 此 の 竹 園 を 以 て、 佛 及 び 四 方 僧 に 施 す ﹂ と。 時 に 世 奪 慈 慈 の 心 を 以

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て 彼 の 園 を 受 け 已 り ⋮⋮。 (四 分 律) (13) 吾 々 は、 右 の 丈 に 於 て は、 如 來 物 不 可 侵 ・ 不 可 分 の 思 想 が 親 れ て ゐ る 事 と、 佛 が 四 方 僧 と 云 漣 集 團 の 外 に ( 上 位 に) 置 か れ つ ゝ、﹁ 籐 及 び 四 方 僧 ﹂ と 構 せ ら れ て 爾 者 は 聯 關 あ る 一 膿 と し て 取 扱 は れ、 そ の 聯 關 あ る 爾 者 が 施 物 の 受 け 手 と な つ て ゐ る こ と に 關 心 を 抱 か し め ら れ る。 次 に、 同 一 の 竹 園 の 受 け 手 が、 佛 を そ の 一 員 と す る 四 方 僧 と な つ て ゐ る も の が あ る。 王 (瓶 渉 王) ⋮⋮佛 に 白 し て 言 さ / い、 ﹁今 既 の 竹 園 を 以 て 世 盆 りに タ マ 奉 上 せ 人。 ﹂ ⋮⋮佛 言 は く、 ﹁ 但 以 て 曾 に 施 せ、 我 も 鱈 中 に 在 り。 ﹂ 王 便 ち 教 を 受 け て 以 て 四 方 僧 に 施 し ⋮⋮。 ( 五 分 律) (14) 同 一 の 施 物 の 受 け 手 郎 ち 所 有 者 と し て の 佛 と 四 方 信 と に 封 す る 取 扱 ひ 方 が、 四 分 律 と 五 分 律 と に 於 て、 何 故 に、 斯 の 如 く 異 る か と 云 ふ 注 意 す べ き 問 題 が 薙 に 出 て 來 る が そ れ は 暫 く 措 い て、 更 に も う 三 つ 注 意 す べ き 事 象 は { 世 奪 の 功 徳 の 故 に、 四 方 曾 が か、 る 施 物 を 受 く る に 至 つ て ゐ る こ と で あ る。 吾 々 は、 之 と 同 襟 に、 世 愈 の 功 徳 の 故 に、 四 方 信 が 施 物 を 受 く る に 至 る 例 を 塘 萱 阿 含 経 に 於 て も 見 出 だ す こ と が で き る。 ク メ 爾 の 時 世 電、 毘 沙 鬼 の 與 に 微 妙 の 法 を 説 き、 勧 め て 勧 喜 ぜ し め た ま へ り。 時 に 彼 の 悪 鬼 手 に 籔 千 爾 を 整 げ て 世 尊 に 奉 上 し、 世 尊 に 口 し て 言 さ く、 ﹁ 我 今 此 の 谷 を 以 て 招 提 僧 に 施 さ ん、 唯 願 ぼ く は 世 奪、 我 與 に 之 を 受 け た ま へ、 及 び 此 の 勲 千 金 を ﹂ と。 (15) 斯 の 如 き 四 方 曾 に 封 す る 布 施 は、 如 何 な る 功 徳 -償 値 を 有 す る と 観 ぜ ら れ て ゐ る か。 之 に 封 す る 答 を 堆 萱 阿 含 経 に 求 め よ う。 長 渚 當 に 知 る べ し、 彼 の 毘 羅 摩 は 是 の 布 施 を 作 す と 錐 も、 一 の 房 舎 を 作 つ て、 持 し 用 つ て 招 提 僧 に 布 施 す る に 如 か ず。 此 タ ト ヒ の 幅 計 量 す べ か ら ざ る な り。 正 使 彼 是 の 如 き の 施 を 作 し、 及 び 房 舎 を 作 り、 持 し 用 つ て 招 提 僧 に 施 す も、 三 自 蹄 佛 ・ 法 ・ 聖 衆 を 受 く る に 如 か ず ⋮⋮。 (16) 七 斯 の 如 く に し て、 四 方 僧 が 財 物 を 所 有 す る に 至 る 原 因 は、 多 く は 布 施 に あ る こ と を 知 る が、 他 に も 注 意 す べ き 原 因 が あ る。 そ れ は 遺 留 物 及 び 死 亡 の 比 丘 の 道 品 の 塵 分 で あ る。 前 者 に 就 て、 曾 祇 律 は 次 の 如 く 語 る。 若 し 佛 生 時 大 會 ⋮⋮時 に、 爾 の 時 諸 人 若 し 衣 及 び 嚴 身 具 種 々 諸 物 を 忘 れ、 比 丘 (若 し) 衣 鉢 等 の 物 を 忘 れ ん に⋮⋮若 し 人 の 識 る な か ら ん に は、 鷹 に 停 め て 三 月 に 至 る べ し。 ( 三 月) 已 る 原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 六二

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原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 六 二 に 若 し 塔 園 中 に て 得 た る 者 は 即 ち 塔 用 と 作 し、 若 し 僧 園 中 に て 得 た る に は 當 に 四 方 僧 物 用 と 作 す べ し。 (17) 死 亡 の 比 丘 の 遺 品 の 塵 分 の 仕 方 に 就 て は、 四 分 律 (18) が 詳 し く 規 定 し て ゐ る。 そ れ に 就 て 見 る と、 重 物 ( 高 償 な る 物) は 四 方 曾 に 属 す べ し、 輕 物 は 比 丘 に 分 配 す る こ と を 得 る 趣 旨 が 見 ら れ る。 此 は、 四 の 項 に 於 て 引 用 せ る 憎 紙 律 の 規 定 (施 主 の 意 志 に よ つ て 施 物 の 配 分 を 決 定 す る こ と に 關 す る) の 趣 旨 と、 同 性 質 の も の で あ る。 四 方 曾 物 は、 佛 物 塔 物 食 物 慮 分 物 等 と、 彼 此 互 用 す る こ と (後 者 夫 々 の 間 に 於 て も) は、 許 さ れ な い。 故 に、 施 物 を 受 く る 場 合 に、 そ の 何 れ な る か を 明 確 に し て 受 く べ き で あ る。 之 に 就 て 十 語 律 は 次 の 如 く 述 べ て ゐ る。 大 衆 の 集 ま る を 見 て 多 人 來 看 し、 供 養 塔 物 を 與 へ 四 方 僧 物 を 與 へ 食 物 を 與 へ 鷹 分 物 を 與 ふ、 諸 比 丘 知 ら ず、 何 物 か 是 れ 塔 物 な る、 何 物 か 四 方 僧 物 な る ⋮⋮佛 言 は く、 物 を 與 ふ る 時 二 比 丘 を し て ⋮⋮看 知 分 別 せ し む べ し、 是 れ 塔 物 四 方 僧 物 食 物 鷹 分 物 な り と ⋮⋮長 老 優 波 離 佛 に 問 ひ て 言 さ く、 世 奪 是 の 四 種 物⋮⋮錯 し て 互 用 す る を 得 る や 否 や と。 佛 言 は く、 得 ず と。 (18) 斯 の 如 く に し て、 四 方 信 物 は 生 れ、 四 方 曾 中 の 比 丘 (比 丘 尼) は、 必 要 に 慮 じ て 之 を 共 に 同 等 に 受 用 す る 資 格 を 有 す る。 こ の こ と は 四 方 僧 物 は 四 方 曾 の 共 有 で あ る と 云 ふ こ と ゝ 同 意 義 で あ る こ と は 云 ふ ま で も な い。 尤 も、 多 く の 比 丘 が、 同 時 に 共 に 受 用 す る を 得 ざ る 場 合 に 在 り て は、 ﹁ 次 に 依 り て ﹂ 之 を 受 用 す る こ と が 規 定 さ れ て ゐ る。 吾 々 は 之 に 關 す る 資 料 を 得 る こ と が 出 來 る が、 煩 を さ け て 引 用 す る こ と は 止 め よ う。 畢 寛 す る に、 そ の 精 神 は、 五 の 項 に 於 て 述 べ た 所 の も の と 同 じ で あ る。 八 財 物 の 共 有 の 主 鎧 と し て、 四 方 僧 の 次 に あ ぐ 可 き は 信 (samgha) で あ る。 得 は 比 丘 個 人 と も 異 り 又 四 方 僧 と も 異 る こ と は 云 ふ ま で も な い。 櫓 が 施 物 の 受 け 手 と な り 從 つ て そ の 所 有 者 と な る こ と は、 原 始 教 團 の 特 性 上 當 然 の こ と で あ る が、 先 づ 之 に 關 す る 資 料 を 四 分 律 よ り あ け や う。 吾 々 は、 こ の 資 料 に よ つ て、 施 物 の 受 け 手 從 て そ の 所 有 者 と な る べ き 各 種 の 圭 膿 (佛 或 は 塔 を 除 き) を、 か た が た 知 る こ と が で き る か ら、 注 意 す べ き で あ る と 思 圃。 爾 の 時 一 居 士 あ り、 比 丘 を 佳 虜 に 集 め、 諸 在 の 僧 に 飯 食 を 供 養

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し、 衣 を 以 て 布 施 す。 諸 の 比 丘 云 何 せ ん を 知 ら ず、 佛 に 白 す。 佛 言 は く、 ﹁ 八 種 の 施 衣 あ り、 若 し は 比 丘 信 に 與 へ、 若 し は 比 丘 尼 俗 に 與 へ、 若 し は 二 部 僧 に 與 へ、 若 し は 四 方 信 に 與 へ、 若 し は 界 内 信 に 與 へ、 若 し は 同 翔 磨 信 に 與 へ、 若 し は 名 字 を 栂 し て 與 へ、 若 し は 一 入 に 與 ふ ﹂ と。 佛 言 は く、 ﹁ 若 し 比 丘 信 に 與 ふ れ ば、 比 丘 僧 鷹 さ に 分 つ べ し。 若 し 乃 至 二 人 に 與 ふ れ ば、 懸 に 一 人 に 闘 す べ し ﹂ と。 (19) 爾、 こ の 資 料 と 次 の 資 料 と を 併 せ 用 ふ る と、 施 物 の 受 け 手 師 所 有 者 の 全 種 類 を 知 る こ と が で き る。 佛 言 は く、 ﹁ 鷹 さ に 衆 信 に 右 施 し、 若 く は 佛 に 施 し、 若 く は 塔 に 施 し、 若 く は 三 人 に 與 ふ べ し ﹂ と。 (20) 右 の 資 料 に 就 て 注 意 す べ き こ と が あ る。 そ れ は、 ﹁ 若 し は 比 丘 檜 に 與 ふ れ ば、 比 丘 僧 慮 さ に 分 つ べ し ﹂ と 云 ふ 文 中 に 於 け る、 分 つ べ し と 云 即 語 で あ る。 こ の 語 は、 僧 (samgha) は 團 膿 と し て の 施 物 の 受 け 手 郎 所 有 者 で な い こ と を 物 語 る が 如 く 思 は し む る の で あ る が、 衣 類 の 如 き は、 分 配 せ ざ れ ば 使 用 し 得 ざ る が 故 に、 か く 規 定 せ る も の で あ る に す ぎ な い と 見 ね ば な ら な い。 此 れ は、 決 し て、 檜 中 の 個 々 の 人 に 施 物 が 與 へ ら る、 こ と を、 意 味 す る も の で な い。 若 し 然 ら ざ れ ば、 ﹁ 若 し 比 丘、 僧 物 を 断 ち て 而 か も 自 ら 己 れ に 入 る ゝ 者 は 尼 薩 誉 波 逸 提 なり ﹂ (21) (之 に 類 す る 掟 は 多 し) と 云 ふ 掟 は、 解 し 得 ざ る も の と な る の で あ る。 信 物 の 場 合 に 於 て も 四 方 僧 物 の 場 合 に 於 け る が 如 く、 之 と 他 の 物 と を 彼 此 互 用 す る こ と は 禁 ぜ ら れ て ゐ る。 ﹁ 曾 物 を 持 ち て 塔 を 修 治 せ ん に は、 此 の 摩 々 帝 (寺 主 ノ 義、 誉 事 或 ハ 知 事 ヲ 兼 ヌ) 波 羅 夷 を 得 る な り ﹂ (曾 祇 律) (22) と 云 ふ 文 は、 之 を 明 示 し て ゐ る。 而 て、 こ の 彼 此 互 用 す る こ と を 禁 す る は、 僧 祇 律 の み で な い こ と は 云 ふ ま で も な い。 僧 は、 噺 の 如 く、 團 膿 と し て 施 物 を 受 け 之 を 所 有 す る に 至 る の で あ る が、 之 を 分 配 す る 機 關 と し て ﹁ 知 事 ﹂ を 置 い て ゐ る。 こ の 知 事 に 關 す る 資 料 を、 吾 々 は、 律 の 随 庭 に 見 出 だ す の で あ る が、 憎 祇 律 の 者 が 最 も 詳 し く 又 最 も 有 名 で あ る。 爾 時、 比 丘 あ り、 陀 翻 羅 子 と 名 け、 衆 僧 拝 し て (推 學 ノ コ ト) 九 事 を 典 知 せ し む。 九 事 と は、 次 に 駄 座 を 付 す る を 典 り、 次 に 講 會 に 差 す る を 典 り、 次 に 房 舎 を 分 つ こ と を 典 り、 次 に 衣 物 を 分 つ こ と を 典 り、 家 に 花 香 を 分 つ こ と を 典 り、 次 に 果 菰 を 分 つ こ と を 典 り、 次 に 水 を 暖 む る 人 を 知 る こ と を、 衣 に 雑 原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 六 三

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原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 六 四 餅 食 を 分 つ こ と を 典 り、 弐 に 随 意 に 事 に 堪 ふ る 人 を 暴 ぐ る を 知 る こ と を 典 る (23)。 こ の 知 事 は 後 世 の 叢 林 の 東 序 ( 五 知 事 或 は 六 知 事) 或 は 今 日 の 鱈 堂 の 常 佐 諸 役 位 の 起 源 を 爲 す も の と 見 ら れ る が、 嚴 密 に 云 へ ば、 こ の 知 事 や 維 那 (恐 く 知 事 と 略 同 じ 役 目 を 内 容 と す る 機 關 で あ ら う) 管 事 の 比 丘 又 そ の 他 の 諸 機 關 の 仕 事 が、 整 理 さ れ 再 配 分 さ れ た 結 果、 右 の 後 世 の 叢 林 や 信 堂 の 諸 役 が 生 れ 九 も の と 見 る べ き で あ ら う。 (24) 九 次 に 考 察 す べ き は 佛 物 或 は 塔 物 で あ る が、 佛 物 は 塔 物 と 同 義 語 で あ る。 塔 は 元 來 佛 を 供 養 す る 爲 の も の で あ る か ら、 佛 に 餓 屡 す る 物 が 塔 に 蹄 罵 す る こ と は、 固 よ り 當 然 の こ と で あ る と 云 は ね ば な ら な い。 唯 薙 に 問 題 と な る の は、 佛 と は 繹 象 の こ と で あ. り、 從 て 塔 は 繹 愈 を 供 養 す る 爲 の も の で あ る と 考 ふ べ き で あ る か ら、 塔 物 な る 思 想 や 制 度 が 生 れ た の は、 繹 奪 入 滅 以 後 に 於 て ゞ あ つ た ら う と 云 ふ こ と で あ る。 之 に 反 し て、 佛 が 若 し 繹 奪 以 前 の 佛 を 意 味 す る と す れ ば、 塔 物 な る 思 想 や 制 度 は 繹 奪 在 世 中 に 既 に 生 れ て ゐ た で あ ら う と す る こ と が あ る 程 度 可 能 と な る。 然 し 恐 く 前 の 解 繹 の 方 が 安 當 で あ ら う と 考 へ ら れ る が、 そ の 考 謹 は 他 日 に 護 り た い。 そ れ は 兎 も 角 と し て、 沸 物 と 塔 物 と 同 義 語 で あ り、 佛 物 が 塔 物 で あ り 塔 物 が 佛 物 で あ る こ と は、 律 に 明 に 現 れ て ゐ る。 前 に 引 用 し た 所 の ﹁ 四 分 律 ﹂ 中 の 瓶 沙 王 の 竹 園 鰍 納 に 關 す る 文 に、 ﹁ 若 し 如 來 園 を 有 た ば、 園 物 ⋮⋮は 邸 ち 是 れ 塔 に し て 云 云 ﹂ の 語 が あ つ た。 之 れ 明 に 佛 物 師 塔 物 な る を 物 語 る も の で あ る。 叉、 ﹁ 櫓 祇 律 ﹂ が ﹁ 塔 事 ﹂ に 就 て 規 定 す る 文 中 に 次 の 檬 な も の が あ る。 バ カ 僧 伽 藍 を 起 す 時、 先 に 預 じ め 好 地 を 度 り て 塔 魔 と 作 す な り。 塔 ほ ⋮⋮懸 に 東 に 在 く べ く 鷹 に 北 に 在 く べ き な り。 櫓 一地 は 佛 地 を 侵 す を 得 ず、 佛 地 は 僧 地 を 侵 す を 得 ず。 (25) 右 の 文 中 に は 塔 物 ・ 塔 地 な る 語 は 用 ひ ら れ て ゐ な い が ﹁ 好 地 を 度 り て 塔 慮 と 作 す ﹂ と 語 り、 夏 に ﹁ 僧 地 は 佛 地 を 侵 す を 得 す ﹂ と 語 る 所 に よ つ て、 佛 地 は 塔 地 で あ る こ と を 自 明 な も の と し て 取 扱 つ て ゐ る を 知 る こ と が で き る。 か ゝ る 佛 物 ・ 塔 物 は、 他 の 主 膿 に 屡 す る 物 と の 間 に 於 て 彼 此 互 用 す る こ と を、 律 か 禁 じ て ゐ る こ と は、 前 に し

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ばく 指 摘 し た 通 り で あ る。 何 故 に、 佛 物 ・ 塔 物 の 制 度 を、 斯 の 如 く 嚴 重 に 守 る こ と を 規 定 し 沈 で あ ら う か。 そ れ に は 二 つ の 重 要 な 根 底 ・ 意 圖 が あ る 機 に 思 ふ。 第 一 は 佛 物 ・ 塔 物 に 封 す る 紳 聖 観 で あ り、 第 二 は 之 に 封 す る 経 濟 的 意 圖 で あ る。 一 〇 吾 々 は、 前 記 の ﹁ 四 分 律 ﹂ 中 の ﹁ 如 來 園 を 有 た ば ⋮⋮ 是 れ 塔 に し て、 諸 天 世 人 ⋮⋮沙 門 婆 羅 門 の 用 ふ る に 堪 へ ざ る 所 な り ﹂ と 云 ふ 語 に、 佛 物・ 塔 物 に 封 す る 神 聖 不 可 侵 の 思 想 が に じ み 出 て ゐ る の を 観 取 し 得 る が、 ﹁ 櫓 祇 律 ﹂ の ﹁ 塔 事 ﹂ に 於 て は 之 が 一 暦 明 白 に 現 れ て ゐ る の を 見 る。 師 ち、 ﹁ 信 地 は 佛 地 を 侵 し 得 す ﹂ と 云 ふ 語 に 於 て も 之 を 見 る の で あ る が、 次 の 文 は 之 を 最 も 明 白 に 示 す。 信 地 の 水 を し て 佛 地 に 流 入 せ し め、 佛 地 の 水 を し て 僧 地 に 流 入 す る を 得 せ し む る を 得 ず。 塔 は 懸 に 高 顯 庭 に 在 り て 作 す べ し。 塔 院 中 に 在 り て 衣 を 院 染 し 曖 し ⋮⋮地 に 涕 唾 す る を 得 ず。 (26) か く し て 佛 物 ・ 塔 物 に 封 す る 沸 聖 不 可 侵 の 思 想 の 存 在 を 知 る の で あ る が、 こ の 思 想 は 云 ふ ま で も な く、 佛 ・ 塔 自 髄 に 封 す る 神 聖 襯 に 根 抵 を 有 す る。 そ れ は 右 の ﹁ 僧 紙 律 ﹂ の 文 に 既 に 現 れ て ゐ る が、 ﹁ 四 分 律 ﹂ が 六 群 比 丘 の 塔 に 封 す る 態 度 ・ 行 爲 に 就 て 語 る 所 は、 極 め て 直 接 に 之 を 示 し て ゐ る。 就 中 注 目 す べ き は、 ﹁ 六 群 比 丘、 死 屍 を 澹 ひ て 塔 下 よ り 過 ぐ、 護 塔 神 噴 る、 ﹂﹁ 塔 中 に 死 屍 を 埋 む る こ と を 得 ざ れ ﹂ (27) 等 で あ る。 佛 物 ・ 塔 物 に 封 す る 経 濟 的 意 圖 は、 そ れ を 佛 ・ 塔 自 膿 の 爲 に 使 用 せ ん と す る に 在 る。 佛 物 ・ 塔 物 と 他 の 物 乏 の 互 用 の 禁 止 に よ ち て、 吾 々 は 既 に こ の こ と を 知 る の で あ る が、 ﹁ 曾 祇 律 ﹂ の ﹁ 塔 園 法 ﹂ は こ の こ と を 一 暦 明 に 示 し て ゐ る。 ハ ナ サ 塔 の 園 林 と は 奄 婆 羅 樹 ⋮⋮無 憂 樹 を 植 ゑ て、 一 切 時 に 華 か ん に、 是 中 に 出 で た る 華 は 鷹 に 塔 に 供 養 す べ き な り。 若 し 檀 越 に し て ﹁ 奪 者、 是 中 の 華 は 佛 に 供 養 し、 果 は 信 に 與 へ ん ﹂ と 言 は ん に、 懸 に 檀 越 の 語 に 從 ふ べ し。 若 し 花 多 か ら ん に は、 ソ コ パ ク 華 箋 家 に 與 へ て 語 言 す る を 得 ん、 ﹁爾 許 の 華 は 糞 と 作 し て 我 に ア タ ヒ 與 へ、 絵 は 我 に 爾 許 の 直 を 與 へ よ ﹂ と。 若 し 直 を 得 ん に、 用 ひ て 燈 を 然 し、 香 を 買 う て 佛 に 供 養 す る を 得、 塔 を 治 す る を 得 ん。 若 し 直 多 か ら ん に は、 佛 の 無 蓋 物 の 中 に 置 著 す る を 得 ん。 (28) 原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 六 五

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原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 六 六 右 の 文 に よ つ て、 塔 園 の 生 む 物 は 原 則 と し て (施 主 の 意 志 の 如 何 に よ つ て こ の 原 則 が 幾 分 攣 更 さ れ る こ と が あ る こ と は 右 の 文 に よ つ て 知 り 得 ら る)、 佛 ・ 塔 自 膿 の 爲 に 用 ひ ら る べ し と 規 定 さ れ て ゐ る こ と を 知 る。 而 も、 ﹁ 若 し 直 多 か ら ん に は、 ﹂ 他 の 無 蓋 物 で は な く、 佛 の 無 壼 物 に ﹁ 置 著 す る を 得 ん ﹂ と し て ゐ る 所 に、 そ の 規 定 が 仲 々 に 綿 密 な る を 見 る の で あ る。 ﹁ 信 紙 律 ﹂ の 他 の 無 蓋 物 に 就 て の 規 定 は、 そ の ﹁ 銭 財 捨 法 ﹂ に 於 て 見 る こ と が 出 來 る。 部 ち 曰 く、 ﹁ 此 の 金 銀 若 し は 銭 ⋮⋮等、 信 中 に て 捨 し 已 り て 彼 の 比 丘 に 還 す を 得 す、 信 も 亦 分 つ を 得 ざ る な り。 若 し 多 か ら ん に は 磨 に 無 イ 蓋 物 の 中 に 著 る べ く、 此 の 無 蓋 物 の 中 に 於 て 芳 し 息 利 を ア 生 ぜ ん に は、 房 舎 を 作 り 衣 に 中 つ る を 得 る も 食 用 す る を 得 す ﹂ と。 (29) か く し て 佛 ・ 塔 の 無 蓋 物 と 他 の 無 蓋 物 と は 明 確 に 匠 別 さ れ て ゐ る の で あ る が、 佛 ・ 塔 の 無 蓋 物 自 膿 は 如 何 に 取 扱 は れ て ゐ た か と 云 へ ば、 云 ふ ま で も な く そ の 果 實 は 佛 ・ 塔 自 艘 の 爲 に 用 ひ ら れ た の で あ る。 一 一 次 に 生 産 が 如 何 に 見 ら れ て ゐ る か を 少 し 考 察 し た い が、 そ れ に 先 だ つ て 一 言 こ と は つ て 置 き 度 い こ と が あ る。 そ れ は 生 産 の 意 義 で あ る。 生 産 と は 敷 用 (Utility) を 作 り 出 す こ と 或 は 堆 す こ と ゝ 解 さ れ、 或 は 償 値 (Wert) の 増 加 で あ る と 解 さ れ る。 筆 者 は 前 者 の 方 が 正 し い 見 解 と 解 す る が 薙 で は そ の 考 察 は 避 け た い と 思 ふ。 か、 る 意 味 で の 生 産 が、 原 始 教 團 に 於 て 如 何 に 取 扱 は れ て ゐ る か。 ﹁ 四 分 律 ﹂ は、 比 丘 の 非 法 行 ・ 悪 行 と し て、 阿 漁 婆 及 び 富 那 婆 娑 二 比 丘 の 行 爲 に 因 ん で 二 十 九 例 を あ け て ゐ る が、 そ の 中 の 十 は 生 産 的 行 爲 と 目 す べ き も の で あ る。 曰 く、 ﹁ 自 ら 花 樹 を 植 ゑ、 人 を 教 へ て 花 樹 を 植 ゑ し め、 自 ら 灌 概 し、 人 を 教 へ て 概 灌 せ し め、 自 ら 花 を 摘 み、 人 を 教 へ て 花 を 摘 ま し め、 自 ら 華 量 を 作 り、 人 を 教 へ て 作 ら し め、 自 ら 繕 を 以 て 貫 繋 し、 人 を 教 へ て 綾 に て 貫 繋 せ し め る ﹂ 等 の 十 で あ る。 此 等 の 行 爲 に 封 し て、 世 奪 は 勿 論 ﹁ 沙 門 の 法 に 非 す、 浄 行 に 非 す ﹂ と 呵 責 さ れ て ゐ る。 然 し、 ﹁ 佛 法 信 を 供 養 す る ﹂ 爲 に 花 樹 を 植 ゑ 花 を 摘 む ⋮⋮場 合 は、 ﹁ 皆 不 犯 な り ﹂ と さ れ て ゐ る。 (30)

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か、 る 行 爲 が 禁 ぜ ら れ る の で あ る か ら、 況 や 花 を 責 り て 生 活 の 手 段 と な す が 如 き こ と は、 一 暦 強 く 呵 責 さ れ 禁 ぜ ら れ る こ と は 云 ふ ま で も な い。 ウ パ 繹 種 女 ・ 摩 羅 女 の 大 姓 家 女 出 家 し て、 優 鉢 羅 華 を 種 ゑ、 取 り て 之 を 費 り し に 世 人 の 爲 に 識 ら る ら く、 ﹁ 此 れ 出 家 人 に は 非 ず、 マ イ テ 此 は 是 れ 費 華 女 な ら く の み ﹂ と。 諸 比 丘 尼 は 是 因 縁 を 以 て 往 い て 世 尊 に 白 す ⋮⋮佛 言 は く、 ﹁ 今 よ り 已 後、 華 を 種 ゑ て 費 り メ ウ て 以 て 自 ら 活 命 す る を 聴 さ ず ﹂ と。 (31) 斯 の 如 く 生 活 の 手 段 と す る か ゝ る 行 爲 は 禁 ぜ ら れ る が ﹁ 塔 の 爲、 佛 に 供 養 せ ん が 爲 の 故 な る に は 無 罪 な り ﹂( 32) と さ れ て ゐ る。 こ の 鮎 前 記 の ﹁ 四 分 律 ﹂ の 規 定 す る 所 と そ の 精 神 に 於 て 全 く 同 じ で あ る。

然 ら ば、 何 故 に、 生 産 的 行 爲 は 斯 の 如 く 禁 ぜ ら れ た で あ ら う か。 之 に 封 す る 解 答 の 手 懸 り と な る 者 は ﹁ 壊 生 種 戒 ﹂ で あ る。 世 尊 ⋮⋮告 げ て 言 は く ﹁ 一 膿 野 比 丘 あ り、 屋 舎 を 修 治 す る が 故 に 自 ら 樹 を 研 る や ﹂ と。 答 へ て 曰 く ﹁實 に 研 れ り ﹂ と。 爾 時 世 奪 無 籔 の 方 便 を 以 て 呵 責 し て 言 は く、 ﹁ 汝 の 所 爲 は 非 な り、 威 儀 に 非 ず、 沙 門 の 法 に 非 ず、 漂 行 に 非 ず ⋮⋮﹂ と。 ⋮⋮﹁ 若 し 比 丘、 鬼 騨 の 村 を 壌 す れ ば 波 逸 提 な り ﹂ と。 比 丘 の 義 は 上 に 説 く が 如 し。 鬼 と は 非 人 是 れ な り。 村 と は 一 切 の 草 木 是 れ な り。 ( 四 分 律) (33) ヤ ウ 爾 の 時、 誉 事 の 比 丘 自 ら 手 つ か ら 樹 を 研 り ・ 枝 葉 を 折 り ・ 自 ら 花 果 を 摘 み し か ば、 世 人 の 嫌 ふ 所 と 爲 り て 是 言 を 作 さ く ⋮ ⋮佛、 比 丘 に 告 げ た ま は く、 ﹁ 此 ば 是 れ 悪 事 な り、 是 中 に 命 ヨ ロ 無 し と 錐 人 を し て 悪 心 を 生 ぜ し む べ か ら ず、 汝 等 も 亦 可 し く 作 事 を 少 く し て 諸 豫 務 を 棄 捨 す べ し。 今 日 よ り 自 ら 手 つ か ら 研 り て 種 子 を 騒 じ 鬼 村 を 傷 破 す る こ と を 聴 さ ず ﹂ と。 (曾 舐 律) (34) 以 上 の 四 分 律 と 曾 祇 律 の 二 文 を 細 か に 鮎 検 す る と、 趣 を 異 に す る も の が 相 當 に 有 る が、 そ の 共 通 の 根 本 精 紳 は 生 命 を 破 壌 す る こ と は、 比 丘 の 本 儀 に 悼 る と な す 所 に 在 る。 四 分 律 は 草 木 が 生 命 膿 で あ る こ と を 自 明 な こ と ゝ し て 取 扱 ふ に 反 し て、 僧 紙 律 は 之 を 生 命 膿 と 見 ざ る が 如 き 取 扱 ひ 方 を な し て ゐ る 鮎 は 注 目 に 便 す る が、 畢 寛 す る に、 生 命 を 破 壊 す る こ と を 以 て 比 丘 の 本 儀 と な さ 草 る 所 に そ の 根 本 態 度 を 置 い て ゐ る こ と は 明 で あ る。 而 て、 こ の 態 度 は、 殺 生 戒 の 態 度 の 延 長 で あ る こ と は 云 ふ ま で も な い。 之 に 由 つ て 観 る と、 生 産 が 禁 ぜ ら れ た の は、 生 命 に 原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 六 七

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原 始 佛 教 々 團 の 經 濟 生 活 六 八 封 す る 敬 度 ・ 慈 悲 の 念 よ り 出 で 弛 も の で あ つ た と 云 ふ こ と に な る。 さ り な が ら、 櫓 祇 律 が 管 事 の 比 丘 の 生 産 的 行 爲 を 禁 す る こ と は、 不 可 解 な こ と ゝ 云 は ね ば な ら な い、 何 故 者 螢 事 の 比 丘 は 元 來 事 業 を 経 螢 す る 比 丘 で あ る か ら で あ る。 こ う し た 不 可 解 は 吹 の 揚 合 に 於 て 二 層 甚 し い。 ダ ン ヒ 爾 時、 螢 事 の 比 丘 携 を 持 し 塘 ・ 泥 土 を 螢 き て 世 人 の 爲 に 談 ら る ⋮⋮佛 言 は く ﹁ 今 日 よ り 後、 捲 ふ を 聴 さ ず ﹂ と。 (35) 或 は こ う し た 禁 制 は 不 可 解 と な す べ き で な い か も 知 れ な い。 即 ち、 沙 門 の 身 に し て 泥 土 を 蓮 ぶ が 如 き は、 沙 門 の 威 儀 を こ は す 行 爲 ・ 沙 門 に 似 合 は ざ る 行 爲 で あ る と さ れ て、 禁 ぜ ら れ た と 解 す べ き で あ る か も 知 れ な い。 然 し か く 解 す る と 矛 盾 を 見 出 だ す。 同 じ 櫓 紙 律 が、 ﹁ 若 し 精 舎 院 内 に て 石 ・ 竹 ・ 木 の 重 き は 澹 ふ を 得 ん ﹂ (36) と 規 定 し て ゐ る か ら で あ る、 か く て、 か ゝ る 不 可 解 な 禁 制 は、 律 の 形 式 圭 義 ・ 膿 面 観 よ り 由 來 す る 所 が 相 當 に 大 き い と 見 る べ き て あ ら う。 而 て、 律 の こ の 形 式 主 義 ・ 膿 面 観 は、 浮 入 ・ 園 民 を 置 い て、 比 丘 自 ら は 直 接 に 生 産 的 行 爲 に 携 は ら す、 以 て、 自 ら は ﹁ 壌 生 種 戒 ﹂ を 犯 さ ゞ ら ん と す る 所 に も 現 れ て ゐ る。 (37) 一 三 斯 の 如 く、 原 始 教 團 に 於 て は、 個 人 の 財 産 所 有 を 原 則 的 に ば 禁 じ、 叉 一 般 に 生 産 を 禁 じ た の で あ つ た。 そ れ は 直 接 的 に は 從 て 表 面 的 に は、 所 有 に 執 着 せ す、 壌 生 種 戒 を 犯 さ ゞ ら ん が 爲 で あ つ た。 然 し、 根 本 的 に は、 少 欲 知 足 の 生 活 を な し、 無 明 の 繋 縛 を 脱 し、 以 て 聖 道 を 成 就 せ ん が 爲 で あ つ た。 所 有 が 許 さ れ る な ら ば、 所 有 の 量 の 噌 加 を 求 む る 様 に な り、 所 有 の 量 の 噌 加 を 求 む れ ば、 生 産 す る こ と が 必 要 と な り、 叉 蓄 積 す る こ と が 必 要 と な る。 此 は 人 間 性 情 の 自 然 に 赴 く 所 で あ る。 だ が、 性 情 の 自 然 に 赴 く が ま ゝ に 放 置 す る こ と に よ つ て は、 少 欲 知 足 の 生 活 ・ 無 明 の 繋 縛 の 脱 却 ・ 聖 道 の 成 就 は、 望 ん で 得 ら れ る も の で は な い。 か く て こ の 目 的 を 一 向 に 實 現 せ ん が 爲 に、 所 有 や 生 産 叉 蓄 積 ( 叉 責 買) を 禁 じ た の で あ つ た。 斯 の 如 き 経 濟 上 の 生 活 を 爲 さ ん と す れ ば、 自 ら 浦 費 生 活 を 極 度 に 節 制 す る こ と が 必 要 で あ る。 浦 費 の 十 分 な る

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充 足 を 得 ん と す れ ば、 云 ふ ま で も な く、 十 分 な る 生 産 所 有 交 換 が 必 要 で あ る。 然 る に 此 は 許 さ れ な い。 滋 に 消 遡 貝 の 極 端 な る 節 制 が 必 要 と な る。 元 來、 人。 か 生 産 所 有 交 換 を 行 即 の は、 清 費 せ ん が 爲 で あ る。 蓄 積 を 行 ふ の も 繕 局 は 清 費 せ ん が 爲 で あ る。 故 に、 清 費 を 極 端 に 節 制 す る こ と は 勿 論、 生 産 所 有 交 換 等 を 禁 す る こ と も 亦、 経 濟 生 活 上 の 苦 行 圭 義 節 制 主 義 の 態 度 で あ る と 云 は ね ば な ら な い。 か、 る 苦 行 主 義 ・ 節 制 主 義 の 態 度 は、 彼 の ﹁ 四 依 法 ﹂ に 最 も よ く 現 れ て ゐ る。 四 依 法 と は、 云 ふ ま で も な く、 ( 三) 比 丘 糞 掃 衣 に 依 る、 ( 二) 比 丘 乞 貧 に 依 る、 ( 三) 樹 下 に 依 わ て 坐 す、 ( 四) 腐 瀾 藥 に 依 る (38) み 二 云 ふ 比 丘 の 日 常 行 持 の 準 則 を 云 ふ の で あ る。 こ の 四 依 法 の 精 紳 を、 経 濟 生 活 上 の 苦 行 主 義 ・節 制 主 義 と 云 ふ 角 度 か ら の み 観 る こ と は、 勿 論 二 方 的 観 方 池 る 訣 陪 を 有 す る。 だ が 四 依 法 の 中 心 精 神 が、 経 濟 生 活 上 の 苦 行 主 義 ・ 節 制 主 義 に も 在 る こ と は、 否 定 す べ く も な い。 然 し な が ら、 か ゝ る 四 依 法 は、 原 始 教 團 の す ぐ れ た る 比 丘 達 に と つ て は、 苦 行 ・ 節 制 の 生 活 準 則 で な か つ た か も 知 れ な い。 樹 下 石 上 を 家 と な し、 夜 明 く れ ば 行 乞 に 出 で、 與 へ ら る れ ば 食 し、 與 へ ら れ ざ れ ば 食 せ す と 云 ふ が 如 き 生 活 が、 普 通 の 生 活 と な つ て ゐ る が 如 き 比 丘 蓬 に と つ て は、 四 依 法 の 生 活 は 決 し て 苦 行 ・ 節 制 の 生 活 で な か つ た で あ ら う。 だ が、 斯 の 如 き す ぐ れ た る 比 丘 が 蓼 々 た る も の で あ つ た で あ ひ う こ と は、 律 が 制 定 さ れ ね ば な ら な か つ た こ と 自 膿 が 明 白 に 物 語 つ て ゐ る。 而 て、 こ う し た 比 丘 は 後 世 の 教 團 に 於 て も 亦 固 よ り 蓼 々 た る 有 檬 で あ つ 弛 様 に 思 は れ る が、 然 し、 こ の 故 に こ そ、 律 が 小 乗 教 の 律 で あ り な が ら、 爾 そ の 償 値 を 後 世 に 於 て (今 日 に 於 て さ へ) 失 は な い の で あ ら う。 (39) ( 二 五 九 九 ・ 三 ・ 一 一 五)、 舶証 (1) こ の 外 に あ ぐ べ き 學 者 は 決 し て 少 く な い で あ ら う。 例 へ ば 故 赤 沼 智 善 氏、K.E. Neumann, 又 わ が 國 に 於 け る 新 進 の 學 者 中 に 亀 逸 す べ か ら ざ る 人 が 少 く な い 檬 で あ る。 (2) 大 東 出 版 社 ﹁ 國 課 一 切 輕 ﹂ 律 部 八、 P. 74 ( 3) 例 へ ば、 信 祇 律 ( 八、 P. 265) に は 次 の 檬 に 云 ふ。 ﹁ 汝 常 に 聞 か ず や、 世 尊 は 多 求 多 欲 満 ち 難 き を 呵 責 し て、 少 欲 知 足 を 讃 歎 せ る を。 汝 今 多 欲 に し て 満 ち 難 く、 廣 く 原 始 佛 教 々團の經濟生活 六 九

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原 始 佛 教 々 團 の 経 濟 生 活 七 〇 衣 物 を 求 め て、 絵 長 を 積 蓄 せ る こ と、 此 れ 法 に 非 ず、 律 に 非 ず、 佛 の 教 の 如 く に 非 ず、 是 を 以 て 善 法 を 長 養 す べ か ら ず 云 云 ﹂ ( 4) 國 謬 一 切 輕、 阿 含 部 五、 P. 88. の ﹁ 増 一 阿 含 ﹂ に 於 て は ﹁ 三 賓 晶 ﹂ に 之 と 同 様 な 者 が 設 か れ て ゐ る。 (國 謬、 阿 含 部 八、 P P. 199-200) ( 5) ﹁ 浮 施 は、 其 の 衣 を 僧 の 前 に 捨 で ふ 施 與 す る の 意 志 を 表 す る の で あ る。 一 旦 浮 施 せ し 意 思 の 表 示 が あ れ ば、 更 に 信 よ り 之 を 還 付 し て、 蓄 ふ る こ と を 聴 す。 所 有 の 執 着 な き 者 は、 之 を 有 す る も 罪 な し と の 意 で あ る。 ﹂ (國 謬、 律 部 一、P. 125. 註 一 〇) ﹁ 浮 施 は 知 友 な る 一 比 丘 に 衣 を 與 へ つ ゝ 必 要 の 時 に 受 用 す る を 得 る も の ⋮ ⋮﹂ (同 八、 P. 267. 註 四 〇) (6) 國 課、 律 部 十、 p. 253. 尚、 こ の 外 に 私 有 を 許 さ る ふ 揚 合 と し て、 ﹁ 名 字 を 稽 し て 與 へ ﹂ ら る ゝ 揚 合 (指 名 の 場 合) を あ げ 得 る。 (7) 律 部 八、 p.335. 何 故 に 蓄 銭 を 禁 ず る か、 即 ち 蓄 銭 す べ か ら ざ る 根 嫁 は こ の 僧 祇 律 の 丈 に よ つ て 明 で あ る が 同 様 に、 四 分 種 ( 律 部 一、 P.180) は、 ﹁ 若 し 磨 さ に 金 銀 若 し は 銭 を 捉 る べ く、 珠 理・ 珍 寳 を 離 れ ず ん ば、 慮 に 五 欲 を 受 く べ し、 若 し 五 欲 を 受 く れ ば 沙 門 繹 子 の 法 に 非 ず ⋮ ⋮。 ﹂ ( 8) 婬、 盗、 殺、 妄 の 四 罪 に 封 す る 戒 法。 因 に、 一 分 ( 五 銭) 或 は 二 分 直 ( 五 銭 の 便 格 を 有 す る 物) を 盗 ま ば、 教 團 に 於 て は 波 羅 夷 罪 と さ れ、 二 般 融 會 に 於 て は 死 罪 と さ れ た。 (律 部 一、 P. 32. 同 八、 P.85) (9) 律 部 二、pp.878-9. 伺、 僧 紙 律 は 之 に 就 て 家 の 如 く 語 る。 ﹁ 如 來 が 度 せ る 断 の 阿 若 僑 陳 如 等 の 五 人 の 善 來 出 家 は、 姜 く 具 足 を 受 け て 共 に 戒 を 一 に し、 寛 を 一 に し、 佳 を 一 に し、 食 を 一 に し、 學 を 一 に し、 読 を 一 に せ り。 ﹂ (律 部 十、 P.2) (10) ﹁ 虚墜 教 研 究 ﹂ 所 聲載 拙 稿 ﹁叢 林 の 意 義 と 組 織 と 特 質 ﹂ 参 照。 ( 11) 律 部 八、 P.379, 同 九、 P.53, 同 P.63, 同 十、 P.190. ( 12) こ の 間 の 消 息 を 傳 へ る も の は、 彼 の 信 祇 律 の 制 戒 の 原 因 に 關 す る 記 述 で あ る。 曰 く、 ﹁ 世 尊 成 道 し た ま ひ て よ り 五 年、 比 丘 僧 悉 く 清 深 な り き。 是 よ り 已 後 は 漸 々 に 非 を 爲 し け れ ば、 世 尊 は 事 に 随 う て 爲 に 戒 を 制 し、 波 羅 提 木 叉 を 立 設 し た ま へ り。 ﹂ (律 部 十、 P.1) ( 13) 律 部 三、 P P.12-9, 荷 之 に 類 す る 資 料、 P.201 に も 見 ゆ。 (14) 律 部 十 四、 P.31. ( 15) 阿 含 部 八、p.236. (16) 同 P.325. ( 17) 律 部 九、p p.176-7. ( 18) 同 三、 P.211. (18) 同 七、 P.180

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(19) 律 部 三、 P.232. (20) 同 p.213. (21) 同 一、 P.225. (22) 之 と 反 樹 に ﹁ 塔 物 を 持 ち て 衆 信 を 供 養 ﹂ す る 場 合 も、 同 檬 に ﹁波 羅 夷 を 得 る ﹂ の で あ る。 然 し ﹁ 塔 に 物 無 く 僧 に 物 有 ﹂ る 場 合、 或 は そ の 逆 の 場 合、 相 互 に、 ﹁如 法 に 貸 與 す る こ と ﹂ は さ ま た げ な い。 (律 部 八、p.118) (23) 律 部 八、 P.223. 陀 尉 羅 子 は 二 十 歳 に て 知 事 と な つ た こ と が 五 分 律 に 見 ゆ。 (24) 前 偶 拙 稿 参 照。 (25) 律 部 十、 p.327. (26) 同 p p.327-8. (27) 律 部 二、 p.130. (28) 同 十、p.328. 之 と 同 檬 な 資 料 が 同 書 P.321, 329 等 に 見 ゆ。 省 こ の 丈 中 無 壼 物 に ﹁ 佛 の ﹂ な る 丈 字 を 冠 し て、 無 鑑 物 の 露 屡 を も 明 に し る ゐ る 黙 注 目 す べ き で あ る。 (29) 律 部 八、 P.338. ( 30) 同 一、 p.107,114. ( 31) 同 十 一、 P.178. ( 32) 同 ( 33) 同 一、 P.251. ( 34) 同 九、 P P.54-5. ( 35) 同 十、 pp.314-5. 之 に 由 て 観 る と、 原 始 教 團 に 於 て は、 作 務 ( 劣 作) に 勤 し て 最 便 的 態 度 が と ら れ て ゐ た 檬 に 思 は れ る。 然 し ﹁ 四 依 法 ﹂ 中 に 於 て は 糞 掃 衣 を 以 て 比 丘 の 衣 と な す べ く 規 定 さ れ て ゐ る が、 若 し 糞 掃 衣 を 得 ん と す れ ば 作 務 に よ ら ね ば な ら な い。 吾 々 は、 弦 に 作 務 に 封 す る 態 度 に、 彼 此 一 致 し な い 竜 の が あ る の を 見 出 だ す の で あ る。 (36) 律 部 十、p.315. (37) 浮 人 と は、 ﹁ 比 丘 に 不 相 鷹 な る も の を も 如 法 に な し て 相 磨 な ら し む る 給 仕 者。 ﹂ 園 民 と は、 ﹁ 守 園 人 な り、 信 園 に 仕 へ る 人。 し か し 僧 舐 律 に 於 て 園 民 と は 漂 人 ﹂ で あ る。 (律 部 八、 p.174, 226. 註 九 五、 二 〇 三) ( 38) 律 部 二、 p.283, 同 三、 pp.68-9, 同 十、 pp.6-8. (39) 諸 律 が 亥 那 に 於 て 蘇 課 さ れ た の は 大 畿 皇 紀 十 一 世 紀 頃 の 様 で あ る。 こ の 醗 謬 に よ つ て 支 那 佛 教 々 團 は 少 か ら ず 影 響 を 受 け た で あ ら う と 察 せ ら れ る が、 現 在 に 於 て は 之 を 詳 細 に 知 る 方 法 が な い の は 逡 憾 で あ る。 醗 謬 さ れ た 諸 律 は、 全 部 で は な い が、 者 本 に 輸 入 さ れ て 教 團 が 少 か ら ぬ 影 響 を 受 け た こ と は、 奈 良 朝 佛 教 の 丈 獣 に よ つ て 相 賞 詳 細 に 知 る こ と が で き る。 例 へ ば ﹁ 知 識 ﹂ (N a ti) が、 後 世 の ﹁ 講 ﹂ に 該 當 す る 團 膿 の 意 味 に 用 ひ ら れ た が 如 き は そ の 好 例 で あ る。 之 に 反 し て 支 那 に 於 て は、 少 か ら ず 影 響 を 受 け た で あ ら う と 想 像 せ ら れ る に 拘 ら ず、 原 始 教 團 に 於 て あ れ 程 に 嚴 し く 禁 ぜ ら れ て ゐ た 生 産 的 行 爲 が、 支 那 の 輝 宗 教 團 に 於 て は 作 務 に 於 て 寧 ろ 奪 ば れ て ゐ る と 云 ふ 反 封 の 傾 向 が 見 出 さ れ る。 此 は 趣 め て 關 心 を 唆 る 事 象 で あ る と 云 は ね ば な ら な い。 之 に 就 て の 私 見 は 他 の 場 所 に 於 て 瑛 表 す る 積 り で あ る 原 始 佛 教 々 團 の 経 濟 生 活 七 一

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