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(1)

【同志社大学刑事判例研究会】キャッシュカードの 窃取着手後の脅迫による暗証番号の聞き出しと二項 強盗罪の成否

著者 吉川 友規

雑誌名 同志社法學

巻 65

号 6

ページ 1967‑1986

発行年 2014‑03‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014652

(2)

(     同志社法学 六五巻六号

二七九 ◆同志社大学刑事判例研究会◆

東京高裁平成二一年一一月一六日判決平成二一年(う)第一二一五号:住居侵入、窃盗、強盗(認定罪名強要)、強制わいせつ被告事件判時二一〇三号一五八頁、判タ一三三七号二八〇頁、東高刑時報六〇巻一

-一二号一八頁

吉    川    友   

【事実の概要】 被告人は金品窃取の目的で午前二時五〇分ごろ、無施錠の玄関ドアからKアパートの被害者方に侵入し、台所兼居間で被害者Aが寝ているのを確認し、隣の和室に財布が入ったバッグを発見した。Xは、Aが目を覚ましてもすぐには見えない和室の隅の壁際にバッグを移動した上で、中から財布を取り出して中身を確認したが、財布には現金が六〇〇〇

一九六七

(3)

(    同志社法学 六五巻六号

二八〇 円ほどしか入っていなかった。しかし、財布には数枚のキャッシュカードが入っていたため、Aを包丁で脅して暗証番号を聞き出し、キャッシュカードで現金を引き出すことを決意した。そして、キャッシュカードの入った財布を和室の隅のバッグに戻してから、包丁を台所から持ち出し、Aに突きつけて、﹁静かにしろ。一番金額が入っているキャッシュカードと暗証番号を教えろ。暗証番号を教えて黙っていれば、殺しはしない。﹂などと語気を鋭くして脅迫し、その反抗を抑圧して、AからR銀行口座の暗証番号を聞き出した。なお、Aの預金口座の中には数百円程度しか入金されておらず、結局、XはAの預金口座から現金を引き出すことはできなかった。 以上の事案について、原審のさいたま地裁では、①暗証番号の聞き出しによって、財産上の利益を得たといえるかという点、②刑法二三六条二項の﹁財産上の利益﹂は犯人の得た利益と同様の利益を被害者が喪失するという対応関係が要求されるのかという点が問題となった。原審では、①について、﹁被告人が本件被害者から窃取に係るキャッシュカードの暗証番号を聞き出したとしても、財物の取得と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益を得たとは認められ﹂ないとし、②について、﹁刑法二三六条二項の﹃財産上不法の利益﹄について、﹃移転性﹄のある利益に限られ、同項に該当するためには、犯人の利益の取得に対応した利益の喪失が被害者に生じることが必要であると解した上で、被告人が上記のとおり暗証番号を聞き出したとしても、キャッシュカードの暗証番号に関する情報が本件被害者と被告人との間で共有されるだけで、本件被害者の利益が失われるわけではないから、被告人が﹃財産上不法の利益を得た﹄とはいえない﹂と判示し、強要罪の成立を認めた。以上の原審の判決に対して、検察官は事実誤認、法令解釈・適用の誤りなどを理由として控訴した。 一九六八

(4)

(     同志社法学 六五巻六号

二八一 【判旨】 本判決は、①について、﹁キャッシュカードを窃取した犯人が、被害者に暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧して、被害者から当該口座の暗証番号を聞き出した場合、犯人は、現金自動預払機(ATM)の操作により、キャッシュカードと暗証番号による機械的な本人確認手続を経るだけで、迅速かつ確実に、被害者の預貯金口座から預貯金の払戻しを受けることができるようになる。このようにキャッシュカードとその暗証番号を併せ持つ者は、あたかも正当な預貯金債権者のごとく、事実上当該預貯金を支配しているといっても過言ではなく、キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことは、それ自体財産上の利益とみるのが相当であって、キャッシュカードを窃取した犯人が被害者からその暗証番号を聞き出した場合には、犯人は、被害者の預貯金債権そのものを取得するわけではないものの、同キャッシュカードとその暗証番号を用いて、事実上、ATMを通して当該預貯金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位という財産上の利益を得たものというべきである﹂として、本件において、被告人は、具体的・現実的な﹁財産上の利益﹂を得たといえるとし、さらに、②について、﹁二項強盗の罪が成立するためには、財産上の利益が被害者から行為者にそのまま直接移転することは必ずしも必要ではなく、行為者が利益を得る反面において、被害者が財産的な不利益(損害)を被るという関係があれば足りると解される。そして、本件においては、被告人が、ATMを通して本件口座の預金の払戻しを受けることができる地位を得る反面において、本件被害者は、自らの預金を被告人によって払い戻されかねないという事実上の不利益、すなわち、預金債権に対する支配が弱まるという財産上の損害を被ることになるのであるから、二項強盗の罪の成立要件に欠けるところはない﹂として移転性についても不要であるとし、二項強盗罪の成立を認めた。

一九六九

(5)

(    同志社法学 六五巻六号

二八二 【研究】

Ⅰ 問題の所在

 二項強盗罪の財産上の利益の移転について処分行為を不要とする我が国の判例 )1

(・学説 )2

(の立場からは、成立範囲の制限根拠として、財産上の利益の取得が一項強盗罪の財物の取得と同程度の具体性・現実性を備えていることが要求されてきた。本件においても、暴行・脅迫による、キャッシュカードと暗証番号を併せ持つことによって生じる﹁預貯金の払戻しを受け得る地位﹂の取得に一項強盗罪の財物の取得との同等性が肯定できるかが問題とされた。これについて、従来の裁判例では、﹁財産上の利益﹂の内容が対価性を伴う労務や、債権などの具体性・現実性が比較的に明白なものであったのに対し、本件では﹁払戻しを受け得る地位﹂という一見すると内容の不明確な利益が客体とされたため、まず、﹁払戻しを受け得る地位﹂が二項強盗罪の財産上の利益として一項強盗罪の財物と同程度の具体性・現実性を備えているかという客体の問題について検討の余地がある。次に、利益の移転について、移転罪に要求される行為者側の得た利益と被害者側の失った利益(損害)との間に対応関係が要求されるのか、また、要求されるとすれば、どの程度の対応関係が必要かという利益移転の問題についても議論がある。 以上の争点について、原審は、財産上の利益の具体性・現実性を否定し、利益の移転に行為者側の利益と被害者側の利益との間の対応関係が必要であるとし、二項強盗罪の成立を否定したが、本判決は利益の具体性・現実性を認め、利益と損害の対応関係を﹁被告人が、ATMを通して本件口座の預金の払戻しを受けることができる地位を得る反面において、本件被害者は、自らの預金を被告人によって払い戻されかねないという事実上の不利益﹂を被っていることで足りると述べ、利益移転に関しても肯定した。学説上も、本判決を支持する見解が多数であるように思われる )3

(。しかし、 一九七〇

(6)

(     同志社法学 六五巻六号

二八三 その一方で、本判決に批判的な見解 )4

(も少なくなく、﹁払戻しを受け得る地位﹂を財産上の利益とするにしても、本判決ではその具体的な内容について検討が不十分であるという指摘や、行為者の得た利益と被害者の失った利益との対応関係について、移転性まで要求しないにしても、本判決やこれを支持する見解のような抽象的なもので足りるのかという指摘がなされている。また、一部の見解からは、二項強盗罪の議論の他に、キャッシュカードまたは現金を対象とする一項強盗罪(未遂)の成立が認められるので、原審および本判決も一項強盗罪(未遂)として構成するべきであったという指摘もなされている )5

(。 そこで、本稿では、第一に、﹁払戻しを受け得る地位﹂が一項強盗罪の財物と同視できるだけの具体性・現実性を有しているのかという点、第二に、財産上の利益の移転についてどのような対応関係が要求されているのかという点を検討した上で、最後に、本件における具体的な事情に照らして二項強盗罪・一項強盗罪の成否について検討する。

Ⅱ 利益の具体性・現実性

一 利益の具体性・現実性が問題となった裁判例 財産上の利益には財物以外のあらゆる利益が含まれ、財物以外の財産上の利益の一切をいい、積極的財産の増加であるか消極的財産の減少であるかを問わないとされる )6

(。しかし、先述のように、二項強盗罪の成立のためには、財産上の利益の取得が一項強盗の財物の取得と同程度の具体性・現実性を備えていなければならない。このような考慮から学説・裁判例においては、財産上の利益に財物と同等の具体性・現実性が要求されている。この財物との同等性について判断した近年の裁判例として、東京高判平成一八年一一月二一日 )7

(と神戸地裁平成一九年八月二八日 )8

(があげられる。

一九七一

(7)

(    同志社法学 六五巻六号

二八四  まず、知人に成り済まして自動契約機から排出させたプラスチックカードを利用限度額三〇万円のローンカードとして利用可能にしたことについて二項詐欺罪の成否が問題となった東京高判平成一八年一一月二一日においては、﹁被告人は本件行為により、事実上、上記ローンカードを用いて同社から利用限度額の範囲で何回でも繰り返し金銭を借り入れることができる地位を得たといえる。確かに、この段階では、被告人が金額の特定した具体的な給付請求権を得ているわけではなく、同社としても、被告人に対し金銭を貸し付ける義務を負わないものであった。しかしながら、被告人が上記ローンカードを利用して現金を引き出そうとした場合には、同社は利用限度額の範囲において無審査で自動的に貸付けを行うことになるため、被告人は、前記地位を得たことにより、実質的には利用限度額三〇万円の範囲内の具体的な金銭交付請求権を得たのと同視できる状況にある上、その履行もほぼ確実なものであったと認められ﹂から、﹁刑法二四六条二項にいう﹃財産上不法の利益を得﹄たものと認められ﹂るとして二項詐欺が成立するとされた。 次に、既に窃取していたキャッシュカードの暗証番号を被害者から聞き出そうとしたが、被害者が暗証番号を答えなかったために殺害したことについて、二項強盗殺人罪の成否が問題となった神戸地裁平成一九年八月二八日でも、﹁キャッシュカードとその暗証番号があれば、ATMを用いて、機械的かつ確実に預貯金口座の金銭を入手できるという、ATMを使用した場合における今日の預貯金の払戻しの取引実体にかんがみると、キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことは、ATMを操作してその預貯金残額の範囲内で金銭の払戻しを受ける地位を得ることであるといえ、このような経済的利益は刑法二三六条二項にいう﹃財産上不法の利益﹄として財物と同様に保護するのに十分な具体性、現実性をもった利益であるとみるのが相当である﹂として、二項強盗殺人罪(ただし、二項強盗罪については未遂にとどまる)が成立するとされた。 これらの裁判例では、それぞれ、﹁ローンカードを用いて同社から利用限度額の範囲で何回でも繰り返し金銭を借り 一九七二

(8)

(     同志社法学 六五巻六号

二八五 入れることができる地位﹂、﹁ATMを操作してその預貯金残額の範囲内で金銭の払戻しを受ける地位﹂について、利用限度額・預金額の範囲内で現金を引き出すことができるという経済的価値を認めることにより、利益の具体性・現実性を肯定している。本判決もこれらの裁判例と同様の考慮から、本件の﹁払戻しを受け得る地位﹂の財産上の利益としての具体性・現実性を肯定したものと考えられる。

二 ﹁払戻しを受け得る地位﹂の具体性・現実性の有無 本判決を支持する見解も、預金の引き出しに至っていないことを根拠に、財産上の利益の具体性・現実性を否定した原判決を批判し、﹁財物との同等性とは、財物そのものであることを求めるべきではないのであるから、預金を引き出していないことをもって財産上の利益の具体性、現実性を否定するべきではな﹂く、また、﹁本件被告人は、現金あるいはそれに匹敵する財産上の利益を獲得することを企図して本件犯行に及んでいるところ、本件被告人が被害者に暗証番号を聞いたのは、その情報を得ることが、まさに、被告人にとって、現金に匹敵する財産上の利益を得ることになるからである﹂と述べて、﹁払戻しを受け得る地位﹂が財産上の利益にあたることを肯定する )9

(。つまり、本件において、暗証番号の聞き出しは単なる情報の取得にとどまらず、クレジットカードと暗証番号を併せ持つことによって、債権者のように預金の払戻しを容易に受けることができるという地位を得ることになるのであるから利益の具体性・現実性を肯定することができると述べるのである。しかし、本判決に否定的な見解は、このような理解に対して、﹁払戻しを受け得る地位﹂の財産的価値が明確ではないこと、一項強盗罪などとの関係で処罰の前倒しを招いてしまうことといった問題があると指摘して﹁払戻しを受け得る地位﹂を客体として認めることに疑問を呈している。 ﹁払戻しを受け得る地位﹂に財産上の利益としての具体性・現実性が欠けると指摘する見解は、まず、財産上の利益

一九七三

(9)

(    同志社法学 六五巻六号

二八六 といえるためには、過去の裁判例においても問題となった債務の免脱、履行延期、支払猶予、債務負担の約束などのように、それ自体の財産的価値がある程度数量で表すことができることか、または、労務の提供が社会通念上対価を伴うものであるという対価性を有していることが要求されると指摘する )₁₀

(。これらの場合と本件の﹁払戻しを受け得る地位﹂を比べると、﹁払戻しを受け得る地位﹂は、対価を伴うものでも、ある程度数量で表すことができる性質のものでもないため、一項強盗罪の財物と同等性を有しているとまではいえないとされる )₁₁

(。 もっとも、一項強盗罪の財物との同等性という点に関しては、本判決と同様に﹁払戻しを受け得る地位﹂に利益の具体性・現実性を肯定する見解からも、キャッシュカードを確保しながら、その暗証番号を知っている状態を﹁社会的にはその預貯金を引き出し得る地位にあるといえ、債権を法的に獲得するわけではないとしても現実には債権行使をし得る状態﹂であるとし、行為者はその﹁地位﹂を得るのであるから、預金相当額の財産的価値として特定可能であると説明されている )₁₂

(。このような考え方は、刑法上、預金の占有が横領罪の際に認められていることを考慮し、キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことによる預貯金に対する事実上の支配を預金の占有ととらえ、暴行・脅迫による預金の占有について二項強盗罪が成立すると解したものであると評価できる )₁₃

(。しかし、そのように考えたとしても、本件の払戻しを受け得る地位が横領罪のように行為者に預貯金を引き出す法的権限が付与されている場合と異なり、預貯金を事実上引き出すことのできる状態にあるからといって、その事実によって預貯金者の預貯金に対する占有が行為者に移転するわけではないため、本件のような場合に(事実上の)債権による預金の支配を認めることには疑問がある )₁₄

(。 また、仮にこの際の財産上の利益を﹁預金債権﹂としてとらえることができる )₁₅

(としても、本件のキャッシュカードと暗証番号の取得は預金を引き下ろす準備にすぎず、それによって、何らかの積極的な財産の増加、消極的な財産の減少が生じるわけではないので、一項強盗罪との同等性があるとまではいえないように思われる )₁₆

(。 一九七四

(10)

(     同志社法学 六五巻六号

二八七  次に、一項強盗罪の処罰の前倒しの問題については、たとえば、強盗が現金を保管する金庫の鍵や預金通帳と印鑑を強奪した場合、それぞれ、金庫の鍵または預金通帳と印鑑に対する一項強盗罪が成立することになるが、本判決やこれを支持する見解の論理からすると、﹁金庫から現金を自由に取り出すことのできる地位﹂や﹁預金通帳と印鑑によって預金の払戻しを受け得る地位﹂を客体とした二項強盗罪の成立も認めなければならないことになってしまうことが指摘されている )₁₇

(。このような場合に、一項強盗に吸収されるため二項強盗罪の成立を肯定しても良いと考えたとしても、今度は、銀行に強盗に入って行員から金庫の暗証番号を聞き出したような場合に、暗証番号の聞き出しの時点で二項強盗罪が成立することになり、一項強盗未遂の成立の余地がなくなってしまうため、従来の強盗罪の成立時期を著しく早めることになってしまいかねない )₁₈

(。 また、以上の強盗罪の﹁処罰の前倒し﹂のほかに、本判決の理論を徹底すると、たとえば、被害者からインターネットバンキングに必要なパスワードを無理矢理聞き出し、コンピュータを操作してそのパスワードを用いて被害者の口座情報にアクセスし、被害者の口座から自己の口座に一〇〇万円を振り込んだという事案においては、従来、パスワードの聞き出しを強要罪、一〇〇万円の振り込みを電子計算機使用詐欺罪としていたのを、パスワードの聞き出しの時点で二項強盗罪とすることになってしまうことも指摘されている )₁₉

(。

Ⅲ 財産上の利益の移転

 以上のように、﹁払戻しを受け得る地位﹂が客体となり得るのかという点については疑問が残るが、本判決を批判する見解からは、さらに、二項強盗罪を認めるためには、利益の具体性・現実性に加えて、利益が暴行・脅迫によって利

一九七五

(11)

(    同志社法学 六五巻六号

二八八 益の移転が現実のものとなることが要求されるが、一項犯罪の成立要件と二項犯罪の成立要件とを、客体の点を除いて同様であると考えるのであれば、二項犯罪の客体である﹁財産上の利益﹂の排他的な支配を要求し、被害者から犯人へと同一の利益が移転したという厳格な対応関係(移転性、素材の同一性)を要求する見解が存在する )₂₀

(。移転性を要求する見解からは、たとえ﹁払戻しを受け得る地位﹂に利益の具体性・現実性が認められたとしても、﹁払戻しを受け得る地位﹂が共有されたにすぎない場合、原審のように二項強盗罪の成立が否定されることになる。 もっとも、仮に、移転性を要求する見解を採ったとしても、本件では移転性を肯定できるとする見解も主張されている。山口教授は、本件の﹁払戻しを受け得る地位﹂に独立した利便性が認められ、財産上の利益として承認できるという前提から、強盗が金庫などの暗証番号を聞き出すことによって鍵の暗証番号を知ったにすぎないような場合には、複数の者に﹁⋮⋮し得る地位﹂を同等に認めることができ、行為者が﹁地位﹂を得た反面、被害者が﹁地位﹂を失ったとはいえないのに対して、神戸地裁平成一九年判決や本件の﹁払戻しを受け得る地位﹂の場合には、﹁キャッシュカードと暗証番号﹂の支配によって排他的に確保・支配可能な﹁地位﹂を取得することができるという点で相違が存在するので移転性を認める余地があるとされている )₂₁

(。 また、そもそも、財産上の利益に厳格な移転性を要求して、被害者の失った利益と行為者の得た利益の対応関係を厳格に解することには批判が向けられている。一項犯罪の場合には、客体が有体物であるので、占有概念が妥当し、その移転が目に見える形で現れるのに対して、二項犯罪の場合には、客体を﹁占有﹂することはなく、財物の占有移転と同じような意味での個別の財産権の﹁移転﹂を要求することができないためである )₂₂

(。たとえば、本判決も挙げているように、タクシー運転手に対して暴行・脅迫を加えて逃走し、債務の支払を免脱した場合、厳密には行為者が得た利益と被害者の負担は同一ではなく、被害者の債権自体も継続しており、この場合、料金の支払を受けることができないという 一九七六

(12)

(     同志社法学 六五巻六号

二八九 被害者側の事実状態と料金の請求を受けないという行為者側の事実状態が対応しているにすぎない )₂₃

(。本判決もこの点を考慮して、判旨②の部分で、﹁二項強盗の罪が成立するためには、財産上の利益が被害者から行為者にそのまま直接移転することは必ずしも必要ではなく、行為者が利益を得る反面において、被害者が財産的な不利益(損害)を被るという関係があれば足りる﹂として、原審のような厳格な対応関係を要求しないことを示したと考えられる。このことは本判決を支持する見解はもちろん、本件の﹁払戻しを受け得る地位﹂が具体性・現実性に欠けると指摘する論者からも、一般論として支持できるとされる )₂₄

(。 しかし、二項強盗罪の成立を否定する見解からは、厳密な意味での移転性は要求されないにしろ、本判決の判旨②の部分のように、﹁行為者が利益を得る反面において、被害者が財産的な不利益(損害)を被るという関係﹂で足りるとするのでは、利益に対応する被害者の損害が認められないために、過去の裁判例や学説において要求されている )₂₅

(利益移転の具体性・現実性(直接性、確実性)が欠けることになると批判される )₂₆

(。ここで問題視されているのは、利益移転の具体性・現実性を認めてしまうと、被害者側の預金を払い戻されかねないという危惧感と行為者側の利益の獲得の可能性という抽象的な内容で利益の移転があったと評価できることになってしまい、一項強盗罪でいえば占有が緩められるにすぎないような場合にまで二項強盗罪の成立を認めることになってしまうという点である )₂₇

(。このような見解からすれば、利益移転の具体性・現実性を要求するのであれば、相手方の不利益(損害)も具体的・現実的でなければならないことになる。 以上の批判に対し、二項強盗罪の成立を認める見解からは、形式的個別財産説を前提として﹁損害﹂は財産的侵害という意味での形式的損害のことを指すため、本判決の述べるような関係でも足りるとする主張 )₂₈

(もあるが、二項強盗罪を否定する見解が指摘している被害者の預金を﹁払い戻されかねない不利益﹂の抽象性というのは、それと対応する行為

一九七七

(13)

(    同志社法学 六五巻六号

二九〇 者側が得た﹁払戻しを受け得る地位﹂の抽象性に起因しており、﹁払戻しを受け得る地位﹂に一項強盗罪の財物との同等性があるかを検討することで足りるのではないかと思われる )₂₉

(。 その他に、移転の具体性・現実性を問題とする見解からは、本件や神戸地裁平成一九年判決のような場合、﹁暗証番号を聞き出すことにより、犯人が自力でまたは共犯者を介して直ちにかつ容易にATM機から現金を引き出したり、他の預金口座に振り込み入金が可能であるという事情があれば、この結論を支持してもよい﹂とするものがある )₃₀

(。この見解は、﹁払戻しを受け得る地位﹂が財産上の利益として評価できることを前提に、暴行・脅迫によってその地位が移転する危険性があったかを判断するものであると思われるが、(神戸地裁平成一九年判決のような場合は別としても)本件の具体的な事情に照らして考えると、コンビニエンスストアに限らず、銀行の支店においても基本的に夜間はATMでの引き出しはできないこと )₃₁

(、被害者を殺害・緊縛したり、共犯者に見張らせたりするなどの措置も講じておらず、カードの強盗被害の届出が速やかになされることが予想されることなどに鑑みれば、現金取得という終局的な目的実現の危険性は高くなかったので、その移転を肯定するだけの具体性・現実性は備わっていなかったと考えられる )₃₂

(。

Ⅳ 強盗罪の成否

一 二項強盗罪の成否

(一) 既遂時期の問題 さらに、仮に、﹁払戻しを受け得る地位﹂に財産上の利益としての具体性・現実性を肯定できるとした場合でも、本件においては、窃盗罪における財物の占有の移転時期に関する判例 )₃₃

(の基準からすると、キャッシュカードの占有が脅迫 一九七八

(14)

(     同志社法学 六五巻六号

二九一 の段階で行為者に移転していたとはいえないため、暴行・脅迫によって、﹁払戻しを受け得る地位﹂が行為者に移転することはないのではないかという批判が存在する。二項強盗罪の成立を肯定する見解からは、暗証番号の聞き出しの時点において、確かに窃取を完了したとはいえないが、本件のようにキャッシュカードの占有取得が確実である以上、聞き出し行為が先行しても占有取得が行われた段階で﹁払戻しを受け得る地位﹂を認めることができるとする見解もある )₃₄

(。この場合、財産上の利益は、暗証番号を聞き出したことにより﹁払戻しを受け得る地位﹂という財産的利益の移転が開始され、行為者がその後キャッシュカードを取得した時点でこの移転が完成したとみることができるとされる )₃₅

(。なお、このような見解からは、この二項強盗罪の利益の移転時期の問題に関し、聞き出し行為の時点では未遂にすぎなかった点を指摘する見解もあるが、本件では最終的にキャッシュカードを持ち去っているため、この点は結論に影響しない。

(二) 当罰性の問題 また、本判決を支持する見解からは、財産上の利益の制限による二項強盗罪の制限に対して、たとえば、暴行・脅迫を用いて反抗を抑圧し、被害者をATM近くまで連れて行った上で、﹁暗証番号を言え。﹂と言って暗証番号を聞き出し、被害者をその場で確保しながら、行為者が自分でATMを操作して現金を引き出した場合、被害者自身が財物を奪取されることを容認せざるを得ないので、現金の占有が奪取されたと考えて、一項強盗罪が成立するのに、ATMまで被害者を連れて行かない点にしか違いがなく、違法性としてもほぼ同等であることが明白な本件のような場合に強盗としての当罰性を認めないのは不当であるという主張がなされている )₃₆

(。 しかし、例としてあげられた事案の当罰性と本件の当罰性がほぼ同等であることについてはその通りであるとしても、

一九七九

(15)

(    同志社法学 六五巻六号

二九二 あげられた事案においても、キャッシュカードに引き出せる残高がない場合には、最終的に財物を取得できないのであるから、未遂とされるはずであり、これと同様の当罰性を考えるのであれば、本件も二項強盗未遂としなければならない )₃₇

(。そもそも、このように、異なる事案との間で処罰の不均衡が生じるからという理由だけで二項強盗罪の成立を認めることは、本来、刑法の予定するところではないのであるから、立法によって解決すべきであり、本判決のように解するのは罪刑法定主義に反しているのではないかという批判が向けられる )₃₈

(。

二 一項強盗罪の成否

(一) 現金を対象とした一項強盗罪 さらに、本件では、現金またはキャッシュカードに対する一項強盗罪の成立が問題となるという見解も存在する。まず、現金を客体とする一項強盗罪を問題とする見解は、行為者の犯行計画によれば、本件の聞き出し行為は、預貯金を奪う目的で行われており、暗証番号を聞き出せば障害なくATMから現金を引き出すことができるということを前提として、このような犯行計画や事象経過からすると、本件の客体は、口座に預け入れられている現金自体であるので、引き出しに失敗した本件では、一項強盗の成否が問題となるとする )₃₉

(。この見解によると、一項強盗罪が既遂に達するのはATMから現金を実際に引き出した段階で、暗証番号を聞き出した段階では、実行の着手が認められれば、一項強盗未遂が成立することになる。 しかし、この見解に対しては、暴行・脅迫を用いた暗証番号の聞き出しの時点では、行為者がどの金融機関の、どのATMから、どの現金をどの額まで引き出すか特定されていないので、預貯金者と金融機関との関係はきわめて希薄なのではないかという指摘がなされている )₄₀

(。また、宝石店の警備員を暴行・脅迫した例をあげて暴行・脅迫の客体と財物 一九八〇

(16)

(     同志社法学 六五巻六号

二九三 の占有者が異なる場合、相手方が財産上の被害者との間に﹁事実上の密接な関係﹂があるか、財物の強取に障害となる者であれば足りるとしているが )₄₁

(、財物の占有者である家人に対して暴行・脅迫を行うのとは事案が異なっている )₄₂

(。

(二) キャッシュカードに対する一項強盗罪 次に、キャッシュカードを客体とする一項強盗罪の成否を問題とする見解は、キャッシュカードの持ち去りを予定したうえで脅迫が行われていることから、キャッシュカードの取得と併せて、一項強盗罪の成立を肯定することが可能であるとする )₄₃

(。この見解からは、暗証番号の聞き出しの時点で、脅迫の内容からキャッシュカードを対象とした一項強盗未遂が肯定でき、その後のキャッシュカードの取得に一項強盗既遂を肯定できるとされる。 確かに、行為者の脅迫がキャッシュカードの取得にも向いていると考えることができるのであれば、従来のキャッシュカードの取得と暗証番号の聞き出しが同時に行われる一項強盗罪の場合と同様に解してもよいと思われるが、本件において認定された事実からは、キャッシュカードの占有移転の時期がいつであったのかという点や、脅迫行為とキャッシュカードの取得の間に因果関係が存在したのかという点、脅迫の目的がキャッシュカードの取得にも向けられていたのかという点が明らかにされていないことから、なお事実認定で検討を要する部分があるように思われる。

Ⅴ 本判決の意義

 本判決は、以前から問題となっていたキャッシュカードの占有を確保した(確保することがほぼ確実であった)行為者が暴行・脅迫によって暗証番号を聞き出した場合に、﹁預貯金の払戻しを受け得る地位﹂を財産上の利益とした二項

一九八一

(17)

(    同志社法学 六五巻六号

二九四 強盗罪が成立するかという点について、控訴審としてはじめて判断を示した点で実務上意義のある裁判例であると思われる。もっとも、本判決は、あくまでキャッシュカードと暗証番号を併せ持つことによって生じる﹁地位﹂について判断を述べただけであり、本判決の論理からすると同様に問題となり得ると否定説が指摘するような(金庫の鍵・暗証番号などの取得といった)事案 )₄₄

(に二項強盗罪が成立するのかというところにまでは本判決の射程が及んでいるとまでは考えられないだろう )₄₅

(。 また、先述の通り、判旨②の利益移転の対応関係については、一般論として賛成できるが、判旨①の﹁払戻しを受け得る地位﹂に財産上の利益としての具体性・現実性を認める根拠については、財産的価値としての明確性、処罰の早期化という点で疑問の余地があり、二項強盗罪を認めることは適当ではない。

>参

  ](﹂﹃]﹄)、

  ﹂﹃﹄( 一九八二

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