九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
イギリスにおける国際バカロレアをめぐる資格認証 制度に関する研究
花井, 渉
https://doi.org/10.15017/1806796
出版情報:Kyushu University, 2016, 博士(教育学), 課程博士 バージョン:
権利関係:Fulltext available.
博士学位請求論文
イギリスにおける国際バカロレアをめぐる 資格認証制度に関する研究
花井 渉
平成 28 年度
九州大学大学院人間環境学府
イギリスにおける国際バカロレアをめぐる資格認証制度に関する研究
目 次
1
図 表 一 覧4
序 章6
第 1 節 研究目的と問題の所在 6 第 2 節 イギリスを取り上げる意義 8
第 3 節 先行研究の検討と本研究の位置づけ 9
3-1 国際バカロレア研究における本研究の位置づけ 9
3-2 国際的な資格認証評価制度研究における本研究の位置づけ 10 第 4 節 研究課題と研究の分析枠組み 11
4-1 研究課題 11
4-2 研究の分析枠組み 12 第 5 節 仮説の設定 14 第 6 節 用語の定義 14 第 7 節 研究方法 16 第 8 節 本論文の構成 17
第
1
章 イ ギ リ ス の 資 格 試 験 制 度 とA
レ ベ ル の 重 要 性21 第 1 節 イギリスの資格試験制度の成立と A レベルの課題 21
第 2 節 クラウザー報告以降における学習内容の幅( breadth )をめぐる議論 23 第 3 節 イギリスにおける統合的な資格試験制度の拡大 25
3-1 統合的な資格試験制度の萌芽 25
3-2 イギリスの文脈における統合的な資格試験制度 27 3-3 統合的な資格試験制度の模索 30
第 4 節 デアリング報告と資格試験制度改革 35 第 5 節 小括 39
第
2
章 イ ギ リ ス に お け る 資 格 認 証 制 度 構 築 の 促 進 要 因44 第 1 節 2002 年教育緑書と A レベル・スキャンダル 44
第 2 節 トムリンソン報告による統合的な資格としての 14-19 ディプロマ導入案 46
第 3 節 21 世紀型コンピテンシー育成におけるコア学習の重要性 49 3-1 イギリスの GCE-A レベルにおける批判的思考の実践 52 第 4 節 国際バカロレアのカリキュラム構造と人材育成観 55 4-1 カリキュラム構造とコア学習の位置づけ 55
4-2 能力観 59 4-3 評価方式 61
第 5 節 A レベルと国際バカロレアの共通性と差異 62
第 6 節 イギリスにおける国際バカロレアの拡大と資格試験制度の展開 65 6-1 ブレア労働党政権による国際バカロレア拡大政策 65
6-2 ケンブリッジ Pre-U の開発・導入 66
6-3 「全国資格枠組み」( NQF )から「資格単位枠組み」( QCF )への移行 69 第 7 節 小括:イギリスの資格試験制度における国際バカロレアの位置づけの変化 73
第
3
章 イ ギ リ ス に お け る 国 際 バ カ ロ レ ア の 認 証 プ ロ セ ス81 第 1 節 国際バカロレア認証へ向けた法整備と資格枠組みの設定 81
1-1 資格認証制度の確立に向けた法整備 82
1-2 資格枠組みの再編 − 「資格単位枠組み」( QCF )から「規制資格枠組み」( RQF )への 移行 − 84
第 2 節 資格情報収集機関としての UK-NARIC の役割 87
第 3 節 資格試験規制局( Ofqual )の設置と国際バカロレアの認証 94 3-1 設置背景及び目的 94
3-2 資格試験制度の市場化と競争原理の導入 100 3-3 資格規制枠組みと資格認証プロセス 102
第 4 節 大学・カレッジ入学サービス機構( UCAS )による全国統一能力評価基準の設定 105 4-1 UCAS の設置背景と目的 105
4-2 UCAS のガバナンス構造 106
4-3 UCAS を通じた大学・カレッジへの出願方法 108 4-4 UCAS タリフの成立過程及び概要 111
4-5 UCAS における国際バカロレアの認証 118 4-6 地理グループにおける IB の認証プロセス 122
4-7 国際バカロレアへの UCAS タリフ・ポイントの配点 132
4-8 成績群とサイズ群に基づいた新 UCAS タリフの開発・導入 137
第 5 節 資格の多様化・国際化への対応に向けたアドミッション・システムの統合と開放 143 5-1 シュワルツ報告が指摘する大学アドミッション・システムの問題点 143
5-2 PQA モデルの導入案と期待される効果 149
5-3 SPA の設置と公平なアドミッションに向けた質保証コード 151 第 6 節 小括 154
第
4
章 国 際 バ カ ロ レ ア の ロ ー カ ル 化 と 資 格 認 証 制 度 の 新 た な 方 向 性167 第 1 節 キャメロン保守党政権下における国際バカロレア関連政策 167
第2節 国際バカロレアのローカル化—バカロレア型教育モデルのプログラムの拡大− 169 2-1 A レベル改革の新たな動向−コア学習の導入に向けて− 171
2-2 イギリス独自のナショナル・バカロレアの開発に向けた取り組み 172 2-3 バカロレア型資格が開発される要因 173
第 3 節 大学独自の資格認証評価基準の設定—基準をめぐるデュアル・スタンダード— 179 3-1 調査の概要 179
3-2 調査結果 181
第 4 節 分析:資格認証制度の構築に伴う資格試験制度のバカロレア化及び IB のローカル化 へと向かうメカニズム 187
終 章 総 括 と 今 後 の 課 題
197
第 1 節 各章のまとめと仮説への回答 197 1 − 1 各章のまとめ 197
1 − 2 仮説への回答 201
第 2 節 日本への示唆と今後の課題 204 2-1 日本への示唆 204
2-2 今後の課題 205 参考文献一覧 207
謝辞 215
図 表 一 覧
図 1 研究の分析枠組み 図 2 本論文の構成図
図 3 IB ディプロマプログラム・モデル 図 4 モジュール方式とリニア方式による評価
図 5 規制資格枠組み( Regulated Qualifications Framework: RQF ) 図 6 ECCTIS の組織構造
図 7 UK NARIC による外国資格・教育プログラムの認証評価プロセス
図 8 新たな資格への公的な認証プロセス 図 9 UCAS のガバナンス構造
図 10 UCAS タリフにおける資格認証の流れ 図 11 IB と A レベルのサイズ
図 12 A レベルと IB の成績の並置図
図 13 IB の結果を示したグラフ( 2004 年)
図 14 UCAS と資格認証に関わる機関との関係性 図 15 イギリスにおける資格認証制度
図 16 イギリスにおける新たな能力・スキルの育成
図 17 各学部、中央アドミッション・オフィスと UCAS の関係図 図 18 IB のローカル化と資格試験制度のバカロレア化のメカニズム 図 19 イギリスにおける資格認証制度とデュアル・スタンダード
表 1 統合的な資格試験制度のマトリックス
表 2 QCA におけるアカデミックな資格と職業資格の対応表
表 3 14-19 ディプロマの枠組みと既存の資格枠組みの対照表
表 4 各国際機関による 21 世紀型コンピテンシーの比較表
表 5 21 世紀型コンピテンシーと IB 教育が育成しようとする能力 表 6 IB と Pre-U の比較表
表 7 QCF におけるサイズと難易度 表 8 NQF と QCF に含まれる資格の一例 表 9 UK NARIC バンド枠組み
表 10 UCAS タリフにおける A レベルのタリフ・ポイント
表 11 各シラバスにおける地理の単元
表 12 IB 地理の単元に対する A レベルの単元 表 13 各資格における特徴的なシラバス内容
表 14 IB の HL 、 SL とコア科目( 3 要件)に与えられた UTP 表 15 IB に与えられた UTP
表 16 新タリフにおけるサイズ群 表 17 新タリフにおける成績群
表 18 新タリフ・ポイント( A レベルと IB の比較表)
表 19 国際バカロレアとバカロレア型教育モデルのプログラム
表 20 イギリスの資格試験制度における統合的な資格及びバカロレア型資格の発展年表 表 21 インタビュー調査を行なった大学
表 22 D 大学における A レベルと IB の成績比較対照表
序章
第
1
節 研 究 目 的 と 問 題 の 所 在本論文の目的は、イギリス
1における国際バカロレア( International Baccalaureate 、以下: IB ) の拡大に伴う資格試験制度の多様化・国際化に対応するための資格認証制度の構造を解明すると ともに、その制度が構築されることでイギリスの資格試験制度に生じている変容の実態とその方 向性を明らかにすることである。これにより、 IB が国内における能力・スキルの育成に与え得る 影響と IB への規制強化を通じた資格認証制度構築プロセスの実態と課題を明らかにする。
今日、グローバリゼーションの進展とともに、国境を越えて移動する生徒が増加し続けている。
それに付随して課題となるのが、多種多様な資格や学業成績の認証評価である。すなわち、これ は海外から流入する資格や学業成績と国内における伝統的な成績とを同等に認証評価するための 共通の評価基盤の整備の必要性が高まっているといえる。そして、これは各国共通の課題である と同時に、その整備は、各国における教育の国際化を推進するための一つの手段となっている。
この国境を越えて移動する生徒が取得する国際的な教育資格の一つが、 1968 年にヨーロッパを 中心に開発された国際バカロレア( International Baccalaureate 、以下: IB )である。 IB は、今
日世界 147 ヶ国の 4,562 校( 2016 年 12 月現在)において提供されている国際教育プログラム及
び大学入学資格である。この IB は、 4 つのプログラム
2があり、その中で大学入学資格の取得を 目的とする「 IB ディプロマ・プログラム」 ( IB Diploma Programme: IBDP )
3のカリキュラムは、
6 科目群と 3 要件によって構成されている。生徒は、グループ 1~6 の中から各 1 科目ずつ選択し、
2 年間履修することになっている。そして、 IB カリキュラムの特徴ともいえるものが、「課題論 文」( Extended Essay )、「知の理論」( Theory of Knowledge: TOK )と「創造性・活動・社会奉 仕」 ( Creativity, Action and Service: CAS )の IB の 3 要件(コア学習)が IB 資格の取得要件に なっている点である。これは、知識や学力だけではなく、教科外活動を通じて人間性を高めるこ とや TOK では 6 科目群で得た知識を学際的に応用し、生徒の主体的な学びを通じた深い学習を 促進することを目的としている。また IB は、現在において提供されており、そのプログラム数も、
開発された 1968 年から今日までの間に世界規模で拡大し続けており、 2011 年− 2016 年の 5 年間 の実績では、 44.2% ( 2,302 から 3,005 )の拡大率を示している
4。
このように、 IB 認定校の世界的な拡大は、その受け入れ国において、既存の教育制度と並行も
しくはそれを組み込むかたちで教育制度を整備し直す必要性を生じさせている。また、 IB が大学
入学資格としての側面をもっている以上、当該国および機関においては、その取得者を大学進学
の際に、どのようにその能力・スキルを認証評価し、受け入れを行なっていくのかという資格認 証及び能力評価基準の設定方法の策定が喫緊の課題となる。特に、 IB は 6 科目に加え、非認知的 な能力・スキルの育成を含む 3 要件(コア学習)によって構成されている。そのため、 IB を認証 評価する際に、この非認知的な能力・スキルの認証評価基準の設定が課題となるといえる。
本論文が事例とするイギリスでは、 2001 年以降、大学・カレッジ入学サービス機構( Universities
& Colleges Admissions Service 、以下: UCAS )が作成した UCAS タリフ( UCAS Tariff )と呼 ばれる全国統一資格ポイント換算表によって、数値的尺度の下に多様な資格の認証評価が可能と なっている。この UCAS タリフには、国内の資格のみならず、 2006 年より IB も含まれており、
その学習成果もポイント換算し、その他の資格(例えば、 A レベル)との同等性を確認すること ができるようになっている。これにより、例えばイギリス国内の高等学校において IB を取得し、
そのままイギリス国内の大学に進学するという、いわば「国境を越えない IB 取得生」がみられる ようになっている。
また、 2007 年には、国内における資格の多様化・複雑化に対応し、資格試験制度全体の水準の 維持と質保証を担う規制機関として、新たに「資格試験規制局」 ( The Office of Qualifications and Examinations Regulation 、以下: Ofqual )が設置されている。 Ofqual は、イギリス国内で提供 される資格の付与団体の適正を審査し、公的な認定を与えることで、資格試験制度の質保証と制 度の健全化を担う独立した規制機関である。 Ofqual は、これまで政府、大学、資格付与団体によ る自己規制が行なわれてきたイギリスの資格試験制度において、初めての独立した規制機関とし て設置され、制度全体の体系的な認証評価を行なう機関である。
このように、今日のイギリスでは、国内外からの資格の拡大に伴う多様化・国際化に対応し、
資格付与団体の適正の審査、認定、認証評価、選抜までを含めた、 「資格認証制度」 ( qualifications
recognition system )が構築されている。これにより、イギリスでは共通基盤の整備を通じた認
証評価制度の標準化( standardisation )が行なわれ、国内資格試験制度の多様化・国際化を促進 することが期待されている。
一方で、資格認証制度が構築されて以降のイギリスの資格試験制度では、近年 IB 認定校は減少 傾向にあり、それに代わる資格として、イギリス独自のバカロレア型資格が次々と開発・導入さ れており、 IB のローカル化ともいえる状況が生じている。これにより、本来グローバルな資格と して、特にエリート層を中心に提供されてきた IB がローカル化し、それをモデルとしたイギリス 独自のバカロレア型資格が拡大することで、大衆化に対応するかたちで、その他の階層の子ども も取得可能な資格へと変容する状況が見られている。
それでは、なぜ、イギリスではこのような IB のローカル化が生じているのだろうか。それを明
らかにするために、本論文では、近年イギリスにおいて構築された資格認証制度に着目し、それ
がどのような要因に基づいて構築されたのか、どのような構造や機能を有しているのか、そして なぜローカル化が生じているのかを明らかにする。それにより、新しい能力育成を含む IB をめぐ る資格認証制度の構築が、国内の伝統的な資格試験制度に与え得る影響に関して示唆を得ること ができる。
第
2
節 イ ギ リ ス を 取 り 上 げ る 意 義イギリスの資格試験制度は、 1700 年代中頃から主に職業教育分野を中心に構築され、 1950 年 代には、アカデミックな資格として GCE-A レベル( General Certificate of Education Advanced
Level 、以下: A レベル)が導入されている。それ以降、 A レベルは大学入学のための「黄金のス
タンダード」としての社会的地位を確立し、職業資格はそれよりも低位に位置づけられるという
「アカデミック - 職業ディバイド」が生じるようになった。しかし、その後の歴史の中で、資格試 験制度や A レベルの改革が繰り返し行なわれ、ディバイドの解消、「評価の平等」( parity of
esteem )、階層や出身校に左右されない公平な高等教育進学機会の提供が目指されてきた。
この資格試験制度改革の一つが、後の国際バカロレア機構の初代代表となるアレック・ピータ ーソンを代表とするオックスフォード大学教育学部による国際的なシックスフォームカレッジ構 想である。これは、当時 3 科目に限定された A レベルに、一般教育を加えることで、学習内容の 幅と深さを広げる提案がなされた。これは、結局実現することはなかったものの、この構想はそ の後 IB カリキュラムの基礎となった点からも、イギリスは IB の開発に大きく関わった国である といえる。
また、イギリスの資格試験制度においては、 2006 年に当時のブレア労働党政権による IB 拡大 政策により、国内における IB 認定校の大幅な拡大が、特に公的セクターにおいて見られた。これ により、国内の学校で IB を取得し、そのまま国内の大学に進学する生徒が増加したことで、 IB は新たな大学入学資格及び進学ルートの選択肢となった。
しかし、 2010 年の政権交代以降、当時の保守・自民党連立政権による公的セクターへの財政緊 縮策が発表されたことで、 IB 教育の提供が困難になり、近年イギリスにおける IB 認定校数は、
減少傾向にある。この IB 認定校の減少は、世界的にもイギリス特有の現象であり、この減少によ
ってイギリスの資格試験制度には何が残されたのかを検討することができる点で、本研究が明ら
かにしようとする IB 資格認証制度の構造と課題を検討する上で意義があるといえる。また、同時
に IB のローカル化が生じている点に着目し、資格認証制度の構築、枠組みや評価の標準化や規制
の強化の動きの中で、何が多様化を阻害し、ローカル化を促進する要因になっているのかを検討
する上で、イギリスはその先行事例であると考える。
第
3
節 先 行 研 究 の 検 討 と 本 研 究 の 位 置 づ け3-1
国 際 バ カ ロ レ ア 研 究 に お け る 本 研 究 の 位 置 づ けこれまで、 IB に関する先行研究は、数は多くはないものの、一定数の研究の蓄積を確認するこ とができる。 IB の開発・導入の背景やその後の歴史的変遷に関する研究(西村: 1989 、相良・岩 崎: 2007 、 Bunnell: 2008a, Resnik: 2012 )は、 IB が元来国境を越えて移動する子どもの教育の 接続性の問題を解消する目的で、小国を多く抱えるヨーロッパを中心に開発され、インターナシ ョナル・スクールや私立学校を中心に世界的に拡大し、その後国際教育を代表する教育プログラ ムとして、各国における教育の国際化を促進させる方法として、 IB が導入される事例等を明らか にしている。これらの先行研究は、本研究が着目する IB 資格認証の際に、 IB がこれまでどのよ うに発展していったのか、国際的な資格としてどのような特質を有しているのかを明らかにして いる点で示唆を得られるものといえる。
その他の IB 研究としては、カリキュラム内容(西村: 1989 、相良・岩崎: 2007 )、能力観(御 手洗: 2011 )、教科の評価方法(御手洗: 2011 )や IB の教育内容からそれが公教育にもたらす影 響を生徒の社会化の視点から分析を行なった研究(渡辺: 2014 )などがある。また、各国の学校 における IB の認知・実施状況に関する研究としては、アメリカ( Bunnell: 2009, 2011 )、イギリ ス(宮腰: 1995 、 Bunnell: 2008b, 2015 )、中国(黄: 2013 )、日本(渋谷: 2015 )などがある。
以上のように、これまでの IB に関する先行研究は、 IB 自体の開発背景、カリキュラムや評価 方法等に着目した研究やその受け入れ国における学校での認知・実施状況に関するミクロな研究 が中心であることが分かる。しかし、 IB の受け入れ国における公的な認証制度や大学入学者選抜 における IB 取得生の能力評価制度等の、よりマクロな制度研究については、 IB が大学入学資格 であり、その認証が受け入れ国共通の課題であるにも関わらず、管見の限り少ない。本論文の問 題意識と最も近い研究として、福田( 2015 )は、今後日本において増加が見込まれている IB 認 定校の卒業生を適切に評価するための大学入試改革の必要性について問題提起を行なっている。
しかし、福田( 2015 )の研究は、 IB の受け入れ国における資格試験制度の質保証(法整備、資格
の情報収集や資格の公的な認定)や能力評価基準の設定などを含む、資格認証制度を整備する必
要性までは言及していない。今後、 IB を受け入れる国において、資格・学習成果の多様化・国際
化に対応し、制度整備を行なう際に、その構造とそれが構築されることで、既存の資格試験制度
にどのような課題が生じるのか等について、本論文の成果を通じて示唆を得ることができる。
3-2
国 際 的 な 資 格 認 証 評 価 制 度 研 究 に お け る 本 研 究 の 位 置 づ けこれまで、国際的な資格認証評価に関する先行研究は、国内外において多くの研究の蓄積が存 在する。グリーンとヴィノールズ( 2012 )は、学生の国際的な流動性の高まりに伴う、多様な学 習背景をもつ学生の適切な選抜基準や制度整備の必要性を指摘している
5。これは、教育の国際化 の進展に伴い、 A 国の高校から B 国の大学に直接進学する留学生及び帰国生のもつ学業成績の適 切な評価基準の必要性を主張した研究である。グローバル化の進展に伴い、各国の大学において は、優秀な留学生の獲得・確保のために、英語でのコースやプログラムの拡充、外国語教員の採 用、現地での大学事務所設置等を通じた広報戦略などを進め、留学生への間口を広げている
6。し かし、留学生の受け入れは、多くの課題をもたらすこととなった。その一つに例えば、学歴詐称
(ディグリー・ミル)などの問題がある。大学においては、留学生の確保は量だけではなく、質 の確保も重要であるという考えから、外国成績・資格の適切な認証が必要となってきたのである
7。 これに関して、アメリカでは外国成績・資格の認証基準の必要性が叫ばれ、留学生受け入れ制度 の一環として、 「外国資格・資格評価制度」 ( Foreign Credential Evaluation System 、以下: FCE 制度)が開発・導入されている
8。これは主に民間主導で行われており、国家的な統一基準がある わけではないものの、外国で取得した教育資格や成績の有効性や真偽を確認することができるシ ステムである。しかし、日本においては、アメリカなどで整備されている FCE 制度などはなく、
留学生の受け入れ基準に関しては、日本学生支援機構による日本留学試験や日本語能力試験によ って判断がなされ、 FCE については具体的な政策のもとに取り組んだことがないことが指摘され ている
9。
しかし、これまでの先行研究は、こうした国際的な教育資格が留学生や帰国生が海外で取得し た資格であることを前提とした研究であった。そのため、 IB に代表されるように、国境を越えて 提供され、世界各国において IB 認定校が拡大している現状において、 IB を国内で取得し、その まま国内の大学への進学を希望する生徒の増加につながる可能性がある。従来、 IB は国境を越え て移動する生徒のための国際教育資格であったにも関わらず、世界的な拡大に伴い、その活用方 法も多様化していることが想定される。
また、イギリスの資格制度における評価について、柳田( 2004 )は、「評価」の過程がブラッ
クボックス化したままの選別型競争試験ばかりが社会において機能する状態を変える必要がある
とし、それを打開するためには、 「評価」及びそれを固定化したものである「資格」に関して、多
様な機関の間で「共通基盤の整備」、すなわちきめ細やかな「標準化」が不可欠となると述べてい
る
10。さらに、 「標準化」すれば、学習者が自らの到達度を明確な準拠に即して確認しつつ学習活
動を継続できる上、 「標準化」があって初めて外部の人間にもその公開情報の内容が明確な準拠に
即して理解できるようになるとしている
11。この点からも標準化された全国統一の共通基盤の整
備は、国内における資格試験制度の整備だけではなく、外部から入ってくる生徒にもより明確な 情報提供と理解が可能になるといえる。
さらに、柳田( 2004 )は、学習成果の評価判定のための「共通基盤の整備」は、経験学習や個 人学習の成果に対する評価を、いつどこで学んでも共通の基準で評価を受け、その評価が活用で きるように制度や手法を整備することであるとし、それが進められることは、平等かつ公正に能 力の評価を実施するための礎になることが期待されると記している
12。これは、 A レベルや IB 等 の資格の種類に関わりなく、共通の評価の基盤が整備されることで、それを国内の資格と同等に 評価し、大学での受け入れを可能にすることができるといえる。また、ギデンズ( 1998 )は、生 涯教育( lifelong education )の多様なプログラムと「教育の共通基準」( common standards of
education )を併せて政策推進すべきであると主張している
13。ここでギデンズのいう標準化は、
多様化と矛盾するものではなく、標準化は多様化の必要条件であるとも述べている
14。このよう に、柳田やギデンズによれば、学習成果の評価に関する共通基盤の整備や共通の基準の設定は、
多種多様な資格の平等かつ公正な評価を可能にし、多様化を実現することができるとしている。
しかし、今日のイギリスにおける資格認証制度の構築以降、バカロレア型の教育モデルのプロ グラムという新たな教育モデルをもたらし、 IB のローカル化ともいえる現象がみられている。そ の結果、先述のように、伝統的な資格が保持・保護され、制度自体が閉鎖的なものなるという問 題点や制度的な脆弱性も同時に併せもっていると考える。
そのため、評価の共通基盤を整備することで、資格試験制度の多様化・国際化が促進されると いうこれまでの先行研究を通じて示されてきた前提に対し、今日のイギリスにおける資格認証制 度の構築は、 IB 自体の減少やローカル化(伝統的な資格のバカロレア化)へとつながっている。
そこで、この資格認証制度の構造と機能を明らかにすることで、今日のイギリスの資格試験制度 のバカロレア化や IB のローカル化へとつながるメカニズムを解明し、新たな視点を提示すること ができると考えている。
第
4
節 研 究 課 題 と 研 究 の 分 析 枠 組 み4-1
研 究 課 題以上の点を踏まえ、本研究の課題として、以下の 4 点をあげることができる。
・ 資格認証制度の構築につながる内的・外的要因は何か?また、そのなかで IB はどのような位 置づけにあったのか?(第 1 章・第 2 章)
・ 資格認証制度の構造と各関係機関の機能は何か?どのようにして、枠組みの標準化と評価の
標準化が行なわれたのか?非国家的な資格としての IB はどのように認証評価されているの
か?(第 3 章)
・ 資格認証制度が構築されたことで、なぜ資格試験制度が多様化ではなく、ローカル化・画一 化の方向に進んでいるのか? IB の拡大は、どのようなかたちで評価の標準化につながったの か? IB のローカル化につながる要因は何か?(第 4 章)
・ 国内外からの多様な資格や教育プログラムを公的に認証評価し、制度の多様化・国際化を推 進するための資格認証制度とは、どのような制度なのか?近年、 IB 認定校の拡大を推進して いる日本の教育制度に対する示唆は何か?(終章)
以上のように、 IB はこれまでの伝統的な教育制度にはなかった数値化できない能力・スキル(コ ア学習)を含んでおり、その資格認証を通じて、国内資格・学習成果と同等に評価することが求 められている。この資格認証制度が構築されることにより、コア学習を通じて獲得された能力・
スキルの可視化が可能となり、大学入学者選抜の際に活用できるだけでなく、企業での採用にお いても活用することが可能になるといえる。多様な資格・学業成績の認証は、生涯学習社会へ向 けて今後益々重要な課題となっており、本研究を通じて、イギリスにおける資格認証制度の構造、
機能や課題を明らかにする(第 1 章、第 2 章、第 3 章)。
また、標準化の視点から資格認証制度を検討した場合、枠組みの標準化と評価の標準化が行な われ、多様な資格を平等かつ公正に認証評価することが期待される一方で、資格認証制度が構築 されることで、伝統的な資格が保持・保護され、 IB 等のグローバルな資格もローカル化される可 能性がある。本研究では、多様化を促進することが期待される資格認証制度が、実際には IB 資格 をローカル化させるメカニズムを解明することで、多様化を促進するための制度がどのような制 度なのかについて考察する(第 4 章及び終章)。
4-2
研 究 の 分 析 枠 組 み以上の研究課題に取り組むために、本研究では、まず資格認証制度の構築につながるイギリス の資格試験制度が抱える課題(内的な要因)と 21 世紀型コンピテンシーや IB 教育等で推進され ている非認知的能力・スキルの育成やグローバル・スタンダード等(外的要因)を析出する。
次に、その内的及び外的な要因を踏まえ、その資格認証制度の構造を明らかにする。その際、
本論文では、この資格認証制度の分析概念として、 「標準化」 ( standardisation )を導入する。柳
田( 2004 )は、 「資格」を開発すること自体が、標準を設定することであるため、 「標準化」とな
ると記している
15。また、多種多様な「資格」がすでに設定されていた場合、ばらばらに設定さ
れていた「資格」を整理統合し、必要に応じて共通化することで、効率や便宜を高めようとする
場合も「標準化」となる
16。さらに、 「資格制度」においても、後者の「標準化」によって、多種
多様な複数の学習機会に横断して、整合性のある接続が可能になりうるとされている
17。そのた
め、制度の標準化は、国内において多様化する資格群を整理し、スムーズな教育段階間の接続を
可能にしうると考える。
また、柳田( 2004 )は、「資格制度」と資格における「評価」との間に乖離が生じていること に着目し、「標準化」をさらに 2 つに分けて定義している
18。
A. 枠組みの標準化
国もしくは地域における「資格制度」を共通の枠組みとなるよう設定した上で、その枠 組みに整合するように「資格」を新たに設定もしくは整理・統合・再編すること。
B. 評価の標準化
「枠組みの標準化」を前提としつつも、各「資格」において共通の評価判定基準を明示 して設定し、その手続きに従い「評価」を実施すること。
この柳田( 2004 )による「枠組みの標準化」と「評価の標準化」という 2 つの標準化は、 イ ギリスの資格試験制度において、 IB を始めとする国内外からの資格の拡大に伴う多様化に対応す るかたちで構築された資格認証制度の構造と機能を捉える上で有効な分析概念であるため、本研 究においてもこの 2 つの分析概念を軸に分析を進める。
さらに、本研究ではイギリスにおいて IB 認定校が減少し、ローカル化している点に着目し、共 通の認証評価基準の設定が必ずしも多様化を促進しない可能性があるという新たな視点について 検証する。そこで、本研究では柳田( 2004 )によって設定された「枠組みの標準化」と「評価の 標準化」に加え、新たな分析概念として、 「規制強化」を加えることで、資格認証制度の構築がイ ギリスの伝統的な資格試験制度がバカロレア化や IB のローカル化のメカニズムへと進むメカニ ズムを明らかにすることができると考える。
以上のように、国境を越えて提供される国際的な教育や資格は、その受け入れ国における教育 制度をこれまで以上に多様化・複雑化させている。これに伴い、質の低い教育提供者の流入や海 外で取得した資格が国内の教育機関や企業で認められないことなどの新たな課題を提起している。
しかし、同時に新たな機会として、高等教育へのアクセス拡大、新たな人的資源や能力の開発な
どの可能性があると考える。こうした点は、グローバル化の潮流のなかで開発され、世界規模で
拡大し続けている IB の受け入れにおいても、同様の課題を提起するものと考える。そこで、本研
究では、この IB への公的な認定、既存の資格・学習成果と同等に評価可能な能力評価基準の設定
等を含む、 IB 資格認証制度の構造や機能を明らかにする。また、その資格認証制度が構築された
イギリスにおいて、今日 IB のローカル化が生じるメカニズムを解明することで、その制度自体の
もつ問題点や脆弱性について検討する。
図
1
研 究 の 分 析 枠 組 み第
5
節 仮 説 の 設 定
以上の点を踏まえ、本研究では以下のような仮説を設定し、本論文全体を通じて、これらの仮 説を検証する。
・ 一国内において、国内外からの資格や教育プログラムの多様化・国際化を促進するためには、
統一的な能力認証評価基準の設定、独立した規制機関や国内外の資格・教育プログラムの情 報収集・分析機関等を含む、資格認証制度の構築を通じた枠組みと評価の標準化が必要とな る。
・ 伝統的なアカデミック資格(特に、 A レベル)をベンチマークとする資格認証評価基準を含 む、規制強化に基づいた資格認証制度が構築された場合、資格試験制度の多様化は進まず、
国際的な教育資格のローカル化が進む可能性がある。
・ 後期中等教育段階における評価原理と大学アドミッションによる評価原理が異なる場合、伝 統的な資格優位の入学者選抜制度が維持される。
・ 国内における IB やバカロレア型資格の拡大は、従来の後期中等教育カリキュラムや大学準備 教育のあり方、評価の原理に変化をもたらし、評価の標準化が必要となる。
第
6
節 用 語 の 定 義 資 格 及 び 認 証 の 定 義「資格」の定義については、多くの先行研究において考察されてきたが、その確固たる定義は 存在しない。しかし、本研究が着目する小国を多く抱えるヨーロッパにおいて開発された IB やイ
内的要因
外的要因
資格 認証制 度 標準化
+
「規制強化」
多様化・国際化 開放
ローカル化 閉鎖
ギリスにおける資格をめぐる議論を包含するヨーロッパにおける欧州資格枠組み( European qualification framework 、以下: EQF )による定義は、一国内における資格のレベルの透明性と それを比較可能なかたちにするために、欧州域内の多くの国によって参考にされている
19。 EQF による資格の定義は、 「与えられた水準に対する学習成果を達成した個人が法的に認められた機関 によって認定される際に通用する、評価と妥当性を確認するプロセスの公式な結果」とされてい る。しかし、この定義のもとでは説明ができないほど、資格に関する理解は非常に多岐にわたっ ている。一方で「資格」という用語は、しばしば職業訓練の概念と関連しており、資格をもつ労 働者は、特定の職業に就くことができる。他方で、 「資格」の概念は「認証」 ( certification )と関 連しており、この場合、個人は到達したコンピテンス・レベルの公的な認証を受けていることを 意味する
20。
また、資格は各国において多様であるが、一般的には以下の 5 つの要素を含んでいる
21。まず 1 つ目が「学習」 ( learning )である。これは、資格の基礎であり、個々の学習は学校のカリキュラ ムもしくは職業、個人および社会的な活動を通じて習得できる。 2 つ目が「評価」( assessment ) である。これは、ラーニング・アウトカムやコンピテンスの水準などの基準に対して、個々の知 識、スキルやより広いコンピテンスを判定することを意味する。 3 つ目が「妥当性の確認」
( validation )である。これは、個々の学習が規定の基準(水準)に到達しているか、妥当な評
価過程を通じて評価されているかなどの、評価結果を承認することである。すなわち、ここで評 価された学習成果は、質の保証がされており、信用に値するものであることを意味する。 4 つ目 は「認証」 ( certification )である。これは、個々の学習が妥当であることを記録することである。
資格や証明書は一般的に、公的に認められた機関によって提供され、労働市場や継続的な教育や 訓練などの領域における個人の価値に公式な認知を与えるものである。そして 5 つ目が「認知」
である。これは、上記の 4 つの段階に続くものであり、第三者機関が新たな仕事、高収入、社会 的な地位への発展を提供する際に、個人が有する資格を利用することである。
本研究では、国際的な学生の移動に伴う国際的な資格(大学入学資格)が一つの国(イギリス)
に入ってくる過程で、それらを認証するプロセスと制度に焦点をあてるため、上記の資格の認証 プロセスにおける 4 つ目の要素にあたる。すなわち、イギリスに入ってくる IB 取得者を認める ために、それを政府、 Ofqual や UCAS 等の公的に認められた機関によって、個人の価値として 国内の資格と同等に認証するための制度の現状、影響や課題について検討する。
「認証」( recognition )の定義についても、これまで多くの先行研究において考察されてきた
が、その確固たる定義は存在しない。 OECD 編( 2011 )は、 「認証」 ( recognition )とは、人が見
聞きしたことを覚えているということであり、 「認識」と訳されることが多い一方、国や組織が意
味上の主語である場合、真価を正しく評価すること、国の承認、表彰などを表すため、主として
国や正規の教育機関が非公式な学びに対して行なう行為を指していると定義している
22。本研究 では、海外で開発され、受け入れ国にとっては非公式的な学び(資格)である IB に対して、国や 正規の組織公の主体が評価し、承認を与えるという意味において、認識ではなく後者の意味を含 めて「認証」を用いることとする。
また、「認証プロセス」の定義と範囲については、 OECD 編( 2011 )によるノンフォーマル・
インフォーマル学習の成果認証プロセスを参考にする。この OECD によるノンフォーマル・イン フォーマル学習の成果も、これまでの公教育において評価されてこなかった数値化できない能 力・スキルを含む学習成果認証であるため、 IB のコア学習を通じて能力・スキルの認証プロセス にも通じる点が多いといえる。
OECD 編によれば、認証プロセスには、 5 つの段階があるとしている
23。すなわち、①特定、
②評価(測定)、③妥当性検証、④認定、そして⑤社会的認証である。この点から、資格認証制度 を構築するためのプロセスの範囲については、当該資格に関する情報の収集( UK-NARIC )、第 三者機関による評価( Ofqual )、同レベルの資格との比較検討を通じた妥当性の検証( UCAS )、
公的な認定( Ofqual 及び UCAS )、資格同等性比較表等の能力評価基準の設定から大学入学者選 抜における活用( UCAS 及び各大学アドミッション・オフィス)までを含む範囲とする。
また、本論文において資格認証制度の新たな分析概念として、「規制」( regulation )を用いる が、この規制の定義については、これまでの先行研究の中で用いられることが少なく、明確な定 義は存在しない。三省堂大辞林によれば、 「規制」とは、 「規則に従って物事を制限すること」
24と いう意味が記されている。または、 「規律を保つために制限すること」
25という意味がある。一方、
規制の類語として、 「統制」がある。統制は、英語では Control であり、その意味は「政府の力で 言論・経済活動などに制限を加えること」
26となっている。物事を制限する点では、 「規制」及び
「統制」は共通性があるものの、 「統制」には、その意味上では「規則や基準」等がない。本研究 が着目するイギリスにおける資格認証制度は、 Ofqual による認証基準、資格規制枠組み、認証に 関する一般条件や質保証コード、 UCAS による UCAS タリフ、規制資格枠組み( RQF )等、基 準や枠組みの設定を通じて、新規参入を目指す資格やその付与団体の活動を審査し、認証評価を 行なっているため、本研究では「規制」を用いることとする。
第
7
節 研 究 方 法研究方法については、文献研究と現地調査研究に分けられる。
文献研究については、主に教育白書、緑書、法規、戦略計画、各種報告書、国会議事録、統計
データ等の政策文書及び関係機関・組織の刊行物、日本及びイギリスにおける主要な学会誌(ジ
ャーナル)掲載論文や著書、民間のシンクタンクによる報告書、各関係機関のウェブサイトから
得られる情報等を収集・分析し、イギリスにおける資格試験制度改革の変遷や資格認証制度に関 わる機関の成立過程について、その背景や政策的意図、諸問題について分析を行なう。
また、国内における IB の普及・拡大に伴う資格試験制度の多様化・国際化に対応するための新 たな資格認証制度が構築されるに至った背景やその構造や機能について、全国学術認証情報セン
ター( UK-NARIC )や資格試験規制局( Ofqual )などの資格認証制度に関連する関係機関から出
されている政策文書や年次報告書等の刊行物を分析の対象とする。 Ofqual は、イギリスにおける IB の公的な認証のみならず、政府からの委託を受け、現行の資格試験制度改革を推進する独立機 関であり、制度全体の規制基準を決定する中心機関として、 IB 資格認証制度の構造と機能を検討 する上で、その報告書等を分析する必要性が高いといえる。
次に、現地調査研究について、本研究では、第1章、第 2 章と第 3 章で明らかにした制度・政 策レベルにおける IB 資格認証制度が構築された後に、実際にそれに伴って大学入学者選抜におい て、どのようにしてその能力認証基準が活用されているのか、またそこで生じている課題等につ いて、 3 回の現地調査で計 13 大学の中央アドミッション・オフィス( central admissions office ) の担当者へのインタビューを行なった。
まず、予備調査として、 2013 年 12 月にイギリスの 4 大学への現地インタビュー調査を実施し た。次に、予備調査での反省点や調査項目の再検討を踏まえ、次の 3 つのリサーチ・クエスチョ ンを設定した。すなわち、①資格試験制度改革が繰り返し行なわれてきた背景について、②現行 の制度の管理運営について、③イギリスの高大接続が抱える課題についてである。これを、さら に大学入学資格としての IB について、 UCAS タリフの活用について、大学アドミッション機能 の中央集権化について等、 7 つの質問項目に細分化し、本調査( 2014 年 1 月− 8 月及び 2015 年 11 月)において、 9 大学のアドミッション・オフィサーに対して半構造化インタビュー( semi structured interview )を実施している。
第
8
節 本 論 文 の 構 成第1章では、 IB を受け入れる土台としてのイギリスの資格試験制度がどのように成立し、今日 までどのように変遷してきたのか、どのような改革が繰り返されてきたのか、そして A レベルの 課題とは何かについて考察し、これまでの伝統的な制度の特質と課題等の資格認証制度構築へと 向かう内的な要因を明らかにする。
第 2 章では、 IB のどの特質がイギリスの資格試験制度の中で注目され、導入されようとしてい
たのかをカリキュラムレベルで分析を行なう。また、グローバルレベルで規定されていく 21 世紀
型コンピテンシーや IB が育成しようとする能力・スキルとは何かを明らかにする。その際、イギ
リスの伝統的な資格である A レベルとの比較を通じて、現行の資格認証制度構築へとつながる外
的な要因を明らかにする。
第 3 章では、第1章と第 2 章において明らかにした資格認証制度の構築を促進する内的・外的 な要因を踏まえ、近年イギリスにおいて構築された資格認証制度の構造、各関係機関の機能とそ れぞれの関係性や課題を明らかにし、それがこれまでの資格試験制度の課題であった、 A レベル 優位の制度を解消し、国内外からの多種多様な資格の公的な認証する制度として、どのように枠 組みの標準化と評価の標準化、そして規制強化が進められたのかについて検討する。
第 4 章では、第 3 章において明らかになった資格認証制度が構築された後に、イギリスにおい て生じている新たな現象として、大学独自の資格認証基準の設定、 IB のローカル化(バカロレア 型資格の普及・拡大)や現行の A レベル改革におけるコア学習の導入等について考察し、なぜ多 様化や国際化を推進することを目的として構築された資格認証制度が、 IB のローカル化や伝統的 な資格のバカロレア化へと進んでいるのかを明らかにする。
終章では、これまでの分析を踏まえ、特に枠組みの標準化、評価の標準化、そして規制強化が
それぞれどのように推進され、どこで齟齬が生じているのかを明らかにすることで、制度自体が
ローカル化への向かうメカニズムを明らかにする。さらに、日本における国内外からの資格・教
育プログラムの認証評価制度の整備への示唆や今後の課題について言及する。
図
2
本 論 文 の 構 成 図序章 研究 目的、 問題の 所在、 先行研 究の分 析と研 究方法 等
第 1 章 イ ギ リ ス の 資 格 試 験 制 度 の 歴 史的 な変遷
・ 「黄金のスタンダード」としての A レ ベルの存在
・ コア学習導入の試みと失敗
・ 資格認証制度への内的促進要因の析出
第 2 章 IB の特 質の把 握
・ 資格認証制度への外的促進要因 の析出
・ A レベルと IB の比較検討
・ 能力観やカリキュラム構造、評 価方法等
・ コア学習を通じてどのような能 力育成が意図されているのか?
第 3 章 資格 認証制 度の構 築
・ 多様な資格の質保証のために向けた 2009 年 ASCL 法制定
・ 資格枠組み( RQF )による多様な資格レベルの把握
・ 多様な資格情報の収集・分析における UK-NARIC の機能
・ 新たな資格の認証を担う資格試験統制局( Ofqual )の設置
・ UCAS による全国統一資格認証基準の設定
第 4 章 資格 認証制 度の新た な方向 性(制 度構築 によ る影響)
・ 大学独自の資格評価基準の設定−能力評価をめぐるデュアルスタンダード−
・ IB のローカル化(バカロレア型教育モデルのプログラムの開発・導入)
・ 新たな A レベル改革の方向性−コア学習を含めたカリキュラム導入に向けて−
終章 総括 と今後 の課題
・ 枠組みや評価の標準化、規制強化がローカル化へとつながるメカニズム
・ 日本への示唆と今後の課題
1
本論文では、特に明記しない限り、イングランドを指す。
2
IB は、 「初等教育プログラム」 ( PYP )、 「中等教育プログラム」 ( MYP )、 「ディプロマ・プログ ラム」( DP )、「 IB キャリア関連プログラム」( IBCP )の 4 つのプログラムが提供されている。
3
本論文では、 IBDP を IB と示すこととする。
4
国際バカロレア機構ウェブサイト、 http://www.ibo.org/about-the-ib/facts-and-figures/ ( 2016 年 12 月 29 日付確認)
5
Green. F. and Vignoles, A. (2012) An empirical method for deriving grade equivalence for university entrance qualifications: an application to A levels and the International Baccalaureate, Oxford Review of Education, Vol.38, No.4
6
アルトバック・ P.G. 天野郁夫訳( 2006 )「高等教育の国際化−動機と現実」、『 IDE 現代の高等 教育』、 No.482, pp. 8-16
7
太田浩( 2007 ) 「米国における外国成績・資格評価( Foreign/International Credential Evaluation ) システム」、『高等教育における外国成績・資格評価システムの国際比較研究』、 p.35
8
同上
9
同上、 p.40
10
柳田雅明( 2004 )、前掲、 p.8: 18-24
11
同上、 p.8: 24-27
12
同上、 p.4: 12-19
13
Giddens, A. (1998) The Third Way: The Renewal of Social Democracy, Cambridge: Policy Press, p.125 、柳田雅明( 2004 )、前掲、 p.13
14
Ibid., p.125
15
柳田雅明( 2004 )「イギリスにおける「資格制度」の研究」、多賀出版、 p.8: 9-10
16
同上、 p.8: 10-13
17
同上、 p.8: 14-17
18
同上、 p.9
19
CEDEFOP (2010) Changing Qualifications A review of qualifications policies and practices, Cedefop Reference Series; 84, Publication Office of the European Union, Luxembourg, p.15
20
Ibid., p.15
21
Ibid., p.15
22
OECD 編、山形大学教育企画室監訳、松田岳士訳( 2011 )「学習成果の認証と評価−働くため の知識・スキル・能力の可視化」、明石書店、 p.6
23
同上、 pp . 59-60
24
三省堂大辞林、 https://kotobank.jp/word/%E8%A6%8F%E5%88%B6-473964 ( 2017 年 1 月 9 日付確認)
25
https://www.google.co.jp/#q=%E8%A6%8F%E5%88%B6+%E6%84%8F%E5%91%B3 ( 2017 年 1 月 7 日付確認)
26
三省堂大辞林、
https://kotobank.jp/word/%E7%B5%B1%E5%88%B6-580720#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3
.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.89 2017 1 9
第 1 章 イギリスの資格試験制度と A レベルの重要性
本章では、本論文が着目する IB を受け入れる土台としてのイギリスの資格試験制度がどのよう に成立し、これまで発展してきたのかについて検討する。イギリスの資格試験制度では、伝統的 に GCE-A レベル( General Certificate of Education A-Level 、以下: A レベル)が大学入学資格 の「黄金のスタンダード」( the golden standard )として広く認知されてきた。しかし、同時に これまでその A レベルを改革しようとする試みも繰り返されてきた。そこで、本章ではなぜ A レ ベル改革が繰り返されてきたのか、 A レベルが抱える課題は何か、なぜ改革が進まないのか、そ して、その制度の中で IB はどのような位置づけにあるのかを明らかにする。
第
1
節 イ ギ リ ス の 資 格 試 験 制 度 の 成 立 とA
レ ベ ル の 課 題イギリスの資格試験制度の歴史は、 1700 年代中頃まで遡ることができる。当時、民間の公益法 人であった技芸協会( Royal Society of Arts, Manufactures and Commerce 、以下: RSA )が 1756 年に創設された
1。この RSA は、その後の 1851 年にロンドンで行われた万国博覧会を機に大陸 の出品者の技術水準がイギリスの産業に追いつきつつあることを懸念し、緊急に科学・教育制度 の整備が必要であることを提唱した
2。これを契機に当時の科学技術局を中心に技術教育振興策が 提案・実施されることとなった
3。そして、 1854 年には最初の筆記試験による資格試験が開始さ れたのである
4。この RSA は、協会名に Royal を冠しているが、あくまでも民間の機関であり、
技芸、製造業および商業を奨励振興することを目的とした公益団体である
5。この点からイギリス の資格試験制度が、民間主導による職業資格の導入に端を発していることが分かる。
一方で 1949 年には、 18 歳時に取得する A レベルが、後期中等教育修了水準で大学(高等教育)
の入学基礎要件となる「資格」として登場した
6。イギリスでは、 1960 年代以降、モダン・スク ールとテクニカル・スクールのほとんどが、総合制中等学校( Comprehensive School )に改組さ れたが、一方で多くのグラマー・スクールは引き続き残存した。その理由として、グラマー・ス クールで勉学することで「黄金のスタンダード」である A レベルを取得することが良いことだと いう信念があったからである
7。このように A レベルは、アカデミックな資格
8として、価値の高 いものと考えられてきたのである。
A レベルは、これまで度重なる改革の試みがあったにも関わらず、本質的な改革には至ってい
ない。その背景には、 A レベルの主要なステークホルダーである「大学」、「学校」と「資格付与
団体」という存在がある。 A レベルの開発・導入には、 1951 年当初から大学試験委員会( university
examining board )が深く関与しており、その関心はイギリスの教育水準の維持と 3 年間の学士 課程の質を保証することに重きが置かれていた
9。また、 A レベルに対応する職業資格が存在しな かった点も A レベルの信頼性を高め、それを取得することで大学進学や雇用機会へとつながる資 格として、広く認識されるようになったのである
10。
また、 A レベルで履修する科目選択は、基本的には常に任意によるものであり、個人の志向に よるものであった。しかし、同時に伝統的には大学が提示する入学要件( entry requirements ) に大きく影響されており
11、生徒は希望する大学の入学要件を基に A レベルで履修する科目を選 択している。そのため、実質的には自由な科目選択ができているとはいえない。ここにも A レベ ルが本質的に変わらない要因として、大学の存在が大きく影響していることが分かる。このよう に、 A レベルは伝統的に大学が求める人材を育成するための準備教育として位置づけられ、そこ に例えば学際的なカリキュラムや必修科目などの導入が議論される余地はなかったといえる。
A レベルのもう一つの特徴として、それが早期の専門化を奨励し、後期中等教育カリキュラム として幅( breadth )が狭いという点があげられる。 A レベルは、通常 3 科目を選択し、その成績 で大学へ進学するのだが、 16 歳の段階で文系と理系に分かれてしまうことが、度々批判されるこ とがあったのである。この問題は、 A レベルが導入された直後から指摘されていた問題であり、
当時の教育省もこの問題を解決するため、 A レベルが導入されてからわずか 5 年にあたる 1956 年にクラウザー委員会( Crowther Committee )を設置し、改革案の検討がなされている。そこ では、 1980 年までに 17 歳時点での後期中等教育の就学率を 50 %にするという目標が設定され、
それを達成するために、 A レベル取得に必要な学力レベルに到達していない生徒に対応するため のジュニア・カレッジを設立し、そこではより幅広いカリキュラムを提供することで、幅広い学 力レベルの生徒に対応したシステムの提案がなされていた
12。
しかし、その後の 1959 年に出された「クラウザー報告」( Crowther report )では、「 A レベル における早期の専門化が望ましいものなのか、避けられないものなのかという議論よりも、それ がいつ始まるかが問題なのである」
13と記している。これは、つまりクラウザー報告が早期の専 門化を前提としており、 16 歳時点において大学での学びを想定した科目選択を奨励する、「科目 志向」 ( subject-mindedness )を推進する内容であったのである
14。こうしてクラウザー報告によ って示された科目志向の考え方は、実証的な根拠がないままに広く受け入れられ
15、 A レベルは 大学進学に必要な知識を身につけるためのアカデミックな資格としての地位を確立していったの である。
このクラウザー報告を批判し、 A レベル改革の代替案を示したのがアレック・ピーターソン
( Alec. D.C. Peterson )である。後に国際バカロレア( IB )機構初代代表となるピーターソンは、
この当時、オックスフォード大学教育学部長に任命され、このクラウザー報告による科目志向の
概念には目に見える根拠がないことを証明しようと試みていた。ピーターソンは、グルベンキア
ン財団( Gulbenkian Foundation )からの研究資金を得て、シックス・フォームにおける科目選
択に関する問題に着目した実証的な研究を進めたのである
16。この研究成果は、クラウザー報告 が出された翌年の 1960 年に、 「シックス・フォームにおける人文と科学的側面」 ( Arts and Science
Sides in the Sixth Form )と題した報告書としてまとめられている。この報告書の中で、ピータ
ーソンは、 A レベルの科目選択は、多くの場合、大学の入学要件によって規定されており、もし 生徒が科目選択の自由が与えられた場合、生徒は自らの学術的な興味関心に沿ったより幅広い科 目選択をすることを実証的に明らかにしたのである
17。その後、ピーターソンは、より幅広いカ リキュラムを奨励するために、 4 科目を履修する新たな A レベルを提案している
18。この新たな A レベルは、一定の注目を集めたものの、実際にはそれを実践する場としての学校やその後の進学 先としての大学からの支持を得ることができず、結局実現には至らなかったのである
19。ここで も、イギリスにおける A レベルがアカデミックな資格として、黄金のスタンダードという地位に あり、それが大学や学校によって支えられているといえる。
以上のように、 A レベルは導入されて以降、後期中等教育段階において、 3 科目に絞った科目 の選択と集中というアプローチによって、大学での学習に向けた準備教育とエリート養成といっ た目的があった。しかし、これは早期の専門化として問題とされ、大学入学までは幅広い学習内 容を生徒に提供する必要性が主張されたのである。その A レベルに対する批判と改革案を示して いたのが、後の IB カリキュラムの開発に大きく貢献することとなるピーターソンであった点は、
注目すべき点である。このピーターソンによる改革案は、当時の A レベル優位の資格試験制度に は受け入れられることはなかったものの、 A レベルの課題とその解消に向けた改革は、その後も 繰り返し行なわれていくことになる。次節では、クラウザー報告以降における A レベル改革の試 みと資格試験制度の変遷を概観し、そこで浮上する新たな課題を明らかにする。
第