ピンチ ョ ン にお ける ポス トモ ダ ニ ズム のカウンタ ー フ ォ ー ス
村 上 恭 子
( 平成9 年1 0月15 日受理)
要 旨
ポ
ス
トモ
ダン
の時 代は, 規 範, 言説, 象 徴, 記 号, コ ー ド とい
った社 会 を 作る諸々
の文 化 装 置が,これ まで のように確 固と し た指示作用を せず, そ
の
人為 的 構築 物と して の側 面が意識 され る ようになっ た時代だ。 本 論では, ポス
トモ
ダニズム の旗手 T ho m a s P ym cho
n の代 表作G r a vity 's R ainbo w を 中心 に, 人為 的 構 築物と して の西欧 近 代 文化, 特に諸規 範 を生 み出した権 力 作 用につい
て考 察 する。 諸規 範 を 作る ̀T hey'
シ
ス
テム の価 値体 系 払 テ クノロジ ー , 産業 資 本 主義, キ リス
ト教 的 道 徳が 一 体 化 した 理念に収 赦 され る。 それは イデオロ ギー の網の目 に よっ て構 造 主義 的に人 間の思 考に影 響 を与 えてお り, 人
々
は 必然 的, 普遍的 なものと して こうし た価 値 体 系を受 けと めて いる。 し か し, ポス
トモ
ダニズム的意 識か ら文化 装 置 を再 考 する時, その 一 義 的 拘 束性, 人工性, 窓 意 性, 他 律 性 などの弊害 が露呈さ れる。 Pync
bo n は実験 的手法 を 駆使して, 文 化 装置に様々
な揺 さぶ りをかけ, 脱 構 築 するこ とで, こうし た弊 害か らの脱 出方 法 を 読者に提示 してい
る。 拙 論では, こ の過 程 も 考察 することで,文化のあるべき 姿につ い て検討してみ る。
キ ー ワ ー ド
ポ
ス
トモ
ダニズム, 西欧近 代 文化, 規 範, 人為 性, 合理性, 拘 束 性,I
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によ る と, ポス トモダニ ズム の第 一 の関心事は 「私 た ちの生活 様式の 支配的特 徴の幾つ
か を異質化 ( 非自 然化) するこ とにあ り, 私 た ちが深 く考えずに く自然 な もの) として経 験し ている様
々
な現存 物( 資 本主義, 父権制 度, リベ
ラル ・ ヒ ュ ー マ ニ ズムな ど も含む) は, (文 化 的 な もの) ‑ ‑ 一私 た ちに与 え ら れ た ものでな く, 私 た ち が作っ た もの‑・⊥ ‑ であ る」
1)
という事実 を表 現 す ること にあ る。 モダニズムにおいて伝 統的 な価値 体
系の絶対的意味 は崩れ 去 っ た。 その廃嘘の上
に立
つ
ポストモダニ ズム の時代にあっ て, 私 た ち は社 会を支配する諸規範や意味秩序を常 に 人為 的構築 物とし て眺め, そうしたものを 生 み出す 背後の原理や力の性質を意 識せざる を え なく なっ たのであ る。 過 去 の多くの神 話 に見 られ る 聖 な る もの の論理で は, 意味 や諸 規範は人 間 的次元 を 超 越 した何らかの企 図の 産物とし て捉 え られ, 意味 を作り 出す象 徴 的 場は社 会や 人 間の外 側に措定 さ れていた。 そのため現 実 と神 話 が 語 る事実の間に隔 た り が あっ ても, 超越 神が そうした 隔 た り を隠蔽 す
産 業 情 報 学 科
るカをもっていた。 しかし現代においては,
「聖 な るも′の」 はすでに非神秘 化さ れ, 理性と科 学に置 き換えられて いる。 人間の生存の条件 は科 学の発 達に よっ て相対 化さ れ, 死す
べ
き 人 間の限界は無限 に消失しつ つ
あ る。 こうして近 代のあ ら ゆ る 言 説 は先験 的に存在するこ と が 認識論 的に拒 否さ れ る ようにな り, その 非合理性 や 悉 意性, 拘 束性ばかり が 目立
つ
よ うになってき たのだ。 超越 神で はな く, 人 間 が 文化 規範を作り, 社会を差 異化し て・き たの であ れば, な ぜ特 定の言 説 が規範と さ れ, 他 は位 階的に下位に属する ものとして差別 さ れ るのか。一 切の他 律 的, 悉意的, 不透明 な 言 説を その根源から 見直し, 諸 規範を 生 み 出 し た権 力作 用を分析 すること, そし て万 人 に納 得できる透明 な意 味秩 序を模 索すること が ポ
ス
トモダン の主 要関心事と なったのであ る。 ポス トモダ ニ ズム 文学 の旗手 T bo m a s
P ym
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も 例 外で は ない。 T he
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t4 9 (1 9 6 6) に 登場 する Oe
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という秘 密 組 織を探 求 する過程で, 普段 は ご く自 然で当た り前の こと とし て受け と めてき た多くの常識が 通用しない 一 連の体 験をすること と な り, そ れ を契 機に ア メリカの 正統 的文化 規 範の意 味を根本から問い直さ ざる を え な く なっ た。 次作G y;
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)(1 9 7 3) では 文 化規範の再考というテ ー マは, 人類 史全 体から眺め た 西欧近代文 化 という 一 層広範な射 程で追 求さ れている。 登場人物は 第二次 大戦の時代に 生きな が ら, 紛れもな く ポ
ス
トモ
ダニズム の落 とし子であ り, 聖 なる論理 に慰め を 見いだすこと‑tま でき ない。 主 人 公 Ty
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p が追求するIm
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G は,神話 原型とし て重 要 な役を担 う 「聖杯」 に見 え な が ら, 決し て本物の聖杯に はな り え ない。 ポ
ス
トモダニズム の聖杯は メチル ・ メタクリル樹 脂 という 化学合成物質で でき たレプリカ なのであ る。
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ス
マス
の晩祷はた だ 虚 ろに響き,
「偽 物の幼子 も, 王国の誕 生 も告 げず,
こ の恐 ろしい夜に暖を 与 え た り, 灯 を と も す
ことすらしない。」 2)
人は「自分 一 人で暗 闇の中 に歩んで行く道を創ら な ければな ら ない ので あ る。」
こ のような作 者の試みは最 初から 困難な障 害に取り囲ま れ た ものであ る。 小 説 冒頭の描 写 には, その点を意識する作 者の思いが 小 説 世 界と重ね合わせ て暗示 さ れて いる。 こ の箇 所で大 空 を よぎる"
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トの 飛来音であ る が, 「その昔を何と 比較した ら よい のかわから ない。 (3)」 疎開が続いている が,
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て芝居の出来 事のようだ。」 暗闇の中, 落下する ガ ラス によっ て「目 に 見 えぬ大 崩壊」が起き ようとし ている, という描写 が あ る。
ここで ロ ン ドンを襲 撃する V2 ロ ケ
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ト と そ れ が引き起こす 大崩 壊は, 西欧文 化の伝 統 的 言 説 を解 体しようとする作 者の行 為 を表し ている と も解 釈でき るのであ る。 小説世界も 西欧 文化 も,作られ たものという点では,
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の次元 に属する。 その伝 統や 規 範を 再考する に は, 同 じ ように伝 統 的記号論理 に属する.リ アリズム手法を道 具にすること はできない。
キ リコ は 「風景画家」 と 題する絵において, 風景を リアリズム手 法でキャ ン バ ス に描き,
自然の再 現 を め ざす 従来の芸術理論を 風刺し た。 現代においては自然を指示でき る という 考え は 幻想に 過ぎず, 自然, 歴史, 権 力とい っ た伝 統的観 念はす
べ
て最終的 な指示 対象を喪 失し, 意味 作用を な さ な く なっ たのであ る。このような 西欧 経験の亀裂がこ の絵の中に示 されて いるのだ が, A
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に よ る と「風景画家」 は, 歴 史 的 な もの の指示 対象の 拒 否, 社会 的な もの の現実 原則の拒 否, 弁償 法 的 な もの の拒否 という三
つ
の拒否によって,現実 を 再現 する伝統 的 手 法 を批 判し てい ると
いう。 3)
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も本作晶におい て同様の戦略 を 用い て いる と 思 わ れるのだ。 と り わ け 顕著 な拒否の姿勢は, 文 化 的 ‑ ゲモ
ニ ー で上 位の 規範と さ れる合理 的 思考に向け られている。 パー トⅠの扉を飾るのは神 秘 的 思想家 V
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の言葉だ。 「 ‑ ‑ ・料率がこれ まで教えてく れ たことや, これからも 教えてく れ る
ことのす
べ
てに よっ て, 死後 も魂は 生 き続け ら れ る という 私の信 念は 一 層 強 まっ た」 と 霊の不滅性を彼は述
べ
て いる。 こ の言葉を実証 するかのように, 作 中の降霊会の場では 死者 は 霊媒を通し て生者と交 信をする。 ま た実業 家Lyle
Bla n
d は時空間を自在に往 復し, や が て死者の住む世界 ‑ 神 秘 的な 旅立 ち をするの だ。 Bla n
d は特 異な体 験に よ り, 地球が 生物で あ ることに気づ いた が, 作品では無機 物は 生 物と 同じ属性を持っ ている。 例えば 「無数の 煙 突は恥も な く息をし て楯び ‑つ
らい, その た め黄色い太 陽は身もだ えする。 (2 6)」
「霧が 心 地 よ く た ちこめ る 日々
, 金 属の生 き物は 孤 独にパ ントマイム をした り, 分子 と戯れ た り し て過 ごし ている(2 5 7)」 とい った 調 子 だ。 さ ら に作品 に は, 他人の空想に入 り 込 む という 奇怪な能 力をもつ
人間まで登場 する。 だ が合 理的論理 ‑ の最 大の挑 戦は, 事 実 関係を混 乱 させる 矛盾した内容の描写 に あ る ように思 わ れ る。 B ria n
Mc
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も指摘し ている が, 作 中の エ ピ ソ ー ドの幾
つ
かは後になってその信潜 性が否定さ れ, 逆に最初は非現 実 的であった事柄が後で現 実味を帯び ること がある。
4 )特に Sl
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p がロ ンドンで結ん だ性 的 関係を 示す 地図は, 因果 律に反 する現象と して作 中で重 要な役を果たし ている が, この地図に付け ら れ た印は信頼のお け ないものだ と後に判明す るのであ る。例 え ば 彼が女 友達Da r
le n e
と未亡 人Qu o a
d と 一 緒に お茶を飲む場面 は, 具体 的 イメ ー ジに溢 れていて, 確固 とした事 実のよ うに読者の目 に は映る。 ところ がずっ と後に なっ て登琴する探偵はこれ が嘘だ と証言する。地 図に書かれ た 名前と対 応 す る 人が見
つ
から ないケ ー スが他にも数 多く あ る という。 そう な る と 「彼 が 関係した女の大半が現 実の存在で はなく, 彼のセ
ッ
クス
の妄 想だ という可能 性ナら 出てく るのであ る。 (2 7 2)」他にも′J、説 に は登 場 人 物の空想, 妄 想, 創作シナ リオといっ た類のものが頻 出するが, そ れ ら と事実
との明確 な区別がなさ れて いない。 Sl
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p のあ る朝の目覚めの場面(3 9 2 ‑9 3)が その好 例 だ。 こ こで彼は映 画の フ エ イ ドイ ンとフ エ イ ドアウ トの場面 を夢見 な が ら, 睡 眠 と覚醒の 次元 を往 復する。 彼がいる部屋 は映画のセッ
トで, カメラの精密レ ンズ に合わ せて部屋の 内部は遠くに いくほど 小 さ.く作ら れて いる。
こ の時彼に は注 射さ れ たア ミタルナ トリ ウム 剤の影響が ま だ残っ て いた。 夢, 覚醒, 想 像,
ドラ
ッ
グの影 響, 映画の虚 構装置と, こ こに は様々
な次元の内容が混 然とし ている。 彼の Im
ipo
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G探 求に象徴さ れ る真実の追求では,その情報 源とし て誰しも似た ように 不合理 な 情報に頼っ ているのだ, と作 者は解 説 すら 加
えている。
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G の開発 者にし て, ドイツ近代 化 学産業の重要 人物とし て登場 するDr
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fの存 在につ
いても最後に疑 問が投 げか け ら れてい る。「D
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f な んて人物は存 在し な かっ た (7 3 8)」
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p の作ったフ ィクシ ョ ンなの だ と。 合理的な論理思 考に基づ いて作品解釈 を行おうとする読者に とって, これほど 戸惑 わ さ れ ること は ない。 パブロ フを信奉 する行 動主義精 神医学者Po
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p の 因果 律に反する 不 可解な勃起 現 象に対し て激 しい苛立 ち を 示 した が, 読者も 同 じ苛立 ち を 味わうのだ。 語り 手 はこれ を抑輸 する ように,「あ な たは因 果 関 係が欲 しいん です ね。 い い ですよ(6 6 3)」 と読者に直接語 りかけてく る。
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は読者‑ の語り手の語 りかけによ り, 読者を も巻き 込 んで合理的論理 思 考を再考す る ように促し て いるのであ る。